久方ぶりのPCI

昨日は午前中鎌倉で外来診療 結構色々な問題を抱えた患者さんが新患として多く受診されましたので、時間がかかりました 急いで自宅まで自転車で一旦戻り、そこから羽田空港に

そして 16:00羽田発の千歳行きに搭乗し、札幌東徳洲会病院に到着したのは 18:30 そこから打ち合わせし、それから予定的なPCIを一例行いました うーんひょっとして 9/12にヘルシンキ大学附属病院で慢性完全閉塞二例を治療して以来ではないでしょうか

患者さんは重症大動脈弁狭窄症の患者さんで実は来週TAVIを予定していますが、その術前検査で何と左冠動脈前下行枝近位部、左冠動脈回旋枝中程でどん詰まりの慢性完全閉塞だったのです 奇跡的にも右冠動脈から微かな蛇行の激しい心外膜経由の副血行があり、そこから左冠動脈前下行枝や左冠動脈回旋枝が血液供給されているのです これってすごい重症ですよね

昨日は 18:45頃いや 19:00でしょうか その頃より開始しました 流石に両側経大腿動脈的インターベンション 7Frで入りましたよ 最初狙った右冠動脈から左冠動脈回旋枝の逆行性アプローチは途中でコイル状に蛇行した部分で不通過、次にもう一本の副血行路を狙い、ここから逆行性アプローチに成功し、左冠動脈回旋枝に一個 2.75mm薬剤溶出性ステント植え込みました そしてそのまま右冠動脈からのかすかな中隔枝経由の左冠動脈前下行枝への逆行性を狙ったのですが、蛇行が強く全く不可能でしたため最後に順行性をトライしました UB3 -> Gaia Next 3とパッパッとワイヤーを切り替え、何と順行性に長い慢性完全閉塞を通過したのです そしてこちらには 38mm 薬剤溶出性ステントを植え込んで結局冠動脈は悪い部分が無くなってしまいました

しかも 20:30よりも前に終了し、造影剤も 150mlぐらいしか使用しませんでした いやあ 久しぶりに慢性完全閉塞の治療すると少し high tensionになりますねえ やっぱり僕はインタベ医者ですね

昨夜から上海

昨夜上海に入りました このところ海外や国内出張が続き、体内時計は無茶苦茶、ろくにメールもチェックしていません まあそれで外界から遮断されて良い、という面も多々あるのですが・・・

本日は日本は休日ですが、もちろんこの国ではそうではありません 朝から僕が 1992年頃より訪問してきた中国のある有名大学付属病院に行きます

この病院にはかつて未だ日本国内には Palmaz-Schatz Stentが解禁となっていない頃、方向性冠動脈血栓プラーク切除術 (Directional Coronary Atherectomy: DCA)を持ち込んで DCAを二例に対して行った記憶があります 当時この病院のカテ室は一室のみで、しかもそこに設置されていたマシンは Siemensの20年は経っているのでは? と思えるような古いマシンでした とにかく画像が悪いので少しでも見えるようにしようと思い、シネパルスを出そうとすると、周りで僕の手技を見学していたたくさんのお医者さんから、「駄目だ、そのペダル踏んではいけない!」と止められたのを思い出しました

なんでもシネパルスを出そうと、その発射ペダルを踏むと当然のことながらマシンに多くの電流が流れ、それと共に、マシンが一時的に死ぬそうです

結局二例の手技を透視のみで完了しました いやあ 良い思い出です もちろんこれ以外にも何例か治療しました 全てバルーンのみでの治療ということになります

当時の教授は Shen先生と言われたと思います フランス帰りの先生でした さっき写真探したのですが、見つけられませんでした こんな昔は未だデジカメも無かったのではないでしょうかね

当時の中国は世界の中から国交断絶し、唯一フランスのみが国交を結んでいたと思います ですから中国で現在リーダーシップを取っておられる先生方の中にはフランス留学組も多い筈ですよ

さあこれから出動

実は 9月08日土曜日 1:55AM羽田発の JAL便で London Heathlaw空港に飛びました この飛行機は同じ土曜日の 6:30AM頃 ロンドンに到着、それから Hotel Aloftに early check-inしました

そして、 13:30 – 18:00 皆が集まり、PCR TokyoValves 2019の本格的なプログラム策定作業に入ったのです

この後、EuroPCR London Valvesの会合とかこなし、夕食を食べれたのは 20:00過ぎからでした

そして、昨日日曜日には PCR LondonValves 2018が午後からいよいよ始まり、僕は夕方またその準備の Preparatory meetingに参加、そして本日月曜日10日は 8:15AM集合 8:30AMより Opening Ceremonyのため壇上に、

