慌ただしい一日

昨日は 8:30AMにホテルを出発し、Santa Cruz病院に向かいました この病院を訪問するのは 1999年、2007年、2008年に続いて四回目でした

Santa Cruz Hospital
Santa Cruz Hospital

この病院は日系移民がお金を出し合って、サンパウロ市(日本語では”聖市”と呼びます)の中心部に75年前に設立した病院です 第二次大戦中は、敵国病院としてブラジル政府に接収され、ようやく1990年に返還されて現在の型となっています しかし、長いこと経営難に喘ぎ、現在でも多額の借金を抱えているそうです

東芝マシン
東芝マシン

1999年にライブデモンストレーションで訪問した時には既に古くなっていた東芝製のシネが、2008年にライブデモンストレーションを行った時にも同じマシンでしたが、流石に1.5年前に最新型の東芝マシンに代わっていました

今回は手技を行わず、在サンパウロ日本国総領事館坪井領事、JICAサンパウロ駐在遠藤次長などと一緒に、サンタ・クルス病院が今後どのように発展していくかについて議論をしました

昼食は、「新すし」で辛し味噌ラーメンを食べましたが、まあまあうーん という味でしたね

新すし 辛味噌ラーメン
新すし 辛味噌ラーメン

その後 15:00より国際空港の近くにある日伯友好病院を訪問しました ここはサンパウロ日伯援護協会が開設している総合病院であり、黒字の病院でした ここでも遠藤次長を交え、今後の運営について議論をしました

サンパウロ日伯援護協会 日伯友好病院
サンパウロ日伯援護協会 日伯友好病院

この病院ではマシンはSiemens Artis Zでした

Siemens Machine
Siemens Machine

サンパウロで経皮的冠動脈インターベンションを行っている病院のほとんどを訪問しているつもりになっていましたが、実は未だ知らない病院もある、ということを知りました

さて、夕食はブラジル流ステーキ・ハウスである Rubaiyatで、JICA projectで鎌倉と札幌を9月に訪れた我が生徒達とその後の成果発表および会食をしました

Rubayatの 960gステーキ
Rubaiyatの 960gステーキ

流石にブラジル 何と 960gのステーキがありました 当然数名がかりで食べるのですが食べきれたものではありませんね

時差ボケでサンパウロ

結局羽田空港を飛び立ってから 29時間かけて サンパウロ国際空港到着、それは今までで一番はやい記録のように思います

サンパウロを初めて訪れたのは 1999年のことでした 当時一人飛び立ち、未だJAL直行便というのが存在し、まずロサンゼルスに一旦おり、狭い部屋に transitの間押し込められ、それから再びサンパウロに飛び立っていました ジャンボ・ジェットでした

その当時は32時間ぐらいかかっていたと思います 空港にはその時サンパウロ日本人会の方々が出迎えて下さり、到着するなりそのまま国内線でリオデジャネイに連れていかれ、例のキリスト像など観光し、その日の夜にサンパウロに戻り、日本人会の歓迎パーティーがありました

キリスト像
キリスト像
有江先生、日本人会とのパーティー
有江先生、日本人会とのパーティー

そして、翌日は朝から日系病院のサンタ・クルス病院でブラジル中の Intervetional Cardiologistsを50名ぐらい集め、一日ライブデモンストレーションをしました これがブラジルでのTRIのお披露目だったのです 合計5例ぐらいしたと思います

ライブデモンストレーション手技
ライブデモンストレーション手技

以前も記したことがありますが、当時ブラジルにおける選択的冠動脈造影および、治療の父であられた日系二世の有江先生がご存命であり、僕の助手を務めて頂きました そして、その有江先生に、終了した後、「僕は今まで先生程 手の早い医師は見たことない」と言われたのです この言葉は今も僕の記念碑です

何しろ有江先生はあの Mason Sonesの一番弟子であり、そこ(Cleveland Clinic)で学んだ技術をブラジル中に広めた偉人であり、抜群のテクニックの持ち主だったのです

