Fundacion CardioInfantil

訳せばそもそも小児心臓病センターとでも言うのでしょうか この病院を初めて訪問したのは 2012年の4月に遡りますが、これまで 5回あり、今回 6回目の訪問です この病院はもちろん小児心臓病も扱いますが、主体は成人の心臓病 特に虚血性心疾患であり、最近は structural heart diseaseも多くなっているそうです

これまでTAVIは SAPIEN-XTを中心として 114例に対して行われたそうであり、先週には初めての SAPIEN-3を用いたとのことです Medtronic : Edwards = 1 : 2ということでした

今回は、この奇麗な病院の講堂において、二日間かけて学会が開催されましたが、一日目は冠動脈インターベンション、二日目は SHDのものだったのです 僕はその両方で講演を依頼され、それを行ってきました

学会が開催された講堂

そしてこの日の夕方 カテ室で治療に入りましたが、これは中継されませんでした 患者さんは何と 18歳の女の子で、体つきは通常の18歳より小さく、もともと大動脈炎症候群により左冠動脈主幹部入口部が閉塞している患者さんであり、10歳の時に LITA-LADの冠動脈バイパス手術が行われましたが、2016年はじめ頃に胸痛再発し、検査の結果、両側鎖骨下動脈閉塞し、左内胸動脈も完全閉塞し、左冠動脈には右冠動脈より細い中隔枝より潅流されていました

これに対して、経大腿動脈的冠動脈インターベンションで、6Fr GC (とても7Frなど使える太さではない)により右冠動脈より逆行性に攻めました 途中STがばんばんに低下すると共に、血圧低下、激しい胸痛を伴いましたが、頑張って続けました そして、ついに逆行性に左冠動脈主幹部入口部まで行ったのですが、Conquest-Pro 9/12/8-20全てありません 入口部の 2mmぐらいをどうしても穿通できず、give upしました

致命的な合併症を起こすことをもっとも恐れましたが、それはありませんでした とても残念であり、また期待された患者さんやご家族に申し訳ありません

とことん疲れ切り、また激しい時差ボケでその夜は消沈しました

CDMX

CDMXという言葉をご存知でしょうか? 多分日本ではあまり知れ渡っていない言葉だと思います それは Ciudad de MexIico つまりメキシコの首都いう意味の言葉です この言葉が使われるようになったのは実は昨年辺りからなのです 今では街中を走るバス、タクシーあるいはパトカーなどに必ずCDMXという文字がついているのです 要するにこれは首都メキシコ・シティーの最近の呼び名なのです

それはさておき、今回のメキシコ訪問は僕にとって10回以上のものでした あいかわらず忙しい日程で動き、とてもつらいものがあります 今回の目的は二つあり、一つは、日本国とメキシコ国とで行っている、JICAを通じたトレーニング・プログラムの発足、そして、ICN (Instituto Nacional de Cardiologia: 国立心臓病センター)が毎年開催している Curso de Intervnetionismo Cardiovascular (CIC: International Cardiovascular Coruse: 国際心臓結果学会)に慢性完全閉塞に対する術者および、演者として招聘されたのです。

まあこれは普通のことですが、実際にやる直前まで患者さんの情報は僕の手元に入りません そんことはこれまで幾多のライブで術者をやってきて経験済みなので、何も思いません 怖いのは、その施設、あるいはカテラボがライブということで舞い上がることなのです そんな場面はこれまで何回も経験してきました

やはりライブとなると舞い上がる人が多いのです 僕には全く理解できないのですが、現実はそうなのです その結果起こることは、ひたすら術者たる僕の足を皆で引っ張るということなのです

まあそんなこと言っても僕は予定の13:30よりも早く 13:00にはライブの手技を終了してしまいました 回旋枝からの心外膜側ルートを通したのです それにより逆行性アプローチを確保し、順行性には右心室枝でアンカーをかけながら行い、結局真腔を通過させて再開通に成功しました

実は僕が事前に絵に描いた通りの筋書き通りであり、こんなのでいいのか? とおもうような結果だったのです 最終的に薬剤溶出性ステントを二つ植え込んで万々歳の出来で終了しました

詳細は後日明らかにします

このところ国内移動が続きます

先週は福井に行かせて頂きました 今週は月曜日こそずっと鎌倉にいましたが、火曜日(6/02)には旭川へ、そして夜遅く札幌に移動し、札幌東徳洲会病院で午前中外来診療 そしてその後 6/03水曜日には川崎の新百合ヶ丘で講演させて頂きました

