すさまじいTAVI

何時の間にかあっという間にもう土曜日です 今週は何に明け暮れたか? 記録しておかないとすぐに忘れてしまいます

月曜日(7/10)は外来診療を僕は休診にして朝から珍しくPCIを自分自身で行いました CTOですね そして午後からはインドネシアから10数名の Intervention若手医師をお招きして「日本-インドネシア友好PCIセミナー」を開催したのです

内容的には若干の講義、そしてPCI手技の見学でした 夜は近くの古民家で和食の夕食でしたが、僕は仕事がたまっておりそれには参加しませんでした

火曜日(7/11)には朝からTAVI 2例 インドネシアの先生方も見学されました 一例目は Evolut Rを用いましたが、腸骨動脈内径が3.5mm程度しか無く、しかも石灰化がひどく Vmax > 5m/Secの91歳の重症大動脈弁狭窄症の患者さんでした とても他のアクセスサイトは使える訳ありません 頑張って transfemoral approach (cut down)で行いました profileの小さい ERと言えどもとても通過しません 結局、腸骨動脈を ViaBahnで拡張し、その中を通しました ER植え込みも一発で完璧で PVLはほとんど無し

二例目は典型的な SAPIEN 3 29mmの植え込みであっという間に終了しました その後午後の外来診療を行い、夜はやはり日本料理でインドネシアの先生方を交えて食事会でした

水曜日は朝から外来診療 その後、東京に移動し用事を済ませ、その日は Haneda Excel Tokyu Hotelに宿泊し、木曜日(7/13) 6:25 AM発の ANA千歳行きに搭乗して札幌東徳洲会病院心臓センターに そして 9:00AMよりTAVIカンファランス出席

9:30AMよりTAVI 3例開始したのです 一例目は前拡張したって全くS3が通過できないのです 結局、double balloon techniqueを用いて通過し、無事完璧な植え込み終了

二例目は今度はガイドワイヤーが大動脈弁通過した後、ガイドワイヤー入れ替えのために通過させる5Fr/4Frの診断カテーテルが通過できません 両者とも強い大動脈弁弁尖石灰化があるのです 結局この症例は double guidewire techniqueを用いて通過し、S3を植え込み完璧な出来上がり

三例目は Evolut Rでしたが、問題は造影剤使用で激しいアナフィラキシー・ショックとなるのです もちろん事前にステロイド、抗ヒスタミン剤を投与しているにもかかわらずです 腸骨動脈造影を一回したただけで血圧が 30mmHg以下に低下、全身発赤でした 昇圧剤使用してもなかなか血圧回復しません 一時的にPCPS (経皮的人工心肺)を装着し、色々な薬剤を用いて昇圧を待ちました 昇圧済んでから今度は果敢にも ER植え込みを行いました もちろん造影での位置確認が非常に危険でしたので、一回のみ少量の造影剤で確認行い植え込みをあっという間にしてしまいました PVLは全く認められず完璧なできでした 結局非常に重症な三例ともとってもお元気になったのです これを確認してから、夜遅く小樽に移動して宿泊

新装なったカテ室で

金曜日(7/14)は朝から小樽市立病院を訪問し、カテ室更新のお披露目PCIをさせて頂きました 新しい Philipsのマシンでとても快適でした CTO一例と、左冠動脈主幹部一例でした

昼は、隠れ家的な蕎麦屋さんである「きむら」で「蕎麦がき」と「ざる蕎麦」を頂きました

隠れ家的蕎麦屋「きむら」

とても美味しかったです ご主人は9年前に脱サラして自宅でこの蕎麦屋さんを始められたそうですが、その技術は非常に高度でした その結果、非常に細い蕎麦切りが可能なのですね 爪楊枝の先端と比べればその細さが分かります 蕎麦がきもおいしいですよ

おいしい「ざる」
爪楊枝と比べて下さい この細さ
蕎麦がきも試して下さい

この後ホテルで休み、夜はまたお食事を皆様方とさせて頂きました

そして本日(7/15)土曜日は 東京に移動し、J-TVT理事会に参加です 目まぐるしく日にちと時間が過ぎて行きます

京都は暑かった

予想はしていましたが、京都は暑かったですねえ 先週末は三日間 CVIT総会のため京都でした 数年ぶりの京都国際会議場だったのですが、地下鉄が延伸されて以前と比べればとても便利になりました

