Clipper and Puncturist

本日も TAVIに引き続いて MitraClip実施しました 非常に重症な僧帽弁閉鎖不全の方で、肺も悪く、以前より強くお勧めしている外科的僧帽弁閉鎖不全修復術はご家族も一緒にどんなに説得しても拒否、そのようなご高齢の患者さんでした

なかなか心房中隔穿刺はやりにくかったのですが、そこは Punturisの僕ですからOKです さらには Clippingもやりにくかたのですが、そこは Clipperの僕ですから これもOKです 結果的には IV/IV度であった僧帽弁閉鎖不全が2つの Clipping直後より全く消失し、その後も経過良好です

いやあ MitraClipはすごい効果を示しますね

昨日も MitraClip

昨日は火曜日 MitraClip植え込み いやいやここはかっこよく Clippingと言いましょう そして実際に Clippingを行う術者のことを かっこよく Clipperと呼びたいですね

と言う訳で これからは Clipper Saitoとカッコ良く呼んで下さいね

その Clipperが現在の当院で唯一 Clippingを行うことが許されている火曜日でした と言う訳で、これまたひどい しかし、外科的僧帽弁修復術が相応しく無いと考えられる患者さんに対して Clippingを行いました 非常に重症な僧帽弁閉鎖不全でありましたが、その原因は P2のひどい prolapseだったのです 手技的な問題点としては中隔穿刺の穿刺点として十分に良い場所を確保できるかどうか? ということでした しかしお任せあれ、僕は Clipperであると同時に、世界最高の「穿刺屋」でもあるのです うーん英語では何と言うのでしょうか?

Puncture -> Puncturer これだと舌がもつれそうです Puncture -> Puncturist うんこの方が良いですね

と言う訳で、僕は優れた Clipperであると同時に世界最高の Puncturistでもありますので、僕にとって穿刺での不可能とか、困難とか言う言葉はありません しかも無茶苦茶なスピードで行うのです

そんな訳で昨日も絶妙な一で穿刺を行い、実はこれが一番技術的には難しく、先日もある病院で穿刺したものの、タンポナーデを起こしたらしいのですが、それは僕の想像するに、このような経緯であったのだと思います 実は Brockenbroughで一番難しいのは、張り出した心房中隔です たとえば重度の僧帽弁閉鎖不全があったり、あるいは高度の僧帽弁狭窄症があると左心房に慢性的負荷がかかっていますので、心房中隔は右心房側に膨満し張り出します

ここで、なるべく僧帽弁からの距離を稼ぐために心房中隔の上の方で、しかも後方での穿刺を試みれば、穿刺点が盛りだした頂点よりも上ということになるので、しばしば穿刺針は坂道を下るように滑っていきます それに気づかねば、そのまま右心房上縁で外に穿刺し、タンポナーデとなります

しかし、MitraClipや左心耳閉鎖術 (LAAC: Left Atrial Appendage Closure)の場合には必ず経食道心エコー法により見ながら行うので まずこの合併症は無いと思います

そうでなく、ありえるのが心房中隔をうまく穿刺できた後、それが上後方であれば、その後左心房内での余裕がありません ここで分かっていない人が行うと、「あーっ、穿刺できた」という安堵感と油断の結果、そのままの角度で穿刺針も進めてしいます、何故ならば針は中隔を貫いても、Dilatorや Sheathはまだ中隔を貫いていないので、さらに数センチ左心房内に押し込まねばならないからです ここで、左心房天井は経食道心エコー法でも観察できない場所ですので、素人さんは そのまま左心房天井で心外膜を貫き、そのまま心タンポナーデになってしまうのです

うん? 何の話だ? そうか 昨日の MitraClipの話でしたね 僕は術前の経食道心エコー法の結果から一個の Clipでも僧帽弁閉鎖不全が消えるであろうと踏んでいました 実際そのとおり一個の Clippingで僧帽弁閉鎖不全は完全に消失しました しかしながら、ものすごい逸脱だったのです、その結果 Clippingを十分してもその部分で Clipが逸脱に引っ張られ、激しく動くのです このままであれば、長時間経過している間に折角うまくいった Clippingがその激しい動作により外れる可能性もあります このため、敢えてもうひとつ隣に Clippingしました