そして、 8:45AM – 9:45AM スイスの Bernからの非常に重症な僧帽弁閉鎖不全に対する経皮的僧帽弁接合不全修復システム (MitraClip)のライブでのコメンテーターとして壇上に、

そして午後は今度はアルゼンチン、日本、中国その他の国々からの主として症例報告発表での Fascilitatorの役割があります

明日、11日火曜日には Londonから Finland Helsinkiに飛びます して、水曜日には Helsinki大学附属病院で CTOに Workshopがあり、二例の慢性完全閉塞症例治療をするのです

うーん時間がどんどん過ぎていく

相変わらずひどい時差ボケ

日本時間 8月08日水曜日夕方の成田発NY行きの ANA便で出国しました そして、NY JFK空港から、タクシーで マンハッタン島を迂回して対岸のNew Jersey州の New Ark空港に移動しました これはあくまでもアメリカ国内移動なのです そして、New ArkよりUA便で (あくまでもアメリカ国内移動です)、Puerto Rico (プエルトリコ)の州都 San Juan (サンファン)空港に到着 これらは飛行時間3時間以上かかりました 何しろキューバを飛び越えて行くのですから

San Juanのシェラトンホテルにチェックインしたのは既に 8月09日の午前 1:00AMを回ってからでした この日は3:00AMに覚醒し、それから新しい MacBook Proにいろいろなソフトをインストールしていました まだまだ足りない部分があり、肝心の Google日本語の辞書をファイルして持ってきていませんでしたので、随分と不便です

11:00AMにホテルを出て、ホテルから 15分ぐらいの場所にある、Puerto Rico大学附属病院 これは広大な敷地に色々なセクションで分割した大きな建物からなる病院がいくつも立ち並んでいるものでした その一角に、心臓病センターがありました

心臓病センター
心臓病センターを意味するのだ
道路を挟んだ向かいにある大学病院の一角

さて、心臓病センター3階にはカテ室が 6部屋並 んでいました マシンは最新式の Philipsです これに加えて手術室に向かって Hybrid室があり、そこではTAVIもやられているそうです

何しろ機材準備室にはレーザーマシンが2台ある他、FFR、OCT、IVUSはもとより、ロータブレーターも準備され、DESに関しては主要メーカーのものは揃っていました もちろんアメリカの一部なので FDA認可されているもののみでしたが・・・・

さて、たくさんの慢性完全閉塞患者さんが用意されていました とても全ては自分一人では治療できない数です すべて過去にトライされ不成功に終わっている症例です

昨日 11:30頃から治療にかかったのは、まず右冠動脈の慢性完全閉塞でした 既に左冠動脈前下行枝には薬剤溶出性ステントが植え込まれていました 当初右大腿動脈より 7Fr ガイディングカテーテルを挿入して中隔枝経由でのレトロを狙いましたが、最終的には非常に細いネットワーク状の連結でありこれを超えることはできませんでした そこで、右橈骨動脈より挿入した 6Frガイディングカテーテルにより、順行性アプローチに切り替えましたが、ガイディングカテーテルによるバックアップが悪いため、Extension GCを用いて行いました 最終的には UB3により通過し、これを直しました

次の患者さんは左冠動脈前下行枝と対角枝の分岐部病変であり、これに対しては薬剤溶出性ステント二個を用いた Culotte stentingが行われました 行われました、という表現しているのは僕はこのテクニック嫌いであり、この症例の治療は現地の先生が行われ、僕は助手に回りましたので・・・ そもそもこれらの手技はアメリカ国内で行われており、そこでは医師の資格に対する審査が非常に厳しい筈です もちろん僕が今回の訪問で手技をすることは問題ありません

そして昨日最後の症例が冠動脈バイパス手術後の症例でした これも経大腿動脈的インターベンション + 経橈骨動脈的インターベンションで行ったのですが、非常に不穏状態がひどく現地の先生が途中で大量の鎮静剤投与された結果、呼吸が停止し、アンビューバッグによる呼吸補助が必要となりました 決して状態は良くなかったのです これに対しては最初から左冠動脈前下行枝からの中隔枝経由のレトロで入りましたが、右冠動脈の閉塞部は非常に屈曲した部位であり、丁度ヘアピンカーブ状の屈曲が二回連続している部位であり、その部分で慢性完全閉塞となっており、この通過はとまどりましたが、順行性と逆行性にワイヤーを進め、薬剤溶出性ステントを右冠動脈に合計4個植え込み成功したのです

