北京での三泊

今回 CITに参加するため(実際には 僕は Course Co-Directorなので参加せねばならないのですが・・・)に、3/30夜に北京に入りました

確か先週ぐらい全国人民代表会議みたいなのが開催され、自動車もしばらく制限されていたからか珍しく空は奇麗でした この時期の北京は、PM2.5の問題が無ければとても過ごしやすく美しい街並みなのです

さて、昨年はライブ術者をする時間が無く、今年は二年ぶりに術者をしましたが、この間に阜外国立心臓病センターはすっかり新しい建物になり、壮大なとても奇麗な病院となりました そこでは心臓専用のカテ室が、15室並び、それ以外に脳とか、外科が使用するカテ室が5室、合計 20室のカテ室が稼働しています 昨年の経皮的冠動脈インターベンション症例数は16,000例です

この15の中に少なくとも一台 SHIMAZUのマシンがあり、僕のライブはそのマシンで行いました 他のマシンは、Philips/Siemensということでした 僕の助手をされた先生方に「どのマシンが好き?」と聞くと、SHIMAZUも悪くないけど時々画像がものすごく悪くなるのでやはり Philips/Siemensが好きだと言っていました

今回 SHIMAZUはものすごく奇麗な画像であり、それはある意味感激しました 小倉にもこのマシンが入っていたと思いますが、小倉よりも格段に奇麗でしたね この話は小倉には内緒で・・・

症例は右冠動脈の慢性完全閉塞でしたが、あっという間にワイヤーを通し、それこそ時間をどのように潰すか?に悩んだほどでした

北京の街には、若い女性がきっと資生堂の影響だと思うのですが、皆とてもお化粧が日本的に奇麗となり、美人が増えました そろそろ出発せねばなりません またこの後は日本に戻ってから

へえ~~ これもオリンピックに向けてかなあ

何だか疲れ切っていますが、元気出てくるでしょう 本日は 5:00pm過ぎの ANA便で久しぶりに北京に入ります

北京では明日より CIT (China Interventional Therapeutics)というライブ学会が開催され、そもそもこの会が出来た時より Chairmenの一人でありますが、あまり活動していない悪い役員ですね 自分の履歴に併せ最近は経皮的冠動脈インターベンションよりもTAVIの役割が増えてきています

しかし、今回は明日の午前中に阜外病院より慢性完全閉塞のライブ術者となっています 先程症例を見ましたが、59歳男性で右冠動脈のみの慢性完全閉塞でした ラッキーであれば、順行性に Tapered-tip hydrophilic wireで簡単に通過するでしょうが、そうでなければ厄介な逆行性アプローチということになります 造影では中隔枝良く分かりませんでした

まあ明日になれば明日になります 今から考えても何の得もありません

そうそう、何を言いたかったかと言えば、今日は珍しく羽田の出発口が行列になっていたのです それで僕は ANAの Statusであまり並ばない入り口から入ったのですが、驚きました 入り口のSecurity checkを通過したらばガラガラなのです 出国管理もほとんど列を作っていないのです

ではどうして出発口で詰まっていたのでしょうか? 答えは、これまでの金属探知方式のゲートでなく、その横に新たにアメリカとかでは数年前よりやっていたグルッと回る全身スキャナーが入っており、全員そちらに入らせられていたのです そのために、列が出来ていたのですよっ

これって、やはり東京オリンピックに向けての対策なのでしょうね

そうそう先日の危機を乗り越えた患者さんすっかりお元気です TAVIの威力ですねえ

SirolimusかPaclitaxelか

昔は良く、SES (Sirolimus-Eluting Stent)か PES (Paclitaxel-Eluting Stent)か? なんて論争をやりましたよね 大抵は、そのどちらかの会社 具体的には前者は Johnson & Johnson Cordis、そのして後者は Boston Scientific の2つの DES大会社が後ろについて、色々な資料を準備すると共に、せんのう いや 失礼 言葉が悪く不適切、 丁寧な説明をしてくれて、その膨大なデータをもとに、「いやこちらのDESがいい」とか、「いやこちらのDESも決して悪くない」とか、「糖尿病患者さんにはこちらのDESが良いのだ」とかいう主張を高らかにする、その debateで時間が過ぎていき、簡単に一時間の講演が終わるのでした

