久しぶりの バンコク

何と前回タイを訪問したのは 2013年2月16日のことでした ですからいつの間にかもう5年半も訪れていなかったのです

今回は、Wasan先生よりのお招きにより CIAT (Cardiovascular Intervention Association of Thailand)という学会ライブにお招きに預かり、久しぶりにバンコクを訪問しました

バンコクの交通渋滞はアジア最悪、世界最悪と言われて久しかったのですが、その後高速道路整備、近郊電車網の整備のお蔭で前回訪問した 5年前には相当に渋滞が改善していました しかし しかし今回は空港から市内ホテルで学会場であるCentara Grand at Centraworldまで30Kmぐらいにも関わらず 2.5時間以上かかりました 大渋滞です また、とにかく見た目景気がすごく良い雰囲気であり、街を歩く人々も若く、これからますます発展するように見えました またこれまで以上に日本語が街に溢れ、色々な日本から進出した店やレストランもたくさん目に付きました

便利な電車網

街の中心には高架上を近郊電車が走っています これはとても便利な交通機関であり、このように渋滞がひどいと特に役立ちます まあ日本で言えば地下鉄ですが、日本の地下鉄ほどには路線が緻密ではありません

CIATはこれまで毎年開催されていたらしいのですが、これまでは一日限りであり、外国からは演者などを招聘されてこなかったということですが、今年から二日間の日程となり、また外国からも演者や術者を招聘するようになったとのことです 今年の目玉は Serruys先生でしょうか 日本からも僕の見た限り5名ぐらいの先生が招聘されていました

CIAT開催直前

そういう訳で今年は 9回目だそうです 僕は土曜日24日の Opening Ceremonyに引き続いて特別記念講演をしました 内容はTRIの発展と Distal Radial Approachについてでした

タイ料理は非常に辛いものがあることで有名ですが、ビーフンを用いた辛い麺はなかなか満足の行く辛さでした

辛い麺

バンコクの街は高層ビルが立ち並び経済発展が伺えます

バンコクの高層ビル街

そして日曜日 11月25日は 9:00AMにホテルロビーにお迎えの車が来て、そのまま ChulaLongKon病院に向かいました 僕が知っているこのタイ国随一の大学病院はまだ建て替え前のものであり、新しくなってからははじめての訪問でした カテ室は 6室あるそうです

僕に与えられた症例は 80歳のものすごく小柄な女性でした 数週間前に前壁の非貫通性急性心筋梗塞を起こし、左冠動脈前下行枝近位部に対して薬剤溶出性ステントが植え込まれました そしてこの時に右冠動脈中部で長い慢性完全閉塞が発見され、本日の標的病変はこれでした 事前に何の症例情報も無く、今朝初めてどのような症例であるかシネを見ました 右の経大腿動脈的冠動脈インターベンション + 右経橈骨動脈的インターベンションで両側 7Frで入ったのですが、左冠動脈にはガイディング・カテーテルの挿入が困難であり、かなりのきつい角度で何とか入りました

まずは順行性から開始したのですが、Gaia-3rdにより慢性完全閉塞部分を超えることができたのですが、ものすごく硬い病変でした そしてワイヤーはそのまま血管外に抜けました このため、左冠動脈からの逆行性アプローチを開始したのですが、狙った中隔枝はヘアピンカーブ状にLADより分岐し、その選択には高度なテクニックが必要でしたが、何とか突破しました 秒間0.1mmぐらいの回転を加えた押したりひいたりの操作により困難な屈曲を超えました これは本当に難しい高等テクニックです そしてようやく中隔枝を超え、ワイヤーは右冠動脈末梢から近位部向かって進みました ここでマイクロカテを進めるのですが、丁度中隔下縁の激しく収縮する部分が屈曲部にあたり、その部位の通過には Corsair-Proが必要だったのです この動きからひょっとしてこの部位で中隔枝の破裂が起こる可能性があると考えましたが、続行しました

そして順行性と逆行性を Gaia-3rdで組み合わせ、ようやく逆行性にワイヤーが順行性ガイディング・カテーテル内に挿入することができました 次の操作としては当然ながらガイディング・カテーテル内でのバルーン・アンカーであり、それを行うことにより逆行性に Corsairを順行性ガイディング・カテーテル内に持ち込めました しかし、順行性ガイディング・カテーテルがなかなか 右冠動脈に対してco-axialに入らず、この結果 Corsairはその先端部分のみがかろうじて順行性ガイディング・カテーテルに入ったのです

