うわあ とんでもないことが!!

本日は7月22日 日曜日 実は、仕事で福岡空港に向かう必要がありました このため18:00羽田発の ANA便を予約し、羽田空港に 17:20に到着したのです

しかし、チェック・インしようとすると、「現在受け付けておりません」と拒絶されたのです 空港の中の大きな掲示板には、「福岡空港滑走路に落雷があり、滑走路に亀裂が入り、現在使用を停止しています 復旧の目処はまだたっていません」とあります

常識的に考え、滑走路の亀裂が1 – 2時間で治せる訳はありません 数時間は最低でもかかるでしょう となると、本日の福岡入は無理だと絶望的観測をしています そして、次善の策は明朝始発便で福岡空港に移動することです 現在その段取り立てています

これも今年の異常な高温によるものでしょう どんどん地球温暖化、というか地球加熱化のために天候異変がおこるのでしょうか

本日の夕食

本日は 16:00発の ANA便で千歳空港に そして札幌東徳洲会病院心臓センターには 18:45頃到着しました それから明日のTAVIの検討と打ち合わせをしたのです

19:45には一人病院を出て、マンションの向かいにある MaxValueに入り、食事パンと、カップ麺を購入しました 今日の夕食はこれです ふふ

本日の夕食パン

思い出した!!

今思い出しました アイスコーヒーの大阪での呼び名、それは「レイコー」と「コールコーヒー」でした

最初にあれは1969年 大阪大学医学部進学過程に入学し、学園紛争ストライキのため講義が全く始まらず、僕たち学生はぶらぶら暇に過ごしていました 「これも慣れない大阪を知る機会だ」とばかり友人たちと、あるいは一人で街をぶらぶらし、そんな中で唯一の救いは喫茶店に入ることだったのです そして最初に「アイスコーヒー」と注文しても店員さんは「何を言っているの?」と全く通じませんでした そのうち、この2つの言葉 「レイコー」と「コールコーヒー」という呼び名が大阪では使われていることを知りました

いやあ 大阪はいいですねー 僕の第二のふるさとです

本日は母校大阪大学キャンパスへ

本日はもっとも忙しい月曜日でしたが、公用で大阪大学医学部先端医療イノベーション・センターに出かけました

ぎりぎり 11:30AMまで外来診療し、それから暑い日差しの中、そして海からの強い暑い南風にに逆らって一生懸命自転車で自宅に戻り、それから着替えて、実は普段「短パン+T-shirts」なのですが、この格好では流石に公的な会合には出席できませんので、いちおう半袖シャツと、スラックスに履き替えたのです そして 12:00には自宅近くまである会社のお迎えがあり、そのタクシーに乗り込み、新横浜駅までの道すがら色々な打ち合わせを行いました

そして、13:09新横浜発の「のぞみ」に乗り込み、一人で大阪大学吹田メインキャンパスまで向かったのです やはりこのあたりは学生時代の思い出が残る場所です それは何と 1969年から1975年の間でした あの頃は僕の可能性は  360度拡がり、世界は自分の手の中にありました しかし年齢を重ねるにつれ、自分の可能性の世界はどんどん狭まり、今やそうですねたった一度だけの可能性の拡がりしか残っていません 寂しい 自分がそのようにして社会の中から忘れられていくのでしょう 寂しい あがないたい、でも難しいでしょう

新大阪駅で下車し、少し時間に余裕があったので、北大阪急行 これは地下鉄御堂筋線の延長です それに乗り換え、終点の千里中央駅に行きました 学生時代から何度この駅を使ったことでしょう 妙に感傷的になります

そして、これは生涯で初めてと思うのですが、大阪モノレールに乗り換え、かつての大阪万博跡地の大阪万博公園の周りを回って大阪大学医学部付属病院駅で降りました まだ時間に余裕があったため、病院内の Subwayには入、アイスコーヒーを飲みました そう言えば最近は大阪でもアイスコーヒーのことをアイスコーヒーと言いますね でも僕が学生の頃は、大阪の喫茶店で「アイスコーヒー」と言っても店員さんは「何?」と全く理解できませんでした 大阪では正統派的呼び名は「レイコー」か、うーん忘れてしまいましたが、もう一つ呼び名があったような・・・ もちろんレイコーというのは、冷コーヒーのことなのです

