本日はこれから院内講演会

本日は W治療を 3例しましたが、随分と進化しています 余裕で縦に三例可能です やはり静脈からのアプローチなので後は楽ですね

これから外より教授をお招きして院内で講演会です 座長を務めねばなりません 色々とお話を伺い勉強できるのが楽しみです

この治療は何だか僕の気性にあっているなあ

本日 6例目の W治療をしました 何だか既に体が覚えてきている感じです というか 何となく経皮的冠動脈インターベンションと似通っているように感じるのです

実は全く違う手技なのに何ででしょうかねえ mm単位の微細なコントロール しかも信じられないくらい強い力をかけねばならない時もあるのです その静と動、あるいは微かな力と、強力な力 それらの間というものが経皮的冠動脈インターベンションの世界に似ているのでしょうか TAVIとは全く異なる世界です

さらには、どんどんどんどん新しい治療が導入されていきます その際には、厳しい倫理基準の下で手続きに則っての臨床試験が必要です それでもそれらのややこしい手続きを乗り越えるだけの熱意が必要ですし、それをサポートする病院内の皆の力の結集が必要です もちろん頭だけではなく医術して技術的に完璧でなくてはなりません

うーん何処まで僕がこの未知なる道を進んでいけるでしょうか? でも今日の一例目の患者さんにヒントがありました この患者さんはこの湘南鎌倉総合病院循環器内科で20年以上前に急性心筋梗塞のために治療し、それ以降経皮的冠動脈インターベンションも何回か、その途中で色々な致命的な疾患にかかるも当院での治療で色々な疾患を乗り越えて来られ、また不整脈治療も行われ、それこそ何回も何回も大きな障害を乗り越えて来られたのです そしてもちろん現在は 80歳を超えられているのですが、未だにお元気で、今後の色々な病気の再発を防がねばならないのです

そんな中、今回のW治療は本当に必要とされている治療なのです それを行うことに邁進していく、それが僕の進む道なのでしょう 道半ばで倒れるまで続けなくてはなりませんね

この土日相当に悩んだぞ

この土日は、久しぶりにプログラミング・モードに入りました 日本循環器学会で配布されていたプログラム閲覧用Appに触発されたのです

昨年の鎌倉ライブHomePageは PHP/JavaScript/jQuery/CSS/html/MySQLを組み合わせて何とか付け焼き刃で作りました

それなりに使えるものであり、未だ HomePageは残してあります

しかし、これは本当に付け焼き刃なので、もう少しきちんとしたものを作りたい、そのためには Laravelを勉強しよう!!と思ったのですが、既に挫折しました とにかく PHP以外に学んだり、覚えたり、あるいは流儀に馴染んだり、そのようなことが多すぎます もう僕の脳みそは新たなものを取り入れる余地があまりありませんので、これは辛いのです

そこで、考え方を方向転換しました 「折角使えるようになっているPHP/JavaScript/jQuery/CSS/html/MySQLなのだから、そのまま推し進めよう」と思ったのです そして「余力が出れば Laravelなりを学べば良い」と思ったのです

それで、昨年のプログラムを見直しました こんな風体にしたかったのです

デモスクリーン

もちろん、下の大きなアイコンは navigatorであり、このアイコン集はどのページにも出現し、スクロールしても消えません このようなものを作りたいのです

これには、Bootstrapの navibar/dropdownコンポーネントを用いればそんなに難しくなくできる、ということは自分で分かっていました そして実装したのですが、どうしても

こんな風にDropdownしたいんだ!!!!

こんな風に(dropdownする)動かないのです いや、動いたり動かなかったり、と厄介なバグです

そしてついに原因をつかみました jQuery Libraryが version3.xであると動かないのですが、1.xや 2.xであれば動作したのです これには驚きました ちなみに 3.xでも動いていた時には次のようなコードを書いていたからです

<script src="http://code.jquery.com/jquery.js"></script>
<script>
	if ( !window.jQuery ) {
		document.write( '<script src="js/jquery3-1-0.js"><\/script>' );
	}
</script>

つまりこれであれば、on-lineであれば、CDNを読みにいっていますが、この読んだ先には、jQuery 1.xがあったからなのです

うーん時間潰しました

昨日は神奈川保険医協会での講演でした

昨日は外来診療後、細々とした仕事をしてから一旦自宅に自転車で帰宅し、着替えてからバスと電車で横浜駅近くに移動しました

実は神奈川保険医協会の会議室が横浜駅近くのビルの中にあり、そこで講演を依頼され、19:30より行ったのです

今回のテーマは BRS (Bio Resorbable Scaffoldings)についてのものでした 実は前回の 1998年当時の神奈川保険医協会での講演では 200名以上の空前の参加者がありましたが、今回は 20名程度でした