ここで、RG-3に置換するのはこのポジションを失うリスクがありましたが、新調に行い、これでもう勝利は確信したのですが、RG-3を逆行性に入れていく途中で抵抗を感じました そして全く進まなくなったのです、RG-3を透視で追うと、何と順行性ガイディング・カテーテル内部先端が折れ曲がりそこで進まなくなっているのです、そこで、このRG-3を道標として Corsairをもっといい位置、順行性ガイディング・カテーテル内に十分に進め、その位置で RG-3を抜去して新しいRG-3を導入しようとしたのですが、今度は RG-3が Corsairより抜去できないのです それで、Corsairごと左冠動脈まで抜去しようとしたのですが、何と逆行性ガイディング・カテーテルが左冠動脈内に引き込まれるのみで抜去できないのです これは大変です 実はここで中継が時間の関係で終了しました 聴衆の方々は一番重様な部分を見ることができなかったのです だって実に僕のカテ室の開始時刻は前の手技がずれ込んだため遅れに遅れ 11:00AM頃手技開始となったのです それで 12:00に shutdownですからそもそもが中継完了するのは無理です

結局色々やって何とか CorsaitをLAD内まで抜去することができ、そこで右冠動脈から造影したのですが、慢性完全閉塞通過部分には Corsair通過の道ができていましたが、十分に造影されませんでしたので、左冠動脈の造影をしたところ、やはり懸念していたように中隔下縁で中隔枝が破裂していて瘤状になり、その部分で右心系に交通していました そしてそこで、新たに順行性に既に Corsairで形成された道を通してワイヤーを順行性に右冠動脈末梢に通過することができました これでようやく終了できるか と思ったのですが、そこでLADより Corsairを抜去したところ、何とLAD近位部で完全閉塞となって、血圧も低下し心停止状態となりここで心臓マッサージ開始、エコーでは心タンポナーデは否定され、このLAD閉塞が原因の血行動態破綻と考えられました 僕としては何が原因であれ、LADに再度ワイヤーを順行性に通過させなければ何もできない、と考え、皆がバタバタ色々な処置をしてくださっているのを尻目にワイヤー手技を続けました 透視で良く見るとLAD近位部の以前植え込まれたステントがひしゃげているのが分かりました 結局、原因は左冠動脈ガイディング・カテーテルが引き込まれて奥に入り込み、この時にステントも損傷し、これによりLAD近位部で蓋されたものと考えられました またこの時点で逆行性 EBU3.0 7Frが左冠動脈主幹部を損傷したものと考えられたので、JL3.5に交換したのですが、この時誰も気づかなかったのですが 6Fr GCが出されたのです

そこからはワイヤリングの絶妙なテクニックを自分で引き出しました 口では表現できないのですが、とにかく絶妙なワイヤーに対する回転と押し引きなのですが、それを続けました とても成功するとは思えなかったのですが、突然ワイヤーがスーッとLAD末梢まで通過したのです そこから 1.0mm balloonが何とかステント近位部を通過し、拡張するとバースト、ついで 1.5mm -> 2.0mm -> 3.0mmとバルーンサイズを上げていき、何とかIVUSに持ち込みました IVUS解説は帝京大学の興野先生が詳しくして下さいましたが、明らかにステント近位部が血管壁に数ミリに渡り押しつぶされていたのです そこで新たに左冠動脈主幹部からLADにかけてステントを植え込もうとしたのですが、全く通過できませんでしたので、LCXをワイヤーで保護しながらGuidezillaを入れようとしたのですが、当然のことながら 6Fr GC内に側枝ワイヤーを入れた状態ではGuidezillaを入れることはできません 何回か入れようと試み、ようやく「あっ、これは 6Fr GCではないの」と気がついたのです

それで今度は右冠動脈に対してバルーンで拡張し、薬剤溶出性ステントを2個植え込み、右冠動脈の慢性完全閉塞開通部分を確保し、右橈骨動脈からの 7Fr AL1.0SHを抜去し、こちらから 7Fr JL3.5を左冠動脈に挿入し、ようやく Guidezillaの助けを借りて左冠動脈主幹部からLAD近位部に薬剤溶出性ステントを植え込み、これでようやく安定したのです 患者さんはこの間に気管内挿管したりしましたが、リカバーしました ものすごい症例でした

興野先生と
終了作業中

この手技が終了したのは 13:30頃になっていました 朝食も食べていなかったので、それからバンコクに来た時には必ず訪れている Seafood Marketに行き遅めの昼食を摂りました

Seafood Market

いやあ今回はものすごい体験をしました 今回の注意点としては、やはり体格が小さくガイディング・カテーテルの挿入困難な症例は合併症を起こしかねないので本当にPCIの適応であるか否か十分な検討が必要である、ということです そして、合併症に対しては術者として常に冷静に状況を判断し、最適な手段を講じるようにせねばならない、そのように改めて思いました

