何と17, 8年ぶりのフィリピン

9月2日午前中発のANAマニラ羽田発マニラ行きの便に乗りそれこそ多分前回の訪問は1998年だったと思うのですが、してみると18年ぶりのフィリピン訪問をしてきました

マニラ空港もすっかり綺麗になっていましたが、空港から都心への道路は相変わらずのひどい渋滞でした しかし、今回は1990年頃に陸軍基地であった広大な地域を新都心として開発が始まり、現在も続いている Global Cityというマニラ近郊の都市が目標地点であったため、マニラ中心地へ向かう渋滞を避けることができましたので、30分ぐらいで Shangri-La Hotel Global Cityには、15:00には到着することができました マニラ中心街からGlobal Cityまでは 10Kmなのです

高層ビル群
高層ビル群

周辺は、新宿副都心も真っ青になるように40階から50階建の高層ビルが立ち並び、しかも今なお多数が建設中であり、道路は綺麗で多くの人びとが行き交っていました この情景にすっかり驚いてしまったのです これがアジアの力か そのように思いました 街中を歩いている人々は皆日本の街中よりも平均年齢が20歳は若いのではないでしょうか すごいパワーです

Global City
Global City

街中では日本料理とラーメンが人気であり、毎日築地から新鮮な魚が空輸されてきます しかし、マニラ旧市街に入れば、そこは以前より見慣れたアジアの雑踏であり、昔から見慣れた「ジープニー」という 4Km 8ペソ (今のレートで 20円ぐらい)が走り回っています

ジープニー
ジープニー

この日は、ホテルから歩いてすぐの日本料理屋に行き、新鮮な刺し身などを食べ、その後ラーメンを試みました

日本料理「おがわ」
日本料理「おがわ」
一康流(Ikkoryu)福岡ラーメン
一康流(Ikkoryu)福岡ラーメン

さて、今回は The 8th ASEAN TRI Seminarの Course Director
としてフィリピンに来たのです 今回は、Global Cityにある St Luke’s Medical Centerを舞台に行われ、Jose Nicolas M. Cruz先生と共に directorをしました Singaporeから Paul Ong先生もゲストとしてお招きし、ASEAN各国、主にフィリピンとインドネシアから合計 100名ぐらいの先生方が参加されました

St Luke’s Medical Centerは日本で言えば聖路加病院ですが、マニラ中心街の旧病院から分かれて新たに8年前に開設されたとても奇麗な病院です

St Luke's Medical Center受付
St Luke’s Medical Center受付
St Luke's Medical Center
St Luke’s Medical Center

朝 8:00前にホテルを出発したらば歩ける距離に病院があり、そのままカテ室に行きました そこで初めて症例を見せて頂いたのですが、症例は60歳ぐらいの男性で左冠動脈前下行枝近位部の慢性完全閉塞でした 閉塞部には複雑に分枝が何本も出ていて 「これは大変だ」と思わせるものでした なかなか double pressure linesというのをスタッフが理解してくれなくて、そのセットアップに時間がかかり、実際に手技を開始したのは 8:45AMくらいになっていました

ライブデモンストレーション会場は一階上にあるとても立派な講堂です

Henry Sy, Sr記念講堂
Henry Sy, Sr記念講堂
Henry Sy, Sr記念講堂内部
Henry Sy, Sr記念講堂内部

しかし、9:00AMからのライブデモンストレーション開始となっても、映像中継がなかなかうまく行かず、僕の開会の挨拶もすっ飛ばしてしまうことになりました 何しろ声が伝わらないのです 実際にうまく回りだしたのは 9:30AMを回ってからであり、それからは手技を解説しながら手技を続けました

6Fr bi-radial approach EBU3.5/AL1.0で開始しました 順行性に10分ぐらいトライしたのですが、案の定全く入り口分からずで これ以上粘っても仕方ない、という感じでしたので、すぐにretrogradeに移行しました 一番鮮明に見える中隔枝から行ったのですが、途中の蛇行が激しく、SUOH-03/SION-BLACKを用いても通過できなかったのです そこで二本手前の中隔枝に切り替えました ここもPDより入ってすぐに激しい蛇行があり、SUOH-03では超えることができませんでしたので、Sion-Blackを用いて何とか通過しました そして左冠動脈前下行枝に入って行ったのです ここでCorsairを何とか左冠動脈前下行枝まで持ち込もうとしたところで、6Frの Backupの限界で全てがバラけてしまいました

でもこんなことではへこたれません すぐに7Fr sheathに置換し、システムを7Frに変更し再開したのです そして、Corsairを何とかLADに通し、逆行性に Ultimate -> Conqeust-Pro12により左主幹部-大動脈に抜け、何とか Fielder-FCを順行性ガイディング・カテーテルに入れることが出来、RG-3で Externalizationしました そして、2.5mm balloonで拡張したのですが、この時点で判明したのです 何とこの部分 それはLAD近位部なのですが、そこで いわゆる double LADとなっていてメインのLADは少し遠位にあり、その部分が依然として慢性完全閉塞だったのです これには参りました 術前予想していた通りの複雑な解剖なのです

でも気を取り直し、RG-3をreferenceとして順行性に Ultimateで探り奇跡的にも順行性に通過させたのです 薬剤溶出性ステントを2本植え込み素晴らしい出来で終了しました

