MacBook Pro/MAMP mysqlにパスを通すには?

MacBook Proで Laravelをいじっています 直接 MySQLにコマンドを発行せねばならない場面があり、これまで直接 MySQLをいじくっている時には、phpMyadminを立ち上げ、その中で SQLを発行していました

しかし、これは本来のやり方ではなく、本来的には MySQLコマンドを用いるべきです しかし、MAMPを使用している時にこれをどのようにすれば良いのかさっぱり分かりませんでした 金沢に移動する新幹線の中、この中は長野から富山の間は電波が通じず、インターネットアクセスに難儀するのですが、何とか調べました
$ code ~/.bashrc ## ホームの.bashrcを編集します

そしてここからは visual studio codeの中ですが、そこで以下の文を最後に追加します
export PATH="$PATH:/Applications/MAMP/Library/bin/"

そして terminalに戻りもちろんこれを叩いて反映させます

$ source ~/.bashrc

これで直接ターミナルから mysqlと打ち込めば mysqlを動作することができます 便利ですね

鎌倉ライブも無事済んで・・・・

先週の土曜日、日曜日と第25回鎌倉ライブが無事開催されました 比較的順調に運んだ最大の要因は、特定非営利活動法人ティー・アール・アイ国際ネットワークの皆の非常にアクティブな参加だと思っています それぞれの忙しいスケジュールの中、色々なアイディアを出され、それを実現されていったのです 素晴らしい行動力だと思います

そしてもちろん協力して頂いた企業の方々、さらには、忙しい中参加して下さった Faculty membersの方々、そして参加者の方々 皆さん方のお蔭と考えています 本当にありがとうございました

本日は早朝の便で札幌です 心配していた雪も大したことありません 千歳は快晴です また次のステップに向けて進みたいと思います

土日は JavaScriptに費やして

JavaScriptはとても奥が深い言語です 「単なるスクリプト言語でしょ」とか、「どうせ Browserに付属しているものでしょ」、あるいは「オブジェクト指向言語といっても、prototypeなどというものを使うのでしょ」などと酷評されることが多い言語で、僕も最初はそのように思っていました

しかし、この言語は Browserという縛りから解き放たれた時には、ものすごい能力を発揮します その部分の勉強を初めたのですが、これがとても難解です 特に今まで知らなかった関数型プログラミング、これはすごい世界です 関数型プログラミングに限らず何というか物事に対する考え方が今までと異なるので、その新して世界、文化になかなか馴染めないのですね きっと若い人にとっては何でもなく乗り越えることのできる壁なのでしょう 頑張りたいと思います

さて、今朝 12月10日は月曜日 いよいよ鎌倉ライブの週となりました そして僕は早朝といってもそんなには早くありませんが、7:00AMに自宅を歩いて出発、大船駅まで行き、現在東海道線グリー車に 1,030円支払って搭乗しています これからさる新規ディバイス治験のための会合があるのです 会合といっても本当に立ち上げなので少人数の集まりです 今日はこの会合で一日が終わりますね

でも自分の限られた時間をこのような未来に向けて投資する(消費する)ことを続けて行かないと未来は限られたものになってしまいます JavaScriptの勉強も同じ範疇のものです

本日はこれからTAVI

さてあっという間に日巡りカレンダーのように日にちがめくられていきます その間、外来診療に明け暮れ、カテーテルを握ることもありません 外来診療はその出会いの瞬間、そこに全てを凝集しての時間ですからとても好きです

そうして月曜日が過ぎ、火曜後はカテを握る日 朝からTAVI3例、一例目はとても心機能が悪く、万全の態勢で望みましたが、あっけなく終わりました でも終了後患者さんを一般病棟(鎌倉ではTAVIの後、ICUに入ることはしません)に戻ったところ、「とっても楽になりました」との患者さんからの一言、これはとっても嬉しかったです

