TCT2018 – (3)

この日の夜は 2:00AMに就眠しましたが、覚醒したのは 4:00AMでした それから Kindleで本を読み再び 5:00AM頃に寝て今度は 7:00AMに起きました

この日は 9/23日曜日です 9:00AMより二時間近く セッションの discussantであり、その後 朝食がてらに Faculty Loungeでつまみ食いし、そして今度は 12:00よりの二時間近くのセッションでやはり discussantとしての roleがありました やはり日曜日ですので、参加者はとても多い印象でしたね

それが終了してから、今度は新たに取り入れようとしている冠動脈用の新規ディバイスに関する治験の相談をアメリカの方々と行いました またまた会場近くのホテルに移動です そして、引き続いて別の米国メーカーと新たなディバイスの治験計画について話し合い、そしてそれからまた別のホテルに移動して JTVTとTVTの連携に関しての打ち合わせをしたのです そしていよいよメイン・イベントである TVTとの交渉 ここには旧知の友人でもある、Martin Leon先生や Jeffrey Popma先生、その他 STS registryの責任者たる先生など有名大物が揃いました もちろん日本側も大物です 話はまとまりましたので良かったです

これが終了してからいよいよ最後の夕食となりました 先程のホテルから遠くないところによる(多分)有名な Seafood Restrauantにアメリカのメーカーの方々と入りました 広い店内は満席であり、日本から TCTに来られていた先生方もうーん日本のメーカーの接待でしょうかね 結構たくさんおられましたねえ

お店の名前は

Alaska Seafood

僕が注文したのは Bass (日本では鱸・すずき ですが、見た感じは少し違いました)を一尾まるまるをグリルで焼いたもので、辛いソースがかかっていました 魚そのものの品質はとても良いと思いました

Alaska Seafood

この夜は 22:00前には解散し、ホテルに歩いて戻りました そして、22:00には就眠したのですが、やっぱり 1:00AMには覚醒、そして本日9/24月曜日となったのですが、何しろ 6:15AM発の San Diego -> LA便に搭乗せねばなりませんので、4:00AMにはホテルを check outしたのです そんな時刻にタクシーがいるのか心配でしたが、ホテルの人は前の晩に「24時間ホテルはホテルの前で待っている」と言われたのでその言葉を信じて予約しなかったのですが、確かにタクシーがそんな早朝よりたくさん待っていました

そして今は LAの Loungeでこのブログを書いています

あーとても忙しい今回の TCTでした しかし、本当に辛くなってきました そうそう Faculty Loungeで Jean Fajadetといろいろな話したのですが、彼は僕が体力的にきつくなっているということを良く理解して下さいました のんびりしたいなあ

TCT2018 – (2)

さて夜の睡眠はやはり 22:00頃就眠したものの、 14:30には覚醒してしまい、その後 眠れませんでした そして土曜日 9/22は 7:30AMに別のホテルにでかけました これはある薬剤溶出性ステント これに関しては日米欧州共同で治験および大規模臨床試験進行中なのですが、そのトライアルの Steering Committee memberとして会議に出席しました

そして 11:00AM – 12:30PMは HBDのセッションで座長をしましたが、とても良い議論ができました これはとても良かったです

このセッションが終了してから、会場より離れ、また別のホテルである会社の国際共同治験・臨床試験の打ち合わせをしたのです ここいら辺街一体は Gaslampという名前がついているのですが、多分昔はガス灯がたくまさんあったのでしょう 古いアメリカの面影が残るとても良い町並みです

さて、その街の中を見慣れない乗り物に乗り、高速で行き来する人々がいます 何と電動スクーターです

電動スクーターで走る人たち

かなりのスピードが出るのです とても危険な香りがします パトカーがあっても警官は特に咎めることもありません 違法ではないのですね このスクーターは何と IT化されていて、各車両には GPSが搭載され、現在何処に置かれているか、残存バッテリーはどれぐらいあるか 現在誰かが搭乗しているか などの情報がセンターに送られ、そこで適切に管理され、登録してあると最低料金一ドルで乗れて、そらにあるスクーターで空いていれば、何時でも搭乗することが出来、また何処に乗り捨てても良いということです どうやら何社かが既に参入しているようです

