すさまじいTAVI

何時の間にかあっという間にもう土曜日です 今週は何に明け暮れたか? 記録しておかないとすぐに忘れてしまいます

月曜日(7/10)は外来診療を僕は休診にして朝から珍しくPCIを自分自身で行いました CTOですね そして午後からはインドネシアから10数名の Intervention若手医師をお招きして「日本-インドネシア友好PCIセミナー」を開催したのです

内容的には若干の講義、そしてPCI手技の見学でした 夜は近くの古民家で和食の夕食でしたが、僕は仕事がたまっておりそれには参加しませんでした

火曜日(7/11)には朝からTAVI 2例 インドネシアの先生方も見学されました 一例目は Evolut Rを用いましたが、腸骨動脈内径が3.5mm程度しか無く、しかも石灰化がひどく Vmax > 5m/Secの91歳の重症大動脈弁狭窄症の患者さんでした とても他のアクセスサイトは使える訳ありません 頑張って transfemoral approach (cut down)で行いました profileの小さい ERと言えどもとても通過しません 結局、腸骨動脈を ViaBahnで拡張し、その中を通しました ER植え込みも一発で完璧で PVLはほとんど無し

二例目は典型的な SAPIEN 3 29mmの植え込みであっという間に終了しました その後午後の外来診療を行い、夜はやはり日本料理でインドネシアの先生方を交えて食事会でした

水曜日は朝から外来診療 その後、東京に移動し用事を済ませ、その日は Haneda Excel Tokyu Hotelに宿泊し、木曜日(7/13) 6:25 AM発の ANA千歳行きに搭乗して札幌東徳洲会病院心臓センターに そして 9:00AMよりTAVIカンファランス出席

9:30AMよりTAVI 3例開始したのです 一例目は前拡張したって全くS3が通過できないのです 結局、double balloon techniqueを用いて通過し、無事完璧な植え込み終了

二例目は今度はガイドワイヤーが大動脈弁通過した後、ガイドワイヤー入れ替えのために通過させる5Fr/4Frの診断カテーテルが通過できません 両者とも強い大動脈弁弁尖石灰化があるのです 結局この症例は double guidewire techniqueを用いて通過し、S3を植え込み完璧な出来上がり

三例目は Evolut Rでしたが、問題は造影剤使用で激しいアナフィラキシー・ショックとなるのです もちろん事前にステロイド、抗ヒスタミン剤を投与しているにもかかわらずです 腸骨動脈造影を一回したただけで血圧が 30mmHg以下に低下、全身発赤でした 昇圧剤使用してもなかなか血圧回復しません 一時的にPCPS (経皮的人工心肺)を装着し、色々な薬剤を用いて昇圧を待ちました 昇圧済んでから今度は果敢にも ER植え込みを行いました もちろん造影での位置確認が非常に危険でしたので、一回のみ少量の造影剤で確認行い植え込みをあっという間にしてしまいました PVLは全く認められず完璧なできでした 結局非常に重症な三例ともとってもお元気になったのです これを確認してから、夜遅く小樽に移動して宿泊

新装なったカテ室で

金曜日(7/14)は朝から小樽市立病院を訪問し、カテ室更新のお披露目PCIをさせて頂きました 新しい Philipsのマシンでとても快適でした CTO一例と、左冠動脈主幹部一例でした

昼は、隠れ家的な蕎麦屋さんである「きむら」で「蕎麦がき」と「ざる蕎麦」を頂きました

隠れ家的蕎麦屋「きむら」

とても美味しかったです ご主人は9年前に脱サラして自宅でこの蕎麦屋さんを始められたそうですが、その技術は非常に高度でした その結果、非常に細い蕎麦切りが可能なのですね 爪楊枝の先端と比べればその細さが分かります 蕎麦がきもおいしいですよ

おいしい「ざる」
爪楊枝と比べて下さい この細さ
蕎麦がきも試して下さい

この後ホテルで休み、夜はまたお食事を皆様方とさせて頂きました

そして本日(7/15)土曜日は 東京に移動し、J-TVT理事会に参加です 目まぐるしく日にちと時間が過ぎて行きます

夢の中の出来事かな?

