今 Palais de Congres

小倉記念病院でライブ治療行い、鎌倉には最速で 15:30には戻っていました 鎌倉の患者さんにご挨拶し、それから一旦自宅に戻りました

そして21:30に鎌倉の自宅出発し、5/18 0:30AM頃出発の ANA Frankfurt便で移動したのです 機内では4時間ぐらいは眠れました 自分としてはものすごくたくさん寝れた、そんな印象です そしてLuthansa Paris便に乗り換え、10:00AM過ぎにPalais de Congres内の会議室に到着しました

今週は EuroPCRが開催されますが、それは火曜日からなのです それにもかかわらず日曜日朝に現地到着したのは、PCR TokyoValves 2020に向けての Course Co-Directors’ meetingが10:00より開催されたからです 今午前の話し合いを終え、昼食を会場内で食べ、ようやくインターネットに繋がりブログに記録しているところです 本日はこれから15:00まで話し合いがあり、その後 17:00-17:30 皆で写真を撮るそうです その後は開放されそうです やはり老体にはきついですね

まあPCI、TAVIあるいはMitraClipしている時には疲れを見せないのですが・・・

小倉ライブ

昨日夕方の福岡便で小倉に入りました そして今朝 8:30AMより小倉ライブで手技をしました

症例は右冠動脈の慢性完全閉塞患者さんで、3月にトライされるも不成功例でした 8:30AMより手技開始し、最初の同時造影では副血行路は以前の造影よりも不鮮明となり、中隔枝経由の副血行も消失していました また右冠動脈の慢性完全閉塞も前回不成功の時に解離を形成し、そのためにより不鮮明となっていたのです

そのような事情ですから Primary retrograde approachで入りました 幸いにも塞がっていた中隔枝にワイヤーを通過させることができ、右冠動脈の#3にまで到達しました そこで順行性も開始し、Ultimate Brossにより逆行性にクロスすることに成功し、まあ色々IVUSで見たりしたのですが、結果的には10:30AM頃には薬剤溶出性ステントを三個植え込んで、さらに全ての枝を温存して再開通に成功しました

正直あっけない印象でした 余裕で処理することができましたし会場の議論を盛り上げることにも協力しました

まあ何はともあれ歴史ある小倉ライブでのここ数年間連続して成功裏に終了している慢性完全閉塞に対するPCI、本日もその歴史を上塗りした結果となりました

小倉ライブ
小倉ライブでの手技
手技終了後
2019 Kokura Live with Dr. Saito
小倉記念病院
小倉記念病院
小倉港
小倉港向こうに見えるのは下関の街

本日は札幌東徳洲会病院で最初の経皮的僧帽弁接合不全修復システム (MitraClip)

昨日は鎌倉でとても忙しく、昨夜遅くに札幌に入りました すっかり疲れ切り、そして昨夜はよく眠れなかったため、今朝は札幌東徳洲会病院らに 8:30AMに入りました

本日は第一例目の経皮的僧帽弁接合不全修復システム (MitraClip)の日だったのです 鎌倉から水野くんにも参加してもらい、9:30AM頃から開始となりました 僕は手技の監督というか指導というかそんな立場で手洗いして入りました 重度の開心術不可能な心房性機能性僧帽弁閉鎖不全の患者さんでしたが、2個のMitraClip植え込みにより僧帽弁閉鎖不全はほとんど消失しました

手技終了は 13:30くらいであり第一例目としては驚異的なスピードでした 鎌倉でも第一例目は5時間ぐらいかかっていました

これから経カテーテル大動脈弁植え込み術がありますが、それまでの間に皆で記念の写真を撮影しました

札幌東徳洲会病院経皮的僧帽弁接合不全修復システム (MitraClip)一例目記念
札幌東徳洲会病院経皮的僧帽弁接合不全修復システム (MitraClip)一例目記念

とんでもないことが・・・・

鹿児島徳洲会病院応援の一週間が終わり、それが終了してから本日でさらに一週間経ちました でもやはり色々なリズムが戻りません 虚脱感というか放心というか バリバリする気力が失せてしまった というか

それでも治療とかはきちんとやらねばなりませんし、集中と虚脱それが白と黒のように入れ替わるのです 結果として体のリズムが睡眠を受け付けません 睡眠時間が短くなり、かと言って起きている時間帯に何か有益なことをしているかと言えばそんなことは無く、Kindleで本をつまみ読みしたり、Web Surfinしたり、そんなとろこです 要するに受けた心の障害がなかなか戻らないのです