昨日は東京西病院での院内ライブ

昨日は久しぶりに東京西病院をPCI手技のために訪問しました この病院では 堂前くんが皆を引っ張っておられ、僕も何回か訪れたことがあります とても頑張って来られたのです

前回PCIのために訪問したのは何と 2012/DEC/27でした もう既に6年間経過しているのですね 時の流れに驚きました

カテ室には近郊のインタベの先生方が数名来られ、足利先生に imagingの解説をして頂きながら手技を行わせて頂きました

開始は 14:00過ぎからでしたが、 18:00に終了し、その後 立川駅周辺で会食いたしました 結局自宅帰宅は 12:00 midnightとなり、疲れました

東京西病院には新しい Siemensの Hybrid Systemが導入されたのですが、部屋も広く、マシンのレイアウトも素晴らしく、もちろん画像そのものも奇麗で驚きました この部屋で早くTAVIなどの治療が開始できるようになれば良いですね

昨日は金沢循環器病院PCI 10,000例記念ライブデモンストレーションおよび祝賀会

昨日 11月02日は朝から羽田発の小松空港行きの ANA便で金沢に飛びました 飛行機はビジネス・マンで満席でした 途中日本アルプスを横切るのですが、快晴のため美しいアルプスの山々を見ることができました

記念の署名

昼に蕎麦を食べ、 14:00より一例 右冠動脈と左回旋枝の二枝慢性完全閉塞の症例のPCIを行わせて頂きました その模様は院内の会議室にライブ中継され、その様子を NHK金沢がテレビカメラで取材に来ていました

NHK中継カメラ

前日に症例の CDを見て、「これはものすごく難しい」と思いました 両方の冠動脈に対して既にPCIが試みられていたのですが、不成功に終わっていたのです それにその間の数年の中で心機能悪化し、解剖学的にはもっと困難になっていたのです 昨日の造影で左回旋枝のCTOはまず不可能 (間に CYPHERが植え込まれ、その前後で double CTO)と判断し、少しでも可能性のある右冠動脈に対して中隔枝経由の retrogradeで入りました なかなか目標とする中隔枝を選択できず、ようやくのことで選択でき、Corsairを中隔枝の中に挿入したのですが、その中隔枝は hair-pin curveを描いて #PDに対して遠位に向かって合流していたのです 以前のシネではそのような所見は無く素直に合流していたのですが、これは心臓の expansionによる解剖学的変位のためだと思います 何れにしても Sion/Sion-Blue/Sion-Black/XTRなどでは全く #PD近位に向けてワイヤーを進めることはできなかったのです SUOH-03は無かったので試すことはできませんでしたが、おそらく SUOH-03でも不可能だったでしょう こういう時に僕はしばしば Ultimate-Bross 3 (UB3)を用いるのですが、もちろん肝心の部分で硬いワイヤー先端による解離を引き起こしその時点で不可能・不成功になる危険性はあるのですが、そこはものすごい慎重で大胆なワイヤー操作でなんとか乗り切るのです そして昨日もそれを行いましたが、それが功を奏してワイヤーは右冠動脈近位部に向かって進めることができました このワイヤー操作が昨日のテクニックのキモでした

その後、CART/Reverse-CARTを行いようやくのことで順行性にワイヤーを #PD真腔に導入でき、最終的に 3.0 x 38mm + 3.5 x 38mmと二本のDESを植え込み成功裏に終了しました

そしてその開通した右冠動脈よりの造影で左回旋枝のCTOに対する可能性を検討したのですが、先に書いたように double CTOで collateralも poorですので、成功する可能性は限りなくゼロに近い、という判断でその時点で終了しました 使用造影剤量 < 300ml, 被曝線量 2Gyであり患者さんに対して悪影響をもたらすことなく成功したと思います これで少しでも心機能改善すれば良いと思います

うまく行きました

このライブの後ホテルに入り 18:00より講演を行い、夜は「太平寿し」で食事をしました

金沢循環器病院PCI10,000例記念

金沢市から飛び地となっている野々市町にある「太平寿し」はとても有名で、その大将は石川県寿司協会会長をされていたのですが、今年春先に残念ながら亡くなられたのです その後はお弟子さんが立派に継がれていました

久方ぶりのPCI

昨日は午前中鎌倉で外来診療 結構色々な問題を抱えた患者さんが新患として多く受診されましたので、時間がかかりました 急いで自宅まで自転車で一旦戻り、そこから羽田空港に