電動スクーターは歩道に置いてあります

いやあこれには驚きました そしてアメリカの規制緩和と、それにあいのりした型で新しいテクノロジーがどんどん開発されていることにアメリカという国の強さを感じたのです それに対して我が国は大丈夫でしょうか

さて、この日の夜は ホテルの中にあるSeafood Restaurantで食事しました

そして、その後 ラーメンを食べに行ったのです この San Diegoでもラーメンは流行っていて何軒かあるらしいのですが、この日行った店は、とてもモダンなガラス張りの店であり、とてもラーメン屋さんには見えません

モダンなラーメン屋さん

基本的に豚骨ラーメンですが、この日僕が食べたのは Veggie用のラーメンです つまり、スープも野菜出汁のもので、肉や魚を使用していないものです

Veggieラーメン

正直あまりおすすめできるものではありませんでした 何しろ味が無いのです

TCT2018 – (1)

金曜日9/21の昼過ぎに羽田空港に行き、羽田空港より Delta Airline LA行きに乗りました 9時間++でロサンゼルス到着しましたが、日本から出発すれば昼の便ということになりますので、やはり機内では 1.5時間ぐらいしか睡眠できませんでした そして、2時間の transitで LA -> San Diegoに同じく Delta Airlineで移動し、San Diego空港に到着したのは13:30頃 ホテル到着は 14:00頃でした この巨大な Hilton Hotel Bay Sideは学会場である San Diego Convention Centerに隣接してあります

San Diego Convention Center

もちろん San Diegoはアメリカ太平洋艦隊の最大の基地ですので、たくさんの軍艦が停泊しています この日も、巨大な航空母艦が二隻 対岸に停泊していました

二隻の航空母艦

少しホテルで休み、この日は 15:40 – 17:10まで Sessionの座長 (Moderator)および discussantをしたのです ぶっ続けです

そして、17:10 – 18:30は ある新規ディバイス これに関しては、日米共同で治験をする予定なのですが、そのディバイスの評価と今後の治験スケジュールの打ち合わせをしました このディバイスは一週間前にカナダ Vancouverで初めて患者さんに植え込まれたそうです

そして夜になってからは、あるアメリカの会社の方々、そして昔から馴染みの米国のインターベンションの先生であり、現在はその会社の CMO (Chief Medical Officer)の先生達と会食しながら色々なことを話し合いました 

今年の TCTは昨年 Denverで開催された時には史上最低参加者数だったらしいのですが、それとは打って変わり史上最大参加者数となりました またプログラム内容もより実臨床的なものとなり、ライブも盛りだくさんでした

今年のTCT

ヘトヘト

本日は朝から 上海交通大学医学院付属瑞金医院に入り、ずっとある特殊な手技とディバイスの教育的見学をしてきました 中国語で「交通」というのは英語の Communicationの意味であり、中国の大学の中でもランクの高い大学です

この瑞金病院 (RuiJin Hospital)は上海の中でも中山病院以上に有名な病院です 僕は 1992年に初めて訪問し、困難な状況の中で中国の先生方に対してPCIのトレーニングをしたのですが、それ以来多分今回の訪問で五回目でした

もっとも最終の訪問からは 20年近く経過していました 早いものですね 僕の記憶の中には初めて訪問した時の光景が鮮明に残っているのですが・・・

また、正門前の「永和大王」という豆乳料理のチェーン店も健在でした

瑞金病院正門前の「永和大王」

当時循環器内科のトップであられた Shen (沈)先生と、その時駆け出しの循環器内科研修医であられ、現在は当時の Shen先生の立場になっておられる Zhang (張)先生も出てこられ、懐かしい思いになりました

でも事情があって先生方の今回の写真をここで掲載する訳には行きません あしからず そのかわり、Home Pageより探してきた写真を掲載しますね

Shen (沈)先生と Zhang (張)先生

病院は 20年前より飛躍的に大きくなり、建物群は高層ビルとなっていました 循環器内科で専有しているカテ室は 4つであり、その他に EP専用のものと、Hybridがあるそうです 素晴らしいですね

ところで、もう暫くしたらばホテルを check outして、 1:45AM上海浦東空港を発ちます とは言うもののこれは日本時刻 2:45AMなのです そして 5:30AM頃に羽田空港到着してそれから鎌倉そして病院です 火曜日は Structureの日です ハードな一日になりそうです もうヘロヘロ

