腎デナベーション(Renal Denervation: RD)

腎デナベーション術とは、特殊なカテーテルを大腿動脈経由で両側の腎動脈まで挿入し、腎動脈周囲を伴走している交感神経を高周波や超音波などで焼灼して交感神経の過剰な活動を抑制する、高血圧症に対する新しい治療方法です(臨床試験中)。

交感神経亢進が高血圧を規定する重要な因子であることは古くから知られており、1950年代には悪性高血圧などに対して外科的に胸腹部の交感神経節を切除する治療が試みられ、一定の効果が報告されましたが、一方で術後の合併症が重篤であったことが問題となり、降圧剤の登場もあいまって普及には至りませんでした。

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現在でも本態性高血圧症に対する治療の基本は生活習慣の改善と降圧剤の内服ですが、これらの治療を継続しても十分に血圧を正常範囲にコントロールできない場合があります。特に、動脈硬化性疾患や心疾患を併発している場合は至適血圧にコントロールすることは予後改善のために極めて重要となるため、新しい治療選択肢として腎デナベーション術が開発されました。

腎動脈周囲に豊富に分布する交感神経末端

腎動脈周囲には交感神経(求心路および遠心路)がらせんを描くようにはりめぐらされています。腎に向かう遠心性交感神経は刺激を受けて亢進すると、昇圧ホルモンであるレニンの分泌を促進し、結果として腎動脈が収縮して腎血流は低下し,フィードバックとして血圧が上昇します。また中枢に向かう求心性交感神経は高血圧に伴う腎実質への障害や虚血によって刺激されると、中枢性の交感神経系を活性化し、結果として心臓や全身の血管の交感神経を活性化させます。

これら腎動脈周囲の交感神経経路を減弱させることが腎デナベーション術の治療メカニズムなのです。

遠心性交感神経
求心性交感神経

2007年からヨーロッパで最初の臨床試験が難治性高血圧患者に対して実施され、その安全性が確認されるとともに著明な降圧効果も報告されました(Symplicity HTN1 試験)。これをきっかけに腎デナベーションが注目されるようになり、続くSymplicity HTN2 試験では降圧薬治療を継続するコントロール群と腎デナベーション治療群とで比較試験が行われました。コントロール群と比べて腎デナベーション治療群では有意な収縮期血圧の低下がみられましたが、カテーテルによる治療をうけたという意識から、プラセボ効果やモニター効果、すなわち思い込みや意識の変容によって結果に差が出た可能性が問題視されました。そのため、さらにSymplicity HTN3 試験では患者さんの心理的効果を排除するため、コントロール群にも偽手術を施すこととし、患者本人がどちらの群なのか分からなくする手法 (二重盲検法)が採用されました。すると今度は収縮期血圧に有意な差がみられなかったのです。この結果は腎デナベーションの効果に対する否定的なインパクトとして受けとられ、当時国内で行われていた治験も中断されました。

最新の臨床試験結果

その後、試験結果に対する様々な検証が行われ、試験の実施方法や技術的方法における問題点を解決するとともに降圧剤を服用していない患者に限定して試験がおこなわれた結果、この治療法が有効であることが確認され、有名な医学雑誌 Lancetに 2020年5月に公表出版されました(SPYRAL HTN-OFF MED試験: Boehm M, et al. Lancet 2020: 395; 1444 - 51.)。

現在、降圧薬を服用中のコントロール不良の中等度高血圧患者を対象としてSPYRAL HTN-ON MED試験が実施中です。

治療抵抗性高血圧患者さんにとって希望の光とも言える腎デナベーション術は、カテーテルを用いた低侵襲な治療法として考案され、これまでに様々なタイプのデバイスが開発されています。2020年現在、国内で未承認ですが臨床試験が進行中であり、その進展が期待されています。

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