湘南鎌倉総合病院循環器科 2013年一年間診療実績

2013年一年間で、当科が心臓カテーテル室で行った検査・治療手技総数は実に 5,069件となりました。毎日にならすと一日14件余り、ということになりました。

これまで循環器内科の花形であった、経皮的冠動脈インターベンション (PCI)はその伸びが鈍化した一方で、EVT (EndoVascular Therapy: 血管内治療 -- 下肢動脈や頸動脈病変に対する治療)と、不整脈に対する治療が年々増加しています。また最先端治療法である TAVI/TAVR (Transcatheter Aortic Valve Implantation/Transcatheter Aortic Valve Replacement: 経カテーテル的大動脈弁植え込み術)の件数が徐々に増加しつつあります。

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経皮的冠動脈インターベンション (Percutaneous Coronary Intervention: PCI)

経皮的冠動脈インターベンションは、循環器領域のカテーテル・インターベンション (Interventional Cardiology)の基本中の基本です。当科がここまで発展できたのも、その PCI の分野でこれまで果たしてきた功績の大きさに依存します。

2013年一年間の実績は、PCI症例数 = 987例でした この内、急性心筋梗塞症例が 116例でした。これまで最多の年には 1,100例以上行っていましたが、最近は 1,000例前後で安定しています。

PCI症例数が伸び悩んでいる要因としてはいくつか考えられます。その最大の要因は、優れた薬剤溶出性ステント (Drug-Eluting Stent: DES)の出現でしょう。非薬剤溶出性ステント (Bare-Metal Stent: BMS)の時代と比較して明らかにステント内再狭窄 (In-Stent Restenosis: ISR)の発生頻度が低下していますので、繰り返して PCIを受けねばならない患者さんは減少しました。第一世代の DES (CYPHERやTAXUS)に比較しても現在臨床の現場において、通常診療の中で用いられている DES (Xience-Xpedition, Promus-Element, Resolute-Integrity, Nobori)は難しい病変に対しても明らかに再狭窄低減効果を示しています。総合的に、この DESの進化により、再治療の必要性は 大きく低下しました。また当科では、数多くの新しい DESの治験を行っておりますが、これらの新しい改良された DESにおいては、さらに良好な成績が期待されます。

次に大きな要因として挙げられるのは、一次予防と二次予防の徹底ということが考えられます。一次予防というのは、冠動脈病変発症前から、虚血性心疾患を促進すると考えられる因子を除去することです。つまり、いわゆる冠危険因子として挙げられる、高血圧症、高脂血症、糖尿病、高尿酸血症などに対して、早期から介入 (治療)を開始することです。もちろん、これらの臨床的疾病の治療のみならず、生活習慣の改善 (禁煙の徹底、日常的な適度な運動や、適正な体重コントロールなどなど)も重要です。これらの一次予防により、虚血性心疾患の発症そのものが抑制されてきています。また、冠動脈病変による疾病が発症した後でも、薬剤や生活習慣への介入により、有効な二次予防が徹底されてきています。これにより虚血性心疾患の再発率も低下してきています。

さらに臨床現場心臓カテーテル室では、FFR (Fractional Flow Reserve: 冠血流予備量比 とか 心筋血流量予備比 とか訳される)を測定することにより、今までは造影の結果、PCIが必要と考えられていた病変に対しても、生理学的にPCIが必要無い、との判断が下され、その結果 PCIを行わない (Deferred PCI)場合も多くなってきています。これによりやはり PCI症例数の頭打ちに直面しています。

これら全ての要因は、喜ばしいことです。僕自身 1981年に初めて PCI (当時は PTCA: Percutaneous Transluminal Coronary Angioplasty と呼んでいました)を行ってきてから既に30年以上が経過しましたが、そのような自分の人生を振り返っても本望です。これはもちろん患者さんの立場で考えて、とても喜ばしいことであり、循環器医学の虚血性心疾患に対するささやかな勝利の証でしょう。

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血管内治療 (EndoVascular Therapy: EVT)

PCIに比して EVT、特に下肢動脈に対する EVTは増加傾向にあります。この最大の理由は、本邦において慢性腎不全患者さんに対して世界に誇るべき治療が腎臓内科医によって行われていることが挙げられます。日本においては慢性腎不全に陥り、慢性血液透析が必要となった患者さんも、腎臓内科医を中心としたチームのケアにより、世界に冠たる良好な長期治療成績が成し遂げられています。しかしその一方で、合併症としての特に下肢動脈硬化による、閉塞性下肢動脈硬化症の合併が問題となります。閉塞性下肢動脈硬化症の中でも、特に膝下動脈の病変による重篤な下腿の潰瘍や壊疽などの重症虚血肢 (Critical Limb Ischemia)が問題となります。

