TRICO2016

昨夜遅くに Courtyard Marriott Hotel in Ahmedabad に入ることができました 軽い食事の後、ベッドに入ったのですが、日本時刻では既に 4:00AMであり、通常であれば2時間で起床です

この体内時計が入ったままなので、結局 2時間ぐらい後には覚醒 その後は寝付けずに過ぎました

今朝 8:00AMにホテルのレストランで朝食とりましたが、そこにはアメリカから顔見知りの医師がたくさん来ていました 少々疲れてもいましたしあまり顔を合わせたく無かったのですが、なかなかめぐり合わせとはそんなものですね

そして、 9:00AMに Apex Heart Instituteに到着して、これから比較的難しい症例二例をライブで行ったのです もちろんTRI縛りです

二例ともCTOでした 一例目は右冠動脈のCTO 何とかワイヤーを通したのですがバルーンも何も行きません 結局 Rotawire Extrasupportに置換し、 Rotablator 1.25mmをかけ、最終的には 2.5 x 38mm + 3.0 x 48mm DESを植え込み終了しました

会場は大変盛り上がり、またカテ室内でもバングラデシュの先生や、アメリカの先生が解説されており盛り上がりました

30分ぐらいの休憩の後、今度はLADのCTOでした これは antegradeに絶妙のワイヤリングを行い、やはり薬剤溶出性ステントを植え込み終了しました 実はこの患者さんは右冠動脈もCTOであり、駆出率が 20%という重症患者さんでしたが、Patel先生からは、LADのみの治療ときつく指示されていました

まあ両方共難度の非常に高い症例でしたが、うまくできて良かったです それぞれ手技時間 50分未満と speedyであり、我ながらスマートなPCIと思います こんな手技のできる人 そうそう他にはいないもんね と思います

After Successful TRI
After Successful TRI
Patel先生と Sanjay先生と
Patel先生と Sanjay先生と

それにしても Ahmedabadは年々発展を遂げています すごいですねえ

今現在は 15:30です 早めの夕食をホテルでとり、それから 19:00過ぎには空港に向かい、22:50頃の Singapore行き SQ便でインドを旅立ち、月曜日の日本時刻 19:30頃に羽田に到着です 結局、Ahmedabad滞在は 20時間を切っています そんな中で困難な症例二例を成功裏にライブで披露できて満足です

Ahmedabadは遠いなあ

成田発 11:30AM頃の ANA Mumbai直行便で Mumbaiに入りました 以前はこの便は Business Jetと銘打って小さな Jet機が週数回飛んでいましたが、何しろ小さなジェットでしたので、全席 Business Class それは良いとして、燃料が持たず、結果行きは長崎空港に1.5時間 Transit Loungeに缶詰となり給油する、そんな便だったのです

しかし、何時の頃からかこの便は 787が飛ぶようになり、結果的に成田から直接 Mumbaiまで飛ぶことができるようになったのですが、それでも遠い 10時間近くかかる飛行なのです

Mumbai空港は数年前まで最悪の汚く、混乱した空港でしたが、多分2年ぐらい前に新しいターミナルができ、今ではとても奇麗な空港です しかし、インドの国内線というのは時に訳が分からないのです Air India国内線は 何と国際線から出発するのです また入国管理もどこどどう分けられるのか良く分からないのですが、国内線到着も入国の部分に来たりするのです

テロも何回も起こっていますので、荷物のチェックは厳しく、また何段階にも行われます そんな訳で今は Loungeで Ahmedabad行きの Jet Air便を待っています 3.5時間の時差が日本との間にはあるのですが、ホテルに到着すれば土曜日の 23:00を回るでしょう

今から一泊3日のインド

今成田空港ラウンジで ANA Mumbai行きの便を待っています これから Mumbai経由で Ahmedabadなのです

Ahmedabadは毎年恒例の TRICOというライブが開催され、その主催者の一人として参加します ただ、スケジュールがタイトであり、これから出発して、そして 3.5時間の時差を経て、 17:30頃 Mumbai到着 そして、 Ahmedabad行きの便に乗り換え、現地ホテル到着は 22:00を回るでしょう