昨夜から上海

昨夜上海に入りました このところ海外や国内出張が続き、体内時計は無茶苦茶、ろくにメールもチェックしていません まあそれで外界から遮断されて良い、という面も多々あるのですが・・・

本日は日本は休日ですが、もちろんこの国ではそうではありません 朝から僕が 1992年頃より訪問してきた中国のある有名大学付属病院に行きます

この病院にはかつて未だ日本国内には Palmaz-Schatz Stentが解禁となっていない頃、方向性冠動脈血栓プラーク切除術 (Directional Coronary Atherectomy: DCA)を持ち込んで DCAを二例に対して行った記憶があります 当時この病院のカテ室は一室のみで、しかもそこに設置されていたマシンは Siemensの20年は経っているのでは? と思えるような古いマシンでした とにかく画像が悪いので少しでも見えるようにしようと思い、シネパルスを出そうとすると、周りで僕の手技を見学していたたくさんのお医者さんから、「駄目だ、そのペダル踏んではいけない!」と止められたのを思い出しました

なんでもシネパルスを出そうと、その発射ペダルを踏むと当然のことながらマシンに多くの電流が流れ、それと共に、マシンが一時的に死ぬそうです

結局二例の手技を透視のみで完了しました いやあ 良い思い出です もちろんこれ以外にも何例か治療しました 全てバルーンのみでの治療ということになります

当時の教授は Shen先生と言われたと思います フランス帰りの先生でした さっき写真探したのですが、見つけられませんでした こんな昔は未だデジカメも無かったのではないでしょうかね

当時の中国は世界の中から国交断絶し、唯一フランスのみが国交を結んでいたと思います ですから中国で現在リーダーシップを取っておられる先生方の中にはフランス留学組も多い筈ですよ

ヘルシンキ大学附属病院での慢性完全閉塞治療

9/11には Londonを Fin Airで出発し、Finlandの首都 Helsinkiに飛びました ここでは森山くんがお世話なっている Mika教授にご挨拶するためと、慢性完全閉塞に対するPCIのデモを行うための訪問でした

Finlandの訪問は2.5年前 北の方の Ouluを舞台に行ったのですが、今回は初めて首都Helsinkiに乗り込んだことになります

病院は疾患群により建物が分かれ、循環器関連建物も巨大です

ヘルシンキ大学附属病院建物群
循環器専門建物

到着したのは既に夕方でしたので、その日は「古都」という和風居酒屋と、その後「momo toko」という日本ラーメン屋さんに行きました momo tokoの辛味噌ベジタリアン・ラーメンはものすごく美味しいです 今まで食べたラーメンの中でも上位にランクして良いものでした

和風居酒屋「古都」
和風居酒屋「古都」の巻きずし
ラーメン momo toko
momo tokoの辛味ベジタリアンラーメン

さて翌日 12日には朝から Mika教授を訪れました 慢性完全閉塞が二例用意されていて、スタートしました いやあ難しかったですねえ 患者さんは 確か77歳の男性で、慢性閉塞性肺疾患がひどく冠動脈バイパス手術はとてもできない患者さんでした 糖尿病もひどく、慢性腎臓病もひどい、さらにはまた左冠動脈主幹部分岐部に強い狭窄があり、右冠動脈が慢性完全閉塞でした 左冠動脈前下行枝、左冠動脈主幹部そして右冠動脈は強い石灰化を示していました

まずは左冠動脈主幹部をステント植え込みし治療し、とりあえず安全性を確保しました それからレトロで右冠動脈に対して入り、順行性も追加 当然のことながら両方向のワイヤーは解離腔を進み、互いに会いません 何とか硬いワイヤーで順行性にどうやら慢性完全閉塞遠位の真腔に到達 しかし、ワイヤーは完全線維性組織にトラップされワイヤリングが満足にできません

逆行性にアンカーかけたり色々するのですが、全くバルーンは通過できません 最後の手段として、マイクロカテーテルをぎりぎりまで挿入し、そこで思い切って Rotawire Extrasupportに交換し、何とか 10CMぐらいそれを通過させることができました そして 1.25mm burrでロータブレーターをしたところ、ようやくディバイスが通過でき後は結局合計5個の薬剤溶出性ステントを植え込み終了しました