何と鎌倉の知り合いから、その知り合いの方が虻田で前日つり上げたというヒラメが札幌まで届きました 虻田というのは地名であり、洞爺湖や羊蹄山、そして伊達と長万部(おしゃまんべ)に挟まれた噴火湾沿いを含む広大な地域なのですが、そこで釣り上げられたヒラメを何と三尾も持参して病院まで届けていらして下さったのです

しかも、その三尾というのは 1.5Kgから3Kgある大物であり一番美味しいころです きちんと血抜きしてあり、しめられており、氷も発泡スチロールの箱に魚とは直接接しないように入れられていたのです

残念ながら写真を撮るまでには頭が回りませんでした 昨日TAVIを全例終わり、順調であることを確認してから その魚をマンションに持ち込み、早速自らさばいたのです まあこれまでの訓練の成果もあり、これぐらいの大物をさばくのも 30分ぐらいで完了しました ただ全体の量がすごいのです 身をつまんで食べてみるととてもおいしく、これで材料と時間があれば昆布で〆たりもするのですが、それは無理です

そもそもマンションの台所では洗い場も狭く十分に包丁を扱えないのです それでもテクニックでカバーしてそれぞれを五枚におろし、出汁をとれば最高ですが、時間も鍋も無いので残念でしたがアラの部分は廃棄です 結果的に (5 – 1) x 3 = 12枚のさくができあがりました このうちの五枚のさくは奇麗に皮をひきました これは刺身用です そして残りの7枚のさくはそのままタッパーに入れて冷蔵庫に

それから若手に声をかけたのです 皆仕事が忙しいのですが、5名の若手が 8:00PM頃までには集まり、部屋で宴会しました 僕はといえば前夜の睡眠不足もあり途中で意識消失してしまいました とはいっても皆が去る時には起き上がり、タッパーに入れてあった7枚のさくを真空パックに分割し、皆に持ち帰ってもらいました 「これを皮ひいて刺し身でももちろん食べれるけど、それは難しいかもしれないので、フライパンで皮目から少し炒めてもおいしいから」と料理法を伝授しました

結果的に頂いたヒラメは皆でおいしく片付けさせて頂いたのです 何だか夢の中の出来事のようでした

シカゴ

まったくボケています シカゴには木曜日に羽田を出て、土曜日にシカゴを出発し、結局羽田に戻るのは日曜日の夜8:00PMでした

今回始めて TVTに参加しました TVTとは Transcatheter Valve Therapiesのことで、今回が 10回目です もともと Martin Leon先生がいち早く始められた学会であり、中身は全て Structured Heart Disease Interventionです

朝から晩まで Leon先生はずっと座長あるいは discussantあるいは演者としてずっと会場におられました すごいです

ライブは Vancouver St Paul Hospitalから、あるいは Minneapolisから、さらには Chicagoから行われ、内容は TAVI, MitraClipそして TMVR (Transcatheter Mitral Valve Replacement)さらには 三尖弁に対する治療など多岐に渡りました ライブの質は非常に高く勉強になりました

既に Rotterdamでは 90%以上の症例が意識化局所麻酔でTAVIを行っているということで、それには驚きました また会の運営は素晴らしく、2019年 7月に鎌倉が主管として JTVTを開催することになっていますが、その時に向けて参考になりました

シカゴには時々訪れることがあり今回は 2014/10月以来の訪問でした 非常に奇麗な大都会であり、道路が二層になっているのが特徴です ミシガン湖のほとりにあり高層ビルが立ち並んでいます

ミシガン湖上空よりシカゴに
トランプ・タワー

食事もとてもおいしかったのですが、今回は Catch35という seafood restautantに行きました

Catch 35
Catch 35の料理

またここの後に、ラーメン屋さんに行きましたが ここのラーメンは絶品でした これまでアメリカのラーメンは一風堂が安定していましたが、一風堂の天下もそろそろ終わりか と思わせるものがありました

拉麺さん
拉麺さんの辛味噌ラーメン

マンダレーでの激しいTRI

マンダレー (Mandalay)はミャンマー第二の都市で、都市圏には200万人ぐらいの人々が住んでいます 長いこと(英国が侵略するまで)王朝があり、街の中心には巨大な城(マンダレー城)があります

