札幌は雪

今朝も札幌は雪が降っています。だんだんと本格的な雪になってきました。昨夜は体調不良のため、眠れず、ようやく眠ったのが4:00AM頃でした。このため、今朝は遅刻して出勤したのです。今日の夕方に鎌倉に戻りますが、飛行機がちゃんと飛んでくれることを願っています。

昨日は久しぶりに札幌で冠動脈インターベンションをしました。事前予想よりもはるかに難しく、あらゆるテクニックを駆使し、最終的に奇麗に右冠動脈の慢性完全閉塞を通しました。

ところで、大発見いくつか といっても、Googleさんのお世話になったものばかりですが・・・・

Windows 7でそのフォルダ上でコマンド・プロンプトを起動するには?

以前はregedit.exeでレジストリをいらう、という危険な操作が必要でしたが、何と Vista以降では、そのフォルダでShift+右クリニックするだけで、そのフォルダを current directoryとしてコマンド・プロンプトが立ち上がります これは便利ですね

Windows 7でコマンド・プロンプトを administrator権限で実行するには?

これはWindows menuで「コンピューター」を右クリックすると出てくる「管理」を開き、その中の「ローカルユーザーとグループ」 -> 「ユーザー」を次々にダブルクリックすると出てくる「Administrator」を右クリックして、プロパティを選ぶと 「アカウントを無効にする」にチェックがついているので、そのチェックを外します こうすると Administrator権限がコマンドプロンプトで有効になります

Parallels上のWindows 7で展開したファイルが管理者権限が無いため削除できない時は?

これには苦労しました 結局ファイル展開の時に、Parallelsの方で MaxOS-Xの権限で展開していることに気づきました そうなのです、OS-Xの所有になっているのです 従ってOS-X側からそのファイルを削除してごみ箱を空にすれば良いのです もちろん Terminalで rmコマンドを発行すれば良いのですが・・・

以上なかなか普段はわからない Tipsでした

千歳空港に着いたものの

千歳空港はすっかり雪で覆われていました 滑走路は凍結し、飛行機の到着そのものが10分程度遅れ、ゲートまでスリップしないようにゆっくりと走るため、ゲート到着もさらに10分遅れました

さらに、道央自動車道も雪のため渋滞し、お迎えの車到着も遅れ、未だに一人ロビーで佇んでいます。病院へ到着するのが何時になるか? 随分と遅れるでしょう 1200までに着くかな?

何と知らなかったのですが、MacOS Xは Leopardから正式に UNIX (freeBSD)と認定されたそうです。もちろんOSXが Linux/Unixである、いうのは知っていたのですが、正式に認定されたとは知りませんでした。

という訳ですが、飛行機の中で Parallels Desktopをいじっていたらば、大変なことになりました。何と Windows 7の画面から タスクバーもメニューバーも消えてしまったのです。焦りましたね これには だって何もできなくなったのです

Parallelsを立ち上げなおしても一緒、 resumeされた Windows 7にはバーが出てきません これは Windows 7の側の問題だと気づきましたので、Ctrl+Alt+Del(Parallelsで実行するには Ctrl+Alt(Option)+Del+fn) を実行してWindowsを再起動したところ、回復しました。良かった良かった

久しぶりに一緒に走り

今朝は昨日よりももっと長く走ろうとさらに遠回りしました 巨福呂坂に着く前に疲れ切り、八幡宮の脇で少し休憩してから坂に挑みました つらい登りの頂上辺りで、横に並ばれました 横を向くとなんと竹下君でした

それから病院まで久しぶりに一緒に走りました 楽しいですね

という訳で今日は新記録の距離

何ということか それともバラ色の近未来か?

