何が僕を僕たらしめるか?

今回 Costa Ricaでは若手の Interventional Cardiologistsと何人か交流しました。皆とても優秀であり、しかもハングリーです。そして、皆それぞれ数年から10年間ぐらいの臨床および研究のための外国留学経験があります。

その先生方が一様に僕に言われたのは、”I read you CTO book, and am learning from that book.”というようなことでした。これが何を指しているかと言えば、Washington Hospital Centerの Ron Waksman先生と共同で出版している本のことでした

CTO1

この本は、第一版であり、とても大変でしたが何とか編集と出版ができました。

そして、続いて第二版も出版することができたのです。それが、この色違いの本です。Amazonで購入することができますよ。

CTO2

結局、このような実績の積み上げが、僕を僕たらしめているのであって、単なる名前とか、そんなものではないのですね。何だか実存主義のような主張でした。

Los Angels到着

Costa Ricaの San Jose国際空港から Delta便で Los Angelsまで 5.5時間かけて飛んできました 途中の飛行機の中ではずっと眠りこけていましたよ

San Jose空港はとても小さく、そうですね日本の地方空港ぐらいの大きさですので、空港には Delta Loungeはありませんでしたが、そもそも待ち時間がそれ程でもなかったので退屈せずに飛行機に乗ることができました

これまで LAでの Transitにはあまり良い思い出がありません 毎回 長い行列で Immigrationをせねばならず、とても人に勧めることができるような空港ではない、そのような印象でした

しかし、今回は、わりとスムーズに、まあそれでも 30分以上かかって入国審査が終わったら、今度は税関でまた行列でした 結局一時間ぐらいかかってやっとゲートに到着し、Delta Loungeを探したのですが、無い!!! というのは杞憂に終わり、売店の陰にひっそりと階段とエレベーターが隠れていました 現在はそこに入りインターネット接続しています

コスタリカの先生方とお話していると、冠動脈バイパス手術が全く信頼できない、ということがまざまざと分かりました 手術死亡率がとても高く、多分その高さというのは 50%程度ありそうな感じです、そんな訳で左主幹部だろうが、CTOだろうが なかなか冠動脈バイパス手術に回せない、というのが実態だそうです。思えば 同様の事態はかつて日本でもありましたし、中国でもそうでした。しかしながら、現在は両国においても、外科医の世代が若返り、もっと「権威」よりも、「科学」と「実績」に基づいて若い先生方が育ち、現在第一線で activeに手術をされている心臓外科医はとても腕が確かで信頼できます。コスタリカの先生には、「日本も15年から20年ぐらい前まではそうだったよ、でも今は違う、古い外科医から世代がかわり、とても信頼でき、本当に Heart Teamが形成されていますよ。だからじっと耐えて待って下さい」と、慰めました。

あと 2.5時間で羽田に向かって飛び立ち、羽田空港には1月25日 土曜日の 22:30頃に到着予定です。

コスタリカ四日目その後

三例四か所の慢性完全閉塞病変を成功裏に終了して、ホテルに戻りました

ホテルには朝食時に毎回気になっていたのですが、良さげなイタリア料理がありましたので、未だ 15:30でしたが、そこに入り、ピザなどを頼みました。驚くべきことに、ピザは、生地の厚さ、載せるチーズの種類、用いるソースの種類、そしてもちろんピザに載せる野菜三種類と、肉・魚三種類を選択できるのです こんなピザ屋さん未だかって見たことありません。出てきたピザは期待にたがわず少なくともフィレンツェのピザよりはおいしいものでした。

ピザをたらふく食べた後、部屋で休み、1930になり、夕食のレストラン SAGA に行きました

このレストランは驚くべきグレードであり、内容はコスタリカ料理+和食+イタリアンのミックスでしたが、その味は相当おいしいと思いました。この席で、Dr. Gutierresと、Dr. Obonとずっと色々なことを話しました。コスタリカのこと、医学教育のこと、日本の政治のこと、などなど色々なことを話し、学びました。

Dr. ObonはCardiologyをされている父親の勧めもあり、Texas Heart Instituteに渡り、最初の一年間は Research Fellowとして過ごし、多分その間にアメリカの医師国家試験をパスし、翌年から三年間内科のFellowを行い、それから三年間 Cardiology Fellowを行い、それから二年間 Interventional Cardiology Fellowとして過ごし、そしてコスタリカに戻ってきたそうです とても優秀です。

