コロンビア到着

結局ダラダラとメキシコシティー空港の AeroMexico Loungeで 5時間ぐらい過ごし、ようやく飛行機は飛び立ちました ボゴタまでは 4.5時間の飛行で、時差は一時間 ボゴタの空港に到着したのは 2/15水曜日の 23:00過ぎでした

ここでまた不愉快な思いでした まず入国審査でしたが、これはOKでした その後の税関審査、これもOKでした ところが、税関審査を出た後、あれは警官でしょうか? 税関審査官なのでしょうか? 女性が出てくる人のパスポートを開きなが色々な質問を投げかけてくるのです 決して優しげな雰囲気ではありません 僕の日本のバスポートを開きながら 何のために来たか? 何日滞在するのか? いくら現金持っているのか? などしつこく聞いてくるのです まあ初めての体験でした

そしてホテルに check inすれば既に真夜中でした ホテルはなかなか歴史を感じるホテルで良かったですね ただネット接続が若干モタモタでした

Hotel Estelar La Fontana

まあ とは言ってもメキシコ空港到着時には、第一便就航ということでそれを祝って、到着ゲートのところで、メキシコの消防車による放水がありました どうってことないけど・・・

消防車による歓迎放水

そして、到着して入国したところでは、メキシコの伝統的民族音楽マリアッチの演奏がありました

マリアッチの演奏

しかし、これは我々第一便到着を祝ったものではなく、誰か知らない人が結婚式の後の新婚旅行を終えて戻ってきたのを祝っていたのでした なあーんだ

コロンビア訪問 – 出だしのひどい話

さて、水曜日 病院内でささやかな誕生日祝をして頂き、その後 17:00頃 成田空港発の ANAメキシコシティ行きの便に搭乗しました あまり知らなかったのですが、実はこの便は ANAがメキシコシティに初めて就航した便であり、搭乗証明書とか記念品とか頂きました また成田空港ではそれなりのセレモニが行われていました

    ANAメキシコシティ初就航便祝い

機体は Boeing787であり、新しい機体でした 機内はパンパンに満席で、こんなにも需要があるものだろうか? と思いました 何故ならば既に AeroMexicoが毎日、成田-メキシコシティをやはり 787で就航しており、そこに ANAが 787での毎日就航をぶつけてきたのです

確かに トランプ大統領前であれば、多くの自動車企業がメキシコに工場を移し、日本勢もそれにならいたくさんのビジネス客が日本とメキシコの間を移動していたのですが、急に情勢は変わったのです

メキシコに行く観光客はいなくはないでしょうがたくさんとは思えません 後は、ルキシコ経由で他国、例えばキューバ、あるいは中米諸国、コスタリカ、パナマ、そして、南米 ペルー、アルゼンチン、チリ、ブラジルあたりに観光に行くぐらいでしょうか

僕はと言えば、メキシコシティ経由でコロンビアのボゴタに入るルートを狙ったのです しかし結論から言えばこれは失敗、二度とこのルートでは飛びません 正直ANAの幹部さんたちに言いたいですが、このメキシコ便はトランプ後では失敗です きっと早晩客足が落ち込むことにになるでしょう その理由を挙げます もちろん、メキシコに入ることが最終目的地であれば、話は別です ビジネスマンにしてみれば、日中夕方に日本を発ち、飛行機の中で眠り、同じ日の朝にメキシコシティ到着、帰国は深夜23:30にメキシコシティを出発し、夜間飛行機で眠り、成田到着は翌々日の 6:00AMですから、日程を非常に効率的に有効に使うことができるのです しかし、乗り継ぎ客から見れば

  1. トランジットのつもりでメキシコまで飛んだにもかかわらず、メキシコシティで一度必ず入国審査を受け、税関を通過せねばならない
  2. メキシコシティの税関では、入り口に押しボタンがあり、そのボタンを必ず押さねばならず、押せば一定の確率で赤か緑になり、赤の場合、全ての手荷物をまるごとあけられ検査される 非常にうっとおしい
  3. そもそもトランジットのロビーに向かうルートが存在しない
  4. 中南米諸国への接続は、だいたいが 6時間待ちとなるが、一度入国しているので、出発の3時間前までそもそも航空会社カウンターが開いていない
  5. 従って、空港の雑踏の中 ろくに椅子も無い場所で3時間時間を潰さねばならない