マンダレー国際空港は、草原の真っ只中にありバンコクとの国際線が飛んでいますが、マンダレーの町中までは高速道路が結ばれてはいるのですが、小一時間かかります

マンダレー国際空港

ヤンゴンのホテルを 6:00AMに出発し、ヤンゴン国際空港から 600Kmの距離にあるマンダレーまで飛行機で一時間かけて移動し、そのまま空港からマンダレー総合病院 (Mandalay General Hospital: MGH)まで移動しました 本日、そして明日午前中この病院内で、The 4th Myanmar Society of Interventional Cardiology Workshopが開催され、今回は特にTRIに主眼を置いて開催されたのです この病院では昨年一年間で590例ぐらいのPCIが行われ、その大多数がTRIで行われたそうです

症例数の推移

病院にカテ室が出来たのは 2002年だったそうですが、当時はPCIを行うことのできる先生がおられず、2002年に一年間 Professor Kyaw Soe Win先生がシンガポールに留学し、さらに、その半年後から3年間余りイギリスに留学され、PCIを学ばれ今に至るそうです 病院はやはりビクトリア朝風の建物でした

マンダレー総合病院玄関

最初に Welcome Ceremony/Speechから始まりました 僕もスピーチをしたのですが、この時、1994年に僕が Yangon/Myanmarの軍病院 (当時唯一Myanmarに存在したカテ室)でPCIを行った時に、僕の助手をされた Professor Aung Kyaw Zawm先生のスピーチがあり、 23年間の重みを噛みしめました

Professor Aung Kyaw Zaw

まず宍戸くんが、TRIの入門的話をし、それから僕が診断カテからPCIに至るライブを行いました そして、その後僕の講義と、PCIのライブ これがまた難しい症例でした 右鎖骨下動脈がルーブとなっていて、ガイドカテのコントロールができず、また右橈骨動脈が解離で造影剤が漏出したりとPCIに至るまでが大変でした 5Frのカテで行った診断カテの結果、右冠動脈は非常に蛇行し、その途中に 99%狭窄が三箇所ある、という難しい症例でした もちろん、左前下行枝にも左冠動脈回旋枝にも90%病変があるのです これに対して、まずは解離した橈骨動脈を修復し、新たに長いシースを入れてリカバーし、そのあと double wireで何とかガイドカテを右冠動脈入口部まで持っていき、Floating wireによりガイドカテを固定して、マイクロカテを用いて、何とか180度ターンしている蛇行した右冠動脈の三箇所の病変をクロスしました それから、前拡張し、最初から子カテを持ち込んで薬剤溶出性ステントを最終的に三本植え込んで奇麗な仕上がりとなりました 途中で高度徐脈になったりスリリングでしたが、参加者皆にはとても勉強になり迫力があったものと思われます 最後は大歓声の拍手でした

記念写真

最後には参加者の多くが集まり記念写真を撮りました この後、CTOの講義を行い、その後一旦ホテル SEDONAに入りました この高級ホテルはマンダレー城の目の前にあり、窓からは壮大な城壁と、マンダレー発祥の地であるマンダレー丘、そしてお堀が見えます

マンダレー丘、マンダレー城そしてお堀

美しい光景ですね 残念ながらこのマンダレー城宮殿は第二次大戦の時に英国軍により徹底的に爆撃され、昔の面影の大多数は失われてしまったそうです

夜は Eastern Palace Hotelの 9階屋上で Dinner Partyが開かれ、そこで 僕自身の顔のJewelry Paintingが贈呈されました 非常に貴重なもので感激です パーティーはそのままカラオケ大会に移行しましたので、僕たちは早めに退席し、マンダレー唯一の和食系統のお店である焼肉Hanaに移動しました ここには鮨や刺し身もありますし、ラーメンも蕎麦もあるのですが、メインは焼肉です ここでざるそばを食べました

焼肉Hana
Hanaのざる蕎麦

お蕎麦はなかなか良い味でしたが、残念ながら「そばつゆ」がポン酢であり、酸っぱかったのが玉に瑕でした

本日土曜日は午前中CTOの治療を行い、11:00AM過ぎには空港に向かいバンコク経由で羽田に日曜日朝到着予定です 現在 5:20AMですが、これからマンダレー丘を上ってくる予定です

Yangon General HospitalでのCTO-PCI

昨夜はホテルの日本料理屋さんでたくさんお酒を飲みました ぐっすり眠れるかと思いきや、現地時刻 10:00PM頃部屋に行き、23:00頃にはベッドに倒れ込んだと思います