My team for bi-TRI for CTO
My team for bi-TRI for CTO

この病院では、あるいはフィリピンではでしょうか、PCIの最中麻酔医師が立会、TAVIの時のように Conscious Sedation without tracheal intubationで管理されていました

左から Cruz先生と Ohg先生、私
左から Cruz先生と Ohg先生、私

その後僕は講堂に上がり座長したりしてから、再び 14:30頃から第二例目を行いました この症例は石灰化したLAD病変でしたが、すんりと終了したのです

今回参加された先生の中に、僕がマニラで1998年訪問した時にTRIを仕込んだ The Medical Cityという病院の Jesus Edgar Villano先生から貴重な写真を見せて頂き、それを写真に撮りました

1998年マニラで
1998年マニラで

こうして今回も Excitingにライブデモンストレーションは終了しました その後、Faculty Dinnerが設けられましたが、僕は Cruz先生に丁重にお断りして、「これぞマニラ!」というエリア、海沿いの市場に行きました

活気のある市場
活気のある市場
マニラ湾特産ウニのFrech Freezing
マニラ湾特産ウニのFrech Freezing
これぞ石斑魚
これぞ石斑魚

これらの魚介類たくさん購入しても日本円で 8,000円ぐらい あのマニラ湾特産新鮮ウニは 800円です すごいですよね

そしてこの後は、「世界ラーメン紀行」を何れ書き上げようとしている僕としては外すことができないマニラのラーメンとして、二本でも有名な「一風堂」と、「山頭火」に行きました もちろんほとんど味見程度しか食べなかったのですよ

一風堂
一風堂
一風堂の「カラカララーメン」
一風堂の「カラカララーメン」
山頭火
山頭火

山頭火の辛味噌ラーメン
こうして激しく、情熱的で楽しく、また勉強になったフィリピン訪問は終わりを告げ、そろそろ僕も出発の準備せねばなりません そうそう最後に一つ フィリピン人のことを英語で何と言うでしょうか? 国としてのフィリピンは Philippinesですが、人のことは Filippinoというのです 頭が Fになるのです 知らなかったでしょう?

そもそも辛いものがありますね

あっという間にロシアでの日々が過ぎ、過酷な現実に直面せざるを得なくなるのです 現実というのはしばしば暴力的であり、そこには理性も何もありません

さて、それはさておき、昨日はちゃんど TCT Russia 2016というロシアで最古の歴史を誇る学会できちんとお仕事してきました もっとも、先に書いたように、ライブは無し、であり、何だか気が抜けた感じでしたが。。。。

今回、TCT Russin事務局は僕のために何と、ボリショイ・バレーの観覧券を用意して下さいました 実際、このティケットは正規の価格でも 7,000ルーブル つまり現在の為替に合わせれば 15,000円ぐらいするティケットでした 座席は、4階バルコニー席であり、下を除けば舞台の真上であり、それはそれはすごい席でした その席の模様は写真で聴器にしましょう

当日の演目は、ロシアの人々には一番任期のある、「雷帝イワン」というものであり、ロシア王朝を発展させたイワン大帝が仲間の裏切りに怒り、本当の雷帝になる過程をバレーにしたものであり、ロシア人には一番人気のものでした 特にイワン役には超絶技巧のバレーが要求され、練度の高い聴衆の批判は想像を絶するものがあるのです この日は、非常に厳しい聴衆にも耐えられる素晴らしいバレーであり、カーテンコールは何回あったのでしょうか 10回くらいでしょうか とにかく聴衆一体となり、素晴らしい共同幻想論的興奮に包まれた瞬間でした

素晴らしいカーテンコール
素晴らしいカーテンコール
素晴らしいカーテンコール
素晴らしいカーテンコール

ところでボルシチの原料である野菜は、「赤かぶ」と日本では呼ばれていますが、実際にはそれは違うのです 実は日本である「カブ」の赤いものではなく、どちらかと言えば玉ねぎとか葉っぱの仲間であり、英語で BEETと呼ばれる野菜なのです その実物はこの可愛い民族衣装の女の子が持っている野菜なのです 日本ではあまり見られないですね

ボルシチ原料
ボルシチ原料

サンクトペテルスブルグの色々

この街は現ロシア大統領出身地として有名であり、ピョートル大帝がかつてモスクワから首都を移した場所としても有名です 従って古い歴史と文化に彩られているのですが、第二次大戦の時に、ドイツ軍によりほぼ徹底的に破壊され、それこそ焼け野原となり、現在の美しい街並は、ほぼ全て再建・再現されたものなのです

街中には美しい建物や、建造物があります

青銅の騎士
青銅の騎士
綺麗ですね
綺麗ですね

さらには 先に紹介した 「麺屋 正宗」という正統派ラーメン店がありますね

麺屋 正宗
麺屋 正宗
味噌ラーメン
味噌ラーメン
正油ラーメン
正油ラーメン
塩ラーメン
塩ラーメン

これで麺屋 正宗の三種類のラーメンを少しずつ食べたことになります 完食したかったのですが、カロリーなど考え、半分程度で我慢しました

そしてこの街で忘れてならない食べ物が、ビーフ・ストロガノフですよね 何とストロガノフ宮殿というのが現存し、そこにストロガノフ伯爵が編み出したレシピをそのまま伝えているレストランがあるのです