かく言う私もそのような論争に加わっていましたね まあ実際にどちらのDESを実際の患者さんに植え込むかは、臨床試験の結果のみでは決まらず、色々な難しい判断がある訳ですが、医師たるもの、基本はその目の前の患者さんに対してはどちらが良いか、という判断を行っているものであり、臨床試験の結果には必ずしも左右されないものなのです

それに色々な臨床試験の結果は決して一律的ではなく、どちらのDESもサポートしてしかるべき結果なのです こうなると、何を信用して良いのか分かりません

さて、

 J Am Coll Cardiol. 2017 Feb 14;69(6):616-624.
10-Year Clinical Outcome After Randomization to Treatment by Sirolimus- or Paclitaxel-Eluting Coronary Stents.

Galløe AM, Kelbæk H, Thuesen L, Hansen HS, Ravkilde J, Hansen PR, Christiansen EH, Abildgaard U, Stephansen G, Lassen JF, Engstrøm T, Jensen JS, Jeppesen JL, Bligaard N; SORT OUT II Investigators.

という論文、実は今朝の循環器内科毎朝抄読会のネタだったのですが、まあこれによれば、SES or PES (具体的な商品名としては、CYPHER or TAXUSなのですよ、念のため)を植え込んだ後、年率 1.3%で両者ともステント血栓症が 10年まで一定の頻度で発生し、見方によれば、 CYPHERの方が TAXUSよりもその発症頻度が高い場合もある、という結果でした

うーん 何と言うか予想通りですが、これまで僕達が漠然と抱いたいた DES後のステント血栓症発生率は 年率 0.5%である、というイメージよりは大分悪いことになります

もちろん、CYPHERも TAXUSもDESとしてはポリマーが完全に残る第一世代DESであり、しかも、CYPHERは非常に固く、その力学的特性から慢性期には悪影響を及ぼしやすいだろう、という人もいたくらいです ですから結果に関してはそれほど驚きではないのですし、まあ10年もすれば、動脈硬化も進行するので、どこまでが植え込まれたDESによるものか分からないとも思うのです

実はそんなことを話すためにこの論文を引用した訳ではありません これは生き方の問題なのです

この論文・研究は 世界で住民が一番幸せ、とも言われている Denmarkで行われたものなのですが、著者リストの三番目に注目して下さい Dr. Leif Thuesenという名前があります 日本に SAPIEN-XT導入時 一年間に渡り日本国内に滞在され、Proctorとして日本全国を回られた先生です 実は彼は、もともとが Coronary Interventionalistであり、あの Bifurcation trialとして有名な Nordic Studyの中心人物なのです

彼は、Nordic Countries = (Denmark, Norway, Finlandというバルト海を囲んだ三カ国)を度々周り、カテ室を訪問して、このような studyの重要性を説き、そして臨床試験や臨床研究を次々と成功させてきたのです 何故この中に Swedenが入らないか? ですって 良い質問です Swedenには SCAR Registryという大掛かりなDESレジストリが存在するのと、とにかく一国で経済的にも人工的にも大きすぎ、あまり三カ国と一緒にできないのだそうです

思い出せば 2016年1月後半、Thuesen先生と一緒に僕も Baltic Countriesを周り 慢性完全閉塞PCIをしたり、SAPIEN3の植え込みをさせて頂いたりしたのです とても楽しく有意義でした その時のことはブログのここにあります

ココらへんのブログにも書きましたが、実は Thuesen先生は僕よりも5歳ぐらい年上の先生なのです その先生がPCIのみならずTAVIの世界にも入っており、現在なお第一線で臨床医として活躍されている姿 それを見て奮い立ったのです 素晴らしい

ボゴタ二日目

ボゴタとば、共産ゲリラ(その実態はヤクザ コカインなどの麻薬で稼いでいた暴力組織)との長い内戦で有名であったコロンビアの首都です 現在コロンビアは、とても奇麗で静かで、安全な大都市です

もちろん東京でもそうであるように、部分的には危険であり、そのような場所に近づいてはいけません 毎日早朝には武装警官が、爆弾探知犬をつれて停車している自動車などをチェックします また街角ブロック毎に自動小銃で武装した軍警察が立ち、警備しています

