伊勢志摩ライブ

あっという間に時間が過ぎていくので何時が何時 何処が何処 分からなくなります

先週は、11月07日火曜日に札幌東徳洲会病院に夜入りました そして、軽く打ち合わせの翌日、水曜日午前中は外来診療を行い、木水曜日08日午後は、院内PCI Workshopを行い、その中で8例の治療を行いました とても重症の方もおられました

翌日木曜日 09日は、朝からTAVI院内 Worshopを行い、他のご施設からも見学に来られました ここでは三例の治療を行い、その脚で千歳空港に移動し、羽田空港脇の、エクセル東急ホテルで 18:45より国際テレカンを行い、それから鎌倉の自宅に戻りました

そして、10日金曜日には午前中外来診療行い、そのまま三重県松阪に移動し、三重ハートセンター内で開催されている伊勢志摩ライブにおいて、まずは 18:30より講演を行いました

翌日土曜日11日は 8:15AMに松坂駅前のホテルを出発し、そのままま病院に移動し、8:40AM頃より一例ライブで左前下行枝のCTOを治療させて頂きました

そして、11:00AMにならない早くから、すぐに病院を発ち、そのまま三重県松阪の秘境、「伊勢山」「飯福田寺」「蕎麦処 悠庵」に向かったのです 道は峠を越えていく山道で、舗装はされているのですが、とても細く対向車が来ればバックせねばなりません しかも路肩は苔むしていてスリップ転落の危険があります

そんな道を 30分以上登っていくと出てきました まずは「飯福田寺山門」です

福田寺山門
飯福田寺
飯福田寺といわれ

この寺のほとり ほとんど並んで 隠れた蕎麦の名店「悠庵」があります もっとも土日しか営業しておらず、大将一人で全てをこなし、さらに今年年末には店を閉じ、移転されるとのことです

店はとても古く、ムカデがたくさん住んでいるような雰囲気で今にも崩れそうでした

秘境の蕎麦店「悠庵」
秘境の蕎麦店「悠庵」
秘境の蕎麦店「悠庵」のあ品書き

別棟は今にも崩れ落ちそうでした

悠庵 別棟

肝腎の味ですが、秘境という感激を差し引いてもおいしいと思いましたよ

悠庵の蕎麦

さてこの蕎麦を食べ終わってからが本当の秘境になるのです

DenverからMexico City (CDMX)へ

水曜日午後の便でダラス経由で Mexico Cityに移動しました ついたのは11月01日の夜でした 空港から居酒屋「MAG」に直行しましたが、何時のことながらこの店は満員です

居酒屋MAG

この日はラーメンの食べ比べをしました なかなか Pho (ベトナムの麺料理ですね)のスープを用い、ラーメンの麺を用いた Phoラーメンも良かったですし、麻婆ラーメンも良いです

Phoラーメン
味噌ラーメン
麻婆ラーメン

TCT2017 in Denverでの衝撃

今年の Denverではとても忙しかったのですが、その中で衝撃を受けたことがいくつかあります

これまで日本の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)は欧米のPCIに比して、イメージングを多用し、一人の患者さんの治療にとことん時間をかけ、難しい慢性完全閉塞や左冠動脈主幹部の複雑分岐病変などにも高い成功率を誇ってきたと誰しも思っていましたし、それをある意味誇っていました

この傾向は僕のようにもうPCIを1981年から36年間も行ってきた化石のようなインタベ人間から見れば、若手の自信満々の先生方に特に顕著です。彼らは、諸外国にPCIをちょっとやらせてもらいに訪問した時も、僕から見れば、何でそんなに自信が持てるの? なのですが、自信満々にある意味その国の手技を見下すような雰囲気で訪問しているのです。

それはさておき 僕は今回トヨタや日産、あるいはホンダといった日本を代表する自動車メーカーが現在受けているであろう衝撃と圧力、それをこの TCTで感じたのです

これまで日本製の自動車は日本の物造りの代表であり、丁寧な造りと、高い信頼性、効率的な製造などは日本が世界に誇るものであり、世界中の人々が日本製品を高く評価してきたのです しかし、今世界に情勢は急速に変化しており、この日本が引っ張ってきた製造業での価値観が革命的に変わりつつあるのです

