可児ライブ

6/23午前中は半年ぶりに札幌東徳洲会病院で循環器内科外来診療を行いました そして、その夕方千歳空港から羽田空港に移動し、京急羽田線に乗り換え品川駅に、そして新幹線で名古屋駅に移動しました

この日 金曜日から岐阜県可児市にある東可児病院を舞台に恒例の可児ライブが行われ、今年もまた術者として参加させて頂きました 名古屋駅からは名鉄特急に乗り換え、犬山駅に移動、犬山駅でタクシーを待ったのですが、一台もおらず、無線を呼んでもなかなか来ません 結局 15分ぐらい駅前ロータリーで待ちましたがようやく到着、犬山駅から2Km余り離れた田んぼの中にある Bistro MARUに向かいました ここは建物がロンドンバスの廃車を用い、シェフ一人が従業員という変わった店です 店の中も外も写真を撮影することは厳禁であり、緊張でも料理はとても美味しく満足しましたが、結局可児に到着したのは 23:30を過ぎていました そのままバタンと意識を無くすように寝入ってしまい 起床したのは 5:30AMそれから置きたまま早めに朝食をとり、そして 8:30AMにはホテルを出て歩いて東可児病院に向かいました

僕の割当は第一例目であり、右#4PD付け根のCTOでした 患者さんは 60歳台ですが、冠動脈病変は高度であり、「これは簡単には行かないぞ」と予想しました CT冠動脈造影もありましたが、正直あまり参考にはなりませんでした まあCTOの入り口が小さな声だ部分である、ということを確認できたぐらいです 僕の手技の助手は安城更生病院の植村 祐介 先生がして下さいました 安城更生病院は循環器分野 とくに冠動脈において以前より非常に有名な病院です 僕には思い出があります それは、昭和 51年か 52年でした つまり、1976年あるいは 1977年でした(何と 40年前です!!) 僕が未だ関西労災病院でカテーテルを自ら始めた頃です どうしても選択的冠動脈造影、しかも右肘動脈カットダウンによる Sones法をやりたくて、色々とつてを辿ったのですが全て見学を拒否され、安城更生病院の当時おられた鷹津先生のみが見学をご許可して下さったのです

確か見学前日夜に名古屋に一人で宿泊し、翌朝電車で安城市まで移動し、Sones法による選択的冠動脈造影を二例ぐらい見学させて頂いたのです あれが無ければ僕の今も無い、そんな気もします 本当に何が巡ってくるものか分かりませんね 今回は植村先生の助手でとてもやりやすく手技を行うことができました 感謝です

順行性に少しつっつきましたが、とてもうまく行くとは思えませんので、すぐに逆行性に切り替えました アプローチは両側TRIです 結局心尖部経由の epicardial routeを SUOH-03により通過し、色々やって最終的には薬剤溶出性ステントを2個植え込んで成功裏に終了しました 終了は 1045AMであり時間的にもまずまずでした

東可児病院
PCIの成功を祝って

終わってから病院向かいにあるインド料理の店、ここは 11:00AM開店で印度人の家族がやっています 開店と同時に入り、おいしいカレーとナムをつまみました そして、その後 うなぎを食べた後、再び名鉄電車、新幹線で鎌倉に戻ったのです 鎌倉自宅到着は 17:00頃でした

今年の可児ライブもとても楽しく手技をさせて頂き、また勉強にもなりました

本日のTAVI

本日は二例のTAVI 自己拡張型で行いました 重症例でしたが非常に良好な結果でした

バルーン拡張型と自己拡張型を比べれば、多くの日本の先生方はバルーン拡張型に馴染みがあると思います それには理由があります その理由とは バルーン拡張型が日本で保険診療下で使うことが出来るようになったのは 2013年10月ですが、自己拡張型を使えるようになったのは確か 2014年の暮ぐらいからではないでしょうか