当科においては、部長の松実が中心となって精力的に治療に当たっていますが、ここで重要なことは、特に Critical Limb Ischemiaに対しては、循環器科医師、形成外科医師、腎臓内科医師、外科医師、糖尿病内科医師、看護師、理学療法士、ケースワーカー、管理栄養士、臨床工学士などからなるチームで一人の患者さん、そして重症虚血に晒され壊死・切断の危機にある下肢を救うというアプローチが必要なのです。このようなチームをフット・ケア・チームと呼びます。当院では神奈川県下でも有数のフット・ケア・チームを形成しており、Critical Limb Ischemiaへの診療にあたっております。当科では、院内各部署と緊密に連携し、フット・ケア・チームに携わっております。

今や循環器科医は、冠動脈病変のみならず、全身の動脈硬化症の管理も要求される時代となりました。適切な薬物療法と併せて、冠動脈インターベンション (PCI) で培った技術をいかしてEVTを施行しており、その症例数は年々増加傾向であります。また、当科ではCritical Limb Ischemia における膝下動脈病変に対するEVTも積極的に施行しており、救肢への大きな寄与をしております。下肢動脈硬化病変による症状としては、他にも、腸骨動脈や浅大腿動脈病変による、間歇性は行(歩いて暫くすると、ふくらはぎが痛くなる、または重くなるといった症状)がありますが、これらに対しても、かつては外科的手術療法(バイパス術)でしか治療の出来なかった病変が、治療技術の向上とともに大多数の症例がEVTで治療可能となってきました。もちろん、外科的治療が望ましい症例もありますので、外科医との緊密な連携のもと診療に従事しております。EVTの対象は、下肢動脈 (腸骨動脈・大腿動脈・膝窩動脈・前脛骨動脈・後脛骨動脈)の病変のみならず、腎血管性高血圧症を引き起こす腎動脈狭窄症や、鎖骨下動脈狭窄症そして、脳梗塞の原因となる内頚動脈狭窄症も対象となります。2013年一年間で、下肢動脈に対する EVT = 254例、内頚動脈 EVT = 29例、腎動脈 EVT = 27例、鎖骨下動脈などに対する EVT = 10例の合計 320例に対して EVTによる治療を行うことができました。神奈川県下でも有数の症例数を有しております。

内頚動脈ステント植え込み術 (Carotid Artery Stenting: CAS)においては、ほとんどの症例において Mo-Ma (proximal protection) やフィルター (distal protection) による遠位塞栓保護を併用しています。また現在治験中ではありますが、下肢動脈に対する薬剤溶出性バルーン拡張術 (Drug-Eluting Balloon Angioplasty: DEB)も行っております。

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カテーテル・アブレーション (Catheter Ablation: CA)

心臓疾患の中で不整脈は大きな分野を占めます。不整脈に対するインターベンション治療は、長く徐脈性不整脈に対するペースメーカー植え込み術に限定されてきました。そして、頻脈性不整脈に対する治療法として循環器内科医が有していた手段は薬物療法しかありませんでした。これに対して、1990年頃より、カテーテルにより、頻脈性不整脈の発生箇所を直接処置して治療するカテーテル・アブレーション (Catheter Ablation)が行われるようになりました。発生箇所では局所的に微小回路が形成され、刺激が短い周回回路を無限に周回し、これにより頻脈が発生するのです。この周回回路に対して何らかの方法でカテーテル先端からエネルギーを与えることにより、この周回回路を停止させるのです。これを実際に行うためには、(1)周回回路の場所を同定する (2)その部位に効率的にエネルギーを与え回路を破壊する ことが必要です。(1)のために不整脈循環器内科医は、カテーテル電極を用いて、心臓内の各所を正確に測定し、微妙な心電図の伝達時間差から異常な回路の部位を同定します。そして、その部位にエネルギーを与えるのですが、これには歴史的に (A)直流電気ショックを与える (B)高周波電流を通電し、熱エネルギーを局所に与える という2つの方法があり、当初は直流電流通電 (DC Shock)が主流でしたが、治療の安全性とエネルギー・レベルをコントロールし易いために、現在では高周波電流通電 (RadioFrequency: RF-Ablation)が用いられています。またこれ以外にも、Cryo-ablation (マイナス100度以下に冷却して組織固定する方法)も時に用いられますが、冷却する方法としては、熱電対を用いる方法も一時試みられましたが、やはり冷却効果が弱いため、現在では液体窒素などを用いる方法が使われます。しかし、液体窒素が万が一にでも漏れてしまうと如何に危険な事態となり得るか? それを考えればなかなか難しそうですね。また、一部では超音波を用いたり、レーザーを用いたりする方法も試みられています。