あっという間に京都も終わり、昨日からインドネシアの先生方が 10数名参加され、当カテ室でワークショップを行っています 本日はTAVIです

昨日のライブ

昨日は札幌東徳洲会病院を舞台に中国から 20名の 40歳前後の Interventional Cardiologistをお招きし、日中友好TRIセミナーを開催しました 何時の間にかこのセミナーも 11回目となりました 途中一年は鳥インフルエンザの影響で中止しましたので何と最初の会から 12年を経たことになりますね 随分と長い年月歩んできたものです

会場も日本全国四国以外の場所で開催してきました もんろん全てTRIのライブを含みますのでその土地の病院および先生方のご協力あって出来るものです

毎回 9:00AMより開始し、午前午後と二例ずつのライブを僕自身が術者として行います その合間に日本および中学の先生方による講義とディスカッションがあります 翌日には母国に戻らねばなりないので、だいたい 3:00 – 4:00 PMには閉会しますが、その際には修了証明書を発行します

今回はも 4例のライブをしました CTOが二例であり、もちろん全て radial縛りです なかなかスリリングな場面もありましたし、僕の華麗なテクニックを披露する場面もありました 中国の先生方も満足された様子でした もちろん全例成功に終わりました

そして 5:30PM発の羽田行きANA便で千歳を離れたのです とても有意義でありまた楽しかったですね

可児ライブ

6/23午前中は半年ぶりに札幌東徳洲会病院で循環器内科外来診療を行いました そして、その夕方千歳空港から羽田空港に移動し、京急羽田線に乗り換え品川駅に、そして新幹線で名古屋駅に移動しました

この日 金曜日から岐阜県可児市にある東可児病院を舞台に恒例の可児ライブが行われ、今年もまた術者として参加させて頂きました 名古屋駅からは名鉄特急に乗り換え、犬山駅に移動、犬山駅でタクシーを待ったのですが、一台もおらず、無線を呼んでもなかなか来ません 結局 15分ぐらい駅前ロータリーで待ちましたがようやく到着、犬山駅から2Km余り離れた田んぼの中にある Bistro MARUに向かいました ここは建物がロンドンバスの廃車を用い、シェフ一人が従業員という変わった店です 店の中も外も写真を撮影することは厳禁であり、緊張でも料理はとても美味しく満足しましたが、結局可児に到着したのは 23:30を過ぎていました そのままバタンと意識を無くすように寝入ってしまい 起床したのは 5:30AMそれから置きたまま早めに朝食をとり、そして 8:30AMにはホテルを出て歩いて東可児病院に向かいました

僕の割当は第一例目であり、右#4PD付け根のCTOでした 患者さんは 60歳台ですが、冠動脈病変は高度であり、「これは簡単には行かないぞ」と予想しました CT冠動脈造影もありましたが、正直あまり参考にはなりませんでした まあCTOの入り口が小さな声だ部分である、ということを確認できたぐらいです 僕の手技の助手は安城更生病院の植村 祐介 先生がして下さいました 安城更生病院は循環器分野 とくに冠動脈において以前より非常に有名な病院です 僕には思い出があります それは、昭和 51年か 52年でした つまり、1976年あるいは 1977年でした(何と 40年前です!!) 僕が未だ関西労災病院でカテーテルを自ら始めた頃です どうしても選択的冠動脈造影、しかも右肘動脈カットダウンによる Sones法をやりたくて、色々とつてを辿ったのですが全て見学を拒否され、安城更生病院の当時おられた鷹津先生のみが見学をご許可して下さったのです

確か見学前日夜に名古屋に一人で宿泊し、翌朝電車で安城市まで移動し、Sones法による選択的冠動脈造影を二例ぐらい見学させて頂いたのです あれが無ければ僕の今も無い、そんな気もします 本当に何が巡ってくるものか分かりませんね 今回は植村先生の助手でとてもやりやすく手技を行うことができました 感謝です

