初めてのアモイ (廈門)

昨日は早朝鎌倉を発ち、成田空港よりANAのアモイ便で中国福建省アモイ市(廈門市; Xiamen)に来ました 到着したのは既に 14:00でした 日本を出発する時に衝撃的で信じられないことが発覚し、どのように心を鎮めるか、それのみに集中していました

空港より廈門市第一病院に直行し、既にPCIをこれから始めるには時刻が遅すぎるため、院内で講演のみを行いました

アモイはかつてイギリスに占領され、その面影が街の至るところに残っています(とは言っても街を回った訳ではないのですが) 現在は占領下時代の多分苦しい歴史もその現在のエキゾチックな街並に飲み込まれ、平和な時が刻まれています

時代の流れに逆らって自分が壊れそうになりながらの瀬戸際で頑張ることもできるし時には必要でしょうが、時代の流れに飲み込まれ、それと共に流されて生きるのも幸せの一つのあり方かも知れません 昨日の一日でそのようなことを考えるようになりました

もう時間がありません これから台湾にフェリーで渡ります

昨日のライブデモンストレーション

昨日は 8:30AMホテルを出発し、Daejeong (テジョン、大田)市にあるChungNam University Hospital (国立忠南大学病院)に行きました そこでは、The 6th TRI Working Groupというものが開催されました この会は、Korean Society of Interventional Cardiologyの分科会として、TRIに賛同する方々が、Yoon先生を中心となって毎年開催されている会です

この大学病院に訪問するのは、2008年以来5年ぶりのことでした 僕の役割は午後に割り当てられていたライブデモンストレーション治療だったのです 症例は 50歳代の男性で、2012年8月に他院で前下行枝に対して薬剤溶出性ステントを植え込まれていたのですが、2週間前にその後も狭心症があるため、この病院を受診し、その時の造影で、前下行枝のステント内再狭窄が認められ、そこに対して単純な風船治療が施行されたのですが、その時に右冠動脈入口部からの長い慢性完全閉塞が発見され、それに対しても治療が試みられたのですが、不成功に終わった症例です

TRIの会ですので、TRI縛りがあり、僕は右橈骨動脈より6Fr、左橈骨動脈より7Frガイドカテを挿入し、治療にかかりました 一見すると太く簡単に通過しそうな中隔枝を狙い逆行性に入ったのですが、ところがどっこい cork screwと180度の屈曲があり、まったく通過できなかったのです それから、近位部に中隔枝狙うも全くだめ、最後に一番遠くの中隔枝狙いました 先端造影でも全く connectionが同定されなかったのですが、通過できる、という信念の下で、Fielder-FCにより見事に通過させました 案の定 Corsairは通過できず、Finecrossで通過し、それから色々行い、最後にはものすごく大きな立派な右冠動脈が開通しました

カテ室内では拍手が沸き起こり、僕はもちろんのこと皆喜びました それから会場に戻り、 5:30PMに参加者皆で写真を撮り、僕は吉町君とワールドカップ・スタジアム隣の海鮮市場で生簀で泳いでいたタイ、ヒラメ、イカ、タコなどを購入し、それをその場で調理してもらい食べたのです

そして本日は 8:00AMにホテルを出発し自動車で二時間かけて金浦空港に来ました これから羽田便で帰国します

いやあ今回は中国と韓国で二名の慢性完全閉塞患者さんを完璧に治療できてうれしかったです

それに、特定非営利活動法人登録システムWeb Programのデータベース入力部分を完全に PDO化させることができ、securityが大幅に強化されました これで SQL injection攻撃か貫壁に防ぐことができます

北京訪問

10月12日 金曜日 9:20AM羽田発のANA便で北京に入りました。用件としては二つあり、一つは Great Wall International Congress of Cardiology (GWICC)より招聘されたこと、もう一つは DRAGON Trialの Kick-off meetingを主催したことです。

