はじめに
今回のPCI訪問は、再び韓国です。実は、前回の訪問記で大嘘を書いていました。そのことを先ずお詫びせねばなりません。何でそんな間違ったことを書いたのか、自分でも分かりません。その時、きっと気力も知力も低下していたのでしょう、そうとしか思えません。実は、Uploadしたあと、すぐに自分の中では、「何かおかしい」と、感じました。それが、このことだとは、自分で読み返すまでは気づきませんでした。
もう、修正していますが、前回は、"日本では大韓民国のことを"ダイ・カン・ミン・コク"と発音しますが、韓国語では"テ・ハン・ミン・グッ"と発音します。韓国語はフランス語のようにリエゾン(直前の子音が直後の母音とつながって発音されること)しますので、実際には"テハナ・ミングッ"と聞こえます。"と、書きました。これが大嘘です。本当は、ここではリエゾンしません。従って、"テ・ハン・ミン・グッ"が、正しい発音です。すみませんでした。という訳で、今回も発音の違いから入りましょう。
さて、韓国を旅していて、その論理的なハングル文字も意味は分からずとも、何となく発音だけは分かるようになると、面白いことに気づきます。日本語も、韓国語も外来語に読み方を振って自国語の中に取り込んできました。日本語には外来語に用いるカタカナがありますが、韓国語ではあくまでもハングルのみです。
例えば、Bus。これは日本語ではバスですね。しかし、ハングル表記では"ボス"です。もっとも、ボの中の母音のオは、とても短くて弱いオですので、表記するとすれば、ォと表記すべきでしょう。では、これはどうでしょう、Supermarket。日本語ではスーパーマーケットですね。ハングル表記では、"スーポマーケッ"です。では、Internetはどうでしょう。日本語ではインターネットですね。ハングルでは"イントネッ"です。では、Ceylon teaはどうでしょう。日本語ではセイロン・ティーですね。ところが、ハングル表記では、"シーロン・ティ"となります。この表記の違いに気づき出すと、もう狂ったように全ての違いが気になってきます。数え上げればきりがありません。McDonaldはどうでしょう。日本語ではマクドナルドですが、ハングル表記では、"メクドゥナルドゥ"です。
一体全体、日本語発音とハングル発音と、どちらが本当の英語発音に似ているのでしょう? どうやら、その答えは、「どちらも似ているし、また似てもいない。」というもののようです。ただ、どうも日本語表記は、英語の中でも英国英語の発音に似ていて、ハングル表記は米国英語の発音に似ているようです。そして、ハングル表記の方が、英語の正しいアクセントを自然と発音し易いように思います。初めてアメリカに行った時に、マクドナルドを道で聞きました。この時に、どうしてもアメリカ人に通じなかった記憶があります。そうです、アメリカではマクドナルドは、ハングル表記のように、メクドゥナルドゥの方が正しい発音です。この表記であれば、自然と最初のドゥにアクセントを持って行きませんか? それが、正しいアメリカ英語発音です。どうやら、日本語がもともとアクセントに対して無関心であり、一方ハングルではアクセントが大切であるので、このように違った表記法になるとも言えるようです。日本語はアクセントがほとんど無い平坦な発音を特徴とする耳に優しい言語である、などと言う人がいます。ですが、僕には以下のような経験があります。アメリカに行った時に、レコード屋さんでクラシック・ギターのCDを探しましたが、どうしても見つかりませんでした。このため、店員さんに、"Where are CDs of classical guitar music?"と、それはそれは流暢な英語で質問したつもりでした。しかし、彼の答えは、何と、"I cannot understand, 'cause your accent is too strong."というものでした。こうして考えると、僕が喋った平坦なアクセントの英語というものは、アメリカ人が普段用いているアクセントたっぷりの英語から見れば、相対的に強すぎるアクセント、ということになるようです。物の見方は事ほど左様に相対的に変化する、ということのようです。僕は、このことをいつも肝に銘じるように努力しています。でも、難しいですね。
などということを考えながら、今回は2003年9月28日夕方に成田から釜山近郊の金海(キム・ヘ)国際空港に到着しました。また発音の話に戻りますが、ここではリエゾンします。従って韓国語らしい発音はキメ国際空港です。ここから自動車で高速道路を1時間半かけて北上し、ウルサン市に到着しました。今回は、このウルサン市、そして更に東海岸沿いを北上した場所に位置するポハン市を訪れ、再び金海国際空港経由で10月2日午後に帰国しました。
ウルサン