自動車の社会です、電気自動車 (EV)への急速な転化と、それによりもたらされて来た製造業の製造手段や手続きの急速な変化です これまでのガソリン自動車の製造とまったく異なる自動車が世界を占める可能性が高いのです また、AI 特に機械学習という新たな人工知能の進化により、完全自動運転がすぐに可能とり、その世界はもう目の前、おそらく東京オリンピックまでにはそのような世界に急速に転化するでしょう

そのような中で日本の自動車メーカーも自ら変化していかなければ、次の10年を生きていけません またそうなれば日本の労働人口は再び過剰となって、社会は不安定化するでしょう

このような衝撃と圧力を今回の TCTで感じたのです もちろんこれまで自分が得意としてきた分野では未だ僕は健在です 僕が受けた衝撃は、火曜日8:00AM – 10:00AMでの Coronary Theater 1でのライブ・モデレーターでの経験でした この時のライブ副題は FFR/CTO/CHIPというものでしたが、8:00AM – 9:00AMにはスペインから一例左前下行枝に対するPCIが中継されました まあ治療としてはあっという間に終了しそうなものでしたが、如何にも狭窄がきつそうに造影で見える病変が、iFFRをするとまったく血行動態的な狭窄が無く、その手前の造影ではなんともないように見える部位に強い狭窄が隠れていたのです まあ、こんなことに 1時間も高い中継料をかけて何の意味があるのかな? という感じでした

衝撃は二例目 9:00AM-10:00AMでのイリノイ州NapervilleにあるEdward Heart Hospitalからのライブでした 術者は Tony J. DeMartiniという先生で見た感じ未だ非常に若く、多分 40歳には届いていないような感じでした 提示された症例は 86歳男性で、左室駆出率が30%程度、腎機能低下ありGFR 30ml/minぐらいの症例です そもそも数週間前に STEMIのため左冠動脈回旋枝近位部に薬剤溶出性ステントが植えられて再灌流した症例です その時の造影で、右冠動脈近位部の 40mm程度の慢性完全閉塞で同側より bridge collateralで末梢が見えてきました さらに急性心筋梗塞の時に再疎通した左冠動脈回旋枝のステント遠位に90%程度の狭窄あり、左前下行枝は#6, #7に複数の90%狭窄がある、そのような超重症症例です 事前の Heart Team Conferenceで心臓外科医は冠動脈バイパス手術を拒否されたのです

このような重症例そのままPCIに入れば命を失う可能性がとても高く、うーん僕に治療主治医が回ってくればやはり拒否したか、あるいはPCPS (経皮的心肺補助)を stand by状態にしておき、左冠動脈回旋枝末梢か左前下行枝から手を付けて、いったんその段階で終了し、後日右冠動脈については考える、そのような戦略をとっていたと思います

しかし、これが CHIPの本領発揮の場面でした CHIPというのは今年2017年になってから言われだした言葉です CHIP = Complete revascularization for Higher-risk Indicated Patientsの頭文字であり、日本語に訳せば 「超重症患者に対する完全血行再建」となるでしょうか Home Pageもありますが、要するに心機能が非常に悪いか、PCIを行うことそのものが非常に危険ではあるが、そのために冠動脈バイパス手術も危険と考えられているが、慢性完全閉塞、左冠動脈主幹部、複雑分岐部病変などに対する血行再建せねば患者さんの生命予後が非常に悪い、そのような患者さんに対して補助循環しながらPCIを行う、そのような新しい過激な治療方針なのです

そしてこの日ライブで実際に行われたのは、まず放映前に左冠動脈回旋枝の狭窄評価が FFRで行われはFFR = 0.71だったので薬剤溶出性ステントがそこに植え込まれ、ついで左前下行枝に対して2個の薬剤溶出性ステントが植え込まれました その後から放映開始となったのですが、TRI+TFIにより両側アプローチで右冠動脈の慢性完全閉塞に対して Pilot wireを用いて順行性に入りましたが、解離腔に進んだため、左前下行枝より中隔枝を介して逆行性に入り、順行性ワイヤーと逆行性ワイヤーが真腔内で kissing wireとなりました 中継はここで時間切れとなったのですが、僕から見てもとっても難しそうな慢性完全閉塞でしたが、これまでの日本式アプローチ、つまり Gaia wireを用いたり、CART techniqueを用いたり IVUS side-branch guidanceを用いたり、そのようなテクニックとは異なるもの、つまり 日本ではほとんど用いられない Pilot wireを用いたり、中隔枝の tip-injection造影を省いたり、中隔枝からのクロスを hydrophilic wireを用いずに行ったり などなど 僕自身の常識とは異なるテクニックで真腔狙いの慢性完全閉塞再疎通が行われたのです

