大きな思い違い

いやー 知らなかった 大きな思い違いでした

何が思い違いか? と言えば、今回の学会 BITのことです 僕はこれを勝手に Bangladesh Interventional Therapeuticsの頭文字だと思い込んでいたのですが、学会長の Afzalur Rahman先生と話をしている中で、この学会は、バングラデシュのダッカ、インドのコルカタ、そしてネパールの三ヶ所を回り持ちで行う学会だ、との説明があったのです

Afzalur先生と
Afzalur先生と

僕の記憶が正しければ(正しいのですが)、バングラデシュは、その昔(1971年)に当時のパキスタン(その当時は東パキスタンと西パキスタンに分かれていました)から、東パキスタンが独立して樹立された国家であり、またそもそもパキスタンは、インドの一部であったのが、ヒンズー教主体のインドから、イスラム教主体のパキスタンが1947年に分離独立したものであり、このような歴史的経緯から、バングラデシュはインドとあまり仲良く無い、そのように思っていたのです それなのに、Bangladesh Interventional Therapeuticsと堂々とバングラデシュと歌う学会が、どうしてインドを含んでできるのか理解できなかったのです

ところが、よくよく見ると間違いでした 正しくは Bangla Intervetnional Therapeuticsであり、そのまま日本語に訳せば、「ベンガル語圏インターベンション治療学会」ということになるのです それで知ったのですが、インドのコルカタ( = カルカッタ)も、ネパールもベンガル語を話すベンガル人が住んでいる地域・国家であり、何の障害もなく、BITを行うことができるのだそうです ちなみに、バングラデシュの90%はイスラム教ですが、10%はヒンズー教と少数のキリスト教だそうです 日本と異なる複雑な宗教と言語、そして歴史に翻弄されている国なのですね

さて今回 Kiemeneij先生は、オランダ外務省からのバングラデシュ渡航自粛要請と、スキポール空港までの電車の事故などのため、さらに航空券がキャンセルになったりと重なり BITには出席できませんでした

Invited Foreign Faculty
Invited Foreign Faculty

しかし、Alain Cribier先生はご参加され、TAVIのこれまでの歴史、そして現在の France Rouenでの最新の治療についてご講演を頂きました 非常に勉強になり、また直接親しくお話できました 彼とは昔僕が初めて中国に経皮的冠動脈インターベンションに入った1991年頃より、度々中国やインドのライブデモンストレーションで相まみえ、その当時からお互いに知り合っていました 彼もそのことについて講演の中でお話されていました 嬉しいものですね

Cribier先生、Afzalur先生達と
Cribier先生、Afzalur先生達と

昨日は僕も講演、Cribier先生も講演と同じセッションで時間を過ごしました そして、本日は僕はライブデモンストレーションのために、United Hospitalという private hospitalに出かけました この病院は金持ちや外国人のみが訪れる高級病院であり、日本にそのまま持ってきても通用するとても奇麗な病院でした

United Hospital
United Hospital

ライブデモンストレーションは10:30 – 12:00の中継で行われました ちなみにこの中継のために、画質を重視し、衛星通信が使われたのです この衛星の費用だけで日本円にして 400万円かかり、その多くの部分に Afzalur先生は自費をつぎ込んだそうです

僕に割り当てられた症例は右冠動脈の慢性完全閉塞を有する 57歳の男性で、これまで左回旋枝にステント植え込みがされました 左冠動脈前下行枝から心尖部経由でほぼ直接右冠動脈末梢につながり、そのルートを行くのが得策と考えましたが、問題はそのルートの著明な蛇行と、左冠動脈前下行枝の病変でした これに対して、経大腿動脈的冠動脈インターベンションで入り、まず左冠動脈前下行枝を IVUSで観察したところ、有意狭窄と、石灰化を数箇所認め、結局左冠動脈前下行枝にも薬剤溶出性ステントを二本植えこみましたが、これも石灰化のためなかなか入らず double wireなどを使用しました

Live in United Hospital
Live in United Hospital

その後 beatingに同期させながらルートの蛇行を巧みにクロスし、右冠動脈末梢に入りましたが、慢性完全閉塞部分の通過に少し手間取りました 最終的には Reverse CARTOを行い externalizationに成功し、最終的には右冠動脈にも3本の薬剤溶出性ステントを植え込んで終了しました IVUSで見ると、完全にtrue lumenをワイヤーは通過したのです

Congratulation
Congratulation

会場は大興奮し、Afzalur先生も喜んであられました また、患者さんのご家族も握手を求めてきました この事実上バングラデシュ初めてのライブデモンストレーション放映が成功して僕も嬉しいものです 自分では随分と時間かかったように思いましたが、手技開始 10:10AMから終了 11:50AMときちんと放映時間内に終了したのです

斎木先生ご夫妻と
斎木先生ご夫妻と

カテ室には、在バングラデシュ日本国大使館医務官の斎木先生と奥様もいらして下さり応援して頂きました ありがたかったです

この後、会場のホテルまで戻ったのですが、戻りは渋滞にハマり、行きは30分かからなかったのですが、戻りは1時間かかりました ホテルに戻ると丁度 Cribier先生が出てこらられ、”Congratulation! Fantasic!”と握手を求めてきました これも嬉しかったですねえ