結果的に多くの医師にとって自己拡張型は馴染みが無い、それが最大の理由でしょう

僕自身はと言えば、治験段階から自己拡張型を用いていたので馴染みはあるのですが、問題は治験終了から保険診療下での使用まで数年間のブランクがあることです この間に全てそれまでに得た技術から遠のいてしまうのです それで結果的に僕自身自己拡張型に何となく抵抗感が出てきたのです でも最近はようやくその心理的バリアから脱出しつつあります

TAVIを終わってからPCIを一例自分でしました そしてその後夕方に外来診療です そしてその後院内の委員会に出席、僕は早めに帰宅しました 外は小雨が降っていましたが、自転車で戻りました

TAVIもCTOも、そしてプログラミングも僕の心にとっては同程度の心の障壁です その心の障壁を乗り越えればこれまでに鍛えてきた能力により結果は成功という型でついてくるのです

マンダレーからの便り

さっき、メールを受信し、ミャンマーでの全国ニュースの映像を受信しました

ミャンマーでの全ての日程終了

今、バンコク国際空港隣の NOVOTELで 7時間近くの羽田行きトランジットを過ごしています

マンダレーから Bangkok Airwayによりバンコクに飛びました これで今回のミャンマーでの日程の全てを終了しました 都合 2.5日間の日程でヤンゴン、マンダレーと両方の最高病院 General Hospitalを訪問しました 結局CTO 4例、非常に困難なTRI一例、診断カテーテルからTRIに移行する症例 1例の計 6例の治療を院内ライブ形式でさせて頂きました その過程で 23年間の空白が埋まりました また本当に活発に討議が行われ、お互いにとても勉強になりました

本日最後の症例は、マンダレー丘から降りてホテルで朝食をとり、 8:00AMに Manalay General Hospitalに行き、結局 9:00AM頃から開始しました 開始が遅れたのには理由がありました、それは SHIMAZUのマシンが朝立ち上がらなくなっていたのです しかし、再起動かけることにより正常に作動し奇麗な画像を見せてくれました

患者さんは 42歳男性で トレッドミル陽性のため自覚症状は無いものの、カテとなった患者さんです 診断カテーテルの結果、大きな右冠動脈#4PD近位部で 99% delay、左冠動脈回旋枝には三箇所 99%狭窄があり、左前下行枝は #7で長さ 3cmぐらいの石灰化したCTOでした すごい重症ですよね

この患者さんに対して両側TRI 7Frで臨みました どこから手を付けるか、あるいはCTO開通に不成功の場合にはコストも考え、冠動脈バイパス手術にまわすべきか 色々な議論が行われました 何しろ冠血行再建術をコストで比べれば 圧倒的に冠動脈バイパス手術の方が多枝インタベよりも安価なのです

この患者さんに関しては、親戚一同PCIを臨まれ、PCIで行うことになったのです まずは左冠動脈回旋枝に対して、分岐部でしたが、 modified Jailed balloon techniqueにより薬剤溶出性ステントで治療し、ついで左前下行枝のCTOに向かいました レトロに向いた副血行路はこの時点で見つかりませんでしたので、順行性アプローチで行いましたが、Gaia-Thirdにより通過させることができ、こちらも薬剤溶出性ステントを一本入れました そして、最後に#4PD近位部に対しても薬剤溶出性ステントを入れ、結局 3本の薬剤溶出性ステント植え込みによりこの重症三枝病変を治療することができました とても良かったです

この後、ミャンマーの先生の症例発表があり、僕がコメンテーターとして参加しましたが、11:00AM過ぎに空港に向かって病院を後にしました 今回の Mandalayでの主役は Professor Kyaw Soe Winです

Professor Kyaw Soe Win

ところでミャンマーの人々の信仰心 (大多数が仏教です)はとても強く、ヤンゴンの金のパゴダを訪れている時に見た光景ですが、若い女性が一生懸命サンスクリット語で書かれた経典を読みながらお祈りを捧げているのです とても物静かな感じの女性でした

ヤンゴンの金のパゴダで
お祈りを捧げる若い女性

マンダレーでの激しいTRI

マンダレー (Mandalay)はミャンマー第二の都市で、都市圏には200万人ぐらいの人々が住んでいます 長いこと(英国が侵略するまで)王朝があり、街の中心には巨大な城(マンダレー城)があります