皇帝レストラン
皇帝レストラン
皇帝レストランの中
皇帝レストランの中
本来のレシピのビーフ・ストロガノフ
本来のレシピのビーフ・ストロガノフ
おいしくて完食
おいしくて完食
さっぱりした透明魚スープ
さっぱりした透明魚スープ
ビートからつくられるボルシチ・スープ
ビートからつくられるボルシチ・スープ
現在一般的なシチュー様 ビーフ・ストロガノフ
現在一般的なシチュー様 ビーフ・ストロガノフ
有名にピロシキ
有名なピロシキ

やっぱりサンクトは美しい

月曜日(5月30日)に成田発モスクワ行きのJAL直行便で飛び立ちました これが2年ぶりのロシア訪問です 前回は 2014年6月18日のことでした この時のことは、ブログに書いてあるように、2002年から毎年のように訪問してきた バクレフ心臓病センターからのライブ担当として訪れた時です

その後、このロシア最大の循環器専門病院からPCIのライブを飛ばすことは、諸般の事情で禁止され、昨年はこの学会(TCT Russia)において、ライブが同病院からは行われず、今年もそれが踏襲されているそうです 従って今回僕はモスクワからのライブは無し、ということになります

それもあり、今回二度目となるサンクトペテルブルクを訪問することにしました 僕は正直この街が、世界中で一番美しい、と思っています モスクワ空港から、飛行機を国内線に乗り換え、サンクトに到着したのは20:00前となっていました しかし、サンクトは白夜であり、この時期 夜といっても日が落ちるのは 22:00頃であり、また日が登るのは 2:00AMぐらいなのです 今回、サンクトには2泊したのですが、その間に何と 3回も「麺屋 正宗」に行きました

麺屋 正宗
麺屋 正宗

ここは日本人が三名、そしてロシア人の人々と一緒に運営しているラーメン屋さんです とにかく、ものすごくうまい 結局、「味噌」、「塩」そして「醤油」その全てを食べてしまいました 本当にうまい 日本でもなかなかこんなうまいラーメンは食べることができません

麺屋 正宗の塩ラーメン
麺屋 正宗の塩ラーメン

まだラーメンはロシアの方々にはあまり馴染みが無く、なかなか店の運営は大変なようです あの有名なエルミタージュ美術館からも徒歩で10分以内の場所にあります

そもそ今回サンクトを訪問したのは、ロシア第二の循環器専門病院である国立のAlmazov(アルマゾフ)病院をCTOのワークショップを開催するために訪問したからです この病院は、年間PCIが 2,000例ぐらい、TAVIに関しては、1年余り前から開始となり、これまでに 81例を行ったそうです その全てが CoreValveだそうです 残念ながら手術死亡は 5例とのことです (1: 左室穿孔、2: 重症不整脈、 1: 穿刺部出血、 1: 左心不全)

Dmitry先生
Dmitry先生

ここのチーフの先生は Dmitry先生であり、たくそんの症例を治療されています

Almazov病院
Almazov病院
Almazov病院
Almazov病院

Dmitry先生が言われるには、ロシアで医療従事者側から見て一番の問題は、政府の締め付けが厳しくなってきていることのようです 例えば、この日は 7:30AMにホテルを出発し、病院には要請の 8:30AMよりも前、 8:10AM頃に到着しました しかし、カテ室周辺には誰も職員がおらず、ようやく症例検討を始めることができたのは 9:00AM頃でしょうか そして、どの症例を一例目にするか決めてから、実際に患者さんをカテ室搬入できたのは 10:00AM頃なのです

どうしてこんなに時間がかかるのか? と言えば、症例が決定されてから、実際にとりかかれるまでには院内の各所からサイン付きの書類を取得せねばならず、それには 1時間はかかるのだということでした

余裕のCTO
余裕のCTO

さて一例目は、LAD近位部の急性冠症候群で来られた女性であり、右冠動脈はCTOでした LADに対しては1週間前に薬剤溶出性ステントが入れられOKでしたので、今回は右冠動脈のCTOでした これに対して両側 6Fr TRIで入りました 当初の予想では順行性にクロスできるだろうと考えた 30mm程度の長さのCTOでしたが、順行性にはワイヤーは解離腔に入りにっちもさっちも行かなくなりました ちなみにワイヤーは現地調達でしたが、Sion, Gaia-1st, Gaia-2nd, M3, Con-Proあたりが自由に使え、Corsairもありました 順行性に 20分ぐらい頑張ってから、左冠動脈からの逆行性に移行しました この病院では逆行性の経験はほとんど無い、とのことでした Sionを用いて中隔枝より入り、最後は順行性に移行して、RG-3 (どうせ無いのですが)も使わずに綺麗に仕上げました

この症例は 10:30AMスタートで終了が 12:15くらいでした そして、次は左回旋枝の起始部からの長い、しかも二箇所に渡るCTOでした 皆は軽く順行性で行ける、と考えていたようですが、とてもではないですが、無理です LADも diffuseに狭く、左主幹部も怪しいのです 非常に危険度の高い症例でした

これに対しては頑張って、対角枝経由で心外膜を通過して左回旋枝に入りました 非常に難しかったのですがやりました そして、M3により左主幹部まで到達し、大動脈に抜けたのです しかし、何かおかしい そのように僕の心が語るのです それは、どうも逆行性が解離腔を通過して左主幹部、そして大動脈に抜けているように思うのです ここで非常に悩みました 通常であればIVUSを用いて見ると思うのですが、IVUSを左主幹部に挿入すること自体危険を伴う状況です ましてや無闇に Reverse CARTを行うのは危険です そこで、この状況を説明して引き下がることに決めました これは立派な教育です

