これから長旅

今 NEXで成田空港に向かっています。これから London経由 Sao Pauloそして Salvadorに向かいます。当地で ブラジル心臓病学会が開催され、恒例で招聘されているからです。今回日本帰国は次の日曜日です。長い旅です。片道 36時間でしょうか

うっかり

今朝はうっかり でした。今朝は河北省第二病院からライブデモンストレーションを飛ばすだけでなく、08:30AMから lectureをせねばなりません。そのため、 7:00AMに morning callを頼み、それから食事して、そして会場に出かける、そのような段取りでした。

ところが、朝例によって自然覚醒し腕時計を見ると、「あっ、やばい既に 06:50AMだっ」 そしてガバッと起きてすぐにシャワーをして慌てて一回まで荷物をまとめて降りました。「何で morning callが鳴らないのだろう」と思いながら降りると未だレストランは開いていないのです。この時刻に開いていないなんてどういうこと? と思い、ここで気づきました。当たり前です時差一時間あるのをすっかり忘れていたのです。

そうです。未だ 06:10AMだったのです。うっかりでした。

昨夜は遅くまで飲みました。飲んで議論して、友情を深め合い、そして更には統計学的検討もしたのです。ホテルの部屋に入ったのは既に 0:30AMを過ぎていました。つまり日本時刻では 01:30AM過ぎだったのです。

昨夜は China Heart Society (中国心臓病学会)の第14回年次学術集会の歓迎晩餐会がありました。僕も主賓として参加したのです。ものすごく大きな晩餐会で緊張しました。そしてその後 08:00PMからいよいよ DRAGON Trialの初めての Kick-off investigator meetingを開催しました。多くの Opinion leadersが集まりました。政治的に厳しい中国ではあり得ない光景だったのてす。我ながら「僕はすごいな、ここまで良く頑張ってきた」と、そのように思いました。

会は非常に有意義に色々なことを議論しながら進み、 10:00PMまでかかりました。その後、友人の Dr. Xu Boそして Dr. Li Weiと遅くまで飲みながらさらに議論を深めたのです。

そもそも昨日羽田からの飛行機は遅れ、北京国際空港出発が 2:00PMになっていました。北京から石家荘 (ShiJiaZhuang)までは 300Kmであり新幹線は開通していませんので、在来線かあるいは車での移動しかありません。今回は自動車で移動しましたが、途中何箇所か大渋滞のため、会場に到着した時には既に 6:30PMとなっていました。今回石家荘を訪れたのは 10年ぶりであり、これで三回目でした。 10年前が昨日のように思い出します。時の流れは早く、自分に残された時間も少ない、そのように思います。今をたくさん生きましょう。

DRAGON Trialは歴史に残る臨床試験の一つとなるように皆で力を合わせて頑張ります。

これから中国

これから羽田-北京便で中国に入ります。そして、高速で2時間の石家荘に入ります。当地で China National Congress of Cardiologyという中国国内における心臓病学に関する学会としては最大級の学会が開催されるのです。この学会は基本的に中国の先生方のみが参加する学会であり、他の学会と異なり、外国人が幅を利かすことは無く、これまで外国人医師を招聘したことは無かったのです。従って僕も参加するのは初めてです。

本日到着してから、いよいよ Dragon Trialの Investigator Meetingを主催するのです。この試験は僕が3年間温めてきた試験です。中国を舞台として、real worldにおいて経橈骨動脈的冠動脈インターベンションと経大腿動脈的冠動脈インターベンションの完全無作為試験を行い、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの有効性・安全性を実証しようというものです。All comers trialです。

Dragon = Decision between RAdial and GroiN なのです。プロトコルを書き、各所に働きかけ、ようやく実現しそうです。長い道のりでした。

TAVI無事終了

今日の患者さんもとても小柄な方であり、本当に難しく、かつ危険な状態でした。しかし、強い心と皆の協力で無事大成功に終了しました。その最中はとてもハイテンションです。ものすごいストレスと緊張ですが、そんな状況が好きな自分があります。

それにしてもTAVIはすごい治療です。あっという間に黒が白になるように病態が改善するのです。そして、素早く回復されるのです。PCIもすばらしい治療法ですが、そのレベルが格段に違うように思います。その治療法に徐々に自分自身が適応していくのが分かり、それが嬉しいと思います。