この手技には三時間かかりました

次の症例も右冠動脈の慢性完全閉塞であり閉塞長さはとても長く冠動脈バイパス手術後であり、左冠動脈前下行枝にも他の枝にもバイパスがつながっていました

この症例は、閉塞していた右心室枝を開通させそこに薬剤溶出性ステントを植え込んで終了したのです

まあうまいこと慢性完全閉塞の治療できて良かったです 再び「神が降臨した」感じでしたね

Mika教授、森山くんと

これからもこの Finlandとの継がりが増えそうです

そうそう本日 9/13には朝から非常に重症な valve interventionがありました 比較的若い人で大動脈弁位と僧帽弁位に生体弁置換が二年前に行われたのですが、両方共すぐに再狭窄し、僧帽弁は何と 50mmHgの圧較差という重症の方です これに対して心尖部アプローチで両方の再狭窄弁に対して S3が植え込まれ、非常に状態良く終了しました ものすごいものを見ました

LondonValves2018

さて、9/08-/11は Londonの Water Frontにある巨大な Convention Centerである ExCel Londonで LondonValves2018が開催され、それに参加する義務もあり参加してきました

今年は これから開催される TCT in San Diegoで MitraClipの重要な臨床試験である COAPT Trialの結果が発表される予定であり、そのためか少し新し目がありませんでした

またTAVIはすっかり成熟した感があり、今や時代は MitraClipあるいは三尖弁治療や僧帽弁に対する植え替え術が主流という寛次でした

さあこれから出動

実は 9月08日土曜日 1:55AM羽田発の JAL便で London Heathlaw空港に飛びました この飛行機は同じ土曜日の 6:30AM頃 ロンドンに到着、それから Hotel Aloftに early check-inしました

そして、 13:30 – 18:00 皆が集まり、PCR TokyoValves 2019の本格的なプログラム策定作業に入ったのです

この後、EuroPCR London Valvesの会合とかこなし、夕食を食べれたのは 20:00過ぎからでした

そして、昨日日曜日には PCR LondonValves 2018が午後からいよいよ始まり、僕は夕方またその準備の Preparatory meetingに参加、そして本日月曜日10日は 8:15AM集合 8:30AMより Opening Ceremonyのため壇上に、

そして、 8:45AM – 9:45AM スイスの Bernからの非常に重症な僧帽弁閉鎖不全に対する経皮的僧帽弁接合不全修復システム (MitraClip)のライブでのコメンテーターとして壇上に、

そして午後は今度はアルゼンチン、日本、中国その他の国々からの主として症例報告発表での Fascilitatorの役割があります

明日、11日火曜日には Londonから Finland Helsinkiに飛びます して、水曜日には Helsinki大学附属病院で CTOに Workshopがあり、二例の慢性完全閉塞症例治療をするのです

うーん時間がどんどん過ぎていく

HorliX日本国内実質的な第一号ユーザーとして – (2)

今 San Juan空港で Houston行きの便を待っています あと少しで出発です この空港には何と Free WiFiが無く、スマホからアクセスしています

さて、少しこのサンファンのことについて書きましょう 何百年か昔、コロンブス達がスペインからカリブ海に押し寄せてきました そしてあっという間に占領し、このサンファンに砦をつくりました 今ではその砦は保存されています 見た目は美しいのですが、実際には何万という人々の命が失われたのでしょう

第一号砦
サンファン砦
サンファン砦

さて HorliXですが、良いですよ OsiriXで溜め込んだ数十GBの DICOM dataを問題無く読み込め、再生できています 一つ気づいた点がありましたが、これは開発者の Air様に問い合わせています ところで Air様が僕が第一号ユーザーであることを公開して下さいました とても光栄で嬉しいことこの上無しです

さてこのプエルトリコには医科系大学が 3つありますが、カテ室もその3つのみです Interventional Cardiologistsは全土で 40名ぐらいしか存在せず、しかもその全員が冠動脈インタベという訳では無いそうです この方たちが集まって今回 Sheraton Hotelで学会が開催されました とても heated discussionが繰り出されるのですが、スペイン語で早口で言うので良く分かりません