しかも、この手技を一連のステージで行い、造影剤の使用量もその時点で 50ml程度、両側造影も single planeで二回のみであり、慢性完全閉塞に向けての wiringでも一切造影剤を使用しない、そのような斬新な手技だったのです

そして重要なのがこれを可能としたのが Impellaによる左室補助でした ImpellaをPCI手技開始より作動させ、安定したPCIが行われ、多分これが CHIPという新たな概念なのだろうな、と大変勉強になりました しかし日本ではこの方法はできません 何故ならば Impellaの使用には厳しい基準が設けられており、その基準は心臓外科のあるグルーブに管理されているからです

このようにして日本という国家は 自動車に代表される製造業の世界だけでなく、高度な医療の分野でも新しい革新的世界に歩みださず、どんどん世界中から取り残されていくのです 今回本当にそれを実感しました 訳の分からない役人による法律違反的行為、省令による法律に基づかない規制と、それを踏襲している学会を含め各種団体による自己規制 こんなことばかりしていると本当に日本は駄目になります まあ、僕の俊ではもういいか もう気持ちを荒ぶらないで昼に食べた「大阪ラーメン」の辛味噌ラーメンをお見せしましょう 非常につくりの奇麗な日本的な料理でした

「大阪ラーメン」の辛味噌ラーメン

Denver出発

土曜日にコロラド州デンバーに入りました 本日は水曜日ですから、四泊したことになります TCT2017がデンバーで開催され、この会期中の役割とか、色々な臨床試験の打ち合わせなどで忙しく時間が過ぎていきました

本日はこれからメキシコに移動します

Denverにもラーメン屋さんがあります

MenYa-Noodle
MenYaの辛味噌ラーメン
日本の古民家風の”Domo”
Domoのラーメン
Domoの中に掲げられている日本の特攻隊「別れの盃」の写真 この写真はアメリカ国内の蚤の市のような場所で購入されたそうです

東廻り世界一周

今回は東廻りで世界一周することになりました まずは、9月20日(水)の昼前の成田発ダレス空港行きの JAL便で出発です 実はこの飛行機、Boeing 777-300であり、新しい機体でしたが、今から出発という時になって故障箇所が発見され、そのため離陸が 45分ぐらい遅れました テキサス州ダレス空港に到着したのは、その結果予定より 30分以上遅れ、結果的に American Airlineの North Carolina Durham空港行きの予定していた便には搭乗できませんでした

仕方なく、ダレス空港で2時間以上時間を潰し、次の American便に乗り、ようやく Durhamに到着できたのは、17:30ぐらいになっていました 今回は、そのDurhamで重要な会議があり、それに参加するために訪れたのです

Durhamは落ち着いた東海岸南部の街です Duke大学があることで有名ですね この街にも何軒かラーメンを出す店ができています 大概はかなり怪しげなものです ラーメン専門店と言えるのはこの DASHIのみだと思います ここはかなり本格的な豚骨スープを用いたラーメンを出します 僕は豚骨スープは苦手なのですが、それでも本格的なんだろうなと分かりました

豚骨ラーメン専門店「DATHI」
二階は居酒屋です
自慢の豚骨味噌ラーメン

さて Durhamでの仕事を終え、Durhamも空港から American Airlineの London Heathlaw空港直行便に搭乗したのは、9月22日(金)の 18:00過ぎでした 南から北に大西洋を飛び越えていくので、相当に時間かかるだろうと思っていたのですが、何と 7時間もかからずに翌23日(土)の 7:00AM前に空港に到着しました

そして、いよいよ PCR LondonValves 2017に参加なのです と言っても、その日土曜日の 9:00AMより TokyoValves 2018の Coures Directors’ meetingが開催されましたが、結局皆それには間に合うことができず、10:00AMからの TokyoValves 2018 preparatory meetingに参加したのです 今若手でTAVIを日本で推進されている先生方が集まって下さり、来年の会の企画を練ったのです 基本的には英語での会議であり、鍛えられます

結局この会は 17:00まで熱気を持って続けられたのです 時差ボケも飛んでしまうのですよ

New Yorkを出発

羽田発の JAL便で月曜日午前中に日本をたち、NYに到着したのは同じく月曜日の 昼頃でした

そして、火曜日、水曜日と Long Islandの病院でPCIを見学し、色々な議論をたくさんの人達と深めました 本日ここでは木曜日 12:30ですが、約一時間後にこのNYを出発し、金曜日夕方に羽田に到着します