弁証法とアウフヘーベン

昨日歓迎会があり、遅れて参加しました。どんな話の流れかは覚えていないのですが、酔った頭にも衝撃的なことがあったのです。
それは、僕が「アウフヘーベンすればいいじゃない」と言ったところ、その場にいた誰にもその単語が伝わらなかったのです。
それで、「えっ、この言葉知らないの? 弁証法って知らないの?」と皆に聞いたところ、誰一人として「知っている」と答えた者はいなかったのです。
これらの言葉、僕の世代以前の人々、少なくとも大学に行こうとしていた者にとっては、日常的な言葉だったと思います。全共闘運動の中で、あるいは高校生のホームルームでの議論でも 皆が知ったかぶりして使っていました。
今振り返って、ではそれは何を意味するの?と自答してみても、自分でも漠然としか分かっていなかった、というもう一つの衝撃的な事実に驚きます。
今は便利ですね、これらも Wikipediaですぐに分かります。理解できるか否か、あるいはそこでの記述が正しいか否かは別としてですが・・・
という訳で、アウフヘーベンはこちら弁証法はこちらです。

そうかあのへーゲルが言い始めたことなんでしたね。

Mac OS-X LionにEmacsをインストールする

憧れの Emacsの勉強を開始しました。初心者でも取っ付き易い書籍がようやく発売されるようになってきたのです。「Emacs実践入門」技術評論社です。

2012年04月05日 初版第一刷 出版というほんとうに新しい書籍です。あの Rubyを開発されている日本が誇る天才プログラマの一人である まつもと ゆきひろ氏が前書きを書かれています。

もともとMac OS-Xのターミナルで emacsと打ち込むと emacsらしきエディタが立ち上がりますが、どうもコマンドが異なるし見てくれも異なるのです。

それで、この書籍に乗っているインストールの仕方に則ってやってみました。

$curl -O http://ftp.gnu.org/pub/gnu/emacs/emacs-23.4.tar.gz
$tar xvf emacs-23.4.tar.gz
$cd emacs-23.4
$./configure --with-ns
$make install

これで確かに自分のディレクトリ/emacs-23.4の中に/nextstepというディレクトリが作られ、その中に emacsの実行ファイルが出来ました。それを /Applicationフォルダにドラッグ・ドロップしたところ、Emacs.appがきちんと現れ、それを double clickするとあの独特の Emacsの立ち上がり画面となりました。面白そうです。

1988年12月20日の第一症例

本日はある意味記念すべき日でした。湘南鎌倉総合病院が開院したのは、1988年11月01日でした。そして、Philips社製のデジタル・シネ・アンギオ装置 (懐かしい DCIと呼ばれる装置です)が稼働し、第一号の冠動脈造影が行われたのが、12月15日でした。
そして、12月20日に第一号のPCIを行いました。それから24年近くが経過し、現在では累積症例数は20,000例を軽く超えているのです。
そして本日、その記念すべき第一号の患者さんが20年ぶりぐらいに中国より帰国され、再び治療を行いました。それだけの年月、たくさんの患者さん、色々なことが目の前に浮かびます。そして何よりも、PCIの長期的有効性の証明です。以前治療した患者さんが戻って来られる、これは病気の進展に伴い、仕方の無いことです。もとより今回の病変は新たな病変であり、以前の治療の不完全さを意味するものではありません。何よりも以前に治療させて頂いた患者さんがその24年後にも人生を全うされていることに治療した者として大いなる満足を覚えました。
昔治療させて頂いた時には当然の如く7Fr or 8Frのガイディング・カテーテルを用いて経大腿動脈的冠動脈インターベンションによる治療でした。そして単純な風船治療(POBA)による治療でした。そして本日は 5Frのガイディング・カテーテルを用いて 経橈骨動脈的冠動脈インターベンションにより、FFR-guideによって薬剤溶出性ステントが植え込まれたのです。20年間のこの変化、これも感慨深いものがあります。
本日治療した患者さんがこれから先20年後に同様に有意義な人生を送られていることを望みます。その頃には私自身がどうなっているか分からないですが・・