GWICCは中国で最古の心臓病学に関する学会であり、参加人数10,000名以上、ACCやAHAも注目し、毎年代表団を送ってきています。もちろんESCもです。学会といっても Hu DaYi先生が一人でこの25年間ぐらい最初から今まで主催されています。僕も第二回の学会より招かれ、基本的に毎年参加していましたが、ここ数年は欠席が多かったのです。今年は今の政治情勢を反映し、日本からの参加者は私一人のみ、という状況でした。少なくとも参加者リストに日本人の名前は無く、もちろんFaculty欄にも僕以外日本人の名前は無い状態でした。この学会は心臓病全体を対象としていますが、もちろんInterventional Cardiologyも含み、ここ10年ぐらいは必ずPCIのライブデモンストレーションがあり、僕も学会に参加する時は術者としてライブデモンストレーションを行ってきました。しかし、今年はそれもありませんでした。

飛行機は遅れ、13:00過ぎに北京に到着しました。ANA便はガラガラで、搭乗客よりもCAの方が多いのでは? と思える程でした。北京空港も信じられないぐらいガラガラだったのです。もちろん中国は国慶節という一大旅行期間が終わったところなので、その影響が大きいのでしょう。入国審査は一番にカウンターに並びましたが、心なしか何時もの倍の時間がかかりました。

4:00PM過ぎからのTRIのセッションで講演がありました。僕以外は中国の先生のみだったのです。「どんな感じで迎えられるのかな?」と少し不安でもありましたが、昔からの友人の先生方が、むこうから手を差し伸べ、「こんな時期に良く来て下さった、どうぞどうぞ」と迎えてくれました。演壇に並んで座り、客席を見ると、階段状の講堂はたくさんの中国の先生方でびっしりでした。TRIは中国でもっともホットな話題でもあり、参加者が多かったのです。講演は基本的に中国語で行われ、僕は英語で行いましたが、僕が演壇に立ち講演を開始すると、9割の方々が出て行ってしまわれました。

これは、講演が英語なのでわからないから? あるいは 何らかの意思表示? どちらが本当か分かりません。でも、そんな中で、友人の先生が僕を紹介する時に、「色々な問題が今日中間にあるが、齋藤先生はこれまで中国の冠動脈インターベンションの発展、そしてTRIの普及にものすごく尽くして来て下さった、ここで感謝を述べたい」と、中国語で紹介されたのです。

僕の講演のセッションが終わったところ、思いがけない友人が待っていました。それはフランスの Martial Hamon先生でした。彼はものすごく優秀な先生なのですが、病院内の政治的対立からここ3年間ぐらいフランスでの活動ができなくなっているのです。何年もお会いできていませんでした。ものすごく嬉しかったです。

翌日は 11:00 AMより DRAGON Trial kick-off meetingを開催しました。北京にある CCRF (China Cardiovascular Research Foundation)が CRO (Contract Research Organization)/SMO (Site Management Organization)として動き、この試験実施に協力して下さっています。ものすごくしっかりした組織なので正直驚きました。もちろん 試験の実施プロトコルは英語で私自身が作成し、統計学的検討は僕自身がRを用いて行い、さらに Fuwai Hospitalの Li Wei先生が検証され、現在の型となりました。英語から中国語の翻訳や、詳細の詰め、施設の選定は CCRFと北京大学のHuo Yong先生、それとFuwai Hospitalの Xu Bo先生が中心となって行われました。中国の先生方も全力となってこの試験に立ち向かっておられます。恐らく11月3日に 1st Patient Inが行われます。僕のTRI人生、そして中国でのPCIおよび経橈骨動脈冠動脈インターベンションそして慢性完全閉塞指導のこれまでの21年間に渡る人生の総括として行います。

昨日のバンケット (Banquet)

昨日症例を 2時間ぐらい終えて、Welcome Dinner Party (Banquet)の会場に急ぎました。会場はオリンピック競技場のすぐ近くに作られた国家会議中心の4階でした。僕は、事前にその席上で挨拶のスピーチをするように言われていましたが、それがそんなに大きなパーティーだとは予想だにしていなかったのです。