そして三例のTAVIを終え、14:30より経皮的僧帽弁接合不全修復システム一例、術前の評価では技術的にとても難しそうでしたが、これも 17:00前には終了でした 術後僧帽弁閉鎖不全全く消失しました すごいですねえ

水曜日はまたまた外来診療 たくさんの新患が受診して下さるのは嬉しいです 病歴聴取が大変ですが、その方の人生とのクロスロードなので好きです

そして本日はTAVI 札幌は未だ本格的な雪ではありません

昨日は鎌倉市医師会忘年会に参加しました

湘南鎌倉総合病院は 1988年 10月 01日に開院しましたので、まるまる30年間 + αが経過したとこになります そして、この 8月から無事鎌倉市医師会に加入することができました

加入させて頂き驚いたことは、この鎌倉市医師会は長い歴史を有する医師会であり、湘南地区とくに鎌倉市における保健衛生と医療の発展に長年多大な貢献をして来られたということです 今回当院がその一員となることは栄誉でありますが、より重要な任務と使命を背負ったということになり、身を引き締める思いです

さて、昨日 12月01日土曜日 16:30より第126回創立記念式典が鶴ケ丘会館で開催されました 僕は 18:00からの忘年懇親会に間に合うように参加しましたので、17:00過ぎからの創立記念に講演会「ギターの歴史 〜 演奏を交えて」というとても素晴らしかったであろう演奏会には参加できませんでした

この演奏会には、これまで幾多のコンクール優勝をしてこられた 洗足学園音楽大学客員教授 原 善伸 先生がクラシックギターの名曲を皆の前で演奏されたのです これが聞けず残念です

そして 18:00過ぎから忘年懇親会が開催され、各所からのご来賓によるご挨拶に続いて乾杯、そして懇談があり、その後 今回医師会に加盟した先生方の自己紹介がありました

僕も院長のかわりに挨拶させて頂きましたが、自己紹介の項目の一つとして出身大学というのがあったのです それで、その紹介のために、「これを申し上げれば自分の年齢がわかってしまうのであまり申し上げたくはないのですが、実は昔々 東京大学安田講堂事件というものがあり、その年度の受験生は東大入試が無くなった影響で、東京から関西などに多くが流れました 私もその一人で東京から大阪大学に入学しました」と紹介しました 驚いたことには、この紹介に併せ、同じ年に同じ境遇で進学先を変更された先生方が何と会場に僕以外にも三名おられたのです

そして、その話題が種となり、僕が高校時代三年間クラシック・ギター、そしてフラメンコ・ギター演奏に狂ったことなどにも話題がつながり、またそれを縁に現在クラシック・ギターの演奏を習っておられる二人の先生方ともお話することができ、奇跡的には 原 先生による「アルハンブラの想い出」と「禁じられた遊び」のマイクを用いない原音による演奏を眼の前で聞かせて頂く機会を得ました ものすごい感激です

忘年会が終了し、皆様方にご挨拶して早々に退席しましたが、鶴ヶ岡会館から鎌倉駅までタクシーを拾いに歩く途中、小町通りを歩いたのですが、その途中から少し脇に入ったところにある飲み屋さん街の中の一軒、一人高齢のママさんがやられているカウンターでけのこじんまりしたおでん屋さん兼飲み屋さんに入り、一人で会の後の色々な想い出や思いを噛み締めながら、日本酒を二合、そして「くさやの干物」と、おでんを食べ、それからタクシーで自宅に戻りました

なんだか自分が、いやもちろん当たり前なのですが、「大人になったような」気になりました またこの機会にこれまでお手紙でしか連絡できなかった先生方とも直接お会いしてお話できてとても嬉しかったのです

あっという間に年末月に突入とは!!!

