やはり危険は何時も傍らに存在する

火曜日は自分自身で難しい症例のTAVI一例僕自身により実施しました これは何事も無かったようにうまく大成功に終了したのです

そしてその後 MitraClipを行いました Brockenbroughはそれなりに難しかったのですが、終了し、いよいよ Clippingになりました これがこれがものすごく大変で2個の Clipを用いたのです 当初より2個の Clipか必要と踏んでいてそれは予定通りといえば予定通りなのですが、何しろ意見が別れ、なかなか手技を前に進めないのです 結果的に終わったのが 18:30を回っていました 都合5時間の長時間手技でした しかし結果は素晴らしく本当に重症の手術不可能な僧帽弁閉鎖不全だったのですがてきめんに良くなりました

そしてその後PCI二例に移ったのです 楽勝ケースと思いきや何とステント植え込み後前後に解離が発生し、それが徐々に広がっていくのです 広がった先には対角枝の完全閉塞、そして徐々に左冠動脈主幹部そして左冠動脈回旋枝に解離が拡大していくのです こんなひどい解離の拡大は僕の人生の中で見たことありません 自分の心臓が止まりそうでしたが、強い精神力で耐え抜きました 多分自分がとった対処はベストの対処だったと思います

丸一日間はやわい症状が続きましたがその後はすっかり無くなり心筋逸脱酵素の上昇もまずまずでした どうしてこんなことが起こるのか それについて考えねばなりせん このために札幌行きもキャンセルせざるを得ませんでした 外来でお待ちの患者さんには申し訳無く思いますが そうせざるを得ない程の非常事態だったのです それでもその後はもう大丈夫です

こんな非常事態に遭遇することは予想だにしていませんでした

そして金曜日は台北で開催されている APSC (Asian Pacific Society of Cardiology)での講演に呼ばれ台北に行きました 今朝講演を無事済ませ、多くの有意義な discussionも行いました 座長は Wu先生がされました

Wu先生座長

その後、会場近くの人気店「一蘭」でラーメンを食べました 何でも24時間営業しているらしいのですが、常に人気で30分以上の行列待ちです

30分以上の一蘭の行列待ち
一蘭のラーメン

まあ正直ラーメンそのものはおいしいけれどインパクトに欠ける感じでした 日本でも食べたこと無く、ここ台北で初めて食べました 店の近くにはあの台北一番の高さを誇る高層ビルがありますし、台北市市庁もあります

高層ピル

いやあ今日は素晴らしかった

本日はTAVI二例、これには僕は直接タッチせず、その後の MitraClipに神経を集中しました その甲斐あり、本日もまた素晴らしい Clippingで終了しました あれほどひどい僧帽弁閉鎖不全がほとんどゼロとなったのです

とても左心房が小さく、まず Brockenbroughから困難でした しかし、これまでの何百例に及ぶ Brockenbrough法の経験を全て注いで安全に有効に行いました その後の Clippingも Heart Teamの総力で素晴らしいできとなったのです

今回は三時間かかりましたがその素晴らしいできに疲れも吹っ飛びます 今後もどんどん習熟し、もっと早く的確に治療が終了できるように進歩していきたいと思います

着実に前に進んでいますね

MitraClipを行う、というのは僕のアメリカ人の中でもとても古い友人の一人であるの Ted Feldman先生とのつながりが大きいのです

かれこれ 30年ぐらい前にあの PTMC Ioue Balloonがアメリカで認可された時に、その PIをされていた彼が当時の在籍場所 Chicago Universityで PTMCの全米Workshopを開催されたのです この時には Chicago Universityからライブも飛ばされました そして、その時には日本から井上 寛治 先生と僕が Facultyとして呼ばれ僕は How to perform Brockenbrough Technique. などというものを講演したのです そして、その時にあの Tejas Patel先生とも初めてお会いし、その後の長いつきあいが始まったのですよ

そもそも Tedと知り合うきっかけとなったのはもう今ではどちらが先か分からないのですが、Tedの Chicagoの自宅にもお邪魔し、奥様や子供さんともお会いしたこともあるのです 今からやはり 30年近く前に初めての外国人Facultyとして鎌倉ライブにもお呼びしたのです その時には多分第一回の鎌倉ライブであり、横浜市教育会館に 2時間の衛星中継ライブを飛ばしたような