順行性に少しつっつきましたが、とてもうまく行くとは思えませんので、すぐに逆行性に切り替えました アプローチは両側TRIです 結局心尖部経由の epicardial routeを SUOH-03により通過し、色々やって最終的には薬剤溶出性ステントを2個植え込んで成功裏に終了しました 終了は 1045AMであり時間的にもまずまずでした

東可児病院
PCIの成功を祝って

終わってから病院向かいにあるインド料理の店、ここは 11:00AM開店で印度人の家族がやっています 開店と同時に入り、おいしいカレーとナムをつまみました そして、その後 うなぎを食べた後、再び名鉄電車、新幹線で鎌倉に戻ったのです 鎌倉自宅到着は 17:00頃でした

今年の可児ライブもとても楽しく手技をさせて頂き、また勉強にもなりました

本日のTAVI

本日は二例のTAVI 自己拡張型で行いました 重症例でしたが非常に良好な結果でした

バルーン拡張型と自己拡張型を比べれば、多くの日本の先生方はバルーン拡張型に馴染みがあると思います それには理由があります その理由とは バルーン拡張型が日本で保険診療下で使うことが出来るようになったのは 2013年10月ですが、自己拡張型を使えるようになったのは確か 2014年の暮ぐらいからではないでしょうか

結果的に多くの医師にとって自己拡張型は馴染みが無い、それが最大の理由でしょう

僕自身はと言えば、治験段階から自己拡張型を用いていたので馴染みはあるのですが、問題は治験終了から保険診療下での使用まで数年間のブランクがあることです この間に全てそれまでに得た技術から遠のいてしまうのです それで結果的に僕自身自己拡張型に何となく抵抗感が出てきたのです でも最近はようやくその心理的バリアから脱出しつつあります

TAVIを終わってからPCIを一例自分でしました そしてその後夕方に外来診療です そしてその後院内の委員会に出席、僕は早めに帰宅しました 外は小雨が降っていましたが、自転車で戻りました

TAVIもCTOも、そしてプログラミングも僕の心にとっては同程度の心の障壁です その心の障壁を乗り越えればこれまでに鍛えてきた能力により結果は成功という型でついてくるのです

マンダレーからの便り

さっき、メールを受信し、ミャンマーでの全国ニュースの映像を受信しました

ミャンマーでの全ての日程終了

今、バンコク国際空港隣の NOVOTELで 7時間近くの羽田行きトランジットを過ごしています

マンダレーから Bangkok Airwayによりバンコクに飛びました これで今回のミャンマーでの日程の全てを終了しました 都合 2.5日間の日程でヤンゴン、マンダレーと両方の最高病院 General Hospitalを訪問しました 結局CTO 4例、非常に困難なTRI一例、診断カテーテルからTRIに移行する症例 1例の計 6例の治療を院内ライブ形式でさせて頂きました その過程で 23年間の空白が埋まりました また本当に活発に討議が行われ、お互いにとても勉強になりました

本日最後の症例は、マンダレー丘から降りてホテルで朝食をとり、 8:00AMに Manalay General Hospitalに行き、結局 9:00AM頃から開始しました 開始が遅れたのには理由がありました、それは SHIMAZUのマシンが朝立ち上がらなくなっていたのです しかし、再起動かけることにより正常に作動し奇麗な画像を見せてくれました

患者さんは 42歳男性で トレッドミル陽性のため自覚症状は無いものの、カテとなった患者さんです 診断カテーテルの結果、大きな右冠動脈#4PD近位部で 99% delay、左冠動脈回旋枝には三箇所 99%狭窄があり、左前下行枝は #7で長さ 3cmぐらいの石灰化したCTOでした すごい重症ですよね

この患者さんに対して両側TRI 7Frで臨みました どこから手を付けるか、あるいはCTO開通に不成功の場合にはコストも考え、冠動脈バイパス手術にまわすべきか 色々な議論が行われました 何しろ冠血行再建術をコストで比べれば 圧倒的に冠動脈バイパス手術の方が多枝インタベよりも安価なのです

