Medellin in Colombia

さて、Manizalesでは時差ぼけて結局 9月29日木曜日の 1:00AMに覚醒してしまい、一人悶々としながらそのまま朝まで起きてしまい、そして、朝早くホテルで朝食を摂ったのです

そして、何と 6:30AM発の飛行機で、この日の目的地 Medellinに飛び立ちました Medellin (=メデジン)は、かつて世界中に悪名を轟かせた麻薬組織、メデジン・カルテルがあった都市であり、標高 1,400mぐらいで、コロンビア第二の大都市です 周りは高い山に囲まれた歴史のある街です とは言うものの、結局 12時間も滞在していないので、詳しいことは知りません

こんな小さな飛行機で Manizalesから Medellinに飛ぶのです
こんな小さな飛行機で Manizalesから Medellinに飛ぶのです
Medellinの街
Medellinの街

Medellinは大都市ですので、空港も国内線専用のプロペラ機しか発着陸できない都市中心部から近い国内空港と、街中から山を登り、山岳部の頂上に創られた国際線も飛ぶ空港の二つがあります

この朝は国内空港に30分ぐらいの飛行の後、着陸しました この飛行機は座席指定は無く、乗客は好きな席に座ることができるのです そして、そのまま Clinica Medellinに到着したのは 7:30AMでした

Clinica Medellin
Clinica Medellin

そして、またこの日も近郊から8名ぐらいの先生方が集まり、CTO Workshopを開催したのです まず、 Andres Fernandez先生と、Arfuro Rodriguez先生がこの日用意されていた思いっきり難しい 3例のCTO症例をプレゼンされました

正直時差ボケで頭がボウッーとする中、気力のみで乗り切ろうと思いましたね 一例目は、10年ぐらい前から判明している左主幹部のCTOでしたもちろん、CABGを受けていて経過が良かった 60歳ぐらいの男性ですが、半年ぐらい前に左回旋枝への大伏在静脈グラフトが閉塞し、強い狭心症症状があり、しかも、左室駆出率が 30%程度にまで低下している、そのような症例でした これに対しては、LIMA-LAD経由の逆行性と、左主幹部に対する順行性で入りましたが、左主幹部は透視でも明らかな強い石灰化を呈し、実際にワイヤーでつっついてもコチコチでした もちろん Conquest-Pro12や、Miracle12をも用いたのですが、全く歯が立ちません そうこうしている内に、順行性に Conquest-Pro12が左主幹部から何と回旋枝に抜けたのです もちろん造影では確認不可能なのですが、ワイヤー先端の感触で true lumenにあることを確信しました

しかし、問題は最初から 8Fr guidingを使用したのですが、いかなるバルーンも通過せず(もちろんアンカーかけたりもしたのです)、これは大変だと思いました Fernandez先生は、ここで中止しよう、とも提案されましたが、最後の手段としてマイクロカテーテルをぎりぎりまで持ち込み、後は Rotafloppy wireを何とか通すことに成功しました そして、1.25mm Rotablatorを通すと、順行性に左回旋枝が造影されることになりました

この時点で、かなり逆行性アプローチも無理していますので、遅く楽はLAD領域の虚血も絡んだと思いますが、血圧低下し、洞性徐脈になりましたので、アトロピンを投与すると、頻脈性心房細動となり、そのまま心室性頻拍症、そして心室細動に移行しました これに対しては、四回のカウンターショックを行いましたが、それでも血行動態不安定であり、また頻脈性心房細動が継続しました

ここで病態把握に入りましたが、結局この患者さんは左内胸動脈一本のグラフトで心筋の大部分が灌流されており、その時に頻脈となったことにより、十分な血流が左内胸動脈経由で供給されなくなり、血行動態の破綻を来した、と判断しました これは丁度CABG後の重症大動脈弁狭窄症に対するTAVIにおいて、rapid pacingをした後、血行動態の不安定が遷延するのと同じ現象ですね

この判断に沿い、大動脈内バルーン・パンピングを挿入し稼働しました これでその後の血行動態安定し、結局左主幹部から左回旋枝に三つの薬剤溶出性ステントを植え込み患者さんの状態は安定して手技を終了したのです 非常に危険で難易度の高い症例でしたが治療に成功しました

