嬉しいな るんるん

昨日は経カテーテル的大動脈弁置換術 (TAVI)の新しいページを切り拓く世界に足を踏み入れました これはTAVIの適応拡大なのです もともとTAVIは心臓血管外科による確立した外科的大動脈弁置換術 (SAVR)が非常に危険あるいは不可能と考えられる重症大動脈弁狭窄症に対する新しい治療としてはじまりました

それがディバイスの改良、そして何より先人たちの経験と学問によりどんどんより外科的大動脈弁置換術低リスク症例にも適応が拡大されてきました そしてついに、外科的リスクが著しく低い、具体的には予想手術死亡率 3%以下の症例に対してTAVIが SAVRと同等の、あるいはより良い長期成績を有するか否か、それを検討する時期に来たのです

患者さんを対象として実験する訳にはいきません それでこのような場合には、臨床試験が厳しい倫理基準と科学的裏付けの下で行われます そしてそのような世界的臨床試験に医師として、あるいは患者さんとして参加することは、人類の歴史に新たな一ページを切り拓くという名誉なことです

昨日第一例目の患者さんは当院においてその臨床試験にTAVIとして参加できたお一人だったのです やはり僕はその興奮を隠せませんでした そしてもちろん非常にうまくTAVI植え込みが終了しました 何の合併症も無くです

それに引き続いて二例目のTAVI これも大変うまくいきました 患者さんはすぐにお元気で嬉しいことこの上無しです

そして13:30から 実際には14:00から MitraClipです この方はご高齢であり何回も心不全入院を繰り返してこられた重症僧帽弁閉鎖不全の方です まずは年齢が理由で、そしてその他の理由で外科的僧帽弁治療による手術死亡率が 12%ぐらいと予想された患者さんでした

まず僕が世界で一番うまい Brockenbrough 経中隔左心カテーテル法が非常に困難でした その理由は下大静脈が蛇行し、しかも石灰化していて伸びないのです それでそもそも中隔に穿刺針を当てるのが困難でした しかも中隔が体に対して縦に垂直であり、穿刺針の向きの同定も困難だったのです それでもエコーの助けもあり上手に穿刺しましたね この段階で 30分費やしました その後、とにかくひどい僧帽弁閉鎖不全であり Prolapseが P1, P2の二箇所あり まずどちらから clippingするか その判断に迷い、結局 P2で clipping,することにしました それでも左心房が小さく本当に難しかったのです

P2 clippingに成功しても僧帽弁閉鎖不全は P1/A1側にものすごく残り、左心房圧を見てみると40mmHgぐらいの大きな V波があり、これではとても駄目なので、P1にも苦労の上 clippingしました これにより V波は C波と同じ高さに低下し、ドップラーでの僧帽弁閉鎖不全はせいぜい 一度にまで改善しました

本当に良かったですしこんな難しい症例を大成功裏に終了でき 本当にルンルンです 終了は 18:00でした 疲れましたねえ

その後 鎌倉ライブデモンストレーション実行委員会を開催し、遠方からも委員の先生方に集まって頂きました 多くの委員の先生方は 6:30 AM羽田発の便でそれぞれの病院の仕事に間に合うように戻られるのです 本当にご苦労さまです ありがとうございます

本日は日曜日 ブックスペース栄和堂

本日は久しぶりの日曜日です 12時開店のブックスペース栄和堂で3.5時間ぐらい一杯のコーヒーでまったりとした時間を過ごしています

ここは電源とインターネットフリーなのでプログラミングするにはとても良い環境なのです 本日は珍しくお客さん少なく僕以外にはこれまで3名のみであり、しかも何れも1時間ぐらいで出ていきました

例の学会演題プログラムに関しては、共同演者登録の部分でデータベース構造を根本的に変更し、それに伴いプログラムも大幅に書き換えているのです なかなか基本的な構想がまとまらないのでプログラム書きながら変更しながらの作業です それでもローカル Web上ですぐに検証できるのでとても良いですね これがコンパイラーによる作業であればこうはいきませんよね