しかし、3:30AMには覚醒し、全く眠れません 日本時刻では丁度 6:00AMということになり完全に体内時計がそのまま動いているのです 朝食を食べてから 8:00AMに Yangon General Hospitalという Myanmarでも一番大きな国立病院に出かけました 自動車で 10分ぐらいで到着しました

病院の前の道を隔てたところにはいかにもビルマという感じの邸宅がありました

ミャンマーの邸宅

まず 8:45AM頃から講義があったのですが、これは今回連れていった宍戸くんにしてもらいました そしてそのままカテ室に行ったのですが、この病院では 2016年に 560例以上のPCIが行われたそうです ミャンマー全体で年間 1,000例のPCIと言われていますので、これは相当な数ということになりますね

カテ室は、操作室を背中合わせに配置されていて片側が Siemens ARTIS-Zであり、最新のものでした しかし、このマシンはほとんど EP専用に使用しているとのことでした

もう一つの部屋には SHIMAZUの最新型マシンが入っていました 僕もこのマシンを見るのは初めてで、一年近く前に以前の SHIMAZUを入れ替えて刷新されたそうです 大画面に写される画像は非常に奇麗でありました

SHIMAZU最新型マシン

この病院では coronaryはこのマシンしか使わないそうです また驚くことにカテ室には女性しかおらず、技師さん、看護師さん、そして医師が皆全員女性のみなのです 循環器内科には一人部長先生で男性がおられましたが、もうカテはやられないで、全て女性陣に任せておられるそうです

第一例目は右冠動脈心筋梗塞後の左前下行枝近位部CTOの患者さんでした 右冠動脈末梢より一本中隔枝が左前下行枝まで見えるので正直楽勝かな? と思ったのですが、実際に初めて見るとその中隔枝の選択がまず非常に困難でした 手前で後下行枝が激しい屈曲を呈し、ワイヤーをそのブランチに入れることができないのです それでも自分のテクを総動員してようやく中隔枝にまで挿入できたのですが、その後なかなか中隔枝を超えることができないのです ここでは Fielder-FCを用いていたのですが、ようやく左前下行枝に到達したのです しかし、案の定 Corsair-Proは通過できず、延長してから Finecrossを試みたのですがこれも通過できず、さらに 1.25mm balloonを試みるも通過できず 結局 Devicesも限定されているためここで断念しました 残念です

二例目も左前下行枝近位部CTO この症例は順行性に行いものすごい線維性組織にワイヤーがトラップされるのですが、薬剤溶出性ステントを一本入れて成功裏に終了 それから昼食を摂りましたが、豊かな果物、特にマンゴスティンがおいしかったですねえ

マンゴスティン

丁度PCIに立ち会って下さった先生方三名の中のお一人が誕生日なのでそのお祝いもしました

お誕生祝

12:45頃から三例目のCTOに入りました 今度は右冠動脈のCTOであり、順行性に行われ不成功であった症例です 順行性になかなかいいところまでワイヤーが行くのですがどうしても遠位真腔に入りませんでしたので、全く中隔枝の connectionは見えなかったのですが、逆行性に切り替えました まずは中隔枝を左前下行枝から選択するのが難儀でした、何とか選択して、Corsairを中隔枝近位にまでつっこみましたが、その後もともと先端造影しても見えてこない中隔枝 connectionをワイヤーで通過させることができませんでした 再び Fielder-FCを取り出し、あっちこっち選択していると奇跡的に右冠動脈末梢に抜けたのです そして、Reverse CARTOをしたりして externalizationに成功しました その後は、薬剤溶出性ステントを3個植え込んで終了しました 皆でお祝いの写真を撮りました

やったやった大成功

結局 16:30までやる予定でしたが、15:00前には終了し、病院を後にすることにしました この病院はイギリス植民時代に作られたもので、Main Buildingは Victoria朝風の由緒ある建物です この玄関の前で循環器内科の一番の女性先生、何となくスー・チーさんに雰囲気が似ている先生と写真を撮りました

