ソウルでのライブデモンストレーション

Rha先生と我がチームs20130423-2 s20130423-14月23日火曜日、8:20AMのANA羽田-金浦空港便で、ソウルに入りました この時期毎年ある、TCT-AP Angioplasty Summitという SJ Park先生が主催されているライブデモンストレーションに参加するためです

今年は、これまで正月に行われていた CTO Liveというのも併設されたのです

僕は会場であるSeoul Coexという会議場隣の Intercontinental Hotelに 11:30AM頃チェックインし、軽い昼食後、そのまま Asan Medical Centerに向かい、カテ室で初めて割り当て症例を見ました 症例は60歳代の男性で、左冠動脈前下行枝のCTOでした 副血行が微弱で、とてもレトロはできません

2:30PM頃より手技にとりかかりました 助手は Rha先生がして下さいました Rha先生はとても良い先生で僕は大好きです

とても困難な症例と思われたのですが、Classical Side-Branch Technique + Double Wire Techniqueを用いて素早く再開通させました ライブデモンストレーション中継が15:00から行われたのですが、さっさと中継し、それから会場に向かったのです

16:20より Case Summarizeがあり、自分の行った手技を会場の皆に説明し、その後、何と私がこれまでアジアのPCI発展に尽くしてきた功績に対して、日本人として初めて表彰されたのです

夕食はもちろんにんにくたっぷりのホンオでした 今日はこの後帰国します またしても一泊のみの韓国滞在です

昨日のライブデモンストレーション

昨日は 8:30AMホテルを出発し、Daejeong (テジョン、大田)市にあるChungNam University Hospital (国立忠南大学病院)に行きました そこでは、The 6th TRI Working Groupというものが開催されました この会は、Korean Society of Interventional Cardiologyの分科会として、TRIに賛同する方々が、Yoon先生を中心となって毎年開催されている会です

この大学病院に訪問するのは、2008年以来5年ぶりのことでした 僕の役割は午後に割り当てられていたライブデモンストレーション治療だったのです 症例は 50歳代の男性で、2012年8月に他院で前下行枝に対して薬剤溶出性ステントを植え込まれていたのですが、2週間前にその後も狭心症があるため、この病院を受診し、その時の造影で、前下行枝のステント内再狭窄が認められ、そこに対して単純な風船治療が施行されたのですが、その時に右冠動脈入口部からの長い慢性完全閉塞が発見され、それに対しても治療が試みられたのですが、不成功に終わった症例です

TRIの会ですので、TRI縛りがあり、僕は右橈骨動脈より6Fr、左橈骨動脈より7Frガイドカテを挿入し、治療にかかりました 一見すると太く簡単に通過しそうな中隔枝を狙い逆行性に入ったのですが、ところがどっこい cork screwと180度の屈曲があり、まったく通過できなかったのです それから、近位部に中隔枝狙うも全くだめ、最後に一番遠くの中隔枝狙いました 先端造影でも全く connectionが同定されなかったのですが、通過できる、という信念の下で、Fielder-FCにより見事に通過させました 案の定 Corsairは通過できず、Finecrossで通過し、それから色々行い、最後にはものすごく大きな立派な右冠動脈が開通しました

カテ室内では拍手が沸き起こり、僕はもちろんのこと皆喜びました それから会場に戻り、 5:30PMに参加者皆で写真を撮り、僕は吉町君とワールドカップ・スタジアム隣の海鮮市場で生簀で泳いでいたタイ、ヒラメ、イカ、タコなどを購入し、それをその場で調理してもらい食べたのです

そして本日は 8:00AMにホテルを出発し自動車で二時間かけて金浦空港に来ました これから羽田便で帰国します

いやあ今回は中国と韓国で二名の慢性完全閉塞患者さんを完璧に治療できてうれしかったです

それに、特定非営利活動法人登録システムWeb Programのデータベース入力部分を完全に PDO化させることができ、securityが大幅に強化されました これで SQL injection攻撃か貫壁に防ぐことができます