今朝は距離を稼ぐためにわざわざ手広から一旦藤沢に出て、それから一路江ノ島を目指し、それから腰越 – 七里ヶ浜 – 由比ヶ浜に至るルートを走りました 皮算用ではこれで病院まで総延長 22Kmという計算でしたね そのため、何時もよりも5分早く 5:55AMに自宅を出発したのです

外は未だ真っ暗、車も少ないので順調にスピードにのり快適なペースで江ノ電江ノ島駅脇を過ぎ、龍口寺の江ノ電踏切で江ノ電が横切るのを待ち、それから海岸線に出て江ノ電を追いかけるように走りました

江ノ電はそれなりのスピードで走るのですが、何しろ 腰越駅や鎌倉高校前駅で停車します ついには七里ヶ浜駅辺りではゆうゆうと追い抜き順調に由比ガ浜にかかりました

沖合には漁火が二隻灯されていました 多分スルメイカを獲っているのでしょう 本日は全くの無風であり波も無く、流石にサーファーもほとんど見かけませんでした

何時ものように喘ぎながら巨福呂坂をやっとのことで登り、スイスイと病院に向かいましたが足の筋肉は痛くなり、疲れきってしまいました それでも本日の目標 22Km貫徹!!! などと喜んで iPhone Applicationである Runkeeperを停止したところ、何と読み上げる声が

Activity completed! Total distance 19.96 Km などと無情にも叫ぶのです 「えーーっ、 20Kmも超えてないの???」

頭に来たので何時も背負っているTUMIのバッグを荷物を入れたまま病棟に持っていき、「一体この重い荷物は何キロあるのか? まあ 5Kgぐらいだろう」と測定したところ、何と 何と 何と 9.4Kgもあったのです

これはきっとこのような鍛錬を続け、この重い荷物を外し、そして僕自身の重み、つまり体重だーっ、それも軽くすればこの先近い未来にはどんなにバラ色の世界が広がるだろうか? きっと巨福呂坂なんてスイスイと登れるようになるのです 素晴らしい未来はもう手の届く処にあるのです

そりゃあこんなに重い物背負いながらあの坂道登るの辛いわね ということで本日の朝鍛錬は以下のようでした

本日高雄でのTRIライブデモンストレーションの結果

今朝は 7:30AMにホテルを出て長庚記念病院に向かいました。まだ症例の詳細を知りませんでしたので、まずは呉先生から見せて頂きました。僕に用意されていたのは二例であり、一例目はまあ普通の症例、二例目はとても難しそうな左冠動脈前下行枝入口部からの慢性完全閉塞でした

二例目のシネを一緒に見たのです その男性患者さんは丁度一年前に不安定狭心症となり、右冠動脈入口部にステント植え込み、右冠動脈midのステント再狭窄に対して DEB (Drug-Eluting Balloon)を行い、回旋枝末梢に対してPOBAが行われました。その時から当然左冠動脈前下行枝は慢性完全閉塞でした。造影はこの時の一回のみであり、またPCIをしていますので右冠動脈から左冠動脈前下行枝への副血行路の評価は不十分でした

僕が一緒に見ると、あまり良くない所見を発見しました それは、確かに細いかすかな数本の中隔枝が #4PDと左冠動脈前下行枝の間にあるのですが、僕が見ると、何とその#4PDは起始部から慢性完全閉塞であり、右冠動脈本幹のどこから分離するかは全くわかりませんでした 従ってこの中隔枝は使えませんでした 病院側の事前評価では この中隔枝を使ってレトロをする、というシナリオだったのですが、それがもろくも崩れ去りました

これ以外に二本の大きな右室枝があり、その先端から左冠動脈前下行枝に明らかに副血行路がつながっていました しかし、この右室枝そのものも鋭角的に右冠動脈本幹が分岐するばかりか、激しい屈曲蛇行を示し、その先の副血行路部分も激しく蛇行していました これは使えないだろう、そのような判断をしました

順行性にはまったくとっかかりは無く、しかも左冠動脈前下行枝近位部は石灰化していました これはまず無理だろう、そのように判断しましたが、割り当てられた症例ですので、やらざるを得ませんでした