まあ、今はアイスコーヒーで大阪じゅう通用しますし、大阪の若い人たちも レイコーという言葉は知らないかも知れませんね

それで、会議は 17:00よりその先端なんとかの7階で開催されました それはそれはお偉い先生方がお集まりとなり、僕は小さくなっていました そして会は 18:40頃まで続き終了しました 戻りは再び一人でモノレール – 地下鉄 と乗り継ぎ、そして現在は新幹線「のぞみ」で途中駅名古屋に停車中です

あー疲れた 自宅に到着は 23:00は軽く回るでしょう 明朝はまた 7:00AMには病院に到着してそれからTAVIと MitraClipです 大変ですね

それはそうと本日午後はこの kamakuraheart.orgのサーバーがダウンして全く通じませんでした これも大変でしたよ

最後の日中友好TRIセミナー

さて、6月29日午後の 丘珠空港 – 函館空港便で函館に入りました 天気が悪く、小さな飛行機は無茶苦茶揺れ、これはひょっとして着陸できないかも? と思うほどでした

そのまま市立函館病院に向かい、まず 蒔田先生と翌日の日中友好TRIセミナーでの院内ライブデモンストレーション症例の検討をしました

そして、いったんホテルに入り、時間を潰して、ホテルからも歩いていける函館金森倉庫の向かいにある「ラッキーピエロ」に 19時前に到着しました ラッキーピエロは函館市内にのみ店舗を展開しているハンバーガー・チェーン店です その独特の感性には痺れます 何と、函館市内に添加のマクドナルドは 5店舗、そして日本国内一番人気のモスバーガーも店舗数を減らし現在 3店舗しか無い状況の中でその店舗数を増加させ、現在函館市内のみに 17店舗を構えている独特のすごい世界のお店なのです 主力はもちろん独特のハンバーガーであり価格も安く、しかもおいしい さらにはカレーや丼もあるのです

すごいぞ 17店舗

このチェーンは神戸で生まれた会長の王さんが、20歳の頃函館に引っ越し、それから一代で興したものなのです 王さんはパスポートが中国でありますが、中国語はほとんど話すことができません そのビジネス感覚から、東京12チャンネルでのビジネス講座番組にもしばしば呼ばれ、一回 90分の講演料が 30万円とのことでした ちなみにその30万円は全て全国盲導犬協会に寄付しているそうです 今回は、日中友好という趣旨に賛同して頂き、わざわざ王会長と、その娘さんの社長が来られ、最初にご挨拶をして下さりました

王会長のスピーチ

それから乾杯をして、そして中国の先生方と一緒にハンバーガーやら色々おいしく食べました

あいにくの天気でしたが

いやあとても楽しく過ごしました

翌日は市立函館病院で中国の先生方 11名と日本の先生方 5名で日中友好TRIセミナーを開催したのです ライブデモンストレーション症例は三例でしたが、難しい症例でした それでもうまくライブデモンストレーションをこなすことができました 市立函館病院スタッフのお力です

ライブを終えて

社会の仕組みが急速に変化する中、このような善意の催し、あくまでも日本と中国との友好を現場レベルで促進しようという意図の催しもなかなか企画・維持していくことが困難となってきました そして、TRIも僕が中国に 1996年に導入して以来既に22年間が経過し、現在中国は世界一番のTRI大国となりました そのような状況の中でこのような会を今後も続ける意義が薄れてきたのは事実です そのような経緯でこの今年で 12回目となる 13年間続けてきたこの日中友好TRIセミナーも最後となりました 少し寂しい、いやとても寂しいのですが、致し方ありません

しかし、今回のライブを術者として行いながらも、自分自身驚かされました それは、僕自身のPCIという手技、とても極め尽くしたレベルであるということにです 体が手が、指が自然と望ましいように動いていくのです このような感覚になるのは最近のことです そもそも頭脳の脳細胞から司令が神経伝達するには数10mSecはかかると思いますが、明らかに僕の指は予測的に動いています いったいどうなっているのでしょうかね