そんな中とんでも無いことが起きたのです

5月14日火曜日ですが、9:00 – 9:30PMまでの予定でアメリカとのテレカンが入りました これは Cardiovascular Research Foundation (CRF)からの直接依頼で予定がセットされました テレカンの内容については明らかではありませんでしたが、どうやら Martin Leon先生、Gregg Stone先生、Roxana Mehranせんせし、Gary Mintz先生達の主要CRFメンバーとのテレカンのようでした まあ緊張する相手とのテレカンですし、日本から誰が参加するのかも分かりませんでした

メールで提示されていたテレカンの電話番号はアメリカのもので、pass codeや何とかコードも提示されていました 時間が来ましたので、自分の iPhoneから国際電話をかけたのですが、pass codeや何とかコードを入れて#を押すと ピンポンと鳴ってから、女性の声で「テレカンに入りましたよ〜〜 今 *名が入っていますよ〜〜」ともちろん英語で言ってきましたので

“Hello! Good Evening or morning! This is Shigeru speaking.” と誰かわからない相手に話しかけました すると

聞き慣れた明瞭な Martin Leon先生の声で突然「齋藤 滋先生はこの25年間来の私達の友人です。1999年に2時間のライブ中継を TCT99 in Washington DCに鎌倉から一人で飛ばし、それにより経橈骨動脈的インターベンションが駆け出しました。それ以外にも数々の貢献をこの分野でされてきました」と何か僕に対する褒め言葉を次から次へと述べられるのです

僕は実際のところ、今年のTCT2019での日本セッションの組み立てなどをやる役目を割り当てられるのかな? そのように予想していました 何故ならば最近何年間もそのような役目を割り当てられ、演者割当や座長をさせられてきたからです

しかし、この電話の内容はどうも違う 何だ 何だ 何だかわからないぞ うーんどうやら称賛の言葉のようだ そうして電話口であまり言葉を発せず聞いていると、「齋藤 滋先生のこれまで世界に尽くしてきた功績は Awardに値するので、TCTとしてその栄誉を讃えたい ついてはこの申し出を受けてくれますか?」 そんな成り行きになりました そして、Leon先生のみならず、Stone先生、Mehran先生もMintz先生達に次々と電話口がかわり、同じようなことを言われ、結局その申し出を受けねばならないことになりました

あーん これは栄誉だけれど大変です まあこのような栄誉は長生きしてここまで現役でやって来たから付録のようについてきたのでしょうね そして何より僕を支えて来てくれた皆のお蔭です 最終的にはこんなメールも事務局から送られてきました

Dear Dr. Saito,
All of your friends and colleagues at CRF are excited to present to you the TCT 2019 Master Operator Award. We are honored that you have accepted, and we look forward to working closely with you and your team to make this a fitting tribute to your work and accomplishments.

鴨池海軍飛行場

第二次大戦終了までは、鹿児島市鴨池に旧海軍飛行場が存在していました この飛行場は終戦間際には鹿屋海軍基地と共に、海軍特攻隊発進基地としても使用され、多くの人々が命を落とされたとのことです

僕が初めて鹿児島を訪れたのは 1984年のことだと思うのですが、その頃は未だ鴨池は現在の型のようには整備進んでなく、旧管制塔の建物が残っていました もちろん今は跡形ありません

それで滑走路がどんなふうに配置されていたのか調べてみましたが、どうやら県道218号線とほとんど同じように滑走路が一本配置されていたようです

旧鴨池飛行場の配置
現在の地図に当てはめると・・・

なお、この2つ目の地図で僕が注目して頂きたいのは、上の方に見て取れる鹿児島徳洲会病院、そして、その左下すぐにある、「コーヒーハウスヒラタ」です 是非とも皆さん訪れて下さい

コーヒーハウスヒラタ

敬天愛人

「敬天愛人」という言葉ご存知でしょうか? 実は僕は知りませんでした 恥ずかしい

この言葉は鹿児島が生んだ日本の英雄 西郷隆盛が好んで使った言葉ということです 「天を敬い、人を愛する」という言葉ですが、深い意味があるようです 興味のある方は例えばここを読んで下さい

