うーん 難しいけどがんばるぞ

先日の衝撃的な記事を受けて、関数型プログラミング言語 Haskellの勉強を開始しました 何でも毎年一つの新しいプログラミング言語に挑戦し続けることが、プログラミング能力を高める秘訣だそうですから・・・

その言語定義は、完全には日本語に翻訳されていませんが、詳細に定義・公開されています まあこのような文章を読んだだけで理解できるようになるには相当に訓練せねばならないでしょう

何はともあれ、その言語処理系が動作しないことには試すこともできません そこで、ここから OSX-Mavericks用の処理系をdownloadして MacBook Proにインストールしました ここで、コンパイラが Maverickから gcc (GNU Compiler Complex)から clangに完全に変更となっているため、パッチを当てねばならない、ということで、そのページにある Shell scriptをコピーして実行します

そうそう実際に OSX Mavericksに 実際に GHCをインストールして動かした報告がこのプログに書いてありましたので、とても参考にさせて頂きました

そうすると、ターミナルから ghci と打ち込むと Haskellがインタープリター・モードで動き出します

後は iPad-miniのKindleアプリにダウンロードした「すごいHASKELLたのしく学ぼう!」を読みながら勉強開始 長い旅路の始まりです

久しぶりの松本

昨日は信州大学循環器内科関連病院が集まる「信州ハートクラブ」での特別講演に呼んで頂きました この会は年二回開催されているそうで、第20回の会でした

若い先生方中心に50名以上でしょうか集まられました 長野県には僕の鎌倉での教え子、といってもあまり何も教えてイなかったかもしれないのですが・・・、が何人もおられ、それぞれ地元で頑張っておられます

宮下君は今や信州大学病院で血管内治療のエキスパートとして活躍されており、彼が座長を務めて下さいました

会場には現在長野赤十字病院院長をされている吉岡先生や、諏訪赤十字病院院長をされている大和先生もおられました

以前は松本市や長野市を頻繁に訪問し、各種のインターベンションをさせて頂いておりましたが、ここ何年もご無沙汰しておりました

とても懐かしく久しぶりの松本で過ごしました

これから松本

今 長野新幹線で長野駅に向かっています そこから乗り換えて松本に入ります 今日は夜松本で講演をするためなのです

うん 考えてみれば松本に入るのは久しぶりでした 以前は年に1,  2回は訪問してPCIやら講演やらしていた記憶があります 松本には行きつけの蕎麦屋さんや、寿司屋さんがあったのですが、もう月日が経ちますので無くなっているのでしょうね

いやあすごい世界観です

独学で 1967年頃より、関数電卓のプログラミングに始まり、色々なプログラミング言語や方法論を勉強してきました 中には感覚的に分かりやすい言葉もありますが、おおかたの言葉は理解困難あるいは理解不能であり、かといって周囲に聞けば教えてくれるような人も存在しない環境では、その分からない状況を引きずってきました

この中で、関数型プログラミングや遅延評価といった言葉も含まれます このページではこれらに対してわかりやすく説明されていて新たな世界が開けた気分です

素晴らしいTAVI手技

本日も3例のTAVIを行いました 何れもご高齢というだけではなく、multiple comorbiditiesを合併されていて、非常に重症な方々でした

このところの睡眠不足で、朝 7:00AMに出勤しても体がシャキンとせず、頭の回転も体の動きも鈍い、そんな印象でした 「このまま本日のTAVIに入るとまずいぞ」と、自分で思っていました

7:30AMからの循環器科抄読会と、それに続く循環器科カンファランスが終わっても未だダメでした

そして、8:30AMからのHeart Team TAVI Conferenceにそのまま突入したのですが、最初は頭が回らずにいました しかし、やはり自分はプロですねえ 段々と普段の絶好調な状態に自分を持っていくことができました

そして、実際の手技開始は 9:45AM頃になっていましたが、第一例目 あっという間に終了 絶妙の弁の植え込みにて終了 患者さん自身が驚かれる程の圧倒的なスピードでした

