EuroPCR

今 EuroPCR参加のため Parisに来ています。最初にこの学会に Facultyとして招聘されたのは、1998年だったと思います その当時は EuroPCRという名前ではなく、ETCと呼ばれており、その前年まで会場は Toulouseだったのですが、その年から Parisに移動しました

2000年になり、名称を Paris Course for Revascularization (PCR)と変更し、さらに、冠動脈治療のみならず、多彩な心血管インターベンションも広くとりこむため、EuroPCRと名称が変更されてきました

2000年5月には、湘南鎌倉総合病院から 1時間のライブデモンストレーション中継を行うという栄誉にも浴しましたし、その後も毎年、 Toulouse、 Rotterdamあるいは Massyからライブデモンストレーションを会場に飛ばしてきましたが、今年はライブデモンストレーション術者の役目は無く、色々な会議に参加し、今後の臨床試験を決めたり、座長をしたり、とそのような役割で忙しく過ごしています。

本日も帰国間際まで色々な仕事があります。でも、やはりライブデモンストレーション術者としての役割が無い、というのは少しさみしい気持ちです。

バグ発見

特定非営利活動法人ティー・アール・アイ国際ネットワークメンバー登録サイトを作成したのですが、完璧だと自分で信じていたにもかかわらず、さっきバグを発見し、というか バグ報告があり、それで原因調べて バグを発見しました

昔、アポロ計画か何かで、とにかくアメリカ NASAで宇宙にロケットを打ち上げるプロジェクトで Fortran言語で書かれたプログラムの中で一文字の書き間違えがあり、ロケットが落ちてしまった、とかいう話をまことしやかに聞いたことがありますが、今回のバグは、それと同様に 一文字の書き間違えによるものでした

このように少し複雑な SQL文ですが、重要なのは IN です

 これを上記のように = を使っていたのです

気が付けば当たり前のことなのですが、エラーを指摘されるまでは全く分かりませんでした

新しい世界に飛び込め

年齢を重ねる毎に、なかなか新しい世界に飛び込む勇気と意気が失われていきます。自分自身、「以前はもっと向こう見ずだったのに」と、悩んだり、「もう歳なんだ」と達観したり、そんなことが日常の中で数多く遭遇します。

循環器特にインターベンションを専門とする循環器医師として、この新しい世界とは、最近ではやはりTAVIでした その前は何でしょうか、そう慢性完全閉塞に対する両側性アプローチでしょうか、そしてその前が経橈骨動脈冠動脈インターベンションだったのではないでしょうか

このようにして振り返れば、まだまだ新しい世界に自分自身飛び込んでいると思います

しかし、事情が異なる世界もあります 特にそのようなことを感じるのはコンピューターの世界なのです この世界は信じられないくらい早く進んでいきます 感覚的には普通の生活での24時間というのが、コンピューターの世界では1分ぐらいで日にちが替わってしまうのです

本日そんな激しい世界の中で頑張って新しい世界に飛び込みました 多分、ほとんどの方々が分からない言葉だと思います、それは二つのKey Wordsです herokuとGitです

もともとGitというのは GitHubという言葉と共に、僕は知っていました それは色々な文章 特にプログラムのソース文書を保存管理し、最新の物を維持しつつ、変更履歴も保存し、さらには一人のみならず多数の人々の変更を管理し維持するシステムです しかも、このシステムがインターネット上にあるので、インターネットがつながる世界中の優秀なプログラマが共同で新たな優れたプログラムを開発できるのです そのようにして開発されているのが、例えば Linux Kernelです あるいは、Linux上で走るコンパイラである GCCなんかも有名です

こんな世界、僕には無縁だと思っていました そのようにして長い時間が過ぎていました しかし、最近 heroku という言葉を知ったのです あの、日本の誇るプログラマ 松本ひろゆき氏も Chief Technical Engineerとして迎えられたアメリカにある会社です この会社では松本氏が開発し、世界中に広まっている Rubyというコンピューター言語および、それを用いて構築されている巨大なシステムである Ruby on Railを用いて今まで創造だにできなかったシステムをインターネット上に構築し、公開しているのです

これまでインターネット上に、Web page特に、htmlだけでなく、PHP/Java/SQLなどを用いて動的なページを構築するためには、レンタル・サーバーを借りたり、テストしたり、なかなか大変な作業だったのです それが、この heroku のシステムを用いれば一瞬にして構築され、しかも Gitを用いてソースの管理ができるのです