この日は病院講堂で Durability of THVという困難な割当演題についての講演をしました

SHDのプレゼン

そうそう前の日の夜は、Welcome Dinnerが開催されましたが、そこでも(もう嬉しくもない)誕生日祝いがありました

ボゴタでの誕生日会

この病院のインタベ・チーフであり、中南米で、コロンビアのインターベンションペの代表である Dario Echeverri 先生とは長い付き合いですが、何時もとても良くして下さいます 今回、現地山奥のインディオが作った編み物の袋、というとても貴重なお土産を頂きました

Dario Echeverri先生

さて、今回新たに訪れた和食の店がいくつかあります まずは定番の「東京ラーメン」 ここは初めてではありません

東京ラーメン
東京ラーメンのラーメン

そして新たに訪れた「関寿司」

SEKI SUSHI

そしてこれも何年も通っている 「ありがとう」 ここのカレーうどんはおいしいですよっ

ARIGATO
ARIGATOのカレーうどん

Fundacion CardioInfantil

訳せばそもそも小児心臓病センターとでも言うのでしょうか この病院を初めて訪問したのは 2012年の4月に遡りますが、これまで 5回あり、今回 6回目の訪問です この病院はもちろん小児心臓病も扱いますが、主体は成人の心臓病 特に虚血性心疾患であり、最近は structural heart diseaseも多くなっているそうです

これまでTAVIは SAPIEN-XTを中心として 114例に対して行われたそうであり、先週には初めての SAPIEN-3を用いたとのことです Medtronic : Edwards = 1 : 2ということでした

今回は、この奇麗な病院の講堂において、二日間かけて学会が開催されましたが、一日目は冠動脈インターベンション、二日目は SHDのものだったのです 僕はその両方で講演を依頼され、それを行ってきました

学会が開催された講堂

そしてこの日の夕方 カテ室で治療に入りましたが、これは中継されませんでした 患者さんは何と 18歳の女の子で、体つきは通常の18歳より小さく、もともと大動脈炎症候群により左冠動脈主幹部入口部が閉塞している患者さんであり、10歳の時に LITA-LADの冠動脈バイパス手術が行われましたが、2016年はじめ頃に胸痛再発し、検査の結果、両側鎖骨下動脈閉塞し、左内胸動脈も完全閉塞し、左冠動脈には右冠動脈より細い中隔枝より潅流されていました

これに対して、経大腿動脈的冠動脈インターベンションで、6Fr GC (とても7Frなど使える太さではない)により右冠動脈より逆行性に攻めました 途中STがばんばんに低下すると共に、血圧低下、激しい胸痛を伴いましたが、頑張って続けました そして、ついに逆行性に左冠動脈主幹部入口部まで行ったのですが、Conquest-Pro 9/12/8-20全てありません 入口部の 2mmぐらいをどうしても穿通できず、give upしました

致命的な合併症を起こすことをもっとも恐れましたが、それはありませんでした とても残念であり、また期待された患者さんやご家族に申し訳ありません

とことん疲れ切り、また激しい時差ボケでその夜は消沈しました

コロンビア到着

結局ダラダラとメキシコシティー空港の AeroMexico Loungeで 5時間ぐらい過ごし、ようやく飛行機は飛び立ちました ボゴタまでは 4.5時間の飛行で、時差は一時間 ボゴタの空港に到着したのは 2/15水曜日の 23:00過ぎでした

ここでまた不愉快な思いでした まず入国審査でしたが、これはOKでした その後の税関審査、これもOKでした ところが、税関審査を出た後、あれは警官でしょうか? 税関審査官なのでしょうか? 女性が出てくる人のパスポートを開きなが色々な質問を投げかけてくるのです 決して優しげな雰囲気ではありません 僕の日本のバスポートを開きながら 何のために来たか? 何日滞在するのか? いくら現金持っているのか? などしつこく聞いてくるのです まあ初めての体験でした

そしてホテルに check inすれば既に真夜中でした ホテルはなかなか歴史を感じるホテルで良かったですね ただネット接続が若干モタモタでした

Hotel Estelar La Fontana

まあ とは言ってもメキシコ空港到着時には、第一便就航ということでそれを祝って、到着ゲートのところで、メキシコの消防車による放水がありました どうってことないけど・・・

