はじめに
今回はインド共和国(Republic of India)各都市を訪れてPCIの指導を行った時の話をいたします。これまでインドには8回ぐらい訪れていますが、今回も2003年7月6日に日本を出発し、11日の早朝に帰国するという慌ただしいスケジュールでした。インドはインド亜大陸と称されるだけあり、非常に大きな国です。その大きな国に10億人以上の人々が住んでいます。

GKNM病院での手技の様子
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6日朝の便でシンガポール(Singapore)経由でチェンナイ(Chennai)において入国し、その夜チェンナイのホテルにチェック・インしたのは10:00pmになっていました。日本とインドの間には何と3時間半の時差があります。翌7日朝の便でチェンナイからコインバトール(Coimbatore)に空路1時間かけて飛び、昼からコインバトールのGKNM病院[右写真]でTRIのライブデモンストレーションを行いました。
院内の講堂にCoimbatore周辺の医師達50名くらいが集まり、私自身による5例のTRI手技実演を行いました。途中では30分間の講義も行いました。参加者は熱心で手技の最中も活発な討議が行われました。
このライブデモンストレーション終了後慌ただしく空港に向かい、また1時間かけてバンガロア(Bangalore)に移動し、ホテルに入ったのは再び10:00pmでした。
翌8日朝は、バンガロアから空路一時間かけてハイダラバード(Hyderabad)に移動し、昼からCARE病院[左下写真]においてTRIの実技指導を行いました。その夜はハイダラバードに宿泊し、翌9日朝は4:30amにホテルを出発し、6:00am発のムンバイ(Mumbai)行きの飛行機に乗り、ムンバイで2時間の乗り継ぎ時間を過ごしてから、今度はアーマダバード(Ahmadabad)行きの飛行機に乗り換え、最終的に昼過ぎにアーマダバードにあるクリシュナ心臓病センター(Krishna Heart Institute:http://www.krishnaheart.org/)[右下写真]を訪れました。クリシュナ心臓病センターを訪れるのは今回で三回目でした。

CARE病院 |

クリシュナ心臓病センター
(Krishna Heart Institute) |
チェンナイ、ムンバイは数年前までそれぞれマドラス(Madras)、ボンベイ(Bombay)と呼ばれていた都市で、以前はそれぞれフランスが統治した東インド会社、大英帝国が統治した西インド会社があった国際海上貿易都市です。現在ではインド本来の呼び名である都市の名に戻っています。
翌10日には昼の便で再びムンバイに戻り、そこを経由してインドの首都デリー(Delhi)に行き、デリーで4時間の乗り継ぎ待ちを行った後、成田行きの直行便に乗り換えました。こうして再び成田に着いたのは11日の8:30amでした。
インドでは自爆テロが過去に存在したため、特に国内線のセキュリティー・チェックは非常に厳しく、飛行機を乗り換える毎にインド軍、警察官そして空港職員により少なくとも4回の全身チェックと手荷物チェックが行われます。これは全員に対して行われますが皆慣れているためか日本のようには時間がかかりません。
今回のインド滞在では結局、7つの都市を経由し、その間に三つの病院を訪れ、合計で20例ほどのPCIを行いました。インドはとても広く、今回はインド亜大陸の東西南北を駆け抜けたため、このように複雑な経路をたどることとなりました。
インドという国

