TAVIに染まって

月曜日深夜にソウルから自宅に戻りましたが、なかなか寝付けず睡眠不足のままに、火曜日の朝となりました 何時ものように 7:00AM前には病院に出勤、「あーー 朝から辛いなあ 眠いなあ」

そして、7:30AMよりの抄読会および循環器内科カンファランス 引き続いて 8:30AMよりのTAVIカンファランスと時間が過ぎていきました そして午前中には二例のTAVIそして、経皮経静脈的僧房弁交連裂開術 (PTMC) 1例あり、15:00からは外来診療に入り、16:10には病院を出て自宅に戻りそのまま自宅から羽田空港に出発、19:00発の千歳行に搭乗し、21:30札幌の宿舎に到着、食事後 本日 1:00AM就眠

今朝は 5:45AMに起床し、今日の講演の準備をしていて時間が過ぎ、7:15AMには病院に出勤 そして 7:30AMより札幌東徳洲会病院でTAVIカンファランス

その後、症例の打ち合わせを行い 9:30AM本日のTAVI患者さん出棟、入れ替え時間含め、1:00AMには二例完璧にTAVI終了しました 二例目は特に早く、40分ぐらいで終了です これって最速TAVIかも知れませんね

患者さんもお元気で、そして今さっきアメリカとテレカン終了、これから午後のPCIの時間帯に入ります ここまでで僕が直接関与したTAVIは今週で 4 + 2 + 2 = 8例です 明日また二例あり、今週は合計 10例ということでしょうか これってPCIへの関与よりも多いかも いいなあ 新しいってことは 前に進むめば進むほどに新しい世界に足を踏み入れるのですから

羽田空港到着

今朝 5:10AM羽田空港国際線到着 何時もこの便は 4:30AM頃に到着するのですが、今日は遅れました 羽田空港のシャワールームでシャワーを浴びたのですが、これまで知りませんでしたが、 ANA business classとか ANAの statusがあると、1,000円のシャワー料が無料となるのでした

カラスよりも素早くシャワーを済ませ、着替えてから国内線に連絡バスで移動し、千歳行き始発 6:25AM発の ANA便のチェックインして今は機中で出発を待っています 流石に朝一番の便はガラガラです

本日は札幌でTAVIプロクターで本日中に鎌倉に戻ります

怒涛の二日間

日曜日の深夜羽田を出発し、そのまま LAに移動、そして自動車でさらに南に下り、目的地に到着したのは日曜日の 18:00頃でした

月曜日、そして火曜日の午前中は会議のために缶詰となり、英語のシャワーの下で辛い思いをしたのです

火曜日午後はそれらから開放され、 LAに向かい、 Cedars Sinai Heart Instituteの連中と飲み明かし、今ラウンジに至るのです

日本帰国は、木曜日の 4:30AMです それから国内欄千歳いきの瓶に乗り換え、 6:30AM発の千歳行き始発に乗り、札幌に移動するのです

ああ ああああ 辛くないかと言えば辛いです 楽しいかと言えば楽しいです あああああ

あああああ

何をやってるんだか

さて、浮気性の僕が今取り憑かれているのが、Pythonを用いてグラフィック系のものを作りたい、具体的には最終目標が DICOM XAの再生ですが、そのようなものです

そして、何やら自分の MacBook Proの Document Folderを見ていたところ、 Python Scriptというフォルダを見つけたのです もちろん、他ならぬ自分で作成しているフォルダなのですが、すっかりその存在を忘れていました このフォルダ実に 2015年に自ら作成しているので、履歴として、その頃も Pythonに一時期ハマっていたことになりますが、すっかり忘れていました ひどいですね これは知識のあるいは知能の退化というものでしょうか

まあ、仕方ないそんな自分を受け入れるしか道は無いのだから

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

これは高村 光太郎の書いた詩です 自分の世代だと中学ぐらいの教科書に載っていたと思います そして、これは

この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし 踏み出せばその一足が道となる
迷わず行けよ 行けばわかる