この時点で 17:30になっており、そのままシーフードレストランに入りました ここはカリブ海の真っ只中 人口300万人の島 プエルトリコ (スペイン語で綺麗な港 という意味)です 魚介類は豊かなのですが、何しろ魚介類をおいしく調理する習慣が未だありません こんなに大きな鯛の仲間もいるのです

大きな鯛

見かけは鯛のようですが、体が流線型ですよね 白身の魚でしたが味はおいしいものでした できれば釣り上げた直後に〆て、わたとエラをとって氷の中に保存したまま市場に回して欲しいなあ そうすれば僕がさばいて、それから酢と塩で〆てからおいしい寿司を握るのですが・・・・

という訳で本日もひどい時差ポケ 睡眠時間2時間です

TCT2017 in Denverでの衝撃

今年の Denverではとても忙しかったのですが、その中で衝撃を受けたことがいくつかあります

これまで日本の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)は欧米のPCIに比して、イメージングを多用し、一人の患者さんの治療にとことん時間をかけ、難しい慢性完全閉塞や左冠動脈主幹部の複雑分岐病変などにも高い成功率を誇ってきたと誰しも思っていましたし、それをある意味誇っていました

この傾向は僕のようにもうPCIを1981年から36年間も行ってきた化石のようなインタベ人間から見れば、若手の自信満々の先生方に特に顕著です。彼らは、諸外国にPCIをちょっとやらせてもらいに訪問した時も、僕から見れば、何でそんなに自信が持てるの? なのですが、自信満々にある意味その国の手技を見下すような雰囲気で訪問しているのです。

それはさておき 僕は今回トヨタや日産、あるいはホンダといった日本を代表する自動車メーカーが現在受けているであろう衝撃と圧力、それをこの TCTで感じたのです

これまで日本製の自動車は日本の物造りの代表であり、丁寧な造りと、高い信頼性、効率的な製造などは日本が世界に誇るものであり、世界中の人々が日本製品を高く評価してきたのです しかし、今世界に情勢は急速に変化しており、この日本が引っ張ってきた製造業での価値観が革命的に変わりつつあるのです

自動車の社会です、電気自動車 (EV)への急速な転化と、それによりもたらされて来た製造業の製造手段や手続きの急速な変化です これまでのガソリン自動車の製造とまったく異なる自動車が世界を占める可能性が高いのです また、AI 特に機械学習という新たな人工知能の進化により、完全自動運転がすぐに可能とり、その世界はもう目の前、おそらく東京オリンピックまでにはそのような世界に急速に転化するでしょう

そのような中で日本の自動車メーカーも自ら変化していかなければ、次の10年を生きていけません またそうなれば日本の労働人口は再び過剰となって、社会は不安定化するでしょう

このような衝撃と圧力を今回の TCTで感じたのです もちろんこれまで自分が得意としてきた分野では未だ僕は健在です 僕が受けた衝撃は、火曜日8:00AM – 10:00AMでの Coronary Theater 1でのライブ・モデレーターでの経験でした この時のライブ副題は FFR/CTO/CHIPというものでしたが、8:00AM – 9:00AMにはスペインから一例左前下行枝に対するPCIが中継されました まあ治療としてはあっという間に終了しそうなものでしたが、如何にも狭窄がきつそうに造影で見える病変が、iFFRをするとまったく血行動態的な狭窄が無く、その手前の造影ではなんともないように見える部位に強い狭窄が隠れていたのです まあ、こんなことに 1時間も高い中継料をかけて何の意味があるのかな? という感じでした

衝撃は二例目 9:00AM-10:00AMでのイリノイ州NapervilleにあるEdward Heart Hospitalからのライブでした 術者は Tony J. DeMartiniという先生で見た感じ未だ非常に若く、多分 40歳には届いていないような感じでした 提示された症例は 86歳男性で、左室駆出率が30%程度、腎機能低下ありGFR 30ml/minぐらいの症例です そもそも数週間前に STEMIのため左冠動脈回旋枝近位部に薬剤溶出性ステントが植えられて再灌流した症例です その時の造影で、右冠動脈近位部の 40mm程度の慢性完全閉塞で同側より bridge collateralで末梢が見えてきました さらに急性心筋梗塞の時に再疎通した左冠動脈回旋枝のステント遠位に90%程度の狭窄あり、左前下行枝は#6, #7に複数の90%狭窄がある、そのような超重症症例です 事前の Heart Team Conferenceで心臓外科医は冠動脈バイパス手術を拒否されたのです

このような重症例そのままPCIに入れば命を失う可能性がとても高く、うーん僕に治療主治医が回ってくればやはり拒否したか、あるいはPCPS (経皮的心肺補助)を stand by状態にしておき、左冠動脈回旋枝末梢か左前下行枝から手を付けて、いったんその段階で終了し、後日右冠動脈については考える、そのような戦略をとっていたと思います

