そう言えばこのことを記録しておかなくては

つい忘れてしまいました

実は 10月08日土曜日 千里中央で近畿CVIT地方会があり、そこの Coffee Break Seminarで講演をしたのです その後、行きつけの尼崎の「寿々屋」さんに行き、おいしい「スープたこ焼き」と、「とん平焼き」などを頂き、ママさんと色々なお話をし、それから 18:00前に 大阪中之島ロイヤルホテルに行ったのです

この尼崎「寿々屋」さんは、僕が数年前にひょんなことから見つけた名店です 名店と行っても非常に庶民的なお店で、ママさんが一人で切り盛りしている総勢 8名ぐらいしか入れないお好み焼きのお店です この場所にたどり着くことは非常に困難ですし、もっとも尼崎的雰囲気の漂うエリアなのです

中之島ロイヤルホテルに出かけたのは、この日、既に二年ごとに何回も開催されているらしい、大阪大学医学部昭和50年卒業生の同窓会がそこで開催されたからです

今回は、「大阪大学医学部半世紀会」と銘打って開催され、僕のところにもその案内が来たのです これまでは無視、ないし断ってきて、あっという間に何十年です まあ、1969年大阪大学医学進学過程入学ですから、サバ読めば 50年つまり半世紀でしょうかね

何でも大体二年に一回程度 同窓会を開催しているとのことです 会費1万円を払い、会場に入りました 今回は 40数名の同窓生が集まったとのことです 全体で100名ですからなかなかの数ですね

正直皆に会う前は不安でした (1)僕が相手の名前や顔を同定できるか? (2)相手が僕を認識できるか? (3)話題が会うか? (4)自分一人年取っていないか?

そんなこんな不安がよぎりました しかし、参加すると決めた以上思い切って参加しました

とは行っても 19:00過ぎには早めに切り上げてバイバイしたのですが

うーん感想は 難しいですね 自分自身がやはり同窓生の中でそれほど打ち解けてはいないように思いました きっとそれは自分自身の問題です そんなこと分かっています 集まって同窓生の中では、阪大やその他の大学医学部教授を勤め上げ、今年春に定年退職した者が何名もいました また一人は何と 独立行政法人国立病院機構の理事長になっていました すごいポジションですよね

そんな中で自分はどう? なんてことやはり考えますよね でも人生なんでやり直せないし、仕方ありませんよっ

うーん もうやめやめ こんなこと考えてるとうっとおしくなる

大阪で生まれた女

僕が大阪大学医学部を卒業し、医師となったのは昭和50年つまり 1975年のことでした 当初は免疫学の研究者になろうと思っていましたが、次第に心臓カテーテルの魅力にとりつかれ、卒業して一年してからは完全に心臓カテーテルの医師となることを決めていました

それから暫く経った昭和54年 1979年に BOROが歌い大ヒットした曲、それが「大阪で生まれた女」でした その全曲は18曲からなり、何と35分にもなる壮大な曲です その曲の内容は、大阪で生まれ、育った一人の女性が、その高校卒業前から やがて結婚して子供を授かり、幸せに生きていく姿を描いたものです その女性のその時期の人生に大きな影響を及ぼした一人の大阪出身の男性、その男性は東京で成功し活躍されていますが、もはやその女性とは別の人生を歩んでいる そのような内容です

これって誰の話だ? まるで自分のことではないか? などと幻想に陥ります

僕は正直この曲を聞きながら何度涙したことでしょう 曲の中には新宿西口騒乱事件のことも出てきます まさしく僕もその現場に居り機動隊がデモ隊を新宿駅西口地下広場で鎮圧するために催涙ガス弾を発射し、辺りには催涙ガスの独特の匂いが立ち込めていたのです

歌詞の最後は

大阪で生まれた女が今日大阪をあとにするけど
大阪は今日も活気にあふれ
また どこからか人が来る
振り返るとそこは灰色の街
青春のかけらを置き忘れた街

というものです 懐かしい僕の青春の思い出です

今回、日本循環器学会総会が大阪で開催されました 色々な役割を終えましたが、今回一番驚いたのは、あのくすんだ街大阪がガラリと変わった、ということでした 中之島界隈、堂島、土佐堀、肥後橋の辺りにはこれまで見たこともないような高層ビルが立ち並んでいました 僕が学んだ大阪大学医学部そして医師としてスタートを切った大阪大学医学部付属病院 その全てが跡形もなく無くなり、街の様相が全く変わってしまったのです

そして驚いたことには 何となく疲れきった街 大阪 というのがこれまでの印象だったのですが、今や元気に満ちて、若い人たちで賑わう街に変化していたのです 本当にこれには驚きました そして驚くと共に 19年間を過ごした街 大阪のこの変化にとても嬉しくなったのです

これまではあまり戻りたくないな と思っていましたが、今はすぐにでも大阪に戻りたい、そして大阪の独特の雰囲気に浸り心を癒やしたい そのように思うようになりました