なかなか開業医の先生方もご参加が困難になってきているものと思われます それでも講演の後は、非常に活発な討議と質問があり、「これはすごい」と感じました 本当に昨日は講演に参加することができて良かったです

それにしても、大船駅から横浜駅まで行き帰りの電車 行きは 18:30頃の横須賀線、帰りは 21:00頃の東海道線だったのですが、その時刻でもすし詰めの満席で驚きました もちろん一般席で移動したのですが、「これは東京まで通勤されている方々は大変だなあ」と本当に思いました そして、もう一つは 100名が 100名皆スマホをやっているのです

うーん、やはり時代はスマホですねえ スマホで閲覧できないコンテンツは作成しても駄目でしょう 今後の Home Page作成にこの経験を活かします

火曜日、水曜日とTAVIにつかり

日本循環器学会開け、というか連休明けの火曜日(3/21)には二例TAVI施行 もう大分前から大腿動脈は穿刺そして止血は Proglideとなり、ものすごく早くなり、また麻酔は麻酔科の先生が非常に先進的で大分前より Conscious Sedation without Tracheal Intubationとなっていて麻酔前後がものすごく短くなり、さらにはこの状況で必要に応じて自由に経食道心エコー法を行うという秘策を麻酔科の先生が編み出され、これによってTAVI手技時間がとても短くなって、しばしばベッドが埋まっていて Hybrid Roomより患者さんをすぐには動かせずカテ室内で待たねばならない、という状況も発生しているのです

そんな訳で一日二例なんて物足りない物足りない 軽く一日縦に四例が可能な状況となっています まあ、それを実際に行うか否かは患者さん次第であり やはり競争の厳しい神奈川県下の民間病院としてはなかなか厳しいものがあります

そして火曜日は夕方移動し、本日水曜日は朝から他院でTAVIの Proctorをしてきました なかなか素晴らしいTAVIであり、Proctorをしていた僕もとても嬉しく思いました

明日は神奈川保険医協会での講演がありますが、以前の講演スライド調べていたらば、何と 1998年11月22日にも同じ神奈川保険医協会で講演をしていたことが分かりました その時のファイルを見ていたのですが、既に約20年前のこの時期に同じような内容の経皮的冠動脈インターベンションを行っていたことを実感しました 良く言えば「当時から先進的であった」のですが、悪く考えれば「相変わらず進歩がない」ということになります そのどちらであるかは今後の自分自身の生き方が決めるのでしょう

ついでに自分の .pptファイルを調べてみたところ、1998年7月6日の発表分がファイルとして残存する最古のものでした これ以前は Film Printerを用いて 35mm Slideとして作成していたのですねえ あの当時を思い出しました そんなふうに苦労して作ったスライドは全部無くなりました しかし、パソコン上にファイルとして残してある .pptはそのまま残っていて自分がどのように行きてきたかの証の一つです

日本循環器学会総会終了

16:40 – 18:10までの meet the expertのセッション座長を行いようやく日本循環器学会総会 in 金沢から帰途につきます

この最後の座長のセッションでは自分の知らない世界を色々と勉強させて頂きました

この3日館金沢市内の移動は基本的に自分の足で歩くばかりにしました 運動と、折角の金沢をもっと良く味わおう、という気持ちからでした 毎日 10Km以上は歩き、今日はもっと歩いたと思います

金沢の料亭街

金沢はいいなあ

僕は実は大阪大学医学部を受験する前、本気で金沢大学医学部を目指しました 実際、受験のための宿もとりました しかし、最終的には大阪大学を受験したのです

その理由は、当時国立大学一期校の入学試験に引き続いて、横浜市立大学医学部入試があったのです 要するに、国立大学一期校の入学試験を終えてすぐにその翌日に横浜市立大学医学部の入試を受験することができたのです

しかし、良く考え下さい 未だ北陸新幹線など無い時代です それを実現しようと思えば確実に受験終了後その日に東京まで戻らねばならないのです

これは当時の交通状況では50%ぐらいのリスクを有していました そしてその考察から、僕は泣く泣く金沢大学受験を諦め、大阪大学を受験したのです

そんなことをこの日本循環器学会金沢大会に来て思い出しました それはもう 45年以上昔のことです しかし、金沢はその間 何も変わっていませんでした あるがまま 僕の記憶にあるがまま そんな金沢でした

昨日深夜より金沢に入り、日曜日夜遅くまでここにとどまらねばなりません どうやって時間潰すか 最初は逡巡しましたが、大丈夫です 数々の心地良い喫茶店を既に見つけました 喫茶店でゆったりと時間を過ごし、自分の過去の圧縮された時間スケールを戻し、自分寺院をリフレッシュするつもりです