今回はそのサンタ・クルス病院を本日三度目ですが訪問します 二回目の訪問は 2008年の日伯友好移民100周年記念行事でサンタ・クルス病院からライブデモンストレーションを飛ばした時のことでした

サンタ・クルス病院の後、日伯友好病院を訪問します 今回のサンパウロでは経皮的冠動脈インターベンション手技はせず、今後のブラジル支援についての話し合いなのです それと勿論、ブラジルからの若手医師に対するJICAを通じた指導・教育の成果確認のために訪問しました

とは言うものの、やはり激しい時差ボケで 昨夜は 10:30PM頃就眠しましたが、やはり 3:00AMには覚醒 そして、Pythonの勉強です ここまで来ました

 

import numpy as np 
size = 200 
iterations = 100 
def mandelbrot_python(m, size, iterations):
    for i in range(size):
        for j in range(size):
            c = -2 + 3./size*j + 1j*(1.5-3./size*i)
            z = 0
            for n in range(iterations):
                if np.abs(z) <= 10:
                    z = z*z +c
                    m[i, j] = n
                else:
                    break

m = np.zeros((size, size))
mandelbrot_python(m, size, iterations)
import matplotlib.pyplot as plt
%matplotlib inline
plt.imshow(np.log(m), cmap=plt.cm.hot)
plt.xticks([]); plt.yticks([])

この Pythonコードで出力されるのは何とこれです

mandelbrot
mandelbrot

この図形は言わずと知れた有名なマンデルブロー図形であり、自然界の図形をそのまま模した無限繰り返し図形なのです

ちなみに、僕のMacBook Proでこの図形をPythonで描かせたところ、何と 2.3秒で描き上げてしまいました これはPythonが並列計算を行い、CPUの最高速度で演算するからなのです

いやはや凄い世界に入りつつありますね

 

London Heathraw空港到着

Salvadorのホテルを check outしてから、既に 18時間が経過し、ようやくサンパウロ経由でロンドン・ヒースロー空港のラウンジに入りました。サンパウロのラウンジでは何故かインターネット接続できませんでした。

Dr. Adriana
学会長 Dr. Adriana (左側の先生)と手技終了後の写真

Salvadorでは、昼食にイタリア料理を食べました。海鮮パスタなのですが、とてもおいしくまた、パスタもアルデンテであり、かなりレベルが高いものでした。そして、その後、記念にアカルジェと並ぶサルバドール名物であるカルル (Caruru)を食べにローカルのレストランに少しだけ入りました。

The Price of Caruru
CARURU PRICE とても安くここでも日本円にして 400円未満です

CARURU
まるで納豆のようでしょう?

カルルというのは、やはりアフリカ文化が混ざったものであり、その実態は日本でも良く食べるオクラ + 椰子油 + 干しエビなのです。オクラを細かく切って椰子油と納豆を練るように練り合わせ、ものすごくネバネバになったところに干しエビをそのままの形で混ぜたものです。これをパンにつけたり、それこそアカラジェに入れたりすると美味しいのですが、やはり日本人としては熱いご飯にかけて食べたいものです。

さて、カルルを食べてからサルバドール空港に向かい、 TAM航空サンパウロ行きに乗り、そこで国際線に乗り換え、やはり TAM航空のロンドン行きに乗り換えたのです。どちらの便も満席でした。

サンパウロ-ロンドンは 12時間の飛行でしたが、 7時間ぐらいは寝れたような気がします。ここ、ロンドンでは乗り継ぎに 4時間あり、その後いよいよ ANA便で成田に戻り、成田到着は 6/24日曜日 15:30ぐらいの予定です。現地で過ごした時間はそれ程長くありませんが、やはり往復に3日半かかりますので、全体の旅程はこんなにも長くなってしまいます。

しかし、ブラジルを含め、南米はとても良いです。何が一番良いか、と言えば人々の心です。とても温かい心であり、そして何というか恩義を決して忘れない、そんな感じがするのです。要するに、遠くまで出かけてやり甲斐を感じるのです。