HorliXの少しの tips

さて皆様方は AppleStoreから HorliXを購入しましたか? OsiriXは二年間で 10万円以上のライセンス料が必要であり、二年ごとに更新が必要です 特に問題なのは、Logic Board上の固有番号を購入OsiriXは読み込み、これによる完全なソフトの copy protectがされていることです

不正なコピーを防ぐ目的ではこれは正しいと思いますが、しばしば Macが壊れるのです その時にはほとんどの場合、Appleにより Logic Boardそのものが新品に交換されるのです そこに OsiriXをインストールして以前の serial No.を入力しても二度と作動しません これが何を意味するか? つまり再度 OsiriXのライセンス料を購入せねばならないのです

こんなの馬鹿げています 本当にひどいですよね 他のソフトは殆どの場合そのメーカーのサイトにアクセスして ID/PWでアクセスすればライセンスが取得できません もちろんその時にはインターネットでつながっているマシンは同時には一台のみしか作動しないようになっています これがまともなコピープロテクトだと思います その点 OsiriXは最悪です!!!!

という訳で皆様方 HorliXにしましょう AppleStoreに行って、HorliXで検索すれば一発で出てきます

さて色々と分からない部分も多いでしょうね 僕がこれまで経験した tipsです

  1. OsiriXのデータを読み取るには?
    1. OsiriXのデータは通常は「文書」フォルダに OsiriX Dataという名前のフォルダにあります
    2. これは ターミナルからはたいてい $ls -l ~/Documents というコマンドを叩けば Osirix\ Data という名前で確認できます
    3. HorliXでは ファイル -> import でこれを読み込めます
  2. Albumを読み込むには?
    1. Albumは便利でありまた分類するのに重要ですよね まず OsiriX側で ファル -> アルバム -> アルバムを保存 とメニューをたどりどこか 自分は デスクトップに 書き込みました 僕の膨大な DICOM fileでもアルバムのサイズはたかだか 800KB程度でしたのでメールでも送れますね
    2. ついで、このアルバムを HorliX側では ファイル -> Album -> import albums で読み込みます
    3. これで完璧に OririXのアルバムも HorliX側に読み込むことができました めでたしめでたし
  3. HorliXのデータはどこにあるの?
    1. これは Unix/Linus commandsをターミナルで自由に打ち込めねばなりませんので良く分からない人は手を出さないで下さい データなど重要なファイルを壊して二度と Macが立ち上がらなくなる危険がありますので
    2. ターミナルで通常の Unix commandである findを用います
    3. $find / -name HorliX\ Data
    4. このコマンドにより大量のリストが出てきますが、その中にあります
    5. このパスを記録しておけば、HorliX Dataをどこにでもコピーできますね

以上 HorliXの Tipsでした でもHorliXのメニューまだ完全には日本語化されていませんね あと、ペインが左右に拡大できないバグもあります 作者の方には改善をお願いしましょう

HorliX日本国内実質的な第一号ユーザーとして – (2)

今 San Juan空港で Houston行きの便を待っています あと少しで出発です この空港には何と Free WiFiが無く、スマホからアクセスしています

さて、少しこのサンファンのことについて書きましょう 何百年か昔、コロンブス達がスペインからカリブ海に押し寄せてきました そしてあっという間に占領し、このサンファンに砦をつくりました 今ではその砦は保存されています 見た目は美しいのですが、実際には何万という人々の命が失われたのでしょう

第一号砦
サンファン砦
サンファン砦

さて HorliXですが、良いですよ OsiriXで溜め込んだ数十GBの DICOM dataを問題無く読み込め、再生できています 一つ気づいた点がありましたが、これは開発者の Air様に問い合わせています ところで Air様が僕が第一号ユーザーであることを公開して下さいました とても光栄で嬉しいことこの上無しです

さてこのプエルトリコには医科系大学が 3つありますが、カテ室もその3つのみです Interventional Cardiologistsは全土で 40名ぐらいしか存在せず、しかもその全員が冠動脈インタベという訳では無いそうです この方たちが集まって今回 Sheraton Hotelで学会が開催されました とても heated discussionが繰り出されるのですが、スペイン語で早口で言うので良く分かりません

Grovas先生とのとっておき写真

僕はこの学会で30分ずつ 2演題の講演をしました それが昨日土曜日のことです そして今朝 日曜日の 4:30AMにホテルを出てこのSan Juan空港で今 6:00AM前 Houston行きの便を待っています 早く日本に戻りたいものです

でも、正直この生涯で Puerto Ricoに行くとは思ってもいませんでした 世界が広がりました

なんにせよ Puerto Ricoはとても良い国です 日本で言えば 丁度「石垣島」という雰囲気でしょうか

カリブ海に面した美しいレストラン

HorliX日本国内実質的な第一号ユーザーとして – (1)

