ついにやったのだーーー

PCIの合間に、頭を明晰にするため、またまたプログラミングと Maniac Conferenceのデータ保守を行いました

そしてそしてついについに、 Windows7上でmsysgitを用いて Gitを走らせ、

$git add -A

$git commit -m “First Git”

などと Gitを用いてファイルを保守しながら Webにuploadしたのです。何だか自分が数段偉くなったように感じました。素晴らしい

開かずの踏切

今朝、自転車で藤沢の方向に向かい、何時もは簡単に渡れる踏切で、何と10分間ぐらい待たされました たまたま 開かずの踏切になったのです それで、「これは何という踏切なのか?」と見てみましたところ、何と 「鎌倉道踏切」だったのです

ということは、まさしくこの道が江戸時代に東海道藤沢宿から鎌倉に抜ける道であった、ということになります。これには感激しました、だって 鬼平犯科帳の世界ですよね これって

ということでそんなことを考えていたらば、10分なんてすぐに過ぎました

Gitにはまりつつ

皆様方は Gitという言葉をご存じでしょうか? プログラムを自分で書く人にとってはもっともホットな言葉の一つであることは間違いないでしょう

何の頭文字か知りませんが、いかにも Unix/Linux言葉という感じです これは今一番人気があり、実際に用いられているバージョン管理ツールなのです 今これにはまりつつあります だって、昨日動いていたプログラムが改良(したつもり)で動かなくなったりして、もとに戻そうとして全て消えているので、思い出しながら一日がかりでプログラムを打ちなおす、そんなこと何回も経験しているのです、 そんな時に、Gitがあれば、タイムマシンのように元に戻れるのです

これって、人生Gitなんてツールがあれば、すごいですよね

強い心と弱い心

先週金曜日はとても強い心でTAVIを乗り切りました 非常に難しい治療でしたが、強い心で乗り切り、素晴らしい結果で終わりました

その後、可児を初めて訪問させて頂きました 名古屋駅まで新幹線、それから名鉄で移動です 可児は隣の犬山市の隣の市ですが、実は犬山市は愛知県、可児市は岐阜県なのです 可児市そして犬山市には木曽川が流れ戦国時代のさまざまな歴史に刻まれた土地ですし、とても風光明媚な場所でした

土曜日にここで東可児スレンダーライブが開催され、私はその最初の術者として治療にあたらせて頂きました 残念ながら不成功に終わったのです だんだんと不成功の原因が自分の中ではっきりしてきました それは「弱い心」のためだったのです 初めての土地で、いつもはそんなことにはならないのですが、何故だか「よそ行き」となり、弱い心となっていたのです

強い心の大切さ、それを身に染みて感じます

ガーァンッ

13日の木曜日朝に札幌に入りました。 787騒動以来運休になっていた 8:00AM羽田発のANA便です 再開したのだから、いよいよ 787に乗れるかな? と期待していたのですが、なんと一番古いジャンボでした がっかり

午前中外来診療を行い、午後には新築移転した勤医協中央病院を訪問しました 鈴木先生が主催されて、僕が術者の院内TRIライブが行われたのです 病院は非常に奇麗で、カンファランス室も300名収容可能な広さでした

14:30より開始し、慢性完全閉塞を含む 5例を治療させて頂きました 助手をして下さった若手の先生方もテキパキ動かれ、新しいカテ室で快適に手技を行わせて頂きました その後、そのカンファ室で講演を行わせて頂き、その後は院長先生はじめ若手の先生方と久しぶりにススキノ界隈でお食事に呼ばれました 楽しくて、真夜中にマンションに戻ってから床で意識消失していました

kinikyo

翌日金曜日は外来診療の後、その夜の講演会の準備に入りました その日の講演会では京都府立医大心臓血管外科教授の夜久先生と、僕とのツイン講演だったのです やはり準備が必要ですよね

講演会が終わり、 10:00PM前から再びススキノ界隈で遅い夕食を皆でとりました これも楽しくて、マンションに戻ったらば 1:00AMを回っていました ちょうどその日は北海道神宮のお祭りで、たくさんの人でススキノ界隈から大通公園まで賑わっていました

本日土曜日は 8:30AM千歳発の便で羽田に戻り、昼頃に鎌倉の自宅到着、それから軽装に着替え、TREK FX-7 Cross Bikeに乗り病院に行こう、としたところ、突然 ガーァンッ でした

何気なくチェーンを見たら信じられないことに錆びだらけ だったのです 道理で最近ペダルが重く感じる訳です でも何時こんなに錆びが出たのだろう 自宅にひっかえしスプレー式の潤滑油をまんべんなく塗布しました あーっ、ショックでした

その後の顛末

金浦からインチョンに移動し、アシアナのカウンターに行ったのですが、上海\モスクワのフライトがキャンセルとなったことを係員は知りませんでした コンピューターの画面に暫く向かい、キャンセルを確認しました

しかし、上海\モスクワはアエロフロートなのです そしてアエロフロートはシンチョン空港にカウンターすらありません ソウル事務所に電話しても誰も電話に出ません

その時点で唯一のルートは、大韓航空で北京に飛び、北京\モスクワのアエロフロートに乗ることでした しかし、カウンターはアシアナであり、搭乗締切まで既に10分を切っていました ここまでのやり取りで非常な危険を感じました このまま続ければ自分の身に大変なことがおこる、そのように思いました そして、急速に気力が萎えていきました