それにしても僕の持っている武器は PHP/jQuer/Bootstrap/MySQL/htmlぐらいの乏しいものですのでなかなか思いどおりには行きません 新しい世界観 たとえば今注目しているのは Vue.jsですが、これなんか多分永久に届かない世界かも知れません やはり圧倒的に新しい物に取り組む勢いが年齢と共に低下しているのを感じます そんなことに負けたくはないのですが、現実も見ねばならないでしょう どこかで妥協して結果的に自分の能力を最大限に引き出す戦略が必要なのかも です

でも、救いの一つは、本日も Airさんとやり取りしていて新たな世界の入り口に片足の足首だけ入れることができました ありがとうございます

投資コンサルタントのお話

シカゴの Sheraton Grand Chicagoホテルのバーで飲もうとしていたところ、外国人に別々に二人から呼びかけられました 当初は相手が誰が認識できなかったのですが、二人目の方は、2005年にお会いしたきりの再開でした その方は Wall街のどなん中、ものすごく有名な証券会社で投資コンサルタントをしている方です

彼から、僕が今は無くなってしまった St. Vincent’s Catholic Medical Centerというマンハッタンの下の方のものすごく良い場所にあった伝統ある歴史的病院で院内ライブを何回かした時に面会の依頼が来ていたのです 最初何の用事かさっぱり分からなかったのですが、ホテルに迎えに来てくれ、連れて行かれた先は、入り口からがっちりセキュリティされた Wall街のど真ん中の超有名証券会社だったのです 彼にエレベーターで連れて行かれた先は、10数階にあったと思うのですが、ある部署の小さな会議室でした その部屋には僕、彼、彼の同僚の三名で入り、17:00 – 18:00色々な会議というか何というか話がありました

要するにその内容は、2005年 DES(薬剤溶出性ステント)が新たに日本市場にも投入される予定であり、そのことが日本の医療市場にどんなインパクトを与えるのか? そしてそれがポジティブであれば、米国の投資家にもそのような動きに投資を勧めるのがコンサルタントしての重大な使命であり、そのためには日本での状況をつぶさに調べたい、そのような趣旨だったのです

まあ正直自分ごときの意見が何百億円のお金を左右に動かせるほどには重要ではないと思ったのですが、自分からすればその後のご褒美期待もあったのです 通常このような多分インタビューには契約書や秘密保持の取り決めしたりして、某かのお金のやり取りがあると思いますが、この時にはそのようなややこしいことは無く、口頭で、「はいお礼はお金でなく、おいしい寿司ですよ」と、もちろん英語で言われました これは魅力ですよね

そして終了後連れて行かれたのが当時も今もマンハッタンでは一二を争う寿司の名店「jewel bako」だったのです これって要するに「宝石箱」ですね その内容はそれはそれは素晴らしいものでした そしてその後連れて行かれたのが、典型的な日本の居酒屋「matsuri」これは祭りですね でした ここもすごい居酒屋でしたが、残念ながら今は閉店しているようです

まあそのようなことがあったのですが、要するに言いたいのは、彼はこの TVTという最先端の学会に顔を出し、色々な人々に接触し情報を入手試みていたのです TVTでは世界の最先端の医療機器が出てきます もちろんそのような中で 100の Venture Companyが出てきてその内の多分一つから2つぐらいしかものにならないのです そのようなチャレンジを支えるのが投資家と投資資金のまわりにある色々な職種の人々なのだと思ったのです

翻って日本ではどうか? 残念ながら日本の大手医療機器メーカーは僕が考えるにほんの一つあるいは2つの非常に challengingな姿勢を維持しているメーカー以外、とても消極的で単に M&Aしか考えておらず、その中から自らの頭脳を伸ばそうという姿勢が無いのです これが日本の問題点である、そのように思いました