その日の夜も遅くなりもう毎日が疲労困憊の連続 それでも木曜日(6/04)午前には鎌倉で外来した後、夜に上野駅より「特急スーパーひたち」に乗り終着駅の「いわき」にまで移動し、その夜はいわきの旅館に宿泊し、翌日金曜日(6/05)には いわき市立磐城共立病院から、安達太良ライブデモンストレーションに向けてCTO症例に対するPCIをライブデモンストレーション中継させて頂きました

以前より磐城共立病院を一度訪問させて頂きたかっただけに感激でした 正直疲れが溜まっており、朝一番からの困難な症例を立ち続けて手技を続けることは辛かったのですが、助手の先生にも助けられ完璧に治療させて頂きました

そしてその後全通なった常磐自動車道で「いわき」から仙台空港に移動しました この区間は福島原発事故のために、未だに立ち入り禁止地区も多く、途中の多くの民家は立ち入り禁止となっているようでした 綺麗に整地されていた田畑もご主人の手入れができないために草木が繁っている状態でした

そして仙台空港から14:30発の千歳行きの ANA便で千歳に移動し、そこから自動車で小樽に移動、その夜は韓国の先生方もお招きして スレンダークラブ・ジャパン in 小樽 + 日韓友好TRIセミナーの前夜祭を鰊御殿小樽別館という非常に奇麗な施設で前夜祭を行わせて頂きました

そして早くも本日(6/06)になってしまいました 今朝は韓国の先生を新装なった小樽市立病院玄関前でお待ちし、皆で集合写真を撮影した後、院内ライブデモンストレーションでのライブデモンストレーションを行わせて頂きました

症例は左冠動脈前下行枝入口部からのCTOでしたが、逆行性アプローチにより成功裏に終了することができました これも助手を務めて頂いた先生の助けや、カテ室内の皆のお蔭です

本日はこれから再び旭川に移動し、明日は旭川で院内ライブデモンストレーション、そしてその後講演し、ようやく鎌倉に戻ります またまた日曜日は無くなります

無茶苦茶やりまくりました

さて、土曜日(5/16)午前に僕に割り当てられていた左冠動脈前下行枝のCTO症例をさっさと治療し、その後小倉駅界隈の昭和の薫り漂う喫茶店で時間を潰し、それから昼時のランチョン座長を一時間し、新幹線で福岡空港に移動し、そのまま羽田経由で鎌倉の自宅に戻ると既に 18:00を回っていました

そして、それから4時間も経たない 22:00には再び自宅を出て、そのまま羽田空港発の ANAフランクフルト便でフランクフルトに飛び、さらにベルギーのブルッセル行きの ルフトハンザ便でブルッセルの nH Hotelにチェックインしたのは 5/16(日曜日)の 9:00AM過ぎになっていました

このめまぐるしいスケジュールと実質的な距離の移動には流石の僕も辛かったものです

ホテルをチェックインした後は11:00AMまで部屋で休みをとり、そしてホテルから歩いていける有名な観光スポット La Grand Place(大広場)に行きました ここにはたくさんのレストランがあり、その中のムール貝などシーフードの店で昼食を摂りました

レストラン Leon
レストラン Leon

この Leonというシーフードレストランはパリにもたくさんありますが、このブルッセルの店が本店です ムール貝が美味しいのです

14:00になると時差ボケからとても眠くなり 18:00まで断続的に睡眠をとり疲れた体を休めました そして、夕食はブルッセルで一番と言われている和食のお店、山優「三辰」でお刺身や突き出し、そして最後には味噌ラーメンを食べました この味噌ラーメンは本当に美味しかったのです 流石に EU本部が存在するブルッセルです レベルがとても高いですね ちなみに、山優の「山」は屋号の記号の山です といっても分かって頂けないかも知れませんね 昔ながらの漢字というか、屋号を表す記号です

山優「三辰」
山優「三辰」
山優「三辰」の刺し身
山優「三辰」の刺し身
山優「三辰」の味噌ラーメン
山優「三辰」の味噌ラーメン

23:00頃まで日本酒やビール、ワインを飲みながら楽しく食事し、それから寝ました

しかし寝たとは言うものの、やはり激しい時差ボケから十分には睡眠取れず、そのまま 5/18(月曜日)の7:30AMにはホテルを出発し、ブルッセルから自動車飛ばして1時間足らずの人口 110万人の都市、シャルルロア(Charleroi)に行きました そして、この街の大学病院である C.H.U. de Charleroi (シャルルロア大学中央病院)カテ室を訪問しました この病院は 2014/10月に新装移転した病院であり、この地域の中心病院です 心カテ室は2つあり、両方共シーメンスの Artis-Gが設置されていました これ以外にも Hybridカテ室が一つ手術場内にあるそうです