まず8:45AM頃から一例目が開始となりました この症例は6月にPCIを受けておられたパス運転手の男性でした 左冠動脈回旋枝入口部から近位部にきつい狭窄があり、それがターゲットだったのです 台湾側は 7Fr guiding catheterを sheathlessで用いることを提案されましたので、それを受けました そして台湾の先生がガイディング・カテーテルを左冠動脈に挿入するのに苦労していました シースレスなので穿刺部の抵抗が大きく、患者さんはとても強く痛がっていました 僕はその途中から清潔になって入り様子を見ていましたが、10分ぐらいかかってようやく左冠動脈に入りましたが、その頃から血圧が低下してきて、僕に代わって少し造影剤を入れて透視で見たところ左冠動脈前下行枝も左冠動脈回旋枝も完全閉塞していました そしてそのまま血圧は無くなり、心停止となりました 僕はすぐにその 7Frガイディング・カテーテルを左冠動脈より抜去し、すぐに 6Fr introducerを入れて、素早く 6Fr guiding catheterをエンゲージし、すばやく左冠動脈前下行枝にワイヤーを通し、血栓吸引をしました これらの操作は全て心臓マッサージの下で行いました あくまでも冷静にそしてものすごいスピードで処置しました この後、血圧は戻り心拍動も戻り 何事も無かったかのように本来のPCIを開始しました

IVUSの所見と併せ、左冠動脈回旋枝近位部のみに薬剤溶出性ステントを植え込んで終了しました 患者さんは完全に何も無かったかのように回復され、何も後遺症を残しませんでした 原因は無理してシースレスで行ったことによる強い痛みによる迷走神経反射、血栓形成、そして空気打ち込み、そんなところだと思います 僕はどうもシースレスは好きでありません

引き続いて二例目の慢性完全閉塞に入ったのですこれも提案に添って両側橈骨動脈よりシースレスで 7Fr guiding cathetersを用いて入りました 同時造影の所見が一年経って改善していることを期待したのですが、今回は中隔枝のつながりすら見えなくなっていました

逆行性に右室枝から Corsai -> Finecross + Fielder-FC, Sionを用いて入りました 強い蛇行のためガイディング・カテーテルが押し戻されるため、Conus branchに 2mm balloonでアンカーかけながらしましたが、やはり最後の蛇行をどうしてもワイヤーは超えることはできませんでした

次に左主幹部から左冠動脈回旋枝に対してIVUSを行い左冠動脈前下行枝開口部が何処かを探りました そして、Gaia-first -> Conquest-Proで入ったのですが、左主幹部から左冠動脈前下行枝は90度で分岐するため、どうしても入っていきません そこで Gaia-secondにしたところ、ゆっくりと入っていきました左冠動脈前下行枝と思われる部分に Gaia-secondが30mmぐらい入ったところで、左冠動脈回旋枝向きのIVUSによりこのワイヤーが左冠動脈前下行枝真腔を確実に捉えていることを確認し、Corsairを少し左冠動脈前下行枝内に入れてから XTRによりその先の真腔を捉えようとしたのですが、これが偽腔に入っていきました 当然その後 double wireをしたり、色々したのですがどうしても真腔を捉えられませんでした 左冠動脈前下行枝が近位部で非常に屈曲し、その部位で石灰化していてライヤーが弾かれるようでした そして閉塞長も60mmぐらいはあり、また受けは非常に細く造影上では 1mmも無い受けでした まあこれらは言い訳かも知れませんね 随分と粘りましたがこれ以上やっても成功は見込めない、と判断し、三時間ぐらいで終了としました

しかし、色々な試みをその中でしたし、正直楽しみながら行いました もちろん患者さんには何の不利益も与えていません 使用した造影剤総量も多くなく、また被曝線量も大したことはありません

終了後、カンファレンス室で台湾弁当を食べ、高雄駅より新幹線に乗り台北に移動し、今は台北松山空港ラウンジで18:10 (日本時刻 19:10)1発の飛行機を待っているところです

今回の台湾も滞在時間24時間というものでしたが、それなりに勉強し、楽しみました

これから台湾高雄

またまた羽田空港ラウンジです。これから台北経由で台湾の高雄まで行きます。毎年この時期恒例の Taiwan TRI Seminar in Kaoshung のために行きます。