金曜日は「山の日」で日本は休日ですね

NYで寿司屋さんと言えば、以前より良く知っている 15 EASTとか Jewel-Bakoが思いつきますが、それ以外にもいくつかの新しい店が頑張っているようです その中の一軒、「麻布」という寿司屋さんに入りました カウンターです 場所は地下であり、「ぇっ? 大丈夫?」という造りです

「麻布」の入り口

しかし味は良く、堪能しました 小肌もなかなかでした

「麻布」の小肌

すさまじいTAVI

何時の間にかあっという間にもう土曜日です 今週は何に明け暮れたか? 記録しておかないとすぐに忘れてしまいます

月曜日(7/10)は外来診療を僕は休診にして朝から珍しくPCIを自分自身で行いました CTOですね そして午後からはインドネシアから10数名の Intervention若手医師をお招きして「日本-インドネシア友好PCIセミナー」を開催したのです

内容的には若干の講義、そしてPCI手技の見学でした 夜は近くの古民家で和食の夕食でしたが、僕は仕事がたまっておりそれには参加しませんでした

火曜日(7/11)には朝からTAVI 2例 インドネシアの先生方も見学されました 一例目は Evolut Rを用いましたが、腸骨動脈内径が3.5mm程度しか無く、しかも石灰化がひどく Vmax > 5m/Secの91歳の重症大動脈弁狭窄症の患者さんでした とても他のアクセスサイトは使える訳ありません 頑張って transfemoral approach (cut down)で行いました profileの小さい ERと言えどもとても通過しません 結局、腸骨動脈を ViaBahnで拡張し、その中を通しました ER植え込みも一発で完璧で PVLはほとんど無し

二例目は典型的な SAPIEN 3 29mmの植え込みであっという間に終了しました その後午後の外来診療を行い、夜はやはり日本料理でインドネシアの先生方を交えて食事会でした

水曜日は朝から外来診療 その後、東京に移動し用事を済ませ、その日は Haneda Excel Tokyu Hotelに宿泊し、木曜日(7/13) 6:25 AM発の ANA千歳行きに搭乗して札幌東徳洲会病院心臓センターに そして 9:00AMよりTAVIカンファランス出席

9:30AMよりTAVI 3例開始したのです 一例目は前拡張したって全くS3が通過できないのです 結局、double balloon techniqueを用いて通過し、無事完璧な植え込み終了

二例目は今度はガイドワイヤーが大動脈弁通過した後、ガイドワイヤー入れ替えのために通過させる5Fr/4Frの診断カテーテルが通過できません 両者とも強い大動脈弁弁尖石灰化があるのです 結局この症例は double guidewire techniqueを用いて通過し、S3を植え込み完璧な出来上がり

三例目は Evolut Rでしたが、問題は造影剤使用で激しいアナフィラキシー・ショックとなるのです もちろん事前にステロイド、抗ヒスタミン剤を投与しているにもかかわらずです 腸骨動脈造影を一回したただけで血圧が 30mmHg以下に低下、全身発赤でした 昇圧剤使用してもなかなか血圧回復しません 一時的にPCPS (経皮的人工心肺)を装着し、色々な薬剤を用いて昇圧を待ちました 昇圧済んでから今度は果敢にも ER植え込みを行いました もちろん造影での位置確認が非常に危険でしたので、一回のみ少量の造影剤で確認行い植え込みをあっという間にしてしまいました PVLは全く認められず完璧なできでした 結局非常に重症な三例ともとってもお元気になったのです これを確認してから、夜遅く小樽に移動して宿泊

新装なったカテ室で

金曜日(7/14)は朝から小樽市立病院を訪問し、カテ室更新のお披露目PCIをさせて頂きました 新しい Philipsのマシンでとても快適でした CTO一例と、左冠動脈主幹部一例でした

昼は、隠れ家的な蕎麦屋さんである「きむら」で「蕎麦がき」と「ざる蕎麦」を頂きました

隠れ家的蕎麦屋「きむら」

とても美味しかったです ご主人は9年前に脱サラして自宅でこの蕎麦屋さんを始められたそうですが、その技術は非常に高度でした その結果、非常に細い蕎麦切りが可能なのですね 爪楊枝の先端と比べればその細さが分かります 蕎麦がきもおいしいですよ

おいしい「ざる」
爪楊枝と比べて下さい この細さ
蕎麦がきも試して下さい

この後ホテルで休み、夜はまたお食事を皆様方とさせて頂きました

そして本日(7/15)土曜日は 東京に移動し、J-TVT理事会に参加です 目まぐるしく日にちと時間が過ぎて行きます

夢の中の出来事かな?