昨日のパーティーは、僕が今まで経験したどんなパーティーよりも大きなものでした。丸テーブルが何と 130卓あり、それぞれに 10名超の参加者が着席したのです。そして、前列には大きな長方形のテーブルがあり、僕は Goa Runlin先生と、Hu Dayi先生に挟まれ、真ん中に正面を向いて座らされたのです。その長方形のテーブルには、アメリカ、ヨーロッパなどから著名な心臓外科の先生が、そして、世界麻酔学会会長とか、日本からは東京医科歯科大学教授が、世界心電図学会会長として参列しています。このテーブルには総勢60名ぐらいか座りました。

そして、挨拶は最初に中国心臓病学会会長が、次にいきなり僕が指名されたのです。もう全くのぶっつけ本番です。インターベンションを代表し、しかもアジアを代表して話をしました。昨日のライブ症例を例に挙げ、ヨーロッパやアメリカとは異なる現状、だからこそ互いの友好と交流が必要であることをはなししました。その中では、漫然たる心臓外科に大して批判的なことも話しました。

いやー 汗が出ましたね。こんな大きな会でいきなりスピーチできる日本人ってそんなにいないですよね。何しろ日本人は本番に極端に弱いのです。精神力というか胆力が足らないです。甘えた日本人ばかりです。

本日午前中にあった TRI Compititionは中国、台湾、香港の先生方が発表されました。全てTRIによるCTOばかりで、食傷気味でした。そしていま、BCIA (Beijing Capital International Airport)にいます。これから暫くして羽田行きの便で帰国します。

昨日のライブデモンストレーション

昨日は一例慢性完全閉塞の治療をライブデモンストレーションで行いました。

症例は75歳くらいの男性で、CCS class 2の労作性狭心症患者さんでした。これまで、心筋梗塞の既往や、PCIあるいはCABGの既往はありませんでした。診断造影では、左主幹部遠位三分岐の病変+左冠動脈前下行枝入口部からの石灰化した慢性完全閉塞でした。

通常であれば、CABGに決まっていますが、患者さんが手術を拒否された、という理由でPCIになりました。

そのような状況ですので、順行性に行くにはあまりにも危険ですし、もちろん慢性完全閉塞部分はつるつるであり、何のとっかかりもありません。右冠動脈から良好な副血行が、conus branchを介して前下行枝心尖部に行っているのですが、これは蛇行がひどくとても使えません。PCIの時に造影して良く見ると中隔枝が使えそうです。一番遠位の中隔枝が比較的太いのですが、右冠動脈から分かれてすぐにhair-pin curveがありました。まずはそれから試みたのですが、案の定このヘアピンを越えません。その一つ手前の中隔枝を狙いました。ワイヤーは途中心室性期外収縮を出しながら何とか前下行枝近くまで行くのですが、前下行枝の中に入りません。そこでCorsairを進めるのですが、右冠動脈から中隔枝に入ったところで全く進みません。延長して、Finecrossに置換したのですが、同様に進みません。1.25mm balloonに交換しましたが同様でした。そうこうする内にワイヤーは中隔枝から抜けてしまいます。慌てずワイヤーをplastic-jacket hydrophilic wireに交換し、再度その中隔枝通過を狙いますが、今度は途中で行きません。そこで、先端造影して、ぐちゃぐちゃに既になっている中隔枝を造影で確認し、再度狙って今度はワイヤーを通過させました。しかし、そうは言っても同様にCorsiarなどが通過できないことは目に見えていたので、今度はワイヤー交換の時に思い切って7Fr guiding catheterの中に5Fr 子カテを入れて臨んだのです。もちろんこの時の予想される問題点は、Corsaiの長さが足りるか? というものですよね。可能な限り右冠動脈の中に子カテを進め、Corsairを押しこんだところ、今度は通過できなかった部分を越えていきました。しかし、もうCorsairがお尻にきいてます。そこで、メインの7Fr GCを右冠動脈内に深く挿入し、5Fr子カテも#4PD入口部まで進めました。もちろん患者さんは胸痛を訴え、ST II, III, aVFは上昇しました。それでも続けざるを得ませんでしたので、Corsairを押しこんでようやくCorsiarは前下行枝に抜けました。それから子カテをぎりぎりまで引いて虚血を解除し、Miracle 3により慢性完全閉塞部分の遠位から左主幹部への穿通をこ試みました。案の定慢性完全閉塞は固かったのですが、一か所通りやすい部分があり、その部分を通過して、左主幹部そして大動脈に抜けました。