当初カテーテル・アブレーションが対象としていた疾患は、副伝導路を有する頻拍性不整脈である発作性上室性頻拍症 (Paroxysmal SupraVentricular Tachycardia: PSVT)が主流でした。特に WPW症候群に伴う発作性上室性頻拍症はその治療成功率の高さと、劇的な改善効果により以前はもてはやされましたが、すぐに対象患者さんの多くが根治されてしまい、時々救急現場を訪れる以外はあまり臨床現場で見られなくなりました。その次に治療対象となったのは、心房粗動でした。これに対しても、心房を線状焼灼 (高周波電流通電により加熱して異常回路を変性させることを、「焼灼」と言います)することにより劇的に治癒されることが分かりました。これらの頻拍性不整脈に対するカテーテル・アブレーションの治療効果は既に確立されていると言って良いでしょう。

次いで不整脈循環器医師の目標となったのは、生命に危険を及ぼす心室性頻拍症や、生命の危険は無いものの、日常生活が阻害される頻発性心室性期外収縮でした。ある種の心室性頻拍症に対しては、カテーテル・アブレーションは非常に有効な治療効果を及ぼしますし、多くの頻発性心室性期外収縮に対しても有効性を示します。

不整脈循環器内科医にとっての現在の主な目標は、発作性心房細動あるいは慢性心房細動に対するカテーテル・アブレーションです。心房細動の存在は、大きな障害を誘発し得る心原性塞栓症の原因となり得るため、心房細動に対するカテーテル・アブレーションは臨床的に重要です。心房細動に対するカテーテル・アブレーションの治療成績は年々向上し、現在では心房細動停止率が80%以上に達しています。

当科では、村上医長を中心とした不整脈チームが、カテーテル・アブレーションを行っております。2013年一年間でカテーテル・アブレーション治療総数は 350例に達し、毎年 20%ずつ症例数は増加しており、神奈川県下で有数の不整脈治療施設となっております。

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経カテーテル的大動脈弁植え込み術 (TAVI/TAVR)

大動脈弁狭窄症という弁膜症は、昔は溶連菌感染症 (扁桃腺炎などが有名です)に引き続いて免疫反応の結果引き起こされるリュウマチ熱が原因として主因でした。しかし、現在では溶連菌感染症に対して、早期に抗生物質投与することにより、適切に治療が行われるため、それに引き続いて起こるリュウマチ熱の発生そのものが著しく低下しています。これに伴ってリュウマチ熱に基づく心臓弁膜症は発生そのものが無くなってきています。次の大動脈弁狭窄症の原因として挙げられる先天性大動脈二尖弁は、常に一定頻度で発生しております。この結果、先天性二尖弁による大動脈弁狭窄症は一定頻度あり、最近でも有名な芸能人がこのために大動脈弁置換手術を受けたそうです。

一方、先進国において、平均寿命の延長に伴う平均年齢の高齢化に伴い急速に増加しているのが、動脈硬化性大動脈弁狭窄症です。患者さんの多くは 80歳前後であり、重症大動脈弁狭窄症のために、日常生活が著しく阻害されているものの、それ以外ではしっかりとした社会生活を送られています。このような症候性重症大動脈弁狭窄症の生命予後は著しく悪く、二年生存率が 50%程度とされており、ある意味で手術不能な悪性腫瘍よりも生命予後が悪い、とも言われています。これらの重症大動脈弁狭窄症に対しても、外科的大動脈弁置換術を行えば生命予後が改善されることもこれまでに明らかとなっております。従ってこれらの患者さんがおられれば、いたずらに内科的治療で引き伸ばし、有効な治療の時期を失する前に外科的大動脈弁置換術を行うべきです。

しかしながら、動脈硬化性重症大動脈弁狭窄症患者さんは、高齢のために、多くの合併疾患を伴うことが多いのが現実です。例えば、手術すれば根治することが可能と考えられる悪性腫瘍があるが、重症心臓病の存在のために手術できない。あるいは、かつて胸部に対して放射線治療を行ったことがある、あいるいは過去に冠動脈バイパス手術を受けたことがあり、再開胸を伴う外科的大動脈弁置換術に大きな危険を伴う。さらには、慢性閉塞性肺疾患 (慢性気管支炎や肺気腫など)がある、あるいは間質性肺炎があり、全身麻酔が必要な外科的大動脈弁置換術がためらわれる。また、脳梗塞の存在や脳梗塞の危険性が大きいためやはり外科的治療がためらわれる。このようなことが臨床の現場では多く遭遇されます。このような場合、これまでは有効な治療を打てなかったのが現状でした。