院内のカンファランス室にはベルギー全土から9名の Interventional Cardiologistsが集まり、僕の手技を見守ると共に、講義などを受けました

用意された症例は 3例で何れも 50歳代の男性で右冠動脈のCTOだったのです 二週間ぐらい前に症例のデータが届けられましたが、やはり何時ものように全く事前に症例データを見ずに昨日当日朝カテ室で見させて頂きました

本当に僕はどんなライブデモンストレーションもほとんどぶっつけ本番が好きなのです 別に事前にじっくりシネを検討する先生方を軽蔑している訳ではありません 自分は事前に情報をたくさん仕入れることにより自分の心の中に余計な負担をかけることを良しとしないのです 何というか、「居合い抜き」のような感じでしょうか? 全てはその一瞬に決まる そして、それが真の実力である、そのように考えているのです

一例目は、中隔枝経由で Primary Retrograde Approachで両側橈骨動脈アプローチで入りました 参ったのは、両腕の固定がされておらず突然患者さんが腕を動かすので折角入れたガイディング・カテーテルが抜けたり、さらに、一側はアシスト造影剤自動注入器で行われており問題なかったのですが、対側のマニュアル側が問題あり、圧ラインに空気が入ったりそんなこんなの本質的でないトラブルに悩まされ、患者さんは落ち着かず、結局気管内挿管下で全身麻酔で行うことになりました

もっともそのようにした後は、スイスイ進みましたが、肝腎のCTO部分が非常に硬く、しかも右冠動脈の変曲点にあるため、なかなか Reverse CARTOがうまく行かず時間をとりましたが、最終的には完璧に開通させました この一例目に余分な時間がかかり、終わった時点で 12:30になっていました

二例目が開始できたのは 13:00となっていたのです この症例は右橈骨動脈+右大腿動脈アプローチ7Frで行いましたが、最初 XT-Aは歯が立たず、Gaia-Firstも駄目、次いで Gaia-Thirdに交換し、CTO近位部を穿通させ、ワイヤー先端をCTO部分の中に数ミリ突っ込み、それから XT-Aに再び変更し順行性に XT-Aを徐々に進めました その結果、よくありますが一見解離腔を通過しているように進み、実はCTO部分の線維性組織により完全にトラップされている中を進み、XT-Aで通過しました

しかし、それでもなかなかバルーンが通過せず 1.0mm Sapphire-IIで通過しました この症例は1時間かからず終了し、それから軽い昼食を皆で摂り、そして 15:00頃から最後の症例に入りました

PCI
PCI

この症例は一週間前に急遽用意された症例であり 58歳の方で、一週間前に左冠動脈前下行枝近位部の99%による不安定狭心症のため緊急でステント植え込みを受けた患者さんです その時に、何と右冠動脈入口部からのCTOが発見されました 実際診断カテーテルもできない入口部からのCTOでした このことからも分かるように非常に challengingな症例でした

中隔枝からの副血行は認められませんでしたが、幸い左回旋枝から心外膜側を経過する副血行を発見し、このルートから入りました そして順調に右冠動脈近位部に逆行性に近づき、Ultimate3で右冠動脈入口部CTOを通過しようとしましたが、全く入らずなので、Conquest-Pro12に置換し、無理やり突破しました

突破したと思われる Conquest-Pro12が本当に上行大動脈内に入ったかどうかの検証がなかなか出来ませんでしたが最終的に通過し、逆行性に 1.25mm-OTW balloonで入口部を無理やり拡張し、その後ワイヤーを色々交換し、さらにスネアでの確保を試みましたが、残念ながら用意されていたスネアは8Fr Guiding Catheterしか入らない太いものでした

何とか順行性にガイディング・カテーテルを右冠動脈入口部にengageしようとして3.0mm OTW-balloonで入口部拡張をしましたが、とにかく右冠動脈入口部の位置が anomalyなので全くガイディング・カテーテルを engageできませんでした 色々なカテを試み、その中には 3D形状カテも試みましたが、このガイディング・カテーテルは大動脈弓の部分で折れてしまい、その結果、ガイドワイヤーの抜き差しもできなくなり非常にまずい合併症の可能性が差し迫ってきました

これに対しても冷静に対処し、ぎりぎりまでシースに抜き、シースと共にガイディング・カテーテルをぎりぎりまで抜き、そこでガイディング・カテーテルをカットして、ワイヤーを無事再び挿入し、シースを挿入することに成功し、この悲劇的な合併症発生を未然に防ぎました そしてまた手技を続けたのです