ウルサンの港 |
ウルサンは漢字で蔚山と書きます。蔚はヨモギのことですから、ヨモギがたくさん生えている山でしょうか。日本とは歴史的に深く関わりのある、日本海(韓国では、日本海でなく、東海(トンヘ)という呼び名を用い、国際的にもこの呼び名を用いるように主張しています)に面した、韓国南東の港湾都市です[右地図]。
日本との歴史的な関わりとしては、豊臣秀吉が朝鮮を侵略した昔に遡ります。この時に残虐非道な行為で勇名を馳せた(決して褒めている訳ではありません。何と彼らは朝鮮の人々を殺戮した証に、耳や鼻を死体から削いで大将のもとに持ってくることを命令したそうです。)、加藤清正と浅野幸長がこのウルサンに陣取りました。しかし、朝鮮および明の合同軍の猛攻を受け、ウルサン城(現在でも城跡があるそうですが、残念ながら訪れる機会はありませんでした)に立て籠もり抵抗しましたが、最終的に破れました。これを期に豊臣秀吉軍は朝鮮から敗退したのです。その後は、ウルサンは日本と朝鮮の貿易港として栄えてきました。韓国政府は1960年代に入ると、韓国を先進工業国として発展させるために、このウルサンに大規模な投資をしました。この結果、鄭周永氏(チョン・ジュヨン氏)が設立した現代財閥が、このウルサンに自動車、造船そして化学という重化学工業コンビナートを設立しました。そうです、今やウルサンは現代工業の城下町なのです。現在では、現代自動車がここで生産され、世界各地にそのまま港から輸出されています[右写真]。
また、このウルサンの造船産業はあれ程世界に君臨していた日本の造船産業を衰退に陥れたことでも有名です。ウルサンに住んでいる人々の多くは、何らかの形で現代グループとつながりがあります。そして、現代グループは現代建設を除くと、経営状態が非常に良いため、その給与も他の企業よりも高いそうです。このため、ウルサン市民の平均所得は他の地方都市よりもはるかに高いそうです。ちなみに、現代とはハングルで"ヒョンデ"と、発音します。これを英語表記すると"Hyundai"となりますが、この英語表記はしばしば外国人に、"ヒュンダイ"と読まれます。このため、今や韓国の人々も時々、現代のことを"ヒョンダイ"と言ったりもします。ちなみに、前回の韓国訪問記で紹介させて頂いた、SJ Park先生の属するソウル中央病院は、この現代財閥傘下の現代峨山財団の所有するウルサン大学付属医学校病院なのです。つまり、現代財閥はウルサンを拠点として、大学教育の世界にまで進出したということです。峨山のハングル読みはアサンとなりますので、英語名はAsan Medical Centerとなります。ちなみに何故、峨山なのでしょう。峨という漢字は漢字辞典で調べると、山々がそびえ立つ様、とあります。現代財閥創始者チョン・ジュヨン氏は、北朝鮮から裸一貫で韓国に出てきました。そして、一人で韓国最大になった現代財閥を1947年に興したのです。その偉業からチョン・ジュヨン氏は、敬称を込めて峨山と称されたのだそうです。つまり、Sirのようなものが峨山(アサン)なのです。