JR日豊本線は、西鹿児島駅を出て鹿児島駅に向かう城山の下をトンネルで潜りますが、そのトンネルの入り口に西郷直筆のものでしょうか? が彫られています こんなことも知りませんでしたが、このような彫り物を「扁額」というそうです

丁度僕が2年前近くにTAVIのproctoringで訪問させて頂いた 鹿児島医療センターを少し登った場所にこのトンネルはあります

「敬天愛人」の扁額

歴史を感じますね

皆への手紙

鹿児島徳洲会病院に入りました
昨日 14:00頃病院に入りました 休日でしたが、総務課の人がまず、病院から歩いて30秒、その途中にはコンビニがあります、そこに案内してくれたのは、この4月に新築なった五階建てのone-roomです とても奇麗で、各部屋にバストイレがあります 洗濯機、洗剤完備 ガスも電子レンジ、冷蔵庫、テレビ、Wi-Fi、coffee makerなど 全てありますので体一つで入っても問題ありません
タオルは籠に入れておけば洗ってくれます シーツは交代時にクリーニングするそうです はっきり言ってとても快適ですし、とても便利です ここに移住してもいいくらいです

この後、医局、病棟、食堂など案内して頂き、早速入院患者さんの回診をしました これから一週間 湘南鎌倉総合病院や札幌東徳洲会病院の循環器内科医師としてではなく、鹿児島徳洲会病院のいち内科医師として過ごします すっかり専門バカとなっているのでどれだけできるか分かりませんが、東日本大震災時の気仙沼市立本吉病院派遣時のことを思い出して自分なりにがんばります

ところで、早速にも「すごい! 流石鹿児島」というような食事処を何箇所が発見しましたが、とにかく満員御礼状態でしたので入れませんでした 残念です

鹿児島徳洲会病院
病院から見た桜島
鹿児島市電
素敵なピザ Zingaro
新鮮な「きびなご」

本日はこれから鹿児島に移動

本日は5/03国民の休日ですが、これから羽田空港より鹿児島に飛びます 仕事です これから09日までのまるまる一週間僕は鎌倉を離れ鹿児島に移り住みます その後も鎌倉に復帰する元気があるか分かりません

でもこの期間 何十年前かの医師免許証を取得し、研修医としてワクワクしながら仕事に取り組んでいた そんな自分を取り戻せるかも知れません ある意味楽しみです

CTO Week 2019での衝撃

これまで 1991年12月 未だ天安門事件の影が色濃く残り人々はほとんど全員が濃い緑色の人民服を着ていた頃、北京医科大学医学部、阜外中華人民共和国国家心臓病センターそして安貞首都医学院心臓病センターの3つのカテ室をPCI指導で訪れて以来この28年間の間に都合 100回以上中国各地を訪問してきました その過程で訪れたカテ室の数は数え切れません

そんな僕でしたが、最近はめっきり中国を訪れなくなり、最後に北京を訪問したのは 2017/03/31-04/01の CITの時でした 何と2年間以上北京を訪問してこなかったのです

さて思えば僕の訪問空白期間にこの CTO Weekという画期的なプログラムが開始されたのですね 今年第三回となる CTO Week 2019は 4/22からの一週間開催されたようです もっとも僕は正式のプログラム持っていませんので間違いもあるかも知れません そのコンセプトですが、この一週間 四つと聞きましたが、(1) その四つの病院でPCIは主として慢性完全閉塞しか行わない、(2) そしてその治療の全体をライブデモンストレーション映像として公開する、(3) 映像経費を節減するために、中継はインターネットで行い、映像中継にお金をかけない、そして(4) その映像はインターネットの public URLで誰でも見れるように公開する そのようなものと理解しました

今年はなのか何時もなのかは知りませんが、少なくとも北京の安貞病院、上海の中山病院、そしてNew York Colombia University Hospitalそしてヨーロッパのどこかの病院からライブデモンストレーションが中継されたようです

僕は今回行きなれた安貞病院より前下行枝近位部の慢性完全閉塞症例に対するPCIがアサインされました シネを見るのはライブデモンストレーション放映直前です 55歳くらいの若い方で、RCAの急性冠症候群によりPCIを2ヶ月前に受けられ、前下行枝の慢性完全閉塞はこの日のために置かれていたのです 大きな対角枝分岐部からの何のとっかかりも無い慢性完全閉塞であり、石灰化も著明でした 比較的良好な副血行が心尖部の心外膜を走るルートで発達していましたが、とても蛇行がひどく狙えないと判断されました 中隔枝のルートはほとんど無く絶望的でした