明日、10月16日日曜日は朝からライブ術者 そして、その夜 Singaporeまで飛び Overnightで羽田に戻り、鎌倉到着は 17日月曜日の 19:00過ぎでしょう

流石に最近はこんなスケジュール辛くなってきました もう来年はこんなペースでは出来ないでしょうね 南に北に そして 西に東に とにかく移動だけで人生が食いつぶされていきます

Ahmedabadの一日

シャルルドゴール空港よりデリー行きの Air India夜行便に乗り、デリーに到着したのは10月31日の 10:00AMでした そこで今度は Jet Air国内線に transitしたのです 結局 Ahmedabad空港に到着したのは 15:00くらいであり、ホテルに入ったのは 16:00頃となっていました

TRICO2015は始まっており、アメリカやヨーロッパから多くの Radialistsが集まっていました そして会場には 800名ぐらいの若手の医師が主としてインド国内から、そしてバングラデシュやスリランカからも集まっていたのです

この日は Gala Dinnerが開催されたのですが、僕たちは疲れていたこともあり、近くのレストランで夕食を摂り、そして20:30にはベッドインしてしまいました 案の定 11月01日の 5:00AMには覚醒しましたが、この日(本日)は大切なライブの日でしたので、そのまま起きていて 7:30AMには病院に出かけました

しかし、実際の開始が遅れ、僕の第一例目は 9:00AMを過ぎて手技をしました 症例は右冠動脈近位部の type B1病変と左冠動脈前下行枝近位部分岐部の Type B2病変でした これについてはササッと終了し、第二例目(というか第三例目)、これは本物の左冠動脈前下行枝近位部の慢性完全閉塞でした

当然のことながらTRIで行いました 残念ながら逆行性ルートは良くなく、順行性に行きました XT-Aでは全く歯が立たず、Gaia-Firstで入り込み、XT-Aに置換しあっという間に開通させました そして11:00AM過ぎには病院を出発し、いったんホテルに戻ったのです

その後、14:00頃より昼食をとり、今またホテルで休んでいます 今日の 23:00の便でシンガポール経由で羽田に帰国します

どうもインドに行っても食事の辛さが物足りない 刺激が足りません

パリ翌日

さて、パリで SAPIEN-3の植え込みを行わせて頂き、その後 「来々軒」でたらふく朝食兼昼食をとり、それから2時間の眠りにつき、夜はホテルから歩いて10分ぐらいのピザ屋さんに行き、夕食はピザを食べたのです

そしてコテンと寝てしまい、とは言っても時差ボケなので 2:30AMには起床、そして MacBook-Proで色々とプログラムの断片を書き、5:30AM前には check outしてタクシーで Massyに向かったのです

案の定ガラガラの道であり、またしても 6:00AM前には病院に到着してしまいましたが、昨日と異なりこの日はライブ放映日で、クルーも準備に入っていました きっと 5:00AM頃から準備に入ったのでしょう

これが日本だと前日から仕込みに入るのが普通でしょうが、ここでは違うのですね 当日朝から仕込みに入るのです 衛星中継をミスることがない、という自信と集中的に働く、という習慣の違いでしょうか 随分と異なりますね

7:10AMより僕の中継が始まる予定でしたが、患者さんがカテ室に入って来られたのは6:30AM頃、そして実際僕とか Lefevre先生が手洗いしたのは 6:40AM頃でしょうか 割とギリギリ感を持ってライブに入りました

まずは 6:50AM頃より対側大腿動脈・静脈穿刺し、造影しながら同側大腿動脈穿刺し、そこからだったかな? 中継に入りました 二つ Prosterをかけ、それから何時もの如く淡々とTAVIに移行しました 逆行性ワイヤー通過はスムーズであり、またS3の非前拡張での通過もスムースでした

そうそう患者さんは Conscious Sedationという状態で全身麻酔しておらず覚醒状態です 従って経食道心エコーもありませんし、もちろん気管内挿管もしていません