あっ、誤解しないで下さい、あくまでもこれは「らしい」というぐらいに思って下さい 僕は未だにそれほど理解していないからです

しかしながら、なかなか敷居は高く、この新しい世界になかなか飛び込めませんでした しかし、本日ようやくその敷居を越えることができました

そうしてできた最初のページが http://jyunkanki.herokuapp.com/ なのです もちろん未だ中身はありませんが、ここまでたどり着くのは大変だったのです まあしかし、これ以上先に進めるか否か、それは僕にも分かりません ただ、重要なのは 「新しい世界」に飛び込めた、ということなのです

どうも訳の分からない – Parallels Desktop Snapshot

昨夜は夜になってから、どうも MacBook Proの挙動がおかしくなったのです しきりに「もうディスクが一杯でこれ以上書き込めない」というエラーが頻発するのです

そんな訳あり得ないのです そんなにたくさんのファイルを 500GB SSDに書き込んだつもりはありません Parallels Desktopで仮想PCを立ち上げ、その上で走らせている普段使用している Windows 7 Professionalに入って、Windowsで残りディスク容量を調べても、何と Drive C:には 40GB以上の空きがあるのです

しかし、Macに戻ってターミナルから $ds –k で調べると何とほとんど空きがありません 1%を切っているのです

これはどうしたことか????

今度は Windows7.pvmをMac Finderから探し、その容量を調べると何と 350GB以上もあるのです もともと Windows 7には可変サイズのディスク割り当てとは言っても 250GBしか割り当てていないのに いつの間にか肥大していたのです

よくよく考えれば、Parallels Desktopには色々なエラーが起こった時に復旧が楽になる、という触れ込みの「スナップショット」というのがあり、最近はそのスナップショットをとるのに、偉い時間がかかることを思い出しました 下手すれば1時間ぐらいもかかるのです これは変です

それで、スナップショットが三つとられていたので2時間ぐらいかけてそれを削除したところ、一気に 60GBぐらいも空きができたのです どうもこのスナップショットが悪さしていたようです

すっかり削除してから仮想ディスクを圧縮し、それからスナップショットをとったところ、何と1分ぐらいでできてしまいました

結局、今回のエラーの原因は Parallels Desktopの Snapshotにありました

Word偉いです ところが

Windows Wordでブログ特に、Wordpressには簡単に投稿できることが分かりました

例えば、

こんなことも

あんなことも

簡単に

出来るよ

 

なんてことも簡単にWord上で作成すれば良いのです

ところが、ところが、これが OSX上の Word2011ではブログ投稿用の templateがどうやら存在しないのです

何ということでしょうか

今度は Microsoft Word 2010でのブログ登録

何と知らなかったのですが、Word 2010には最初の新規文書作成テンプレートに、ブログ投稿とうのが存在し、ブログ作成に wordpress を使用している場合などでは簡単にこれを利用することができるのでした

そのままWord 2010のインターフェースを使用できます

連休も終わり

このWordpressで作成しているブログには通常、標準的インターフェースで投稿してきました 今朝、Windows Live Writeという Microsoftが無償で配布しているプログラムでもっと簡単に投稿できることを知りました

それで、これが試しに投稿しているのです 何が便利か? と言えば、例えばこれでしょうか

爆笑爆笑

疲れたーっ

鎌倉に来て25年間になります そうです 湘南鎌倉総合病院が開院してから25年間ということになります この間、これまで病院の皆でハイキングに行く、ということはしたことありませんでした

この連休、新たに入職された若手職員もいわゆる五月病でそろそろホームシックになる頃だと思い、鎌倉のハイキングを提案しました そして、昨日敢行したのです

大船駅江ノ電バス6番乗り場に 10:00AMに待ち合わせし、10:15AM発の高野台行バスに乗り、終点の高野台で下車し、一路 六国見山頂上をめざし、それから皆の余裕加減を見ながら源氏山公園経由で大仏まで抜けるコースを設定しました

僕は自宅を9:10AM頃に出発し、歩いて大船駅に、そして9:50AM頃大船駅に到着し、バスの時刻表に間違いないことを確認して、歩いて高野台までの急な坂道を登りました 長い急な登りなのでとても辛かったのですが、バスの到着よりも早く高野台終点バス停に到着し、皆がバスで到着するのを待ちました ここまで約8Kmの登り道だったのです

皆が到着し、そろから六国見山頂上に到着、そして、道を間違って再び高野台に戻ってしまい、仕方なく下の道を歩いて北鎌倉駅に行きました 北鎌倉駅からは到着する電車毎にものすごい人数の観光客が降り立ち、大混雑 ここで何組かの途中離脱組と分かれ、残りは浄智寺脇の登り道から源氏山公園に向かいました なかなかきつい登り道でしたが誰も脱落せずに源氏山公園到着、ここでちょうど昼頃でしたので皆で昼食をとりました 僕は 7:00AMに起床し、7合のお米を炊き、25個のおにぎりを握って持参しました 皆さん方「おいしい」と、食べてくれました