そして 16:00羽田発の千歳行きに搭乗し、札幌東徳洲会病院に到着したのは 18:30 そこから打ち合わせし、それから予定的なPCIを一例行いました うーんひょっとして 9/12にヘルシンキ大学附属病院で慢性完全閉塞二例を治療して以来ではないでしょうか

患者さんは重症大動脈弁狭窄症の患者さんで実は来週TAVIを予定していますが、その術前検査で何と左冠動脈前下行枝近位部、左冠動脈回旋枝中程でどん詰まりの慢性完全閉塞だったのです 奇跡的にも右冠動脈から微かな蛇行の激しい心外膜経由の副血行があり、そこから左冠動脈前下行枝や左冠動脈回旋枝が血液供給されているのです これってすごい重症ですよね

昨日は 18:45頃いや 19:00でしょうか その頃より開始しました 流石に両側経大腿動脈的インターベンション 7Frで入りましたよ 最初狙った右冠動脈から左冠動脈回旋枝の逆行性アプローチは途中でコイル状に蛇行した部分で不通過、次にもう一本の副血行路を狙い、ここから逆行性アプローチに成功し、左冠動脈回旋枝に一個 2.75mm薬剤溶出性ステント植え込みました そしてそのまま右冠動脈からのかすかな中隔枝経由の左冠動脈前下行枝への逆行性を狙ったのですが、蛇行が強く全く不可能でしたため最後に順行性をトライしました UB3 -> Gaia Next 3とパッパッとワイヤーを切り替え、何と順行性に長い慢性完全閉塞を通過したのです そしてこちらには 38mm 薬剤溶出性ステントを植え込んで結局冠動脈は悪い部分が無くなってしまいました

しかも 20:30よりも前に終了し、造影剤も 150mlぐらいしか使用しませんでした いやあ 久しぶりに慢性完全閉塞の治療すると少し high tensionになりますねえ やっぱり僕はインタベ医者ですね

昨夜から上海

昨夜上海に入りました このところ海外や国内出張が続き、体内時計は無茶苦茶、ろくにメールもチェックしていません まあそれで外界から遮断されて良い、という面も多々あるのですが・・・

本日は日本は休日ですが、もちろんこの国ではそうではありません 朝から僕が 1992年頃より訪問してきた中国のある有名大学付属病院に行きます

この病院にはかつて未だ日本国内には Palmaz-Schatz Stentが解禁となっていない頃、方向性冠動脈血栓プラーク切除術 (Directional Coronary Atherectomy: DCA)を持ち込んで DCAを二例に対して行った記憶があります 当時この病院のカテ室は一室のみで、しかもそこに設置されていたマシンは Siemensの20年は経っているのでは? と思えるような古いマシンでした とにかく画像が悪いので少しでも見えるようにしようと思い、シネパルスを出そうとすると、周りで僕の手技を見学していたたくさんのお医者さんから、「駄目だ、そのペダル踏んではいけない!」と止められたのを思い出しました

なんでもシネパルスを出そうと、その発射ペダルを踏むと当然のことながらマシンに多くの電流が流れ、それと共に、マシンが一時的に死ぬそうです

結局二例の手技を透視のみで完了しました いやあ 良い思い出です もちろんこれ以外にも何例か治療しました 全てバルーンのみでの治療ということになります

当時の教授は Shen先生と言われたと思います フランス帰りの先生でした さっき写真探したのですが、見つけられませんでした こんな昔は未だデジカメも無かったのではないでしょうかね

当時の中国は世界の中から国交断絶し、唯一フランスのみが国交を結んでいたと思います ですから中国で現在リーダーシップを取っておられる先生方の中にはフランス留学組も多い筈ですよ

さあこれから出動

実は 9月08日土曜日 1:55AM羽田発の JAL便で London Heathlaw空港に飛びました この飛行機は同じ土曜日の 6:30AM頃 ロンドンに到着、それから Hotel Aloftに early check-inしました

そして、 13:30 – 18:00 皆が集まり、PCR TokyoValves 2019の本格的なプログラム策定作業に入ったのです

この後、EuroPCR London Valvesの会合とかこなし、夕食を食べれたのは 20:00過ぎからでした

そして、昨日日曜日には PCR LondonValves 2018が午後からいよいよ始まり、僕は夕方またその準備の Preparatory meetingに参加、そして本日月曜日10日は 8:15AM集合 8:30AMより Opening Ceremonyのため壇上に、

そして、 8:45AM – 9:45AM スイスの Bernからの非常に重症な僧帽弁閉鎖不全に対する経皮的僧帽弁接合不全修復システム (MitraClip)のライブでのコメンテーターとして壇上に、