というものです まあ、今回行きは、メキシコシティーから AeroMexicoでメキシコシティー – ボゴタの便でしたから、流石にメキシコ国営航空会社とも言うべき AeroMexicoは空港カウンターは開いており、チェックインして、ラウンジに入ることができました そして、ラウンジで今回は 5時間一人で時間を潰してボゴタ行きの便に乗り継ぐことができました しかし、帰国は違うのです ボゴタ – MexicoCityは ANAと同じアライアンスの Star Allianceである Aviancaに搭乗しましたが、やはり Mexico Cityで 6時間以上の Transit しかし、メキシコシティーで一度入国せざるを得ないのです そして、入国してからは、今度は 3 – 4時間待たないと ANAに check inできないのです ひどい話ですよね、二度と乗らない

とても馬鹿げた話です ANAの上層部ももっと真剣に考えて頂かないとビジネス失うことになりますよっ 就航記念セレモニーなんかしている場合ではありません

相変わらずの鉄砲玉

皆様方 しぱし お別れしていました 先の水曜日 2/15 病院カテ室で誕生日祝をして頂いた後、昼に自宅に戻り、準備の後、夕方 成田空港を出発すべく準備したのです

そして、 2/15金曜日夕方というか夜 この日初めて就航した 全日空成田 – メキシコシティ行きの便に搭乗したのです 別に僕は意図した訳では無いのです たまたま就航便に搭乗してしまったのです でもすごい就航記念式典でしたよ

まあとは言っても搭乗してしまえば一緒です 結局 11.5時間かかってメキシコシティに到着しました

メキシコからアメリカへ

10月25日に成田よりSan Franciscoに飛び立ち、そこで4時間ぐらいの transitの後、MexicoCity (CDMX)の空港に到着したのは、同じ25日の夜 9:00PM頃でした

相変わらず飛行機の中でもあまり寝れず また時差ボケもひどかったのですが、和食に行きました

その翌日からは JICAのお仕事で TRI training center関連で色々な打ち合わせなどをしたのです これには JICA、日本国外務省、日本国大使館のみならず、メキシコ側からは、メキシコ保健省、メキシコ外務省そして、国立循環器センターなどが絡んでいてメキシコで非常に多い急性心筋梗塞を駆逐するために、多くの医師を育てるというものです 僕は最初からこの設立に関わり責任者ともないっています

時差ボケに苦しみながらもあっという間に日にちは過ぎていき、29日土曜日には TCT 2016 in Washington DCに参加するために、アメリカに飛び立ちました

DCに到着したのは同日の 15:30ぐらい そこから Marriott Marquis Hotelに直行し、そこでは 16:30からの予定で Evolute-R Proctoringが開催されたのです 参加者は SJ Park先生に加え韓国の先生合計 3名、インドからは Ashok Seth先生そして日本から私でした 結構遅くまで開催され、終わったのは 19:30でした

もう時差ボケでフラフラでしたが、頑張って 大鍋屋 (DAIKAYA)という DCでは一番美味しいと誰しも思っているラーメン屋さんに行ったのです 相変わらずここのラーメンは美味しいものです

そして、今日こそはたくさん寝れるかと思っていたのですが、やはり 30日 日曜日も 2:00AMに覚醒し、その日の講演スライドの最終チェックを行いました 日曜日には朝から夜まで 自分の発表、座長、そして治験の打ち合わせなどで時間が過ぎていき 本日 31日月曜日発の ANA便で帰国します

この一週間 ずっと時差ボケで毎日 2時間ぐらいしか眠れていません 年々歳をとるに従い時差ボケがひどくなっていきます

またメキシコへ

今回も JICAのお仕事で Mexico Cityに出張です 丁度この時に、「医療の質向上シンポジウム」というのが開催され、そこでもパネリストを行うことになっています その心は、メキシコで急速に増加している急性心筋梗塞が社会医療コストの大きな部分を占めるようになっており、その予防と治療法の効率化、汎用化が急務であるが、そのためには治療できる医師を育てねばならず、また治療法そのものの効率化のためにも経橈骨動脈的冠動脈インターベンション(TRI)のさらなる普及が急務である ということなのです