何と鎌倉の知り合いから、その知り合いの方が虻田で前日つり上げたというヒラメが札幌まで届きました 虻田というのは地名であり、洞爺湖や羊蹄山、そして伊達と長万部(おしゃまんべ)に挟まれた噴火湾沿いを含む広大な地域なのですが、そこで釣り上げられたヒラメを何と三尾も持参して病院まで届けていらして下さったのです

しかも、その三尾というのは 1.5Kgから3Kgある大物であり一番美味しいころです きちんと血抜きしてあり、しめられており、氷も発泡スチロールの箱に魚とは直接接しないように入れられていたのです

残念ながら写真を撮るまでには頭が回りませんでした 昨日TAVIを全例終わり、順調であることを確認してから その魚をマンションに持ち込み、早速自らさばいたのです まあこれまでの訓練の成果もあり、これぐらいの大物をさばくのも 30分ぐらいで完了しました ただ全体の量がすごいのです 身をつまんで食べてみるととてもおいしく、これで材料と時間があれば昆布で〆たりもするのですが、それは無理です

そもそもマンションの台所では洗い場も狭く十分に包丁を扱えないのです それでもテクニックでカバーしてそれぞれを五枚におろし、出汁をとれば最高ですが、時間も鍋も無いので残念でしたがアラの部分は廃棄です 結果的に (5 – 1) x 3 = 12枚のさくができあがりました このうちの五枚のさくは奇麗に皮をひきました これは刺身用です そして残りの7枚のさくはそのままタッパーに入れて冷蔵庫に

それから若手に声をかけたのです 皆仕事が忙しいのですが、5名の若手が 8:00PM頃までには集まり、部屋で宴会しました 僕はといえば前夜の睡眠不足もあり途中で意識消失してしまいました とはいっても皆が去る時には起き上がり、タッパーに入れてあった7枚のさくを真空パックに分割し、皆に持ち帰ってもらいました 「これを皮ひいて刺し身でももちろん食べれるけど、それは難しいかもしれないので、フライパンで皮目から少し炒めてもおいしいから」と料理法を伝授しました

結果的に頂いたヒラメは皆でおいしく片付けさせて頂いたのです 何だか夢の中の出来事のようでした

シカゴ

まったくボケています シカゴには木曜日に羽田を出て、土曜日にシカゴを出発し、結局羽田に戻るのは日曜日の夜8:00PMでした

今回始めて TVTに参加しました TVTとは Transcatheter Valve Therapiesのことで、今回が 10回目です もともと Martin Leon先生がいち早く始められた学会であり、中身は全て Structured Heart Disease Interventionです

朝から晩まで Leon先生はずっと座長あるいは discussantあるいは演者としてずっと会場におられました すごいです

ライブは Vancouver St Paul Hospitalから、あるいは Minneapolisから、さらには Chicagoから行われ、内容は TAVI, MitraClipそして TMVR (Transcatheter Mitral Valve Replacement)さらには 三尖弁に対する治療など多岐に渡りました ライブの質は非常に高く勉強になりました

既に Rotterdamでは 90%以上の症例が意識化局所麻酔でTAVIを行っているということで、それには驚きました また会の運営は素晴らしく、2019年 7月に鎌倉が主管として JTVTを開催することになっていますが、その時に向けて参考になりました

シカゴには時々訪れることがあり今回は 2014/10月以来の訪問でした 非常に奇麗な大都会であり、道路が二層になっているのが特徴です ミシガン湖のほとりにあり高層ビルが立ち並んでいます

ミシガン湖上空よりシカゴに
トランプ・タワー

食事もとてもおいしかったのですが、今回は Catch35という seafood restautantに行きました

Catch 35
Catch 35の料理

またここの後に、ラーメン屋さんに行きましたが ここのラーメンは絶品でした これまでアメリカのラーメンは一風堂が安定していましたが、一風堂の天下もそろそろ終わりか と思わせるものがありました

