これから頑張らねば

今 羽田空港ラウンジで、これから札幌に入ります 今週末は、冠動脈外科学会、心血管インターベンション学会(うん? 正式名称知らないや・・ 何れにしても CVITのこと)がそろぞれ東京、新潟であり、年の功から、やりたくもない座長とか、講演とかが目白押しなのです。
しかし、相変わらず 自分の「火事場のくそ力」頼み、要するに ぎりぎり追い込まれないと何もしない、そんな状況であり、自分の発表、少なくとも、5つあるのですが、まだ何もしていません。正直、そんなことする時間も体力も気力もありませんでした。
そこで、今回の札幌入りでそれらをせねばならないのです。うーん大変、ようやく火災警報が鳴り出しました。

TRI 20周年記念キャラバンツアーが及ぼす世界への影響

先週実施したキャラバンはそれなりの成果を挙げつつあります。世界の潮流を変えるかもしれません。

Cost Effectiveness of Wrist Angioplasty from Japan

このリンクが、PCIを行う医師の間では有名なAngioplasty.OrgPtca.Orgで紹介されました。

月別登録症例数

月別登録症例数をSQLで書きました

SELECT DATE_FORMAT(`registration_date`, '%Y/%m')
AS `MONTH`, COUNT(1) AS `月別登録数`
FROM `pt_tbl`
GROUP BY `MONTH`
ORDER BY `MONTH` DESC

当たり前と言えば当たり前ですが、GROUP BYという集合演算は何と便利なのでしょうか!!

キャラバン終了

昨日は新幹線で品川まで移動し、15:00より品川で伊苅先生に座長をお願いして講演会を開催しました。演者は一色先生と、松陰先生、それに〆に Ferdinandにお願いしました。
講演会終了後、最後の食事として僕が選択したのは、浅草の「どぜう」屋さんでした。ここは純和風の建物であり、いつもたくさんのお客さんでごった返しています。しかし、流石にこの店には外国人の方は見かけません。ドジョウ鍋はとてもおいしく、彼もいたくお気に入りになられました。その後は、すぐ近くの「薮蕎麦」に行ったのですが、こちらは何だかきれいに改装されていて、少しがっかりしましたね。
この一週間彼とずっと一緒に過ごしましたが、異文化を素直に受け入れる柔軟性を感じました。この柔軟性がTRIという新たな手技を編み出したのだろう、そのように理解しました。柳のように柔軟で、しかも強くいることが人生の中で重要なのですね。

SQLでグループ毎の要素数で並び変える

NAUSICA AMI臨床試験において、登録症例数で病院名を出力する時に、それぞれの登録数も出力し、さらには登録数で並び変える必要がありました。これに対して、

SELECT DISTINCT `hp_name` FROM `hp_tbl` 
INNER JOIN `pt_tbl`
ON `hp_tbl`.`hp_id` = `pt_tbl`.`hp_id`

このようにすれば登録病院名のみ出力されます。しかし、登録数や登録数での並び変えは困難です正解は

SELECT`hp_name`, COUNT(*) AS 登録数 FROM `hp_tbl` 
INNER JOIN `pt_tbl` ON `hp_tbl`.`hp_id` = `pt_tbl`.`hp_id`
GROUP BY `hp_name`
ORDER BY 登録数 DESC

このようにするのです。

TRI 20周年記念キャラバン・ツアー最終日

いよいよ今回のツアー最終日となりました。今朝は7:30AMにホテルを出て、兵庫医科大学カテ室に向かいました。症例は右冠動脈の慢性完全閉塞でしたが、非常に難しく、とても大成功とは言えない結果でした。少し残念です。ただ、患者さんはとても具合が良く、またこの右冠動脈による症状もありません。そういう意味では良かったのです。

流石にこの一週間ハードなスケジュールで疲れました。本日はこれから新幹線で東京に移動し、最後の講演会があります。それから浅草界隈を案内して、それで今回のツアーの打ち上げとなります。少しゆっくり眠りたい気分です。

 

人生の節目

昨日は大阪駅前ヒルトン・ホテルに宿泊しました。この界隈に来ると何時も思いだします。

丁度、25年前の今頃でした。当時関西労災病院に勤務していたのですが、大阪大学第一内科の当時の医局長より電話がかかってきました。「齋藤くん 近々 会って話がしたい」

僕はいわゆる入局を拒否し、非入局、早い話が一匹狼で動いていたのですから、本来医局長からのそのような申し出にこたえる必要はありません。しかし、何といっても第一内科の医局長です。それで会うことに決めました。

場所は、ヒルトン・ホテル一階のカフェでした。夜の7時ころだったと思います。彼はいきなり高槻にあるある民間病院のパンフレットをカバンから出し、僕に、「齋藤くん このまま関西労災病院に居ても、君の未来は無いよ、この病院に移動しなさい」と、言ったのです。その場で考えたのですが、そこまで医局長が言うのであれば、したか無いかな そんなふうに考えました。そして、

「分かりました、そこまで仰るのであれば、行きましょう、ところでその病院には心カテの設備はあるのですよね」

驚いたことに、医局長は、「いや無い、しかし循環器というものは、カテだけではない」、そのように回答されたのです。僕は即座に、「カテのできない病院に行くつもりはありません」、そのように答えました。これに対する彼の言葉、一生忘れません

「齋藤くん 包丁一本では生きていけないよ」

考えてみれば、この言葉がバネとなり、僕はその後の人生を生きてきたのかも知れません。その時は、ものすごくショックであり、またひどい、と思いましたが、今となっては感謝の気持ちです。この医局長は、その後、大阪大学第一内科教授選挙で敗れましたが、北海道大学循環器内科教授として君臨し、その後 日本循環器学会理事長まで務められ、現在は尼崎市のある民間病院の名誉院長をされているようです。

この話を、Kiemeneij先生にタクシーの中でしたところ、彼も自分のことを話ししてくれました。彼も丁度さっきの話と同じ頃、Amsterdamのある強力な教授と就職のことでもめ、そしてその彼から「今後絶対にアムステルダムで働けなくする、いやアムスだけでなくオランダにおれないようにしてやる」と、言われたそうです。その時の電話での会話を今もテープに録ってあるそうです。そして、彼もそのことを今は感謝している、あのことが無ければ、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションを始めることは無かった、と

新幹線で神戸に移動

昨日は朝 博多駅より新幹線で新神戸駅に移動しました。そして、神戸の高橋病院で院内ライブを行ったのです。

一例は Virtual 2Fr TRIそして、もう一例は 6Fr TRIでした。高橋先生は歓迎の垂れ幕を作成され、最後に皆で記念写真を撮影しました。昨夜泊りは大阪駅前のヒルトン・ホテルでした。

夜の講演会前に大坂名物の「お好み焼き」を食べたのです。そのおいしさに彼も感激していました。講演会の後は、「天平」の餃子を食べたのですが、これにも感激されていました。

今朝はこれから兵庫医大に移動し、近畿トランスラディアル研究会でのライブデモンストレーションを行います。