カンファランス室には合計で 30名ぐらいのインタベ医師が集まって見ていたのです 結局終了は 15:00ぐらい それから遅い昼食をとり、30分ぐらいの講演を行って終了しました

とても有意義なワークショップだったと思います そうそうこの病院にはロシア現大統領プーチンさんが既に4回くらい訪れているそうです ですから、国からの資金援助は随分と豊富だということでした

そろそろ平常に戻らねば

さて、1月19日に日本を出発し、本日31日の便でコペンハーゲンを発ち、成田に向かいます

この間どうも体調優れず安眠を取ることができませんでした 基本的には時差ボケが続いている、そんな感じです そんな中でこの旅をLeif Thuessen先生が僕の希望に応じて企画して下さいましたことに感謝です 年齢を経るにつれて自由な時間が無くなり、こんなに長期間鎌倉を離れることはなかなか困難です それでも皆の協力の下で思い切ってできたことは僕の人生の中でも非常に重いものがあります そんな中で何を学んできたでしょうか?

まずは北欧の人々の暖かさでした このことには本当に感謝しています、次は北欧の国々の豊かさです 何につけても日本のようにセカセカしておらず余裕があります 仕事に割く時間は圧倒的に少ないと思いますし、仕事と仕事の間の休みもゆったりです、そして病院の設備や備品など高額で最新の設備が備え付けられていることも驚きでした

今回の旅のルート
今回の旅のルート

また特に Tromsoでのことですが、北極圏というものがどういうものか知りました 昼なお真っ暗な太陽の無い世界を垣間見ることができました Ouluは寒かったですが、それでも北海道を知っていればどうってこと無いでしょう

インターベンションについては、僕が予想していたよりも進んでいる面と、そうでない面がありました 慢性完全閉塞については日本の一般的レベルと比しても高い、と思いました こちらも相当に頑張らねば満足してもらえない、そのように思いました 昨年Belgiumの Charlroiで三例の慢性完全閉塞を成功裏にさせて頂きましたが、その時もレベルが高い、と思ったのですが、それと同様であり、またより挑戦的でありました 日本であれば手を出さないだろう、と思われる症例も当日のリストに載りました もっとも僕がいたからかも知れません

TAVIについては我々が鎌倉で培った知識と技術が十分に通用する、それどころか日本では新しいディバイスが使えないので、日本でのみ必要な Tipsを我々は編み出してきた、そのように思いました

何はともあれあと数時間で出発ですね そうそう昨夜は「べんとう」という和食屋さんで夕食を摂りました

「べんとう」
「べんとう」

刺し身のレベルは Selfishの方が良かったですね ところで、「枝豆」が出たのですが、隣のテーブルのDenmarkの女性が食べているやり方を見て驚きました 日本では枝豆を食べる時には唇に平行に持ち、指で押さえて口の中にはじき出すのが普通ですよね

日本の一般的な枝豆の食べ方
日本の一般的な枝豆の食べ方

ところが、Denmarkの女性たち(少なくとも観察した複数の女性)は皆、枝豆を縦に持ち、口の中にいれて口の中で絞り出すように食べるのです 自分でもしてみましたが、あまりお勧めではありませんよ

Denmarkの女性の食べ方
Denmarkの女性の食べ方

デンマークに移動

フィンランドの Ouluでとても有意義に過ごした後、1月27日水曜日にHelsinki経由でデンマークの首都 Copenhagenに入りました Denmarkは人口 500万人の国家であり(この人口規模は Norwayや Finlandと同程度であり、Swedenは人口900万人の国家だそうです)、バルカン半島とはSwedenとの間にある距離10数キロの海峡で離れています

Denmarkには王室があり、女王様がいらっしゃるのです 木曜日にはこの国の最大規模の大学病院である RigsHospitaletという壮大な大きさの建物の病院に行きました

Rigshospitalet
Rigshospitalet
Main Building
Main Building

とにかく 17階建のしかも巨大な建物が3つと、現在建設中の建物もある見たこともないような巨大な病院です もちろんこの病院はデンマークに4つしか無い国立大学病院であり、かつ、TAVIを行っている4つの病院の中の一つです TAVI年間症例数は 200ということです PCIは、年間 2,000例ですが、その内の 1,000例は何と急性心筋梗塞です

木曜日にはTAVIを見せて下さると、わざわざTAVI日ではありませんでしたが、TAVIを二例設定して下さりました

最初の症例は Evolut-Rを用いて植え込みがされ、次の症例は St Jude Porticoを用いて植え込みがされました 何れも局所麻酔で経皮的に行われ治療時間はそれぞれ 1.5時間ぐらいでした 当初の予定では僕が術者として手技が行われることになっていた(そのように話を決めていた)のですが、三人いるTAVI術者の中で一番やっている先生、その先生と話を決めていたのですが、急遽 Nordicの学会があり予定変更となり、その先生の管轄下で無かったので僕は横で見ているだけでした

正直 Ouluでの実際の手技もありましたので今一つでした このため、14:00には病院をおいとまし、市内にたくさんある Cafeに入りました Cafeから通りを眺めていて重大な事実に気づきました もともと Nordic Countriesでは一般の人の交通手段として自転車が普及していますし、必ずと言っていいほど自転車専用道が歩道と自動車道の間に設置されています さて Copenhagenのような大都市ではほとんどの道が一方通行となっています 歩行者は、もちろん一方通行の制約を受けないのですが、さて自転車はどうでしょうか?