最終的には逆行性に RG-3を対側動脈に持ち込み、シースから直接スネアを入れて、そこで RG-3をキャッチしてここでようやく externalizationに成功しました そして見事に 3.5 x 38mm DESを右冠動脈入口部から少し大動脈内に出す型で植え込み手技を終了しました

この時点で 18:00でしたが、やはり足腰相当疲れました

カテ室長の先生と
カテ室長の先生と
Adel先生と
Adel先生と

ようやくホテルに戻り、ベルギービールで喉を潤してから再び La Grand Place界隈に戻り、そこでまずは季節物のベルギー白アスパラガスを食べました 正直北海道産の方が美味しい、と思いました

白アスパラガス
白アスパラガス

そして再び ラーメンを食べたのです 今回も味噌ラーメンでしたが、魚介系出汁を使用し、これもまた旨いものでした 今度の店は SAMURAI RAMENでした

SAMURAI RAMEN
SAMURAI RAMEN
SAMURAI RAMEN味噌ラーメン
SAMURAI RAMEN味噌ラーメン

その後は、La Grand Place界隈を散策しながらホテルに戻りましたが心地よい疲れが襲ってきたのです とは言うもののやはり激しい時差ボケから本日(5/19火曜日)も 5:00AMには覚醒してしまいました

しかし、La Grand Placeを取り囲む歴史的建造物は夜間美しく Lighteningされていて一見の価値はあります

La Grand Place
La Grand Place
La Grand Place
La Grand Place

本日はこれからパリに TGVで移動し、いよいよ EuroPCRでの各種仕事が始まります PCIとは異なる緊張を強いられますが頑張りましょう

いやあどれもこれも難しい慢性完全閉塞でした

昨日は 8:00AMホテルを出発し、病院へ向かいました 病院は、エクアドル社会保険庁のグアヤキル病院であり、Dr. Teodoro Moldonado Carboという個人名が冠された病院です 建物は古く、一階の天井はとても高いのです カテ室はその一階にあり、一部屋のみでした マシンは古くなく、Siemensの ARTISでしたので、操作には慣れたマシンでした

院内にはネットワークが貼られていて、MIS (Medical Information System)で病院会計がやられているようでした MISは Windows 7の上に構築されていましたが、インターフェースは GUI (Graphical User Interface)ではなく、CUI (Character User Interface)でしたので、少し意外な感じでした

さて、今回の手技ですが、カテ室内にはテレビ・クルーが入り、手技の様子、そしてSiemensの画像および、音声が病院から数キロ離れたホテルの会議室に飛ばされ、そこにエクアドルで経皮的冠動脈インターベンションを行われている先生のほぼ全員、と言っても10数名ですが・・・、が集まられ、そこと相互音声中継で質問や、解説が行われながらの手技でした 実はそのような大規模なことが行われる、ということは知らずに出かけたので、えっえっえっ、という感じでしたが、まあその程度のことでは自分の強い心はびくともしませんでした すぐに状況を理解し、自らを適応させました

そうだ、忘れない内に、昨日夜は、8:00PM頃からその会場となっている Wyndham Hotelのホテル会議室に出かけ、そこで集まった全員と会い、そして昨日の症例の症例検討会を行った後、9:30PM頃からその隣でディナーとなったのです ディナーはエクアドル料理のコースでした 最初に白身魚のスーブ これは良かったのです、そして次にメイン・ディッシュでしたが、この皿には、炒めた米、野菜、そして肉のフライがありました 席には偉い先生方も座っておられ、失礼があってはいけませんので、「うっ、これは」と思いながらも、我慢してその肉をナイフで小さく切り、数切れ食べました 案の定これは僕が何年もどうしても食べることのできない鶏肉だったのです でも我ながら偉かったな、何とか数切れ、失礼の無いように食べました そして大多数を残してその更を終了したのです

最後が、アイスクリームとチョコレートのデザートでしたが、美味しかったです 窓の外には、水量豊かな大きな川が暗闇の中を流れていました 川の大きさは、揚子江の河口ほどではありませんが、大井川ぐらいはありました 暗くてその全貌を見ることができなかったのは残念です そして、この川がエクアドルで一番大切な川であり、Guayaquilの語源となっているらしいのです ちなみに、インカの言葉で Guaya = 河、Quil = 傍ら という意味とのことです そんなディナーを終え、自分の宿泊している空港近くの Hilton Hotelに戻って、別の夕食を軽くしてから寝たのです しかし、強い時差ボケは相変わらずであり、0:30AM頃床につきましたが、4:00AMにはしっかり目が醒めたのです