Ulsan University Hospital

李先生(Lee SangGon)(左)と |
現在もウルサンは現代重工業および現代自動車工業の中心です。周辺人口も入れれば人口150万人ぐらいの都市です。このウルサンにはPCIを行っている病院が二つ存在します。一つはウルサン大学付属医学校病院であるUlsan University Hospital、そしてもう一つは韓国ではめずらしい民間の非大学付属病院であるUlsan Hospitalです。当然この二つの病院は互いに拮抗しています。今回私は幸にもこの二つの病院を訪れることができました。
Ulsan University Hospital [右上写真]はウルサン市の中でも中心地から外れ、現代自動車工業などの工場街にあります。病院自体は20年前に設立されました。この病院のお医者さんの名前は李先生(Lee SangGon)[右下写真]といい、先のAsan Medical Centerで二年間のPCI研修の後で、この病院に三年前に着任し、PCIを開始したということです。ちなみにLee先生の父親は何とまだ51歳であり、下関に三年間住んでいたことがあり、今でも日本の食事を懐かしがられているそうです。僕はこのLee先生の父親よりも自分が年上なんてことはとても言えませんでした。その父親のような私が、彼が3年前に小倉で英語の発表をした時に、たまたま座長をしていました。フロアーからの質問の代わりに、僕が彼に対して辛辣な質問を行い、彼を立ち往生させたということです。

スタッフの皆と |
当日、彼は7例の症例を私のために用意してあり、その中の5例がPCIとなりました。PCI症例としてはあまり難しい症例はありませんでした。マシンはシーメンスの汎用機で、心臓カテーテル検査のみならず脳血管撮影や腹部血管造影なども同じマシンで行われています。従って、循環器内科で毎日、心カテを行うことは出来ません。このマシンでの総症例数は年間2,000例ぐらいで、循環器内科ではその中の1,200例ぐらいを行っているようです。PCIに関しては現在年間300例ぐらいであり、その多くがTRIにより行われているそうです。スタッフはとても親切で快適にPCIを行うことができました[左写真]。

Ulsan Hospital |
もう一つのUlsan Hospitalには一日空けて10月01日に訪れました。この病院は前にも述べましたように民間の非大学付属病院です。病院長の金(キム)先生という方が興した病院で、ベッド数500ぐらいの総合病院です[右写真]。このキム先生の奥さん(Dr. Kim Mae-Ja)もお医者さんで、内科系の部長兼副院長をされています[下写真]。二年前に釜山の東亜(Dong-A; ドン・ア) 大学医学部付属病院で研修を終えて、Dr. Lee Su-Hun先生[下中央写真]とDr. Oh Il-Hwan先生[右下写真]が赴任して循環器内科を立ち上げました。すみません、彼ら若い世代は漢字に馴染みがなく、漢字でどのように綴るのかは、自分で想像はできるのですが、正確には把握できませんでした。病院はウルサンの中心地にあり、とても賑わっている病院です。マシンはPhilipsのBH-5000でした。彼らのチームに2002年7月から、やはり東亜大学カテ室からレントゲン技師さんが移りました。これを契機に、心臓カテーテル検査およびPCIが開始されました。この14ヶ月間に1,200例の心カテを行い、その中の400例でPCIが行われたそうです。彼らとは去年まで例年Dong-A大学のKim Moo-Hyun先生と共同開催していた釜山TRIライブデモンストレーションや、普段のPCI訪問を通じて長年の知り合いです。勿論彼らもTRI派です。彼らは僕が訪れることをずっと待っていました。ですから、当日は困難な症例を含め全部で13例の症例が用意されていました。その中の1例は左主幹部の分岐部、入口部を含めた3枝病変であり、しかも右冠動脈はとても開通されることが困難だと予想される慢性完全閉塞でした。最初に診断カテーテルの画像を見せられた時には、年齢(57歳)からも、また予想されるPCI中の危険性からも、PCIでなくCABGを強く勧めました。しかし、患者さんは断固としてCABGを拒否し、PCIを行うことになりました。この患者さんはOh先生の患者さんでした。彼は、昨年一人の患者さんをPCIの最中に失い、そのため訴訟されているそうです。そんな訳もあり、なおさらOh先生は僕の来院を、首を長くして待っていました。この患者さんは、非常に大変な症例でしたが、合計4個のステントを植え込むことによって合併症無く成功裏に終了しました。これにはOh先生自身非常に感謝感激し、僕の子分になる、と申し出されました。