結果は大成功で僧帽弁閉鎖不全は全く消失 これは経食道心エコー法のみならず左室造影でも確認しました 何と中隔穿刺開始から止血完了まで 1.5時間です素晴らしいですねえ

もちろん患者さんもお元気です

本日は母校大阪大学キャンパスへ

本日はもっとも忙しい月曜日でしたが、公用で大阪大学医学部先端医療イノベーション・センターに出かけました

ぎりぎり 11:30AMまで外来診療し、それから暑い日差しの中、そして海からの強い暑い南風にに逆らって一生懸命自転車で自宅に戻り、それから着替えて、実は普段「短パン+T-shirts」なのですが、この格好では流石に公的な会合には出席できませんので、いちおう半袖シャツと、スラックスに履き替えたのです そして 12:00には自宅近くまである会社のお迎えがあり、そのタクシーに乗り込み、新横浜駅までの道すがら色々な打ち合わせを行いました

そして、13:09新横浜発の「のぞみ」に乗り込み、一人で大阪大学吹田メインキャンパスまで向かったのです やはりこのあたりは学生時代の思い出が残る場所です それは何と 1969年から1975年の間でした あの頃は僕の可能性は  360度拡がり、世界は自分の手の中にありました しかし年齢を重ねるにつれ、自分の可能性の世界はどんどん狭まり、今やそうですねたった一度だけの可能性の拡がりしか残っていません 寂しい 自分がそのようにして社会の中から忘れられていくのでしょう 寂しい あがないたい、でも難しいでしょう

新大阪駅で下車し、少し時間に余裕があったので、北大阪急行 これは地下鉄御堂筋線の延長です それに乗り換え、終点の千里中央駅に行きました 学生時代から何度この駅を使ったことでしょう 妙に感傷的になります

そして、これは生涯で初めてと思うのですが、大阪モノレールに乗り換え、かつての大阪万博跡地の大阪万博公園の周りを回って大阪大学医学部付属病院駅で降りました まだ時間に余裕があったため、病院内の Subwayには入、アイスコーヒーを飲みました そう言えば最近は大阪でもアイスコーヒーのことをアイスコーヒーと言いますね でも僕が学生の頃は、大阪の喫茶店で「アイスコーヒー」と言っても店員さんは「何?」と全く理解できませんでした 大阪では正統派的呼び名は「レイコー」か、うーん忘れてしまいましたが、もう一つ呼び名があったような・・・ もちろんレイコーというのは、冷コーヒーのことなのです

まあ、今はアイスコーヒーで大阪じゅう通用しますし、大阪の若い人たちも レイコーという言葉は知らないかも知れませんね

それで、会議は 17:00よりその先端なんとかの7階で開催されました それはそれはお偉い先生方がお集まりとなり、僕は小さくなっていました そして会は 18:40頃まで続き終了しました 戻りは再び一人でモノレール – 地下鉄 と乗り継ぎ、そして現在は新幹線「のぞみ」で途中駅名古屋に停車中です

あー疲れた 自宅に到着は 23:00は軽く回るでしょう 明朝はまた 7:00AMには病院に到着してそれからTAVIと MitraClipです 大変ですね

それはそうと本日午後はこの kamakuraheart.orgのサーバーがダウンして全く通じませんでした これも大変でしたよ

嬉しいな るんるん

昨日は経カテーテル的大動脈弁置換術 (TAVI)の新しいページを切り拓く世界に足を踏み入れました これはTAVIの適応拡大なのです もともとTAVIは心臓血管外科による確立した外科的大動脈弁置換術 (SAVR)が非常に危険あるいは不可能と考えられる重症大動脈弁狭窄症に対する新しい治療としてはじまりました