Fernandez先生(右)とRodriguez先生と成功を歓びあって
Fernandez先生(右)とRodriguez先生と成功を歓びあって

さて、その次の患者さんの入れ替えは 1時間以上かかり、その間に早めの昼食を病院院長先生の歓待として行って頂きました そして、二例目は左回旋枝病変と、右冠動脈のCTOを有するやはりCABG後の患者さんでした

これについては、1時間かからずに終了し、この時点で 14:00過ぎになっており、三例目を行う時間は無くなりました

Workshop参加者
Workshop参加者

何ということでしょう、この日の夜の便で Colombiaを飛び立ち、アメリカ経由で日本に帰国、という超超ハードスケジュールだったのです

Medellinを 17:30発の Bogota行き Avian航空便で飛び立つ予定でしたが、今のアナウンスでこの便の出発時刻は何と 20:30に大幅遅延する、と発表がありました そんな訳で Avianca航空のラウンジにいるのです あああ そして日本到着は、10月01日土曜日の 15:20成田着の予定ですよ まあ常識的に考えて南米に行って実際の診療をして、往復含めて火曜日出発の土曜日着なんてスケジュールは考えられない程過酷なものですよね

さて、この Clinica MedellinではTAVI(CoreValve)、そして MitraClipさらには、Watchmanも行っております 病院はとても近代的で、最新の設備が実装されていました なかなかこのような機能の病院に伍せる日本の病院は少ないように思います 鎌倉ももっと頑張らねばなりませんね

Manizales in Colombia

さて、27日火曜日にアメリカ経由でコロンビアの首都B0gotaに入りましたが、空港の混雑と通関の行列のため、結局着陸してから外に出れたのは1.5時間後でした そのため、市内に入れば既に22:00を回っていたのです

空港近くの Marriott Hotel内のアジア料理の店で食事をとり、その日は寝て、翌朝 7:55AM発の Manizales(マニザレス)行きの小さな飛行機に乗りました

マニザレスはコロンビアの高い山間にある人口10万人の小都市です標高は2,000メートルぐらいなのでしょうか 近くにはコロンビア一高い火山があり、周りは風光明媚で、その温暖な気候はコーヒーの栽培に適し、この街からたくさんのコロンビア・コーヒーが世界中に輸出されているそうです

マニザレス空港
マニザレス空港

空港近くにある Clinica San Marcelという病院を訪れました ここでは、Dr. Hugo Castano先生が一人でこの地域のほとんどのPCIを行われています そこで、近郊病院の Intervention医師を集めて Workshop + Liveを開催したのです

Clinica San Marcel
Clinica San Marcel
TOSHIBA Machine
TOSHIBA Machine
Castano先生ご夫妻と
Castano先生ご夫妻と

この日は右冠動脈のCTO一例のみ治療しました この地域では、PCIの時に全て、造影剤を直接ガイディング・カテーテルに注射器で打ち込む方法をとり、二連や三連活栓は使用していませんでした また double pressure linesも普段されておらず、ここらのセットアップに少し手間取ったのです それでも Castano先生はとても良い先生であり、自分がこの美しい自然に囲まれた Manizalesに住み、この地域の心臓発作の患者さんを一手に引き受けておられることに誇りを持ち、また 「これまでコロンビアに対する世界の色々な悪い評判ばかり強調されてきたけど、この美しい自然に囲まれたこの地域の真の姿を見れば、この国が如何に平和に溢れているか、それを皆が分かるだろう」と仰っていました

丁度この数日前に、これまでコロンビアの北東部で反政府武装闘争をしてきた左翼系ゲリラと、コロンビア政府が正式に停戦協定文書を交わした、ということです また麻薬カルテルもほぼ撲滅され、コロンビアは10年前と打って変わって平和で安全な国家に変貌してきているのです もともと人々の教育水準が高く、また真面目な国民性ですので、今や南米諸国の中でもトップレベルの発展を遂げつつあります