町中の牛たち |
先に述べましたようにインドは中国に次ぐ10億人以上という世界第二の人口を有する大国です。大国であるのみでなく世界文明発祥の地でもあります。数学の分野では偉大な0(ゼロ)という概念を発明した国として有名ですし、また仏教を起こした釈迦が生まれ住んだ国でもあります。未だに生まれながらの身分制度であるカースト制度が存在します。人口の一割1億人の人々は日本人よりも豊かである反面、カースト最下層の人々は未だに屋根も無いようなバラックに住んでいます。
現在の主な宗教は牛を神様の成り変わりと信じるヒンドゥー教です。このため町中のいたる所に牛が人々や自動車などと共存しています[右上写真]。この牛たちのほとんどは飼い主が誰一人いない牛です。
このような文明とかけ離れた印象を与える反面、インドは特に数学あるいはソフトウェア開発という最先端科学の分野でも世界的に有名です。特に、インド中南部の高原都市であるBangaloreやHyderabadはインドのシリコンバレーとも呼ばれるところで、世界のソフトウェア開発の拠点です。今回私が各都市で宿泊したTajホテル・チェーンではどの都市にあるTajホテルでも、ホテル館内には無線LANによるネットワークが張り巡らされており高速インターネット・アクセスが可能でした。
インドはアメリカ合衆国のように自治権を有する州の集合体です。州の数は30以上ありますが最近は幾つかの州が分割したりしているのでインドの人も正確な数は良く分からない、と言われます。インドでは農民に対しては所得税がかからず、このため農民は非常に豊かなのだそうです。特に北部パンジャブ(Punjab)州は小麦などを生産する豊かな農作地帯なので多くの金持ちが住んでいる、ということです。
農民以外の人々に対しては所得税が存在します。所得税は全額インド政府に納付されますが、消費税は全額州政府のものとなります。それ以外の税金に関しては州政府それぞれが決定できるようです。この結果、各州は企業を自分の州に誘致しようとして、互いに激しい競争を行うようになったそうです。ある州は資源が無いために、企業に対して無税とし、これによりソフトウェア企業を誘致しました。この結果、多くの住民が住むようになり、最終的に消費税収が増加しました。こうやって得た豊富な資金により州政府はインフラを整備し、それがまた新たな企業誘致を引き起こす、というより良いサイクルになりました。その一方、別の州ではどんどん人口が減っていくという悪循環に陥ってしまったそうです。そしてこれらの州としての戦略を決定するのが州知事だそうです。州知事が偉いか否か、でその州に住む人々の暮らしが良くも悪くもなるそうです。
インドの街中いたるところで、I.S.D./S.T.D./P.C.O.という文字を目にします。これはそれぞれ、International Subscriber Dialing, Subscriber Trunk Dialing, Public Call Officeというイギリス英語の略であり、要するに国際ダイヤル通話、市外ダイヤル通話そして市内ダイヤル通話のことです。インドでは携帯電話は普及していますが、一般家庭にまで有線電話は入り込んでいません。そこで街中には日本にもかつて多数存在していた公衆電話ボックスに相当する電話屋さんがいたるところにあります。携帯電話を持たない人々はこれらの電話屋さんでお金を払って電話します。
先のI.S.Dという言葉.などでも分かるようにインドは長くイギリスの支配下にあったため、多くの人々が英語を話すことができます。もともとインドにはそれこそ数百メートル毎に異なる言語を話すとも言われたくらいに多数の言語が存在しました。現在では国語はヒンディー(ヒンズー語)と英語です。長い歴史の中ではイスラム文化に支配された時もあり、その時のなごりがAhmadabadやHyderabadという都市の名前の後半につくbadという言葉です。これはイスラム語で都市という意味です。ちなみに西アジアの国々、たとえばパキスタンやウズベキスタンという国名の後半を形成するstanというのはやはりイスラム語で国という意味です。昔、インドがイスラムに支配されていた頃、インドはヒンズーの国、即ちヒンドゥスタン(Hindustan)と呼ばれていました。
インドのPCI
インドでは現在年間24,000例程度のPCIが行われています。これに対してCABGは36,000例程度です。従ってPCIとCABGの比は2:3程度ということになります。
インドは伝統的に優れた心臓外科医を多数生み出してきました。現在でも世界最高の技術を有するCABG外科医はインドに存在すると言われています。
インドには肉や魚を食べない主義の人々(ベジタリアン:Vegetarian)が多いため動脈硬化による虚血性心疾患は少ないのではないかと思っていました。しかし実際にはコレステロールを多数含むココナツ油を多量に使い、また例外的にヤギから作られる乳製品のみは摂ることが許され、多量にチーズなどを料理の中で使うため、ベジタリアンにも多くの狭心症や心筋梗塞の患者さんが存在します。
インドでは日本ではまだ厚生労働省による認可がおりていない新しいステントも用いることができます。今世界中で治療法の革命を引き起こしつつある薬剤溶出性ステント(=DES: Drug-Eluting Stent)もインドでは一年以上前より用いることができました。今回私もこの世界最先端のステントを用いる機会を得ました。
Patel先生