それが金沢の魅力です

最近は色々と教えて頂いています

僕自身は、8-bits one-board microcomputerの時代、そうです Intel 8080 CPUや、Zilog Z80 CPUを用いた one-board computerである、NECのTK-80や、SHARPのMZB-80などを触ってコンピューターの世界に入った世代です

当時は、電源も不安定で、「安定化電源」などと称するトランスに毛の生えたような結構高額な電源から、プラグで電源をつなぎ、そして入力は4 x 4の液晶ではなく、それ以前の何でしょうか ネオン管みたいな数字とアルファベット数文字 (要するに 16進法の 0, 1, 2, ・・・, D, E, F)の簡単なもののみ表示できるdisplayそして、入力はこれまた 16進法文字と Enter/Delぐらいしか無い Keyboardがついていて、その boardにはところどころに LEDがついていて、その LEDをプログラム書いてピカピカ光らせては 「やったあ」と喜んでいた、それが僕にとってのプログラミングでした

だってモニターROMは 確かたったの 1KBであり、ついていた RAMは 256 Bytes程度です もちろんアセンプラで書いて、それを手で機械語に変換するという「ハンド・アセンブル」でプログラムを書い ていたのです

でもそんな時代生産性悪く長続きしませんよね すぐに僕の場合には SHARPの MZ-80という 300 bit per secondの伝送速度のカセット・テープがついていたいわゆる「マイコン」になりました このマシンでは CPUは Z80 2MHzでしたが、over clockして 4MHzでも誤動作しませんでした メモリーは何と 48KBもあったのです Monitor ROMは 2KBだったように思います

あれっ、何の話でしたっけ そうそう僕の不完全かつ未熟なコンピューターの知識を補完して頂いているのです ここ数日間

とても勉強になります たとえば

 

新たに契約した”さくら”は,仮想化のレベルが深いのか好きなOSのインストールができますので,今後の勉強部屋になりますが,踏み台にならないように気をつけようと思っています.

先生の,
```
そんなに知識が無い自分には不釣り合いです ここまで考察すれば、Dockerなどに手を出す資格が無い、そういうことでしょうかね 残念ですが能力不足なので仕方ありませんね
```
という言葉に関しては,私には珍しく全く反対意見です
最強の環境(ある意味ではもっとも危険な遊び場)は,やはり自宅サーバのような気がします.
わたくしの家はkddi系ですが,あっさりグローバルIPをもらえるので怖ろしいです

今回質問させて頂いたのは このご指導に対して

KDDIでは global IPをとれるのですね
ところで、初歩的質問です
自分が関与しているhome pageでは www.kamakuraheart.orgとか、
www.tri-internet.orgとかのドメイン名を年額いくらかで支払い取得維持していまが、Global IPをもらった場合、domain名をとらないとすれば、12桁の IP addressで物事をすすめるのでしょうか?
自宅サーバーについては まだ踏み出す勇気がありません この方面の知識が足りませんまた宜しくお願いします
ところで、"hackintosh","OSx86"など代表される自作Macが最近の興味の対象です という部分ですが、全く知りませんでした そのような世界があるのですね 興味津津です

というものでした 興味津々ですね

さて本日は土曜日ですが、朝から治験絡みで頭にきています どうしてこんなことをするのでしょうか? いやいや患者さんには何の悪影響も及びません 全力で治療に当たるだけですが、しばしば業界の人は そういう価値基準で動かず、なんだか訳の分からないしがらみで動くのです ばっかじゃないの 頭にきます

SirolimusかPaclitaxelか

昔は良く、SES (Sirolimus-Eluting Stent)か PES (Paclitaxel-Eluting Stent)か? なんて論争をやりましたよね 大抵は、そのどちらかの会社 具体的には前者は Johnson & Johnson Cordis、そのして後者は Boston Scientific の2つの DES大会社が後ろについて、色々な資料を準備すると共に、せんのう いや 失礼 言葉が悪く不適切、 丁寧な説明をしてくれて、その膨大なデータをもとに、「いやこちらのDESがいい」とか、「いやこちらのDESも決して悪くない」とか、「糖尿病患者さんにはこちらのDESが良いのだ」とかいう主張を高らかにする、その debateで時間が過ぎていき、簡単に一時間の講演が終わるのでした

かく言う私もそのような論争に加わっていましたね まあ実際にどちらのDESを実際の患者さんに植え込むかは、臨床試験の結果のみでは決まらず、色々な難しい判断がある訳ですが、医師たるもの、基本はその目の前の患者さんに対してはどちらが良いか、という判断を行っているものであり、臨床試験の結果には必ずしも左右されないものなのです

それに色々な臨床試験の結果は決して一律的ではなく、どちらのDESもサポートしてしかるべき結果なのです こうなると、何を信用して良いのか分かりません

さて、

 J Am Coll Cardiol. 2017 Feb 14;69(6):616-624.
10-Year Clinical Outcome After Randomization to Treatment by Sirolimus- or Paclitaxel-Eluting Coronary Stents.