病院玄関で
Victoria朝風の病院建物

今はその後一旦ホテルの自室に戻っていますが、その前に Myanmarというビールを飲み、ピザを食べました

Myanmar Beer
Yangonのピザ

札幌から函館 そして青森に移動

函館の僕の定宿は札幌東徳洲会病院心臓センターに歩いて 5分、地下鉄東豊線新道東駅には歩いて1分、そして丘珠空港にはタクシーで10分以内の便利な場所にあります

今朝は、丘珠空港にタクシーで移動し、小さなターミナルビルの中にある「丘珠キッチン」でまず「丘珠カレー」を食べました

丘珠キッチンの丘珠カレー

それから丘珠-函館のHAL-JAL便に搭乗し、函館に移動しました まだお腹は空いていないのですが、やはりここは抑えておかねば、という「大三坂」にある蕎麦「久留葉」で蕎麦を食べました おいしい蕎麦です

芝海老かき揚げ蕎麦
大三坂蕎麦「久留葉」

うーん この食生活は??

TAVIの合間を縫い行く場所

札幌東徳洲会病院近くのラーメン屋さん、カレー屋さん、あるいは紅茶カフェさん この辺りが自然にTAVIの期間中の行きつけとなりました 本日は以前紹介したことのあるカフェ 柘榴(ざくろ)と、「あやめ」というラーメン屋さんに行きました この「あやめ」というラーメン屋さんは外見はあまり魅力的ではありませんし、中に入ってもご夫婦二人でこじんまり営業されていてうーん 出ようかな? と思うお店なのですが、その味はなかなかです

今回注文したのは「激辛みそラーメン」です

ラーメン「あやめ」
激辛みそラーメン

どうですか? 札幌に来られたら、そして札幌東徳洲会病院に来られたらならば是非ともお寄り下さい きっとご満足頂けるものと思います

何と17, 8年ぶりのフィリピン

9月2日午前中発のANAマニラ羽田発マニラ行きの便に乗りそれこそ多分前回の訪問は1998年だったと思うのですが、してみると18年ぶりのフィリピン訪問をしてきました

マニラ空港もすっかり綺麗になっていましたが、空港から都心への道路は相変わらずのひどい渋滞でした しかし、今回は1990年頃に陸軍基地であった広大な地域を新都心として開発が始まり、現在も続いている Global Cityというマニラ近郊の都市が目標地点であったため、マニラ中心地へ向かう渋滞を避けることができましたので、30分ぐらいで Shangri-La Hotel Global Cityには、15:00には到着することができました マニラ中心街からGlobal Cityまでは 10Kmなのです

高層ビル群
高層ビル群

周辺は、新宿副都心も真っ青になるように40階から50階建の高層ビルが立ち並び、しかも今なお多数が建設中であり、道路は綺麗で多くの人びとが行き交っていました この情景にすっかり驚いてしまったのです これがアジアの力か そのように思いました 街中を歩いている人々は皆日本の街中よりも平均年齢が20歳は若いのではないでしょうか すごいパワーです

Global City
Global City

街中では日本料理とラーメンが人気であり、毎日築地から新鮮な魚が空輸されてきます しかし、マニラ旧市街に入れば、そこは以前より見慣れたアジアの雑踏であり、昔から見慣れた「ジープニー」という 4Km 8ペソ (今のレートで 20円ぐらい)が走り回っています

ジープニー
ジープニー

この日は、ホテルから歩いてすぐの日本料理屋に行き、新鮮な刺し身などを食べ、その後ラーメンを試みました

日本料理「おがわ」
日本料理「おがわ」
一康流(Ikkoryu)福岡ラーメン
一康流(Ikkoryu)福岡ラーメン

さて、今回は The 8th ASEAN TRI Seminarの Course Director
としてフィリピンに来たのです 今回は、Global Cityにある St Luke’s Medical Centerを舞台に行われ、Jose Nicolas M. Cruz先生と共に directorをしました Singaporeから Paul Ong先生もゲストとしてお招きし、ASEAN各国、主にフィリピンとインドネシアから合計 100名ぐらいの先生方が参加されました

St Luke’s Medical Centerは日本で言えば聖路加病院ですが、マニラ中心街の旧病院から分かれて新たに8年前に開設されたとても奇麗な病院です

St Luke's Medical Center受付
St Luke’s Medical Center受付
St Luke's Medical Center
St Luke’s Medical Center