この面では僕は PASTA Trialや、TEMPURA Trial そして SUSHI Registryと経験は豊富なので適任なのです

という訳で 10月25日火曜日 17:00頃発の ANAサンフランシスコ便で成田空港を飛び立ちました このサンフランシスコで 2時間の transitの後、UA便で Mexico City 19:30到着予定だったのですが、既に UA便が 2.5時間の出発遅れということがアナウンスされています

本当にアメリカの航空会社の時刻というのは信用できません 以前もシカゴ空港から Sao Paulo行きの UAで移動するのが、何と Chicago発が 6時間遅れ、結局学会の講演に短パンのままかけつける、という事態になったことがあります 本日はいったい何時に Mexico City に到着できることやら

CDMX

CDMXという言葉をご存知でしょうか? 多分日本ではあまり知れ渡っていない言葉だと思います それは Ciudad de MexIico つまりメキシコの首都いう意味の言葉です この言葉が使われるようになったのは実は昨年辺りからなのです 今では街中を走るバス、タクシーあるいはパトカーなどに必ずCDMXという文字がついているのです 要するにこれは首都メキシコ・シティーの最近の呼び名なのです

それはさておき、今回のメキシコ訪問は僕にとって10回以上のものでした あいかわらず忙しい日程で動き、とてもつらいものがあります 今回の目的は二つあり、一つは、日本国とメキシコ国とで行っている、JICAを通じたトレーニング・プログラムの発足、そして、ICN (Instituto Nacional de Cardiologia: 国立心臓病センター)が毎年開催している Curso de Intervnetionismo Cardiovascular (CIC: International Cardiovascular Coruse: 国際心臓結果学会)に慢性完全閉塞に対する術者および、演者として招聘されたのです。

まあこれは普通のことですが、実際にやる直前まで患者さんの情報は僕の手元に入りません そんことはこれまで幾多のライブで術者をやってきて経験済みなので、何も思いません 怖いのは、その施設、あるいはカテラボがライブということで舞い上がることなのです そんな場面はこれまで何回も経験してきました

やはりライブとなると舞い上がる人が多いのです 僕には全く理解できないのですが、現実はそうなのです その結果起こることは、ひたすら術者たる僕の足を皆で引っ張るということなのです

まあそんなこと言っても僕は予定の13:30よりも早く 13:00にはライブの手技を終了してしまいました 回旋枝からの心外膜側ルートを通したのです それにより逆行性アプローチを確保し、順行性には右心室枝でアンカーをかけながら行い、結局真腔を通過させて再開通に成功しました

実は僕が事前に絵に描いた通りの筋書き通りであり、こんなのでいいのか? とおもうような結果だったのです 最終的に薬剤溶出性ステントを二つ植え込んで万々歳の出来で終了しました

詳細は後日明らかにします

ようやく帰国の途に

先週後半はロス、そして Cartajanaを経てコロンビアの首都 Bogotaへ、Bogotaでは Fundacio Cardio Infantileにおいて4年前より毎年開催している Summitという院内ライブデモンストレーションを主催してきました もちろん治療を3例に対して行いました

そして、Bogotaから Mexico Cityへ飛びました

Bogotaは標高 2,600メートル、Mexico Cityも 2,000メートルと高地なので酸素が薄く、沸点も90度ぐらいに低下しています そうラーメンやPastaには大敵の高地なのです

Mexico Cityでは在メキシコ日本国大使公邸での素晴らしい夕食にも招かれ、大使より色々なことを教えて頂きました また昼は JICAの方々や、メキシコ保健省の方々、そして日本国大使館の方々にメキシコの循環器医師と多くの方々にご参加賜り、これまでのTRI普及活動の総括をしたのです

そうその前に、これまでトレーニングをしてきた 22名のメキシコ人医師がきちんと教えに従いTRIを積極的に行っておられるか、その検証のためにメキシコ国立循環器病院 (Institute National Cardiologia; INC; スペイン語では”イエネセ”と発音します)カテ室で4名の医師によるTRIの指導・監督を行いました そして僕自身2例の症例の治療をしました

メキシコと日本の友好関係の促進に少しでも寄与できたと思っています 残りの人生このような活動にもっと与して行きたいと思うのです

本日 13:15発の ANA便で成田に飛びます 成田到着は日曜日 16:35です またその翌日早朝から仕事に復帰です

メキシコ・コロンビアの先生方に対する JICA本部での修了式

羽田からシンガポールに飛ぶ飛行機の中でようやく先日のデジカメの整理をしました その中から一枚、Mexico/Colombiaの先生方に対する JICA本部での修了式の写真です