というのはあのプロレスのアントニオ猪木が用いた言葉として有名ですが、もともとは 一休宗純という禅僧の言葉だと言われています しかしこれも

此の道を行けば どうなるのかと
危ぶむなかれ 危ぶめば 道はなし

ふみ出せば その一足が 道となる 
その一足が 道である
わからなくても 歩いて行け 行けば わかるよ

という 清沢 哲夫『無常断章』「道」という詩人の作である可能性もあるようです あっと Pythonの話が何でこんな話になるのでしょうかね

さて今は、アメリカ西海岸で会議に参加し、ずっと英語に浸かりっぱなしです とっても辛いですが、既に 24時間経過 相変わらずひどい時差ボケです ずっと自分に負荷がかかっていますが、この会議では世界のPCIをひっぱってこられ、現在も第一線で活躍されている先生方、超有名な先生方が一同に集まっています 僕もその中のアジアから唯一の人として参加しているのは光栄です 何とか自分の存在を出せています ということで Pythonの話は後で

強行スケジュールの一週間

1/30月曜日 普段通り外来診療し、それから珍しく? 1例PCIを行い、そして夕方入浴してから 20:00に自宅出発、 22:50羽田発Los Angels便に乗りました

飛行機は満席で、これであれば ANAが黒字なのは分かるな、という感じでした そして、14:00頃に LA空港到着、3時間以上の transitを経て San Diego行きの便に乗り、22:00にホテル近くの和食レストラン そして 1/31火曜日 1:00AMにホテルに check inしました

今回非常に珍しく行きの飛行機の中では 5時間ぐらい眠り、またホテルでも 5時間は眠りました 何時もは時差ボケで死んでいるのにね

今朝は早朝から Device治験のための trainingです 夕方まで続きます そして、その後の夜の便で羽田に木曜日 5:30AM到着

そしてそのまま関西方面にPCI、講演に出かけます 最終的に自宅戻りは日曜日夜 本当にこの一週間は地獄のようなスケジュールです

メキシコからアメリカへ

10月25日に成田よりSan Franciscoに飛び立ち、そこで4時間ぐらいの transitの後、MexicoCity (CDMX)の空港に到着したのは、同じ25日の夜 9:00PM頃でした

相変わらず飛行機の中でもあまり寝れず また時差ボケもひどかったのですが、和食に行きました

その翌日からは JICAのお仕事で TRI training center関連で色々な打ち合わせなどをしたのです これには JICA、日本国外務省、日本国大使館のみならず、メキシコ側からは、メキシコ保健省、メキシコ外務省そして、国立循環器センターなどが絡んでいてメキシコで非常に多い急性心筋梗塞を駆逐するために、多くの医師を育てるというものです 僕は最初からこの設立に関わり責任者ともないっています

時差ボケに苦しみながらもあっという間に日にちは過ぎていき、29日土曜日には TCT 2016 in Washington DCに参加するために、アメリカに飛び立ちました

DCに到着したのは同日の 15:30ぐらい そこから Marriott Marquis Hotelに直行し、そこでは 16:30からの予定で Evolute-R Proctoringが開催されたのです 参加者は SJ Park先生に加え韓国の先生合計 3名、インドからは Ashok Seth先生そして日本から私でした 結構遅くまで開催され、終わったのは 19:30でした

もう時差ボケでフラフラでしたが、頑張って 大鍋屋 (DAIKAYA)という DCでは一番美味しいと誰しも思っているラーメン屋さんに行ったのです 相変わらずここのラーメンは美味しいものです

そして、今日こそはたくさん寝れるかと思っていたのですが、やはり 30日 日曜日も 2:00AMに覚醒し、その日の講演スライドの最終チェックを行いました 日曜日には朝から夜まで 自分の発表、座長、そして治験の打ち合わせなどで時間が過ぎていき 本日 31日月曜日発の ANA便で帰国します

この一週間 ずっと時差ボケで毎日 2時間ぐらいしか眠れていません 年々歳をとるに従い時差ボケがひどくなっていきます

またメキシコへ

今回も JICAのお仕事で Mexico Cityに出張です 丁度この時に、「医療の質向上シンポジウム」というのが開催され、そこでもパネリストを行うことになっています その心は、メキシコで急速に増加している急性心筋梗塞が社会医療コストの大きな部分を占めるようになっており、その予防と治療法の効率化、汎用化が急務であるが、そのためには治療できる医師を育てねばならず、また治療法そのものの効率化のためにも経橈骨動脈的冠動脈インターベンション(TRI)のさらなる普及が急務である ということなのです