30分間の breakを置いて、次の患者さん とても小柄な患者さんであり、色々な落とし穴がある症例でしたが、これも素晴らしいスピードで終了

そして最後の患者さんは、とても困難な危険な患者さんでしたが、これもスピードに勝るテクニックは無い、とのモットーに従い素晴らしいスピードで終了

何と実際には 9:20AMぐらいに第一例目が手術室に入室してから、第三例目が手術室を出て ICUに入ったのが 14:50くらいですから、1例あたりのスピードが如何に素早いか? それが明らかだと思います縦に一室のみでの時間ですよっ

そして、15:00より外来診療をしました 外来が全ての診療行為の入り口であり、とても大切なのです 外来診療をしないインターベンション医師なんて バカではないの

患者さん方は皆様お元気で 治療をした甲斐があります

それにしても当院Heart Teamは和気あいあいと、的確に無駄なく連携して動いています 本当に素晴らしいHeart Teamです

文化の厚み

モスクワより帰国して数日が経過しました

そして、改めてロシアという国が持つ文化の厚みを感じています アメリカとは異なる文化の厚みです それはヨーロッパに近いものでしょうか

学会のGala Dinnerで振る舞われた弦楽アンサンブルによる演奏のレベルの高さ、それには驚きでしたし、そのようなものがプーシキン博物館という建物の中で行われる、その事実にも驚かされました

今までの 9回の訪問では、そのような印象を持ったのは、ボリショイ劇場でバレーを見た時、そしてサンクトペテルブルグのエルミタージュ劇場でバレーを見た時以来でした

これまでモスクワという街に対して抱いて

久しぶりのモスクワでのライブ

モスクワに到着すれば必ず寄る場所があります 12年前から定点観測地点のように、必ず寄り、そこで同じメニューを頼むのです

それはカフェ・プーシキンです この店は帝政ロシア時代の19世紀に建てられた建物を利用してプーシキン生誕200年である 1999年に開かれた高級レストランです

その内装は、19世紀の薬局や図書室をそのまま活かしたものであり、重厚です また店員も格式高く、右手を使用しない時には、左手を腰の後ろに回し、立ってお客さんの注文を待ち、そして歩き、そして右手で給仕するのです しかも 24時間営業であり、どんなに遅くに飛行機がモスクワ空港に到着しても開いています

お店の中ではクラシック音楽の生演奏 (弦楽四重奏や、ハープあるいはフルートなど)が頻繁に行われます

この店は典型的なロシア料理であり、僕が何時も注文するのは「ビーフ・ストロガノフ」です 2002年来店以来必ず注文し、その変わらない美味しい味を堪能します

Beef_Storganov Cafe_Pushikin01 Cafe_Pushikin02 Cafe_Pushikin03

このカフェ・プーシキンで、変わらないモスクワと激しく変貌するモスクワを肌で知ることができます

さて、昨日は11:40amより会場であり、宿泊しているルネッサンス・ホテル2階の main hallでlectureが予定されていました 会場に予定時刻の20分前には到着し、発表を待っていたのですが、前の演者が講演しようとした段階で突然停電したのです 2階のフロア全体が停電しました それ以外の他のホテル・フロアや街中は何ともありません 恐らく展示などのブースもたくさんあり、想定上の電力使用となり、2階フロアのヒューズが遮断されたのでしょう

何れにしても復旧には時間がかかりそうであったので、座長の Gregg Stone先生に申し出ました 「次の演者となっているが病院にこれから行かねばならないので、講演はキャンセルしたい」

そして、途中昼食を摂りながら四年ぶりのバクレフ心臓病センターに出かけました この巨大な病院建物は12年前から変わらない姿であり、周辺も4年前から変化はありませんでした

しかし、大きな変化がありました それはマシンが最新型のフィリップスになっていたことで 未だ日本国内にもそれ程多くはインストールされていないマシンです とても快適にPCIを行うことができました しかも、2002年より僕の助手を勤めて下さっていた Anton先生がまた助手をして下さいました 彼はとても優秀で、僕のやりたいことを良く理解してくれます 彼は今このバクレフ心臓病センターからモスクワ市内の別の病院に出てそこで働いておられるそうですが、Alekyan先生の信任が厚く、ライブのような重要な場面では駆りだされます