逆走禁止
逆走禁止

Cafeの窓から通りを眺めていてわかりました 自転車も一方通行なのです 誰一人として反対向きに逆走して自転車を乗っている人はいません どうしても逆に行きたい時は、自転車から降りて押して歩いていました 徹底していますね

さて、その日は同病院循環器内科のトップの先生と皆とのほとりにあるしゃれたデンマーク料理のレストランで食事しました

そして、翌日金曜日は満を持して、慢性完全閉塞二症例に臨みました しかし神様、現実は厳しいものです 第一例目は左冠動脈前下行枝#7の慢性完全閉塞という触れ込みで他の病院よりPCI目的で紹介となった77歳の男性でした 診断カテとして送られてきていたシネは、画像も小さくなんだか良くわからない程度の低い診断カテでした そこで、まず診断カテを行ったところ、何と実は左冠動脈前下行枝付け根からの慢性完全閉塞でした そして、右冠動脈も高度狭窄があり、この患者さんは慢性腎臓病のため造影剤がせいぜい 200mlしか使えないという制約、そして長年の糖尿病があり、心機能も低下している、これらの点から皆で協議の上、冠動脈バイパス手術を行うことになり、PCIは中止しました

そして、第二例目ですが、60歳の男性 心機能低下あり、過去に心筋梗塞を起こしています 右冠動脈にステント内高度狭窄あり、左回旋枝近位部の慢性完全閉塞でした また左冠動脈前下行枝にもDESが植えこまれており、そのDESの中にもどうやら再狭窄がありそうです そして左主幹部遠位部に 75%程度の狭窄がある、そのような患者さんでした まず、LAD – LMTに対して FFR測定したところ、何と 0.71と陽性に出てしまい、当然のことながらこの患者さんも冠動脈バイパス手術に回ったのです

ということで結局 Copenhagenでは TAVIもCTOも全くせずに終了してしまいまい、12:00前には病院を出たのです 何とも消化不良ですが、現実なので受け入れるしかありませんね  さて昼食を摂ることにしましたが、ガイドブックでどうやら寿司屋さんが存在することを発見したのです

鮨 Selfish
鮨 Selfish
Selfishの鮨
Selfishの鮨

Selfishの鮨は非常にレベルが高いものでした もちろんネタに関しては日本のような訳には行かない筈ですが、本当においしいものでした 日本人のご夫妻二人でやっておられ、2002年にここに店を出したそうです もともと吉祥寺出身の方でヨーロッパに渡って来られたのは 1986年ということでした 現在40歳後半でしょうか ヨーロッパで食べる鮨の中ではピカイチです

そしてこの日の夜は「東京」という 1964年に開店した老舗の日本料理屋に行き、Thuessen先生ご夫妻とご一緒して和食の夕食を摂りました

翌日は既にこの長い Nordic Countires訪問最終日の1月30日土曜日となってしまいました 出かける前はどうなることやら、と一抹の不安も感じていましたが、既に10日間以上発ち、「もう戻らねばならないのか」という気持ちです そんな気持ちを反映してでししょうか 朝から強い雨風でホテルの窓が騒がしいのでした 幸い 10:00AMになると雨風が弱まり、傘無しで氷雨の中を歩ける程になりましたので、少しは観光せずにわいかない、と考え ホテルの目の前の函館五稜郭のモデルである、カステレット要塞に出かけました まあ五稜郭の半分程度の規模のものと考えれば良いでしょう そして、その先には日本人ならば誰でも知っている「人魚姫」の銅像があるのでした

人魚姫
人魚姫

この人魚姫の銅像を始めて知ったのは、小学校二年生の時でした 当時父親はある会社の重役をしていてその仕事で世界一周視察旅行に2ヶ月間かけて出かけたのです 当時のことですから、飛行機はプロペラ機で、羽田空港から見送りにでかけた記憶があります そして、世界の様子を35mmカメラにおさめてきたのです 写真はカラーを焼き付けることが普及していなかった時代ですから35mmスライド形式でした そして、その様子を杉並第九小学校の体育館で小学校低学年を相手に学校からの要請で皆に見せてくれたのですが、その中で一番印象深かったのがこの「人魚姫」でした

Thuessen先生からは「見たらばあまりにも小さいのでびっくりするよ」と散々言われていましたが、実際に見ると人間の等身大より少し小さい程度であり、実際に人魚が存在すればこのくらいの身長だろうな、と納得の大きさでした

それから、12:00に毎日行われる宮殿衛兵交代式を見ました

衛兵交代式
衛兵交代式

その後は、最近 Copenhagenに開店した初めてのラーメン専門店「ラーメンとビール」という名前のラーメン屋さんに出かけましたが、オランダの人々で満員でした ご主人は日本人のようでした

