こんなやり方大嫌い

外国から時々、PCIのCD/DVDが突然送られてきて、慢性完全閉塞の治療を頼まれることがあります 時にはその国の大使館経由であったり、その国のインタベ界の大物医師からのこともありますし、ご家族から送られてくることもありますし、患者さんご本人からのものもあります

当然のことながら先方は、齋藤 滋に頼めば何とかしてくれるだろう、きっと慢性完全閉塞を開通させてくれるだろう、という大きな期待を持ってコンタクトしてくるのです 僕に頼めば何とかなる、その場合には、往復の航空券を自腹で払っても、そして日本の健康保険制度が適応されず、完全なる自費診療となり数百万円の経費を支出してでも来られようとします

期待は大きいのですが、それを受ける立場の僕としてはとても荷が重いのです

  • そもそもご家族も同伴されないことが多いのですが、何らかの合併症が発生した場合、法律的な問題、倫理的な問題、医療費の問題 その他諸々の扱いが鮮明ではありません -> 結果的に僕一人に全ての責任を押し付けられる可能性があります

もちろん、これに対しては何らかの仲介会社が賠償保険など掛けている場合があり、その場合賠償金や、医療費についてはクリアとなると思いますが、少なくとも倫理的な問題は残り、大きな責任と心の重荷が僕一人に押し付けられると考えられる

  • 慢性完全閉塞のPCIなんて成功率がせいぜい 90% maximumですが、では 10%となった場合、相手は納得されるのか? その場合でも支払いはきちんとされるのか?
  • 実際問題、言葉は直接通じないことが多く、リスクを説明したりしようとしても何処まで理解されているか不明なままに手技に望まねばならない
  • 彼らの理解では、僕クラスの医師が直接手技を行うというのは、非常に特別であり、裏返せば「特別扱いされて当然」という意識がどうしてもある しかし、当院のような病院では、あるいは僕の主義として、特別扱いすることは良しとせず なので、どうしてもギャップが生じる
  • 実際に僕のスケジュールは非常にタイトであり、鎌倉にいる時には午前中 8:15AM頃から15:00過ぎまでぶっ続けで、昼食も摂ることなく外来診療し、そのまま休憩も取ることなく、手技に入るのです だから特別扱いなんて物理的にもあり得ないのです
  • 実際に治療戦略を検討したり、治療するかしないかそのものを検討するのはとても僕のフリーな時間を潰されます 実際に先日もあったのですが、いきなりCDが数枚僕の許に届けられ、仕方がないので時間をかけてそのCDを再生し(実際ここにも大きなリスクがあるのです そのCDに computer virusが仕掛けられていればどうなるでしょう)、DICOM Viewerに読み込もうとするとどうしても読めない、ファイル属性を調べると何と DICOM fileで無い! そんなこともあるのです あるいは、Powerpointに動画を貼り付けて送られてくる場合もあります DICOM formatでない資料は医療資料として認められないし、それに基づいて治療戦略を立てることを僕は絶対にしません

その他諸々の僕の思惑に関係なくPCIとなることが多いのです 勿論これまでに何人もの外国からの患者さんを当院で治療してきましたが、その国に僕が出かけて手技を行うのとは違うストレスが多いのです 皆さん方からすれば、僕の根城の鎌倉で治療を行うほうがストレス小さいのでは? と思われるでしょうが、そんなことは無いのです これが現地で手技をする場合には、現地の色々な状況を把握できますし、その地域で得られる最大限の情報を把握した上で、(日本国内での治療に比して制約は多いかも知れないが)自分の持ちうる能力を全て使用して治療に臨めるのです だから、それは自己発揮そのものなのでストレスは小さいのです

