とんぼ返りのジャカルタ

この週末、2月14日にはジャカルタの国立循環器病センター Harapan Kita (英語で言えば Our Hope = 我々の希望)病院を舞台に、第7回 Asian TRI Seminarを開催しました

「開催しました」と主体的な動詞を使っていますが、実際に僕がその主催者と言って良いものです このセミナーは、東南アジアの諸国を舞台に持ち回りで年一回開催し、各国にTRIを普及していこうという試みで、これまでに、Singapore, Thailand, Malaysiaなどで開催してきて、Indonesiaは二回目の開催でした

内容は、ライブデモンストレーションを主に、その他 講演、そして症例報告という次第です

2/13 10:00AM過ぎ羽田発の ANA便でジャカルタに飛び、16:00頃空港に到着、今回は前回と異なり、交通渋滞は大したことなく、1時間かからないでホテルに到着しました またまた睡眠不足で疲れていたので早めにホテルの中の和食レストランで夕食をとりました ジャカルタでも和食はブームであり、その日もそのレストランは予約で満席だったのです

22:30頃には、寝たのですが、2:00AMに覚醒、結局そのまま一睡もせずに、iPython Notebookの勉強を続けました

そして、7:15AMホテルを出発し Harapan Kita病院に出かけました ここにはこれまでに7 -8回訪問してきました 最初に訪れたのは何と 1992年のことでしたので何ともう 20年間以上訪れていることになります

病院に着くと早速僕の割り当てのライブデモンストレーション症例を紹介されました 50歳ちょっとの三枝病変の患者さんで、これまでに左冠動脈前下行枝、左回旋枝にステントが入れられ、また10年くらい前に右冠動脈末梢にステントが入り、今回は少なくとも2011年のCT冠動脈造影で確認されていた右冠動脈の長い慢性完全閉塞病変でした 石灰化も強く見るからに困難な症例で、また当然のことながらTRIという縛りがあります

8:00AM会の開催に併せて症例の治療を開始しました 当初右冠動脈順行性に開始したのですが、予想通り非常に硬く、全く歯がたたないのですぐに逆行性に移行しました それでも非常に硬くようやく Conquest-Pro12により両側性に何とか通過させ、CART techniqueを用いて再開通に成功しました 会場は非常に沸き立ちました

慢性完全閉塞に成功
慢性完全閉塞に成功

それから講堂に行き、会に参加したのです 途中では僕が20年間に渡りTRIの普及に貢献してきたことを表彰されました

表彰式
表彰式
記念撮影
記念撮影

実は Harapan Kita病院には湘南鎌倉総合病院心臓血管外科で研修していた嶋田先生が1.5年前から留学されていて奥様と二人8畳一部屋のアパートに住んで頑張っておられるのです その代わり沢山の症例の手術をさせて頂いているのです その嶋田先生ともお会いし、夕食は一緒に食べました

本来戻りの ANA便は 21:15頃出発だったのですが、メールでその便の羽田出発がトラブルのために遅れ、到着が3.5時間遅れるため、ジャカルタ出発は 1:00AMになる、という連絡がありました

結局羽田に戻ったのは、本来の予定の 2/15 7:00AMではなく、10:40AM頃でした

羽田空港到着

ジャカルタ空港を飛び立って7時間余りで、羽田空港国際線に到着しました 今日は国際線の新しく拡張されたWingの先端に飛行機は付きましたので、入国審査場まで 5分間以上歩かねばなりませんでした 飛行機の中では Swiftの勉強したりもしましたが、大部分は眠り、何一つ口にしませんでした

羽田空港国際線は 7:00AM前だと言うのに結構混雑しております 事実上の一泊二日のジャカルタでした 体力的にもとても辛く、実際体調は良くありません、予定の会議にも大渋滞のために出席できずでしたが、まあ一人難しい患者さんを治療できたのが良かったです 次回ジャカルタ行きは来年2月ということになりますが、その時はもう少し余裕を持って行きたいものです

大渋滞のジャカルタ

最初にジャカルタに経皮的冠動脈インターベンションで訪問したのは、1992年 国立循環器病センターである Harapan Kita病院 (Our Hopeの意味ですよ)です その頃のジャカルタは未だ自動車も少く、まあそれでも高速道路も空港と市内の間に無かったため、1時間ぐらい市内に移動するにはかかりましたが、渋滞はほとんど無かったように思います また、市内にも高層ビルはほとんど無かったように思います