さて、CTOでしたが、あっという間に通してしまい、皆が賞賛されました でもそれだけでは皆の勉強にならないので、詳しい解説と講義を行いました そして、16:00頃に Costano先生のご自宅に招かれました とても日本の勤務医では臨むべくもない豊かなご自宅でした

Costano先生ご自宅前
Costano先生ご自宅前


Costano先生ご自宅から見る景色
Costano先生ご自宅から見る景色
Costano先生こ自宅からの美しい景色
Costano先生こ自宅からの美しい景色

本当に奇麗で自然に溢れ、平和な環境です 羨ましいばかりです

そして、この夜は山の中にある、温泉付きのコテージ風ホテルに一泊したのです そして、1:00AMには時差ボケで覚醒し、5:00AMからホテル内のレストランで朝食をとり、5:40AMにはホテルを出て、Manizales空港に向かいました

三つのテーブルをつなぐ肝腎の SQL文

忘れない内に残しておきましょう というのも、インターネット上には誤った SQL文が堂々と upload公開されていたりするのですから・・・

まずはテーブルの定義です

CREATE TABLE `man_tbls` (
	`id` INT( 11 ) NOT NULL AUTO_INCREMENT,
	`sirname` VARCHAR( 100 ) NOT NULL DEFAULT '',
	`firstname` VARCHAR( 100 ) NOT NULL DEFAULT '',
	`is_male` BOOLEAN NOT NULL DEFAULT '1',
	`birthdate` DATE NOT NULL DEFAULT '0000-00-00',
	PRIMARY KEY (`id`),
) ENGINE = InnoDB CHARACTER SET utf8 COLLATE utf8_general_ci AUTO_INCREMENT=0;

CREATE TABLE `disease_tbls` (
	`id` INT( 11 ) NOT NULL AUTO_INCREMENT,
	`diagnosis` VARCHAR( 100 ) NOT NULL DEFAULT '',
	PRIMARY KEY (`id`),
) ENGINE = InnoDB CHARACTER SET utf8 COLLATE utf8_general_ci AUTO_INCREMENT=0;

CREATE TABLE `relation_tbls` (
	`id` INT( 11 ) NOT NULL AUTO_INCREMENT,
	`man_tbl_id` INT( 11 ) NOT NULL DEFAULT '0',
        `disease_tbl_id` INT( 11 ) NOT NULL DEFAULT '0',
	PRIMARY KEY (`id`),
) ENGINE = InnoDB CHARACTER SET utf8 COLLATE utf8_general_ci AUTO_INCREMENT=0;

この SQL文により、MySQLデータベース・エンジンにより三つのテーブルが作成されます 本当はこのデータベースに対して、さっき記述したデータを入力しておいて下さると助かりますが・・・

さて、このようなデータベース、これは実は 二つの固有テーブルを「関係テーブル」で結びつける「多」対「多」関係のデータなのですが、この中から、ある人が、ある病気にかかっている、ということを記述する SQL文は次のようになります

SELECT `M`.`id`,  `M`.`sirname`, `M`.`firstname`, `M`.`is_male`, `M`.`birthdate`,`D`.`disease
FROM `man_tbls` AS `M` INNER JOIN(`relation_tbls` AS `R` INNER JOIN  `disease_tbls` AS `D` ON `D`.`id` = 
`R`.`disease_tbl_id`  ) ON `M`.`id` = `R`.`man_tbl_id`;

結構複雑でしょ?

少し複雑な SQL文

一泊二日で台湾・高雄でお仕事して月曜日は外来診療、そして色々なお仕事しました

火曜日の9:27は朝から Houstonに向けて飛び立ち、そのまま Colombiaに入るのです 今は、Houston空港で 6時間余りの transitをしています

そんな中懸案の SQLがようやく書けました これは、三つのテーブルを結びつけるものですが、要するに「多」対「多」という二つのテーブルを結びつけるために、間に「関連」テーブルを使うものです