Oh Il-Hwan先生達と |

Lee Su-Hun先生 |

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もう一人の左主幹部入口部病変の症例と、左冠動脈前下行枝の慢性完全閉塞症例はLee先生の患者さんでした。左主幹部症例はTRIで治療を行い、簡単に終わりました。慢性完全閉塞症例は、何とかガイドワイヤーが通過したのですが、バルーンが全く通過せず(二本の1.5mmバルーンをトライしました)、最終的には#12に対して2mmバルーンを用いてアンカーをかけることにより通過させました。この症例には患者さんもカテ室スタッフも皆、大感激していました。総じて、非常に快適にPCIを行うことができました。スタッフの皆様方には本当に感謝いたします[下写真]。

スタッフの皆と |
現在は未だUlsan Hospitalでは、心臓外科手術が行われていません。しかし、私が訪れた3日前にDong-A大学から一人の心臓外科医(Kim先生との写真の中央に写っている先生。残念ながら名前などは聞き忘れました。)が赴任し、二、三ヶ月後には心臓外科手術が開始される予定だということです。
ウルサンは広域行政市であるテグ(大邱)市からは直線距離で60Km程度しかないため、これまでは患者さんはテグに電車ないし車で移動してPCIを受けていました。あるいは、飛行機で50分のソウルに行って治療していました。しかし、現在ではこれら二つの病院の積極的な姿勢により患者さんが不便の中で移動する必要が無くなりました。
ポハン
ウルサンの中日の9月30日にはポハンに入りました。ポハンとは漢字で浦項と書きます。ご想像のように浦はハングルで"ポ"、項は"ハン"と発音します。この浦項というのが本来の漢字です。しかし、ポハンは本来日本海に面した港町です。日本語でも項と同じ発音(こう)の漢字で港というのがありますね。実は港のハングル読みは"ハン"なのです。当然のことながらこの漢字を用いた方が実態を反映する筈です。そんな訳だと思いますが、最近ではポハンの漢字表記は"浦港"と書かれることが多いようです。非常に混乱させる話ではあります。

POSCO |
浦項という地名を見れば、社会情勢に通じておられる方はすぐにピンとくる筈です。そう、このポハンは浦項製鉄の地です。現在では浦項製鉄という名前は無くなり、もともとのPohang Steel Corporationの頭文字を取り、POSCOという呼び名に変わっています。POSCO[右写真]は1968年にこの地で創業しました。新日鐵の支援の下に、最新の設備投資を行い、1995年頃には新日鐵を追い越し、2000年には米国の有名な経済誌Fortuneでも世界最大の鉄鋼会社になっています。最近では、日経新聞などで報じられているように、新日鐵とPOSCOはより緊密な関係を築こうとしています。周辺人口は100万人ぐらいです。

スンリン(SunLin)病院 |
ポハンでPCIを行っている病院はスンリン(SunLin)病院[右写真]しかありません。スンリン病院はハンドン(韓東)大学医学部付属病院です。もともとスンリン病院は非常に敬虔なカトリック系の病院であり、この病院に今年の3月に釜山の白(ペク)病院より移られた、チョ先生(Dr. Cho KilHyn)[下写真]も非常に敬虔なクリスチャンです。実際に写真からも彼の優しい人柄が伺えるかと思います。彼は優れた人柄ですが、ことPCIに関しては非常にアグレッシブです。そんな訳で、彼は一人でこのポハンに乗り込んで来ました。

