Gwangju (光州)で見た現実

今週の木曜日から本日土曜日(6月09日から11日)は久しぶりに韓国南部 全羅南道の中心都市 光州(グワンジュ)に行きました この都市は、韓国の中でも首都ソウルに対抗する都市として存在があり、これまでにも韓国大統領 例えば 金 大中 (キム・デジュン)の出身都市としても有名で、韓国の暗い過去の一つである光州事件の現場でもあります

ソウル国立大学に対抗する国立大学としては、釜山国立大学が有名ですが、それ以外にもっと強力なのが、全南国立大学(チョンナム)なのです それがこの光州にあります これまで毎年のようにここで開催されるライブに呼ばれていたのですが、2013年を境に忙しさにかまけて参加できませんでした

今年ようやく参加したのですが、そこで見た現実は、何と僕が Invited Faculty membersの中で最長老となっていたことです 時間は確実に流れ、これは現実として仕方ありませんが、そのような歳になった、と言うことです

今回もライブの術者として一例治療しましたが、簡単な症例でした うーんという感じですが そのような立場として受け取られているのでしょう それがすごくショックでした

韓国心臓病学会TRI Working Group

金曜日夜の便で久しぶりに韓国 釜山に入りました 今回は、松陰くんと、吉町くんと一緒でした 釜山空港に到着したのは既に 21:00であり、刺し身やで皆で食事してから、遅くにホテルに入りました

僕は翌朝 7:40AM ロビー待ち合わせの約束に対して覚醒したのが、 7:45AMという状況でした

病院は Kohshin Universityであり、釜山の名所の一つ 松島 (SonDo)を見下ろす高台に建つ大学病院です この病院にはかれこれ10年前に数回訪問したことがありましたが、建物もカテ室もすっかり変わっており、時代の流れを感じました

吉町くんも、松陰くんも、僕も役割を 10:30AM頃までには終了し、皆で松島まで歩いて行き、そこの刺し身やで早めの食事を食べ、空港に向かいました きちんと仕事しましたよ 楽しかったですね

韓国心臓病学会講演終了

今金浦空港ラウンジで、帰国便を待っています 韓国心臓病学会最終日の講演は無事終了しました 自分でも満足の内容でした

正直最近の日韓関係の冷え込み、これは行きかえりの飛行機の空席でも分かります これまでは常に満席状態だったのですが、少なくとも行きの便は30%ぐらいしか席がうまっていませんでしたした、このラウンジの状態では戻りの便も空席率は50%以上でしょう それ程にも日韓の関係は冷え込んでいるのです そのような状況の中で僕の講演もどんなことになるやら・・・と危惧していたのですが、韓国の先生方は優しく迎えて下さいました ありがとうございます

今、この病院母体を巡る事件の影響でとても辛いのです これまで25年間に渡り数多くの方々のご協力、ご支援の中でここまで頑張って、それなりに少なくとも一流半、あるいは一流の病院に、この鎌倉病院をゼロから持ってきました それがこの一連の事件で瓦解しようとしているのです 自分の人生をかけた25年間、そして色々な人々と歩んだ25年間、それが全て流れ去ろうとしているのです

自分でこの大きな流れに逆らうことはできません ひたすら 奔流の中でしなやかに根を張り続ける水草の如くに生き延びなければなりません

これまで鎌倉病院を開いてから、30,000人ぐらいの患者さんを治療してきました そのことはその方々のためにも否定して欲しくはありません 否定されてはいけないのです そして、今 新たな治療TAVI、これに関しては今現在でも日本国内で8つの大病院でしか治療ができない高度先進医療なのです その実績を否定させてはなりません

自分ではこの状況に対してとても腹が立ちます そのような状況に陥らせた人々に対して怒りを覚えます 許しがたい思いです でも、そんなバカ達とは一線を画し、先に進んでいきたいと思います

本日日帰り韓国出張

本日はソウル近郊都市 一山 (Ilsan)において、第47回韓国心臓学会が開催され、僕はその中で Pathology of Chronic Total Occlusion – Its therapeutic application とかいう講演を依頼されました