さてこのプエルトリコではひどいひどい時差ポケの中頑張りましたよっ そう言えば知らなかったのですが、Puerto Ricoというのは人口 350万人ぐらいのカリブ海に浮かぶ孤立した島ですが、このあたりはスペイン人がたくさん攻め込んできたのでしょうね 全てがスペイン語です でも歴史の中でアメリカ合衆国が攻め込み、今はアメリカ合衆国の一部なのです それで人々のパスポートは正式な米国パスポートです でもね、アメリカ50州の中には未だ加盟が許されず、従ってアメリカ合衆国の選挙権が無いので、この前の大統領選挙も全く無関係だったらしいですよ

まあそれは不満でしょうが、合衆国は税制優遇作を適用し、それでこの大した産業が無い島が成り立っているそうです 主な産業は「観光」であり、観光の対象は米国本土の人々らしいのです でも、去年の秋 2017年9月に襲ってきたカテゴリー5の超大型ハリケーン「イルマ」のために壊滅的被害を受け、数千名の命も失われたようです このため、観光施設もやられ、また未だに電力の供給も完璧なものではなく、街は一部を除けば信号機も消え、暗くなっています

何より大きなことは、これを契機にアメリカ本土からの観光客が激減し、大きな観光被害となっているのだそうです 実際僕が接触したプエルトリコの人々は皆流暢な、少なくとも僕のたどたどしい英語が恥ずかしくなるぐらいの素晴らしい英語も喋られます それでも本土の人々はプエルトリコでなく、今は他のカリブ海島国やメキシコの観光地を訪れているようですね

そうそう医療産業はこの中で優遇処置を受けており、各社の工場がたくさんあるようです これも被害を被ったようです 早く経済が回復すると良いですね もっとも僕が宿泊した San Juan Sheraton Puerto Rico Hotel & Casinoではとても景気良いように見受けられましたので実態は分かりません

さて、木曜日にはとっても難しい慢性完全閉塞に成功し、先方のとてもやる気のあり、意欲のある若手の先生 年齢は 45歳ぐらいかな? Dr. Damian Gravas Abad先生は僕に熱心にガイドワイヤー選択のアルゴリズムを問いかけてきて、それに回答したりしました そして、夜は Seafood Restautantに行きましたよね

Dr. Grovas
カテ室

この病院 Cardiovascular Centerは随分早期に JCI認定を取得している病院です 鎌倉が取得したのは 確か 2010年だったと思いますが、それよりもずっと昔に取得です すごいですね

JCI認証

金曜日には、冠動脈バイパス手術術後患者さんでとても長い病歴の男性患者さんが用意されていました CCS class 2以上の労作性狭心症であり、彼が数ヶ月前にトライされたのです 左内胸動脈が左冠動脈前下行枝につながっているのですが、右冠動脈も左回旋枝も慢性完全閉塞であり、しかもその上に蓋をするように石灰化した左主幹部も慢性完全閉塞なのです それでバリバリの狭心症なのです 彼のシネを見たのですが、順行性、内胸動脈経由の逆行性を右冠動脈にも左回旋枝にも試み、都合5時間費やし、結局あきらめたそうです シネを見て僕は、「これは無理だ」と思いました そして彼にもそのように進言したのです でも患者さんの強い希望もありトライして欲しいと言われ、結局行いました しかし、1時間ぐらい色々試みましたがやはり「これは無理」と宣言し中止しました 患者さんに対しての悪影響はありません 結局この日は他の患者さんたちは、キャンセルとなったり、そもそも慢性完全閉塞が無かったりで、これで手技を終了し、自由時間となったのです

あっとこの後 HorliXについて記載する予定なのですが、そろそろマジで出発準備せねばなりません また後で

相変わらずひどい時差ボケ

日本時間 8月08日水曜日夕方の成田発NY行きの ANA便で出国しました そして、NY JFK空港から、タクシーで マンハッタン島を迂回して対岸のNew Jersey州の New Ark空港に移動しました これはあくまでもアメリカ国内移動なのです そして、New ArkよりUA便で (あくまでもアメリカ国内移動です)、Puerto Rico (プエルトリコ)の州都 San Juan (サンファン)空港に到着 これらは飛行時間3時間以上かかりました 何しろキューバを飛び越えて行くのですから

San Juanのシェラトンホテルにチェックインしたのは既に 8月09日の午前 1:00AMを回ってからでした この日は3:00AMに覚醒し、それから新しい MacBook Proにいろいろなソフトをインストールしていました まだまだ足りない部分があり、肝心の Google日本語の辞書をファイルして持ってきていませんでしたので、随分と不便です

11:00AMにホテルを出て、ホテルから 15分ぐらいの場所にある、Puerto Rico大学附属病院 これは広大な敷地に色々なセクションで分割した大きな建物からなる病院がいくつも立ち並んでいるものでした その一角に、心臓病センターがありました

心臓病センター
心臓病センターを意味するのだ
道路を挟んだ向かいにある大学病院の一角

さて、心臓病センター3階にはカテ室が 6部屋並 んでいました マシンは最新式の Philipsです これに加えて手術室に向かって Hybrid室があり、そこではTAVIもやられているそうです

何しろ機材準備室にはレーザーマシンが2台ある他、FFR、OCT、IVUSはもとより、ロータブレーターも準備され、DESに関しては主要メーカーのものは揃っていました もちろんアメリカの一部なので FDA認可されているもののみでしたが・・・・