一休みしてから、一旦 銭洗弁天に行きかけたのですが、何と入り口から何百メートルも行列です こんな行列初めて見ました それで仕方なく再び源氏山公園に戻り、それから一気に大仏まで山道を歩きました 相当きつかったのですが皆脱落者無く完遂しました

大仏脇に降り、それからそこから近いステーキの「毘沙門」に皆で行き食事をしました そして、そこで解散し、僕は歩いて自宅まで戻りました総距離 18.9Kmでした もう足が痛くて痛くて流石に疲れました

Hiking

これから札幌

本日はこれから札幌です 先週の衝撃的な経大動脈的大動脈弁植え込み術の興奮が未だ冷めやらずでしたが、先週末は新たな薬剤溶出性ステント治験にも突入しました

これから先も治療成績向上のために絶え間なく新たな医療器具導入に組していくつもりです これは終わりの無い戦いなのです

それにしても再び権威主義が頭をもたげてきました 日本においては、PCIを行っている施設は圧倒的に民間病院が優勢なのです それは治療する対象症例数という意味だけでなく、対象とする患者さんの重症度という意味でも真実なのです

日本のPCIを固るのに大学病院なんかでは全く語ることはできません しかるに、医療器具開発メーカーあるいは、製薬企業は新たな医療器具開発、あるいは新薬開発に際して、これらの大学病院を偏重する悪しき伝統があるのです

昔、未だ僕が駆け出しの循環器内科医であった30年ぐらい昔の話です その頃の治験というのは、ひどいものでした 誰もひどいものだと思わなかったのですが・・・

それは狭心症新薬開発のための治験、その治験のKick-Offの会だったのです 当時僕は関西 尼崎の公的病院に勤務していましたが、その薬の会社の方に呼ばれ、東京で開催されたその会に出席しました 僕の病院からは上司二人と合わせて三名が参加したように思います 初めて参加する治験の会では、全国からたくさんの医師が集まり、超一流ホテルの一番大きな宴会場は満席で、それこそ何百人も集まっていたと思います

その中で、某女子医大の当時循環器を席巻していた有名教授が出てきて、「この薬は絶対にいいから、早く治験を終了して世の中に出しましょう」などと言うのです 何でもその起床じゅは自分自身狭心症があるけど、怖くて冠動脈造影は受けたこと無く、勝手に「自分の狭心症は冠攣縮によるものだ」と、皆に吹聴していました

要するに、治験と言っても結論が先にあり、治験というのは、単なるお飾り、そこに集まる全国の医者はそのお飾りの一部品にしか過ぎないのです

世の中に当時出ていた薬剤のほとんどはこんな感じで日本国政府の承認を受けていたのです まったくひどい話です 効きもしない薬剤に国民の財産である健康保険料が大量に消費されていたのです

今は違います 薬事法改正に伴い、このような科学に基づかない治験は完全に否定され、科学的な真理に基づいて独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)が厳正に審査し、認可あるいは却下するのです 当然時間もかかりますが、それでも無駄や危険が国民に及ぶことはできる限り排除されます

医療機器に関しても全く同様に現在は走っています しかし、ここで運用上の問題が発生します もしも日本の治療の現状を反映しない中で治験が行われたとすれば、そこでの成績というのは実際に多数の患者さんが受ける治療から乖離する、ということです

薬剤溶出性ステント治験に関しては、このようなことを可能な限り排除してこようとしました 年間200例ぐらいしか治療していない大学病院が治験に加わるのは、日本のPCI医療の実態を反映できません

しかし、世の中そんなに簡単ではありません、実際にはこれらの大学病院医局制度は再び復活し、「人事権」を盾にとり、支配力を強めているのです そして、企業によっては、それに組するところも出てきているのです

もちろん大学の全てが悪い訳ではありません 素晴らしい大学、大学教授も存在しますし、世界の医学発展に貢献している大学・大学教授も多いのです でも、残念ながら総合的には日本の大学が世界の科学に貢献している量は年々減少しています その原因は、大学が権威にばかり執着し、自らの本意を忘れているからだと思うのです 要するに、「大学および大学人、何時までも甘えてるんじゃないよ!!」と、言いたいのです

僕は大阪大学卒業間近から、ノンポリ、そして何となく青年医師連合となり、非入局のまま今に至っています 別に信念があった訳ではありません 何となくそれとなく流されて、というのが真相です でも今ここに至っては信念を持ってこのような悪弊への回帰に対して戦っていきたいと思います 今さら僕の人生に誰も干渉させまい 好きなようにやるぞーー