Grovas先生とのとっておき写真

僕はこの学会で30分ずつ 2演題の講演をしました それが昨日土曜日のことです そして今朝 日曜日の 4:30AMにホテルを出てこのSan Juan空港で今 6:00AM前 Houston行きの便を待っています 早く日本に戻りたいものです

でも、正直この生涯で Puerto Ricoに行くとは思ってもいませんでした 世界が広がりました

なんにせよ Puerto Ricoはとても良い国です 日本で言えば 丁度「石垣島」という雰囲気でしょうか

カリブ海に面した美しいレストラン

HorliX日本国内実質的な第一号ユーザーとして – (1)

さてこのプエルトリコではひどいひどい時差ポケの中頑張りましたよっ そう言えば知らなかったのですが、Puerto Ricoというのは人口 350万人ぐらいのカリブ海に浮かぶ孤立した島ですが、このあたりはスペイン人がたくさん攻め込んできたのでしょうね 全てがスペイン語です でも歴史の中でアメリカ合衆国が攻め込み、今はアメリカ合衆国の一部なのです それで人々のパスポートは正式な米国パスポートです でもね、アメリカ50州の中には未だ加盟が許されず、従ってアメリカ合衆国の選挙権が無いので、この前の大統領選挙も全く無関係だったらしいですよ

まあそれは不満でしょうが、合衆国は税制優遇作を適用し、それでこの大した産業が無い島が成り立っているそうです 主な産業は「観光」であり、観光の対象は米国本土の人々らしいのです でも、去年の秋 2017年9月に襲ってきたカテゴリー5の超大型ハリケーン「イルマ」のために壊滅的被害を受け、数千名の命も失われたようです このため、観光施設もやられ、また未だに電力の供給も完璧なものではなく、街は一部を除けば信号機も消え、暗くなっています

何より大きなことは、これを契機にアメリカ本土からの観光客が激減し、大きな観光被害となっているのだそうです 実際僕が接触したプエルトリコの人々は皆流暢な、少なくとも僕のたどたどしい英語が恥ずかしくなるぐらいの素晴らしい英語も喋られます それでも本土の人々はプエルトリコでなく、今は他のカリブ海島国やメキシコの観光地を訪れているようですね

そうそう医療産業はこの中で優遇処置を受けており、各社の工場がたくさんあるようです これも被害を被ったようです 早く経済が回復すると良いですね もっとも僕が宿泊した San Juan Sheraton Puerto Rico Hotel & Casinoではとても景気良いように見受けられましたので実態は分かりません

さて、木曜日にはとっても難しい慢性完全閉塞に成功し、先方のとてもやる気のあり、意欲のある若手の先生 年齢は 45歳ぐらいかな? Dr. Damian Gravas Abad先生は僕に熱心にガイドワイヤー選択のアルゴリズムを問いかけてきて、それに回答したりしました そして、夜は Seafood Restautantに行きましたよね

Dr. Grovas
カテ室

この病院 Cardiovascular Centerは随分早期に JCI認定を取得している病院です 鎌倉が取得したのは 確か 2010年だったと思いますが、それよりもずっと昔に取得です すごいですね

JCI認証

金曜日には、冠動脈バイパス手術術後患者さんでとても長い病歴の男性患者さんが用意されていました CCS class 2以上の労作性狭心症であり、彼が数ヶ月前にトライされたのです 左内胸動脈が左冠動脈前下行枝につながっているのですが、右冠動脈も左回旋枝も慢性完全閉塞であり、しかもその上に蓋をするように石灰化した左主幹部も慢性完全閉塞なのです それでバリバリの狭心症なのです 彼のシネを見たのですが、順行性、内胸動脈経由の逆行性を右冠動脈にも左回旋枝にも試み、都合5時間費やし、結局あきらめたそうです シネを見て僕は、「これは無理だ」と思いました そして彼にもそのように進言したのです でも患者さんの強い希望もありトライして欲しいと言われ、結局行いました しかし、1時間ぐらい色々試みましたがやはり「これは無理」と宣言し中止しました 患者さんに対しての悪影響はありません 結局この日は他の患者さんたちは、キャンセルとなったり、そもそも慢性完全閉塞が無かったりで、これで手技を終了し、自由時間となったのです

あっとこの後 HorliXについて記載する予定なのですが、そろそろマジで出発準備せねばなりません また後で