S3植え込みも完璧に決まり、Prosterで止血終了して何もやること無くなってしまったのは未だ 6:40AM頃でした その後サマリーとかして、次の症例に中継を渡したのは 6:45AM頃でしょうか

SAPIEN3
SAPIEN3
SAPIEN3
SAPIEN3

この二例目の中継がトラブったのですが、僕も林田君も外にいたので詳しい状況は把握できませんでした しかし、その混乱にも影響されず林田君は9:10AM頃より開始されきちんと第三例目をS3で完璧に治療されました

11:00AM頃には僕たちは皆様方に別れを告げ、さあ何処に行こうか?という話となりましたが、やはりまた「来々軒」に行ってしまいました またまたたらふく 14:30まで来々軒で食べたのです そして、そのまま荷物をゴロゴロ引きながらパリの街をサンジェルマン・デ・プレ教会まで30分ぐらい散策し、とあるカフェに入り、そこでチーズを肴にワインを飲みながらバリの街を行き交う人々をぼけっと眺め、「ああ ついにやったなあ」と歓びを分かちあったのです

17:30にはタクシーでシャルルドゴール空港に向かい 21:20発の Air Indiaでデリーに飛びました

と言うわけで現在は Ahmedabadにおり、これからライブ術者です さあ頑張りましょうね 「全く、お前 歳を考えろ、幾つまでそんなヤクザな人生送っているんだ」という声が聞こえてきそうです 実際に自分の中でそんな声が聞こえてきます

「でも こんな人生やっぱり楽しいもんね」です

20年間の重み

インド・グジャラート州・アーマダバードの Tejas Patel先生とは長年の知り合いです 彼とは20年前にシカゴ大学附属病院で開催された PTMC (経皮経静脈的僧房弁交連裂開術)のライブデモンストレーションにおいて仲良く話し込みました その半年ぐらい前に中国の片田舎の小さなライブデモンストレーションでお会いしたのが最初のように思います そして、彼が当時勤務されていたデリーの市民病院をPCIで訪れた時にもお会いしたと思います その当時彼は一日8例ぐらいの経皮経静脈的僧房弁交連裂開術をやっておられました もちろん井上バルーンは再滅菌を繰り返し、乳白色のバルーン本体は茶色に変色していました

その時1例なかなか心房中隔穿刺ができなかった症例に対して、僕が一発で決めたことがありました

その時、経皮経静脈的僧房弁交連裂開術の井上バルーンが FDAで認可され、いよいよ全米でも経皮経静脈的僧房弁交連裂開術が始まるところだったのです 米国治験の PIであられたのが、当時シカゴ大学教授であられた Ted Feldman先生だったのです 彼はそれ以前より僕がブロッケンプロー法 (経心房中隔穿刺左心カテーテル法)の達人であることをご存知であり、それで招聘されました また、Patel先生も既にインドで数多くの経皮経静脈的僧房弁交連裂開術をやっておられたので呼ばれたのです

その時に、色々と話しをしました そして、確かPCIの話をしました そうか、その後、中国でお会いしたのです 時系列を並び替えると、

  1. デリー市民病院で初めてお会いした
  2. シカゴ大学ライブデモンストレーションで二回目にお会いした
  3. 中国片田舎のライブデモンストレーションで三回目にお会いした

というものです そして、この三回目の時、それはシカゴから数年が経っており、彼はデリーでの研修を終了し、故郷のアーマダバードで新進気鋭の Interventional Cardiologistとして頭角を表し出したのですが、その時に僕が経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの話をしたのです それで彼は非常に興味を持たれ、僕をアーマダバードに呼ばれたのです

昨日彼からその当時の貴重な写真が送られてきました

20 Years with Dr. Tejas Patel
20 Years with Dr. Tejas Patel

インドより帰国 そして OSXの使い勝手

インド・アーマダバードからは、デリーで乗り継いで成田に帰国してきました 心配していた台風の影響も飛行機が揺れるくらいで大したことはありませんでした

しかし、アーマダバードを出発する Indian Airの飛行機が訳もなく出発が 1.5時間ぐらい遅れ、少しヒヤヒヤしたのです そして、デリー空港、これが実に難解至極なのです 何と、国内線乗客と国際線乗客が同じところを歩いているのです これでどうやって国際線乗客全員に対して入国審査を行えるのか 不思議でなりません