それがディバイスの改良、そして何より先人たちの経験と学問によりどんどんより外科的大動脈弁置換術低リスク症例にも適応が拡大されてきました そしてついに、外科的リスクが著しく低い、具体的には予想手術死亡率 3%以下の症例に対してTAVIが SAVRと同等の、あるいはより良い長期成績を有するか否か、それを検討する時期に来たのです

患者さんを対象として実験する訳にはいきません それでこのような場合には、臨床試験が厳しい倫理基準と科学的裏付けの下で行われます そしてそのような世界的臨床試験に医師として、あるいは患者さんとして参加することは、人類の歴史に新たな一ページを切り拓くという名誉なことです

昨日第一例目の患者さんは当院においてその臨床試験にTAVIとして参加できたお一人だったのです やはり僕はその興奮を隠せませんでした そしてもちろん非常にうまくTAVI植え込みが終了しました 何の合併症も無くです

それに引き続いて二例目のTAVI これも大変うまくいきました 患者さんはすぐにお元気で嬉しいことこの上無しです

そして13:30から 実際には14:00から MitraClipです この方はご高齢であり何回も心不全入院を繰り返してこられた重症僧帽弁閉鎖不全の方です まずは年齢が理由で、そしてその他の理由で外科的僧帽弁治療による手術死亡率が 12%ぐらいと予想された患者さんでした

まず僕が世界で一番うまい Brockenbrough 経中隔左心カテーテル法が非常に困難でした その理由は下大静脈が蛇行し、しかも石灰化していて伸びないのです それでそもそも中隔に穿刺針を当てるのが困難でした しかも中隔が体に対して縦に垂直であり、穿刺針の向きの同定も困難だったのです それでもエコーの助けもあり上手に穿刺しましたね この段階で 30分費やしました その後、とにかくひどい僧帽弁閉鎖不全であり Prolapseが P1, P2の二箇所あり まずどちらから clippingするか その判断に迷い、結局 P2で clipping,することにしました それでも左心房が小さく本当に難しかったのです

P2 clippingに成功しても僧帽弁閉鎖不全は P1/A1側にものすごく残り、左心房圧を見てみると40mmHgぐらいの大きな V波があり、これではとても駄目なので、P1にも苦労の上 clippingしました これにより V波は C波と同じ高さに低下し、ドップラーでの僧帽弁閉鎖不全はせいぜい 一度にまで改善しました

本当に良かったですしこんな難しい症例を大成功裏に終了でき 本当にルンルンです 終了は 18:00でした 疲れましたねえ

その後 鎌倉ライブデモンストレーション実行委員会を開催し、遠方からも委員の先生方に集まって頂きました 多くの委員の先生方は 6:30 AM羽田発の便でそれぞれの病院の仕事に間に合うように戻られるのです 本当にご苦労さまです ありがとうございます

投資コンサルタントのお話

シカゴの Sheraton Grand Chicagoホテルのバーで飲もうとしていたところ、外国人に別々に二人から呼びかけられました 当初は相手が誰が認識できなかったのですが、二人目の方は、2005年にお会いしたきりの再開でした その方は Wall街のどなん中、ものすごく有名な証券会社で投資コンサルタントをしている方です

彼から、僕が今は無くなってしまった St. Vincent’s Catholic Medical Centerというマンハッタンの下の方のものすごく良い場所にあった伝統ある歴史的病院で院内ライブを何回かした時に面会の依頼が来ていたのです 最初何の用事かさっぱり分からなかったのですが、ホテルに迎えに来てくれ、連れて行かれた先は、入り口からがっちりセキュリティされた Wall街のど真ん中の超有名証券会社だったのです 彼にエレベーターで連れて行かれた先は、10数階にあったと思うのですが、ある部署の小さな会議室でした その部屋には僕、彼、彼の同僚の三名で入り、17:00 – 18:00色々な会議というか何というか話がありました

要するにその内容は、2005年 DES(薬剤溶出性ステント)が新たに日本市場にも投入される予定であり、そのことが日本の医療市場にどんなインパクトを与えるのか? そしてそれがポジティブであれば、米国の投資家にもそのような動きに投資を勧めるのがコンサルタントしての重大な使命であり、そのためには日本での状況をつぶさに調べたい、そのような趣旨だったのです