この患者さんに関しては、親戚一同PCIを臨まれ、PCIで行うことになったのです まずは左冠動脈回旋枝に対して、分岐部でしたが、 modified Jailed balloon techniqueにより薬剤溶出性ステントで治療し、ついで左前下行枝のCTOに向かいました レトロに向いた副血行路はこの時点で見つかりませんでしたので、順行性アプローチで行いましたが、Gaia-Thirdにより通過させることができ、こちらも薬剤溶出性ステントを一本入れました そして、最後に#4PD近位部に対しても薬剤溶出性ステントを入れ、結局 3本の薬剤溶出性ステント植え込みによりこの重症三枝病変を治療することができました とても良かったです

この後、ミャンマーの先生の症例発表があり、僕がコメンテーターとして参加しましたが、11:00AM過ぎに空港に向かって病院を後にしました 今回の Mandalayでの主役は Professor Kyaw Soe Winです

Professor Kyaw Soe Win

ところでミャンマーの人々の信仰心 (大多数が仏教です)はとても強く、ヤンゴンの金のパゴダを訪れている時に見た光景ですが、若い女性が一生懸命サンスクリット語で書かれた経典を読みながらお祈りを捧げているのです とても物静かな感じの女性でした

ヤンゴンの金のパゴダで
お祈りを捧げる若い女性

マンダレーでの激しいTRI

マンダレー (Mandalay)はミャンマー第二の都市で、都市圏には200万人ぐらいの人々が住んでいます 長いこと(英国が侵略するまで)王朝があり、街の中心には巨大な城(マンダレー城)があります

マンダレー国際空港は、草原の真っ只中にありバンコクとの国際線が飛んでいますが、マンダレーの町中までは高速道路が結ばれてはいるのですが、小一時間かかります

マンダレー国際空港

ヤンゴンのホテルを 6:00AMに出発し、ヤンゴン国際空港から 600Kmの距離にあるマンダレーまで飛行機で一時間かけて移動し、そのまま空港からマンダレー総合病院 (Mandalay General Hospital: MGH)まで移動しました 本日、そして明日午前中この病院内で、The 4th Myanmar Society of Interventional Cardiology Workshopが開催され、今回は特にTRIに主眼を置いて開催されたのです この病院では昨年一年間で590例ぐらいのPCIが行われ、その大多数がTRIで行われたそうです

症例数の推移

病院にカテ室が出来たのは 2002年だったそうですが、当時はPCIを行うことのできる先生がおられず、2002年に一年間 Professor Kyaw Soe Win先生がシンガポールに留学し、さらに、その半年後から3年間余りイギリスに留学され、PCIを学ばれ今に至るそうです 病院はやはりビクトリア朝風の建物でした

マンダレー総合病院玄関

最初に Welcome Ceremony/Speechから始まりました 僕もスピーチをしたのですが、この時、1994年に僕が Yangon/Myanmarの軍病院 (当時唯一Myanmarに存在したカテ室)でPCIを行った時に、僕の助手をされた Professor Aung Kyaw Zawm先生のスピーチがあり、 23年間の重みを噛みしめました

Professor Aung Kyaw Zaw

まず宍戸くんが、TRIの入門的話をし、それから僕が診断カテからPCIに至るライブを行いました そして、その後僕の講義と、PCIのライブ これがまた難しい症例でした 右鎖骨下動脈がルーブとなっていて、ガイドカテのコントロールができず、また右橈骨動脈が解離で造影剤が漏出したりとPCIに至るまでが大変でした 5Frのカテで行った診断カテの結果、右冠動脈は非常に蛇行し、その途中に 99%狭窄が三箇所ある、という難しい症例でした もちろん、左前下行枝にも左冠動脈回旋枝にも90%病変があるのです これに対して、まずは解離した橈骨動脈を修復し、新たに長いシースを入れてリカバーし、そのあと double wireで何とかガイドカテを右冠動脈入口部まで持っていき、Floating wireによりガイドカテを固定して、マイクロカテを用いて、何とか180度ターンしている蛇行した右冠動脈の三箇所の病変をクロスしました それから、前拡張し、最初から子カテを持ち込んで薬剤溶出性ステントを最終的に三本植え込んで奇麗な仕上がりとなりました 途中で高度徐脈になったりスリリングでしたが、参加者皆にはとても勉強になり迫力があったものと思われます 最後は大歓声の拍手でした