それから22年が経過し、今やジャカルタ市内の渋滞はアジア一番、あるいはマニラと並んで一番、つまり世界で一番ひどい、ものとなっています この間に高速道路が出来たものの、それを上回る自家用車の台数に、物理的に渋滞せざるを得ない、そのように思います

まして、昨日夕方は金曜日、そして14:00が一時間ぐらい非常に激しいスコールが降ったらしいのです、それにより、道路のいたるところが冠水し、また電信柱などが倒れこんだりしたのが原因、ということですが、これまでに無いぐらいの大渋滞となったのです 結果的に国際空港を16:20頃出発してから、市内のホテル Ritz-Carlton Hotelに到着したのは 20:00近くとなっていたのです

今朝のニュースでもその大渋滞ぶりは報じられていました 結局 18:00からの meetingは全く参加できず、何のためにジャカルタに来たのか分からない状態でした

今朝は 4:00AMには起床し、Pythonのお勉強して、そして 8:00AMにホテル内の学会場に行き、講演スライドをuploadしようとしたのですがうまく行かないため、直接講演する部屋にファイルを持込み、それで発表をすることにしました

予定では 8:30 – 8:45AMが僕の発表時間でしたが、8:30AMからは別のプログラムが始まり、結局 8:45AMから発表することになりました 自分の発表が終わればそのまますぐにHarapan Kita病院に行き、自分のライブデモンストレーションを飛ばさねばならず、またどんな症例が割り当てられているのか知らず、少し焦りました

発表終了後、ホテルから病院まで例の白バイ先導で渋滞の中をぶっ飛ばして病院に到着したのは 9:45AMぐらいでした そこで初めて症例を見させて頂きました 当初慢性完全閉塞症例が割り当てられていたそうですが、患者さんが拒否されたため、別の症例となったそうです 47歳の若い男性患者さんで右冠動脈は良いのですが、左主幹部分岐部75% 左冠動脈前下行枝入口部90% 左冠動脈前下行枝近位部90% 左冠動脈前下行枝遠位部90%、そして非常に屈曲した左回旋枝入口部に99%狭窄という嫌な病変を認め、左主幹部から左回旋枝はひどく石灰化していました

何でも一ヶ月前にどうしてそのような中途半端な治療となったのが知りませんが、左冠動脈前下行枝中位の75%病変に対してのみ薬剤溶出性ステントが植え込まれたそうです もちろん労作性狭心症は残存しています この時には右橈骨動脈アプローチで行われたそうですが、その時に右上肢の痛みが残り、患者さんは大腿動脈よりの治療をご希望されました

このため、7Fr Rt-TFIで入り、まずやりやすい左冠動脈前下行枝にワイヤーを通過させ、苦労して屈曲した左回旋枝にワイヤーを通過させました とても当初からはIVUS通過できないと見たため、まず左回旋枝入口部を 2.25mm balloonで拡張しに行ったのですが、18ATMでも拡張できないため、ロータブレーター・ワイヤーに置換し、1.5mm burrでロータブレーターをしに行ったのですが、何とボンベの窒素ガスが空!!! 何でも昨日ロータブレーターを行った後、バルブを締め忘れたため、ガスが抜けてしまった、ということでした 仕方なく待つこと15分ぐらい、やっと新しいボンペが来たのでロータブレーターをしたのですが、全く通過しないため、1.25mm burrにstep downしてようやく通過し、再度ワイヤーを通過させ、まずは2.25mm balloonで左冠動脈前下行枝を拡張してから、左冠動脈前下行枝に対して薬剤溶出性ステントを植えこみました 左冠動脈前下行枝の一部もなかなか拡張しない部位がありましたが、結局左冠動脈前下行枝遠位に 2.25 x 28mm, 2.5 x 33mm DESを植えこみました そして、左回旋枝入口部を2.5mm NC balloonにより20ATMで拡張した後、左主幹部から左冠動脈前下行枝に向けて 3.5 x 36mm DESを植え込み、左回旋枝にワイヤーを取り直し、左冠動脈前下行枝ステント内でアンカーをかけることによりストラットを2.0mm balloonで通過して拡張し、2.5 x 18mm DESを左回旋枝入口部に TAP (T And Protrusion) Techniqeuで植え込み、最後に 3.0mmと 2.5mm balloonsによりKBTを行い奇麗な出来上がりとなりました