この関係は実社会で良く見られるものです 例えば 人物テーブルを考えて下さい、このテーブルで重要なデータは

  1. 固有のID 今日の日本であれば、「個人番号」でしょうね
  2. 名前の姓
  3. 名前の名
  4. 性別
  5. 生年月日

などでしょう もちろん他にも色々付け足せますが、ここで重要なのは個々のフィールド (ここでは番号の1~5ですが)については、一度値が入れば、変化しない、ということです そして、1については、「個人番号」がそうであるように、重複することが決して無い ということなのですよっ

例えば、6.として「職業」を持ってきたとします ある時点では、その値は、学生であり、次には会社員となり、その次にはアルバイトになるかも知れません 要するに、「職業」というものは変化していきますので、この人物テーブルの構成要素としては相応しくありません

もちろん、「職業1」「職業2」「職業3」・・・・「職業10」ぐらい予備に造っておけばそれでも良いでしょうが

名前については、実は微妙な問題があります 日本では結婚することにより女性の姓が変化するのが普通ですので、最初から「姓1」「姓2」・・「姓5」ぐらい造っておいた方が良いかも知れませんね

さて、次に 病気テーブル について考えましょう これは簡単に次のようにしましょう

  1. 病気のID ここは例えば色々な国際的コードがあります
  2. 病名 例えば、胃炎、心筋梗塞などなどですね

さて、この二つのテーブルを用いて、ある人がある病気にかかっている という状態をどのように表せば良いでしょうか?

実はここで必要なのが、二つのテーブルを結びつける「関係テーブル」なのです

まずは「人物テーブル」です

ID 性別 生年月日
1 ABE SHI M 19500215
2 TABE SHISHI F 19511115
3 TABEKI MOMO M 19520415

さて次に「病気テーブル」です

ID 病名
1 急性胃炎
2 慢性胃炎
3 狭心症

さて、ある人の状態を表すにはどのようにすれば良いでしょうか? 例えば TABEさんが狭心症にかかっている、というのは「人物テーブル」のID=1と 「病気テーブル」のID3を結びつければ良いですよね 従って以下の 関連テーブルが必要となります

ID 人物テーブルID 病気テーブルID
1 1 3

このテーブルをどんどん増やしていけば良いのですよね これが Relational Database (関係データベース)の基礎の基礎なのですが、結構難しいのですよ これをSQL文で書くのは

今 London Valves参加中

金曜日の9/16には日本心臓欠陥麻酔学会が横浜みなとみらいにある横浜ベイホテル東急で開催され、ここでは湘南鎌倉総合病院麻酔科部長の小出先生が学会長を務められました

学会は盛況であり、心臓麻酔に関連されている麻酔科の先生方がこんなにもたくさんおられるのだ、と認識を改めました

そこで、ランチョンセミナーとして、TAVIの話について講演しました やはり学会での講演ですので、最新のデータを updateするために、多くの論文をこの間読ませてもらいました そうです プログラミングにかまけてないで、勉強したのです

そして、土曜日9/17 0:50AM羽田空港発の羽田-フランクフルト便に乗り、フランクフルトでロンドン・ヒースロー空港行きのルフトハンザドイツ航空に乗り換え、ヒースロー空港に到着したのは、同じく9/17の 7:30AM頃でした

そこから、車で小一時間走り、今回の London Valves会場 = London ExCelという巨大なしかも新しい国際会議場+展示場の隣りにある Hotel Aloft ExCelに到着したのが、9:45AM頃でした

シャワーも早々にExCel内で開催された Tokyo Valves 2017 Preparatory Meetingに急ぎました

その部屋には日本からも10名ぐらいの先生方、そしてアジア・ヨーロッパからやはり10名ぐらいの先生方、そして事務局の方々が集まり、18:00頃までかけて Tokyo Valvesの planningを小テーブルディスカッション形式で決めていったのです

時差ボケもあるし辛い時間が過ぎましたが、結果的にはとても有意義でした

そして、9:18日曜日8:30AMにはまた数名で集まり、さらに骨子を決めていったのです 11:00 – 12:00AMには今回の London Valves 2016の出だしのセッションが開始され、そこでパネリストを務め公式任務が開始となりました