問題はそれからです、順行性ガイディング・カテーテルからIVUSを入れて、逆行性ワイヤー (Miracle 3)が真腔を通過して大動脈に抜けていることを確認したのですが、何しろ長さが足りず、Corsairで慢性完全閉塞部分を通過することができないのです。従って、やわらかいワイヤーに置換して、順行性ガイディング・カテーテル内への逆行性ワイヤー挿入を試みるのは危険です。色々考えた末、順行性ガイディング・カテーテルから鈍角枝にワイヤーを挿入し、そのワイヤーを深く押しこんで順行性ガイディング・カテーテルを左主幹部で浮かし気味にして、ガイディング・カテーテルの向きを調整しながら逆行性Miracle 3を何とか順行性ガイディング・カテーテル内に回収しました。こうなればしめたものです。順行性ガイディング・カテーテル内で3.0mm balloonを拡張することによって traction anchoringを行い無理やりCorsairを順行性ガイディング・カテーテル内に引き込みました。それからは、300CMワイヤーを用いて型の通り行い、左主幹部から前下行枝にかけて Xience-Vを三本植え込み最終的には綺麗な仕上がりで終了しました。

みんな大喜びで、助手の先生からは、その時メインの助手と、それ以外に2名の助手、合計3名の中国人医師が助手について下さったのですが、「またファンが増えました」と、言われました。

僕の手技が放映される前に日本人のある医師が講演していました。術者として当然マイクとイヤフォンをつけているので、その内容が聞こえます。最初は慢性完全閉塞に対するTRIの効用について、続けて慢性完全閉塞に対する逆行性アプローチについての講演だったようです。内容は問題ありません。しかし、その医師の普段の診療に対する姿勢を伝え聞いていましたのでとても評価できませんでした。そんなことを思いながら黙々とPCIを続けました。最後にその患者さんが、とても嬉しそうに「ありがとうありがとう」と言って下さったことが良かったな、と思いました。

DRAGON Trial

先日記載しましたように今 DRAGON Trialという革新的な臨床試験を企画しています。舞台は中国です。何故中国で行うのか? そしてその目的については、これから秘密保持の範囲外で記載しましょう。

  • 臨床試験の目的は?

この臨床試験の目的は、実臨床の場で経橈骨動脈的冠動脈インターベンションと経大腿動脈的冠動脈インターベンションを比較し、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの臨床的の有効性と安全性を実証するために行われます。

  • 背景は?

これまで幾つかの臨床試験および皆の経験から、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションは穿刺部合併症の少なさから、経大腿動脈的冠動脈インターベンションよりも優れていると考えられてきました。しかし、その一方で経橈骨動脈的冠動脈インターベンションではガイディング・カテーテルのサイズが限定されたり、バックアップ・サポートが小さかったり、あるいはガイディング・カテーテルの操作が難しかったり、その他色々な理由で、その適応範囲は経大腿動脈的冠動脈インターベンションに比して劣るのでは? とも考えられてきました。そして、そのことが、未だ経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの普及が十分とは言えない外国、特に米国において、あるいは日本国内でもいわゆるブラーク・アブレーションや慢性完全閉塞が好きな病院において、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションが十分に普及していない理由と私は考えます。

  • ではどうすれば?

既に経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの安全性、いなその穿刺部合併症の少なさ、は実証されていると考えます。従って、今更これを Primary endpointとすることに意味は無い、と思います。従って、 Primary endpointについては有効性実証、それしかあり得ないのです。具体的にどの臨床指標を持ってくるか? それについてはこの臨床試験の根幹となりますので、ここで明らかにする訳にはいきません。

  • 何故中国で?