この面では僕は PASTA Trialや、TEMPURA Trial そして SUSHI Registryと経験は豊富なので適任なのです

という訳で 10月25日火曜日 17:00頃発の ANAサンフランシスコ便で成田空港を飛び立ちました このサンフランシスコで 2時間の transitの後、UA便で Mexico City 19:30到着予定だったのですが、既に UA便が 2.5時間の出発遅れということがアナウンスされています

本当にアメリカの航空会社の時刻というのは信用できません 以前もシカゴ空港から Sao Paulo行きの UAで移動するのが、何と Chicago発が 6時間遅れ、結局学会の講演に短パンのままかけつける、という事態になったことがあります 本日はいったい何時に Mexico City に到着できることやら

少し複雑な SQL文

一泊二日で台湾・高雄でお仕事して月曜日は外来診療、そして色々なお仕事しました

火曜日の9:27は朝から Houstonに向けて飛び立ち、そのまま Colombiaに入るのです 今は、Houston空港で 6時間余りの transitをしています

そんな中懸案の SQLがようやく書けました これは、三つのテーブルを結びつけるものですが、要するに「多」対「多」という二つのテーブルを結びつけるために、間に「関連」テーブルを使うものです

この関係は実社会で良く見られるものです 例えば 人物テーブルを考えて下さい、このテーブルで重要なデータは

  1. 固有のID 今日の日本であれば、「個人番号」でしょうね
  2. 名前の姓
  3. 名前の名
  4. 性別
  5. 生年月日

などでしょう もちろん他にも色々付け足せますが、ここで重要なのは個々のフィールド (ここでは番号の1~5ですが)については、一度値が入れば、変化しない、ということです そして、1については、「個人番号」がそうであるように、重複することが決して無い ということなのですよっ

例えば、6.として「職業」を持ってきたとします ある時点では、その値は、学生であり、次には会社員となり、その次にはアルバイトになるかも知れません 要するに、「職業」というものは変化していきますので、この人物テーブルの構成要素としては相応しくありません

もちろん、「職業1」「職業2」「職業3」・・・・「職業10」ぐらい予備に造っておけばそれでも良いでしょうが

名前については、実は微妙な問題があります 日本では結婚することにより女性の姓が変化するのが普通ですので、最初から「姓1」「姓2」・・「姓5」ぐらい造っておいた方が良いかも知れませんね

さて、次に 病気テーブル について考えましょう これは簡単に次のようにしましょう

  1. 病気のID ここは例えば色々な国際的コードがあります
  2. 病名 例えば、胃炎、心筋梗塞などなどですね

さて、この二つのテーブルを用いて、ある人がある病気にかかっている という状態をどのように表せば良いでしょうか?

実はここで必要なのが、二つのテーブルを結びつける「関係テーブル」なのです

まずは「人物テーブル」です

ID 性別 生年月日
1 ABE SHI M 19500215
2 TABE SHISHI F 19511115
3 TABEKI MOMO M 19520415

さて次に「病気テーブル」です

ID 病名
1 急性胃炎
2 慢性胃炎
3 狭心症

さて、ある人の状態を表すにはどのようにすれば良いでしょうか? 例えば TABEさんが狭心症にかかっている、というのは「人物テーブル」のID=1と 「病気テーブル」のID3を結びつければ良いですよね 従って以下の 関連テーブルが必要となります

ID 人物テーブルID 病気テーブルID
1 1 3

このテーブルをどんどん増やしていけば良いのですよね これが Relational Database (関係データベース)の基礎の基礎なのですが、結構難しいのですよ これをSQL文で書くのは

水戸からWashington DCへ

先週の金曜日(2/19)には、初めて水戸ブレインハートセンターを訪問させて頂きました ここの上原先生は以前勤務されていた大学病院を2年余り前に辞され、現在は 4人の循環器内科医の一人として活躍されています

病院には救急車がひっきりなしに到着していました 大船駅より東海道線で品川に到着し、そこで特急「ときわ」に乗り、2.5時間ぐらいで水戸駅に12時過ぎに到着しました そして、「蕎麦処みかわ」に直行し、おいしい天ぷら蕎麦を頂きました お店には既に上原先生が待たれていたのです