朝 8:00前にホテルを出発したらば歩ける距離に病院があり、そのままカテ室に行きました そこで初めて症例を見せて頂いたのですが、症例は60歳ぐらいの男性で左冠動脈前下行枝近位部の慢性完全閉塞でした 閉塞部には複雑に分枝が何本も出ていて 「これは大変だ」と思わせるものでした なかなか double pressure linesというのをスタッフが理解してくれなくて、そのセットアップに時間がかかり、実際に手技を開始したのは 8:45AMくらいになっていました

ライブデモンストレーション会場は一階上にあるとても立派な講堂です

Henry Sy, Sr記念講堂
Henry Sy, Sr記念講堂
Henry Sy, Sr記念講堂内部
Henry Sy, Sr記念講堂内部

しかし、9:00AMからのライブデモンストレーション開始となっても、映像中継がなかなかうまく行かず、僕の開会の挨拶もすっ飛ばしてしまうことになりました 何しろ声が伝わらないのです 実際にうまく回りだしたのは 9:30AMを回ってからであり、それからは手技を解説しながら手技を続けました

6Fr bi-radial approach EBU3.5/AL1.0で開始しました 順行性に10分ぐらいトライしたのですが、案の定全く入り口分からずで これ以上粘っても仕方ない、という感じでしたので、すぐにretrogradeに移行しました 一番鮮明に見える中隔枝から行ったのですが、途中の蛇行が激しく、SUOH-03/SION-BLACKを用いても通過できなかったのです そこで二本手前の中隔枝に切り替えました ここもPDより入ってすぐに激しい蛇行があり、SUOH-03では超えることができませんでしたので、Sion-Blackを用いて何とか通過しました そして左冠動脈前下行枝に入って行ったのです ここでCorsairを何とか左冠動脈前下行枝まで持ち込もうとしたところで、6Frの Backupの限界で全てがバラけてしまいました

でもこんなことではへこたれません すぐに7Fr sheathに置換し、システムを7Frに変更し再開したのです そして、Corsairを何とかLADに通し、逆行性に Ultimate -> Conqeust-Pro12により左主幹部-大動脈に抜け、何とか Fielder-FCを順行性ガイディング・カテーテルに入れることが出来、RG-3で Externalizationしました そして、2.5mm balloonで拡張したのですが、この時点で判明したのです 何とこの部分 それはLAD近位部なのですが、そこで いわゆる double LADとなっていてメインのLADは少し遠位にあり、その部分が依然として慢性完全閉塞だったのです これには参りました 術前予想していた通りの複雑な解剖なのです

でも気を取り直し、RG-3をreferenceとして順行性に Ultimateで探り奇跡的にも順行性に通過させたのです 薬剤溶出性ステントを2本植え込み素晴らしい出来で終了しました

My team for bi-TRI for CTO
My team for bi-TRI for CTO

この病院では、あるいはフィリピンではでしょうか、PCIの最中麻酔医師が立会、TAVIの時のように Conscious Sedation without tracheal intubationで管理されていました

左から Cruz先生と Ohg先生、私
左から Cruz先生と Ohg先生、私

その後僕は講堂に上がり座長したりしてから、再び 14:30頃から第二例目を行いました この症例は石灰化したLAD病変でしたが、すんりと終了したのです

今回参加された先生の中に、僕がマニラで1998年訪問した時にTRIを仕込んだ The Medical Cityという病院の Jesus Edgar Villano先生から貴重な写真を見せて頂き、それを写真に撮りました

1998年マニラで
1998年マニラで

こうして今回も Excitingにライブデモンストレーションは終了しました その後、Faculty Dinnerが設けられましたが、僕は Cruz先生に丁重にお断りして、「これぞマニラ!」というエリア、海沿いの市場に行きました

活気のある市場
活気のある市場
マニラ湾特産ウニのFrech Freezing
マニラ湾特産ウニのFrech Freezing
これぞ石斑魚
これぞ石斑魚

これらの魚介類たくさん購入しても日本円で 8,000円ぐらい あのマニラ湾特産新鮮ウニは 800円です すごいですよね

そしてこの後は、「世界ラーメン紀行」を何れ書き上げようとしている僕としては外すことができないマニラのラーメンとして、二本でも有名な「一風堂」と、「山頭火」に行きました もちろんほとんど味見程度しか食べなかったのですよ

一風堂
一風堂
一風堂の「カラカララーメン」
一風堂の「カラカララーメン」
山頭火
山頭火

山頭火の辛味噌ラーメン
こうして激しく、情熱的で楽しく、また勉強になったフィリピン訪問は終わりを告げ、そろそろ僕も出発の準備せねばなりません そうそう最後に一つ フィリピン人のことを英語で何と言うでしょうか? 国としてのフィリピンは Philippinesですが、人のことは Filippinoというのです 頭が Fになるのです 知らなかったでしょう?