ラーメン専門店「ラーメンとビール」
ラーメン専門店「ラーメンとビール」
激辛味噌ラーメン
激辛味噌ラーメン

唐辛子マーク4っつ(激辛)の味噌ラーメンを頼みました 少し塩気が強すぎるように思いましたが、辛さは日本では弱辛程度でしょうか 麺は良かったですね 塩気を弱くすればもっと美味しいと思いましたが、デンマークの食事は総じて塩気が多いように思いますので現地の人にはこの方が良いのでしょうね

フィンランドでのPCI

昨日はフィンランド第三の都市 Oulu (オウル)の大学病院でPCIを行いました この大学病院は北フィンランドの中心であり、広大な土地に三層の建物で広がった病院です もちろん寒いので建物は全て気密性のある廊下でつながっています その廊下の総延長は何と 40Kmということであり、実際職員は移動や搬送に電気式自転車や、通常の自転車、あるいは子供が使うようなスライダーを使っています

第一例目は冠動脈バイパス手術後の女性であり、1999年に冠動脈バイパス手術を行い現在はLITA-LADのみ開存していました LITA先の左冠動脈前下行枝に新たに狭窄、左回旋枝にはOsからと #12に高度狭窄があり、右冠動脈は起始部かから末梢分岐まで閉塞し、しかも右冠動脈は異所性でした 右冠動脈へのバイパスは 2007年時点で閉塞、左回旋枝へのバイパスは 2013年時点で閉塞し、現在の狭心症は左冠動脈前下行枝の病変と思われている患者さんです

まずLIMA経由で左冠動脈前下行枝を治療し、蛇行の強い左冠動脈にもステントを植え込み、右冠動脈に対しては逆行性ルートが全く無いため、順行性にアンカーをかけて固定して行いましたが全く不通過で終了

ついで早めの昼食をとってから、Lapland出身の漁師さんでしょうか その方の左冠動脈前下行枝起始部からのCTOに移りました この方は冠動脈バイパス手術を受けていないのですが、10年前から徐々に心機能が悪化し、現在は僧帽弁閉鎖不全も伴い心不全となっている患者さんでした 右冠動脈より中隔枝経由で両側性アプローチで入り、綺麗に仕上げました

Ouluの先生方と
Ouluの先生方と

そして、最後の症例はやはり冠動脈バイパス手術後で、静脈グラフトは全て閉塞、左主幹部部分で以前のPCIにより解離形成し、左冠動脈前下行枝は近位部で閉塞、LITA-LADのみで保っているような患者さんでした 右冠動脈は入口部から末梢までCTOでした

まず、解離した左主幹部から左冠動脈前下行枝近位部に何とかワイヤーを通し、石灰化のためバルーンを二つ破裂させながら左主幹部を拡張し、ステントを植え込みました 当初よりLIMA-LADに対してはガイディング・カテーテルの長さが足りないと考え、6Fr IMを切断し、5Fr sheathにより連結して入りました そしてCorsairをLIMA-D1-Apical経由で#4PDまで通過させましたが、到底Microcatheterの長さが足りず、また右冠動脈の解剖見ればまったく不可能そうであったため、この時点で中止しました

SUSHI bar
SUSHI bar

ホテルには 4:30PMに戻り、ホテル近くに SUSHI barを見つけましたのでそこで早めの夕食を食べました 鮨はまずまず ラーメンは全くの別物でした

SUSHI
SUSHI
味噌?ラーメン
味噌?ラーメン

次の勉強に着手

色々な Web Siteを創っています 本来 Web Pageは静的な HTML言語を用いてもともと作られてきました しかし何時の頃からか時代の要求に応じて動的なものに変化してきました

その動きを実現する要素技術として、サーバー側では Perl, PHP, Ruby, JAVAなどに代表される言語があり、またデータ格納のための、SQL言語を扱うシステムがあり、そしてクライアント側では CSS, Javascriptがあります

Javascriptは時代と共に進化し、Web pageで動きをつけるためには無くてはならないものとなっています その文法は分かりやすくもありますが、落とし穴が多く、Javascriptそのものを用いて少し大きなシステムを創ろうとすると途端にはまってしまいます

これを解決するために昔から Javascriptの上に上位言語を創るという試みが行われてきて、それに成功した代表例が jQueryなのです

しかし、jQueryでも不十分な要求がどんどんあふれ、それを解決するために、TypeScipt, AngularJS, CoffeeScriptなどが創られてきました 要するに新たに勉強しても次々と新たなことが生まれてくるのです

そんなにこちらもついていけません

でもね、心の中で要求が生まれ、それが次第に大きくなっていくのです 挑戦です 今そんなで挑戦しているのが D3というものです これは、基本的に Web Page上でダイナミックにグラフを描く、そのための言語なのです Javascriptによって組み立てられたメタ言語なのです そして、html5になって普通に使用できるようになった SVG (Scalable Vector Graphics)という素晴らしいシステムを使いこなすための言語なのです

とは言っても難しいです でもチャレンジです 楽しくて楽しくて仕方ありません

無茶苦茶やりまくりました

さて、土曜日(5/16)午前に僕に割り当てられていた左冠動脈前下行枝のCTO症例をさっさと治療し、その後小倉駅界隈の昭和の薫り漂う喫茶店で時間を潰し、それから昼時のランチョン座長を一時間し、新幹線で福岡空港に移動し、そのまま羽田経由で鎌倉の自宅に戻ると既に 18:00を回っていました