さて、それにしてもその検討会の前に終了したエクアドルの歴史上第一例目となった逆行性(両側性)アプローチで成功した慢性完全閉塞症例でしたが、カテ室では、三連活栓のラインのつなぎ方が今まで見たことがない順番であり、あっけにとられました どのようになっているかと言うと、先端にはもちろんカテーテル、その次に生食ライン、次に造影剤ライン、そしてその次に注射器、そして最後に圧ラインなのです、これって世界の他で見たことがないつながり方であり、僕が準備してつなげたのをすっかり直されてしまいました

それにしても昨日の3例の慢性完全閉塞もとっても難しかったのですが、今のところ成功率 100%です 後から忘れない内にその症例について記載しておきたいのですが、疲れましたので次回、ということで・・・・

ARIAでのライブ

昨日は朝から外来を行った後、18:00の Skymark Airlineで福岡に飛びました Skymarkは初めて搭乗したのですが、乗った便は Airbusの新しい機体であり、一般席が横7列と、JALやANAの横8列と比較して席にゆとりがあり、しかも驚くべきことに、飛行中は、無料で Wi-Fi経由でインターネットに接続できるのです

座席は満席でした とても良い便だと思いました

そして、新しく昨日立ち上がった九州を中心としたライブデモンストレーションである ARIAの懇親会に参加しました 乾杯の音頭をとるのが僕の役目でした

この後、10名ぐらいで会食し、23:00頃に会食場所を発ち、九州自動車道を飛ばして久留米に向かったのです、そして久留米の歴史あるホテルである翠香園にたどり着いたのは真夜中となっていました

今朝は久留米の新古賀病院から講演とライブデモンストレーションの役割が割り当てられていました

8:00AM前に病院カテ室に行き、症例を観察しました 症例は 50歳台の比較的若手の男性であり、今回初発の心不全のため新古賀病院に入院され、諸検査の結果、左冠動脈前下行枝が起始部から慢性完全閉塞となっており、心尖部には高速となっている、ということでした CT冠動脈造影では順行性には石灰化も多く、困難が予想されました シネを良く見ると、High Lateral Branch -> epicardial collateral -> diagonal -> diagonlaから左冠動脈前下行枝の慢性完全閉塞部位、というルートがあり、また右冠動脈より中隔枝経由のルートもありました

8:30AM – 9:00AMカテ室から回線をつないで、TAVIについてのプレゼンを行ったのです

そして、プログラム上 9:00AMより新古賀病院カテ室から問題の左冠動脈前下行枝入口部からの長い石灰化慢性完全閉塞の治療の入りました 実際にはプログラムは遅れ、放映開始は 9:10AM頃であったように思います 両側7Fr TFIにより、EBU4.0 + AL1.0で入りました 最初からHigh lateral branchからの副血行を狙い、Corsair + Sionで入りました 比較的用意にSionは対角枝に抜けましたが、Corsairが例によって通過できないので、Kusabiを用いてFinecrossに置換すると簡単に抜けました しかし、その先近位にはSionはうんとも進みませんでしたので、そこに置いたまま同じガイディング・カテーテルを用いて Caravar + XTA -> Gaia-1st -> Gaia-2nd -> Gaia-3rdと step upしていったのですが、左冠動脈前下行枝入口部閉塞は硬く全くワイヤーは進みませんでしたので、Conquest-Pro9にしたところ、徐々に進みました 慎重に進め、Spider View -> Straight Cranial Viewとして勧めたところ、CT冠動脈造影でもはっきりしている左冠動脈前下行枝近位部の高度石灰化陰影からは1mm – 2mm離れて進むのです 会場からは、subintimaを進んでいると指摘されましたが、そんなこと言ったって、ガイドワイヤーがそこにしか行かないものは仕方ありませんので、そんなことには耳を傾けませんでした そして、Caravarをすの部位まで進めてからXTAに置換し、こで一旦このルートは韭子しました

ここで埒あかなくなったため、今度は右冠動脈より中隔枝を狙うことにしました そして、中隔枝を数本狙ったのですが、どれもダメでした

結局今度は逆行性対角枝のワイヤーをUltimateに変えたところ、少し近位に進んだのですが、そこでうんともすんとも進まなくなったので、Conquest-Pro9に交換したところ、今度は Con-Pは石灰化ブロックにはねられ、すぐに先端が解離腔に入るようで Ultimateが到達したところまでも進みませんでしたので、このルートも諦めざるを得ませんでした そして、最後の手段として順行性ワイヤーとして留置してあったXTAをUltimateに置換し、慎重に勧めたところ、石灰化ブロックに当たったり、避けたりする感覚がワイヤー先端から伝わってきましたので、ワイヤーを回転させて進めたところ、何とそのまま真腔に抜けました カテ室では歓声が上がったのですが、僕はそれでも慎重でしたし、「そんな甘くはないよなあ」と思っていました