ちなみに、この http://homepage2.nifty.com/soba-mikawa/mikawa.htm という蕎麦処みかわの Home Pageには何と未だにSJISが文字コードして使用され、しかもhtml4.01で書かれており、その上何と<meta></meta>による文字コード指定がなされていないので最近のブラウザでは文字化けします お店の方はこの事実に気づかれているのでしょうか? 直して欲しいものです 簡単なのに

蕎麦を頂いてから病院に直行しました 病院は4階建てで、広々としてとても綺麗ですコメディカル職員の数はとても多く、二つあるカテ室(片方は脳血管なども兼用)、1.5Tと3TのMRIやCTなど放射線機器も十分な数あり、その運用に臨床放射線技師の方々が活躍されています

僕に与えられた症例は 2症例でした 両者とも左冠動脈前下行枝のCTOでした 居一例目も二例目も両側橈骨動脈から 6Frで入りました 一例目は順行性に通し、二例目は中隔枝経由で逆行性に通しました 特に二例目は難しかったですが何とかやりきりましたね 残念ながら一例目は delayed tamponadeとなりましたが、心嚢穿刺のみでその後はなんとも無かったとのことで良かったです 症例終了したのはもう 6時を回っていたのですが、その後主として技師さん向けにTRIの講演をしました

これらが終了したのは 7:30PM頃となっていましたが、その後 水戸市内の有名店であり、元祖あんこう鍋を謳っておられる「茨木郷土料理 山翠」に行きあんこう鍋を頂いたのです そして、20:53水戸駅発の特急「ときわ」に乗り、上野駅から上野湘南ラインに乗り換え、大船駅まで戻ったのです もちろん帰宅したのは真夜中でした

そして翌日土曜日は 5:00過ぎに起床し、 7:09AM大船駅発の NEX成田エキスプレスで成田空港に向かい、その日の12:00発 ANA NH002便でワシントンDCに飛びました

今回ワシントンDCを訪れたのは、全米一の大病院である MedStar Washington Hospital Centerの Ron Waksman先生が開催され、来年で 20年となる CRT (Cardiovascular Research Technology)に参加するためです もちろんこの CRTも10年以上前から Invited Facultyとして招聘されており、ほぼ毎年参加してきました この会の特徴は、インターベンションの最新のことが企業色無く学べる、ということです また場所柄米国政府とも近く、毎年 FDA (Food and Drug Administration: 米国食品医薬品局)と合同で Townhall Meetingを開催しているのです

Washington Dulles国際空港に到着したのはその日土曜日の 10:00AM頃でした そこから隣の Virgina州にあり、既に 37年間もその場所で開店されている日本料理屋「たちばな」に向かいました このたちばな は大きな店ですが、多くの職員が日本人でありました 土曜日ということだからなのでしょうか 店は満席であり、その多くがアメリカ人あるいは韓国の方、中国の方でした

日本料理「たちばな」
日本料理「たちばな」

ここでは、味噌ラーメンを食べましたが、とても美味しかったですよ

「たちばな」の味噌ラーメン
「たちばな」の味噌ラーメン

この日の夜は居酒屋「関」で夕食を摂り、23:00頃部屋で意識不明となり、椅子に座ったまま眠っていましたよ それでも03:00頃には覚醒し、以後一睡もできない状態でした

居酒屋「関」
居酒屋「関」

日曜日は CRTから指定された演題が二つあり、その講演を昼前後に行い、その後 新しいDESに関しての business meetingを行いました そして日曜日夜はまずホテル近くのいんちき日本料理屋・寿司屋である、「殿すし」に行き、ここでラーメンを食べました ここのラーメンは写真にすることはありませんでした

この後、 19:00 – 22:00TRIの話でmeetingがありました 壇上で何回も意識が無くなりました

Washington Hospital Center
Washington Hospital Center
Washington Hospital Center
Washington Hospital Center

そして今年はその Washington Hospital Centerから会場に向けて僕自身のライブを飛ばしたのです この病院は規模からして全米一のものであり、また循環器病学関係では世界をリードする病院です 日本からも留学生が多く訪れています ちなみに、この病院は MedStar Healthという病院グループに属しているのです

