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 韓国訪問記-I
はじめに
 今回のPCI訪問は韓国です。韓国は正式名称を大韓民国と呼びます。韓国も日本と同様に中国文化の影響を強く受けています。従って、言葉の多くは漢字に基づいています。日本では大韓民国のことを"ダイ・カン・ミン・コク"と発音しますが、韓国語では"テ・ハン・ミン・グッ"と発音します。2002年に日本と韓国共同で開催されたサッカー・ワールドカップの時に、韓国応援団が盛んにこの言葉を叫び応援していたので覚えておられる方も多いと思います。

 韓国語はフランス語のようにリエゾン(直前の子音が直後の母音とつながって発音されること)します。このため、大韓航空は、そのままでは"テ・ハン・ハン・ゴン"ですが、実際には"テハナゴン"というのが韓国語らしい発音です。この韓国語の発音を忠実に表現するように考えられたのが現在のハングルです。これは非常に論理的な仕組みであり、誰でも少し勉強すればとりあえずはハングル文字を見て、何とかへたな発音はできるようになります。

 ハングルも北京語同様に濁音(=バビブベボなど)と半濁音(=パピプペポなど)の境が日本人から見てはっきりしません。感覚的には江戸っ子が昔から「ひ」と「し」の区別がつかないのと同様です。私自身、東京生まれの東京育ちなのでこの伝統を引き継いでいます。ですから、子供の頃から「布団をひく」などと言っていました。

 同様にハングルにおいても濁音と半濁音の区別がはっきりしない、というかその中間的な発音をします。これは先にも書きましたように北京語でも同様です。

 例えば、北京のことを"Beijing"と記載しますが、北京語での発音は、BとPの間の発音をします。またハングルで釜山のことを、Busanと称します。実際にはBとPの間の発音です。ですから北京のことを"Peking"と、そして釜山のことを″Pusan″と、以前は表現していたと思います。

 逆に日本人にとって難しいのは、語尾の"n"と"ng"の違いです。これは北京語やハングルでは明確にちがうのですが、日本人にとっては両方とも"ン"としか発音できないのが普通です。あっ、これは私だけですかね。

 韓国に初めて訪れたのは13年ぐらい前です。最近数年間は年に6回以上訪れていて、韓国国内主要都市のほとんどにおいてPCIを行ってきました。

一山(イルサン)
一山(イルサン)
 今回は7月20日に成田からソウルに夜入りました。翌日はソウル近郊都市のイルサンを訪れました。そして、22日にはソウルから車で2時間半かけて、テジョンに行きました。帰国は23日です。イルサンは漢字で一山と書きます。爆発するソウルの人口増加に対処するために、韓国政府はソウル西北にイルサン、そして南東にブンタンという二つの新都市を開発しました。丁度、日本の多摩ニュータウンや千里ニュータウンと同じように思って頂いて良いかと思います。ニュータウンなので計画的な都市設計が為されており、道路は広く、住宅は主として高層アパートです[右上写真]

ペク(白)病院
ペク(白)病院
PCIの様子1
ペク病院でのPCI
 病院、デパート、公園なども計画的に配置されています。イルサンは実際にはコヤン市の一地域ですが、イルサン地域のみで人口が数十万人いますのでイルサン市と呼んでもおかしくありません。このイルサン地域には三つの大病院が存在します。私は今回この中の、ペク(白)病院[右写真]とミョンジ(明智)病院を訪問してPCIを行いました。韓国においてPCIを行う病院はほとんどが大学病院付属であり、ペク病院はインヂェ大学医学校に、そしてミョンジ病院はクヮンドン(関東)大学医学校付属の病院です。

ペク病院での皆さんと
ペク病院での皆さんと
 私自身、ペク病院を訪れるのはこれで三回目ですので皆と顔見知りです[右写真]。この病院は1999年に開院した新しい病院であり、韓国でも未だ数少ないペーパーレス病院です。即ち、カルテは全て電子カルテであり、全ての医療画像データもネットワークにより管理されています。初めて訪れたのは2000年11月のことでしたが、未だ心臓カテーテル検査症例数も少ない状態でしたが、今回は全部で9例の症例に対して6例のPCIと3例の診断カテーテルを行いました。

 ミョンジ病院[下写真]は写真のように未だに建設途中の病院ですが、医療器械は高度なものを揃えていました。ここでは夕方に三例のPCIを行いました[右下写真]