そして午後は今度はアルゼンチン、日本、中国その他の国々からの主として症例報告発表での Fascilitatorの役割があります

明日、11日火曜日には Londonから Finland Helsinkiに飛びます して、水曜日には Helsinki大学附属病院で CTOに Workshopがあり、二例の慢性完全閉塞症例治療をするのです

うーん時間がどんどん過ぎていく

HorliX日本国内実質的な第一号ユーザーとして – (1)

さてこのプエルトリコではひどいひどい時差ポケの中頑張りましたよっ そう言えば知らなかったのですが、Puerto Ricoというのは人口 350万人ぐらいのカリブ海に浮かぶ孤立した島ですが、このあたりはスペイン人がたくさん攻め込んできたのでしょうね 全てがスペイン語です でも歴史の中でアメリカ合衆国が攻め込み、今はアメリカ合衆国の一部なのです それで人々のパスポートは正式な米国パスポートです でもね、アメリカ50州の中には未だ加盟が許されず、従ってアメリカ合衆国の選挙権が無いので、この前の大統領選挙も全く無関係だったらしいですよ

まあそれは不満でしょうが、合衆国は税制優遇作を適用し、それでこの大した産業が無い島が成り立っているそうです 主な産業は「観光」であり、観光の対象は米国本土の人々らしいのです でも、去年の秋 2017年9月に襲ってきたカテゴリー5の超大型ハリケーン「イルマ」のために壊滅的被害を受け、数千名の命も失われたようです このため、観光施設もやられ、また未だに電力の供給も完璧なものではなく、街は一部を除けば信号機も消え、暗くなっています

何より大きなことは、これを契機にアメリカ本土からの観光客が激減し、大きな観光被害となっているのだそうです 実際僕が接触したプエルトリコの人々は皆流暢な、少なくとも僕のたどたどしい英語が恥ずかしくなるぐらいの素晴らしい英語も喋られます それでも本土の人々はプエルトリコでなく、今は他のカリブ海島国やメキシコの観光地を訪れているようですね

そうそう医療産業はこの中で優遇処置を受けており、各社の工場がたくさんあるようです これも被害を被ったようです 早く経済が回復すると良いですね もっとも僕が宿泊した San Juan Sheraton Puerto Rico Hotel & Casinoではとても景気良いように見受けられましたので実態は分かりません

さて、木曜日にはとっても難しい慢性完全閉塞に成功し、先方のとてもやる気のあり、意欲のある若手の先生 年齢は 45歳ぐらいかな? Dr. Damian Gravas Abad先生は僕に熱心にガイドワイヤー選択のアルゴリズムを問いかけてきて、それに回答したりしました そして、夜は Seafood Restautantに行きましたよね

Dr. Grovas
カテ室

この病院 Cardiovascular Centerは随分早期に JCI認定を取得している病院です 鎌倉が取得したのは 確か 2010年だったと思いますが、それよりもずっと昔に取得です すごいですね

JCI認証

金曜日には、冠動脈バイパス手術術後患者さんでとても長い病歴の男性患者さんが用意されていました CCS class 2以上の労作性狭心症であり、彼が数ヶ月前にトライされたのです 左内胸動脈が左冠動脈前下行枝につながっているのですが、右冠動脈も左回旋枝も慢性完全閉塞であり、しかもその上に蓋をするように石灰化した左主幹部も慢性完全閉塞なのです それでバリバリの狭心症なのです 彼のシネを見たのですが、順行性、内胸動脈経由の逆行性を右冠動脈にも左回旋枝にも試み、都合5時間費やし、結局あきらめたそうです シネを見て僕は、「これは無理だ」と思いました そして彼にもそのように進言したのです でも患者さんの強い希望もありトライして欲しいと言われ、結局行いました しかし、1時間ぐらい色々試みましたがやはり「これは無理」と宣言し中止しました 患者さんに対しての悪影響はありません 結局この日は他の患者さんたちは、キャンセルとなったり、そもそも慢性完全閉塞が無かったりで、これで手技を終了し、自由時間となったのです

あっとこの後 HorliXについて記載する予定なのですが、そろそろマジで出発準備せねばなりません また後で

相変わらずひどい時差ボケ

日本時間 8月08日水曜日夕方の成田発NY行きの ANA便で出国しました そして、NY JFK空港から、タクシーで マンハッタン島を迂回して対岸のNew Jersey州の New Ark空港に移動しました これはあくまでもアメリカ国内移動なのです そして、New ArkよりUA便で (あくまでもアメリカ国内移動です)、Puerto Rico (プエルトリコ)の州都 San Juan (サンファン)空港に到着 これらは飛行時間3時間以上かかりました 何しろキューバを飛び越えて行くのですから

