あーん自分は何をやってるいのか

忙しく、日米を股にかけ重要な会議に出席し、世界を支配している先生方と対等に話をする、そして会議の目的に沿ってミッションを達成する それは非常に難しいことです しかし、このミッションをやり遂げればそこには幸せな満足があります

そんなことは分かっています だからこそ自分を追い込んでやるのです 普通であれば参加しているメンバーのリストを見ただけで体全体が縮み上がります

どうして自分自身をそんなにも追い込むのか?

毎回毎回こんな自分を繰り返すのです その光景は 10年前に見た自分の風景と重なります この 10年自分は何をしてきたのか?

重い課題を自らにつきつけるのです でも結局は、自分は自分 自分の道は自分で切り開くしかありません 今こうして生きていることが自分のあかしなのです

未だまだ未熟者

昨日そして一昨日とTAVIによりお二人ずつ、計4名の重症大動脈弁狭窄症の方を治療させて頂きました 本当に重症であり、一定期間治療を控えさせて頂いていた患者さん達です

それらの患者さんの全員を素晴らしい結果で治療させて頂きました 皆様方術後からすぐに非常にお元気であり、これが外科的大動脈弁置換術では絶対にあり得ない、という結果でした

医療は確実に進歩しているのですね その一翼に参加していることに本当に歓びを感じます

ただ、未だまだ自分は未熟です 多分想像ですが、意識せずに無駄な力が手に入っているのです 何故それを実感したかと言いますと、昨日はお二人をTAVIで治療させて頂いた後、引き続いて一人のこれがとても難しい右冠動脈の長い慢性完全閉塞の治療をさせて頂いたのです 両側橈骨動脈 6Frで治療しましたので、治療終了後直後から患者さんは自分で歩いてカテ室から病室に移動されました これは経橈骨動脈的冠動脈インターベンション(TRI)の素晴らしい所ですね

ところが、その手技中に、何と左手の母指球の裏側の筋肉が痙攣し、テタニー様の手になってしまいました もちろん過呼吸ではありません そして、それを我慢しながら騙し騙し手技を続けていたところ、今度は右手も同様となったのです

左手がそのようになることは、これまでも鎌倉ライブデモンストレーションにおいて多数の患者さんの治療を休みなく行っている最終日午後になるとありました

しかし、昨日のPCIは昨日初めての患者さんだったのです それも両手がなったのです

もちろん治療は様々な困難を乗り越えて合併症無く成功裏に終了しました

そして考えたのです 何故両手がテタニー様痙攣を起こしたのか? これはやはりTAVIを一昨日から続けざまに4例行ったからに違い有りません これが何を意味するかと言えば、ただ一言 「お前は未だ未熟だ」なのです

未熟が故に無駄な力を使っているのです だから痙攣したのです でも翻れば 「未熟」ということは「未だ進歩の余地がある」ということです もっともっと前に向かって進みますよ

いやあ 早いもので

何と気がつけば今年も終わりに近づいていますね あと10日間も2014年という日は無いのですね 早かったなあ

歳をとると共に月日の流れるのが信じられないくらいに早くなってきています

昨日 Thuessen先生と色々なことを文化論なども含めてお寿司を食べながら話しました 「歳をとるとなかなか新しいことを知識として吸収できなくなる」「しかし、物事の本質を見極める力は確実に向上する」というようなことで意見があいました

彼はそのことに気づいたのは、彼はもともとデンマーク人ですが、その関係でデンマーク語、英語、ドイツ語がnative speakerであり、フランス語も聞き取りは完璧、話すのはゆっくりとなら、というぐらいに多国籍言語に堪能です

昨年TAVIのプロクターとして奥様と一年間日本に滞在されている間に日本語も勉強されたのですが、ほとんどその甲斐は無かったそうです そしてさっきの結論に至ったのです

僕はと言えば、プログラミグをしていて同様の結論に達したのですよ

朝から馬鹿なこと言っていますね

緊急出動

本日札幌東徳洲会病院での外来終え一息ついていると、7月1日に新築移転開業した札幌徳洲会病院で緊急患者さんの話が飛び込んできました。緊急カテーテルそして必要あれば冠動脈インターベンションという段取りのため、応援に東病院より出動することにしました。
東病院との距離は自動車で25分ぐらいであり、千歳に向かう高速の道沿いにあります。もともと札幌徳洲会病院は白石区の中央に位置していましたが、手狭となりまた古くなったため、現在の地に新築移転したのです。大きな建物であり、今後の発展が期待されます。
既に部下の山崎君と、士反君がカテを開始していました。全く新しいカテ室で、スタッフの皆が未だ慣れていない状態で手技に入っていく、そのワクワク感に心が躍ります。24年前全てを捨てて鎌倉に入った時もこんなだったな、そんな感傷に浸ってしまいます。
あの時は未だ38歳でした。再び新規に開拓する話も出ています。新たな開拓地に挑むのは男として魅力的です。しかし、今この年でその元気があるでしょうか?
鎌倉に来て、ここまで色々なシステムを作り、患者さんも増やし、そして現在の色々なプロジェクトが走っているのです。そのようになるまで15年はかかったのです。今から15年経てば、とても現役を続けていられる年齢では無くなります。もちろん、これまで培ったノウハウがあり、そこに至るには15年はかからないでしょう、それでもその半分7-8年はかかるでしょう。
人生はやり直しがきかない、そして振り返ってばかりでは仕方ありません。前に進むしかありませんが、問題はどのように方向を決めて前に進むかでしょう。未だ迷える歳です。

弁証法とアウフヘーベン

昨日歓迎会があり、遅れて参加しました。どんな話の流れかは覚えていないのですが、酔った頭にも衝撃的なことがあったのです。
それは、僕が「アウフヘーベンすればいいじゃない」と言ったところ、その場にいた誰にもその単語が伝わらなかったのです。
それで、「えっ、この言葉知らないの? 弁証法って知らないの?」と皆に聞いたところ、誰一人として「知っている」と答えた者はいなかったのです。
これらの言葉、僕の世代以前の人々、少なくとも大学に行こうとしていた者にとっては、日常的な言葉だったと思います。全共闘運動の中で、あるいは高校生のホームルームでの議論でも 皆が知ったかぶりして使っていました。
今振り返って、ではそれは何を意味するの?と自答してみても、自分でも漠然としか分かっていなかった、というもう一つの衝撃的な事実に驚きます。
今は便利ですね、これらも Wikipediaですぐに分かります。理解できるか否か、あるいはそこでの記述が正しいか否かは別としてですが・・・
という訳で、アウフヘーベンはこちら弁証法はこちらです。

そうかあのへーゲルが言い始めたことなんでしたね。