しかし、Ultimateは distal diagonalに抜け、そしてワイヤーを進め直すと明らかに左冠動脈前下行枝の真腔を進んだので、流石の僕もこれは間違いない、と思いましたので、1.5mm balloonで拡張後、IVUSをすると、何と最初から最後まで真腔どまんなかを通過していたのです

後は、薬剤溶出性ステントを植え込んで奇麗なできとなりました 勝因は相手に合わせて巧みに押したり引いたり、戦略を可変で行ったことだと思います 川崎先生や、山本先生とも成功の喜びをわかちあいました

成功を喜んで
成功を喜んで

本日の伊勢志摩ライブデモンストレーション

昨夜三重県松坂市に入りました 駅前のホテルで一泊し、8:00AMホテルを出発し、西川先生が独立されて10数年前に開業された三重ハートセンターで毎年行われている伊勢志摩ライブデモンストレーションに参加しました

西川先生のご厚意により、毎年ライブデモンストレーションの術者をしてきました 今年もそうでしたが、とても難しい症例でした とても若い働き盛りの患者さんでしたが、心筋梗塞を起こされ、三重ハートセンターに運び込まれ左冠動脈回旋枝の治療を受けました、しかしその時に右冠動脈の慢性完全閉塞が発見されました

体の割にはとても小さな冠動脈であり、それだけで治療困難と思われましたが、その上に閉塞近位部断端位置が不明、逆行性アプローチを行うに十分な副血行路が存在していないようだ、そして体重がとても大きい、という不利な点がありました

このため、手技は経橈骨動脈冠動脈インターベンションがメインとなりましたが、9:00AM前に開始したのですが、右橈骨動脈は何とか入れて頂いたのですが、左橈骨動脈はとても細くてどうしても入りません それで右大腿動脈穿刺になったのですが、これもとても深くて穿刺できるまでには時間がかかりました ようやく右橈骨動脈6Fr、右大腿動脈7Frがとれたのですが、今度は上行大動脈がとても短く、7Fr SAL0.75SH、6Fr EBU3.5がお互いに絡み合い、両側冠動脈に同時にカテーテルを入れることができませんでした 考えあぐねた末に、右冠動脈に対しては、conus branchに対して 2mm balloonによりアンカーをかけ、ようやく同時造影ができました 右冠動脈はとても細く、閉塞長は数ミリと推定できるのですが、何しろ枝を出した部分のどこから閉塞が開始するか判らない状態でした

勘に過ぎないのですが、順行性にはうまくいかない気がしたのです、それで最初から対角枝経由の逆行性に挑みました この枝のみが可能性があると睨んでいたのです Corsairを選択的に挿入し、先端造影すると案の定 #4PDにつながっていましたが、途中に V-turnする箇所がありました Sion-Blueで進め、Fielder-FCに交換すると、このV-turnもワイヤーは通過していきましたが、Corsairを進めるのは難儀でしたそして、Fielder-FCもそれ以上進まないのです そこで、何とかCorsairをそのV-turnを越えた位置まで導き、そこで先端造影したのですが、何も映りません でも思い切って、これも勘に基づくのですが、 M3-Ultimateに交換したところ、このワイヤーは右冠動脈近位部にスイスイ進んでいったのです きっと、右冠動脈末梢のスパスムのために、先端造影でも映らなかったのでしょう

それからは型の如く Externalizationを行い、薬剤溶出性ステントを二個入れて再開通に成功したのですが、そのV-turnの部分で仮性動脈瘤を形成したため、左冠動脈側と右冠動脈側の両者からコイルで塞栓術も行いました

最終的には問題無く成功裏に終了しました 正直開始する前には、「これは無理でしょう」と思っていたのですが、自分でも何と言うか、神がかり的な冠動脈インターベンションだったと思います