消防車による歓迎放水

そして、到着して入国したところでは、メキシコの伝統的民族音楽マリアッチの演奏がありました

マリアッチの演奏

しかし、これは我々第一便到着を祝ったものではなく、誰か知らない人が結婚式の後の新婚旅行を終えて戻ってきたのを祝っていたのでした なあーんだ

コロンビア訪問 – 出だしのひどい話

さて、水曜日 病院内でささやかな誕生日祝をして頂き、その後 17:00頃 成田空港発の ANAメキシコシティ行きの便に搭乗しました あまり知らなかったのですが、実はこの便は ANAがメキシコシティに初めて就航した便であり、搭乗証明書とか記念品とか頂きました また成田空港ではそれなりのセレモニが行われていました

    ANAメキシコシティ初就航便祝い

機体は Boeing787であり、新しい機体でした 機内はパンパンに満席で、こんなにも需要があるものだろうか? と思いました 何故ならば既に AeroMexicoが毎日、成田-メキシコシティをやはり 787で就航しており、そこに ANAが 787での毎日就航をぶつけてきたのです

確かに トランプ大統領前であれば、多くの自動車企業がメキシコに工場を移し、日本勢もそれにならいたくさんのビジネス客が日本とメキシコの間を移動していたのですが、急に情勢は変わったのです

メキシコに行く観光客はいなくはないでしょうがたくさんとは思えません 後は、ルキシコ経由で他国、例えばキューバ、あるいは中米諸国、コスタリカ、パナマ、そして、南米 ペルー、アルゼンチン、チリ、ブラジルあたりに観光に行くぐらいでしょうか

僕はと言えば、メキシコシティ経由でコロンビアのボゴタに入るルートを狙ったのです しかし結論から言えばこれは失敗、二度とこのルートでは飛びません 正直ANAの幹部さんたちに言いたいですが、このメキシコ便はトランプ後では失敗です きっと早晩客足が落ち込むことにになるでしょう その理由を挙げます もちろん、メキシコに入ることが最終目的地であれば、話は別です ビジネスマンにしてみれば、日中夕方に日本を発ち、飛行機の中で眠り、同じ日の朝にメキシコシティ到着、帰国は深夜23:30にメキシコシティを出発し、夜間飛行機で眠り、成田到着は翌々日の 6:00AMですから、日程を非常に効率的に有効に使うことができるのです しかし、乗り継ぎ客から見れば

  1. トランジットのつもりでメキシコまで飛んだにもかかわらず、メキシコシティで一度必ず入国審査を受け、税関を通過せねばならない
  2. メキシコシティの税関では、入り口に押しボタンがあり、そのボタンを必ず押さねばならず、押せば一定の確率で赤か緑になり、赤の場合、全ての手荷物をまるごとあけられ検査される 非常にうっとおしい
  3. そもそもトランジットのロビーに向かうルートが存在しない
  4. 中南米諸国への接続は、だいたいが 6時間待ちとなるが、一度入国しているので、出発の3時間前までそもそも航空会社カウンターが開いていない
  5. 従って、空港の雑踏の中 ろくに椅子も無い場所で3時間時間を潰さねばならない

というものです まあ、今回行きは、メキシコシティーから AeroMexicoでメキシコシティー – ボゴタの便でしたから、流石にメキシコ国営航空会社とも言うべき AeroMexicoは空港カウンターは開いており、チェックインして、ラウンジに入ることができました そして、ラウンジで今回は 5時間一人で時間を潰してボゴタ行きの便に乗り継ぐことができました しかし、帰国は違うのです ボゴタ – MexicoCityは ANAと同じアライアンスの Star Allianceである Aviancaに搭乗しましたが、やはり Mexico Cityで 6時間以上の Transit しかし、メキシコシティーで一度入国せざるを得ないのです そして、入国してからは、今度は 3 – 4時間待たないと ANAに check inできないのです ひどい話ですよね、二度と乗らない

とても馬鹿げた話です ANAの上層部ももっと真剣に考えて頂かないとビジネス失うことになりますよっ 就航記念セレモニーなんかしている場合ではありません

相変わらずの鉄砲玉

皆様方 しぱし お別れしていました 先の水曜日 2/15 病院カテ室で誕生日祝をして頂いた後、昼に自宅に戻り、準備の後、夕方 成田空港を出発すべく準備したのです

そして、 2/15金曜日夕方というか夜 この日初めて就航した 全日空成田 – メキシコシティ行きの便に搭乗したのです 別に僕は意図した訳では無いのです たまたま就航便に搭乗してしまったのです でもすごい就航記念式典でしたよ