チョ先生(Dr. Cho KilHyn)(左)と |
彼がこの病院に移ってから初めて、ポハンでもPCIが行われるようになりました。この半年間で彼は120例のPCIを行ったということです。マシンはGEのAdvantexですが、しばしばマシン・トラブルを起こし、その度に日本、アメリカあるいはヨーロッパからエンジニアが来て修復しようとしたそうです。しかし、未だにマシンが安定しません。このため、GE社は年内にもこのマシンを最新のフラット・パネル・システムであるInova2000に無償で交換することに決定したそうです。彼は、鎌倉にも見学に来られたことがあり、僕の来訪を強く望んでいました。実は、二ヶ月前に訪問する予定だったのですが、マシン・トラブルのために実現していませんでした。

チョ先生のチームと |
彼の下にはまだ誰も医者がいないため、彼はレントゲン技師さん一人を助手にして、そして二人の看護婦さんと4人でPCIを行ってきました。ですから、このチーム[右写真]はものすごく親密で、僕にとってもすごくやりやすい雰囲気でした。この日だけは、僕が術者でCho先生が助手を務める、という非常に恵まれた条件の中でPCIが行われました[下写真]。
彼は僕のために10例の症例を用意していましたが、ほとんどがAd hoc(この場合のAd hocとは、診断造影に引き続いて、病変がPCI適応であれば、そのままPCIを行うことを意味します)の症例であったため、実際にPCIを行ったのは6例ぐらいでした。全例TRIです[下写真]。