最近は韓国もすっかり足が遠退き、以前は年に15回くらい訪れていたのが、年1回か2回という状態になっています まあそれでも今年はこれで三回目でしょうか

イルサンは金浦のすぐ近くですから、そうそれこそ漢江(ハンガン)を渡ればもうイルサンですので、11:00AM過ぎの羽田-金浦便に乗り、日帰りです

それにしても病理学とはなかなか難しく、これを機会に今回勉強して、それなりのプレゼンテーションを作成しました 作った量が多すぎるので、これから機内で選別するつもりです 何れにしても準備万端です

昨夜は、湘南鎌倉総合病院職員互助会による、横浜港の屋形船食事会がありました 僕も初めて参加しました というか、参加するつもりは無かったのですが、今こういう状態で、皆とても辛い思いしていますので、やはりこの病院を立ち上げてきた者として、参加する義務があるかな? と感じたからです 早く時間が経たないかな

その後の顛末

金浦からインチョンに移動し、アシアナのカウンターに行ったのですが、上海\モスクワのフライトがキャンセルとなったことを係員は知りませんでした コンピューターの画面に暫く向かい、キャンセルを確認しました

しかし、上海\モスクワはアエロフロートなのです そしてアエロフロートはシンチョン空港にカウンターすらありません ソウル事務所に電話しても誰も電話に出ません

その時点で唯一のルートは、大韓航空で北京に飛び、北京\モスクワのアエロフロートに乗ることでした しかし、カウンターはアシアナであり、搭乗締切まで既に10分を切っていました ここまでのやり取りで非常な危険を感じました このまま続ければ自分の身に大変なことがおこる、そのように思いました そして、急速に気力が萎えていきました

ここは無理せず今回のモスクワは全てキャンセルし、本日はソウルに宿泊し、明朝帰国する、それが無難という判断をしました

結果的に明日 8:40AMの飛行機で羽田に戻ります ホテルは金浦空港に取れました

これでアエロフロートがキャンセルとなったのは二回目の経験です もう絶対に信用しない ひどい航空会社です

本日ライブの顛末と、その後の大事態

今朝は 10:20AMにホテルを出発し、全南大学病院カテ室に向かいました プログラムでは僕のライブ放映開始は 11:30AMから一時間、引き続いて12:30 – 13:30のランチ・シンポジウムで経大動脈的大動脈弁植え込み術の講演という予定でした

もとより、16:10光州発金浦行きの飛行機に乗り、インチョンに移動して上海経由モスクワへ、というタイトなスケジュールです

カテ室に到着し、僕の割り当て症例を見ました 60歳ぐらいの男性で左冠動脈前下行枝と左冠動脈回旋枝に一年前に薬剤溶出性ステントが植え込まれ、その時に右冠動脈の慢性完全閉塞もトライされましたが、不成功に終わり、今回はその右冠動脈慢性完全閉塞がターゲットでした しかし、待てど暮らせどカテ室が前の症例をやっていて出番が来ません、結局 12:10になってようやくスタートできました 幸い順行性でワイヤーを通過させられましたが、1.0mm balloonも通過しないのです 最終的に Tornusで通過し、最後は2.5 x 38mm x 2個、3.0 x 38mm 1個の薬剤溶出性ステントを植え込んで終了しました 右冠動脈末梢は苦労して開けた割にはとても小さく何だかなあ という気持ちでした

これで終了したのが、12:50でしたので結局40分で右冠動脈慢性完全閉塞再トライを成功させたことになります 引き続いて急いで講堂に移動し、講演を行い、予定通りの飛行機に搭乗し、金浦に到着、そしてメールをチェックしたところ何とモスクワから、”Your flight was cancelled” というのが届いていたのです

さてこれからどうなるか 現在インチョン空港に移動中です

驚き

本日はこの韓国・光州・国立全南大学病院でのライブデモンストレーションと講演の後、金浦・インチョン・上海経由でモスクワに移動します

今回も翻魚(ホンオ)を食しました。ホンオはいわずと知れたエイを発酵させたものです。エイはエイでも、朝鮮半島突端にある木浦(モッポ)の沖にある黒山島沖合で獲れるエイなのです。豊臣秀吉が朝鮮半島に侵略した時に、木浦にいた百済の王様達がそのエイをキムチ窯に入れて小舟に載せ、そのまま川を遡って光州まで逃げてきたのです その時に、エイが自然発酵したのがホンオの始まり、という伝説があります