ここは無理せず今回のモスクワは全てキャンセルし、本日はソウルに宿泊し、明朝帰国する、それが無難という判断をしました

結果的に明日 8:40AMの飛行機で羽田に戻ります ホテルは金浦空港に取れました

これでアエロフロートがキャンセルとなったのは二回目の経験です もう絶対に信用しない ひどい航空会社です

本日ライブの顛末と、その後の大事態

今朝は 10:20AMにホテルを出発し、全南大学病院カテ室に向かいました プログラムでは僕のライブ放映開始は 11:30AMから一時間、引き続いて12:30 – 13:30のランチ・シンポジウムで経大動脈的大動脈弁植え込み術の講演という予定でした

もとより、16:10光州発金浦行きの飛行機に乗り、インチョンに移動して上海経由モスクワへ、というタイトなスケジュールです

カテ室に到着し、僕の割り当て症例を見ました 60歳ぐらいの男性で左冠動脈前下行枝と左冠動脈回旋枝に一年前に薬剤溶出性ステントが植え込まれ、その時に右冠動脈の慢性完全閉塞もトライされましたが、不成功に終わり、今回はその右冠動脈慢性完全閉塞がターゲットでした しかし、待てど暮らせどカテ室が前の症例をやっていて出番が来ません、結局 12:10になってようやくスタートできました 幸い順行性でワイヤーを通過させられましたが、1.0mm balloonも通過しないのです 最終的に Tornusで通過し、最後は2.5 x 38mm x 2個、3.0 x 38mm 1個の薬剤溶出性ステントを植え込んで終了しました 右冠動脈末梢は苦労して開けた割にはとても小さく何だかなあ という気持ちでした

これで終了したのが、12:50でしたので結局40分で右冠動脈慢性完全閉塞再トライを成功させたことになります 引き続いて急いで講堂に移動し、講演を行い、予定通りの飛行機に搭乗し、金浦に到着、そしてメールをチェックしたところ何とモスクワから、”Your flight was cancelled” というのが届いていたのです

さてこれからどうなるか 現在インチョン空港に移動中です

驚き

本日はこの韓国・光州・国立全南大学病院でのライブデモンストレーションと講演の後、金浦・インチョン・上海経由でモスクワに移動します

今回も翻魚(ホンオ)を食しました。ホンオはいわずと知れたエイを発酵させたものです。エイはエイでも、朝鮮半島突端にある木浦(モッポ)の沖にある黒山島沖合で獲れるエイなのです。豊臣秀吉が朝鮮半島に侵略した時に、木浦にいた百済の王様達がそのエイをキムチ窯に入れて小舟に載せ、そのまま川を遡って光州まで逃げてきたのです その時に、エイが自然発酵したのがホンオの始まり、という伝説があります

発酵といっても、通常の発酵ではなく、アンモニア発酵なので、ほとんどの人が食べることはできません

しかし、その僕の好物のホンオを食べながら、驚きでした 何と何と それは4年前に遡りますが、僕が札幌でも月に数日間過ごすようになって暫くして、「あれっ、北海道の人はエイを食べるんだー、珍しいな」と気が付いたのです

エイを醤油味で煮つけ、食べるのですが、これがおいしいのです 酒の肴にも良いのです おまけにコラーゲンたっぷりでその軟骨から何から全て食べれるのです

ところが、このエイを北海道では「カスベ」と称し、その名前で売っているのです いやもちろんこれはエイです ホンオになり得るエイそのものなのです

驚き、というのは、何と北海道の人々は子供の時からカスベをたくさん好んで食べているにもかかわらず、それがエイだということを知らないのです この事実に驚愕しました

何と「カスベ」という普通の格好をした魚が世の中に存在する、そのように思って育ってきたらしいのです もともと北海道には「魚屋さん」という店舗形態が存在しません 従って、一般の人々がまるのままの魚を目にすることはほとんど無く、魚といえば、切り身か干物なのです だからこんな誤解が発生するのでしょう

北海道には新鮮な魚介類がある、という北海道以外の人々が抱いている「常識」は実は幻想なのです それがこの4年間に学んだことの一つです

これから韓国へ

今羽田空港です これからソウル金浦空港に飛び、そのまま光州に入ります 明日から GICS (Gwangju Interventional Cardiology Symposium)という学会が、国立全南大学で開催され、それに招聘されているからです。あいにく、時期がかぶりながらモスクワで、ロシア最古の心血管インターベンションに関する学会が開催され、それにも強く招聘されているため、土曜日の夕方にインチョン-上海経由でモスクワに入り、空港から病院にひょっとして直行してライブをします。この学会には、2002年に日本人として初めて招聘され、僕にとっては初めての薬剤溶出性ステント(CYPHER)植え込みをした記憶があります。それ以来毎回参加していたのですが、ここ数年間は忙しくてずっと断ってきました。もう4回は断ったように思います。

流石に今年は参加しなければならないでしょう、という判断をしました。帰国は、水曜日午前成田にです。そのまま病院に出勤し、外来診療する予定です。あいかわらずの生活です。