可児ライブ

昨日6月16日は岐阜県東可児病院で可児ライブが行われました 例年の如く、新幹線で名古屋に入り、そこから名鉄電車、あるいはJRで可児駅まで移動します あるいは犬山まで移動し、そこからタクシーという手もありますが、電車での移動の方が風情があって好きです

土曜日の一例目のRCA慢性完全閉塞に対してPCIを行わせて頂きました 助手や、解説などで色々な先生方に助けて頂きました 症例はまかり間違えば大変なことになっていたのですが、なんとか皆様方のお陰で乗り切ることができました

その後、JR可児駅からJR電車に乗り、「美濃太田駅」まで移動、それは数駅であり、10分ぐらいの移動でしたが、途中「木曽川」を渡り対岸に移動するのです この美濃太田は、1983年9月28日に木曽川が大氾濫し、壊滅的にやられたのですが、幸い旧中山道太田宿に残っていた旧家などはかな残り、その後保存作業が行われ今の旧中山道の雰囲気が残されているのです

美濃太田駅
木曽川
コクウ喫茶

せっかく岐阜そして可児に来たので、何となく旧中山道の味わいを楽しみたく移動したのです ここには以前郵便局であった建物を利用した喫茶店「コクウ喫茶」というのがあります この店は「虚空」から名付けられたとのことです

また少し歩くと、魚やさんがあり、その先には太田宿本陣跡、そして太田宿会館があります

太田宿本陣跡
太田宿会館

この歴史の中に佇んでゆったりとした時間に浸り心が少し開放されました

最後の日韓友好TRIセミナー

昨日土曜日6/02は第12回日韓友好TRIセミナーを札幌東徳洲会病院心臓センターを舞台に開催させて頂きました 今年も14名の Interventional Cardiologistsが韓国より参加し、日本からは5名の先生方にご参加を賜りました

この会は日韓友好を促進すると共に、TRIを広く普及する目的で特定非営利活動法人ティー・アール・アイ国際ネットワーク主催で開催してきました 既に12回を迎え、この会の役割は十分に果たし、そろそろ幕を引く時と判断しました そして今回の Opening Ceremonyにおいて “This will be the last meeting for this seminar”と宣言しました

実際の会は、札幌東徳洲会病院に新しく据え付けられた Siemens ARTIS-Zを用いて病院会議室を会場に行われました 第一症例は 9:00AM start、もともと二例の慢性完全閉塞症例、一例の左冠動脈主幹部病変、一例の冠動脈重度石灰化病変の患者さんが用意され、9:00AMより開始してぶっつづけてで縦に行えば、15:00までに終われるか否か? と思える感じでした

でもこの日は僕すごく乗っていました あっという間にこの4症例を成功裏に終了して、12:00過ぎには終わってしまいました もう一例臨時で僧帽弁狭窄症に対する経皮的経僧帽弁的交連裂開術 (PTMC)が準備されていて、この治療は 15:30頃からできればいいな と予定されていたのですが、その症例を繰り上げることにしました しかし、問題はPTMCのための井上バルーンが札幌に届くのが 13:00ということだったので、結局その到着を待って行い、これも巨大左房であり、しかも過去にステロイド予防投与にもかかわらず造影剤ショックで心停止になった既往があるため、ゼロ・コントラストで経食道心エコー法無しで中隔穿刺を行い、僧帽弁拡張をしました そして非常に辺在性石灰化僧帽弁であったため、そして体も小さな方であったため、23mm程度でPTMCをして良好な結果となりました

結局会は大成功に終わり、特に韓国の先生方は非常に満足され、この会が最後となることをとても残念に思われていました

それはそうと今回の札幌で変わった店を見つけました

蕎麦 さとやま

それはれっきとした蕎麦屋さんの「さとやま」という店です 全て蕎麦は店主が石臼で精錬し、それを店の中で手打ちで打つ、というとても本格的な蕎麦屋さんです しかし、変わっているのはそのメニュー内容です もちろん通常の蕎麦メニューもあるのですが・・・・

激辛カレー蕎麦

雰囲気的には札幌発祥のスープカレーを蕎麦にかけたものですが、色でわかるように激辛であり、しかも山椒もたっぷりはいっています 値段も結構しますが、一度は味わって下さい えっと場所は札幌市の苗穂です