時期は暮でしたので忘年会シーズン そこにもTedを連れていき日本の忘年会はこんなだということを彼にも体験してもらいました 彼はとてもびっくりし早速奥様にその時の楽しいことをたくさんたくさん話されたそうです

そして Tedがその後 MitraClipの全米PIをされたのです 彼はMitraClipの発展と共に大きくなりました 今でもとても親しい友人です そんなことがあるので僕と MitraClipとの付き合いは実は 10年間以上になるのです

この間 ずっとずっと影に潜んでいました そして今ようやく Operatorの一人として浮き上がらんといているのです でもねえ 体力的にまた知力的にも辛いなあ まあ気張らずに出来る範囲でできるだけ頑張ります

それにしても患者さんは劇的に改善します ある意味TAVIが労作性狭心症に対するPCIだとすれば、MitaClipは急性心筋梗塞に対するPCIのようなものです ふふふ楽しい世界が広がりつつあります

まだまだとても疲れる手技です

MitraClipが保険償還下で限定施設でこの 4月から開始され、本日までに 4例の MitraClip治療を当院では行ってきました

その内の、3例で Main Operatorとしてこの新しい手技に挑んできました 幸い僕が行ってきた患者さん達は、とても順調に回復され、しかも回復というよりも、何というか、「えーっ、こんなにもお元気になるのだ」と驚きの結果になっています

もっとも Main Operatorというのは MitraClipではあまり意味がありません、全ての手技は Sonographerの指示に従って行われますので自分自身の判断でどうこう、ということは無いのです ここはTAVIやPCIとは全く異なります

それでも Main Operatorとして Brockenbrough法による心房中隔穿刺、そしてその後のクリップ挿入などの手技には直接関わる訳です 結果的に手技の最初から最後まで立ち尽くしで緊張を強いられます

未だまだ慣れない手技ということもあり、また重症困難例が蓄積されていた、ということもあり手技には一例あたり 5時間ぐらいかかるのです その間、術者としてずっと立ちっぱなしで、しかもクリップ操作のために無理な態勢でしかも、動けない、というのはとても肉体にも精神にも負荷となります 正直、一例終わった時には、もう体中ぐったりです 本当に疲れ切ってしまい exhausted という表現がピッタリなのです

でも、このような最新医療に自ら携わることができる、そのような環境にこの生まれて 30年、ゼロから僕が最初の職員として作ってきたこの病院、そのような環境にいることに誇りを持ちましょう とても大変ですし、未だまだ不完全です でも僕は出来る限り前に進んで行きます

何だか MitraClipという単なる心臓の最先端医療ではありますが、それは単なる医療にとどまらず、僕の人生観にも大きな影響を及ぼしつつあります 未だまだ自分には成長の余地がありますね

これから Washington DCへ

東京Valvesが終了し、そのまま Vmax 7.0m/Secという大変な大動脈弁狭窄症に対するTAVIを無事終了し、MitraClipも無事終了 そして札幌東徳洲会病院心臓センターでのTAVIそして島原でのライブ、そして昨日鎌倉自宅に戻り、今朝は今成田に向かっています

半公式の文書作成などNEXの中で行いながら Amazon-Kindleでプログラミング関係の書籍をどんどん購入

その多くが完読できぬまま終わってしまうのですが・・・ それでも僕の唯一の知識の源泉ですから仕方ありません そうしないと自分の世界がどんどん縮まっていきますよね それを何とか食い止め、あわよくば自分の世界を広げるためには新たな勉強が必要ですよね

うわーいっ

本日は非常に重症なご高齢の方のTAVIを行いました 本当に本当に危険が予想され、それに対して対策立て、そして皆の協力で何事も無かったかのように大成功しました

患者さんもとてもお元気です

そして、TAVI治療の後、いよいよ今月より保険償還が認められるようになった MitraClipの鎌倉での市販後第一例の治療を行いました これも最終的にとてもうまく行き、本当に嬉しいです 記念の写真です

MitraClip第一症例

昨日も素晴らしいTAVI そして僧帽弁治療

あっという間に時間が流れて行きます 子供の頃は一日の中でも45分授業でも長く感じ、なかなか日が暮れなかったのですが それが今はあっという間に一日が流れすぎて行きます