まあ正直自分ごときの意見が何百億円のお金を左右に動かせるほどには重要ではないと思ったのですが、自分からすればその後のご褒美期待もあったのです 通常このような多分インタビューには契約書や秘密保持の取り決めしたりして、某かのお金のやり取りがあると思いますが、この時にはそのようなややこしいことは無く、口頭で、「はいお礼はお金でなく、おいしい寿司ですよ」と、もちろん英語で言われました これは魅力ですよね

そして終了後連れて行かれたのが当時も今もマンハッタンでは一二を争う寿司の名店「jewel bako」だったのです これって要するに「宝石箱」ですね その内容はそれはそれは素晴らしいものでした そしてその後連れて行かれたのが、典型的な日本の居酒屋「matsuri」これは祭りですね でした ここもすごい居酒屋でしたが、残念ながら今は閉店しているようです

まあそのようなことがあったのですが、要するに言いたいのは、彼はこの TVTという最先端の学会に顔を出し、色々な人々に接触し情報を入手試みていたのです TVTでは世界の最先端の医療機器が出てきます もちろんそのような中で 100の Venture Companyが出てきてその内の多分一つから2つぐらいしかものにならないのです そのようなチャレンジを支えるのが投資家と投資資金のまわりにある色々な職種の人々なのだと思ったのです

翻って日本ではどうか? 残念ながら日本の大手医療機器メーカーは僕が考えるにほんの一つあるいは2つの非常に challengingな姿勢を維持しているメーカー以外、とても消極的で単に M&Aしか考えておらず、その中から自らの頭脳を伸ばそうという姿勢が無いのです これが日本の問題点である、そのように思いました

シカゴをもうすぐ離陸

今回 TVTに参加のためシカゴに来ました TVTは LondonValvesと並んで世界のトップを走る Structured Heart Diseaseに対する学会です 要するに TAVI (経カテーテル的大動脈弁置換術)とか、日本では最新の治療法である MitraClip (経皮的僧帽便接合不全修復システム)に関してライブを含めガンガン討議する学会なのです 日本も早くこのレベルに達するように願っていて、また努力しているのですが、そうですね まずは10年遅れています

この差は何なのか? これが意外と本質的な日本という国家の弱点につながるのですよ 日本には Airさんのように優秀なソフト技術者がたくさん存在し、頭脳のレベルは非常に高いと思うのですが、現実世界ではなかなか世界のトップにはならないのです 昔 YS-11というプロペラ旅客機が製造され、僕もそれに乗って伊丹から高知に飛んだことがあります そのようにある時期日本は優秀な飛行機を制作していたのですが、あの天下の三菱重工が手がけている MR-J (Mitsubishi Rejonal Jet)は開発が既に5年間遅れ、おそらくは世に出ずに終わってしまうのではないでしょうか 三菱重工と言えばあの戦艦武蔵を生み出した長崎造船所で豪華客船製作中に火災で全部ダメになったり、一体全体何時から日本の工業力がこんなにも低下したのでしょうか?

日本人がだめだから? いやそんなことはないのです 現実に Honda Jetは快進撃しています 要するにこれまで日本という国家が戦後培ってきた常識とか、考え方とか それが時代についていけなくなってきたのです

あれ何の話しているのでしたっけ? そうそうだから TVTのレベルに日本は10年遅れているのです 今回その原因の一因を思い知ることがありました

それは昨夜夕食をラーメン屋さんで食べてからホテルのバーで飲んでいる時です この時に二人の方から話しかけられました 一人はお医者さんであり、まあ色々な話をしましたが、その後話しかけて来られたもう一人が実に 2005年4月以来会ったことの無かった人なのです その方は、Wall街の誰でも知っている超有名な証券会社で何と言うのでしょうか? ブローカー? 投資コンサルタント? うんその言葉が正しいでしょう 投資コンサルタントをされているのです 多分今も あっ、そろそろ搭乗ですので行かねばなりません この続きはまたね

