SirolimusかPaclitaxelか

昔は良く、SES (Sirolimus-Eluting Stent)か PES (Paclitaxel-Eluting Stent)か? なんて論争をやりましたよね 大抵は、そのどちらかの会社 具体的には前者は Johnson & Johnson Cordis、そのして後者は Boston Scientific の2つの DES大会社が後ろについて、色々な資料を準備すると共に、せんのう いや 失礼 言葉が悪く不適切、 丁寧な説明をしてくれて、その膨大なデータをもとに、「いやこちらのDESがいい」とか、「いやこちらのDESも決して悪くない」とか、「糖尿病患者さんにはこちらのDESが良いのだ」とかいう主張を高らかにする、その debateで時間が過ぎていき、簡単に一時間の講演が終わるのでした

かく言う私もそのような論争に加わっていましたね まあ実際にどちらのDESを実際の患者さんに植え込むかは、臨床試験の結果のみでは決まらず、色々な難しい判断がある訳ですが、医師たるもの、基本はその目の前の患者さんに対してはどちらが良いか、という判断を行っているものであり、臨床試験の結果には必ずしも左右されないものなのです

それに色々な臨床試験の結果は決して一律的ではなく、どちらのDESもサポートしてしかるべき結果なのです こうなると、何を信用して良いのか分かりません

さて、

 J Am Coll Cardiol. 2017 Feb 14;69(6):616-624.
10-Year Clinical Outcome After Randomization to Treatment by Sirolimus- or Paclitaxel-Eluting Coronary Stents.

Galløe AM, Kelbæk H, Thuesen L, Hansen HS, Ravkilde J, Hansen PR, Christiansen EH, Abildgaard U, Stephansen G, Lassen JF, Engstrøm T, Jensen JS, Jeppesen JL, Bligaard N; SORT OUT II Investigators.

という論文、実は今朝の循環器内科毎朝抄読会のネタだったのですが、まあこれによれば、SES or PES (具体的な商品名としては、CYPHER or TAXUSなのですよ、念のため)を植え込んだ後、年率 1.3%で両者ともステント血栓症が 10年まで一定の頻度で発生し、見方によれば、 CYPHERの方が TAXUSよりもその発症頻度が高い場合もある、という結果でした

うーん 何と言うか予想通りですが、これまで僕達が漠然と抱いたいた DES後のステント血栓症発生率は 年率 0.5%である、というイメージよりは大分悪いことになります

もちろん、CYPHERも TAXUSもDESとしてはポリマーが完全に残る第一世代DESであり、しかも、CYPHERは非常に固く、その力学的特性から慢性期には悪影響を及ぼしやすいだろう、という人もいたくらいです ですから結果に関してはそれほど驚きではないのですし、まあ10年もすれば、動脈硬化も進行するので、どこまでが植え込まれたDESによるものか分からないとも思うのです

実はそんなことを話すためにこの論文を引用した訳ではありません これは生き方の問題なのです

この論文・研究は 世界で住民が一番幸せ、とも言われている Denmarkで行われたものなのですが、著者リストの三番目に注目して下さい Dr. Leif Thuesenという名前があります 日本に SAPIEN-XT導入時 一年間に渡り日本国内に滞在され、Proctorとして日本全国を回られた先生です 実は彼は、もともとが Coronary Interventionalistであり、あの Bifurcation trialとして有名な Nordic Studyの中心人物なのです

彼は、Nordic Countries = (Denmark, Norway, Finlandというバルト海を囲んだ三カ国)を度々周り、カテ室を訪問して、このような studyの重要性を説き、そして臨床試験や臨床研究を次々と成功させてきたのです 何故この中に Swedenが入らないか? ですって 良い質問です Swedenには SCAR Registryという大掛かりなDESレジストリが存在するのと、とにかく一国で経済的にも人工的にも大きすぎ、あまり三カ国と一緒にできないのだそうです

思い出せば 2016年1月後半、Thuesen先生と一緒に僕も Baltic Countriesを周り 慢性完全閉塞PCIをしたり、SAPIEN3の植え込みをさせて頂いたりしたのです とても楽しく有意義でした その時のことはブログのここにあります

ココらへんのブログにも書きましたが、実は Thuesen先生は僕よりも5歳ぐらい年上の先生なのです その先生がPCIのみならずTAVIの世界にも入っており、現在なお第一線で臨床医として活躍されている姿 それを見て奮い立ったのです 素晴らしい