小倉ライブデモンストレーション2018

もうあっという間に三週間過ぎましたが、バタバタしていて時間がパタパタと飛び去って行きました

ふと立ち止まり、あの時は? と振り返れば、これまでのことを整理せねば忘却の深海の中に全てが消えていきます

今年も小倉ライブデモンストレーション 結局会場には行かずに病院からライブ手技をさせて頂きました とても思い出の写真です 僕はおそらく日本で一番年上のライブ術者であるでしょう、良く言えば一番経験豊かな術者でありますが、悪く言えばすでに片足つっこんでいる術者でもあります

まあそれでもこのまま淡々と続けるしか能はありません 頂いた写真を掲載します

何を考えいるのかな?
ライブ会場の様子
手技終了後皆さん方と

いやあありがとうございました皆様方

一年ぶりの小倉

今年も小倉ライブデモンストレーションの季節がやってきました このライブデモンストレーションでPCI術者を務めることは栄誉なことですね

僕自身はもう何年この役割を続けているでしょうか 自分でも覚えていません ただ、毎回大体が会場には一歩も行かず、直接小倉記念病院カテ室をライブデモンストレーション開始の少し前に訪問し、そのままカテ室からライブデモンストレーションを飛ばし、そして終了してすぐに小倉駅に直行し、そのまま福岡空港から飛行機に乗って戻る、そんなスケジュールです

やはり会場におられる先生方よりも自分は年齢が上であり、そんな中で歩き回るのも何となく気兼ねするのです

今年の症例は事前に前日にCDが送られてきました そもそも色々なライブデモンストレーションで症例のシネ情報を見るのは多くの場合、カテ室に到着してから、というのが僕の信条です その理由は

  1. 事前にシネ情報を見ても多くの場合状況は変化しない 見れば成功率が高まるとかいうことは無く、従って見ることにより自分に必要のないストレスがかかる
  2. そもそもPCIなどはどんな状況においても成し遂げるのが医師としての実力であり、それを事前に色々考えたり相談するのは潔く無く、また真の実力とは言い難いた

こんな理由ですね

さて、今回は左冠動脈前下行枝近位部というか、左主幹部から全くとっかかりも無く TIMI 0の慢性完全閉塞でした その慢性完全閉塞の存在は 2017/12月はじめの診断カテーテルの時に見つかっていましたが、その後大腸手術などを控え、これまで治療が伸びていたということです 問題は心機能が非常に悪く左室駆出率は 30%前半しかありません しかも年齢が 86歳でありました 正直PCIの適応判断は限界的だと思いました

このような患者さんですので、まず立てた方針は「決して無理はしない」というものだったのです 実際に開始するとまずは両側上肢から鎖骨下動脈にかけて蛇行が強くまた非常に horizontal heartでありそもそもカテーテル挿入がとても困難でした 最終的には右橈骨動脈より 7Fr EBU3.5がやっと左冠動脈に挿入できましたが、左橈骨動脈から目指した右冠動脈へのガイディング・カテーテル挿入はできず、ようやく診断6Fr JR4.0を右冠動脈に挿入することができました

この後は、絶妙なワイヤーコントロールにより順行性にガイドワイヤーを挿入することに成功しました 大成功で何よりです

 

雨があれば晴れ間もありますね

昨日夕方の便で千歳に飛びました 札幌東徳洲会病院に到着したのは 18:30ぐらいだったのですが、19:00過ぎより院内の Auditoriumにおいて僕による FFRの講演会をしました

今回の講演会はスポンサーは無く、自主的なものです 内容は 3月初めに FRIENDSという学会で行ったものをさらに updateしました その後本日のTAVI症例の検討会を行い、部屋に入ったのは22:00過ぎでした

それからプログラミングの修正を行い、そして就眠 今朝は 5:30AMに覚醒し、シャワー浴びてから 7:00AM頃には出勤しました

そして本日のTAVI三例の内、僕に最初の二例の植え込みを行わせて頂きました バッチリです 知らなかったのですが、二例目は札幌東徳洲会病院で去年の4月06日に第一例のTAVIを行ってから 150例目だったのです

札幌東徳洲会病院TAVI150例記念

150例目といっても淡々と過ぎていきました でも色々ある中で少しは心が慰められました