先週は12日金曜日外来終了後名古屋に出かけ講演でした その日は名古屋に宿泊し、13日土曜日は高山に呼んで頂き、講演会がありました 去年も高山に呼んで頂いたのですが、恥ずかしながらその頃は高山がどのような場所であるのか全く知らずに出かけました 今は高山が歴史に彩られた古く素晴らしい場所であることを知っています 何と高山市は、面積が東京23区以上もある広大な市なのだそうです そしてその面積の大部分は山深い飛騨の山々なのですね

高山中心を流れる宮川
高山中心を流れる宮川
現存する江戸時代の代官屋敷「陣屋」
現存する江戸時代の代官屋敷「陣屋」

高山には江戸時代からの街並が良く残り、その頃から続く造り酒屋も5軒 今も製造を続けているのです 現在は日本人には有名なばかりでなく多くの外国人で町は溢れています 本当に奇麗な心やすまる土地でした

高山名物 中華そば
高山名物 中華そば

また近年は高山ラーメン、いや地元の方々は決してラーメンとは呼ばず「中華そば」と呼んでおられ、実際ラーメンとは異なり子供の頃を懐かしく思い出すことができる昔風中華そばなのです 出汁はたっぷり煮干しが使われています その高山中華そばの店は街中に数十軒あり、それぞれの店が行列です

また、「飛騨牛」も有名ですね 飛騨牛握り寿司2貫で 600円の店が有名だそうですが、何と二重の行列でした

飛騨の里
飛騨の里

また少し登った場所に昔からの飛騨の民家を移設して高山市が保存している地域 「飛騨の里」という場所があり、この時期 17:30より美しくライトアップされ、それはそれは綺麗でした

こうして元気を取り戻し、昨日は朝からTAVI 本当に重症な方であり、何時突然死されないかとこちらがヒヤヒヤしていた方です 先天性二尖弁であり SAPIEN-XTは適用できない解剖でした これに対して CoreValveを用いてこれ以上の素晴らしい植え込みはできない、という程の素晴らしい植え込みを行いました しかも、早かったのです 何とそれに続いて縦で行った重症僧帽弁閉鎖不全に対するカテーテル治療の手術場出しを 11:15AMに予定した程だったのです

自分自身相当に CoreValve植え込みの自信が持てました

12/29でありながら

昨日は循環器内科忘年会があり、コメディカルも含め総勢80名ぐらいが大船の居酒屋に集まり宴会をしました 予定開始時刻は 7:00PMでしたが、とてもとてもカテが終わりません

結局開始となったのは 8:00PMでした その後また二次会に繰り出したので、帰宅したのは 1:00AMを回っていました

そして本日は 29日というのに朝から僧帽弁の最新治療を行いました 二回目であり、手技時間も随分と短くなり、またその効果は絶大でした

そして、それから午後の外来診療を行い、その後難しい経皮的冠動脈インターベンションを1例したのです 右冠動脈のCTOと、左冠動脈前下行枝の狭窄でした

両側経橈骨動脈的冠動脈インターベンションによりまず右冠動脈CTOを治療し、それから左冠動脈前下行枝にかかったのですが、これが予想よりも困難であり、ロータブレーターを持ち出すはめになりました 結局、合計6つのDESを用いて病変を全て治療し、思い残すこと無くお正月を迎えて頂ける状態になって頂きました

それにしても、この師走になっても予定的治療をするのですから、何時までこのような生活は続くのでしょうかね

流石にこの症例終了した時にはグタっと疲れが出て暫く椅子から起き上がれませんでした

明日は 12/30ですが午前外来がたくさん入っています まだまだ大晦日を迎えることができません

はじめて自分自身で経験する手技

今日はかねてより懸案であった手技を人生で初めて実際に行いました 僧帽弁閉鎖不全に対する治療です 実際に行うまでは半信半疑の治療でしたが、手技をうまく行った直後に肺動脈圧が低下するのを目の当たりにして これはやはり素晴らしい治療法だと認識しました

これまでもロスの病院での見学で同様なことを経験してきたのですが、何しろ自分たちで行ったのは初めてですので、やはりとても嬉しいのです 一つの枠を越えた、次のステージに移った、そんな実感があり、感激があるのです

これは治験で行われている手技なのであまり詳しくここで記述する訳にはいかないので申し訳無いのです しかし、この治療法は有効な治療法であることは多分間違い無いことです 私達もどんどんこの治療法を僧帽弁閉鎖不全で苦しんでいて、適応のある患者さんに対して行い何とかしてあげたいと思います