シカゴをもうすぐ離陸

今回 TVTに参加のためシカゴに来ました TVTは LondonValvesと並んで世界のトップを走る Structured Heart Diseaseに対する学会です 要するに TAVI (経カテーテル的大動脈弁置換術)とか、日本では最新の治療法である MitraClip (経皮的僧帽便接合不全修復システム)に関してライブを含めガンガン討議する学会なのです 日本も早くこのレベルに達するように願っていて、また努力しているのですが、そうですね まずは10年遅れています

この差は何なのか? これが意外と本質的な日本という国家の弱点につながるのですよ 日本には Airさんのように優秀なソフト技術者がたくさん存在し、頭脳のレベルは非常に高いと思うのですが、現実世界ではなかなか世界のトップにはならないのです 昔 YS-11というプロペラ旅客機が製造され、僕もそれに乗って伊丹から高知に飛んだことがあります そのようにある時期日本は優秀な飛行機を制作していたのですが、あの天下の三菱重工が手がけている MR-J (Mitsubishi Rejonal Jet)は開発が既に5年間遅れ、おそらくは世に出ずに終わってしまうのではないでしょうか 三菱重工と言えばあの戦艦武蔵を生み出した長崎造船所で豪華客船製作中に火災で全部ダメになったり、一体全体何時から日本の工業力がこんなにも低下したのでしょうか?

日本人がだめだから? いやそんなことはないのです 現実に Honda Jetは快進撃しています 要するにこれまで日本という国家が戦後培ってきた常識とか、考え方とか それが時代についていけなくなってきたのです

あれ何の話しているのでしたっけ? そうそうだから TVTのレベルに日本は10年遅れているのです 今回その原因の一因を思い知ることがありました

それは昨夜夕食をラーメン屋さんで食べてからホテルのバーで飲んでいる時です この時に二人の方から話しかけられました 一人はお医者さんであり、まあ色々な話をしましたが、その後話しかけて来られたもう一人が実に 2005年4月以来会ったことの無かった人なのです その方は、Wall街の誰でも知っている超有名な証券会社で何と言うのでしょうか? ブローカー? 投資コンサルタント? うんその言葉が正しいでしょう 投資コンサルタントをされているのです 多分今も あっ、そろそろ搭乗ですので行かねばなりません この続きはまたね

これからシカゴ 昨日は MitraClip

今回は TVTに参加(招聘)のためシカゴに羽田空港より飛びます 毎年このようにその分野の主要な学会に参加するのは年々辛くなってきます 「この学会参加せねば、ゆっくりと寝て過ごせるのに・・・・」なんて考えてしまいます これが歳をとって行くということでしょう

さて、そんな中昨日も頑張って MitraClipしました その前に経カテーテル的大動脈弁置換術 (TAVI)を二例、心機能高度低下例に対する S2植え込み、そし鎖骨下動脈ルートの EvolutR植え込みでした 両症例とも僕はサポートに回りました 非常に順調に終了し、安心して 14:00からの MitraClip植え込みに移りました

Brockenbroughに関しては世界で一番上手な僕ですから何の不安もありません 今回は、経食道心エコー法を見ることによって初めてその存在を僕自身認識した ビローっと伸びていく心房中隔でした このビローっと伸びていく心房中隔と僧帽弁の Barlow’s Syndrome (バーロー症候群)が同列に合併するものか否か僕は知りませんが、ここの患者さんは心房中隔穿刺時に、通常よりも心房中隔が伸びてなかなか穿刺針が通過できませんでした そうですね経食道心エコー法 (TEE)で見ていると 20mm程度は伸びましたね この患者さんの僧帽弁閉鎖不全では後尖に Barlow様の変形がありましたが、本日は後尖とそれに引きづられた前尖の逸脱でした

まあ割と難しい Clippingだったと思います それでも経食道心エコー法で観察すると二個の Clipping後 MR4度が 1度にまで低下し、劇的な効果で終わりました これまで症例を積み重ねるにつれ、それまで自分では何一つさっぱり分からなかった経食道心エコー法所見も段々と見慣れ、自分の手をどのように動かせば標的に相対すことができるか随分と分かってきました もちろん未だまだで今後とも激しく収れんが必要です 経カテーテル的大動脈弁置換術のレベルにははるかに到達していません