しかし、これが CHIPの本領発揮の場面でした CHIPというのは今年2017年になってから言われだした言葉です CHIP = Complete revascularization for Higher-risk Indicated Patientsの頭文字であり、日本語に訳せば 「超重症患者に対する完全血行再建」となるでしょうか Home Pageもありますが、要するに心機能が非常に悪いか、PCIを行うことそのものが非常に危険ではあるが、そのために冠動脈バイパス手術も危険と考えられているが、慢性完全閉塞、左冠動脈主幹部、複雑分岐部病変などに対する血行再建せねば患者さんの生命予後が非常に悪い、そのような患者さんに対して補助循環しながらPCIを行う、そのような新しい過激な治療方針なのです

そしてこの日ライブで実際に行われたのは、まず放映前に左冠動脈回旋枝の狭窄評価が FFRで行われはFFR = 0.71だったので薬剤溶出性ステントがそこに植え込まれ、ついで左前下行枝に対して2個の薬剤溶出性ステントが植え込まれました その後から放映開始となったのですが、TRI+TFIにより両側アプローチで右冠動脈の慢性完全閉塞に対して Pilot wireを用いて順行性に入りましたが、解離腔に進んだため、左前下行枝より中隔枝を介して逆行性に入り、順行性ワイヤーと逆行性ワイヤーが真腔内で kissing wireとなりました 中継はここで時間切れとなったのですが、僕から見てもとっても難しそうな慢性完全閉塞でしたが、これまでの日本式アプローチ、つまり Gaia wireを用いたり、CART techniqueを用いたり IVUS side-branch guidanceを用いたり、そのようなテクニックとは異なるもの、つまり 日本ではほとんど用いられない Pilot wireを用いたり、中隔枝の tip-injection造影を省いたり、中隔枝からのクロスを hydrophilic wireを用いずに行ったり などなど 僕自身の常識とは異なるテクニックで真腔狙いの慢性完全閉塞再疎通が行われたのです

しかも、この手技を一連のステージで行い、造影剤の使用量もその時点で 50ml程度、両側造影も single planeで二回のみであり、慢性完全閉塞に向けての wiringでも一切造影剤を使用しない、そのような斬新な手技だったのです

そして重要なのがこれを可能としたのが Impellaによる左室補助でした ImpellaをPCI手技開始より作動させ、安定したPCIが行われ、多分これが CHIPという新たな概念なのだろうな、と大変勉強になりました しかし日本ではこの方法はできません 何故ならば Impellaの使用には厳しい基準が設けられており、その基準は心臓外科のあるグルーブに管理されているからです

このようにして日本という国家は 自動車に代表される製造業の世界だけでなく、高度な医療の分野でも新しい革新的世界に歩みださず、どんどん世界中から取り残されていくのです 今回本当にそれを実感しました 訳の分からない役人による法律違反的行為、省令による法律に基づかない規制と、それを踏襲している学会を含め各種団体による自己規制 こんなことばかりしていると本当に日本は駄目になります まあ、僕の俊ではもういいか もう気持ちを荒ぶらないで昼に食べた「大阪ラーメン」の辛味噌ラーメンをお見せしましょう 非常につくりの奇麗な日本的な料理でした

「大阪ラーメン」の辛味噌ラーメン

Yangon General HospitalでのCTO-PCI

昨夜はホテルの日本料理屋さんでたくさんお酒を飲みました ぐっすり眠れるかと思いきや、現地時刻 10:00PM頃部屋に行き、23:00頃にはベッドに倒れ込んだと思います

しかし、3:30AMには覚醒し、全く眠れません 日本時刻では丁度 6:00AMということになり完全に体内時計がそのまま動いているのです 朝食を食べてから 8:00AMに Yangon General Hospitalという Myanmarでも一番大きな国立病院に出かけました 自動車で 10分ぐらいで到着しました

病院の前の道を隔てたところにはいかにもビルマという感じの邸宅がありました

ミャンマーの邸宅

まず 8:45AM頃から講義があったのですが、これは今回連れていった宍戸くんにしてもらいました そしてそのままカテ室に行ったのですが、この病院では 2016年に 560例以上のPCIが行われたそうです ミャンマー全体で年間 1,000例のPCIと言われていますので、これは相当な数ということになりますね

カテ室は、操作室を背中合わせに配置されていて片側が Siemens ARTIS-Zであり、最新のものでした しかし、このマシンはほとんど EP専用に使用しているとのことでした