San Juanのシェラトンホテルにチェックインしたのは既に 8月09日の午前 1:00AMを回ってからでした この日は3:00AMに覚醒し、それから新しい MacBook Proにいろいろなソフトをインストールしていました まだまだ足りない部分があり、肝心の Google日本語の辞書をファイルして持ってきていませんでしたので、随分と不便です

11:00AMにホテルを出て、ホテルから 15分ぐらいの場所にある、Puerto Rico大学附属病院 これは広大な敷地に色々なセクションで分割した大きな建物からなる病院がいくつも立ち並んでいるものでした その一角に、心臓病センターがありました

心臓病センター
心臓病センターを意味するのだ
道路を挟んだ向かいにある大学病院の一角

さて、心臓病センター3階にはカテ室が 6部屋並 んでいました マシンは最新式の Philipsです これに加えて手術室に向かって Hybrid室があり、そこではTAVIもやられているそうです

何しろ機材準備室にはレーザーマシンが2台ある他、FFR、OCT、IVUSはもとより、ロータブレーターも準備され、DESに関しては主要メーカーのものは揃っていました もちろんアメリカの一部なので FDA認可されているもののみでしたが・・・・

さて、たくさんの慢性完全閉塞患者さんが用意されていました とても全ては自分一人では治療できない数です すべて過去にトライされ不成功に終わっている症例です

昨日 11:30頃から治療にかかったのは、まず右冠動脈の慢性完全閉塞でした 既に左冠動脈前下行枝には薬剤溶出性ステントが植え込まれていました 当初右大腿動脈より 7Fr ガイディングカテーテルを挿入して中隔枝経由でのレトロを狙いましたが、最終的には非常に細いネットワーク状の連結でありこれを超えることはできませんでした そこで、右橈骨動脈より挿入した 6Frガイディングカテーテルにより、順行性アプローチに切り替えましたが、ガイディングカテーテルによるバックアップが悪いため、Extension GCを用いて行いました 最終的には UB3により通過し、これを直しました

次の患者さんは左冠動脈前下行枝と対角枝の分岐部病変であり、これに対しては薬剤溶出性ステント二個を用いた Culotte stentingが行われました 行われました、という表現しているのは僕はこのテクニック嫌いであり、この症例の治療は現地の先生が行われ、僕は助手に回りましたので・・・ そもそもこれらの手技はアメリカ国内で行われており、そこでは医師の資格に対する審査が非常に厳しい筈です もちろん僕が今回の訪問で手技をすることは問題ありません

そして昨日最後の症例が冠動脈バイパス手術後の症例でした これも経大腿動脈的インターベンション + 経橈骨動脈的インターベンションで行ったのですが、非常に不穏状態がひどく現地の先生が途中で大量の鎮静剤投与された結果、呼吸が停止し、アンビューバッグによる呼吸補助が必要となりました 決して状態は良くなかったのです これに対しては最初から左冠動脈前下行枝からの中隔枝経由のレトロで入りましたが、右冠動脈の閉塞部は非常に屈曲した部位であり、丁度ヘアピンカーブ状の屈曲が二回連続している部位であり、その部分で慢性完全閉塞となっており、この通過はとまどりましたが、順行性と逆行性にワイヤーを進め、薬剤溶出性ステントを右冠動脈に合計4個植え込み成功したのです

この時点で 17:30になっており、そのままシーフードレストランに入りました ここはカリブ海の真っ只中 人口300万人の島 プエルトリコ (スペイン語で綺麗な港 という意味)です 魚介類は豊かなのですが、何しろ魚介類をおいしく調理する習慣が未だありません こんなに大きな鯛の仲間もいるのです

大きな鯛

見かけは鯛のようですが、体が流線型ですよね 白身の魚でしたが味はおいしいものでした できれば釣り上げた直後に〆て、わたとエラをとって氷の中に保存したまま市場に回して欲しいなあ そうすれば僕がさばいて、それから酢と塩で〆てからおいしい寿司を握るのですが・・・・

という訳で本日もひどい時差ポケ 睡眠時間2時間です

一年ぶりの小倉

今年も小倉ライブデモンストレーションの季節がやってきました このライブデモンストレーションでPCI術者を務めることは栄誉なことですね

僕自身はもう何年この役割を続けているでしょうか 自分でも覚えていません ただ、毎回大体が会場には一歩も行かず、直接小倉記念病院カテ室をライブデモンストレーション開始の少し前に訪問し、そのままカテ室からライブデモンストレーションを飛ばし、そして終了してすぐに小倉駅に直行し、そのまま福岡空港から飛行機に乗って戻る、そんなスケジュールです