そして遅い昼ごはんを食べ、今は 16:30までホテルの部屋にいるところです 本日は夕ごはんを在バングラデシュ日本国大使とご一緒に大使公邸で戴いた後、22:30頃発のシンガポール航空でシンガポール経由羽田に帰国します 日本着は2/08 (日)の 15:30頃です

とても慌ただしく何の観光も無い初めてのバングラデシュ訪問でしたが、一言で言えばこのバングラデシュは 「20年前のインド」という感じでした その言えば僕が初めてインドで経皮的冠動脈インターベンションをしたのは丁度20年前のことでした

いやいや大切なポイントを忘れていました バングラデシュは一言で言えば、「今から 20年前のインドのよう、但し街中に牛はいない」でした

 

JPEGハフマン・テーブル – 解読実践(10)

さあここまでで準備できたので、少しはプログラムらしくしてみます


struct HUFFDECODE {
  int numHuffElement;  // ハフマン符号語の総数
  int * HUFFBITS;   // ハフマン符号語長
  int * HUFFCODE;   // ハフマン符号
  int * HUFFVAL;    // ハフマン符号が表すデータ
}

typedef unsigned char u_char;   // 短縮形の定義

u_char BITS[16];  // 何ビットのハフマン符号が存在するか?

// データのセット 実際のプログラムではファイルから読み込む
for (int i=0; i<16; i++) { // データをセット
  BITS[i] = 0x00;
}
BITS[1] = 0x01; BITS[2] = 0x05; BITS[3] = 0x01;
BITS[4] = 0x01; BITS[5] = 0x01; BITS[6] = 0x01; 
BITS[7] = 0x01; BITS[8] = 0x01;

int sum=0;
for (int i=0; i<16; i++) {
  sum += BITS[i]; // これでハフマン符号語の総数を求める
}
//
// ハフマンテーブル領域の動的確保

ああダメだ 挫折 少し頭を冷やしましょう

TRIbune

私たちは、iPhone用のあるアプリを待っていました。
TRI (経橈骨動脈的冠動脈インターベンション) の開発者であり、私の長年の友人の一人でもある キムニー先生は iPhone用のこのアプリの開発に多大なエネルギーを費やされてきました。
誰しも知っているように、TRIはTRIを愛し、かつ云われの無い圧力に屈せず戦おうとする多くの人々の力によって発展し、世界中に広まってきました。TRIは、冠動脈あるいはその他の血管インターベンションの一つの方法にしか過ぎず、かつ他と違う点は血管への導入部位のみであります。しかしながら、初めからTRIは世界を変革する内なる力を有していました。当時若かった私たちはその力に完全に魅了されたのでした。
TRIの技術は、これまでの冠動脈インターベンションとは異なる方法で広まっていきました。少人数で開催したライブデモンストレーションやそこでの議論、インターネットを用いたメールあるいは掲示板、そしてインターネット上のホームページやブログ、これらを用いてきたのです。これらを用いることにより、私たちを分断しかねない時間的、地理的、言葉の違い、あるいは文化などなどの幾多の違いによる垣根を乗り越えることができたのです。
本日、キムニー先生から、彼が AppStoreに「TRIbune」と呼ぶアプリをついにアップロードしたと聞いてとても嬉しいのです。
このアプリは、オランダ・アムステルダムの OLVG病院で1992年8月12日にTRIの第一例が行われたことを記念し、そしてそれを忘れないために、TRIを愛し、その普及に努めたいと願う全ての人々へ送られた彼からの贈り物です。
このアプリを用いることにより、TRIにまつわる色々な情報を皆で共有することができます。どうぞ使って下さい。
このレポートの最後に彼からのメールをつけておきましょう。

滋こんにちは

ついにAppStoreで僕のAppが入手できるようになったよ。
このニュースを君の有名なブログに掲載してくれない? そうすれば、アプリの改良のために意見をたくさん聞けるから

よろしくね

Ferdinand

iPhone App: TRIbune

We were waiting for the launch of an App for iPhone.

Dr. Ferdinand Kiemeneij, who is the inventor of transradial coronary intervention (TRI) and one of my best friends for many years, has been spending hist lot of energy for the development of this application for iPhone.

As everybody knows, TRI has been developed and distributed around the world through the many people’s contribution, who love TRI and are brave to fight against unreasonable offending pressure. TRI is just only one method for coronary or other-field intervention and different from the other methods only in terms of the access site. However, it, from the beginning, involved an intrinsic power to change the world. We, who used to be still young, were completely fascinated by this power.

The style of the propagation of the technique of TRI has been different from the way in the traditional coronary intervention. We utilized small-party live demonstration and/or discussion, Internet mailing list or bulletin board, and Internet Web Site or Blog frequently. These kinds of communication provided the power for us to overcome any borders separating us due to differences in time, geographical, linguistic, cultural, and so on.