そもそも辛いものがありますね

あっという間にロシアでの日々が過ぎ、過酷な現実に直面せざるを得なくなるのです 現実というのはしばしば暴力的であり、そこには理性も何もありません

さて、それはさておき、昨日はちゃんど TCT Russia 2016というロシアで最古の歴史を誇る学会できちんとお仕事してきました もっとも、先に書いたように、ライブは無し、であり、何だか気が抜けた感じでしたが。。。。

今回、TCT Russin事務局は僕のために何と、ボリショイ・バレーの観覧券を用意して下さいました 実際、このティケットは正規の価格でも 7,000ルーブル つまり現在の為替に合わせれば 15,000円ぐらいするティケットでした 座席は、4階バルコニー席であり、下を除けば舞台の真上であり、それはそれはすごい席でした その席の模様は写真で聴器にしましょう

当日の演目は、ロシアの人々には一番任期のある、「雷帝イワン」というものであり、ロシア王朝を発展させたイワン大帝が仲間の裏切りに怒り、本当の雷帝になる過程をバレーにしたものであり、ロシア人には一番人気のものでした 特にイワン役には超絶技巧のバレーが要求され、練度の高い聴衆の批判は想像を絶するものがあるのです この日は、非常に厳しい聴衆にも耐えられる素晴らしいバレーであり、カーテンコールは何回あったのでしょうか 10回くらいでしょうか とにかく聴衆一体となり、素晴らしい共同幻想論的興奮に包まれた瞬間でした

素晴らしいカーテンコール
素晴らしいカーテンコール
素晴らしいカーテンコール
素晴らしいカーテンコール

ところでボルシチの原料である野菜は、「赤かぶ」と日本では呼ばれていますが、実際にはそれは違うのです 実は日本である「カブ」の赤いものではなく、どちらかと言えば玉ねぎとか葉っぱの仲間であり、英語で BEETと呼ばれる野菜なのです その実物はこの可愛い民族衣装の女の子が持っている野菜なのです 日本ではあまり見られないですね

ボルシチ原料
ボルシチ原料

サンクトペテルスブルグの色々

この街は現ロシア大統領出身地として有名であり、ピョートル大帝がかつてモスクワから首都を移した場所としても有名です 従って古い歴史と文化に彩られているのですが、第二次大戦の時に、ドイツ軍によりほぼ徹底的に破壊され、それこそ焼け野原となり、現在の美しい街並は、ほぼ全て再建・再現されたものなのです

街中には美しい建物や、建造物があります

青銅の騎士
青銅の騎士
綺麗ですね
綺麗ですね

さらには 先に紹介した 「麺屋 正宗」という正統派ラーメン店がありますね

麺屋 正宗
麺屋 正宗
味噌ラーメン
味噌ラーメン
正油ラーメン
正油ラーメン
塩ラーメン
塩ラーメン

これで麺屋 正宗の三種類のラーメンを少しずつ食べたことになります 完食したかったのですが、カロリーなど考え、半分程度で我慢しました

そしてこの街で忘れてならない食べ物が、ビーフ・ストロガノフですよね 何とストロガノフ宮殿というのが現存し、そこにストロガノフ伯爵が編み出したレシピをそのまま伝えているレストランがあるのです

皇帝レストラン
皇帝レストラン
皇帝レストランの中
皇帝レストランの中
本来のレシピのビーフ・ストロガノフ
本来のレシピのビーフ・ストロガノフ
おいしくて完食
おいしくて完食
さっぱりした透明魚スープ
さっぱりした透明魚スープ
ビートからつくられるボルシチ・スープ
ビートからつくられるボルシチ・スープ
現在一般的なシチュー様 ビーフ・ストロガノフ
現在一般的なシチュー様 ビーフ・ストロガノフ
有名にピロシキ
有名なピロシキ