本日のTAVI

本日は朝から二例のTAVI 非常にスムーズに終了しました それなりのリスクを予期し、対応することにより安全に有効に終了しました これが医学という科学の進歩ですね

それにしても連日ハード いや 夜の飲み会も含めてなのですが それでしんどいです いい加減ハード過ぎますねえ

いやあ昨日も Exciting dayでした

昨日は朝から二例 W治療を行いました うーん 治療の名前を表に出せないのが辛い

色々と山あり谷ありでしたが、すっかり大成功に終わりました もちろん患者さんにとっても、誰にとっても有害事象はありませんでした しかし Excitingです

まあPCIも良いですが、全く違う良さがありますね しかも患者さんにとっては大きな福音です 早く日本でも広く使用できるようになり多くの患者さんに福音が訪れれば良いです 早くその日が来るように僕も頑張ります

そして、昨夜は遅くまで飲みました はしごしてしまいました 気持ちが良かったからです うーん

Brockenbrough

Brockenbroughというのはもちろんそれを考えだした医師の名前でありますが、大腿静脈より長い穿刺針を右房に挿入し、心房中隔を穿刺し、左心房にカテーテルを挿入する方法です

編み出された当初は、単に診断カテーテルのために行われていましたが、経皮的経僧帽弁的交連裂開術(PTMC)が井上先生に考案されてからは、PTMCの手段として、またその後カテーテル・アブレーションとくに心房細動に対するカテーテル・アブレーションが行われるようになり、高周波カテーテルを左心房に挿入するための手段として盛んに行われるようになりました

僕自身はと言えば、何と 1977年よりこの手技を行ってきた多分現存する最長の経験を有する術者です もちろんその歴史の多くの部分は診断カテーテルの手段として行ってきました

ところがどっこい、この手技は現在 TMVR: Transcatheter Mitral Valve Repair = 経カテーテル的僧帽弁修復術には必須のテクニックとなりました そして昨日日本人患者さんに対して最初に、あるいは二例目、三例目として行った手技でも必須のテクニックとなりました

もっとも、これらの手技では左心房穿刺を心房中隔の下縁そして後縁で行う必要があり、これまでのように針先の感触のみで卵円窩を検出し、そこで穿刺する古典的テクニックとは完全に異なり、経食道心エコー法により針先が何処にあるか確認しながら行われます このような方法に従来の古典的方法から移行するのはそれなりの技術的あるいは心理的バリアを超える必要がありますが、僕はこの歳でもそれが可能でした その可能であったという事実を確認できただけでも昨日は大きな収穫でした そうですまたまだパラダイム・シフトすることができたのです

昨日のTAVIと、本日

昨日はTAVI 二例実施、一例目はアメリカに旅立つ落合くんの独立に向けての症例でした もちろん万全の体制でばっちりでした

二例目は開心術後の難しい患者さん 非常に緊張しながら行いましたが、非常にうまく行きました これしか無い! というピンホール的手技でした 終わればすぐに患者さんは覚醒され、「えっ、もう終わったのですか?」ととてもお元気に話しかけられました 素晴らしいです

その後二件の緊急PCIもあり、心臓外科の先生方にも大活躍して頂きました そして、今朝は早朝 3:30AMに起床、「お前 それは時差ボケだろ」と言われますね 今 6:00AM 札幌日帰りの旅のため羽田空港に向かっています

昨日の顛末

昨日は朝から緊張の一日でした それは朝からTAVIを三例するということだけではありませんでした そもそも三例縦で行うことは初めてではなく、9:15AM入室で行っても、だいたいの場合15:00にならずに終了してきたのです

しかし、昨日は大きな弁輪であり 29mm Evolut-R上限の患者さんであり、かつSOVが大きくなく、しかも左室流出路、弁輪、弁腹、STJなどには強い石灰化があり、balloon-expandableでは弁輪破裂の危険が非常に高い、と予想された患者さんです 皆様方 Vmax > 5m/Secという重症大動脈弁狭窄症でした

しかも、二例の方々が心機能非常に悪いのでした しかも、まだあります 昨日は TokyoValves2017用のビデオ撮影の日でした その三例をビデオ収録したのです

これらが併さりものすごいストレスを自覚し、緊張の一日だったのです

結論から言わせていただけば、この緊張の中、一本のロープをうまく渡り切るように、乗り越えました

そして、三例の中でも最重症例の三例目の方、予想通りというか、恐れていたとおりに、非常に危険な事態に陥りましたが、それを乗り越えました そして、今朝 6:50AM頃 ICUに行くと、非常にお元気でニコニコされており、僕と気づかれ、看護師さん、僕、患者さんの三人で握手をして無事乗り越えたことをお祝いしました

本当に嬉しかったです それと共に、大きな自信につながりました もちろん僕だけの力によるものではなく、チームとしての鎌倉ハートチーム皆の力によるものです 心からみんなにありがとうです 良かった良かった

怒涛の一週間が過ぎて

先週は鎌倉、サンディエゴ、東京、堺、姫路、京都、鎌倉と飛び回り一週間がとても忙しく過ぎました 流石に疲れ切ってしまいました

先日は月曜日、外来診療の後 久しぶりに鎌倉でPCIをしました 何時まで手技を続けるのでしょうか?