彼はTexas Heart Instituteにいる時に、Costa Rica出身でTAVIの最初から関わっておられる何とかという先生の下でトレーニングを積み、経カテーテル大動脈弁植え込み術に関しても相当な知識を持たれていました

Dr. Gutierrezとはもっと社会一般のことについて話をしました とても有意義でした

そして今ホテルに戻り明朝早くの出発に備え、これから眠るところです

コスタリカ四日目

今朝は 7:00AM過ぎまで眠り、8:30AMにホテルを出発し、Hospital Mexicoというとても大きな社会保険病院を訪問しました。この病院はSan Joseの高級住宅街と思しきところにあり、コスタリカでも最大級の病院のようです。これまで訪れた他の病院は二階建ての建物でありますが、この病院は8階建であり、正面にはヘリポートもありました。

IMG_0579カテ室は、5階の循環器病棟の端にあり、マシンは GE INOVA 3000でした。半年前にそれまで用いていた Philipsのサポートの悪さに嫌気がさし、買い替えたそうです。また、地下には Siemens Artis-Zeeを一台入れるために工事進行中だそうです。

窓の外には壮大な景色が広がり、コスタリカ国内に50以上存在する活火山の一つが目の前に広がっています

IMG_0572朝到着すると、Dr. Gutierrezが出て来られて、「申し訳ない、急患のため、今ペースメーカー植え込みしているけど、すぐに終わるのでお待ちください」と言われました

症例は三例用意されていました。症例の準備は、病棟と隣接しているためもあり、鎌倉なみの速度であり、快適でした。あらかじめ、彼のコンピューターで呈示された三例の症例はどれもとても難しそうに見え、正直「まあ実力を出してダメならばダメでいいや」と割り切りました。

最初の症例は 60歳ぐらいの男性患者さんで CCS Class IIIの労作性狭心症でした。奥様が脳梗塞で倒れられ、一人娘さんがやはり障害者なので、この患者さんが一人で二人の方の面倒を見ているのですが、胸が苦しくてそれもままならない日々を送っておられたそうです。2013/10月に右冠動脈近位部に対して薬剤溶出性ステントが植え込まれましたが、その時に、左冠動脈回旋枝の大きな鈍角枝の慢性完全閉塞と、左冠動脈前下行枝起始部からの慢性完全閉塞も発見されました 右冠動脈に対するDES植え込み後も、当然のことながら狭心症は続きましたが、とても冠動脈バイパス手術を受けれるような状況ではなく僕の訪問を待っていたのです。

右冠動脈から左冠動脈前下行枝に良く見える中隔枝が三本つながっていましたので、両側大腿動脈穿刺7Frで順行性・逆行性モードで開始しました。開始したのは10:00AM過ぎでした。鈍角枝の分岐部がどこか判らない状況でしたが、XTRで慎重に探るとワイヤー先端が少し入りましたが、それ以上は入りませんので、Gaia-Firstに交換し、大分進みましたが、そこから先に行きませんので、M3-Ultimateに交換し、ようやく鈍角枝の一番内側の枝に入りました 1.25mm balloonで拡張すると大きな枝が見えてきましたので、そこにワイヤーをとり直し、最終的には 2.5 x 28mm DESを植え込んで奇麗に仕上がりました

左冠動脈前下行枝のCTOは起始部からであり、石灰化も強いため、順行性よりも逆行性に分がありそうでしたので、逆行性に入りました 造影所見では容易にワイヤーを中隔枝に通せそうでしたが、全くダメでしたので、順行性に切り替えました。こちらもXTR -> Gaia-First -> Gaia-Secondで見事に左冠動脈前下行枝末梢に通過していきました。石灰化がとても強かったのですが、無事拡張され、30 x 24mm + 3.5 x 28mm + 3.5 x 14mm DESを植え込み、とても奇麗に終了しました。この症例も正直難しいかな、と予想していましたので、結果にはとても満足でした。終わったのも12:00前だったのです。

次の症例は Dr. Obonが助手をして下さいました 症例は70歳くらいの女性で数年前に SVG x 2 + LIMA-LADの冠動脈バイパス手術を受けていますが、SVGは両方とも閉塞し、右冠動脈近位部のCTOによる狭心症でした。この症例は順行性にあっという間に通し、奇麗さっぱりとなりました。