僕が初めて中国にPCI指導のため訪れたのは 1991年 12月のことでした。その当時、全中国でこれまで行われたPCI症例数全体で 500例という時代でした。阜外心臓病センターにおいても、未だ年間 50例にも満たない症例数だったのです。しかし、その同じ阜外心臓病センター、いや今年の 8月からは、正式に中華人民共和国国家心臓病センター (China National Cardiovascular Center)となるのですが、そこでは本年年間13,000例のPCIが行われ、中国全土でも今年は 30万症例のPCIが行われる、と推定されています。

そして、更に驚くべきことには、私が最初に中国に経橈骨動脈的冠動脈インターベンションを導入した 1998年から始まり、現在既に中国全土で 75%の症例が経橈骨動脈的冠動脈インターベンションにより治療されるまでになっていて、阜外病院では 95%の症例が経橈骨動脈的冠動脈インターベンションにより治療されています。

このような歴史的背景と現状の中で、中国を舞台として実臨床での経橈骨動脈的冠動脈インターベンションと経大腿動脈的冠動脈インターベンションの無作為比較試験を行うことは意義があると考えられ、また最後のチャンスだと思っています。

うっかり

今朝はうっかり でした。今朝は河北省第二病院からライブデモンストレーションを飛ばすだけでなく、08:30AMから lectureをせねばなりません。そのため、 7:00AMに morning callを頼み、それから食事して、そして会場に出かける、そのような段取りでした。

ところが、朝例によって自然覚醒し腕時計を見ると、「あっ、やばい既に 06:50AMだっ」 そしてガバッと起きてすぐにシャワーをして慌てて一回まで荷物をまとめて降りました。「何で morning callが鳴らないのだろう」と思いながら降りると未だレストランは開いていないのです。この時刻に開いていないなんてどういうこと? と思い、ここで気づきました。当たり前です時差一時間あるのをすっかり忘れていたのです。

そうです。未だ 06:10AMだったのです。うっかりでした。

昨夜は遅くまで飲みました。飲んで議論して、友情を深め合い、そして更には統計学的検討もしたのです。ホテルの部屋に入ったのは既に 0:30AMを過ぎていました。つまり日本時刻では 01:30AM過ぎだったのです。

昨夜は China Heart Society (中国心臓病学会)の第14回年次学術集会の歓迎晩餐会がありました。僕も主賓として参加したのです。ものすごく大きな晩餐会で緊張しました。そしてその後 08:00PMからいよいよ DRAGON Trialの初めての Kick-off investigator meetingを開催しました。多くの Opinion leadersが集まりました。政治的に厳しい中国ではあり得ない光景だったのてす。我ながら「僕はすごいな、ここまで良く頑張ってきた」と、そのように思いました。

会は非常に有意義に色々なことを議論しながら進み、 10:00PMまでかかりました。その後、友人の Dr. Xu Boそして Dr. Li Weiと遅くまで飲みながらさらに議論を深めたのです。

そもそも昨日羽田からの飛行機は遅れ、北京国際空港出発が 2:00PMになっていました。北京から石家荘 (ShiJiaZhuang)までは 300Kmであり新幹線は開通していませんので、在来線かあるいは車での移動しかありません。今回は自動車で移動しましたが、途中何箇所か大渋滞のため、会場に到着した時には既に 6:30PMとなっていました。今回石家荘を訪れたのは 10年ぶりであり、これで三回目でした。 10年前が昨日のように思い出します。時の流れは早く、自分に残された時間も少ない、そのように思います。今をたくさん生きましょう。

DRAGON Trialは歴史に残る臨床試験の一つとなるように皆で力を合わせて頑張ります。

これから中国

これから羽田-北京便で中国に入ります。そして、高速で2時間の石家荘に入ります。当地で China National Congress of Cardiologyという中国国内における心臓病学に関する学会としては最大級の学会が開催されるのです。この学会は基本的に中国の先生方のみが参加する学会であり、他の学会と異なり、外国人が幅を利かすことは無く、これまで外国人医師を招聘したことは無かったのです。従って僕も参加するのは初めてです。

本日到着してから、いよいよ Dragon Trialの Investigator Meetingを主催するのです。この試験は僕が3年間温めてきた試験です。中国を舞台として、real worldにおいて経橈骨動脈的冠動脈インターベンションと経大腿動脈的冠動脈インターベンションの完全無作為試験を行い、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの有効性・安全性を実証しようというものです。All comers trialです。

Dragon = Decision between RAdial and GroiN なのです。プロトコルを書き、各所に働きかけ、ようやく実現しそうです。長い道のりでした。