もちろん両側アプローチで入りました、順行性は石灰化強くIVUSを対角枝にいれて引き抜いても入口部の痕跡すら掴めませんでしたので早々に諦めました ついで、RCAからの中隔枝経由を可能性がゼロではない三本ほど試したのですが全く駄目でした この時点で絶望的になったのですが、それでも二時間ぐらい続け、そして最終的に Give Upしたのです 途中では epicardial apical collateralを出している #4AVをバルーンで閉塞し、中隔枝ルートの発達に期待したのですがそれも動作しませんでした

Dr. Linghua Liu 彼は1991年からの生徒の一人です
北京安貞病院

中国先生方は皆僕に会うと、「ありがとう色々なことこれまでに教えてくれて そして今回はうまく行かなかったけれど すごく勉强になった」と感謝の言葉を投げかけてこられました

あいにくとこの日々は例の「一帯一路」国際会議が開催されていて、全世界数十カ国から政府・財界要人が一同に集まり、北京市内はものすごい警戒態勢下でした ホテルの道路を部屋から見ると丁度どこかの国の要人が出発するところで、道路は完全閉鎖されていました

完全封鎖された道路

ライブデモンストレーション手技を不成功裏に終了した後、軽食とりに餃子屋さんに行きましたが、高級な店でした 驚いたことには店内には調理場を常時公開しているテレビ画面があり、不正な調理をしないかなど誰でも監視できるようになっていました すごいですね

調理場公開映像
調理場公開映像

今回の訪問で衝撃を受けたことについてまとめました

  1. おそらくは5G Networkを使用していると思われる高速なインターネット網が既に少なくとも北京市内には構築されている
  2. 慢性完全閉塞手技を公開の下でどんどん積極的に行っている中国がある 日本は遅れをとっている
  3. かつての不正で不衛生なレストランが急速に変貌している
  4. 個人情報保護という点では難点があるが、それも過渡期なのか? そうこうしている内に日本のガチガチの規制が日本という国家を最低レベルにしてしまうのではないのか?
  5. 総じていつの間にか中国に追い越されてしまったのか? いやまだまだ頑張るのだ

こんなことでしょうか

またまた Haskellに迷わされ

さて本日は順調にTAVIが進んでいます 僕自身も 1st operatorとして EvolutProを用いて一例あっという間に治療終了しました 完璧なできでした

さて、その間に頭脳の一部、というか手技の合間に Haskell programmingを考えています 相変わらずとても難しい あの例の、「すごいHaskellたのしく学ぼう!」という有名な書籍で始めた勉強も途中 20%程度進んだところで暗礁に乗り上げてしまいました 何が何だかさっぱり理解できない

そこで今度はこの有名な入門書から、日本人が書いた本「Haskell入門 – 関数型プログラミング言語の基礎と実践」に切り替えたのです

もちろん最初から読み始めたのですが、そうすると前の本で勉強した部分も再び読むので何となく理解が進みます でもやはり暗礁に乗り上げたのです 現在、

$ghci

あるいは

$stack ghci

というコマンドで GHC interpreterを走らせてテストしているのです どうしてもうまく行かない!!

Prelude>:{
Prelude>|f x = case x of n | n `mod` 2 == 0 -> putStrLn "even"
Prelude>|                 | otherwise -> putStlLn "odd"
Prelude>|:}

これで compile errorが出るのです!! ちなみにそのエラー内容は

:40:3: error: parse error on input ‘|’

というものです まさかまさかと思ってやってみました 今度はこのように入力したのです

Prelude> :{
Prelude| f x = case x of n | n `mod` 2 == 0 -> putStrLn "even"
Prelude|                   | otherwise -> putStrLn "odd"
Prelude| :}

そうすると何とエラーが出ずに

Prelude>f 10
even
Prelude>f 9
odd

となり作動しました 要するに”|”という縦棒までの文字数が上下で同じでないとエラーになるのでした 何でもこの縦棒のことを”ガード”と呼ぶらしいです これで論理構造を表すのですね 何だか Pythonのインデントのようです でもここに辿り着くのに30分かかりました 何しろ Kindle本ではこの部分縦棒が揃っていないのですから・・・