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中国訪問記-V

はじめに

今回は今年初めての中国訪問です。昨年あれほど大きな騒ぎとなった新型肺炎SARSも今年は今のところほぼ制圧されているようです。その一方で日本では、鳥インフルエンザの脅威が拡大しつつあります。今夏は2004年3月17日10:30am出発の成田発北京行きのJAL781便にのって北京国際空港に14:00前に到着しました。空港からそのまま阜外病院(FuWai Hospital)に向かい、一例LADのCTO病変に対するPCIを行いました。FuWai病院に関してはこれまでの中国訪問記において何回か紹介していますが、日本で言えば国立循環器病センターに相当する施設であり、正式には「中国医学科学院心血管病研究所、中国医学科学院協和医科大学付属阜外心血管病医院」ということになります。2003年のPCI症例数は2,500例ということでした。現在、中国国内で最大の症例数を誇る心臓専門病院です。昨年まで院長先生は僕の古くからの友人であられる高先生(Professor Gao)でしたが、Gao先生は60歳となられたので引退され、現在のInterventional Cardiology部門のトップは陳 紀林 先生(Dr. Chen Ji-Lin)です。当日私が行った症例はLADのCTOであり、冠動脈バイパス手術症例でした。この症例に対しては持参したMagic-FAにより病変通過に成功し、ステントを二個挿入して終了しました。この日の夜は北京に行けばほぼ毎回訪れる「万龍州」(Wang-Long-Zhou)という海鮮酒家(=海の魚を生簀で飼っており、客の注文により料理するレストラン)を訪れました。


万龍州入り口

初めて北京を訪れた1990年には北京市内でも生きた海の魚を見ることは不可能でしたが、現在では北京市内のいたるところ、いえそれのみか内陸部のかなりの地方都市においても生きた海の魚を置いているレストランを見つけることができます。それ程、中国国内の流通が発展した、ということでしょう。この万龍州は、観光客は決して訪れることのない全くローカルな店であり、毎日とても混雑しています。しかし、私が保障しますが、味は中国の海鮮酒家の中で最高ランクであり、いえそればかりか香港の同様のレストランにも匹敵するものです。しかもその上価格もとても安いものです。北京市内に万龍州は二軒ありますが、本店の安定門にある地檀公園 近くの万龍州が僕のお気に入りです。


客で賑わう万龍州

是非皆様方も今度北京に行かれたらばタクシーに乗って「ハイシェン、ワン・ロン・ジョオ、アン・ティェン・メン」と言って下さい。これは僕の下手な北京語で海鮮、万龍州、安定門、という意味です。いざとなれば漢字で書けばOKです。たいていのタクシー運転手はその存在を知っています。それほど、万龍州は北京市民にとって有名なレストランです。中華料理最高の海魚は「石斑魚(シー・パン・ユー)」です。これは肉質から判断すると「ハタ」の仲間だと思います。白身の魚で肌の表面に黒い斑点があり、丁度その様は石のように見えるのでこの名前がついているのだと思います。英語名ではGrouperです。


万龍州の生簀

実はその仲間でRed Grouperと呼ばれるものが最高です。これは肌が鯛のように赤く、しかもその表面に5mmぐらいの青い斑点がいくつもついています。この様から、中国語では「東星斑(トン・シン・パン)」と呼ばれています。東星斑は中国閣内でも最も高級な魚であり、万龍州でも一匹日本円にして5,000円ぐらいします。


安貞医院病棟

安貞医院カテ室

安貞医院正門

翌18日は朝から安貞医院(Anzhen Hospital)を訪れました。思えば10年以上前、初めて北京を訪れPCIを行った時、北京医科大学の機会が壊れたために患者さんをこの安貞医院にまで移送してPCIを行いました。ですから私にとってはこの訪問は4回か5回目でした。安貞医院も北京市内では循環器で有名な病院であり、PCI症例数も年間1,000例以上あります。安貞病院は首都医科大学付属臨床病院であり、また北京市より北京市心血管病研究所に指定されています