ようやく本日 8:30AMより講演して、その後は開放されます 戻りは 19:15発のロンドン・ヒースロー空港-羽田便です

いやあロンドンはなかなか良い街ですねえ これまでその良さに気づきませんでした

今また羽田空港国際線ラウンジ

本日は昼から 横浜みなとみらいのホテル東急で開催された日本心臓血管麻酔学会総会のランチョンセミナーに演者として招聘され、一時間の講演を行ってきました 演題は、TAVIです

この学会の会長は湘南鎌倉総合病院麻酔科の小出部長であり、僕の講演の座長をして下さったのは、鎌倉の心臓血管外科部長をされていて、今年から日本大学医学部心臓血管外科キョウジュに移転された田中 正史先生がされました 非常に栄誉なことでした

この講演のために、TAVIに関連したいくつもの論文を読破し、大変に勉強しましたが、頭の片隅では何時も、「ああ プログラミングしたい」と思い続けていましたよ

横浜で食事してから、鎌倉に戻り、そしてまた再び羽田空港に出発し、現在ラウンジなのです 明日、つまり9月17日土曜日 0:50AM発の羽田発フランクフルト行き ANA便でフランクフルトに飛び、1時間の Transitの後、ロンドンに飛びます

ロンドンに着けば土曜日8:00AM頃なのですが、ホテルに early check-inの後、Tokyo Valvesのmeetingが朝から夕方まで開催される予定なのです もちろん僕は絶対に参加していなければならないのです 僕以外は皆 20歳ぐらい以上若い先生方なのですが、何とか着いていこうと必死です 何時までそんな空元気が持つかなあ

という訳で数週間ぶりに Programmingをこのラウンジでしているのですが、フロントエンドの User Interfaceを造っていてどうにも頭悩まされたのです

それは、例えば <select><option>1</option><option>2</option></select> というhtmlのフォーム部品なのですが、走らせるとクリックした途端に文字が消えてしまうのです

うーん 何故だ こんな簡単な基本的部品でなんでそんなことが起こるのか?

起こっていることは事実なので一つ一つ原因を虱潰しに探索したのです その過程で「うん ひょっとして」と思うフシがあったのでそれを修正したところ、見事に解決です

それは僕みたいにやんちゃだとしばしばしてしまうのですが、DOM部品につける id tagを二重につけていたためなのです これは意外と見つかりにくいバグの要因となります idを二重につけていても大概は問題無く動作するのですが、条件が重なると異常な動作をします

もちろん idというのは一意的なものなので異常な動作、というのは正しい動作なのですが、なかなか見つけにくいのです

このような時には class属性にすれば良いのですが、class属性にしてしまうと今度は一斉に適用されていまいますよね

そんなこんなでこのラウンジでバグ潰しに20分ぐらい使ってしまいました でもこれってとっても楽しい時間なのです そうですね 子供の頃に鬼ごっこで遊んだような そんな時間なのです わかりますか? この感覚

何と そうだったのか

ここに二つのテーブルがあります そう、片方は doctor_tblsであり、今一つは role_tblsです 簡単にすれば

doctor_tblsは

doctor_tbl_id name is_male
1 saito 1
2 shigeru 1
3 hanako 0

このようにしましょう is_maleは性別であり、男性であれば、1 女性であれば 0としましょう

もう一つのテーブルは役割配置表 role_tblsで その構造は

role_tbl_id doctor_tbl_id role_kind
1 2 chair
2 2 speaker
3 1 moderator

のように例えばなります つまり、saitoさんは doctor_tbl_id = 1ですが、 role表の中の role_tbl_id = 3に配置されていますね そして役割は moderatorということになります これをSQL文で記述すれば

SELECT * FROM `doctor_tbls` INNER JOIN `role_tbls` 
ON `doctor_tbls`.`doctor_tbl_id` = `role_tbls`.`doctor_tbl_id`;

ということになります ここで良くあるように

role_tbl_id doctor_tbl_id role_kind
1 2 chair
2 2 speaker
3 1 moderator
4 1 speaker
5 1 chair

のようにsaitoさんの役割分担が三つに増えたとしましょう この時に、役割が2つの人を探す SQL文について考えみました なかなか正解には至らなかったのですが、色々調べてようやく分かりました それは