一年ぶりの光州

一年ぶりに光州にやってきました。ここの国立全南大学医学部 (Chonnam University)で開催された GICSという学会から招聘されたからです。これまでは当然の如くライブデモンストレーション術者としての役割もあったのですが、韓国では外国人医師による医療行為に対して、これまでは事実上何の規制もありませんでしたが、今年になって規制が敷かれ、その運用が今月になって強化され、今回が初めてのケースとなったようです。

今回は急な規制強化でもあり、temporal medical licenseの申請は誰も行っていませんでしたので、どの外国人医師も手技をすることはできません。ライブで手技をする、というのは、それなりの事前の緊張を伴いますが、まるで高くまで登った梯子の上で緊張していたのに、地面に着いたように緊張が取れてしまいます。しかし、それも時代の流れであり、これまでのある意味 やり放題というのがおかしかったのです。医療行為というのは、見方を変えれば、自国民主権に対しての介入行為ですので、国家主権に関わることです。このような重大な行為に関して、外国人が何の規制も無く自由にやり放題というのは、国家としておかしい、そのように思います。もちろん、自国民にとって、明らかに有益である医療行為に関しては積極的に許可が為され、自国民の福利厚生を促進すべきだと思います。

それはともかく、昨日はあのホンオ (アンモニア発酵させたエイ: 洪魚)をたらふく食べました。なお、フェというのは刺身のことです。相変わらず鼻に抜ける強烈な刺激に痺れます。このホンオ発祥の地は、実は光州から 10Kmぐらいの場所にあるナジュ (NaJu: 羅州)なのです。昨日はそこまで出かけローカルな食堂で食べました。何とそこら周辺にはホンオの店がずらりと並び、通りもホンオ通りという名前なのです。

そしてインターネットで調べると意外な事実が分かりました(もっともこの記述が正しければの話ですが・・・)。もともと黒山島(フクサンド)という韓国国立公園内の沖合の島周辺に生息するエイを船に積み込み倭寇の侵攻から逃れ、河を遡りナジュに辿り着く間に自然発酵し、それからホンオが始まった、というのです。さもありなんという話ですね。

その一部を引用しておきます

朝鮮王朝時代の生物学者、丁若銓(チョン・ヤクチョン)は1801年、カトリック迫害事件で全羅南道沖 の黒山島に島流しとなり、16年後に世を去った。丁は黒山島付近に生息する227種類の海産物や海 鳥の生態を記録した『シ山魚譜(シは玄を左右に並べた字)』を残した。黒山島名物のエイについて は、雌が釣り針に掛かると、雌を追ってきた雄も一緒に捕まえることができると書いた。  黒山島で刺し身で食べていたエイを発酵させて食べ始めたのは高麗時代末期だという。島の人々 は倭寇(わこう)による略奪を避けるため、一時的に栄山江をさかのぼり、羅州に逃れたが、その際に 持参したエイが船上で発酵し、鼻を突く独特の味わいが出た。このため、羅州の人々はエイを発酵さ せた「洪魚膾(ホンオフェ)」は羅州が元祖だと主張する。食べ方も少しずつ異なり、黒山島ではマッコ リ(濁り酒)を使った酢に塩、ごま油、刻みネギを混ぜた醋醤(チョジャン)と呼ばれるたれを付けて食べ る。羅州ではみそにトウガラシ粉、酢を混ぜた醋醤が欠かせない。咸平や霊岩では塩を付けて食べる。 全羅南道高興郡出身の詩人、宋秀権(ソン・スグォン)は「辛くてピリッとするエイの味、夜が更ける 南道(韓国南部を指す地域名)の食卓」と歌った。慶尚北道青松郡が故郷の小説家、金周栄(キム・ ジュヨン)も長編小説『洪魚』でエイを味わい深く描いた。その一節に「鼻を突く香りと熟した肉の味、 その身は筋に沿って歯応えがあり、香ばしくしっかりした味が絶品だ」とある。

 

ソウル到着

羽田空港から 16:20初の ANA便でソウル金浦空港に到着し、近くの Mayfield Hotelに入りました。羽田を飛び立つ直前にニュースが入りました。

韓国の regulationが厳しくなり、今回は僕も手技ができないようです。それはそれで気楽で良いのですが、やはり韓国もついに temporal medical licenseが必要な時代になったのだ と、感慨深いものがあります。

これから夕食のため外出します。