もう一つの部屋には SHIMAZUの最新型マシンが入っていました 僕もこのマシンを見るのは初めてで、一年近く前に以前の SHIMAZUを入れ替えて刷新されたそうです 大画面に写される画像は非常に奇麗でありました

SHIMAZU最新型マシン

この病院では coronaryはこのマシンしか使わないそうです また驚くことにカテ室には女性しかおらず、技師さん、看護師さん、そして医師が皆全員女性のみなのです 循環器内科には一人部長先生で男性がおられましたが、もうカテはやられないで、全て女性陣に任せておられるそうです

第一例目は右冠動脈心筋梗塞後の左前下行枝近位部CTOの患者さんでした 右冠動脈末梢より一本中隔枝が左前下行枝まで見えるので正直楽勝かな? と思ったのですが、実際に初めて見るとその中隔枝の選択がまず非常に困難でした 手前で後下行枝が激しい屈曲を呈し、ワイヤーをそのブランチに入れることができないのです それでも自分のテクを総動員してようやく中隔枝にまで挿入できたのですが、その後なかなか中隔枝を超えることができないのです ここでは Fielder-FCを用いていたのですが、ようやく左前下行枝に到達したのです しかし、案の定 Corsair-Proは通過できず、延長してから Finecrossを試みたのですがこれも通過できず、さらに 1.25mm balloonを試みるも通過できず 結局 Devicesも限定されているためここで断念しました 残念です

二例目も左前下行枝近位部CTO この症例は順行性に行いものすごい線維性組織にワイヤーがトラップされるのですが、薬剤溶出性ステントを一本入れて成功裏に終了 それから昼食を摂りましたが、豊かな果物、特にマンゴスティンがおいしかったですねえ

マンゴスティン

丁度PCIに立ち会って下さった先生方三名の中のお一人が誕生日なのでそのお祝いもしました

お誕生祝

12:45頃から三例目のCTOに入りました 今度は右冠動脈のCTOであり、順行性に行われ不成功であった症例です 順行性になかなかいいところまでワイヤーが行くのですがどうしても遠位真腔に入りませんでしたので、全く中隔枝の connectionは見えなかったのですが、逆行性に切り替えました まずは中隔枝を左前下行枝から選択するのが難儀でした、何とか選択して、Corsairを中隔枝近位にまでつっこみましたが、その後もともと先端造影しても見えてこない中隔枝 connectionをワイヤーで通過させることができませんでした 再び Fielder-FCを取り出し、あっちこっち選択していると奇跡的に右冠動脈末梢に抜けたのです そして、Reverse CARTOをしたりして externalizationに成功しました その後は、薬剤溶出性ステントを3個植え込んで終了しました 皆でお祝いの写真を撮りました

やったやった大成功

結局 16:30までやる予定でしたが、15:00前には終了し、病院を後にすることにしました この病院はイギリス植民時代に作られたもので、Main Buildingは Victoria朝風の由緒ある建物です この玄関の前で循環器内科の一番の女性先生、何となくスー・チーさんに雰囲気が似ている先生と写真を撮りました

病院玄関で
Victoria朝風の病院建物

今はその後一旦ホテルの自室に戻っていますが、その前に Myanmarというビールを飲み、ピザを食べました

Myanmar Beer
Yangonのピザ

Fundacion CardioInfantil

訳せばそもそも小児心臓病センターとでも言うのでしょうか この病院を初めて訪問したのは 2012年の4月に遡りますが、これまで 5回あり、今回 6回目の訪問です この病院はもちろん小児心臓病も扱いますが、主体は成人の心臓病 特に虚血性心疾患であり、最近は structural heart diseaseも多くなっているそうです

これまでTAVIは SAPIEN-XTを中心として 114例に対して行われたそうであり、先週には初めての SAPIEN-3を用いたとのことです Medtronic : Edwards = 1 : 2ということでした

今回は、この奇麗な病院の講堂において、二日間かけて学会が開催されましたが、一日目は冠動脈インターベンション、二日目は SHDのものだったのです 僕はその両方で講演を依頼され、それを行ってきました

学会が開催された講堂

そしてこの日の夕方 カテ室で治療に入りましたが、これは中継されませんでした 患者さんは何と 18歳の女の子で、体つきは通常の18歳より小さく、もともと大動脈炎症候群により左冠動脈主幹部入口部が閉塞している患者さんであり、10歳の時に LITA-LADの冠動脈バイパス手術が行われましたが、2016年はじめ頃に胸痛再発し、検査の結果、両側鎖骨下動脈閉塞し、左内胸動脈も完全閉塞し、左冠動脈には右冠動脈より細い中隔枝より潅流されていました