Galløe AM, Kelbæk H, Thuesen L, Hansen HS, Ravkilde J, Hansen PR, Christiansen EH, Abildgaard U, Stephansen G, Lassen JF, Engstrøm T, Jensen JS, Jeppesen JL, Bligaard N; SORT OUT II Investigators.

という論文、実は今朝の循環器内科毎朝抄読会のネタだったのですが、まあこれによれば、SES or PES (具体的な商品名としては、CYPHER or TAXUSなのですよ、念のため)を植え込んだ後、年率 1.3%で両者ともステント血栓症が 10年まで一定の頻度で発生し、見方によれば、 CYPHERの方が TAXUSよりもその発症頻度が高い場合もある、という結果でした

うーん 何と言うか予想通りですが、これまで僕達が漠然と抱いたいた DES後のステント血栓症発生率は 年率 0.5%である、というイメージよりは大分悪いことになります

もちろん、CYPHERも TAXUSもDESとしてはポリマーが完全に残る第一世代DESであり、しかも、CYPHERは非常に固く、その力学的特性から慢性期には悪影響を及ぼしやすいだろう、という人もいたくらいです ですから結果に関してはそれほど驚きではないのですし、まあ10年もすれば、動脈硬化も進行するので、どこまでが植え込まれたDESによるものか分からないとも思うのです

実はそんなことを話すためにこの論文を引用した訳ではありません これは生き方の問題なのです

この論文・研究は 世界で住民が一番幸せ、とも言われている Denmarkで行われたものなのですが、著者リストの三番目に注目して下さい Dr. Leif Thuesenという名前があります 日本に SAPIEN-XT導入時 一年間に渡り日本国内に滞在され、Proctorとして日本全国を回られた先生です 実は彼は、もともとが Coronary Interventionalistであり、あの Bifurcation trialとして有名な Nordic Studyの中心人物なのです

彼は、Nordic Countries = (Denmark, Norway, Finlandというバルト海を囲んだ三カ国)を度々周り、カテ室を訪問して、このような studyの重要性を説き、そして臨床試験や臨床研究を次々と成功させてきたのです 何故この中に Swedenが入らないか? ですって 良い質問です Swedenには SCAR Registryという大掛かりなDESレジストリが存在するのと、とにかく一国で経済的にも人工的にも大きすぎ、あまり三カ国と一緒にできないのだそうです

思い出せば 2016年1月後半、Thuesen先生と一緒に僕も Baltic Countriesを周り 慢性完全閉塞PCIをしたり、SAPIEN3の植え込みをさせて頂いたりしたのです とても楽しく有意義でした その時のことはブログのここにあります

ココらへんのブログにも書きましたが、実は Thuesen先生は僕よりも5歳ぐらい年上の先生なのです その先生がPCIのみならずTAVIの世界にも入っており、現在なお第一線で臨床医として活躍されている姿 それを見て奮い立ったのです 素晴らしい

結局これで良いのでしょうか?

最近は Dockerを触ることもほとんど無くなりました まさしく飽きっぽい 本当に根気がない駄目人間ですねえ

ところで、自分はレンタルサーバーを用いて Webを運用しています 例の以前サーバー情報を運用の誤りで全部消してしまった FirstS*****のレンタルサーバーを用いています いやああの時は大変でした 何しろ全ての情報が消えてしまったのです この時の緊迫した状況をこのブログに書き留めていました しかし、このブログそのものも消失してしまったので、その事故以降の記録ではあります

まあその話は怒りと共に蘇りますが、今はその話ではありません 僕が使用しているレンタルサーバーは Linux上に、Apache Webe Server + PHP + MySQLがついている、というものです つまりいわゆる LAMP (= Linux, Apache, Mysql, Php)なのです しかし、自分には root権限は無く、例えば Rubyを走らせようとしてもそもそも Ruby Interpreterがインストールされていないので動かせません Root権限が無いので、自分でインストールすることもできません こんな環境なので、そもそも Dockerをインストールできないのです

ここまで色々勉強してみると、Dockerなどをインストールしてコンテナとして色々なことを試そうと思えば、どうしても Root権限のあるレンタルサーバーにせねばならないのでしょうね

しかしこの場合には、Portを潰したり、Updateをしたりも自分でせねばならなず そんなに知識が無い自分には不釣り合いです ここまで考察すれば、Dockerなどに手を出す資格が無い、そういうことでしょうかね 残念ですが能力不足なので仕方ありませんね