夜現地に到着し、明朝から二例のライブデモンストレーションをします。一例は左冠動脈前下行枝入口部からの慢性完全閉塞のようです。そして、その後台北に戻り、そのまま羽田に舞い戻ってきます。明日の 22:00には再び羽田にいる予定です。我ながらなんと余裕の無いスケジュール、と思いますよ。

慢性完全閉塞に対する冠動脈インターベンション

先日(といって時期をぼかす)、慢性完全閉塞に対する冠動脈インターベンションをしました。若い(といって年齢もぼかす)方(といって、性別も不明にする)でした。右冠動脈に慢性完全閉塞病変があり、他院で三回にわたり同部に対する冠動脈インターベンションが行われ不成功だった患者さんです。

問題は不成功に終わっただけではなく、その時の長時間にわたる放射線被曝により、胸部と背部に放射線皮膚障害による皮膚炎が発生していたのです。僕はこれまでの長い冠動脈インターベンション人生において、たくさんの患者さんを治療させて頂きましたが、今まで患者さんに放射線皮膚障害を与えたことはありません。巷では、そのような報告が論文としてもありますし、また噂としても良く聞きますが、正直実際の患者さんを見たのは初めてであり、衝撃でした。

当然このような皮膚障害は治りにくく、場合によっては自家皮膚移植が必要ですし、多量の放射線被曝による将来にわたって悪性腫瘍の発生も誘発されるかも知れません。

何時も思うのですが、慢性完全閉塞というのは緊急事態ではありませんので、その冠動脈インターベンションによる治療が本当に妥当であるか否か、患者さんやご家族も含めてしかりなおして方針を検討すべきだと思いのです。ただ、「若いから」、「もう少しでうまくいきそうだから」、「患者さんが冠動脈バイパス手術拒否するから」とかいあいまいな理由で何回も冠動脈インターベンションを試み、その挙句に放射線皮膚障害を作っては何のための医療か、そんなものは医療ではない、そのように思います。

慢性完全閉塞で日本あるいは世界をリードする先生がある地域て長い冠動脈インターベンションを行い、不成功の挙句、皮膚障害のみ患者さんに残した話も聞こえています。こんなこと許されるでしょうか?

この患者さんに対しては、放射線被曝総量 1,000mGy以下にすることを自分自身に課して、開始しました。幸いのことに、総線量1,300mmGy 造影剤総量 270mlにて成功裡に終了することができました。良かった、と思います。

しかしもっと早く僕に患者さんをご紹介頂ければ、こんなことになっていないのに・・・

本日は朝から金沢

昨日は morning cycling 22Kmの後、昼間に公証役場に行く用事があり、往復 8.5Kmぐらい、そして帰宅に 4.5Kmぐらいで、結局合計 35Kmのサイクリングをしたことになります。足は筋肉がパンパンです。それからすぐに羽田に向かい、金沢に夜移動したのです。

今朝は金沢循環器病院ライブに非常に難しいCTO症例を治療させて頂きました。二時間足らず苦労しましたが、結局不成功に終わりました。その後、講演をさせて頂いてから、富山に移動し、今から富山で講演、そして最終の羽田便で鎌倉に戻ります。

昨日金沢に到着した時は、もう夜遅くでしたが、晴れていました。しかし、本日は朝から大層な雨です。

今朝の走行

昨夜は鎌倉ライブデモンストレーション実行委員会があり、その後 仲間で大船駅界隈で何時もの如く飲んで語らいました。それから帰宅、そんなには遅くなかったのですが、タイトなスケジュールに疲れが溜り、夜半から体調不良となり、 5:00AM 前には起床、「今日は走れないか」と思いながらニュースを見ていると、なんと出走予定の 5分前の 5:55AMに完全復帰、それから走りました。今朝は何時もよりも早いペースでこれまでの最長距離を走りました。流石に疲れました。

本日は夕方金沢に入ります。

今朝の走行記録は下記の通りです