本日のライブ

極寒のサンパウロ 毎日凍えそうに過ごしています 何しろ 50年来で初めての寒さ、ということですので、街全体が寒さに対して何の対策も無いのです ホテルの部屋も寒く、暖房がありません レストランに行っても寒く暖房がありません 唯一暖をとれるのが、防弾車の中です 防弾ガラスと防弾ドアで保護された HONDAアコードの中は思い切り暖房をかけて暖かいのです
そんな寒さの中 今朝は 2:00AMに時差ボケで覚醒 フラフラになりながらもその後まったく睡眠できず 仕方ないので 朝までだらだら時間を過ごしていました
6:00AMにホテルを出発し 今回のライブを飛ばす BENEFICENCIA PORTUGUESA DE SAO PAULO (ポルトガル慈善サンパウロ病院)という多分 済生会病院のような感じの病院に行きました この病院にはかつてあの Dr. ARIEが1997年までおられ、ブラジルの心カテを立ち上げられ、その後PCIも始められ数多くのブラジルの医師を教えられた有名な病院です
サンパウロには、もう一つ有名な病院があり それが言わずと知れた DANTE PAZANNEESSE (ダンチ・パツァネーゼ病院)です ここはサンパウロ市立病院ですが、数多くの薬剤溶出性ステントの First-in-Man試験で有名な病院ですね あの CYPHERが初めて植え込まれたのもこの病院であり、そこを率いているのが SAUSA先生と Abizaid先生です 今回は何時も訪れているこのダンチは行きませんでした
ポルトガル慈善病院はサンパウロ最大の超巨大病院であり、昨年改築をしてすっかり綺麗になっていました 実は昨年もここからライブを飛ばしたのです カテ室は何室でしょうか? 多分7部屋ぐらいありそうです 全て Philipsのフラットパネルでした 症例数もサンパウロ断トツの症例数だそうです
6:30AMに病院に到着し、症例のシネを見せて頂きました 症例は 74歳男性であり 左冠動脈前下行枝近位部の慢性完全閉塞、既に左冠動脈回旋枝と右冠動脈にはステントが一年前に入っており、今年の三月にこの慢性完全閉塞に対してトライされましたが不成功でした 中隔枝からの副血行は無く、右室枝から非常に蛇行した心外膜枝を通じて左冠動脈前下行枝心尖部につながり、また#4PD末梢から蛇行した心外膜枝を通じて対角枝に副血行が行っていました
8:30AMからのライブ放映開始に備えて 8:00AMから開始しました 両側大腿動脈より 7Fr sheathsを挿入し、開始しました 到底順行性は不可能に見えましたので、最初から逆行性に開始 ものすごく大変でしたが Corsai + Sion-Blue -> Fielder-FC -> XTRを用いて蛇行屈曲した対角枝への副血行をクロスしました そして、Miracle 3により左冠動脈前下行枝近位部にクロスし、うまいこと順行性ガイドカテの中に入れることができました
ここからが大変でした 順行性ガイドカテの中でアンカーをかけても Corsairが全く通過しません Finecrossに交換してもダメです このため順行性にこのガイドワイヤーを目印に何とかガイドワイヤーをクロスし、ようやく 1.25mm balloonで拡張しましたしかし左冠動脈前下行枝が良く映ってこないのです 仕方なく対角枝向きに 2.5mm balloonで拡張し、ようやく左冠動脈前下行枝が順行性に出てきました しかし、対角枝分岐直後に再び慢性完全閉塞に近い病変があったのです そこも苦労してクロスしたのですが、今度はバルーンが通過できません ようやく5Fr 子カテを用いてクロスに成功し、DES 2.75mm, 2.5mmを植え込んで成功裏に終了しました
合計時間2.5時間の奮闘でした 本当に病変が固く、本当は IVUSとか Rotablator使いたかったのですが、それらは隣の部屋にあり、次のライブのために動かせなかったのです 辛かったです

本日のPCI

本日は 8:30AMにホテルを出発し、20分ぐらいで Fundacion CardioInfantilという直訳すれば、小児循環器センターになるのですが、このボゴタで有名な心臓病センターに行きました

ここには去年 2012年4月にも訪れているので、既に記憶から無くなったその時のことをブログで確認しようと思ったのですが、例のサーバー・トラブルのお蔭で全て消えて無くなっているのでした

コロンビアのPCIを行っている主だった先生方 15名ぐらいが集まり、会議室でライブデモンストレーションを見たり、討議したり、講義をしたり、そのようなプログラムであり、i2 Summit 2013という名前もついていました

本日は二例のPCIをしたのです 一例目は右冠動脈遠位部の慢性完全閉塞ですが、末梢があまり写ってこず、またコラテも良くなく、あまり良い症例ではありませんでした なんでも慢性完全閉塞が集まらなかった、ということです 両側から入ったのですが、何しろ解剖を全く自分でも把握できませんので、途中で中止しました