SELECT `dr_tbl_id`, count(`dr_tbl_id`) as `Frequency` FROM `role_tbls` group by `dr_tbl_id` HAVING `Frequency` = '2'

というものです ここで HAVING句を用いるのと、仮想列名 Frequencyというのを用いるのがミソなのです 素晴らしいですね

とにかく SQLというのはプログラミング言語の中でも異色のものであり、集合演算をするのです これを理解しないと無駄足を踏むことになりますね

これから北海道

またまた羽田空港ラウンジで飛行機を待っています 本日はこれから北海道に飛びます

本日午前中の二例のTAVIすばらしかったなあ 特に二例目はとても重症でしたが、皆の力を合わせ 何とか素晴らしい治療ができましたね

これだからこそ今頃ラウンジで飛行機を持っておれるのですよね

何と17, 8年ぶりのフィリピン

9月2日午前中発のANAマニラ羽田発マニラ行きの便に乗りそれこそ多分前回の訪問は1998年だったと思うのですが、してみると18年ぶりのフィリピン訪問をしてきました

マニラ空港もすっかり綺麗になっていましたが、空港から都心への道路は相変わらずのひどい渋滞でした しかし、今回は1990年頃に陸軍基地であった広大な地域を新都心として開発が始まり、現在も続いている Global Cityというマニラ近郊の都市が目標地点であったため、マニラ中心地へ向かう渋滞を避けることができましたので、30分ぐらいで Shangri-La Hotel Global Cityには、15:00には到着することができました マニラ中心街からGlobal Cityまでは 10Kmなのです

高層ビル群
高層ビル群

周辺は、新宿副都心も真っ青になるように40階から50階建の高層ビルが立ち並び、しかも今なお多数が建設中であり、道路は綺麗で多くの人びとが行き交っていました この情景にすっかり驚いてしまったのです これがアジアの力か そのように思いました 街中を歩いている人々は皆日本の街中よりも平均年齢が20歳は若いのではないでしょうか すごいパワーです

Global City
Global City

街中では日本料理とラーメンが人気であり、毎日築地から新鮮な魚が空輸されてきます しかし、マニラ旧市街に入れば、そこは以前より見慣れたアジアの雑踏であり、昔から見慣れた「ジープニー」という 4Km 8ペソ (今のレートで 20円ぐらい)が走り回っています

ジープニー
ジープニー

この日は、ホテルから歩いてすぐの日本料理屋に行き、新鮮な刺し身などを食べ、その後ラーメンを試みました

日本料理「おがわ」
日本料理「おがわ」
一康流(Ikkoryu)福岡ラーメン
一康流(Ikkoryu)福岡ラーメン

さて、今回は The 8th ASEAN TRI Seminarの Course Director
としてフィリピンに来たのです 今回は、Global Cityにある St Luke’s Medical Centerを舞台に行われ、Jose Nicolas M. Cruz先生と共に directorをしました Singaporeから Paul Ong先生もゲストとしてお招きし、ASEAN各国、主にフィリピンとインドネシアから合計 100名ぐらいの先生方が参加されました

St Luke’s Medical Centerは日本で言えば聖路加病院ですが、マニラ中心街の旧病院から分かれて新たに8年前に開設されたとても奇麗な病院です

St Luke's Medical Center受付
St Luke’s Medical Center受付
St Luke's Medical Center
St Luke’s Medical Center

朝 8:00前にホテルを出発したらば歩ける距離に病院があり、そのままカテ室に行きました そこで初めて症例を見せて頂いたのですが、症例は60歳ぐらいの男性で左冠動脈前下行枝近位部の慢性完全閉塞でした 閉塞部には複雑に分枝が何本も出ていて 「これは大変だ」と思わせるものでした なかなか double pressure linesというのをスタッフが理解してくれなくて、そのセットアップに時間がかかり、実際に手技を開始したのは 8:45AMくらいになっていました