そして本日は火曜日、12月から1月末まで二ヶ月かけて鎌倉のハイブリッド室の機器更新をしていました もちろん以前のマシンでもTAVI、MitraClip、Watchmanなどのいわゆる Structured Heart Disease Interventionは可能であり、またStent Graftなども可能だったのですが、マシンも相当に古くなり、そして何より解像度その他の点で不満足でしたので、二ヶ月間完全にこれらの手技を停止し、マシンの入れ替えをしてもらったのです

という訳で本日は2ヶ月ぶりにTAVIを行いました やはり久しぶりになので少し緊張しましたが、バッチリ 素晴らしい手技でTAVIを行うことができました いやあTAVIはいいなあ PCIのようにネチネチしたところがありません いや失礼 ネチネチなんて言葉はいけませんね そうでなくてバシッと手技的に決められる、その点がいいなあ

今日も順調にTAVIを終えて

本日は一例しかありませんでしたが、TAVI SAPIN3を行いました

Deviceの進化によるところが多いと思います それに加えて経験に基づく技術の進歩 それも大きいでしょう さらにはチームとしての成熟度 それらがあいまってTAVIがより安全になるのですね

あっという間に終了し、侵襲も極小であり、患者さんが眠っている間に全て終了 目が醒めれば今までの心臓からすっかり良くなった心臓にかわっているのです 素晴らしいですね

慌ただしく時は過ぎ

11月07日(月曜日)と翌日 08日には 泰国(タイ)から 10名の Interventionの先生方をお招きして 当院心カテ室とカンファレンス・ルームを舞台に 1st Thailand – Japan Friendship PCI Forum 2016 というものを開催させて頂きました

外部からは 本江純子先生をお招きし、あとは当科の皆が応対しました

タイは現在軍事政権下ですが、先日国王が 88歳 11ヶ月でご逝去され、今後の民政移管に向けて若い人々が中心となり手を合わせていかなければいけない時期でもあります しかしながら、もともと勤勉な国民性と国民の大多数が敬虔な仏教徒ということもあり、その発展性は素晴らしいものがありますね 既に首都バンコクには高層ビルが立ち並び、その様子は東京以上でもありますし、国民はとても親日的で、多くのタイの方々が何回も日本を訪問されています

今回は、タイ国一番の名門大学国立チュラロンコン大学の Wasan先生を筆頭に 10名の先生方が参加されたのです 僕自身タイにはこれまで 20回ぐらい訪問し、色々な病院の色々なカテ室で手技を行う機会があり、Wasan先生とも20年来の旧知の間柄です

月曜日午前中は僕は外来診療し、それを早めに切り上げ、13:00からはタイの先生方と座学および IVUS/OCT/FFR/Rotablatorを中心とした実技を皆で披露しました そして、その夜は 鎌倉の古民家でたらふくの夕食をとりました

タイの先生方と
タイの先生方と

翌日火曜日には、朝から鎖骨下動脈アプローチでTAVIを一例行いました ここには 4名のタイの先生方が見学されました 手技は完璧に終了し、すばらしい出来でした そして、引き続き僕は経皮的冠動脈インターベンションに移行したのです その中で慢性完全閉塞を二例行いましたが、その一例はとても難しい手技で多分タイの先生方にとっても見ごたえがあったものと思います 我ながら素晴らしい出来でした

そして、14:30には僕は手技を切り上げ 折角の機会ですので、タイの先生方を鎌倉古都観光に連れていきました 何人かの先生方は鎌倉にも何回か来られていたのですが、僕は鎌倉住まい 29年のベテランですので、皆が知らない場所をたくさん知っています

ご存知鎌倉大仏
ご存知鎌倉大仏
佐助稲荷神社
佐助稲荷神社

今回は、まず 鎌倉大仏に行き、それから銭洗弁天、そして裏道を通って佐助稲荷神社に、そしてこの稲荷神社から裏道を通って大仏ハイキングコースの一部に入りました この道はとても急峻な道であり 途中で皆が音を上げたのですが とても楽しかったようです