これからシカゴ 昨日は MitraClip

今回は TVTに参加(招聘)のためシカゴに羽田空港より飛びます 毎年このようにその分野の主要な学会に参加するのは年々辛くなってきます 「この学会参加せねば、ゆっくりと寝て過ごせるのに・・・・」なんて考えてしまいます これが歳をとって行くということでしょう

さて、そんな中昨日も頑張って MitraClipしました その前に経カテーテル的大動脈弁置換術 (TAVI)を二例、心機能高度低下例に対する S2植え込み、そし鎖骨下動脈ルートの EvolutR植え込みでした 両症例とも僕はサポートに回りました 非常に順調に終了し、安心して 14:00からの MitraClip植え込みに移りました

Brockenbroughに関しては世界で一番上手な僕ですから何の不安もありません 今回は、経食道心エコー法を見ることによって初めてその存在を僕自身認識した ビローっと伸びていく心房中隔でした このビローっと伸びていく心房中隔と僧帽弁の Barlow’s Syndrome (バーロー症候群)が同列に合併するものか否か僕は知りませんが、ここの患者さんは心房中隔穿刺時に、通常よりも心房中隔が伸びてなかなか穿刺針が通過できませんでした そうですね経食道心エコー法 (TEE)で見ていると 20mm程度は伸びましたね この患者さんの僧帽弁閉鎖不全では後尖に Barlow様の変形がありましたが、本日は後尖とそれに引きづられた前尖の逸脱でした

まあ割と難しい Clippingだったと思います それでも経食道心エコー法で観察すると二個の Clipping後 MR4度が 1度にまで低下し、劇的な効果で終わりました これまで症例を積み重ねるにつれ、それまで自分では何一つさっぱり分からなかった経食道心エコー法所見も段々と見慣れ、自分の手をどのように動かせば標的に相対すことができるか随分と分かってきました もちろん未だまだで今後とも激しく収れんが必要です 経カテーテル的大動脈弁置換術のレベルにははるかに到達していません

MitraClipはエコー屋さんの世界だと教わってきましたが、いえいえどうしてカテ屋さんの世界だと思いますよっ 残念ながらそういうことをほとんどの Interventional Cardiologistsが知らないのでしょうね 知る機会もあまり無く、また知る機会を作ることも困難ですよね まあ自分はこのような境遇に放り込まれたのですから、この道を突き進んでいくしかありませんね

それにしても進化しているとはいえ、昨日は終了時刻 6:00PMであり、四時間の手技でした 老化した体には体力の限界です でも MitraClipを日本にも根付かせる使命があり、それが患者さんのためだと信じていますのであと何年間か頑張りましょう

インターネットを通じたつながり

今朝は体調不良 もう歳かな それでも本日 TAVI二件、その後 MitraClip 1件あります まあそろそろ体調も戻り、またTAVIに関しては若手に完全に任せますので良いでしょう 全力を MitraClipに傾けますよ

それはそうと今朝メールを開けると「ぎぎ」としました 僕のこのプログにコメントが投稿されていたのです いやあとても感激しました この方はかなり高度なプログラミング知識と技術をお持ちの医療関係者だと推察します その方が、ご自身で開発されている DICOM Viewerである Horlixにおいて、ある種の DICOM-USフォーマットが読み込みできないために(しかもこれが Philipsなのです: 実際この Philips machineの DICOM-USは変です 当院でも読み込めない事例が発生しています!!)、 DICOMで検索しておられて僕のこのブログにヒットされ、そしてコメントを頂いたのです