安貞医院心カテスケジュール

Liu先生と

当日私はここで5例PCIを行いました。カテ室に掲示されているこの日の予定表を見ればこの病院の症例数の多さが分かるかと思います。このカテ室チーフはLiu先生です。
当日の症例を終えてから私は17:00発の上海行きの飛行機にのりました。北京-上海の間は東京-福岡ぐらいの感覚であり、多くの国内線が飛んでいます。しかし、現在どの便も満席であり、この意味でも早く北京-上海間の新幹線開通が望まれます。







3月19日 CIT2004

翌日は朝から上海においてCIT2004が開催されました。この学会については以前も紹介していますが、China Interventional Therapeuticsの頭文字をとったものであり、2003年北京から始まりました。基本的に北京と上海で一年おきに開催されるそうです。私は、鎌倉ライブデモンストレーション実行委員会としてこの学会の講演をしていますし、3人いるChairpersonsの一人であります。従いまして、8:00amからのOpening Ceremonyにおいてスピーチを述べねばなりませんでした。


Opening Ceremonyでの演説

失意のどん底にある若い心臓外科医

その後、DESのセッションの座長を行いました。そのセッションには何と、FIMを行ったSousa先生が来られました。また、その他にもイスラエルからAlmagor先生も来られて講演されました。
Sousa先生は現在ブラジル・サンパウロにおいて85.4%の患者さんに対してDESを用いていて、DESの使用に対する不適応病変・不適応患者は存在しない、と宣言されていました。
そして、"Just do it!"をもじって、"Just DES it!"と言われていました。
一方、Almagor先生の病院ではDESの使用は30%にしか過ぎないそうですが、その最大の原因は経済的理由だそうです。イスラエルでもDESはBMSに比して高価であり、DESを用いることにより病院側が赤字になってしまうそうです。一方、シンガポール一番の私立病院Mt. Elizabeth病院におけるConsultant CardiologistであるRichard Ng先生は、ご自分の年間300例ぐらいのPCI症例においてDESの使用は98%に達する、と言われていました。これらの発表は、いよいよDESを用いることができるようになった日本の医師として非常に興味深いものでした。

何れにしても、どの国々においても心臓外科医は自分たちの存在意義を問われかねない深刻な事態に陥っており、それを象徴するスライドか映し出されました。この後、私は上海第二医科大学付属瑞金医院(Rui-Jin Hospital)に行き、一症例に対してライブデモンストレーション手技を行いました。実は、僕のその日の予定は16:20上海発成田行きの最終便CA919に乗って日本に帰るものでしたので、瑞金医院を3:00pmには出発せねばならない、というものでした。


瑞金医院正門

黄浦江

ライブデモンストレーションの開始は予定時刻の2:00pmより遅れたため、実際の手技が始まったのも2:00pmを過ぎてしまいました。


浦西地区にあるカフェ

浦東地区高層ビル

症例は左回旋枝のCTO病変でしたのが、残念ながら手技不成功のまま時間切れとなってしまいました。上海は経済発展著しい中国の象徴のような大都市です。中心を黄浦江という大きな船も上れる河が走っています。この河の西側が旧市街の浦西(Pu-Xi)地区と呼ばれ、とても雰囲気がある街です。東側が新たに開発され、高層ビルディングがたくさん建っている浦東(Pu-Dong)地区と呼ばれます。

黄浦江を渡るためには橋を渡るか、トンネルをくぐらねばなりませんが、交通量が多いため何時も渋滞しています。学会場はこの浦東地区にあり、瑞金医院は浦西地区にあり、また国際空港は浦東地区にあるため、とても渋滞するこの黄浦江を何回も横切らねばなりませんでした。浦東地区から国際空港までは50Km以上ありますが、タクシーを飛ばして何とかすべりこみで最終便に乗りこむことができました。
今回も何とも慌しい旅でした。

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