昼食はレバノン料理のお弁当をカテ室で皆で食べ、すぐに最後の症例に移りました。60歳ぐらいの男性で、やはり冠動脈バイパス手術後ですが、左冠動脈回旋枝へのグラフトが閉塞し、CCS Class III狭心症でした。左冠動脈回旋枝は左主幹部から急角度に分岐し、#11で長さ3CMぐらいのCTOでした。左冠動脈回旋枝ということもあり、また左主幹部よりの分岐角度が急なためとても困難に見えました。逆行性ルートも無く、順行性しかダメでした。XTR -> Gaia-Firstで見事に通過させましたが、案の定CTO部でワイヤーが完全にトラップされ、なかなかワイヤーを遠位まで進めることができませんでした しかしながら、最終的には 2.75  x 28mm DESを植え込んでとても奇麗に仕上がったのです ここまで行って14:30には全て終了してしまいました。

この病院の医師は皆とても若く、しかもやる気がありましたが、皆とても喜んでいました もちろん僕も嬉しかったのです。最後に Dr. Diazも入り皆で写真を撮影しました。

IMG_0578結局本日は三症例四CTO病変に対して全勝でした。今回のコスタリカ訪問では、合計8症例のCTO症例、合計9 CTO病変に対して、7勝であり、一症例はキャンセルという結果でした。まあまあの結果でしょうかね。

 

 

 

コスタリカ三日目その後

さて、Hospital Calderon Guardiaでは、おやつにクッキーが用意されていましたが、そのデザインがなんと鎌倉ライブで用いられているロゴでした これにはびっくりしましたが、なかなか良いアイディアだと思います。カテ室Directorである Dr. Saenzは2013年鎌倉ライブに参加され、朝から晩まで真面目にライブを熱心に見ておられたそうです。

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症例の途中では、院長室に呼ばれ、院長先生と面談をすることになりました。何れにしても予定より早く全症例を終え、皆で写真を撮影しました。
IMG_0555ホテルで休んだ後、夜はSan Joseの街を見下ろす有名なレストラン RAM LUNAに行きました コスタリカ伝統料理と、踊りを見ながら食べる、といういわゆる観光用のレストランであり、正直料理などは大したこと無いのですが、山の中腹から見下ろす夜景はとても奇麗でした。

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ホテルに戻った後もバーで飲み、12:00に就眠し、今朝は7:00AM過ぎまで眠りました。

 

コスタリカ三日目

昨日は朝からその前の日と同じ病院
Hospital Calderon Guardiaに行きました

この病院は国立病院であり、造りは古いのですがそれなりに格調があります 何でもAAA (triple A) classの病院であり、もちろん心臓外科、24時間体制のカテ室があり、心臓、肺、肝臓など各臓器の移植もされている総合病院です

心臓カテーテル検査室のマシンは Siemens Artis Zeeであり画像は綺麗ですが、僕が使用した範囲ではカテ室は一つしかありませんでした

最初の症例は Venegas先生が Hospital Mexicoより連れてきた患者さんで、右冠動脈起始部からの慢性完全閉塞でした 以前に経皮的冠動脈インターベンションを試み、冠動脈破裂という合併症を引き起こしたそうです

Venegas先生が、右橈骨動脈穿刺を試みたのですが、全く入らず無理やりガイドワイヤーを解離腔に入れたりしていましたので、両側大腿動脈穿刺を勧めました 今度は右大腿動脈穿刺されたのですが、これもひどく解離腔にワイヤーを進められたので、このままでは経皮的冠動脈インターベンションそのものがてきなくなると判断し、僕が穿刺を代わり、両側大腿動脈より入りました この時点で無意味に時間が1時間以上過ぎました

この症例に対しては困難な末にレトロから入りました 入ってみて分かったのですが、CTO部分は全長80mmぐらいあり、高度石灰化、しかも#1の部分で90度以上に屈曲していました 順行性はカテのかかりわるく十分な back upがとれません しかもCTO入り口は非常に硬く Con-P12でようやく突き刺さり、そのまま偽腔に進みましたがこれによりある程度ガイディング・カテーテルは固定され、conus branchにアンカー・バルーンをかけることも可能となりました

逆行性にも非常に硬くようやくカーブを曲がりましたがそれ以上は進まずCon-P12で突き刺し、順行性とランデブーしようとしましたが進みませんので、逆行性にOTW1.25mm balloonを無理やり持ち込み同軸アンカーをかけましたが、それでも突き進まず この時点で諦めました