こうして、今回も 10名の外国人医師が僕の学校の生徒として卒業しました 今後も友好に役立たんことを

JICA本部での修了式
JICA本部での修了式

中南米づいて

エクアドルより帰国したかと思えば先週は一週間に渡って、メキシコとコロンビアからそれぞれ5名の Interventional Cardigologistsをお招きして経皮的冠動脈インターベンション、特に慢性完全閉塞および経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの教育を行いました 教育と言っても、彼らはその国々で経験豊富な先生方であり、特に僕の部下達の若手にとっては、異文化交流、英語での交流という何事にも代えがたい果実がありました

このプログラムは、今や、国際協力事業団(JICA)の主要プログラムにもなっておりこれで既に5回目でした 最初は闇の中から開始したものですが、今や定着し、日本という国家が中南米で存在感を示す一つの原動力となっているものとも思います

鎌倉と札幌を舞台に行われ、実際のカテ室でどのように治療が行われているのか、目の当たりにすることができ、とても満足されて帰国されました。先週は丁度雪も降り、そのことも彩りを添えたのです

ひとまず中南米はこれで一ヶ月間休み、明日からバングラデシュなのですが、現地大使館からの情報では危険なゼネストが行われていて本当に行くかどうか未だ決めかねています

これから帰国の途に

昨日は 10:00AMよりホテルの中で事前の打ち合わせ行いました

そして、14:00にホテルを出発して、外務省の大きな建物の中にある会議室に向かいました そこで、JICAの方々、メキシコ政府保健省、更にメキシコ政府外務省の方々らが集まり、15:00より会議および外交覚書正式締結へ向けた合意文書の最終作成にとりかかりました

このような国家と国家が話し合う公式の場に参加するのは初めてでしたので、何もかも目新しい物でした しかし、既にその会に参加された方々のほとんどの人とは顔なじみとなっていましたので、at homeな雰囲気で参加しました 内容的にはやはり色々な思惑の違いなどを話し合いにより解決・合意して行かねばなりませんので当初 1時間で終了すると見込んでいたものが、何と 3.5時間もかかりました 僕を含め皆疲れきりました

それから、大渋滞(メキシコ・シティーの渋滞はひどいです)の中、渋滞が無ければ 10分ぐらいで着くことができる距離にあるものすごく雰囲気の良いメキシコ料理レストランで会食が行われました 丁度外務省を出発したのは 19:00頃であり、帰宅ラッシュにはまり、何と 1時間かかってようやく到着したのです この会食はメキシコ政府保健省のご招待で行われました 昔の荘園主の館を改装したという大きなスペイン風の建物であり、San Angel Innという名前のレストランでした

おいしいメキシコ料理を食べながらさらに歓談を深め、終了したのは 23:30くらいになっていました

その夜は時差ボケ二晩目(二晩目というのが一番ひどい)であり、しかもやはり興奮醒めやらないというのもあり、細切れに3時間ぐらいしか眠れませんでした 現在 7:00AMこれから暫くして空港に向かい、今度はロサンゼルス経由で羽田空港に 木曜日の23:00頃に到着です

翌日金曜日は朝から外来診療や、午後は Structure Clubでの座長などのお仕事、そしてそのまま名古屋に宿泊し、土曜日は朝一番で松阪に移動して、伊勢志摩ライブデモンストレーションで術者となります

うーんメキシコ、できれば3時間ぐらいで日本から到着できればいいのにな

さて、この間焦ったことがあります iPad-Mini RetinaにインストールしてあったM2Plusという電子書籍リーダー、そしてその上にダウンロードしてあった EZRの本が、気が付いたらば全く消失していたのです このEZRの神田先生の名著、サボって暫く うーん 数ヶ月間使用していなかったので気が付かなかったのです

そして、その目で見れば、何とiTuneの曲もほとんどが消失していたのです 焦りましたねえこれは

きっと iOS8に upgradeした時に消えたのでしょう でも大丈夫、MacBook Proの iTuneに接続したらば iTuneの曲は復活し、またインターネットに接続して M2Plusをたちあげたらば本も復活したのでした 良かった良かった