しかし、2002年4月16日フランスにおいて、Dr. Alain Cribieによりこのような患者さんに対して人類で初めて経カテーテル的大動脈弁植え込み術 (Transcatheter Aortic Valve Implantation/Replacement: TAVI/TAVR)が行われ、一人の重症大動脈弁狭窄症の患者さんの命が救われました。これが今に至る TAVI/TAVRの歴史です。

現在世界的に用いられている TAVI/TAVR (そもそもこの2つの言葉の使い分け何でしょうか? 実は全く同じ意味なのです。ヨーロッパでは TAVI > TAVR、アメリカでは TAVI < TAVRが用いられる傾向にあり、また、循環器内科医は TAVI > TAVRを好み、心臓外科医は TAVI < TAVRを好む傾向にあります)としては、バルーンでステントを拡張する人工生体弁付きステントである SAPIEN-XTという名前のものと、人工生体弁付きステントではあるが、形状記憶合金製なので、自己拡張型ステントである CoreValveという名前のものの2つのデバイスがあります。当科は CoreValveの日本国内治験実施施設4施設 (湘南鎌倉総合病院、大阪大学、国立循環器病センターおよび埼玉医科大学)の中の一つであり、2012年初めより TAVI/TAVRを行ってきました。また、2013年10月01日からは、厳しい施設認定をクリアした施設においてのみ、健康保険診療下での TAVI/TAVRを行うことが認可され、当科も当初よりその認定施設の一つであります。2014年1月4日現在 TAVI/TAVR実施施設は日本国内で18施設です。この情報は、経カテーテル的大動脈弁置換術関連学会協議会ホームページに公開されています。

さて当科では、2013年12月までに当科において、治験での実施、倫理委員会認可の下での医師個人輸入による実施、および保険診療下での治療全て含め 41例に対して TAVI/TAVRを行いました。TAVI/TAVRの実施に当たっては、循環器内科医のみならず、心臓外科医、血管外科医、麻酔科医、心エコー実施医、看護師、放射線技師、臨床工学士、理学療法士、コーディネーターなどの専門職種によるハートチームの形成が不可欠です。これは、非常に重症の患者さんに対して複雑で劇的な治療を成功裏に甘遂するためには、一人の力ではなく、全員の力が必要なのです。この意味で、これまでの PCIのように一人の Super Starがいれば治療が完遂する、というものとは全く異なります。当院においては、すばらしいハートチームが作られ、円滑に治療が遂行されています。

当院では、毎週水曜日午後2時から大動脈弁狭窄症外来(通称 AS外来)を設けております。 もしくは、齋藤滋医師・田中穣医師の外来でも対応させていただいております。 大動脈弁狭窄症でお悩みの患者様がいらっしゃいましたら、我々湘南鎌倉総合病院ハートチームにご相談ください。

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ペースメーカー/CRT/CRTD/ICD植え込み

徐脈性不整脈に対するペースメーカー植え込み術は、2013年一年間で植え替えを含め、157例で行われました。植込み型除細動器 (Implantable Cardioverter Defibrillator: ICD)は31例に対して、重症心不全に対する 心臓再同期療法ディバイス (Cardiac Resynchronization Therapy: CRT)は 5例に対して、そしてその両者を兼ね備えたディバイス (CRT-D)は 16例に対して植え込みが行われました。

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治験への取り組み

当科は循環器領域の治験、特に医療機器関連の治験に過去 10年間以上に渡り積極的に取り組んできました。医療機器関連の治験は、どの施設でも行い得るものではありません。当該医療機器の性能、有効性、安全性評価のためには、前提としてその医療機器を適切に使用することができねばなりません。このためには、優れた医療技術と経験が必要なのです。

何故医療機器治験を積極的に行うのでしょうか? 私自身その理由を挙げましょう (1)最新の改良された医療機器を患者さんに提供できる可能性があるから (2)場合によっては、治験を行うことにより、最新の医療技術を患者さんに提供できる可能性があるから - これの良い例が、完全生体吸収性薬剤溶出性ステント (Bioregredable Vascular Scaffolding: BVS)治験および、国際共同臨床試験への参加、TAVI (CoreValve)による重症大動脈弁狭窄症患者さんの治療そして、薬物療法困難例の高血圧症患者さんに対する腎動脈除神経アブレーション (Renal Denervation: RD)の実施を挙げることができます (3)治験実施の中で医療内容が監査されることにより、標準的な医療実施環境を保つことができる (4)治験実施の過程で、さまざまな国内外の著名な研究者・医師と交流を図ることができ、これにより当科の医療レベルを向上することができる などなどでしょうか。

結果的に 2013年一年間内に実施した医療機器関連治験は、冠動脈に対する薬剤溶出性ステント (完全生体吸収性薬剤溶出性ステントを含む)に関して 3件、下肢動脈に対する新世代非薬剤溶出性ステント治験が1件、TAVIについて 1件そして RDが 1件でした。

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