そうそう何を憤慨しているか? と言えば、暮れに同じように CDが数枚いきなり某国大使館経由で送られてきました 何処で僕の情報を得たのか知りません とにかく送られてきたので、正直「またか」と思いながらいやいやそのCDを DICOM Viewerで再生しようとしたのですが、全くできません、何と拡張子 .wmv つまり、Windows Media Viewerの formatだったのです これはそもそもフレームをエントロピー不可逆圧縮してから、時間またぎの不可逆圧縮かかっており、その結果 DICOM fileサイズの 1/10ぐらいになっているのですが、その分情報がロスしています 従って責任を伴う医療用資料としては認められません ここまでで一時間ぐらい自分の貴重な時間を潰されました そして、DICOM formatを要求したところ、インターネット経由で相当な時間がかかるも送られてきました

さてそれを見たのですが、CDは三枚ありました 患者さんは年齢不詳の男性であり、一枚は去年の秋に行われたCT冠動脈造影、次に渡されたのは二枚のCDで、一枚目は去年の11月のもの、二枚目は12月のもので、同じその国ではPCIで有名な施設のものでした 僕も実はこの病院にもう15年以上前になりますが、訪問したことがあります その時は未だ革命前でした 当時の大統領と二人で写っている写真もあります あの時は確か Siemens machineだったけど、と思いながら DICOM fileを解析したところ、やはり Siemensでした

さて、患者さんは数年前に冠動脈バイパス手術を受けておられ、そのグラフトが閉塞したようです そして11月の DICOMを見ると、右冠動脈の長い慢性完全閉塞に対して、両側経大腿動脈的インターベンションにより順行性と逆行性に Corsairなど用い、あるいは Anchoring balloonも用いながら手技が行われ、最終的に造影剤の漏出を伴い、不成功に終了していました 問題視したのは、その手技時間なのですが、何と6時間以上かかっているのです そして、二枚目のDICOMですが、今度は 2時間かかり、同じような手技が行われやはり不成功に終わっていました そして、さらに問題だと思ったのは、DICOM tagからは読み取れませんでしたが、明らかに Japanese style CTO PCIだったのです

さて、ここからは僕の推論に基づいた意見ですが・・・・

何処のメーカーが声をかけたのか知りませんが、明らかに日本人医師を招いて行ったものと思われます これって何なの? と思います 恥さらし そのように思います 節操が無いことに腹が立ちます そしてそんなに時間をかけるような技術的低レベルに腹が立ちます メーカーの方も反省して下さい 僕がその国に問い合わせれば全て明らかになりますよっ こんなやり方大嫌い!!

まあこれぐらいにしておきましょう ついつい熱くなってしまいましたね そもそも皆さん方は DICOM tagについてご存知でしょうか? 面白いので少しだけ勉強して下さい

実際 DICOM viewerが無くとも Binary editorや、Visual Studio Codeを用いれば DICOM tagは全て読み取れますよっ

鎌倉ライブも無事済んで・・・・

先週の土曜日、日曜日と第25回鎌倉ライブが無事開催されました 比較的順調に運んだ最大の要因は、特定非営利活動法人ティー・アール・アイ国際ネットワークの皆の非常にアクティブな参加だと思っています それぞれの忙しいスケジュールの中、色々なアイディアを出され、それを実現されていったのです 素晴らしい行動力だと思います

そしてもちろん協力して頂いた企業の方々、さらには、忙しい中参加して下さった Faculty membersの方々、そして参加者の方々 皆さん方のお蔭と考えています 本当にありがとうございました

本日は早朝の便で札幌です 心配していた雪も大したことありません 千歳は快晴です また次のステップに向けて進みたいと思います

本日のTAVIそして経皮的僧帽弁接合不全修復システム(MitraClip)

今朝も 9:30AM過ぎよりTAVI 3例、そして引き続いて経皮的僧帽弁接合不全修復システム (MitraClip) 1例がありました MitraClipの症例は当院には 20年以上前より虚血性心疾患のために何回かPCIを繰り返してきた患者さんです

この 20数年の間に働き盛りから老年となりましたが、それでもこれまでに行ってきた冠動脈薬剤溶出性ステント植え込みが功を奏し、今まで生活を送られてきました

この事実に感激します 何故ならば僕が鎌倉に来てから既に 30年間が経過、その間にたくさんの数えきれない患者さんを治療してきました もちろん助けることができなかった方もおられます しかし、大多数の方がより長くより有意義な人生を送られることができ、僕のささやかな力がそれを少しでも助けてきた、そのように思うからです

そして年齢と共に、病気の内容も異なっていきます そうして本日の方は重症僧帽弁閉鎖不全となったのです 本日も良いことをできました 大分と患者さんは楽になるでしょう 本当はもう一つクリップを入れたかったのですが、僧帽弁圧較差が上昇するためにそれはできませんでした

でもこのように合計 4例治療しても 17:00前には終了していますので、相当に早くなったものです

あっという間に年末月に突入とは!!!