何となんとなんと 知らない内に今日から 12月ではないですか うーん最近ボケているのか昨日何をしたか、一昨日何をしたか それらを思い出せない

きっと、僕が犯罪者になり、アリバイを警察に聴取されても回答できないのではないでしょうか

今必死で思い出します こんな時には calender.appが必要ですね そうそう 29日木曜日には早朝 札幌丘珠空港を飛び立ち、函館に移動しました そこで経カテーテル大動脈弁植え込み術に関わったのですが、とってもうまいこと患者さんが治療されて嬉しかったです

その後、14:45 函館発の便で羽田空港に、そして 18:00からの鎌倉ライブ実行委員会に参加するために鎌倉に戻りました 鎌倉ライブ実行委員会の方々そして特定非営利活動法人ティー・アール・アイ国際ネットワーク社員の方々には年末となりお忙しい中、わざわざご参加賜り、誠に嬉しい限りです 今年の鎌倉ライブ前の最終の年度内会合ですのでとても重要であり、また皆に会の成功と実行に向けてエネルギーを頂きました

30日金曜日は朝からたくさんの外来患者さんの診察、とても疲れますが色々な方々とお話できるのは知的刺激になり、楽しい一時でもあります そして外来診療後は経皮的冠動脈インターベンションを行いました それが終了してから鎌倉ライブの Web Site (https://www.kamakuralive.net/)の修正を行い、それから治験の打ち合わせでした

そして本日土曜日 そうなのです ついに 12月01日となってしまったのですが、鎌倉市医師会会合および忘年会に参加します 湘南鎌倉総合病院が開院したのは、1988年10月01日でした 僕が関西労災病院より移籍し、当院の職員として採用されたのが、同年 9月01日だったのです そうです何とその時より 30年間以上経過したのです 当初は日本全国的に「徳洲会」に対するアンチの嵐が吹き荒れ、鎌倉でもそれは同様でした

しかしながら、時代は流れ、ついにこの秋より湘南鎌倉総合病院は鎌倉市医師会、神奈川県医師会に加入することが受け入れられ、本日ははじめての忘年会に参加させていただくことになったのです でも でも 僕が代表としてご挨拶せねばならないらしいのです あー たくさんの目上の方々の前で自分が挨拶なんて とってもストレスですよ フーッ

本日は

本日は例によって 8:00AMより外来患者さんの診療を開始し、10:00AM終了 急いで通勤用自転車で自宅に戻り、10:205AMには羽田空港に向けてタクシーで移動、11:35AM羽田空港到着し、ANA便に check inして 12:00発の千歳行きにセーフでした

そして、そのまま札幌東徳洲会病院に移動し、15:00過ぎより、3例のPCIに入りました 中にはDiamondBackによる治療もありました なかなか困難な症例もありスリリングでもあり、また神経を使うものでした

札幌東徳洲会病院でも山崎 誠治 部長の指導の下、若い先生方が育っており頼れる組織になっています 実際経カテーテル大動脈弁植え込み術に関しては、北海道随一の経験数と、症例治療スピードの速さが際立っています PCIに関しても、虚血適応を厳格に守りながら症例数を積み上げております

実は数年前何名かの僕の配下となった若い先生方が辞めていき、山崎部長一人残られたのです 僕はその間、単なる支えのように札幌東徳洲会病院を定期的に訪れ続けました 既に最初から 10年間が経過してしまいました 早いですねえ 10年間なんてとても長い期間のように思えるのですが、あっという間でした

色々なことを考えますね 札幌の寒さのせいでしょうか

昨日は東京西病院での院内ライブ

昨日は久しぶりに東京西病院をPCI手技のために訪問しました この病院では 堂前くんが皆を引っ張っておられ、僕も何回か訪れたことがあります とても頑張って来られたのです

前回PCIのために訪問したのは何と 2012/DEC/27でした もう既に6年間経過しているのですね 時の流れに驚きました

カテ室には近郊のインタベの先生方が数名来られ、足利先生に imagingの解説をして頂きながら手技を行わせて頂きました

開始は 14:00過ぎからでしたが、 18:00に終了し、その後 立川駅周辺で会食いたしました 結局自宅帰宅は 12:00 midnightとなり、疲れました

東京西病院には新しい Siemensの Hybrid Systemが導入されたのですが、部屋も広く、マシンのレイアウトも素晴らしく、もちろん画像そのものも奇麗で驚きました この部屋で早くTAVIなどの治療が開始できるようになれば良いですね