昨日のライブ

韓国全羅南道の道都 光州 (GwangJu)にある全南国立大学 (Chonnam National University)で開催された第10回GICS (GwangJu Interventional Cardiology Symposium)は当然のことながらそのメインはライブデモンストレーションでした。しかしながら、韓国で運用強化が開始された外国人医師による冠動脈インターベンションに対する規制、その事実上最初のテスト・ケースのため僕を含め、外国人医師は手技を行うことができませんでした。

何でも、去年後半から日本人医師が韓国のあちこちで冠動脈インターベンションを行い、その際に日本のメーカーが韓国で認可のとれていない医療機器を持込み、患者さんをPCIにより治療した例が相次ぎ、それに対して何処かの病院でどこかの医療機器代理店が KFDA (Korean Food and Drug Administration)に告発し、規制が強化された、という噂です。

僕は最初にカテ室内に入り、マイクをつけて しかし清潔にはならずに韓国の先生が手技をされる後ろに立ってアドバイスをする、そのような感じでライブデモンストレーション放映が開始されました。もとよりその症例は僕が治療することになっていた症例であり、70歳の男性労作性狭心症患者さんでした。他の病院で造影が為され、左冠動脈回旋枝末梢の慢性完全閉塞と、非常に発達した右冠動脈の慢性完全閉塞が発見されました。その病院で右冠動脈に対するPCIが試みられたのですが、ワイヤー不通過で失敗に終わり、全南国立大学病院に転送となった患者さんです。SPECT (Single Photon Emission Computed Tomography)では右冠動脈領域の虚血が証明されました。

韓国の先生により、両側大腿動脈穿刺で手技が開始され、順行性アプローチで開始となりました。当初、マイクロカテーテルと Fielder Xtreamで入り、次にWhisper-MSそしてMiracle3と変えて行きましたが、ワイヤーは通過しません。その辺りで放映は別のカテ室に変わりました。その時、神様が降りてきました。その神様が術者に乗り移り、ワイヤー先端の形状を変え、再度試み、それでも通過しないと見るや、素早く Conquest-Proに変更され、非常に硬い石灰化したかつ強い線維性組織からなる慢性完全閉塞病変を通過し、通過したと見や、高速回転を加えることにより病変によるワイヤーのトラップ抵抗を低下させながら右冠動脈末梢#4PDに通過させました。

しかしながら神様を持ってしても、病変は非常に硬く、1.0mm balloonでも通過できず、かといって Tornusは認可されておらず、このため 5Fr子カテを用いて再度 1.0mm balloonが試みられましたが、これも全く効果がありませんでした。神様はそこで素早く対側造影 5Frを 7Frに交換し、おもむろに前下行枝からの逆行性アプローチを開始し、素早く逆行性ルートから #4PDに 2.5mm balloonを挿入し、そこで順行性Conqeust-Proをアンカーし、これによって順行性にバルーンを通過させたのです。そして最終的には 2.75mm stentが病変部に入ることまで確認し、そこで神様は去って行きました。そして、再度中継が開始され、この韓国人の患者さんは無事治療が成功したのです。

その間僕は一部始終を見ていましたので、中継カメラに向かってもちろんガウンも手袋もはめてない状態で会場に向かってこれまで神様が行われた手技について解説しました。要点は、限られたデバイスしか無い状況でどうやって局面を打開していくのか?ということでした。

その後、すばやく会場に入り、そして自分の割り当ての講演を行い、そしてすぐに光州空港に向かい、金浦空港経由で羽田に戻りました。自分の体からはホンオとにんにくの匂いが漂っていた筈ですが、自分では臭わないのですよね。

MacBook Pro (OS-X Lion)でのスクリーン・キャプチャ

次第に MacBook Proを使い込んでいると、と言ってもほとんど その上の Parallels Desktop上の Windows7でですが・・・、突然あれ Screen Captureどうするんだろう? と、思いました。
この環境の Windows7では難しいかもしれないけど、そもそも OS-X Lionではどうするんだろう? それで調べたところ、

Command + Shift + Control + 4

このキー・コンビネーションで良いと分かりました。4つもキーを同時に押さねばならないのが Windowsと比べて明らかに使い勝手が悪いですね。
もう一つ突然発見しました。このマシンには SD Cardコネクタが存在しないのです。デジカメからの読み込み面倒です。