マンダレー国際空港は、草原の真っ只中にありバンコクとの国際線が飛んでいますが、マンダレーの町中までは高速道路が結ばれてはいるのですが、小一時間かかります

マンダレー国際空港

ヤンゴンのホテルを 6:00AMに出発し、ヤンゴン国際空港から 600Kmの距離にあるマンダレーまで飛行機で一時間かけて移動し、そのまま空港からマンダレー総合病院 (Mandalay General Hospital: MGH)まで移動しました 本日、そして明日午前中この病院内で、The 4th Myanmar Society of Interventional Cardiology Workshopが開催され、今回は特にTRIに主眼を置いて開催されたのです この病院では昨年一年間で590例ぐらいのPCIが行われ、その大多数がTRIで行われたそうです

症例数の推移

病院にカテ室が出来たのは 2002年だったそうですが、当時はPCIを行うことのできる先生がおられず、2002年に一年間 Professor Kyaw Soe Win先生がシンガポールに留学し、さらに、その半年後から3年間余りイギリスに留学され、PCIを学ばれ今に至るそうです 病院はやはりビクトリア朝風の建物でした

マンダレー総合病院玄関

最初に Welcome Ceremony/Speechから始まりました 僕もスピーチをしたのですが、この時、1994年に僕が Yangon/Myanmarの軍病院 (当時唯一Myanmarに存在したカテ室)でPCIを行った時に、僕の助手をされた Professor Aung Kyaw Zawm先生のスピーチがあり、 23年間の重みを噛みしめました

Professor Aung Kyaw Zaw

まず宍戸くんが、TRIの入門的話をし、それから僕が診断カテからPCIに至るライブを行いました そして、その後僕の講義と、PCIのライブ これがまた難しい症例でした 右鎖骨下動脈がルーブとなっていて、ガイドカテのコントロールができず、また右橈骨動脈が解離で造影剤が漏出したりとPCIに至るまでが大変でした 5Frのカテで行った診断カテの結果、右冠動脈は非常に蛇行し、その途中に 99%狭窄が三箇所ある、という難しい症例でした もちろん、左前下行枝にも左冠動脈回旋枝にも90%病変があるのです これに対して、まずは解離した橈骨動脈を修復し、新たに長いシースを入れてリカバーし、そのあと double wireで何とかガイドカテを右冠動脈入口部まで持っていき、Floating wireによりガイドカテを固定して、マイクロカテを用いて、何とか180度ターンしている蛇行した右冠動脈の三箇所の病変をクロスしました それから、前拡張し、最初から子カテを持ち込んで薬剤溶出性ステントを最終的に三本植え込んで奇麗な仕上がりとなりました 途中で高度徐脈になったりスリリングでしたが、参加者皆にはとても勉強になり迫力があったものと思われます 最後は大歓声の拍手でした

記念写真

最後には参加者の多くが集まり記念写真を撮りました この後、CTOの講義を行い、その後一旦ホテル SEDONAに入りました この高級ホテルはマンダレー城の目の前にあり、窓からは壮大な城壁と、マンダレー発祥の地であるマンダレー丘、そしてお堀が見えます

マンダレー丘、マンダレー城そしてお堀

美しい光景ですね 残念ながらこのマンダレー城宮殿は第二次大戦の時に英国軍により徹底的に爆撃され、昔の面影の大多数は失われてしまったそうです

夜は Eastern Palace Hotelの 9階屋上で Dinner Partyが開かれ、そこで 僕自身の顔のJewelry Paintingが贈呈されました 非常に貴重なもので感激です パーティーはそのままカラオケ大会に移行しましたので、僕たちは早めに退席し、マンダレー唯一の和食系統のお店である焼肉Hanaに移動しました ここには鮨や刺し身もありますし、ラーメンも蕎麦もあるのですが、メインは焼肉です ここでざるそばを食べました