そして、それから4時間も経たない 22:00には再び自宅を出て、そのまま羽田空港発の ANAフランクフルト便でフランクフルトに飛び、さらにベルギーのブルッセル行きの ルフトハンザ便でブルッセルの nH Hotelにチェックインしたのは 5/16(日曜日)の 9:00AM過ぎになっていました

このめまぐるしいスケジュールと実質的な距離の移動には流石の僕も辛かったものです

ホテルをチェックインした後は11:00AMまで部屋で休みをとり、そしてホテルから歩いていける有名な観光スポット La Grand Place(大広場)に行きました ここにはたくさんのレストランがあり、その中のムール貝などシーフードの店で昼食を摂りました

レストラン Leon
レストラン Leon

この Leonというシーフードレストランはパリにもたくさんありますが、このブルッセルの店が本店です ムール貝が美味しいのです

14:00になると時差ボケからとても眠くなり 18:00まで断続的に睡眠をとり疲れた体を休めました そして、夕食はブルッセルで一番と言われている和食のお店、山優「三辰」でお刺身や突き出し、そして最後には味噌ラーメンを食べました この味噌ラーメンは本当に美味しかったのです 流石に EU本部が存在するブルッセルです レベルがとても高いですね ちなみに、山優の「山」は屋号の記号の山です といっても分かって頂けないかも知れませんね 昔ながらの漢字というか、屋号を表す記号です

山優「三辰」
山優「三辰」
山優「三辰」の刺し身
山優「三辰」の刺し身
山優「三辰」の味噌ラーメン
山優「三辰」の味噌ラーメン

23:00頃まで日本酒やビール、ワインを飲みながら楽しく食事し、それから寝ました

しかし寝たとは言うものの、やはり激しい時差ボケから十分には睡眠取れず、そのまま 5/18(月曜日)の7:30AMにはホテルを出発し、ブルッセルから自動車飛ばして1時間足らずの人口 110万人の都市、シャルルロア(Charleroi)に行きました そして、この街の大学病院である C.H.U. de Charleroi (シャルルロア大学中央病院)カテ室を訪問しました この病院は 2014/10月に新装移転した病院であり、この地域の中心病院です 心カテ室は2つあり、両方共シーメンスの Artis-Gが設置されていました これ以外にも Hybridカテ室が一つ手術場内にあるそうです

院内のカンファランス室にはベルギー全土から9名の Interventional Cardiologistsが集まり、僕の手技を見守ると共に、講義などを受けました

用意された症例は 3例で何れも 50歳代の男性で右冠動脈のCTOだったのです 二週間ぐらい前に症例のデータが届けられましたが、やはり何時ものように全く事前に症例データを見ずに昨日当日朝カテ室で見させて頂きました

本当に僕はどんなライブデモンストレーションもほとんどぶっつけ本番が好きなのです 別に事前にじっくりシネを検討する先生方を軽蔑している訳ではありません 自分は事前に情報をたくさん仕入れることにより自分の心の中に余計な負担をかけることを良しとしないのです 何というか、「居合い抜き」のような感じでしょうか? 全てはその一瞬に決まる そして、それが真の実力である、そのように考えているのです

一例目は、中隔枝経由で Primary Retrograde Approachで両側橈骨動脈アプローチで入りました 参ったのは、両腕の固定がされておらず突然患者さんが腕を動かすので折角入れたガイディング・カテーテルが抜けたり、さらに、一側はアシスト造影剤自動注入器で行われており問題なかったのですが、対側のマニュアル側が問題あり、圧ラインに空気が入ったりそんなこんなの本質的でないトラブルに悩まされ、患者さんは落ち着かず、結局気管内挿管下で全身麻酔で行うことになりました

もっともそのようにした後は、スイスイ進みましたが、肝腎のCTO部分が非常に硬く、しかも右冠動脈の変曲点にあるため、なかなか Reverse CARTOがうまく行かず時間をとりましたが、最終的には完璧に開通させました この一例目に余分な時間がかかり、終わった時点で 12:30になっていました

二例目が開始できたのは 13:00となっていたのです この症例は右橈骨動脈+右大腿動脈アプローチ7Frで行いましたが、最初 XT-Aは歯が立たず、Gaia-Firstも駄目、次いで Gaia-Thirdに交換し、CTO近位部を穿通させ、ワイヤー先端をCTO部分の中に数ミリ突っ込み、それから XT-Aに再び変更し順行性に XT-Aを徐々に進めました その結果、よくありますが一見解離腔を通過しているように進み、実はCTO部分の線維性組織により完全にトラップされている中を進み、XT-Aで通過しました

しかし、それでもなかなかバルーンが通過せず 1.0mm Sapphire-IIで通過しました この症例は1時間かからず終了し、それから軽い昼食を皆で摂り、そして 15:00頃から最後の症例に入りました

PCI
PCI

この症例は一週間前に急遽用意された症例であり 58歳の方で、一週間前に左冠動脈前下行枝近位部の99%による不安定狭心症のため緊急でステント植え込みを受けた患者さんです その時に、何と右冠動脈入口部からのCTOが発見されました 実際診断カテーテルもできない入口部からのCTOでした このことからも分かるように非常に challengingな症例でした

中隔枝からの副血行は認められませんでしたが、幸い左回旋枝から心外膜側を経過する副血行を発見し、このルートから入りました そして順調に右冠動脈近位部に逆行性に近づき、Ultimate3で右冠動脈入口部CTOを通過しようとしましたが、全く入らずなので、Conquest-Pro12に置換し、無理やり突破しました