MitraClipはエコー屋さんの世界だと教わってきましたが、いえいえどうしてカテ屋さんの世界だと思いますよっ 残念ながらそういうことをほとんどの Interventional Cardiologistsが知らないのでしょうね 知る機会もあまり無く、また知る機会を作ることも困難ですよね まあ自分はこのような境遇に放り込まれたのですから、この道を突き進んでいくしかありませんね

それにしても進化しているとはいえ、昨日は終了時刻 6:00PMであり、四時間の手技でした 老化した体には体力の限界です でも MitraClipを日本にも根付かせる使命があり、それが患者さんのためだと信じていますのであと何年間か頑張りましょう

可児ライブ

昨日6月16日は岐阜県東可児病院で可児ライブが行われました 例年の如く、新幹線で名古屋に入り、そこから名鉄電車、あるいはJRで可児駅まで移動します あるいは犬山まで移動し、そこからタクシーという手もありますが、電車での移動の方が風情があって好きです

土曜日の一例目のRCA慢性完全閉塞に対してPCIを行わせて頂きました 助手や、解説などで色々な先生方に助けて頂きました 症例はまかり間違えば大変なことになっていたのですが、なんとか皆様方のお陰で乗り切ることができました

その後、JR可児駅からJR電車に乗り、「美濃太田駅」まで移動、それは数駅であり、10分ぐらいの移動でしたが、途中「木曽川」を渡り対岸に移動するのです この美濃太田は、1983年9月28日に木曽川が大氾濫し、壊滅的にやられたのですが、幸い旧中山道太田宿に残っていた旧家などはかな残り、その後保存作業が行われ今の旧中山道の雰囲気が残されているのです

美濃太田駅
木曽川
コクウ喫茶

せっかく岐阜そして可児に来たので、何となく旧中山道の味わいを楽しみたく移動したのです ここには以前郵便局であった建物を利用した喫茶店「コクウ喫茶」というのがあります この店は「虚空」から名付けられたとのことです

また少し歩くと、魚やさんがあり、その先には太田宿本陣跡、そして太田宿会館があります

太田宿本陣跡
太田宿会館

この歴史の中に佇んでゆったりとした時間に浸り心が少し開放されました

なかなか眠れない

昨日は朝から夕方まで缶詰で 英語漬けでした とっても辛いですねえ New Yorkはものすごく景気が良い雰囲気です たくさんの人が街を行き交い道は自動車で大渋滞です シャッターを降ろしている店もありません

今日も朝から会議があり、9:30AMぐらいにホテルを check outしてそのまま JFK空港に向かい羽田に飛び帰国します

五番街

とは言いなから

あーん あーん と言いながら実は今から New Yorkに飛ぶのです

これはほぼ公用です

新たに日本で導入されるであろう治験を既に終了し、日本国内からは鎌倉が一番症例経験豊富な新しい治療法のグローバルな検討会に出席するためにこれからNew Yorkに飛ぶのです

木曜日夜飛んで木曜日夕方 New York到着、そして金曜日土曜日と会議して土曜日の午後に帰国の便に、日本到着は日曜日夕方です

こんなにハードな予定、誰が好んで行くものでしょうか? 正直辛いのですよ 分かって頂けますね これが New York観光であれば良いのでしょうが、そんな余裕はありません そんな日程の中でブログを updateしています

あーん あーん

まさしく「あーん あーん」です

自分の能力が低下しています これまでは自分でも「僕って天才」と思えることがいくつもありました でも 最近は無いのです 無いのは未だいい 問題は 明らかに自分の能力が低下しているのでは? と思うのです

これまで、僕の最大の能力は Typing speedでした 何故か 何故ならば僕は日本語入力の時には「かな漢字」変換を行い、アルファベットを打つ時には、自動的にANSII Key Boardの配列になるのです そのように自分を 30年ぐらい前に訓練したのです この結果、自分の Typing speedは理論的に日本語入力の時に、ローマ字カナ変換に比較してほぼ倍のスピードになるのです

これスピードだけの問題ではなく、自分の思考がタイピングにより制約されないことを意味し、その結果頭脳の空間が拡大するのです

それに疑問を挟むようなことが最近あるのです 歳か? あるいは頭脳の病気か?