やはり会場におられる先生方よりも自分は年齢が上であり、そんな中で歩き回るのも何となく気兼ねするのです

今年の症例は事前に前日にCDが送られてきました そもそも色々なライブデモンストレーションで症例のシネ情報を見るのは多くの場合、カテ室に到着してから、というのが僕の信条です その理由は

  1. 事前にシネ情報を見ても多くの場合状況は変化しない 見れば成功率が高まるとかいうことは無く、従って見ることにより自分に必要のないストレスがかかる
  2. そもそもPCIなどはどんな状況においても成し遂げるのが医師としての実力であり、それを事前に色々考えたり相談するのは潔く無く、また真の実力とは言い難いた

こんな理由ですね

さて、今回は左冠動脈前下行枝近位部というか、左主幹部から全くとっかかりも無く TIMI 0の慢性完全閉塞でした その慢性完全閉塞の存在は 2017/12月はじめの診断カテーテルの時に見つかっていましたが、その後大腸手術などを控え、これまで治療が伸びていたということです 問題は心機能が非常に悪く左室駆出率は 30%前半しかありません しかも年齢が 86歳でありました 正直PCIの適応判断は限界的だと思いました

このような患者さんですので、まず立てた方針は「決して無理はしない」というものだったのです 実際に開始するとまずは両側上肢から鎖骨下動脈にかけて蛇行が強くまた非常に horizontal heartでありそもそもカテーテル挿入がとても困難でした 最終的には右橈骨動脈より 7Fr EBU3.5がやっと左冠動脈に挿入できましたが、左橈骨動脈から目指した右冠動脈へのガイディング・カテーテル挿入はできず、ようやく診断6Fr JR4.0を右冠動脈に挿入することができました

この後は、絶妙なワイヤーコントロールにより順行性にガイドワイヤーを挿入することに成功しました 大成功で何よりです

 

TCT2017 in Denverでの衝撃

今年の Denverではとても忙しかったのですが、その中で衝撃を受けたことがいくつかあります

これまで日本の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)は欧米のPCIに比して、イメージングを多用し、一人の患者さんの治療にとことん時間をかけ、難しい慢性完全閉塞や左冠動脈主幹部の複雑分岐病変などにも高い成功率を誇ってきたと誰しも思っていましたし、それをある意味誇っていました

この傾向は僕のようにもうPCIを1981年から36年間も行ってきた化石のようなインタベ人間から見れば、若手の自信満々の先生方に特に顕著です。彼らは、諸外国にPCIをちょっとやらせてもらいに訪問した時も、僕から見れば、何でそんなに自信が持てるの? なのですが、自信満々にある意味その国の手技を見下すような雰囲気で訪問しているのです。

それはさておき 僕は今回トヨタや日産、あるいはホンダといった日本を代表する自動車メーカーが現在受けているであろう衝撃と圧力、それをこの TCTで感じたのです

これまで日本製の自動車は日本の物造りの代表であり、丁寧な造りと、高い信頼性、効率的な製造などは日本が世界に誇るものであり、世界中の人々が日本製品を高く評価してきたのです しかし、今世界に情勢は急速に変化しており、この日本が引っ張ってきた製造業での価値観が革命的に変わりつつあるのです

自動車の社会です、電気自動車 (EV)への急速な転化と、それによりもたらされて来た製造業の製造手段や手続きの急速な変化です これまでのガソリン自動車の製造とまったく異なる自動車が世界を占める可能性が高いのです また、AI 特に機械学習という新たな人工知能の進化により、完全自動運転がすぐに可能とり、その世界はもう目の前、おそらく東京オリンピックまでにはそのような世界に急速に転化するでしょう

そのような中で日本の自動車メーカーも自ら変化していかなければ、次の10年を生きていけません またそうなれば日本の労働人口は再び過剰となって、社会は不安定化するでしょう

このような衝撃と圧力を今回の TCTで感じたのです もちろんこれまで自分が得意としてきた分野では未だ僕は健在です 僕が受けた衝撃は、火曜日8:00AM – 10:00AMでの Coronary Theater 1でのライブ・モデレーターでの経験でした この時のライブ副題は FFR/CTO/CHIPというものでしたが、8:00AM – 9:00AMにはスペインから一例左前下行枝に対するPCIが中継されました まあ治療としてはあっという間に終了しそうなものでしたが、如何にも狭窄がきつそうに造影で見える病変が、iFFRをするとまったく血行動態的な狭窄が無く、その手前の造影ではなんともないように見える部位に強い狭窄が隠れていたのです まあ、こんなことに 1時間も高い中継料をかけて何の意味があるのかな? という感じでした