それから歩いて小町通りを散策し、長谷の大谷戸を経て夕食会場に到着したのは予定通り 18:00で、その後皆で楽しく夕食をとったのです

勉強、そして手技 それだけでなく日本の良い部分、鎌倉の良い部分、そして何より日本とタイの間の友好促進に寄与することができました

今回のこのテストが非常に有意義でしたので、来年も同様の会を開催していくつもりです

危機は思いがけずに何時でもやってくる

今朝は、早朝 (= 0600AMより前)から病院に出かけ、その足で羽田空港に向かい、そして札幌東徳洲会病院心臓センターに向かいました 現在は外来診療を終え、病院隣りの紅茶専門喫茶店 うーんと名前は「 Kafe柘榴」 というお店です 僕の最近のお気に入りの一つです ここに立ち寄り、昼ごはん (あれーっ? 鎌倉にいる時には決して昼ごはん食べないのにねー)を食べて、おいしい紅茶を楽しんで心に余裕を作るのです

とは言っても、その後すぐに特急電車で4.5時間かけて函館に入るのですが・・・

昨夜は、Denmarkの先生と久しぶりにお会いし、横浜で遅めの会食をいただきました その後、「たまには若い先生たちとゆっとり話しせねば」と思い立ち、大船のこれもいきつけ 「お好み焼き ぼちぼち」に若い先生の一人を呼び出して入りました そんな訳で帰宅したのは 0:00AM そして今朝は 5:00AMに起床ですから眠いですね

そんな風に日常は通常普通に過ぎていくものですが、昨日は朝から違ったのです

7:30AMからの通常の循環器内科カンファランス、昨日は盛りだくさんで 8:25AMまで行い 引き続いて 8:30AMよりTAVIカンファランスでした

そのTAVIカンファランスの時に、愛用の MacBook Pro 1TBを隣の机の上に iPad-Proと一緒に置いたのですが、横を向いた合間に「ドスン」と大きな音を立てて、万有引力に則って床に落ちたのです まあこんなことは何回もあるし大丈夫と思って立ち上げるとやはり大丈夫でした

カンファランスを終了し、暫し部屋でそのMacBook Proで仕事を始めたのです すると突然画面が真っ暗となり、そのまま反応しなくなったのです 「がーゑゑゑんっ」 そう hardwareが壊れたのです

このような大非常事態にどのように対応するか それによりその人の人間力が判明します 何しろ、このMacBook Proには 700GBぐらいのデータ、これまでの僕の人生の10年間以上が詰まっているのです そのデータが破壊されれば もう生きていく気力が無くなるに違いありません

ここ数日のことを思い出しました そして、日曜日に 2TBのポータブルHD二つに二重に BackUpをとっていたことを思い出しました もちろん Time Machineを用いて OSそのものから backupしてあるのです これでひとまず安心できますね

次のステップは この日のTAVI二例、もうすぐ一例目を開始せねばなりませんので時間がありません その症例を順調に素早く終えれば時間の余裕がでます そして、一例目終了し、順調に問題なく終了したことを確認し、素早く自宅に取って返し、BackUpとして確保してある MacBook Pro 750GBを病院に取って帰りました そして、先の Portable HD 2TBをつなぎ、Command-Rでその750GB MacBook Proを立ち上げ、Time Machineからの復旧に入りました これは通常 12時間ぐらいかかる作業であり、羽田空港に翌朝向かう時にマシンを回収するしかない そのように予想しました

そして重症の二例目TAVIに入りました 順調に CoreValveを植え込み、終了か と思った時に、脈圧が無くなってきていることに皆気づきました すぐに ECMO (PCPS)を挿入し、作動開始 そして造影すると 何と左主幹部が閉塞です しかもこの患者さんは右冠動脈ももともと閉塞です ここでハートチームの皆は冷静に動きました すぐにPCIに移行し、左主幹部に対して薬剤溶出性ステントを植え込み、手術場で ECMOより離脱、一時局麻から気管内挿管全麻に移行したのですが、これも手術場で抜去、ICUに移りました そして今朝、患者さんと普通にお話して羽田空港に向かったのです

話が並行しますが、MacBook Proに Time Machineからのリカバーは意外と早く終了し 16:00には終わったのです それからいくつか passwordを入れたりして ようやく1TBと同じ環境構築とデータの復旧に成功しました これで MacBook Proに伴う危機の一つ解決

そして、TAVIに関わるもう一つの危機も解決

あーーー 昨日は本当に本当に人生の危機が二つ同時に訪れたような大危機の一日だったのです