PCI成功裏に終了
PCI成功裏に終了

まあ途中色々なことがありました ワイヤーを抜かれそうになったりしましたが、結果的に大丈夫でした 常に片方の手でワイヤーを保持していますので・・・

建設中の高層ビル
建設中の高層ビル

この後昼ごはんを食べてから今ホテルに戻っています 本日の夜行羽田便で帰国します それにしてもインドネシアの経済成長は凄まじいですね 街中には大きな高級ショッピング・モールがいくつも建ち、多くの人びとで賑わっています イスラム教の国ではありますが、街中はクリスマス気分であり、西洋の音楽が溢れています 街中を歩いたりバイクに乗っている人々は皆年齢が30歳より下のようです 平均年齢が日本と40歳は違うのではないでしょうか 日本はこれから「日沈む国」となり、インドネシアは「日昇る国」となりそうな予感がします

ジャカルタに着いたものの

予定より10分ぐらい早く飛行機はジャカルタ空港に到着したのですが、例によって Visa on Arrival取得、そしてその後の列などを経てから、車で市内の Ritz-Carlton Hotelに向かったのですが、例によってものすごい渋滞 今東南アジアでジャカルタが一番渋滞ひどいように思います 既に2時間経過するのに一向に到着しそうもありません 18:00からの meetingがあったのですが、既に大分遅れています まあ焦っても仕方ありません

ここは iPhoneのティザリングでインターネット・アクセスしながら有効に時間を使っています

これからジャカルタ

本日も出発です これから AICTのためにジャカルタに飛びます とは言っても本日一泊するのみで、明日はライブデモンストレーションなど行った後に夜の便で戻ります 本当はキャンセルしたかったのですが・・・

講演終了

講演開始時刻は予定では 9:15AMでしたので、ホテル内の会場である ballroomには 8:45AMに到着しました。それまでにプレゼンテーションを三種類作成したのです。完璧な準備です。僕にしては珍しく完璧な準備です。

パソコンをセットして、VIP roomで開始を待ちました、しかし、隣の部屋で行われていた前のセッションが遅れに遅れ、結局、僕の開始は 9:45AMになっていました。この先大渋滞のジャカルタを抜け、空港まで向かわなければなりません。バンコク行きのGaruda Indenesia航空は、12:55に出発です。かなりぎりぎりのスケジュールであることは容易に分かります。既にパスポートとe-ticketを預け、空港係官に check-inを済ませて頂く段取りでした

講演は2つ行う予定でしたが、やはり時計をにらみながら、一つだけにしたのです。その後、Questions & Answersを行い、ホテル正面からバン型タクシーで、空港に向かいました。何と、タクシー前後に白バイが一台ずつつき、サイレンを鳴らしながら渋滞をかき分け、空港に向かったのです 結局空港に到着したのは、11:30AMぐらい、何と 30分で大渋滞の中、空港に到着です。 既にチェック・インは済ませてあり、現在はラウンジでインターネット接続しています

白バイに先導されて移動
白バイに先導されて移動

それにしても慌ただしいジャカルタ訪問でした 今回の学会は何と二回目で、正式名称は The 2nd Annual East Meets West Cardiology Symposiiumというもので、部屋は少なくとも2つあり、それ以外にも展示スペースもあり、そんなに小さな学会ではありませんでした

これからバンコクです バンコク訪問はやはり二年ぶりぐらいでしょうか 前回何時だったのか忘れていきます 今回もまたタイ国王・王族かかりつけ病院である国立チュラロンコン大学付属病院です ああ 鮨食べたい

ジャカルタ

昨日の成田-ジャカルタ直行ANA便でジャカルタに入りました 今回は、EKA Hospitalという当地の高級プライベート病院主催の学会に招聘されたためです。徳洲会本部経由の招聘なので、宮仕えの身で断るわけのはいきませんでした。

しかし、高級ホテル Ritz Carlton のスイートを病院側がとってくれました。こちらに入って初めて学会の名前を知ったのですが、”Current Knowledge and Innovation in Cardiovascular Care” というもので、世界中の先生が呼ばれていました。

もう少しで講義をして、13:00発のバンコク行き飛行機に乗らねばなりません。ジャカルタはものすごい発展で、熱気に満ちています。本当に大都会です。ある意味東京よりももっと大都会ですし、確実に言えることは東京で通じるよりも、はるかにジャカルタで英語は通じます。交通渋滞はかつてのバンコクのようにひどく、講演を10:00に終わってもすぐに空港に向かわなければ飛行機に乗れないでしょう。バンコクではライブデモンストレーションです。