二例目として Venegas先生が連れてこられた患者さんも右冠動脈入口部からのCTOで、順行性造影すらできていない症例でした 左冠動脈より造影される右冠動脈はあまり大きくありませんでした これに対しては不十分な診断カテーテルでしたので左冠動脈を造影し、いかなる逆行性ルートも激しい蛇行のため不可であることを確認し、さっさと終了しました

三例目は、よくぞこの患者さんが生き延びておられた と思うような患者さんでした 右冠動脈が二箇所でCTO、左主幹部入口部から体部にかけて95%狭窄、左冠動脈前下行枝は入口部からCTOでした 心機能は当然の如くとても悪く、LVEF < 20%だそうです これに対しては、右大腿動脈のみから入り、まずは左主幹部をステント治療し、左冠動脈前下行枝に対して順行性に入り、見事に左冠動脈前下行枝を開けました 患者さんはとても良くなると思います

最後の症例は、右冠動脈が非常に小さい方で冠動脈は石灰化が著明です 去年の終わりに左冠動脈回旋枝の90%に対してステントが入り、今回の標的は左冠動脈前下行枝midのCTOでした これに対しても、順行性に入り、ロータブレーターが無いので難渋しましたが、最終的には小カテを用いてステントを二個入れ、綺麗になりました

カテ室から出ると患者さんのご家族が「ありがとう」とスペイン語で話しかけて来られました

コスタリカ二日目 – 中南米3つの嘘

コスタリカは Costa Rica と書きますが、スペイン語では英語化すれば Rich Coast つまり豊かな海岸ということだそうです この国は、大分以前に軍隊を放棄し、その文の国費を教育に使い国力を増強してきました 豊かな自然と、太平洋と大西洋に挟まれ、発展してきました 国内はとても平和で安全です
今回は最初の訪問に引き続き二回目でしたが、午後からHospital Calderon Guardiaに行きました ここではDr. Saenzが歓迎してくれました 一例目は右冠動脈近位部すぐからの年季物の慢性完全閉塞で、豊富な bridge collateralが発達していましたので、左冠動脈からの副血行はありませんでした 順行性でしましたが、慢性完全閉塞に至る前の複雑に蛇行した解剖でうまくいきませんでした

二例目は左冠動脈前下行枝の慢性完全閉塞でしたが、順行性にあっという間に終了しました

その後は、昨年に引き続き「富士」に行き、和食を食べ早々に就寝しましたが、やはり二日目夜は最悪です 3.5時間で覚醒し、その後はどう努力しても眠れず今に至っています

友人に I先生というとても良い先生がおられます 現在アメリカ西海岸で研究・教職に携わっておられるのですが、南米大好きです

その先生から盛んに聞いていた中南米の真実とは

  • アルゼンチンのステーキは、柔らかくてナイフでなくスプーンで切って食べることができる
  • サンパウロにある「喜◯◯楽」という日本居酒屋・食堂の若女将はとても綺麗な方である
  • 3C (Colombia, Chille, Costa Rica)では街を歩いている女性がとても綺麗で男ならば何時も立ち止まってしまい、街なかをまともに歩けない

というものでした この3つ全て検証しましたが、真実からは程遠いのでした

サンノゼ (San Jose)到着

アトランタで4.5時間の transitの後、何時間飛んだのでしょうか? 少なくとも5時間でしょうか? ついにコスタリカの首都 サンノゼ国際空港に到着しました 現地時間 20:30くらいでした
それからホテル Intercontinentalに向かったのですが、途中で別のホテルの中にある日本食レストラン SAKURA に入りました
日本食もとてもポプュラーですね
自慢の SEIKO ASTRON これは、GPS内臓していて、自動的に時刻を現地時刻に合わせる筈ですが、ずっと室内なのか、未だ思いどおりに作動していませんね これは世界唯一、ソーラー発電であり、かつ電波時計であり、かつ GPS内臓のものなのです これだけのテクノロジーを腕時計一つの中に入れ込むことができる日本の「モノづくり」というのはすごいですね

コロンビア大好き

ボゴタの空港を 11:55PM頃に飛び立つ コロンビアの航空会社である Aviance Airlineに乗り、New York JFK Airportに向かいした 何と、子午線に平行に北にまっすぐ上がると丁度 New Yorkという位置関係なのですが、何故か一時間の時差があります 距離は 4,000Kmぐらいなので 4.5時間ぐらいで到着、New Yorkに到着したのが 5:00AM頃 (日本時刻 4月13日午後 6:00PM)でした