これに対して、経大腿動脈的冠動脈インターベンションで、6Fr GC (とても7Frなど使える太さではない)により右冠動脈より逆行性に攻めました 途中STがばんばんに低下すると共に、血圧低下、激しい胸痛を伴いましたが、頑張って続けました そして、ついに逆行性に左冠動脈主幹部入口部まで行ったのですが、Conquest-Pro 9/12/8-20全てありません 入口部の 2mmぐらいをどうしても穿通できず、give upしました

致命的な合併症を起こすことをもっとも恐れましたが、それはありませんでした とても残念であり、また期待された患者さんやご家族に申し訳ありません

とことん疲れ切り、また激しい時差ボケでその夜は消沈しました

CDMX

CDMXという言葉をご存知でしょうか? 多分日本ではあまり知れ渡っていない言葉だと思います それは Ciudad de Mexico つまりメキシコの首都いう意味の言葉です この言葉が使われるようになったのは実は昨年辺りからなのです 今では街中を走るバス、タクシーあるいはパトカーなどに必ずCDMXという文字がついているのです 要するにこれは首都メキシコ・シティーの最近の呼び名なのです

それはさておき、今回のメキシコ訪問は僕にとって10回以上のものでした あいかわらず忙しい日程で動き、とてもつらいものがあります 今回の目的は二つあり、一つは、日本国とメキシコ国とで行っている、JICAを通じたトレーニング・プログラムの発足、そして、ICN (Instituto Nacional de Cardiologia: 国立心臓病センター)が毎年開催している Curso de Intervnetionismo Cardiovascular (CIC: International Cardiovascular Coruse: 国際心臓結果学会)に慢性完全閉塞に対する術者および、演者として招聘されたのです。

まあこれは普通のことですが、実際にやる直前まで患者さんの情報は僕の手元に入りません そんことはこれまで幾多のライブで術者をやってきて経験済みなので、何も思いません 怖いのは、その施設、あるいはカテラボがライブということで舞い上がることなのです そんな場面はこれまで何回も経験してきました

やはりライブとなると舞い上がる人が多いのです 僕には全く理解できないのですが、現実はそうなのです その結果起こることは、ひたすら術者たる僕の足を皆で引っ張るということなのです

まあそんなこと言っても僕は予定の13:30よりも早く 13:00にはライブの手技を終了してしまいました 回旋枝からの心外膜側ルートを通したのです それにより逆行性アプローチを確保し、順行性には右心室枝でアンカーをかけながら行い、結局真腔を通過させて再開通に成功しました

実は僕が事前に絵に描いた通りの筋書き通りであり、こんなのでいいのか? とおもうような結果だったのです 最終的に薬剤溶出性ステントを二つ植え込んで万々歳の出来で終了しました

詳細は後日明らかにします

このところ国内移動が続きます

先週は福井に行かせて頂きました 今週は月曜日こそずっと鎌倉にいましたが、火曜日(6/02)には旭川へ、そして夜遅く札幌に移動し、札幌東徳洲会病院で午前中外来診療 そしてその後 6/03水曜日には川崎の新百合ヶ丘で講演させて頂きました

その日の夜も遅くなりもう毎日が疲労困憊の連続 それでも木曜日(6/04)午前には鎌倉で外来した後、夜に上野駅より「特急スーパーひたち」に乗り終着駅の「いわき」にまで移動し、その夜はいわきの旅館に宿泊し、翌日金曜日(6/05)には いわき市立磐城共立病院から、安達太良ライブデモンストレーションに向けてCTO症例に対するPCIをライブデモンストレーション中継させて頂きました

以前より磐城共立病院を一度訪問させて頂きたかっただけに感激でした 正直疲れが溜まっており、朝一番からの困難な症例を立ち続けて手技を続けることは辛かったのですが、助手の先生にも助けられ完璧に治療させて頂きました

そしてその後全通なった常磐自動車道で「いわき」から仙台空港に移動しました この区間は福島原発事故のために、未だに立ち入り禁止地区も多く、途中の多くの民家は立ち入り禁止となっているようでした 綺麗に整地されていた田畑もご主人の手入れができないために草木が繁っている状態でした

そして仙台空港から14:30発の千歳行きの ANA便で千歳に移動し、そこから自動車で小樽に移動、その夜は韓国の先生方もお招きして スレンダークラブ・ジャパン in 小樽 + 日韓友好TRIセミナーの前夜祭を鰊御殿小樽別館という非常に奇麗な施設で前夜祭を行わせて頂きました

そして早くも本日(6/06)になってしまいました 今朝は韓国の先生を新装なった小樽市立病院玄関前でお待ちし、皆で集合写真を撮影した後、院内ライブデモンストレーションでのライブデモンストレーションを行わせて頂きました