ミョンジ病院
ミョンジ病院
PCIの様子2
ミョンジ病院でのPCI
 翌日にはソウル市内を6:30amに出発し、自動車で二時間半かけて200Km余り離れたテジョン(大田)市にあるコニャン大学付属病院に出かけました。この病院を訪れるのも二回目です。テジョン市には韓国軍の総司令部が存在します。また、この市はまた韓国の頭脳とも呼ばれている市であり、様々な研究機関が存在します。韓国政府は近年中に首都機能をソウル市からこのテジョン市に移転することを表明しています。本年末までにはソウル市と釜山市を結ぶ高速鉄道が開通しますが、これが出来ればテジョン市からはソウル市にも釜山市にも数十分で行くことが可能となります。

 コニャン大学付属病院[左下写真]は開設後未だ三年の新しい病院です。しかし、そこでPCIをしておられるBae先生[右写真]は未だ40歳余りですが非常に積極的で優秀な先生です。

 コニャン病院においては夕方までに8例のPCIを行いました[右下写真]

 総じて韓国でPCIを行っている病院は、日本でPCIを行っている病院よりも奇麗で大きな病院です。
Bae先生
Bae先生(右)と

コニャン大学付属病院
コニャン大学付属病院
PCIの様子3
コニャン大学付属病院でのPCI
韓国という国
 韓国は日本にとって、シルクロードから進んだ文化が入ってくる最も身近な国でした。また、進んだ中国の文化を学ぶ場所でもありました。それのみならが多くの進んだ文化を韓国(韓国という国は歴史的には新しい国なので、正確には朝鮮半島の国々と呼んだ方が良いでしょうか)から日本は学んできました。

 先人の多くが船に乗り、九州から日本海(=東海)を渡り、朝鮮半島にたどり着き、またそこから中国、あるいは遠くシルクロードの国々に渡り、進んだ文化を取り入れてきました。

 しかしながら、その後日本は朝鮮半島そしてまた中国に侵略・占領という大きな懺悔すべき過ちを行いました。この結果、日本はこれらの国々との間に歴史的な問題を抱えることになりました。

 この歴史的な問題から、戦後に生まれ育った私ですら切り離されない、という厳粛な事実に遭遇したことがあります。

 それは、今から7年ぐらい前にソウル中央病院をPCIのために訪れた時のことです。ちなみに、この病院はある意味で、アジア随一の病院と称されています。もともと現代建設グループが設立した病院であり、やはり大学医学部付属病院です。ベッド数は数千あり、とにもかくにも巨大で綺麗な病院です。なぜアジア随一と呼ばれるかと言いますと、今から10数年前、当時の米国大統領が日本を含めたアジア歴訪の旅を行うことになりました。この時に問題となったのが、万が一その旅の最中に何らかの急病に大統領が陥った時に、米国まで戻る時間的猶予が無い場合、どこの病院に搬送すべきか?ということでした。これは当時ソビエト連邦と未だに冷戦状態にあった米国にとって安全保障上の問題でした。このため、米国情報局(CIA)が日本の有名病院を始め、アジアにある主要病院を徹底的に調査しました。そして、その中で最も信頼に足る病院として選定されたのが、このソウル中央病院でした。日本にいわゆる有名病院は大学病院も含めてどこも失格でした。もっとも、この時には未だこの湘南鎌倉総合病院は開院していませんでした。この病院が開院していれば、この病院が選ばれたでしょう。そんなことないですかね? ソウル中央病院は英語ではAsan Medical Centerと称されます。この名前の方が世界的には有名ですが、この名前を韓国のタクシーで言っても分かりません。あくまでもソウルではソウル中央病院です。

 当時ソウル中央病院におけるPCIのトップは現在のSJ Park先生ではなく、Lee教授でした。Leeとは英語表記ですが、漢字では"李"であり、実際のハングルの発音は"イー"です。"李"という姓は"朴"などと並び韓国では最も多い姓の一つです。その当時Lee教授は60歳を少し超えたぐらいのお年でした。韓国国内でPCIを指導的に行われてきたとても有名な尊敬されている先生です。私が、心カテ室にご挨拶に伺い、数例のPCIをしながら色々な話をしました。もちろん、私にハングルが喋られる訳はありませんでしたので、会話は全て英語でした。Lee先生もご機嫌宜しく、PCI終了後に広い教授室に招かれました。お忙しい先生ですので、私と他の日本人を応接用ソファーに座らせてから、何本もの電話で長いこと色々な指示をハングルでされていました。私たちは、もちろん日本語でその病院の印象などつたない話をしていました。