あっちに行ったり、こっちに行ったりしながらようやく ANAの乗り継ぎカウンターにたどり着くことができました デリーから成田は 8.5時間であり、まあまあ快適でした

帰国後、OSX上で Rubyの勉強をしていたのですが、ふと気が付くと、ターミナルとファインダーの間を自由に行き来するのはどうすれば良いか、それが求められたのです これはプログラムを書いていると重要です OSXは Appleが色づけた Unixそのものなので、その本当の意味でのインターフェイスはターミナルそのものであり、ファインダというのは Appleがユーザーのために作ったプログラムなのです

これは実は、環境設定 -> キーボード -> ショートカットから設定し、command + uでファインダーからターミナルのそのフォルダを開くことができ、ターミナルからは

$open .

で行うことができます もちろん . の意味するところは、current directoryを表す Unix/Linus/Windows-commandPromptで標準の表記法です

さらに言えば、ファインダー上で、shift + command + g  を打てば、小さなダイアログボックスが開き、そこにターミナルで用いるような pathを打ち込めば、直接のフォルダーがファインダーで開きます

ここまで記した三通りのショートカット・コマンドを知っていると、プログラミングの時に無駄な時間を浪費すること無く、自由にフォルダーの間を行き来したり、不要なファイルを削除したりすることが出来ます とても便利ですよっ!!

TRICO 2014

さて、土曜日の 8:00AMにホテルに着いて、それから小一時間部屋で休み、そして Apex Heart Instituteに行きました この病院は Tejas Patel先生が設立した心臓専門病院であり、ここのカテ室二部屋からライブデモンストレーションが NIRMA Universityにまで光ケーブルで中継されているのです

Apex Heart Institute
Apex Heart Institute

TRICOの会場にはインド国内だけでなく周辺国(バングラデシュ、スリランカ、パキスタンなどなど)からもたくさんの若手の医師が詰めかけ、その総数は 500名を下りませんでした

会場からカテ室に中継されている映像では階段教室は立錐の余地も無いほどに満杯でした

Operation
Operation

この日僕に与えられた症例は何れもややこしい bifurcation lesionsであり、冠動脈の石灰化も強くなかなか難儀でしたが綺麗にやり遂げました

流石にこの日は疲れているので、ホテル (Marriott Hotel)に戻り、18:30からホテルの中の Cafeteriaで早めに夕食をとり、そして眠りましたが、日本時間の 8:00AMには起床してしまいましたので、4:30AMということになります

そしてもう本日の朝なのです 何だか疲れが溜まり眠くて仕方ありませんが、二度と眠りには付けません そのまま色々なお仕事をしている内に、あっという間に 9:45AMで病院に再び出かける時刻となってしまいました その間重大な危機に直面したのです、Unix Shellの設定ファイル、現在はzshというシェルを走らせているのですが、その設定ファイルの中の ~/.zshenvを書き換えたところ、シェルがまともの動かなくなってしまったのです これには焦りました もう出かける時刻も迫っているのです 色々と調べ、結局 ターミナルの環境設定からシェルを一時的に bashに戻し、事なきを得ました

Operation
Operation

さて、病院に着いたらば前の症例が長引き、結局一時間待ってから開始しまた 一例目は LCX #12-#13の bifurcation + LAD-CTOでした左冠動脈前下行枝については100%の成功は見込めませんでしたので、左回旋枝より入りました 両方の枝とも非常に重癰な枝でしたが、それに対しては TAP (T And Protrusion) techniqueで綺麗に仕上げ、そのまま左冠動脈前下行枝の慢性完全閉塞に向かいました Finecrossも無く、苦労しましたが、順行性に通し、最後は綺麗になりました