何となんとなんと 知らない内に今日から 12月ではないですか うーん最近ボケているのか昨日何をしたか、一昨日何をしたか それらを思い出せない

きっと、僕が犯罪者になり、アリバイを警察に聴取されても回答できないのではないでしょうか

今必死で思い出します こんな時には calender.appが必要ですね そうそう 29日木曜日には早朝 札幌丘珠空港を飛び立ち、函館に移動しました そこで経カテーテル大動脈弁植え込み術に関わったのですが、とってもうまいこと患者さんが治療されて嬉しかったです

その後、14:45 函館発の便で羽田空港に、そして 18:00からの鎌倉ライブ実行委員会に参加するために鎌倉に戻りました 鎌倉ライブ実行委員会の方々そして特定非営利活動法人ティー・アール・アイ国際ネットワーク社員の方々には年末となりお忙しい中、わざわざご参加賜り、誠に嬉しい限りです 今年の鎌倉ライブ前の最終の年度内会合ですのでとても重要であり、また皆に会の成功と実行に向けてエネルギーを頂きました

30日金曜日は朝からたくさんの外来患者さんの診察、とても疲れますが色々な方々とお話できるのは知的刺激になり、楽しい一時でもあります そして外来診療後は経皮的冠動脈インターベンションを行いました それが終了してから鎌倉ライブの Web Site (https://www.kamakuralive.net/)の修正を行い、それから治験の打ち合わせでした

そして本日土曜日 そうなのです ついに 12月01日となってしまったのですが、鎌倉市医師会会合および忘年会に参加します 湘南鎌倉総合病院が開院したのは、1988年10月01日でした 僕が関西労災病院より移籍し、当院の職員として採用されたのが、同年 9月01日だったのです そうです何とその時より 30年間以上経過したのです 当初は日本全国的に「徳洲会」に対するアンチの嵐が吹き荒れ、鎌倉でもそれは同様でした

しかしながら、時代は流れ、ついにこの秋より湘南鎌倉総合病院は鎌倉市医師会、神奈川県医師会に加入することが受け入れられ、本日ははじめての忘年会に参加させていただくことになったのです でも でも 僕が代表としてご挨拶せねばならないらしいのです あー たくさんの目上の方々の前で自分が挨拶なんて とってもストレスですよ フーッ

本日は

本日は例によって 8:00AMより外来患者さんの診療を開始し、10:00AM終了 急いで通勤用自転車で自宅に戻り、10:205AMには羽田空港に向けてタクシーで移動、11:35AM羽田空港到着し、ANA便に check inして 12:00発の千歳行きにセーフでした

そして、そのまま札幌東徳洲会病院に移動し、15:00過ぎより、3例のPCIに入りました 中にはDiamondBackによる治療もありました なかなか困難な症例もありスリリングでもあり、また神経を使うものでした

札幌東徳洲会病院でも山崎 誠治 部長の指導の下、若い先生方が育っており頼れる組織になっています 実際経カテーテル大動脈弁植え込み術に関しては、北海道随一の経験数と、症例治療スピードの速さが際立っています PCIに関しても、虚血適応を厳格に守りながら症例数を積み上げております

実は数年前何名かの僕の配下となった若い先生方が辞めていき、山崎部長一人残られたのです 僕はその間、単なる支えのように札幌東徳洲会病院を定期的に訪れ続けました 既に最初から 10年間が経過してしまいました 早いですねえ 10年間なんてとても長い期間のように思えるのですが、あっという間でした