さて、たくさんの慢性完全閉塞患者さんが用意されていました とても全ては自分一人では治療できない数です すべて過去にトライされ不成功に終わっている症例です

昨日 11:30頃から治療にかかったのは、まず右冠動脈の慢性完全閉塞でした 既に左冠動脈前下行枝には薬剤溶出性ステントが植え込まれていました 当初右大腿動脈より 7Fr ガイディングカテーテルを挿入して中隔枝経由でのレトロを狙いましたが、最終的には非常に細いネットワーク状の連結でありこれを超えることはできませんでした そこで、右橈骨動脈より挿入した 6Frガイディングカテーテルにより、順行性アプローチに切り替えましたが、ガイディングカテーテルによるバックアップが悪いため、Extension GCを用いて行いました 最終的には UB3により通過し、これを直しました

次の患者さんは左冠動脈前下行枝と対角枝の分岐部病変であり、これに対しては薬剤溶出性ステント二個を用いた Culotte stentingが行われました 行われました、という表現しているのは僕はこのテクニック嫌いであり、この症例の治療は現地の先生が行われ、僕は助手に回りましたので・・・ そもそもこれらの手技はアメリカ国内で行われており、そこでは医師の資格に対する審査が非常に厳しい筈です もちろん僕が今回の訪問で手技をすることは問題ありません

そして昨日最後の症例が冠動脈バイパス手術後の症例でした これも経大腿動脈的インターベンション + 経橈骨動脈的インターベンションで行ったのですが、非常に不穏状態がひどく現地の先生が途中で大量の鎮静剤投与された結果、呼吸が停止し、アンビューバッグによる呼吸補助が必要となりました 決して状態は良くなかったのです これに対しては最初から左冠動脈前下行枝からの中隔枝経由のレトロで入りましたが、右冠動脈の閉塞部は非常に屈曲した部位であり、丁度ヘアピンカーブ状の屈曲が二回連続している部位であり、その部分で慢性完全閉塞となっており、この通過はとまどりましたが、順行性と逆行性にワイヤーを進め、薬剤溶出性ステントを右冠動脈に合計4個植え込み成功したのです

この時点で 17:30になっており、そのままシーフードレストランに入りました ここはカリブ海の真っ只中 人口300万人の島 プエルトリコ (スペイン語で綺麗な港 という意味)です 魚介類は豊かなのですが、何しろ魚介類をおいしく調理する習慣が未だありません こんなに大きな鯛の仲間もいるのです

大きな鯛

見かけは鯛のようですが、体が流線型ですよね 白身の魚でしたが味はおいしいものでした できれば釣り上げた直後に〆て、わたとエラをとって氷の中に保存したまま市場に回して欲しいなあ そうすれば僕がさばいて、それから酢と塩で〆てからおいしい寿司を握るのですが・・・・

という訳で本日もひどい時差ポケ 睡眠時間2時間です

まったく大変でした そして HorliX

先週後半は心血管インターベンション最大の日本国内学会である CVITが神戸で開催されました 僕自身はこの学会から半分リタイアなのですが、会長の倉敷中央病院門田先生より、たくさんの仕事を仰せつかり、亡くなられた親友 光藤先生に対する恩返しも込め、たくさん仕事させて頂きました

このため、先週は水曜日に神戸に入り、土曜日夜まで仕事をしたのです 流石に老体には辛く、ぐったりと疲れ果ててしまいました

それと平行して、MacBook Pro late 2016のバグマシンに苦しめられたのです 既に公表しましたように、USB type-C portが都合 4 x 2 (だって一度修理だしたのだから)の内、3っつが効かなくなり、さらには Command Keyが作動しなくなり、もう何時このマシンは反応しなくなるのだろう、と恐怖に苛まれました

このため、MacBook Pro 2018を注文し、それが届いたのですが、今週はじめより、TimeMachineからのリカバリーを試みるも、新たにuser accountが設定されたり、とても気に食わなかったので、何と3回も High Sierraを更からインストールすると共に、SSDを初期化してこれまでの記憶をすべて消し去ったのです

とは言っても社会生活しているので完全に記憶を消滅することは叶わず、結局必要なアプリをインストールして、backupより主要なファイルをリカバーして、そして各種設定したあげく、何とか今現在ブログにもアクセス可能となり、現在の仕事で重要なファイルが作動することも確認できました それが完了したのは、実は 13:15に自宅出発して大船駅から電車で成田空港に移動なのですが、作業完了は何と本日 13:14でした

まったく滑り込みです

でも一ついいことがあるのです、それは最近メールでのコンタクトのみなのですが、DICOM Viewer開発者の air様から 「何と HorliXが Appleの審査に一発で通過し、AppStoreに挙げてある」との情報でした

それで、本日この New MachineにHorlixを AppStoreよりインストールしたのです DICOM dataは大量のものが、OsiriXからのものをこのマシンにコピーしてあるのでこれを使う予定です  Horlixの説明文には痺れますね かっこいい ぜひ皆様方も「時代は Horlixだ」と叫びながら Osirixから切り替えましょう