発酵といっても、通常の発酵ではなく、アンモニア発酵なので、ほとんどの人が食べることはできません

しかし、その僕の好物のホンオを食べながら、驚きでした 何と何と それは4年前に遡りますが、僕が札幌でも月に数日間過ごすようになって暫くして、「あれっ、北海道の人はエイを食べるんだー、珍しいな」と気が付いたのです

エイを醤油味で煮つけ、食べるのですが、これがおいしいのです 酒の肴にも良いのです おまけにコラーゲンたっぷりでその軟骨から何から全て食べれるのです

ところが、このエイを北海道では「カスベ」と称し、その名前で売っているのです いやもちろんこれはエイです ホンオになり得るエイそのものなのです

驚き、というのは、何と北海道の人々は子供の時からカスベをたくさん好んで食べているにもかかわらず、それがエイだということを知らないのです この事実に驚愕しました

何と「カスベ」という普通の格好をした魚が世の中に存在する、そのように思って育ってきたらしいのです もともと北海道には「魚屋さん」という店舗形態が存在しません 従って、一般の人々がまるのままの魚を目にすることはほとんど無く、魚といえば、切り身か干物なのです だからこんな誤解が発生するのでしょう

北海道には新鮮な魚介類がある、という北海道以外の人々が抱いている「常識」は実は幻想なのです それがこの4年間に学んだことの一つです

これから韓国へ

今羽田空港です これからソウル金浦空港に飛び、そのまま光州に入ります 明日から GICS (Gwangju Interventional Cardiology Symposium)という学会が、国立全南大学で開催され、それに招聘されているからです。あいにく、時期がかぶりながらモスクワで、ロシア最古の心血管インターベンションに関する学会が開催され、それにも強く招聘されているため、土曜日の夕方にインチョン-上海経由でモスクワに入り、空港から病院にひょっとして直行してライブをします。この学会には、2002年に日本人として初めて招聘され、僕にとっては初めての薬剤溶出性ステント(CYPHER)植え込みをした記憶があります。それ以来毎回参加していたのですが、ここ数年間は忙しくてずっと断ってきました。もう4回は断ったように思います。

流石に今年は参加しなければならないでしょう、という判断をしました。帰国は、水曜日午前成田にです。そのまま病院に出勤し、外来診療する予定です。あいかわらずの生活です。

ソウルでのライブデモンストレーション

Rha先生と我がチームs20130423-2 s20130423-14月23日火曜日、8:20AMのANA羽田-金浦空港便で、ソウルに入りました この時期毎年ある、TCT-AP Angioplasty Summitという SJ Park先生が主催されているライブデモンストレーションに参加するためです

今年は、これまで正月に行われていた CTO Liveというのも併設されたのです

僕は会場であるSeoul Coexという会議場隣の Intercontinental Hotelに 11:30AM頃チェックインし、軽い昼食後、そのまま Asan Medical Centerに向かい、カテ室で初めて割り当て症例を見ました 症例は60歳代の男性で、左冠動脈前下行枝のCTOでした 副血行が微弱で、とてもレトロはできません

2:30PM頃より手技にとりかかりました 助手は Rha先生がして下さいました Rha先生はとても良い先生で僕は大好きです

とても困難な症例と思われたのですが、Classical Side-Branch Technique + Double Wire Techniqueを用いて素早く再開通させました ライブデモンストレーション中継が15:00から行われたのですが、さっさと中継し、それから会場に向かったのです

16:20より Case Summarizeがあり、自分の行った手技を会場の皆に説明し、その後、何と私がこれまでアジアのPCI発展に尽くしてきた功績に対して、日本人として初めて表彰されたのです

夕食はもちろんにんにくたっぷりのホンオでした 今日はこの後帰国します またしても一泊のみの韓国滞在です