とてもとても僕なんて足元にも及びません そんな方からのコメント「ぎぎ」とすると共に感激です 思わずこんな返信してしまいました

ちなみに僕の DICOM Viewer開発苦労話はここにまとめてあります

 

air様

コメント頂きありがとうございます Githubなども見させて頂きました また、OpenDolphin関係のページも見させて頂きました 世の中にはすごい方がおられるものだ、とただただ感心するのみです
私なんかは既に 68歳ともなり、頭脳はどんどん硬くなると共に処理能力が劣る一方です そんな自分でも Z80 assemblerでプログラミングの真似事を始めた20歳台の頃の、わくわくした思い、それを取り戻したくて、かつ謎であった DICOM-XA それに取り組んだのは既に 10年以上の前のことでした
しかし、自分の能力がとても足りず JPEG規格書を読んでもなんのことかさっぱり理解できない状態が続きました 自分の患者さんに引退された工学部教授がおられ、その方の教え子に信号処理を専門にやられている研究員の方がおられたので、その方をご紹介して頂き、直接 JPEG規格書と DICOM規格書から DICOM-XAが JPEG losslessで圧縮されていることを掴み、そのHuffmann Code解読プログラムをなんとか書くことを開始しました それでも何がなんだ最初はさっぱり分からず、随分と苦労して慣れない C++ (VisualStudio)を用いてプログラム書き始めました
最後にはようやく DICOM-XAで動画を Windows上で動かすことに成功しました
それができるともうそれ以上進むのは自分では無理だと達観してしまい、DICOMの世界から離れてしまい、今は Osirixの単なるユーザーになっています
Osirixが高額でありしかもひどいことには、MacBook Proの USB-C端子4つの内2つが自然故障して、修理に出したところ、logic board交換となり、それと共に Osirixのライセンス切れてしまい、またまた 100K円の支払い発生するという理不尽を経験して、Horosともめぐり逢いました
そしてその Horosより派生させ、さらに改良を加えられている Horlixをご紹介頂き感激しています
でも正直、自分でも Webのプログラムを Githubに蓄えたりしていますが、 air様の Horlixに関して、どのように実行ファイルを作成すれば良いのかその手順すら理解できない自分です
開発などでお忙しいでしょうが、どうぞ今後共お時間のある時で結構ですので、ご指導宜しくお願いします

齋藤 滋

今週の valves

今週は合計 5例のTAVIと 1例の MitraClipに直接携わりました TAVIに関しては完全に予測が可能となり、それは合併症が起こったとしてもそうですし、また合併症を避けるためにどのようにすれば良いのか、それについてもほぼ予見して対処することができるようになっています

これはもちろんここ数年のTAVIに関する医学の大いなる進歩のお陰ですし、その大きな流れの中に自分の身を置けてきた幸せに浸っています これからもどんどんTAVIは進化していくことでしょう

一方 Mitraに関しては自分の能力がまだまだと思えますし、また医術のレベルとしてもまだまだ改善の余地があることを感じています 期待する結果が得られているのは患者さんに対して責任を果たす、という意味でも重要ですが、とは言ってもやりながらももっともっと進化の余地がある、ということを感じます

MitraClipの最初の技術的難関である心房中隔穿刺 (Brockenbrough法)に関しては、僕は世界で一番上手と自負していますし、その技術的パックグラウンドに立ちながらもなおかつ学ぼうという姿勢を維持しながら最善を尽くしていますので、結果的に大きな問題ではありません

しかし、クリップをつまむ段階ではまだまだ予測が困難です 結果的に何回も何回もトライを繰り返すことになります そもそもこれが learning curveにより改善曲線に乗るのか否か、それすらまだ感覚的に分からないのです ある時は「うんうまくいった もう完璧」と心の中で思えても、次の時には「あーーーー だめだだめだ」と思えるのです 何時この自己矛盾の混沌とした闇の世界から抜け出せるのでしょうか?

いやあ今日は素晴らしかった

本日はTAVI二例、これには僕は直接タッチせず、その後の MitraClipに神経を集中しました その甲斐あり、本日もまた素晴らしい Clippingで終了しました あれほどひどい僧帽弁閉鎖不全がほとんどゼロとなったのです

とても左心房が小さく、まず Brockenbroughから困難でした しかし、これまでの何百例に及ぶ Brockenbrough法の経験を全て注いで安全に有効に行いました その後の Clippingも Heart Teamの総力で素晴らしいできとなったのです

今回は三時間かかりましたがその素晴らしいできに疲れも吹っ飛びます 今後もどんどん習熟し、もっと早く的確に治療が終了できるように進歩していきたいと思います