焼肉Hana
Hanaのざる蕎麦

お蕎麦はなかなか良い味でしたが、残念ながら「そばつゆ」がポン酢であり、酸っぱかったのが玉に瑕でした

本日土曜日は午前中CTOの治療を行い、11:00AM過ぎには空港に向かいバンコク経由で羽田に日曜日朝到着予定です 現在 5:20AMですが、これからマンダレー丘を上ってくる予定です

Yangon General HospitalでのCTO-PCI

昨夜はホテルの日本料理屋さんでたくさんお酒を飲みました ぐっすり眠れるかと思いきや、現地時刻 10:00PM頃部屋に行き、23:00頃にはベッドに倒れ込んだと思います

しかし、3:30AMには覚醒し、全く眠れません 日本時刻では丁度 6:00AMということになり完全に体内時計がそのまま動いているのです 朝食を食べてから 8:00AMに Yangon General Hospitalという Myanmarでも一番大きな国立病院に出かけました 自動車で 10分ぐらいで到着しました

病院の前の道を隔てたところにはいかにもビルマという感じの邸宅がありました

ミャンマーの邸宅

まず 8:45AM頃から講義があったのですが、これは今回連れていった宍戸くんにしてもらいました そしてそのままカテ室に行ったのですが、この病院では 2016年に 560例以上のPCIが行われたそうです ミャンマー全体で年間 1,000例のPCIと言われていますので、これは相当な数ということになりますね

カテ室は、操作室を背中合わせに配置されていて片側が Siemens ARTIS-Zであり、最新のものでした しかし、このマシンはほとんど EP専用に使用しているとのことでした

もう一つの部屋には SHIMAZUの最新型マシンが入っていました 僕もこのマシンを見るのは初めてで、一年近く前に以前の SHIMAZUを入れ替えて刷新されたそうです 大画面に写される画像は非常に奇麗でありました

SHIMAZU最新型マシン

この病院では coronaryはこのマシンしか使わないそうです また驚くことにカテ室には女性しかおらず、技師さん、看護師さん、そして医師が皆全員女性のみなのです 循環器内科には一人部長先生で男性がおられましたが、もうカテはやられないで、全て女性陣に任せておられるそうです

第一例目は右冠動脈心筋梗塞後の左前下行枝近位部CTOの患者さんでした 右冠動脈末梢より一本中隔枝が左前下行枝まで見えるので正直楽勝かな? と思ったのですが、実際に初めて見るとその中隔枝の選択がまず非常に困難でした 手前で後下行枝が激しい屈曲を呈し、ワイヤーをそのブランチに入れることができないのです それでも自分のテクを総動員してようやく中隔枝にまで挿入できたのですが、その後なかなか中隔枝を超えることができないのです ここでは Fielder-FCを用いていたのですが、ようやく左前下行枝に到達したのです しかし、案の定 Corsair-Proは通過できず、延長してから Finecrossを試みたのですがこれも通過できず、さらに 1.25mm balloonを試みるも通過できず 結局 Devicesも限定されているためここで断念しました 残念です

二例目も左前下行枝近位部CTO この症例は順行性に行いものすごい線維性組織にワイヤーがトラップされるのですが、薬剤溶出性ステントを一本入れて成功裏に終了 それから昼食を摂りましたが、豊かな果物、特にマンゴスティンがおいしかったですねえ

マンゴスティン

丁度PCIに立ち会って下さった先生方三名の中のお一人が誕生日なのでそのお祝いもしました

お誕生祝

12:45頃から三例目のCTOに入りました 今度は右冠動脈のCTOであり、順行性に行われ不成功であった症例です 順行性になかなかいいところまでワイヤーが行くのですがどうしても遠位真腔に入りませんでしたので、全く中隔枝の connectionは見えなかったのですが、逆行性に切り替えました まずは中隔枝を左前下行枝から選択するのが難儀でした、何とか選択して、Corsairを中隔枝近位にまでつっこみましたが、その後もともと先端造影しても見えてこない中隔枝 connectionをワイヤーで通過させることができませんでした 再び Fielder-FCを取り出し、あっちこっち選択していると奇跡的に右冠動脈末梢に抜けたのです そして、Reverse CARTOをしたりして externalizationに成功しました その後は、薬剤溶出性ステントを3個植え込んで終了しました 皆でお祝いの写真を撮りました