PCIの様子 |

PCIの様子 |

イシガレイの刺身

辛鍋(メウン・タン) |
ポハンで有名なものは、POSCOだけではありません。港町ですので当然のことながら新鮮な魚が豊富です。中でも日本でも超高級魚とされているイシガレイが特産魚です。そして、そのイシガレイを用いた刺身[右上写真]、そして辛鍋[右下写真]が有名です。刺身は、細かく切った魚の身を、千切りにしたダイコンやキュウリの上にのせ、そこに、すりニンニクとコチジャン(唐辛子と大豆を混ぜたものを発酵させた辛いペースト)をかけ、全体をかき混ぜて食べます。このようにして刺身を食べるのは韓国の中でもポハンだけですが、正直、絶品の味です。辛鍋は韓国全土に存在しますので、特に変わった点はありません。辛鍋は韓国ではメウン・タンと呼ばれます。メウンとは"辛い"という意味であり、タンとは漢字で湯であり、"鍋"を指します。この字面だけを捉えれば、メウン・タンの中には魚だけでなく、肉だって何だって入っていても良さそうなものです。しかし、そうではありません。メウン・タンは、刺身を取った後の魚のアラ(アラと言っても分からない日本の人も増えているようです。アラとは、刺身を取った後の骨とか頭の部分です)と少量の野菜(ネギ、ダイコン、ニンジン、椎茸など、そして好みに応じてとても辛い緑辛子の千切りを混ぜます)を鉄鍋の中でグズグズと、少なくとも15分間以上煮て、その中にニンニク、コチヂャンを溶かしこんで辛くしたものです。魚のダシが出て、それはそれは美味です。決して肉などは入りません。日本のアラ煮と味は異なりますが、同じ思想の料理です。僕はいつも、このグズグズ煮えている鍋の中に、食べ残った刺身の切り身を入れてしゃぶしゃぶして食べます。そのような食べ方は、韓国には歴史上存在しなかったため、お店の人は、「まずくなる!」といって必ず止めようとします。しかし、それでも強行して行うと、皆が皆、感心して真似を始めるようになります。
魚介類を用いた鍋には他に、ヘ・ムル・タンというのもあります。これは漢字では海物湯ということになると思います。即ち、海産物を煮た鍋です。ヘ・ムル・タンはコチジャンを用いませんので辛くはありません。通常は魚を用いずに、貝とかエビを材料にします。
Cho先生は、僕が辛いものやニンニクを大好きであることをご存じでしたので、おみやげにどっさりとコチジャン、唐辛子粉末、そしてすりニンニクを頂きました。
韓国という国
もともと韓国は、日本と同様に中国文化の影響を強く受けてきました。このため、本来は漢字を用いていました。日本では、表意文字の漢字だけでなく、日本独自の表音文字である平仮名と片仮名が発明され、併用されるようになりました。一方、韓国(というか朝鮮)では、韓国独自の表音文字であるハングルが開発され、朝鮮民族の象徴として用いられるようになりました。そしてその過程で中国文化の象徴である漢字を無視するような政策が行われてきました。
この結果、若い世代の韓国の人々は漢字をあまり分かりません。しかし、韓国も今や世界に冠たる経済大国になりました。皆の考え方の中には、今までは外国文化に対する警戒感が大きなウェテトを占めていましたが、この数年は外国文化に対して、余裕と自信が支配するようになりました。この結果、再び漢字の使用が流行する兆しを見せています。また、新聞などで報じられているように日本文化に対しても、文化開放が行われつつあります。
実際に、漢字は表音文字なので一瞥するだけで意味を理解できる、という大きな利点があります。ちなみに現在、韓国で用いられうる漢字の数は、約5,000文字であり、その一部は義務教育の中で学習するようになっています。ちなみに、日本においてはJIS第一および第二水準で決められている漢字の文字数は約7,000文字です。このように韓国でも再び漢字教育が見直されてきています。しかし、未だ現実には入学試験に漢字の問題は出題されないため、皆真面目に勉強せず、未だに漢字を理解できる若い人々は少ないようです。
しかし、中島みゆきが歌うように、時代は回ります。これからは対中国貿易を睨んで、漢字を学習する人々は増えるものと思われます。
韓国のPCI
韓国の健康保険制度の中では、PCIに対する医療費制限は日本よりも厳しいものがあります。例えば、健康保険制度下では、ある一人の患者さんに対して、その生涯で、一枝に対しては一個のステントしか植え込むことが許されていません。従って、3枝で三個までのステントしか植えることは出来ません。また、基本的にPCIのシネないしCDを審査委員会に提出する義務があり、審査委員会が不必要と判断したならば、医療費は健康保険より支出されません。
PCIの基本手技としてはPOBAのみが認定されており、ステント植え込みが許されるのは、POBA後に、内膜解離を起こしたり、拡張不十分であったりした場合のみです。また、そのような場合でも2.5mmのステントは認められません。このように書くと、日本と比べて何とやりにくい国だと思われるかも知れません。しかし、実態は逆です。世界の中で日本のみで認可されていないディバイスはたくさんあります。例えば、薬物溶出性ステントであるCypherは韓国では本年初めに認可され、Taxusも年内に認可されます。また、コバルト合金を用いたドライバー・ステントも既に認可されています。その他、挙げだしたらきりがありません。
バルーン、ステントその他の医療材料は日本よりも安い価格で病院に納入されます。僕が聞いた限りでは、バルーンが600-900ドル、ステントが1,500-2,000ドルです。また、PCI用のガイドワイヤーは150ドルぐらいです。日本には慢性完全閉塞用の優れたガイドワイヤーがいくつか開発されていて、韓国の先生方も非常に興味を持っておられます。いくつかの代理店がこれらのガイドワイヤーを日本から輸入しようとしましたが、日本の会社が呈示した価格は200ドルぐらいであり、とても韓国国内では採算の採れる価格ではなく、多くの代理店が撤退した、という話です。
このよう日本から見れば、とても効率的な医療を行っているように見える韓国ですが、何とそれでも本年11月から医療費の全面引き下げが行われ、PCI材料費に至っては何と25%も保険償還価が引き下げられるそうです。
このため、各メーカーは今必死で流通経路の見直しを行い、より効率的に商品流通を図ろうとし始めました。今後一、二年で韓国国内の医療産業も大きく様変わりすることでしょう。
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