症例は左冠動脈前下行枝入口部からのCTOでしたが、逆行性アプローチにより成功裏に終了することができました これも助手を務めて頂いた先生の助けや、カテ室内の皆のお蔭です

本日はこれから再び旭川に移動し、明日は旭川で院内ライブデモンストレーション、そしてその後講演し、ようやく鎌倉に戻ります またまた日曜日は無くなります

無茶苦茶やりまくりました

さて、土曜日(5/16)午前に僕に割り当てられていた左冠動脈前下行枝のCTO症例をさっさと治療し、その後小倉駅界隈の昭和の薫り漂う喫茶店で時間を潰し、それから昼時のランチョン座長を一時間し、新幹線で福岡空港に移動し、そのまま羽田経由で鎌倉の自宅に戻ると既に 18:00を回っていました

そして、それから4時間も経たない 22:00には再び自宅を出て、そのまま羽田空港発の ANAフランクフルト便でフランクフルトに飛び、さらにベルギーのブルッセル行きの ルフトハンザ便でブルッセルの nH Hotelにチェックインしたのは 5/16(日曜日)の 9:00AM過ぎになっていました

このめまぐるしいスケジュールと実質的な距離の移動には流石の僕も辛かったものです

ホテルをチェックインした後は11:00AMまで部屋で休みをとり、そしてホテルから歩いていける有名な観光スポット La Grand Place(大広場)に行きました ここにはたくさんのレストランがあり、その中のムール貝などシーフードの店で昼食を摂りました

レストラン Leon
レストラン Leon

この Leonというシーフードレストランはパリにもたくさんありますが、このブルッセルの店が本店です ムール貝が美味しいのです

14:00になると時差ボケからとても眠くなり 18:00まで断続的に睡眠をとり疲れた体を休めました そして、夕食はブルッセルで一番と言われている和食のお店、山優「三辰」でお刺身や突き出し、そして最後には味噌ラーメンを食べました この味噌ラーメンは本当に美味しかったのです 流石に EU本部が存在するブルッセルです レベルがとても高いですね ちなみに、山優の「山」は屋号の記号の山です といっても分かって頂けないかも知れませんね 昔ながらの漢字というか、屋号を表す記号です

山優「三辰」
山優「三辰」
山優「三辰」の刺し身
山優「三辰」の刺し身
山優「三辰」の味噌ラーメン
山優「三辰」の味噌ラーメン

23:00頃まで日本酒やビール、ワインを飲みながら楽しく食事し、それから寝ました

しかし寝たとは言うものの、やはり激しい時差ボケから十分には睡眠取れず、そのまま 5/18(月曜日)の7:30AMにはホテルを出発し、ブルッセルから自動車飛ばして1時間足らずの人口 110万人の都市、シャルルロア(Charleroi)に行きました そして、この街の大学病院である C.H.U. de Charleroi (シャルルロア大学中央病院)カテ室を訪問しました この病院は 2014/10月に新装移転した病院であり、この地域の中心病院です 心カテ室は2つあり、両方共シーメンスの Artis-Gが設置されていました これ以外にも Hybridカテ室が一つ手術場内にあるそうです

院内のカンファランス室にはベルギー全土から9名の Interventional Cardiologistsが集まり、僕の手技を見守ると共に、講義などを受けました

用意された症例は 3例で何れも 50歳代の男性で右冠動脈のCTOだったのです 二週間ぐらい前に症例のデータが届けられましたが、やはり何時ものように全く事前に症例データを見ずに昨日当日朝カテ室で見させて頂きました

本当に僕はどんなライブデモンストレーションもほとんどぶっつけ本番が好きなのです 別に事前にじっくりシネを検討する先生方を軽蔑している訳ではありません 自分は事前に情報をたくさん仕入れることにより自分の心の中に余計な負担をかけることを良しとしないのです 何というか、「居合い抜き」のような感じでしょうか? 全てはその一瞬に決まる そして、それが真の実力である、そのように考えているのです

一例目は、中隔枝経由で Primary Retrograde Approachで両側橈骨動脈アプローチで入りました 参ったのは、両腕の固定がされておらず突然患者さんが腕を動かすので折角入れたガイディング・カテーテルが抜けたり、さらに、一側はアシスト造影剤自動注入器で行われており問題なかったのですが、対側のマニュアル側が問題あり、圧ラインに空気が入ったりそんなこんなの本質的でないトラブルに悩まされ、患者さんは落ち着かず、結局気管内挿管下で全身麻酔で行うことになりました

