予定では今日は

本来数ヶ月前に今日の予定は、ある病院を訪問し、いわゆる「出張カテ」を行う日でした

昔はしばしばこの「出張カテ」というのはありました それこそ毎週多い場合には二回 泊りがけで行くような離れた病院に「出張カテ」に出かけていました もちろん僕の所属している徳洲会系の病院もありましたが、多くの場合、何の系列も関係無い病院でした 多分その頃は自分のPCIの知識や、テクニックは他の追随を許さない何かを伴っていたのでしょうか? だからそれらの病院の先生方に招聘されていたのかも知れません 正直自分は招聘する立場になったことがほとんど無いので真相は分かりません

もちろん、その中には半分ぐらいが外国、当初は1991年への最初の北京医科大学と国立阜外循環器センターへの訪問から始まって、あっという間に東南アジア全域、そしてヨーロッパ、米国 そしてアフリカ、中東、中南米と 世界中の病院「出張カテ」も増えていったのです

でも気がつくと最近は、外国訪問こそ一年に 30回くらいの出国を重ねていますが、いわゆる外国への「出張カテ」は減ってきています そうそう、僕は4,5年ぐらい前までは過去10年間ぐらい世界最大のライブデモンストレーションである EuroPCRで Operatorをしてきました あの緊張感と達成感は未だに忘れられません、最後に Operatorをしたのは4, 5年ぐらい前だと思うのですが、いや 3年前かな? その時に Course Co-Directorの Jean Fajadetから言われました 「もうそろそろ Operatorは引退ですよね」「世代を交替していかないと EuroPCRも次に続かない」と言われたのです 実際、Jean Fajadetも自ら EuroPCRで Operatorを行うことは停止し、自らは Organizerとして振る舞うようになったのです

こんなこともあり、「出張カテ」は減っているのかな? まあそれぞれの言い分はあります 世代交代も重要ではあるが、世代交代を超えた何かを出す、それも可能性としてはあり得る、また一つの標準として続ける、ということも可能性としてはあり得る なーんてねっ

何の話でしたっけ、そうそう今日は本来出張カテでしたが、何時もは中身を確認しないで突撃出張カテを行うのですが、今回はめづらしく送られてきた二症例分のCDを拝見しました そして思いました 「これを行う気力は僕には無い」 そう思いました 実際何回もトライされて何回も失敗しているCTOなのでした それはそれで病歴ですので良いのですが、何れにしても自分にはこの症例のCTOにまたトライする気力は無い、それが回答でした

これまで世界中のライブデモンストレーション、日本国内の大きなライブデモンストレーション それらのほとんどの場面で失敗例のCTOに対する再トライを命じられ行ってきて、そのほとんどの場面で成功してきた自分ですが、それでも「この症例についてはトライする気力は無い」 だったのです

そういう訳で本日は朝から鎌倉です 夕方にはまた毎週の如くの札幌東徳洲会病院行きです もう大分と寒くなっていることでしょう 一週間前に手稲山山頂は白い雪で覆われていました 今年の札幌は例年より寒く、また大雪になる予感がします

投稿者: (KAMAKURA & SAPPORO)Dr_Radialist

Expert Interventional Cardiologist and Amateur Computer Programmer

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