衝撃は二例目 9:00AM-10:00AMでのイリノイ州NapervilleにあるEdward Heart Hospitalからのライブでした 術者は Tony J. DeMartiniという先生で見た感じ未だ非常に若く、多分 40歳には届いていないような感じでした 提示された症例は 86歳男性で、左室駆出率が30%程度、腎機能低下ありGFR 30ml/minぐらいの症例です そもそも数週間前に STEMIのため左冠動脈回旋枝近位部に薬剤溶出性ステントが植えられて再灌流した症例です その時の造影で、右冠動脈近位部の 40mm程度の慢性完全閉塞で同側より bridge collateralで末梢が見えてきました さらに急性心筋梗塞の時に再疎通した左冠動脈回旋枝のステント遠位に90%程度の狭窄あり、左前下行枝は#6, #7に複数の90%狭窄がある、そのような超重症症例です 事前の Heart Team Conferenceで心臓外科医は冠動脈バイパス手術を拒否されたのです

このような重症例そのままPCIに入れば命を失う可能性がとても高く、うーん僕に治療主治医が回ってくればやはり拒否したか、あるいはPCPS (経皮的心肺補助)を stand by状態にしておき、左冠動脈回旋枝末梢か左前下行枝から手を付けて、いったんその段階で終了し、後日右冠動脈については考える、そのような戦略をとっていたと思います

しかし、これが CHIPの本領発揮の場面でした CHIPというのは今年2017年になってから言われだした言葉です CHIP = Complete revascularization for Higher-risk Indicated Patientsの頭文字であり、日本語に訳せば 「超重症患者に対する完全血行再建」となるでしょうか Home Pageもありますが、要するに心機能が非常に悪いか、PCIを行うことそのものが非常に危険ではあるが、そのために冠動脈バイパス手術も危険と考えられているが、慢性完全閉塞、左冠動脈主幹部、複雑分岐部病変などに対する血行再建せねば患者さんの生命予後が非常に悪い、そのような患者さんに対して補助循環しながらPCIを行う、そのような新しい過激な治療方針なのです

そしてこの日ライブで実際に行われたのは、まず放映前に左冠動脈回旋枝の狭窄評価が FFRで行われはFFR = 0.71だったので薬剤溶出性ステントがそこに植え込まれ、ついで左前下行枝に対して2個の薬剤溶出性ステントが植え込まれました その後から放映開始となったのですが、TRI+TFIにより両側アプローチで右冠動脈の慢性完全閉塞に対して Pilot wireを用いて順行性に入りましたが、解離腔に進んだため、左前下行枝より中隔枝を介して逆行性に入り、順行性ワイヤーと逆行性ワイヤーが真腔内で kissing wireとなりました 中継はここで時間切れとなったのですが、僕から見てもとっても難しそうな慢性完全閉塞でしたが、これまでの日本式アプローチ、つまり Gaia wireを用いたり、CART techniqueを用いたり IVUS side-branch guidanceを用いたり、そのようなテクニックとは異なるもの、つまり 日本ではほとんど用いられない Pilot wireを用いたり、中隔枝の tip-injection造影を省いたり、中隔枝からのクロスを hydrophilic wireを用いずに行ったり などなど 僕自身の常識とは異なるテクニックで真腔狙いの慢性完全閉塞再疎通が行われたのです

しかも、この手技を一連のステージで行い、造影剤の使用量もその時点で 50ml程度、両側造影も single planeで二回のみであり、慢性完全閉塞に向けての wiringでも一切造影剤を使用しない、そのような斬新な手技だったのです

そして重要なのがこれを可能としたのが Impellaによる左室補助でした ImpellaをPCI手技開始より作動させ、安定したPCIが行われ、多分これが CHIPという新たな概念なのだろうな、と大変勉強になりました しかし日本ではこの方法はできません 何故ならば Impellaの使用には厳しい基準が設けられており、その基準は心臓外科のあるグルーブに管理されているからです

このようにして日本という国家は 自動車に代表される製造業の世界だけでなく、高度な医療の分野でも新しい革新的世界に歩みださず、どんどん世界中から取り残されていくのです 今回本当にそれを実感しました 訳の分からない役人による法律違反的行為、省令による法律に基づかない規制と、それを踏襲している学会を含め各種団体による自己規制 こんなことばかりしていると本当に日本は駄目になります まあ、僕の俊ではもういいか もう気持ちを荒ぶらないで昼に食べた「大阪ラーメン」の辛味噌ラーメンをお見せしましょう 非常につくりの奇麗な日本的な料理でした

「大阪ラーメン」の辛味噌ラーメン