問題は次の ANA09便成田行の出発が12:30ということなのです 従って、何と7時間以上もこの JFKで一人ぽっんと過ごさねばならないのです

到着した Terminal 4から Terminal 7に電車で移動し、既に成田行のチケットは発券されていましたので、Security Gateを通過し、出発ロビーに入りました Security Gateの係官も早朝で眠たいのかすべての動作がのろく、イライラするほどですが、まあこちらには余るほどの時間があるので、それも良し、としました

Avianca Airlineも ANAも StarAllianceのメンバーなので、この時刻に唯一開いていた StarAlliance盟主の United Loungeに入ってみたらば、OKでした 受付の方がとても親切で、 9:00AMになれば ANA Loungeが開くので、そちらにその時移動した方が良い、そこはここよりもとっても素晴らしいから、と教えて下さいました

と、いう訳で現在は、ほとんど他に旅行客がいないこの United Loungeでインターネット接続をしているのです

今回の旅でも色々と学びました もちろん私が教えることが多いのは事実ですが、中南米の先生方の姿勢を見ていて、強い自己主張姿勢、他人の意見を聞き、議論する姿勢、そして新しいことにどんどん取り組む姿勢、それらに自分自身思うところがありました 自分もかつてはそうだったかも、でも何時の頃からか その姿勢が薄くなってきた、立場上仕方の無い面もあるとは思うけど・・・

それにしても、コスタリカ、コロンビアの方々の心の温かさに自分の気持ちもなごみます 一年前にもボゴタを訪れたのですが、その時よりも、もっと生きた活動的で、すばらしいボゴタを知りました この一年間でさらに経済が発展し、平和に近づき、全てが良い方向に向かっているように思いました

これから暫くは年に一回から二回は、この中南米を訪れるでしょう 旅程は大変ですが、それでもそれを行う意義が十分にあります

コスタリカで訪れた和食の店は、レストラン「富士」、ここの鉄板焼きが人気でしたが、残念ながらコスタリカ牛の肉は、とても固く、あまりお勧めではありません

ボゴタで訪れたのは、両方とも日本人がやっておられる ARIGATOと WABISABIです 前者は日本人が働いている場所や日本国大使館から比較的近いので、人気がありますし、味も良いのです これに対して前者のARIGATOは日本人のご夫婦?でやられており、少し遠いのですが、とても親しみのある味で、お茶漬けもあります 両者とも「うどん」と、「ラーメン」もありますが、やはり 2,600mの高地なので、麺の茹で具合が難しいようですね まあ結局、昼、夜と何回も行きました そして、アジアの方がやっておられる、アジア料理のお店、ここには日本人の方が直接作り方を指導されている、というラーメンがあり、これはなかなかいけました

それにしても、ボゴタ市内の交通渋滞は年々ひどくなり、相当の覚悟が必要です

サンノゼ空港ラウンジ到着

これからパナマ経由でボゴタに入り、日本国大使館に直行し、JICAの方を交えて色々と今後の中南米展開について話し合います

この地に来るまで何の予備知識も無かったのですが、このコスタリカは、あの内戦と麻薬に明け暮れた 1970年代からの中南米混乱の時期に、「兵隊より教師を」のスローガンの下で、軍隊を廃止し、平和で安全な国家を樹立したのだそうです 素晴らしいですね

首都サンノゼは太平洋と大西洋に挟まれた一番狭小なあたりの真ん中にあり、太平洋まで自動車で2.5時間、大西洋まで3時間の距離だそうです そして、ここは 1,100メートルの高台にあり、一番暑い時期の今でも最高気温は 30度ぐらいで、非常に過ごしやすい土地です

コスタリカには火山や、森林、多くの自然があり、世界中から若者が Eco Tourをしにやってくるのだそうです そんな訳で結構日本人も多いのだそうですよ

確かに街は安全そうで、自動小銃などは見ることはありませんでした これが、例えばメキシコだと、病院の入り口には自動小銃を持った警備員が厳重に警戒しているのですが、そんなことはありませんでした

とても良い国だと思います、時間があればゆっくりと自然を楽しみたいのですが、死ぬまで無理でしょうね