PCI01 PCI02 With_Anton

 

患者さんは 60歳ぐらいの方ですが、とても重症でした 左冠動脈前下行枝近位部からの慢性完全閉塞、左冠動脈回旋枝も慢性完全閉塞でした 右冠動脈近位部に他の病院でステントが植え込まれています 心機能も低下していた症例です これに対して右冠動脈よりアプローチし、中隔枝ルートは非常に大変でしたが何とか通過したものの、慢性完全閉塞部分が非常に硬く大変でした

最終的には左冠動脈前下行枝近位部で reverse CARTO techniqueを用い最後は薬剤溶出性ステントを3個植え込み終了しました 素晴らしい出来上がりで会場は歓喜の渦に包まれていることが音声でも分かりました 座長とモデレーターの先生方 Gregg Stone, Gary Mintz先生などが手技の解説を懇切丁寧に聴衆にされ、僕にも適切な質問を投げかけてきました とても教育的なライブ手技でした

本日はクレムリンなどに行き、それから夜行の便で帰国します

4年ぶりのモスクワ

2002年に初めてMoscowを訪れて以来、これで丁度 10回目のモスクワ訪問です しかし、最後に訪れたのは 2010年6月でしたので、どれだけこの国が変化しているのか? それを知りたいと思いました

丁度 1991年に中国・北京を訪問してから、何十回も訪問する中で中国がめざましく変化していく様を体験できた、そのような体験をできると期待していました そうですねインドでも同様の体験をしています

何が変化したか? 卑近な例から言えば

  1. アエロフロートの飛行機・機内サービスが格段に良くなった 場合によってはJALよりもいいのではないかな? 飛行機だって、ツボレフではなくって、Boeing 777-300だったり、Airbusの最新型です
  2. モスクワの空港が格段に綺麗になり対応も良くなった
  3. 走っている自動車が日本車を含めた外国車ばかりになった
  4. 英語で会話をできる人々が格段に増えた
  5. とてもモダンな高層ビルが増えた

ということでしょうか さらに言えばこの10回目に参加している学会も、何と宿泊しているルネッサンス・ホテルで開催されているのも驚きですね これまでは、あの共産主義時代を彷彿するバカロフ心臓病センターの建物の中の講堂で行われていました

そうそう、ライブの映像を見ていたらば、マシンがGEや、シーメンスそしてフィリップスになっているのも驚きです これまでは見たこともないロシア製のマシンだったのです うーん驚き

昨日もお仕事しましたが、本日もこれから講演、そしてその後病院に移動して、ライブをします 病院の中がどのように変化しているか それも楽しみですね

可児でのライブ

さて、本日は新横浜より名古屋駅に移動し、そこから名鉄特急で犬山まで移動 これは 30分足らずです そこからタクシー 30分あるいは名鉄各駅停車乗り換えして 20分の岐阜県可児市に移動し、東可児病院で開催された 第三回Slender Club Japan東可児ワークショップに参加しました

13:00からのライブ症例を割り当てられていましたが、16:00から待ちに待たれた新薬の講演演者もあり、その準備をするため、犬山駅界隈で、コーヒーでも飲みながらパソコンを使える、要するに電源がとれるお店を探したのですが、駅前の二件のカフェは、コンセント入り口を塞いだり、「これから忙しくなるから、すぐに出て行って」という具合で、それならばと、少し離れた場所にあった「マンガ喫茶」に入りました ここでは堂々と電源を使ってパソコンを操作できました

そして、12:00になり、タクシーで東可児病院に移動、症例のシネなどを見せて頂き、そのまま症例治療に入りました 助手は、先日 金沢循環器病院でのライブの時に僕の助手をして助けて頂いた済生会西条病院の金子 伸吾先生にして頂きました 症例は、若い男性で右冠動脈の慢性完全閉塞でした CTで柔らかそうに見える、ということで両側橈骨動脈アプローチから順行性を選択し、時間内に終了しました

そして今は再び講演の準備をしています 今日は残念ですがその後すぐに鎌倉に戻らねばなりません また来年訪れることを楽しみにしています