拉麺さん
拉麺さんの辛味噌ラーメン

マンダレーでの激しいTRI

マンダレー (Mandalay)はミャンマー第二の都市で、都市圏には200万人ぐらいの人々が住んでいます 長いこと(英国が侵略するまで)王朝があり、街の中心には巨大な城(マンダレー城)があります

マンダレー国際空港は、草原の真っ只中にありバンコクとの国際線が飛んでいますが、マンダレーの町中までは高速道路が結ばれてはいるのですが、小一時間かかります

マンダレー国際空港

ヤンゴンのホテルを 6:00AMに出発し、ヤンゴン国際空港から 600Kmの距離にあるマンダレーまで飛行機で一時間かけて移動し、そのまま空港からマンダレー総合病院 (Mandalay General Hospital: MGH)まで移動しました 本日、そして明日午前中この病院内で、The 4th Myanmar Society of Interventional Cardiology Workshopが開催され、今回は特にTRIに主眼を置いて開催されたのです この病院では昨年一年間で590例ぐらいのPCIが行われ、その大多数がTRIで行われたそうです

症例数の推移

病院にカテ室が出来たのは 2002年だったそうですが、当時はPCIを行うことのできる先生がおられず、2002年に一年間 Professor Kyaw Soe Win先生がシンガポールに留学し、さらに、その半年後から3年間余りイギリスに留学され、PCIを学ばれ今に至るそうです 病院はやはりビクトリア朝風の建物でした

マンダレー総合病院玄関

最初に Welcome Ceremony/Speechから始まりました 僕もスピーチをしたのですが、この時、1994年に僕が Yangon/Myanmarの軍病院 (当時唯一Myanmarに存在したカテ室)でPCIを行った時に、僕の助手をされた Professor Aung Kyaw Zawm先生のスピーチがあり、 23年間の重みを噛みしめました

Professor Aung Kyaw Zaw

まず宍戸くんが、TRIの入門的話をし、それから僕が診断カテからPCIに至るライブを行いました そして、その後僕の講義と、PCIのライブ これがまた難しい症例でした 右鎖骨下動脈がルーブとなっていて、ガイドカテのコントロールができず、また右橈骨動脈が解離で造影剤が漏出したりとPCIに至るまでが大変でした 5Frのカテで行った診断カテの結果、右冠動脈は非常に蛇行し、その途中に 99%狭窄が三箇所ある、という難しい症例でした もちろん、左前下行枝にも左冠動脈回旋枝にも90%病変があるのです これに対して、まずは解離した橈骨動脈を修復し、新たに長いシースを入れてリカバーし、そのあと double wireで何とかガイドカテを右冠動脈入口部まで持っていき、Floating wireによりガイドカテを固定して、マイクロカテを用いて、何とか180度ターンしている蛇行した右冠動脈の三箇所の病変をクロスしました それから、前拡張し、最初から子カテを持ち込んで薬剤溶出性ステントを最終的に三本植え込んで奇麗な仕上がりとなりました 途中で高度徐脈になったりスリリングでしたが、参加者皆にはとても勉強になり迫力があったものと思われます 最後は大歓声の拍手でした

記念写真

最後には参加者の多くが集まり記念写真を撮りました この後、CTOの講義を行い、その後一旦ホテル SEDONAに入りました この高級ホテルはマンダレー城の目の前にあり、窓からは壮大な城壁と、マンダレー発祥の地であるマンダレー丘、そしてお堀が見えます

マンダレー丘、マンダレー城そしてお堀

美しい光景ですね 残念ながらこのマンダレー城宮殿は第二次大戦の時に英国軍により徹底的に爆撃され、昔の面影の大多数は失われてしまったそうです

夜は Eastern Palace Hotelの 9階屋上で Dinner Partyが開かれ、そこで 僕自身の顔のJewelry Paintingが贈呈されました 非常に貴重なもので感激です パーティーはそのままカラオケ大会に移行しましたので、僕たちは早めに退席し、マンダレー唯一の和食系統のお店である焼肉Hanaに移動しました ここには鮨や刺し身もありますし、ラーメンも蕎麦もあるのですが、メインは焼肉です ここでざるそばを食べました

焼肉Hana
Hanaのざる蕎麦

お蕎麦はなかなか良い味でしたが、残念ながら「そばつゆ」がポン酢であり、酸っぱかったのが玉に瑕でした

本日土曜日は午前中CTOの治療を行い、11:00AM過ぎには空港に向かいバンコク経由で羽田に日曜日朝到着予定です 現在 5:20AMですが、これからマンダレー丘を上ってくる予定です