 突然、Lee先生がそれはそれは流暢な日本語で突然、「私は昔、林(はやし)という名前でした」と、我々に話しかけてきました。その時の衝撃と、ある種の恐怖を皆様方はご理解できるでしょうか。その一言が示したのは、日本軍による占領時代の強制的な日本語名への改名という重い歴史的事実でした。そして、同時にLee先生は、我々日本人が何を考えているのかを日本語での我々内での会話を聞きながら判別していた、という事実でした。もちろん、私たちは韓国の方々に対して過去の歴史的過ちを後悔することはあれ、何ら悪い印象も抱いていませんでしたし、むしろ尊敬の念すら抱き始めていました。したがって、私たちはLee教授の”試験”に合格しました。その後、Lee教授はソウル市内のご自宅に私たちを招いて下さりました。そして、広いご自宅の応接室で私たちに、しみじみ「戦争の後、日本人を自宅に招いたのはあなた達が初めてです。」と、言われました。

 今、韓国の若者も日本の若者も互いに何のわだかまりも無いように自然に交流しています。しかし、同時に私たちは過去の歴史の過ちを忘れてはならないと思います。その上で、未来に向けて前進すべきだと思います。


韓国のPCI
 韓国では現在年間二万数千件程度のPCIが行われています。その数は年々増加しています。また、これに伴い新たにPCIを行う心カテ室も年々増加しています。

 韓国のPCIの頂点に君臨しているのが先のソウル中央病院(Asan Medical Center)です。ここでは毎年春に大きなライブデモンストレーションが行われ、世界中から多数の医師が参加しています。彼らはhttp://www.summitMD.com/というホームページを有しています。

Park(パク)先生
Park(パク)先生(右)と
 Asan Medical Centerにおいて現在指導的立場におられるのがSeungJun Park(パク)先生[右写真]です。Parkというのは英語表記であり、漢字では"朴"であり、実際の発音は"パク"です。彼は私の友人でもありますが、最も尊敬する先生の一人です。彼はこのPCIの分野においてアジアから最も優れた学問的業績を次々と生み出している臨床医の一人です。彼が本年世界の医学学術誌で最も権威があるNew England Journal of Medicineに発表した論文「A Paclitaxel-eluting stent for the prevention of coronary restenosis. N Engl J Med. 2003; 348: 1537-45.」は韓国から初めてNew England Journal of Medicineに掲載された論文だということです。

 韓国に於けるPCIは総じて日本国内よりも臨床的にも学問的にも進んでいると思います。また、コストは日本よりも安いと思います。

 韓国国内では既に日本ではまだ用いることができない薬剤溶出性ステントや冠動脈内放射線治療を行うことが可能です。私自身、再狭窄に悩まされている患者さんを韓国にお連れし、冠動脈内放射線治療を受けて頂いたことがあります。

 世界で広く行われ、学問的にもその有効性が証明されている治療法を日本国内だけで受けることができない状態がいつまでも続くようであれば、そのうち多くの患者さんが日本を脱出し、韓国や中国に先進の治療を受けにどんどん行くようになり、日本の医療と保険制度の形骸化が起こるのではないかと、私は本気で心配しています。


Bae先生
 今回Bae先生と色々と話す機会がありました。韓国は公式には未だ戦時下の国です。北朝鮮との間は未だ戦争状態です(朝鮮戦争は事実上終結していますが、実際には終戦した訳ではなく、休戦条約が結ばれているだけです)。このためもあり、韓国には3年間の義務兵役が存在します。これは医学生も例外ではありません。唯一の例外は、韓国政府が認定している先端技術を有する企業に研究者として入職した場合です。韓国政府は先端技術を促進するためにもこれらの優秀な研究者に対しては義務兵役を免除しています。

 Bae先生も義務兵役のための身体検査を昔受けました。しかし、その年に初めて行われるようになった心エコー検査により軽度の僧帽弁逆流が検出されました。このため、彼は兵役義務を免除されました。しかし、その後多数の人々でこの軽度の以上が認められたため、翌年からは心エコーによる軽度の僧帽弁逆流は異常なしとみなされるようになったそうです。
 彼は、血管内皮細胞機能に関する基礎的臨床的な研究を行っていましたが、三年前に現在の病院が開院した時に、就職しました。その後PCIを立ち上げ、現在ではテジョン市内で最も数多く(年間500例)のPCIを行う病院に導いてきました。

 しかし、現在でも臨床研究に対する厳しい姿勢を維持し、どんどん英語の論文を臨床分野から出し、世界に向けて発信していきたい、と私に熱く語りました。

 日本の若い先生方も、是非このような学問的姿勢を維持した臨床医になって欲しいと思います。私から見て、韓国の若い先生方は未だハングリー精神に溢れています。翻って日本に若い先生方を見て、日本の将来に大きな不安を抱いているのが正直な気持ちです。

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