ライブデモンストレーション会場は一階上にあるとても立派な講堂です

Henry Sy, Sr記念講堂
Henry Sy, Sr記念講堂
Henry Sy, Sr記念講堂内部
Henry Sy, Sr記念講堂内部

しかし、9:00AMからのライブデモンストレーション開始となっても、映像中継がなかなかうまく行かず、僕の開会の挨拶もすっ飛ばしてしまうことになりました 何しろ声が伝わらないのです 実際にうまく回りだしたのは 9:30AMを回ってからであり、それからは手技を解説しながら手技を続けました

6Fr bi-radial approach EBU3.5/AL1.0で開始しました 順行性に10分ぐらいトライしたのですが、案の定全く入り口分からずで これ以上粘っても仕方ない、という感じでしたので、すぐにretrogradeに移行しました 一番鮮明に見える中隔枝から行ったのですが、途中の蛇行が激しく、SUOH-03/SION-BLACKを用いても通過できなかったのです そこで二本手前の中隔枝に切り替えました ここもPDより入ってすぐに激しい蛇行があり、SUOH-03では超えることができませんでしたので、Sion-Blackを用いて何とか通過しました そして左冠動脈前下行枝に入って行ったのです ここでCorsairを何とか左冠動脈前下行枝まで持ち込もうとしたところで、6Frの Backupの限界で全てがバラけてしまいました

でもこんなことではへこたれません すぐに7Fr sheathに置換し、システムを7Frに変更し再開したのです そして、Corsairを何とかLADに通し、逆行性に Ultimate -> Conqeust-Pro12により左主幹部-大動脈に抜け、何とか Fielder-FCを順行性ガイディング・カテーテルに入れることが出来、RG-3で Externalizationしました そして、2.5mm balloonで拡張したのですが、この時点で判明したのです 何とこの部分 それはLAD近位部なのですが、そこで いわゆる double LADとなっていてメインのLADは少し遠位にあり、その部分が依然として慢性完全閉塞だったのです これには参りました 術前予想していた通りの複雑な解剖なのです

でも気を取り直し、RG-3をreferenceとして順行性に Ultimateで探り奇跡的にも順行性に通過させたのです 薬剤溶出性ステントを2本植え込み素晴らしい出来で終了しました

My team for bi-TRI for CTO
My team for bi-TRI for CTO

この病院では、あるいはフィリピンではでしょうか、PCIの最中麻酔医師が立会、TAVIの時のように Conscious Sedation without tracheal intubationで管理されていました

左から Cruz先生と Ohg先生、私
左から Cruz先生と Ohg先生、私

その後僕は講堂に上がり座長したりしてから、再び 14:30頃から第二例目を行いました この症例は石灰化したLAD病変でしたが、すんりと終了したのです

今回参加された先生の中に、僕がマニラで1998年訪問した時にTRIを仕込んだ The Medical Cityという病院の Jesus Edgar Villano先生から貴重な写真を見せて頂き、それを写真に撮りました

1998年マニラで
1998年マニラで

こうして今回も Excitingにライブデモンストレーションは終了しました その後、Faculty Dinnerが設けられましたが、僕は Cruz先生に丁重にお断りして、「これぞマニラ!」というエリア、海沿いの市場に行きました

活気のある市場
活気のある市場
マニラ湾特産ウニのFrech Freezing
マニラ湾特産ウニのFrech Freezing
これぞ石斑魚
これぞ石斑魚

これらの魚介類たくさん購入しても日本円で 8,000円ぐらい あのマニラ湾特産新鮮ウニは 800円です すごいですよね

そしてこの後は、「世界ラーメン紀行」を何れ書き上げようとしている僕としては外すことができないマニラのラーメンとして、二本でも有名な「一風堂」と、「山頭火」に行きました もちろんほとんど味見程度しか食べなかったのですよ

一風堂
一風堂
一風堂の「カラカララーメン」
一風堂の「カラカララーメン」
山頭火
山頭火

山頭火の辛味噌ラーメン
こうして激しく、情熱的で楽しく、また勉強になったフィリピン訪問は終わりを告げ、そろそろ僕も出発の準備せねばなりません そうそう最後に一つ フィリピン人のことを英語で何と言うでしょうか? 国としてのフィリピンは Philippinesですが、人のことは Filippinoというのです 頭が Fになるのです 知らなかったでしょう?