まあやれるところまでやらざるを得ません それで答えが出てくるでしょう

何れにしても現在は僕は未だまだ元気であり頭脳も明晰です 今も phpで画像 uploadの部分の勉強しながらプログラム書いています JTVT2019のプログラムは自分の尊厳を賭けて仕上げるつもりです

インターネットを通じたつながり

今朝は体調不良 もう歳かな それでも本日 TAVI二件、その後 MitraClip 1件あります まあそろそろ体調も戻り、またTAVIに関しては若手に完全に任せますので良いでしょう 全力を MitraClipに傾けますよ

それはそうと今朝メールを開けると「ぎぎ」としました 僕のこのプログにコメントが投稿されていたのです いやあとても感激しました この方はかなり高度なプログラミング知識と技術をお持ちの医療関係者だと推察します その方が、ご自身で開発されている DICOM Viewerである Horlixにおいて、ある種の DICOM-USフォーマットが読み込みできないために(しかもこれが Philipsなのです: 実際この Philips machineの DICOM-USは変です 当院でも読み込めない事例が発生しています!!)、 DICOMで検索しておられて僕のこのブログにヒットされ、そしてコメントを頂いたのです

とてもとても僕なんて足元にも及びません そんな方からのコメント「ぎぎ」とすると共に感激です 思わずこんな返信してしまいました

ちなみに僕の DICOM Viewer開発苦労話はここにまとめてあります

 

air様

コメント頂きありがとうございます Githubなども見させて頂きました また、OpenDolphin関係のページも見させて頂きました 世の中にはすごい方がおられるものだ、とただただ感心するのみです
私なんかは既に 68歳ともなり、頭脳はどんどん硬くなると共に処理能力が劣る一方です そんな自分でも Z80 assemblerでプログラミングの真似事を始めた20歳台の頃の、わくわくした思い、それを取り戻したくて、かつ謎であった DICOM-XA それに取り組んだのは既に 10年以上の前のことでした
しかし、自分の能力がとても足りず JPEG規格書を読んでもなんのことかさっぱり理解できない状態が続きました 自分の患者さんに引退された工学部教授がおられ、その方の教え子に信号処理を専門にやられている研究員の方がおられたので、その方をご紹介して頂き、直接 JPEG規格書と DICOM規格書から DICOM-XAが JPEG losslessで圧縮されていることを掴み、そのHuffmann Code解読プログラムをなんとか書くことを開始しました それでも何がなんだ最初はさっぱり分からず、随分と苦労して慣れない C++ (VisualStudio)を用いてプログラム書き始めました
最後にはようやく DICOM-XAで動画を Windows上で動かすことに成功しました
それができるともうそれ以上進むのは自分では無理だと達観してしまい、DICOMの世界から離れてしまい、今は Osirixの単なるユーザーになっています
Osirixが高額でありしかもひどいことには、MacBook Proの USB-C端子4つの内2つが自然故障して、修理に出したところ、logic board交換となり、それと共に Osirixのライセンス切れてしまい、またまた 100K円の支払い発生するという理不尽を経験して、Horosともめぐり逢いました
そしてその Horosより派生させ、さらに改良を加えられている Horlixをご紹介頂き感激しています
でも正直、自分でも Webのプログラムを Githubに蓄えたりしていますが、 air様の Horlixに関して、どのように実行ファイルを作成すれば良いのかその手順すら理解できない自分です
開発などでお忙しいでしょうが、どうぞ今後共お時間のある時で結構ですので、ご指導宜しくお願いします

齋藤 滋