もう足腰ガタガタ

さて、飯福田寺 (いぶたじ)本堂には住職さんが受付として座っておられます そこで一人 500円の入山料を払うのですが、その時に入山に際しての注意事項を事細かに教授して頂きます そのお話を聞いている間に「もうここで辞めて引き返そうかな」と不安になってきます 最近も一人滑落死された 66歳の方がおられたそうです 何しろ僕はそれよりも歳が上ですので、死の危険性はより高いということになりますよね

まずはこの簡単な絵図を見ましょう

絵地図

最初少し山道を登るといきなり鎖を使って登らざるを得ない絶壁が出てきました

油こぼし

そして一番の難関 「岩屋本堂」になります もうここいらへんは本当に転落の危険性が高く、僕はそこまで行きましたが、本堂の絶壁を超えてさらに上に行くことは諦めました 実際にとても恐怖を感じるのです

岩屋本堂

この後さらにこのような滑落の危険性がある岩場が続きます そしてもう足はガクガク 腰はヨレヨレになりながらも何とか手足と尻を使ってそして 可能な限り迂回路を通って全行程を乗り切ることができました 合計2時間かかりましたね 最後は長いながい階段を降りて再び飯福田寺に戻ることができました

最後の階段

本当に疲れましたし、死の危険を感じました 二度と行かないでしょう

結局 飯福田寺に到着したのは 11:45AMぐらいでしたが、それから隠れ家的な蕎麦屋さんでいる「悠庵」で肉そばを頂きました とても美味しかったですね

蕎麦処「悠庵」
松坂肉そば

今週はPCIに明け暮れ、そして行者になった

今週は新たな薬剤溶出性ステント治験や、Impellaを用いたCHIPによる治療、そして外来診療に明け暮れました 本当に忙しく自分の残された貴重な人生としての時間をどんどん費やしてしまいました

本当にこんなことでいいのだろうか? さらには MitraClipによる治療、これは大分と早く治療できるようになり、そんなには自分の人生の貴重な時間を費やしてはいませんが、まあTAVIに関しては既に部下に任しても全く問題ありませんので このような時には関わらないようにしていますし

そして昨日金曜日 11/09は伊勢志摩ライブで術者をさせて頂きPCIをまた行ったのです 何時もは土曜日の朝、あるいは金曜日の遅くに松坂に入るのですが、今年は行者としての修行がありましたので、金曜日午後遅めに松坂に入りました

そしてまずは講演を一つ行い、それから実際の症例治療に移りました 意外にもロータプレーターが必要となりましたが、結果的には満足の行く出来で治療が終了したのです この時点で 16:30ぐらいでしたが、すぐに松坂のホテルに向かい夕食を食べてバタンキューでした やはり疲れが溜まっているのですね

しかししかし結局 2:00AMに覚醒して、それからは一睡もできず本日に至ったのです

さて本日は自分の老境に向いつつある肉体を顧みずに無謀にも行者修行に挑んだのです

ここ伊勢にはものすごい昔から修験者が修行を行う聖域としての山があります 本当の意味での山伏が修行に入る山です その山が現在も残っていて、それは麓のお寺により管理されています その寺は 「伊勢山上 飯福田寺」というお寺であり、まだ40歳前後の住職さんが管理されています 飯福田寺というのはなかなか読めないと思いますが、「いぶたじ」と読みます

僕がこの寺と、その修験の場所を知ったのは、やはり伊勢山に当時は存在していた萎びた蕎麦屋さんに行ったからです それは丁度一年前のことでした

それからこの西暦 701年、つまり 1,300年前に開山した修験の山で少しでも修験者、行者に近付こうと、今日この日を一年間待ったのです