Dr_Patel |
PatelというFamily nameはインドでは多く存在するものです。Krishna Heart InstituteのPatel先生はTejasというFirst nameを持ちます。彼とはシカゴ大学において1996年6月20, 21日の二日間に渡って開催されたPTMC(Percutaneous Transvenous Mitral Commissurotomy:経皮的僧帽弁交連裂開術)に関するライブデモンストレーションおよび講演会に私がシカゴ大学教授であられたTed Feldman先生より招待された時に初めて会いました。この時私はブロッケンブロー法という心臓カテーテル手技の中でももっとも特殊で高度な技術を要する手技に関する講演を行いました。
ブロッケンブロー法というのは、大腿静脈より長い穿刺針を右心房に挿入し、この穿刺針を用いて右心房から左心房に向けて心房中隔を貫く手技です。未熟な者が行うと心臓の外に穿刺針が突き抜け、最悪の場合死亡につながる事故を起こしてしまいます。しかし、PTMCやその他のカテーテル治療の際には絶対に必要な特殊技術です。私はこの方法に関して、世界で最も優れた技術を有すると自分でも思っていますし、また世界の他の先生方も思っております。

クリシュナ心臓病センター
(Krishna Heart Institute) |
何れにしましても私の講演終了後、Patel先生が私の所に寄ってきて話しかけてきました。そして、「自分は既にPTMCを多数経験したのでPTMCについてはあまり習うことは無いと思うが、是非インドに来てPCIを指導して欲しい」と、話しかけてきました。初めて会ったその時から彼とは何かしら通じ合うものがありました。しかしその後ずっと何年も彼と再会することはありませんでした。
彼と再会したのは2001年秋に北京で開催された国際学会の席上でした。その学会において私は自分自身のTRIに関する治療成績を講演すると共に、実際のライブデモンストレーションを行いました。彼はそれまで勤務していた首都デリーにある国立大学病院から出身地グジャラート(Gujarat)州の州都Ahmadabadに新たに設立された心臓病専門の私立病院Krishna Heart Institute[右写真]に循環器内科部長として引き抜かれたところでした。


町中の道路を歩くラクダや象 |
AhmadabadはPatel先生に言わせれば世界一民主的な街だそうです。何故ならば街中の道路を、人間、自転車、バイク、自動車、牛のみならず、ラクダも象も同じように道路を歩いているからだそうです。[左写真]
Krishna Heart Instituteは周りを草原に囲まれており[右写真]、Ahmadabadの都市部からは10Kmぐらい離れています。現に住所はGreen Cityとなっています。車で病院に向かうと、草原の中に忽然と一棟の近代的な建物が姿を現します。それが病院です。

Krishna Heart Instituteの周辺 |
Patel先生はそれまでにデリーにおいて多数のPCIを行ってきましたが、新しい病院で特色あるPCIを行いたいと考えていたところでした。丁度そのような時に私と再会し、しかも私がTRIに関する世界の第一人者の一人であることを知り、私を強く招待しました。
私はこの招待に応じ、2002年2月22日から25日までの四日間Ahmadabadに滞在し、朝早くから夜まで毎日Krishna Heart Instituteの心カテ室に詰め、多数の患者さんをTRIにより治療するとともにPatel先生始め、彼の部下たちにTRIの指導を行いました。私が帰国した後も、彼らはTRIを行い続け、同年11月18, 19日に再び訪れた時には既に彼らはTRIを500例も行っていました。彼は私のことをTRIの師匠と敬愛してくれています。Krishna Heart InstituteはTRIのお陰で開院後まだ三年にならないというのに既に年間1,000例近いPCIを行うのみならず、年間800例のCABGを行うインドでも有数の心臓病センターに成長しました。
インドにおいても、TRIという新しいPCI手技はこれまで多くのPCIを大腿動脈からのみ行ってきた、PCIの領域における重鎮の先生方から攻撃されるそうです。重鎮の先生方から見れば、自分たちができない手技を若手が行っていることに対して脅威を感じるのでしょう。Patel先生は、私が日本において受けたと同様の攻撃を重鎮の先生方から受けている、ということです。しかし、患者さんたちに優しいTRIをインドにおいてもっと普及するために、今後TRI教育プログラムを立ち上げる、ということです。私もこの教育プログラムの実践において今後とも深く協力し、インドと日本との友好関係の促進に少しでも尽くしたいと思います。
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