Green Chilli
Green Chilli

休んでいる間はマサラ茶を飲みながら大好物の緑唐辛子の炒めものを食べて過ごしました ものすごく辛いのですが美味しいのです 僕が大好きということは病院で有名なのです

それから少し休んで、最後の症例は左冠動脈前下行枝起始部からの12年前に植えられたBare-Metal Stentの慢性完全閉塞でした ワイヤーも満足に無く、結局持ち込んだ Conquest-Pro 8-20で何とか通過し、苦労の末に 1.25mm balloonで拡張し、最後は奇麗な仕上がり、会場からもカテ室からも拍手喝采でした

With Tejas Patel
With Tejas Patel

これで、ホテルに戻り、夕方出発で帰国!! という段取りとしたのですが、Patel先生から、「少しで良いから会場に顔を出して欲しい」と言われましたので、出かけました 会場は丁度昼ごはん時であり、三々五々昼食会場から行動に皆が戻り始めていたのですが、その参加者に次から次から写真を一緒に撮ることを求められ、なかなか会場を後にすることができなかったのです

今何とかホテルに戻り、少し休んでから長い帰国の途につきますさて、僕にしてみれば 2002年からもう10回以上も訪れている Ahmedabadですが、その発展は著しいのです 今回が去年と際立って変化したことは

  1. 道路の舗装がきちんとしている
  2. 交差点の高架が増えている
  3. ベンツなどの高級外車も増えている
  4. 街中の野良牛が随分と少くなっている

といった所です

アーマダバード到着

現在日本時刻 10/11(SAT) 12:00です ようやくアーマダバードのホテルに入りました こちらの時刻は同日 8:30AMてあり、ホテルの入り口やロビーには、かねてからの顔見知り、友人達がこれから TRICO 2014学会開会式に出席するために、身支度して車を待っておられました アメリカからやバングラデシュからの Facultyがおられました

彼らと挨拶をしてそして check-inして、ようやく部屋に入ったのです 僕はこれから少し部屋で休んで 10:00AM頃に病院に直接出発します

アーマダバードは州知事がこの州(グジャラート州)の著しい経済発展を成し遂げた功績が皆に評価され、最近インドの首相に選出され、真っ先の外遊に日本に来られたことで皆もご存知でしょう 毎年毎年来る度にこの街は著しい発展を遂げています

現在デリー空港ラウンジ

金曜日は、早朝から昼すぎまでたくさんの外来診療をしてから、その日の18:00過ぎ出発の成田空港発 ANA便でデリー空港に飛んできました デリー空港到着は、土曜日の 0:30AM頃です それから、インドに入国して、空港近くの Raddisonホテルにcheck-inして、 4:15AMに起床して再びデリー空港でアーマドバード行きの Indian Airlineに check-inして、そしてようやくラウンジでインターネットにアクセスしています

このラウンジのインターネット・アクセスはインドの大財閥 TATAと日本の DoCoMoがやっている会社が管理しているのですが、いちいち大変です 受付で Passport/Bording Passの両者を見せて、それからuser name + passwordが完全にランダムに発行され、しかも、そのun/pwの組み合わせがどの人に渡されたかが記録されるのです

多分通信内容も SSHではないので完全に透過して読み取れられいるように思います まあテロもよくおこる国ですから仕方ないのかも知れませんね

ところで、最初にインドにPCIで渡ったのはそうですね何と 20年も前でした その頃のデリー空港とは雲泥の差です

とにかくこれからアーマダバードに飛んで TRICOのライブデモンストレーションで4例の患者さんを治療せねばなりません Ahmadabadのホテルに check-inするのは本日土曜日の 8:00AM頃でしょう それから少しホテルで休むのかな? 何れにしても過酷な旅です だって日曜日の夜にはもう日本に向けて帰国なのです 月曜日は幸い日本は休日です その日の午後に成田到着して、それからまたそのままお仕事で東京に直行です こんな生活していて大丈夫なのでしょうか? 原稿も溜まっているし・・・ ストレスも大きいし、そろそろ年齢相応の生活をせねばならないかも