やったやった大成功

結局 16:30までやる予定でしたが、15:00前には終了し、病院を後にすることにしました この病院はイギリス植民時代に作られたもので、Main Buildingは Victoria朝風の由緒ある建物です この玄関の前で循環器内科の一番の女性先生、何となくスー・チーさんに雰囲気が似ている先生と写真を撮りました

病院玄関で
Victoria朝風の病院建物

今はその後一旦ホテルの自室に戻っていますが、その前に Myanmarというビールを飲み、ピザを食べました

Myanmar Beer
Yangonのピザ

2.5時間の時差

昨日午前中に成田から全日空 Yangon直行便で飛び立ちました Yangonは長いこと Myanmarの首都でしたが、今ではネピドー (Naypyidaw)という人工都市が首都となっています

僕自身は今から20数年前に未だステントを使えなかった時代にシンガポール医療施設団一員としてシンガポールからヤンゴンに入り、当地の軍病院でPCIをしました 残念ながらデジカメ世代よりも前なので写真の記録が残っていません 当時は完全な軍政下でした

ミャンマーと日本の間には 2.5時間の時差があります インドが3.5時間ですよね この2.5時間というのは微妙なものでついつい 3.30AM頃起床してしまいました 最初っから寝不足ですね

本日はこのヤンゴンの病院でCTO治療をします

ふーっ

何だか目まぐるしく日にちが過ぎていきます まるて日めくりカレンダーのようにパラパラパラパ日にちが変わっていくのです

そして日にちと日にちの間にあるのは3時間程度しか眠れない不眠状態です 何でねれないのかなあ つらいなあ

水曜日は札幌東徳洲会病院で午前中難しめのTAVI 2例 実施しました 90歳超の方が翌日にはお元気になられ ICUで車椅子に座っておられる時に 「ずっと旭川に住んでおられるのですか?」「うーん生まれもそうなんだよ ずっとだね」「今どこか苦しくないですか?」「すごく楽ですよ」などという会話を取り交わし 自分の心の中はほっとしました

それから短い昼食をとり、そして院内ライブをしました これは主目的がIVUSだったのですが、結局 15:00過ぎから 17:00前までに三例のPCIをしたのです やっぱり僕の実力が出ましたね やる前は「えーっ、今からPCI? もういやだなあ」という感じだったのですが、やっぱり体にPCIが染み付いているのですね やり始めると勝手に体が動きます そりゃあそうですよね 僕が初めてPCIを行ったのは 1981年ですから既に36年間もやっているのです

先日開催された EuroPCR2017では Andreas GruentzigがPTCAを開始してから 40年目の節目ということでセレモニーが行われましたが まさしくその中の 36年間も僕の体にPCIが染み付いているのですよね

そして昨日は午前中に二例のTAVIをしました 特に二例目は 90歳超の方で心機能も悪く非常に危険な状態でした PCPSも必要かも と考えられていた患者さんであり、しかも左冠動脈が低く弁尖の石灰化のために左冠動脈主幹部閉塞の危険も考えられていた症例です しかも大動脈がものすごく蛇行し、S3も途中から上げられなくなりました これら全ての障害を最終的に乗り切り成功しました 結局 1.5時間で終了です この患者さんも現在はお元気です

そして今朝は流石に疲れ果て札幌の自分の部屋で 6:30AMまで体を休めました そしてもう暫くしたらば函館に飛びます 今日は函館経由青森です

本日は小倉ライブでCTOオペレーター

昨日 5/12金曜日は朝から外来診療 そして、14:00に病院から自転車で帰宅し、少し準備したりしてから、14:30にタクシーで羽田空港に向かいました

16:20発の羽田空港発福岡空港行き JAL便に搭乗し、福岡空港到着、タクシーで博多駅まで移動し、新幹線で小倉駅に到着したのが 19:20頃でした そのまま小倉駅近くのわりと最近評価を上げている寿司屋さんに行ったのですが、不覚にも名前も覚えていないし、写真も撮りませんでした まあ、一回最初で相手の術中にハマるのも何ですからそれで良いのです