まあとは言っても搭乗してしまえば一緒です 結局 11.5時間かかってメキシコシティに到着しました

ダッカ脱出 今 Singapore Airline Lounge

飛行機は定刻に Dhaka国際空港を飛び立ち、予定通り現地時刻 6:00AM頃にシンガポール空港に到着しました これから 9:30AM発の成田行き SQ便をラウンジで待っているところです

何でも Bangladeshでは毎週 金・土・日が休日であり、金曜日になると大渋滞の道も空いています しかし、Rahman先生によれば、病院は金曜日のみ休みで、土日は通常勤務とのことでした

今回の会場となり、一泊のみですが宿泊した Radisson Blu Hotelはなかなか良かったです

Radisson Blue Hotel
Radisson Blue Hotel

本日のライブ顛末

さてさて昼食を Radisson Blu Hotelの中の Cafeteriaで摂りました Buffetであり、自由に好きなものをとることができます バングラデシュはイスラム教の国なので、豚肉に関しては厳しく、まず見かけることはありませんが、牛肉、鶏肉、ラム肉、魚介類に関しては何の制約もありません またベジタリアンの方も多いようです 本日の昼に選択した Buffetはこれです イカ、エビ、野菜、Nanなどたっぷりでなかなか良い味でした

昼の Buffet

それから部屋に戻り、ダラダラと過ごし、14:30に、会長の Dr. Afzalur Rahman先生が僕を病院に連れていくために迎えに来てくれました

Afzalur Rahman先生

そして、彼の車に乗って15分ぐらいの場所にある United Hospitalに向かったのです 2年前もこの病院から Bangladesh初のライブ中継を行ったのです 前回は難しい慢性完全閉塞であり、retrograde approachにより開けました 中継時間内に見事に終えたのです

今回 CDで見せて頂いた症例は何と 39歳男性の内科医でした 三ヶ月前より狭心症状が出現し、CAGでは三枝病変であり、左前下行枝は入口部から慢性完全閉塞で、心表面ルートからの副血行で造影されました 左冠動脈回旋枝にもきつい病変があ、また右冠動脈の #4AVにも病変がありました こんな若いのに何でこんなに冠動脈が悪いのか、そんな症例でした

United Hospital
手技の最中

これに対して、bi-femoral approach 7Frで望みました 正直術前の診断造影はあまり良くなく情報不足でしたが、同時造影すると閉塞距離はせいぜい15mmで「これならば順行性だね」と思いました そして開始し、Finecross + XTAにより少しの操作で通過しました しかし、それからが結構大変だったのです 左前下行枝は瀰慢性にプラークが IVUS上存在し、対角枝分岐部、左冠動脈回旋枝分岐部も複雑な病変であり しかも、左冠動脈回旋枝の分岐は 90度以上ある、というものでした あっ、今思い出した すっかり症例の CDもらうの忘れました

まあしかし、modified jailed balloon techniqueを示したりしてDES 3個を用いて、対角枝、左冠動脈回旋枝分岐部、左前下行枝、左冠動脈主幹部を奇麗に処理しました 左冠動脈回旋枝には TAP stentingを行いました 何と Gary Mintz先生が会場でIVUSコメンテーターをして下さり、それはそれは贅沢なライブでしたね 終われば皆 happyでした

一同皆 happy

16:00 – 17:00のライブ中継ぴったりに終了し、再びホテルに戻り、今 19:00からの Welcome Ceremony開始を部屋で待っています 何か話をせねばならないらしいのです このホテルの 8階にある「地中海料理」レストランに逃げたいのですが、少なくとも最初は無理ですね

兎にも角にもこの後 23:30発のシンガポール行きの便で飛び立たねばなりません 二年ぶりの Dhaka, Bangladeshでしたが、この二年間で驚くほど街は奇麗に整備されていました

1年足らず前のあの悲劇的な事件を乗り越え国は発展しているようです この国の発展に尽くされてきた日本人の方々があの事件で何よりも大切な命を落とされた、そのことを思うと、悔しさ、残念さなどがこみ上げ 自分の無力を感じます 本当に無念だと思います 心から哀悼の意を表したいと思います