循環器関係のカテ室は 10ありますが、活動中のものは 9室です 僕が見た限りマシンは全て Philipsであり、TAVIもこの部屋で行われています それにしても日本でも普通のカテ室でTAVIが出来るように早くなって欲しいものですね

僕の症例は右冠動脈のCTOでした 右冠動脈末梢には 1999年に行われたという大伏在静脈グラフトによる良好なバイパスがなされ、何のために右冠動脈のCTOに対してPCIをするのか? それが分かりませんでした それでも担当の先生は、大伏在静脈グラフトの流れが sluggishであり、またなんとなくの症状があり、しかも下壁で虚血が証明された、と言うのです 何によって虚血が証明されたかについては聞きませんでした

6:45AMにホテルを Kiemeneij先生と Tejas Patel先生と一緒に Washington Hospital Centerに出かけました 到着したのは 7:15AMぐらいでしたが、既にカテ室内にはスタッフが詰めていました そして、担当の先生からシネを見せてもらいました Kiemeneij先生そして Patel先生の症例を含めそれぞれ一人ずつ治療する段取りでした(実はこのことも当日朝知りました) シネを見せて頂いた後、病院内のカフェテリアで朝食をとってカテ室に行きました

左橈骨動脈穿刺
左橈骨動脈穿刺

患者さんは既にテーブルに寝ておられました 正直橈骨動脈穿刺が得意でないので、両側橈骨動脈穿刺を担当の先生にして欲しかったのですが、何と最初からするはめになりました ライブは 8:45AMより transmissionが始まり、その前に右橈骨動脈穿刺を行いましたが、左橈骨動脈穿刺は僕がせねばならいことになりました、それでもライブで放映されながらうまいこと穿刺できたのです ところが、鎖骨下動脈がアーチの末梢側から出ていたので、ガイディング・カテーテルを上行大動脈に持ち込むのが非常に困難でした それでも何とか右冠動脈にはAL1.0SHを、そして大伏在静脈グラフトにはMPを持込み、同時造影をしました 会場からはやはり「本当に右冠動脈のCTOを開けねばならないのか?」との意見がうずまき、結局大伏在静脈グラフトに対して FFRを測定することになりました そして測定したところ、何と値は 0.99であり、そのまま治療せずに終了しました

ライブ中継
ライブ中継

 

Kiemeneij先生、Patel先生と
Kiemeneij先生、Patel先生と

Kiemeneij先生と Patel先生に別れを告げ、その後着替えていると、ちょうど Waksman先生が来られました 彼は僕にこのライブを実現するために I prepared a log of document. と言われました この全米一の大病院で日本人医師としてライブを行うことがどれだけ大変なことであったかこれでわかりました そして嬉しいことに After now, you can do any cases in this hospital. とも言って下さいました これって相当にすごいことですよね

大鍋屋(だいかや)
大鍋屋(だいかや)
大鍋屋の辛味噌ラーメン
大鍋屋の辛味噌ラーメン

この言葉を聞いて良かったと思いました ライブが早く終了したので、ワシントンで話題のラーメン屋「大鍋屋」 「だいかや」と呼びます、ここは何時行っても満席で夜行くと 1.5 – 2時間待ちなのですが、 11:00AMから開店しているというので、病院から行くことにしました 本当に美味しかったです

ようやく帰国の途に

先週月曜日(11/23)夕刻に成田を出発し、New York経由で Sao Pauloに入り、それからBuenos Airesに飛び、そして最後は Cartagenaにてお仕事して、再び New York経由で帰国の途につきました

そして現在は New York JFKのラウンジで帰国便を待っているところです

今回の主な仕事は JICAとのジョイント・プロジェクトの成果確認作業でした そのため、かつて鎌倉と札幌を訪れた言うなれば僕の生徒さん達と会い、その成果発表を聞き、そして実際の手技の腕前を評価したのです もちろん、在ブラジルそして在アルゼンチンの日本国大使や JICA事務所長もご一緒されたのです

最後のコロンビア・カルタヘナではコロンビアのIntervention学会があり、そこで講演をさせて頂きました

日本を出発するまでは長い旅程と思っていたのですが、終わりに近づくと「もう終わりなのか」という感じです バタバタして、写真の整理もできず、やろうと思っていた仕事も半分しか済んでいません まあぼちぼち頑張ります