突破したと思われる Conquest-Pro12が本当に上行大動脈内に入ったかどうかの検証がなかなか出来ませんでしたが最終的に通過し、逆行性に 1.25mm-OTW balloonで入口部を無理やり拡張し、その後ワイヤーを色々交換し、さらにスネアでの確保を試みましたが、残念ながら用意されていたスネアは8Fr Guiding Catheterしか入らない太いものでした

何とか順行性にガイディング・カテーテルを右冠動脈入口部にengageしようとして3.0mm OTW-balloonで入口部拡張をしましたが、とにかく右冠動脈入口部の位置が anomalyなので全くガイディング・カテーテルを engageできませんでした 色々なカテを試み、その中には 3D形状カテも試みましたが、このガイディング・カテーテルは大動脈弓の部分で折れてしまい、その結果、ガイドワイヤーの抜き差しもできなくなり非常にまずい合併症の可能性が差し迫ってきました

これに対しても冷静に対処し、ぎりぎりまでシースに抜き、シースと共にガイディング・カテーテルをぎりぎりまで抜き、そこでガイディング・カテーテルをカットして、ワイヤーを無事再び挿入し、シースを挿入することに成功し、この悲劇的な合併症発生を未然に防ぎました そしてまた手技を続けたのです

最終的には逆行性に RG-3を対側動脈に持ち込み、シースから直接スネアを入れて、そこで RG-3をキャッチしてここでようやく externalizationに成功しました そして見事に 3.5 x 38mm DESを右冠動脈入口部から少し大動脈内に出す型で植え込み手技を終了しました

この時点で 18:00でしたが、やはり足腰相当疲れました

カテ室長の先生と
カテ室長の先生と
Adel先生と
Adel先生と

ようやくホテルに戻り、ベルギービールで喉を潤してから再び La Grand Place界隈に戻り、そこでまずは季節物のベルギー白アスパラガスを食べました 正直北海道産の方が美味しい、と思いました

白アスパラガス
白アスパラガス

そして再び ラーメンを食べたのです 今回も味噌ラーメンでしたが、魚介系出汁を使用し、これもまた旨いものでした 今度の店は SAMURAI RAMENでした

SAMURAI RAMEN
SAMURAI RAMEN
SAMURAI RAMEN味噌ラーメン
SAMURAI RAMEN味噌ラーメン

その後は、La Grand Place界隈を散策しながらホテルに戻りましたが心地よい疲れが襲ってきたのです とは言うもののやはり激しい時差ボケから本日(5/19火曜日)も 5:00AMには覚醒してしまいました

しかし、La Grand Placeを取り囲む歴史的建造物は夜間美しく Lighteningされていて一見の価値はあります

La Grand Place
La Grand Place
La Grand Place
La Grand Place

本日はこれからパリに TGVで移動し、いよいよ EuroPCRでの各種仕事が始まります PCIとは異なる緊張を強いられますが頑張りましょう

ボゴタの和食

ボゴタでは日本食レストランが盛んで、その中には純然たるラーメン屋さんもあります ほとんどの店は、寿司、刺し身、弁当、各種麺類、おにぎり、そして鉄板焼きが主力ですが、総じてラーメンはメニューに存在します 今回もいくつか試しましたので記録しておきましょう

すし御膳
すし御膳
すし御膳の味噌ラーメン
すし御膳の味噌ラーメン

どうでしょうか いかにも美味しそうですよね 実際美味しいのです 驚くべきことにこのお店「すし御膳」は純粋な粋な感じの和食レストランではありますが、店員も経営者も全員コロンビア人だそうです

次に紹介するのは「元町」です このお店は、韓国人のキムさんという50歳ぐらいのおばさんがやっておられる店です 白菜キムチはキムさんが自分で漬け込んでおられるのです ここでの主力は「韓国風おでん」と、何と言っても週一回ぐらい入荷するスペイン産蓄養生の本マグロでしょうか 今回の訪問時には残念ながら入荷はありませんでした

元町
元町

次に紹介するのはボゴタには昔からある老舗の和食店「初花」です 昔からあるとは言っても最近あまり日本人の間では評判が落ちていたそうですが、一年半ぐらい前に日本人の若い職人さんが中米ニカラグアから移られ、それからとみに評判が上がってきた店です

残念ながらその 35歳ぐらいの若い職人さんの名前は忘れてしまいましたが、ニカラグアは海に面しているにもかかわらず魚を食べる習慣が無く、当然のことながら生で食べることのできる魚は流通していなかったため、自分で自動車を運転して海沿いを走り回り漁場を探しに行かれ、マグロなどを手に入れ、それで寿司を握っていたそうです ニカラグアは中米でも金持ちが集まる国らしいのですが、お金持ちの人々がそれを食べに来られていたそうです 四年間そのような生活をしながら自ら修行して、そしてボゴタに移って来られたそうです

初花
初花
初花の味噌ラーメン
初花の味噌ラーメン

初花の味噌ラーメンもとても美味しく頂きました

このような訳で今回の一泊二日のボゴタ訪問では味噌ラーメンを二杯味見させて頂きました

もちろんラーメンを食べているだけではありません、今回も Fundacio Cardio InfantileできちんとPCIなどして参りましたよ

PCI
PCI