もっともそのようにした後は、スイスイ進みましたが、肝腎のCTO部分が非常に硬く、しかも右冠動脈の変曲点にあるため、なかなか Reverse CARTOがうまく行かず時間をとりましたが、最終的には完璧に開通させました この一例目に余分な時間がかかり、終わった時点で 12:30になっていました

二例目が開始できたのは 13:00となっていたのです この症例は右橈骨動脈+右大腿動脈アプローチ7Frで行いましたが、最初 XT-Aは歯が立たず、Gaia-Firstも駄目、次いで Gaia-Thirdに交換し、CTO近位部を穿通させ、ワイヤー先端をCTO部分の中に数ミリ突っ込み、それから XT-Aに再び変更し順行性に XT-Aを徐々に進めました その結果、よくありますが一見解離腔を通過しているように進み、実はCTO部分の線維性組織により完全にトラップされている中を進み、XT-Aで通過しました

しかし、それでもなかなかバルーンが通過せず 1.0mm Sapphire-IIで通過しました この症例は1時間かからず終了し、それから軽い昼食を皆で摂り、そして 15:00頃から最後の症例に入りました

PCI
PCI

この症例は一週間前に急遽用意された症例であり 58歳の方で、一週間前に左冠動脈前下行枝近位部の99%による不安定狭心症のため緊急でステント植え込みを受けた患者さんです その時に、何と右冠動脈入口部からのCTOが発見されました 実際診断カテーテルもできない入口部からのCTOでした このことからも分かるように非常に challengingな症例でした

中隔枝からの副血行は認められませんでしたが、幸い左回旋枝から心外膜側を経過する副血行を発見し、このルートから入りました そして順調に右冠動脈近位部に逆行性に近づき、Ultimate3で右冠動脈入口部CTOを通過しようとしましたが、全く入らずなので、Conquest-Pro12に置換し、無理やり突破しました

突破したと思われる Conquest-Pro12が本当に上行大動脈内に入ったかどうかの検証がなかなか出来ませんでしたが最終的に通過し、逆行性に 1.25mm-OTW balloonで入口部を無理やり拡張し、その後ワイヤーを色々交換し、さらにスネアでの確保を試みましたが、残念ながら用意されていたスネアは8Fr Guiding Catheterしか入らない太いものでした

何とか順行性にガイディング・カテーテルを右冠動脈入口部にengageしようとして3.0mm OTW-balloonで入口部拡張をしましたが、とにかく右冠動脈入口部の位置が anomalyなので全くガイディング・カテーテルを engageできませんでした 色々なカテを試み、その中には 3D形状カテも試みましたが、このガイディング・カテーテルは大動脈弓の部分で折れてしまい、その結果、ガイドワイヤーの抜き差しもできなくなり非常にまずい合併症の可能性が差し迫ってきました

これに対しても冷静に対処し、ぎりぎりまでシースに抜き、シースと共にガイディング・カテーテルをぎりぎりまで抜き、そこでガイディング・カテーテルをカットして、ワイヤーを無事再び挿入し、シースを挿入することに成功し、この悲劇的な合併症発生を未然に防ぎました そしてまた手技を続けたのです

最終的には逆行性に RG-3を対側動脈に持ち込み、シースから直接スネアを入れて、そこで RG-3をキャッチしてここでようやく externalizationに成功しました そして見事に 3.5 x 38mm DESを右冠動脈入口部から少し大動脈内に出す型で植え込み手技を終了しました

この時点で 18:00でしたが、やはり足腰相当疲れました

カテ室長の先生と
カテ室長の先生と
Adel先生と
Adel先生と

ようやくホテルに戻り、ベルギービールで喉を潤してから再び La Grand Place界隈に戻り、そこでまずは季節物のベルギー白アスパラガスを食べました 正直北海道産の方が美味しい、と思いました

白アスパラガス
白アスパラガス

そして再び ラーメンを食べたのです 今回も味噌ラーメンでしたが、魚介系出汁を使用し、これもまた旨いものでした 今度の店は SAMURAI RAMENでした

SAMURAI RAMEN
SAMURAI RAMEN
SAMURAI RAMEN味噌ラーメン
SAMURAI RAMEN味噌ラーメン

その後は、La Grand Place界隈を散策しながらホテルに戻りましたが心地よい疲れが襲ってきたのです とは言うもののやはり激しい時差ボケから本日(5/19火曜日)も 5:00AMには覚醒してしまいました

しかし、La Grand Placeを取り囲む歴史的建造物は夜間美しく Lighteningされていて一見の価値はあります

La Grand Place
La Grand Place
La Grand Place
La Grand Place

本日はこれからパリに TGVで移動し、いよいよ EuroPCRでの各種仕事が始まります PCIとは異なる緊張を強いられますが頑張りましょう