そして、24:00に小倉のリーガロイヤルホテルにチェックイン 暫く部屋でパソコンいじってからそのまま意識消失 6:40AM頃起床し、朝ごはん少し食べてから 8:20AMに小倉記念病院に向かいました

本日は小倉記念病院主催の小倉ライブ、その午前中にライブ術者を仰せつかりました まあなんのかんのいっても僕が術者最長老であることは間違いがありません しかもダントツに年上でしょう でもねえ本当はTAVIの術者希望!! です

症例は 78歳の男性 少し前に不安定狭心症で入院され、左冠動脈回旋枝と右冠動脈の閉塞認められ、今回の不安定狭心症原因は左冠動脈回旋枝の新鮮閉塞と考えられ、緊急PCIが行われ解決しました しかし、その後の心筋シンチでも広範な下壁後壁の虚血が証明され、右冠動脈 #2のCTOが問題となり僕に operatorが回ってきました

冷静ですねえ 客観的に状況を捉えながらCTOに入りました bi-radial 7Frで入ったのですが、今朝の術直前造影の結果、ほぼ70%ぐらいの確率で順行性でOKと判断しました そして 30%は backupのため逆行性アプローチと思いましたが、そうなると左冠動脈の diffuse narrowingのために厄介になると思いました

XTA -> Gaia-Thirdにより通過し、何とか色々 OCT/IVUSなど行いながら時間を潰し、最終的には薬剤溶出性ステント 3.5 x 32mmによりとても素晴らしい出来となりました 良かった良かった

Cafe Fadie
天下の小倉記念病院

問題は、この手技を放映時間帯はるかに早く終了し、僕はそのまま近くの Cafe Fadiesに行き、コーヒーをすすり時間潰し、それから新幹線で福岡駅に移動、そしてそこで鯖を食べ、今ラウンジです この鯖萬は福岡駅の AMU 10階にあります 是非一度訪れて下さい

鯖萬
長崎鯖の刺し身としめ鯖

北京での三泊

今回 CITに参加するため(実際には 僕は Course Co-Directorなので参加せねばならないのですが・・・)に、3/30夜に北京に入りました

確か先週ぐらい全国人民代表会議みたいなのが開催され、自動車もしばらく制限されていたからか珍しく空は奇麗でした この時期の北京は、PM2.5の問題が無ければとても過ごしやすく美しい街並みなのです

さて、昨年はライブ術者をする時間が無く、今年は二年ぶりに術者をしましたが、この間に阜外国立心臓病センターはすっかり新しい建物になり、壮大なとても奇麗な病院となりました そこでは心臓専用のカテ室が、15室並び、それ以外に脳とか、外科が使用するカテ室が5室、合計 20室のカテ室が稼働しています 昨年の経皮的冠動脈インターベンション症例数は16,000例です

この15の中に少なくとも一台 SHIMAZUのマシンがあり、僕のライブはそのマシンで行いました 他のマシンは、Philips/Siemensということでした 僕の助手をされた先生方に「どのマシンが好き?」と聞くと、SHIMAZUも悪くないけど時々画像がものすごく悪くなるのでやはり Philips/Siemensが好きだと言っていました

今回 SHIMAZUはものすごく奇麗な画像であり、それはある意味感激しました 小倉にもこのマシンが入っていたと思いますが、小倉よりも格段に奇麗でしたね この話は小倉には内緒で・・・

症例は右冠動脈の慢性完全閉塞でしたが、あっという間にワイヤーを通し、それこそ時間をどのように潰すか?に悩んだほどでした

北京の街には、若い女性がきっと資生堂の影響だと思うのですが、皆とてもお化粧が日本的に奇麗となり、美人が増えました そろそろ出発せねばなりません またこの後は日本に戻ってから