次の午後の症例は、冠動脈バイパス手術後なのですが、グラフトは全て詰まっており、他の病院でLMTから回旋枝に薬剤溶出性ステントが植え込まれているのですが、前下行枝と鈍角枝に病変が残り、労作性狭心症が残存している女性の患者さんでした この方に対しては、6Fr TRIで行い、結局4本の薬剤溶出性ステントを用いて治療しました

今カンファランス・ルームに戻ってきたところです ここではインターネットに接続できます 昨夜は比較的良く寝たのですが、やはりこの時刻 (日本時間 2:00AM)になるととても眠くなります

北京訪問

10月12日 金曜日 9:20AM羽田発のANA便で北京に入りました。用件としては二つあり、一つは Great Wall International Congress of Cardiology (GWICC)より招聘されたこと、もう一つは DRAGON Trialの Kick-off meetingを主催したことです。

GWICCは中国で最古の心臓病学に関する学会であり、参加人数10,000名以上、ACCやAHAも注目し、毎年代表団を送ってきています。もちろんESCもです。学会といっても Hu DaYi先生が一人でこの25年間ぐらい最初から今まで主催されています。僕も第二回の学会より招かれ、基本的に毎年参加していましたが、ここ数年は欠席が多かったのです。今年は今の政治情勢を反映し、日本からの参加者は私一人のみ、という状況でした。少なくとも参加者リストに日本人の名前は無く、もちろんFaculty欄にも僕以外日本人の名前は無い状態でした。この学会は心臓病全体を対象としていますが、もちろんInterventional Cardiologyも含み、ここ10年ぐらいは必ずPCIのライブデモンストレーションがあり、僕も学会に参加する時は術者としてライブデモンストレーションを行ってきました。しかし、今年はそれもありませんでした。

飛行機は遅れ、13:00過ぎに北京に到着しました。ANA便はガラガラで、搭乗客よりもCAの方が多いのでは? と思える程でした。北京空港も信じられないぐらいガラガラだったのです。もちろん中国は国慶節という一大旅行期間が終わったところなので、その影響が大きいのでしょう。入国審査は一番にカウンターに並びましたが、心なしか何時もの倍の時間がかかりました。

4:00PM過ぎからのTRIのセッションで講演がありました。僕以外は中国の先生のみだったのです。「どんな感じで迎えられるのかな?」と少し不安でもありましたが、昔からの友人の先生方が、むこうから手を差し伸べ、「こんな時期に良く来て下さった、どうぞどうぞ」と迎えてくれました。演壇に並んで座り、客席を見ると、階段状の講堂はたくさんの中国の先生方でびっしりでした。TRIは中国でもっともホットな話題でもあり、参加者が多かったのです。講演は基本的に中国語で行われ、僕は英語で行いましたが、僕が演壇に立ち講演を開始すると、9割の方々が出て行ってしまわれました。

これは、講演が英語なのでわからないから? あるいは 何らかの意思表示? どちらが本当か分かりません。でも、そんな中で、友人の先生が僕を紹介する時に、「色々な問題が今日中間にあるが、齋藤先生はこれまで中国の冠動脈インターベンションの発展、そしてTRIの普及にものすごく尽くして来て下さった、ここで感謝を述べたい」と、中国語で紹介されたのです。

僕の講演のセッションが終わったところ、思いがけない友人が待っていました。それはフランスの Martial Hamon先生でした。彼はものすごく優秀な先生なのですが、病院内の政治的対立からここ3年間ぐらいフランスでの活動ができなくなっているのです。何年もお会いできていませんでした。ものすごく嬉しかったです。

翌日は 11:00 AMより DRAGON Trial kick-off meetingを開催しました。北京にある CCRF (China Cardiovascular Research Foundation)が CRO (Contract Research Organization)/SMO (Site Management Organization)として動き、この試験実施に協力して下さっています。ものすごくしっかりした組織なので正直驚きました。もちろん 試験の実施プロトコルは英語で私自身が作成し、統計学的検討は僕自身がRを用いて行い、さらに Fuwai Hospitalの Li Wei先生が検証され、現在の型となりました。英語から中国語の翻訳や、詳細の詰め、施設の選定は CCRFと北京大学のHuo Yong先生、それとFuwai Hospitalの Xu Bo先生が中心となって行われました。中国の先生方も全力となってこの試験に立ち向かっておられます。恐らく11月3日に 1st Patient Inが行われます。僕のTRI人生、そして中国でのPCIおよび経橈骨動脈冠動脈インターベンションそして慢性完全閉塞指導のこれまでの21年間に渡る人生の総括として行います。