記念写真

最後には参加者の多くが集まり記念写真を撮りました この後、CTOの講義を行い、その後一旦ホテル SEDONAに入りました この高級ホテルはマンダレー城の目の前にあり、窓からは壮大な城壁と、マンダレー発祥の地であるマンダレー丘、そしてお堀が見えます

マンダレー丘、マンダレー城そしてお堀

美しい光景ですね 残念ながらこのマンダレー城宮殿は第二次大戦の時に英国軍により徹底的に爆撃され、昔の面影の大多数は失われてしまったそうです

夜は Eastern Palace Hotelの 9階屋上で Dinner Partyが開かれ、そこで 僕自身の顔のJewelry Paintingが贈呈されました 非常に貴重なもので感激です パーティーはそのままカラオケ大会に移行しましたので、僕たちは早めに退席し、マンダレー唯一の和食系統のお店である焼肉Hanaに移動しました ここには鮨や刺し身もありますし、ラーメンも蕎麦もあるのですが、メインは焼肉です ここでざるそばを食べました

焼肉Hana
Hanaのざる蕎麦

お蕎麦はなかなか良い味でしたが、残念ながら「そばつゆ」がポン酢であり、酸っぱかったのが玉に瑕でした

本日土曜日は午前中CTOの治療を行い、11:00AM過ぎには空港に向かいバンコク経由で羽田に日曜日朝到着予定です 現在 5:20AMですが、これからマンダレー丘を上ってくる予定です

2.5時間の時差

昨日午前中に成田から全日空 Yangon直行便で飛び立ちました Yangonは長いこと Myanmarの首都でしたが、今ではネピドー (Naypyidaw)という人工都市が首都となっています

僕自身は今から20数年前に未だステントを使えなかった時代にシンガポール医療施設団一員としてシンガポールからヤンゴンに入り、当地の軍病院でPCIをしました 残念ながらデジカメ世代よりも前なので写真の記録が残っていません 当時は完全な軍政下でした

ミャンマーと日本の間には 2.5時間の時差があります インドが3.5時間ですよね この2.5時間というのは微妙なものでついつい 3.30AM頃起床してしまいました 最初っから寝不足ですね

本日はこのヤンゴンの病院でCTO治療をします

ふーっ

何だか目まぐるしく日にちが過ぎていきます まるて日めくりカレンダーのようにパラパラパラパ日にちが変わっていくのです

そして日にちと日にちの間にあるのは3時間程度しか眠れない不眠状態です 何でねれないのかなあ つらいなあ

水曜日は札幌東徳洲会病院で午前中難しめのTAVI 2例 実施しました 90歳超の方が翌日にはお元気になられ ICUで車椅子に座っておられる時に 「ずっと旭川に住んでおられるのですか?」「うーん生まれもそうなんだよ ずっとだね」「今どこか苦しくないですか?」「すごく楽ですよ」などという会話を取り交わし 自分の心の中はほっとしました

それから短い昼食をとり、そして院内ライブをしました これは主目的がIVUSだったのですが、結局 15:00過ぎから 17:00前までに三例のPCIをしたのです やっぱり僕の実力が出ましたね やる前は「えーっ、今からPCI? もういやだなあ」という感じだったのですが、やっぱり体にPCIが染み付いているのですね やり始めると勝手に体が動きます そりゃあそうですよね 僕が初めてPCIを行ったのは 1981年ですから既に36年間もやっているのです

先日開催された EuroPCR2017では Andreas GruentzigがPTCAを開始してから 40年目の節目ということでセレモニーが行われましたが まさしくその中の 36年間も僕の体にPCIが染み付いているのですよね

そして昨日は午前中に二例のTAVIをしました 特に二例目は 90歳超の方で心機能も悪く非常に危険な状態でした PCPSも必要かも と考えられていた患者さんであり、しかも左冠動脈が低く弁尖の石灰化のために左冠動脈主幹部閉塞の危険も考えられていた症例です しかも大動脈がものすごく蛇行し、S3も途中から上げられなくなりました これら全ての障害を最終的に乗り切り成功しました 結局 1.5時間で終了です この患者さんも現在はお元気です

そして今朝は流石に疲れ果て札幌の自分の部屋で 6:30AMまで体を休めました そしてもう暫くしたらば函館に飛びます 今日は函館経由青森です