Now, I am very pleased to hear from my friend Ferdinand the news that he finally uploaded his application “TRIbune” in AppStore.
This application is a gift from the inventor of TRI, Dr. Kiemeneij to everybody, who loves and is willing to promote TRI, in order to memorize and congratulate for the 20 years’ Anniversary of TRI, which started on August 12, 1992 at OLVG Hospital in Amsterdam, Holland.
By using this application, we can update any knowledge surrounding TRI. Enjoy it!

At the end of this blog report, I attach the content of his mail:


Dear Shigeru,

I am happy to inform you that my App is available in the AppStore. 

Could you post this news on your famous blog? That would be of great help.
Please give feedback and criticism.

Best regards,

Ferdinand

TRI 20周年記念キャラバンツアーが及ぼす世界への影響

先週実施したキャラバンはそれなりの成果を挙げつつあります。世界の潮流を変えるかもしれません。

Cost Effectiveness of Wrist Angioplasty from Japan

このリンクが、PCIを行う医師の間では有名なAngioplasty.OrgPtca.Orgで紹介されました。

キャラバン終了

昨日は新幹線で品川まで移動し、15:00より品川で伊苅先生に座長をお願いして講演会を開催しました。演者は一色先生と、松陰先生、それに〆に Ferdinandにお願いしました。
講演会終了後、最後の食事として僕が選択したのは、浅草の「どぜう」屋さんでした。ここは純和風の建物であり、いつもたくさんのお客さんでごった返しています。しかし、流石にこの店には外国人の方は見かけません。ドジョウ鍋はとてもおいしく、彼もいたくお気に入りになられました。その後は、すぐ近くの「薮蕎麦」に行ったのですが、こちらは何だかきれいに改装されていて、少しがっかりしましたね。
この一週間彼とずっと一緒に過ごしましたが、異文化を素直に受け入れる柔軟性を感じました。この柔軟性がTRIという新たな手技を編み出したのだろう、そのように理解しました。柳のように柔軟で、しかも強くいることが人生の中で重要なのですね。

TRI 20周年記念キャラバン・ツアー最終日

いよいよ今回のツアー最終日となりました。今朝は7:30AMにホテルを出て、兵庫医科大学カテ室に向かいました。症例は右冠動脈の慢性完全閉塞でしたが、非常に難しく、とても大成功とは言えない結果でした。少し残念です。ただ、患者さんはとても具合が良く、またこの右冠動脈による症状もありません。そういう意味では良かったのです。

流石にこの一週間ハードなスケジュールで疲れました。本日はこれから新幹線で東京に移動し、最後の講演会があります。それから浅草界隈を案内して、それで今回のツアーの打ち上げとなります。少しゆっくり眠りたい気分です。

 

人生の節目

昨日は大阪駅前ヒルトン・ホテルに宿泊しました。この界隈に来ると何時も思いだします。

丁度、25年前の今頃でした。当時関西労災病院に勤務していたのですが、大阪大学第一内科の当時の医局長より電話がかかってきました。「齋藤くん 近々 会って話がしたい」

僕はいわゆる入局を拒否し、非入局、早い話が一匹狼で動いていたのですから、本来医局長からのそのような申し出にこたえる必要はありません。しかし、何といっても第一内科の医局長です。それで会うことに決めました。

場所は、ヒルトン・ホテル一階のカフェでした。夜の7時ころだったと思います。彼はいきなり高槻にあるある民間病院のパンフレットをカバンから出し、僕に、「齋藤くん このまま関西労災病院に居ても、君の未来は無いよ、この病院に移動しなさい」と、言ったのです。その場で考えたのですが、そこまで医局長が言うのであれば、したか無いかな そんなふうに考えました。そして、

「分かりました、そこまで仰るのであれば、行きましょう、ところでその病院には心カテの設備はあるのですよね」

驚いたことに、医局長は、「いや無い、しかし循環器というものは、カテだけではない」、そのように回答されたのです。僕は即座に、「カテのできない病院に行くつもりはありません」、そのように答えました。これに対する彼の言葉、一生忘れません

「齋藤くん 包丁一本では生きていけないよ」

考えてみれば、この言葉がバネとなり、僕はその後の人生を生きてきたのかも知れません。その時は、ものすごくショックであり、またひどい、と思いましたが、今となっては感謝の気持ちです。この医局長は、その後、大阪大学第一内科教授選挙で敗れましたが、北海道大学循環器内科教授として君臨し、その後 日本循環器学会理事長まで務められ、現在は尼崎市のある民間病院の名誉院長をされているようです。

この話を、Kiemeneij先生にタクシーの中でしたところ、彼も自分のことを話ししてくれました。彼も丁度さっきの話と同じ頃、Amsterdamのある強力な教授と就職のことでもめ、そしてその彼から「今後絶対にアムステルダムで働けなくする、いやアムスだけでなくオランダにおれないようにしてやる」と、言われたそうです。その時の電話での会話を今もテープに録ってあるそうです。そして、彼もそのことを今は感謝している、あのことが無ければ、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションを始めることは無かった、と