色々なことを考えますね 札幌の寒さのせいでしょうか

久しぶりの バンコク

何と前回タイを訪問したのは 2013年2月16日のことでした ですからいつの間にかもう5年半も訪れていなかったのです

今回は、Wasan先生よりのお招きにより CIAT (Cardiovascular Intervention Association of Thailand)という学会ライブにお招きに預かり、久しぶりにバンコクを訪問しました

バンコクの交通渋滞はアジア最悪、世界最悪と言われて久しかったのですが、その後高速道路整備、近郊電車網の整備のお蔭で前回訪問した 5年前には相当に渋滞が改善していました しかし しかし今回は空港から市内ホテルで学会場であるCentara Grand at Centraworldまで30Kmぐらいにも関わらず 2.5時間以上かかりました 大渋滞です また、とにかく見た目景気がすごく良い雰囲気であり、街を歩く人々も若く、これからますます発展するように見えました またこれまで以上に日本語が街に溢れ、色々な日本から進出した店やレストランもたくさん目に付きました

便利な電車網

街の中心には高架上を近郊電車が走っています これはとても便利な交通機関であり、このように渋滞がひどいと特に役立ちます まあ日本で言えば地下鉄ですが、日本の地下鉄ほどには路線が緻密ではありません

CIATはこれまで毎年開催されていたらしいのですが、これまでは一日限りであり、外国からは演者などを招聘されてこなかったということですが、今年から二日間の日程となり、また外国からも演者や術者を招聘するようになったとのことです 今年の目玉は Serruys先生でしょうか 日本からも僕の見た限り5名ぐらいの先生が招聘されていました

CIAT開催直前

そういう訳で今年は 9回目だそうです 僕は土曜日24日の Opening Ceremonyに引き続いて特別記念講演をしました 内容はTRIの発展と Distal Radial Approachについてでした

タイ料理は非常に辛いものがあることで有名ですが、ビーフンを用いた辛い麺はなかなか満足の行く辛さでした

辛い麺

バンコクの街は高層ビルが立ち並び経済発展が伺えます

バンコクの高層ビル街

そして日曜日 11月25日は 9:00AMにホテルロビーにお迎えの車が来て、そのまま ChulaLongKon病院に向かいました 僕が知っているこのタイ国随一の大学病院はまだ建て替え前のものであり、新しくなってからははじめての訪問でした カテ室は 6室あるそうです

僕に与えられた症例は 80歳のものすごく小柄な女性でした 数週間前に前壁の非貫通性急性心筋梗塞を起こし、左冠動脈前下行枝近位部に対して薬剤溶出性ステントが植え込まれました そしてこの時に右冠動脈中部で長い慢性完全閉塞が発見され、本日の標的病変はこれでした 事前に何の症例情報も無く、今朝初めてどのような症例であるかシネを見ました 右の経大腿動脈的冠動脈インターベンション + 右経橈骨動脈的インターベンションで両側 7Frで入ったのですが、左冠動脈にはガイディング・カテーテルの挿入が困難であり、かなりのきつい角度で何とか入りました

まずは順行性から開始したのですが、Gaia-3rdにより慢性完全閉塞部分を超えることができたのですが、ものすごく硬い病変でした そしてワイヤーはそのまま血管外に抜けました このため、左冠動脈からの逆行性アプローチを開始したのですが、狙った中隔枝はヘアピンカーブ状にLADより分岐し、その選択には高度なテクニックが必要でしたが、何とか突破しました 秒間0.1mmぐらいの回転を加えた押したりひいたりの操作により困難な屈曲を超えました これは本当に難しい高等テクニックです そしてようやく中隔枝を超え、ワイヤーは右冠動脈末梢から近位部向かって進みました ここでマイクロカテを進めるのですが、丁度中隔下縁の激しく収縮する部分が屈曲部にあたり、その部位の通過には Corsair-Proが必要だったのです この動きからひょっとしてこの部位で中隔枝の破裂が起こる可能性があると考えましたが、続行しました

そして順行性と逆行性を Gaia-3rdで組み合わせ、ようやく逆行性にワイヤーが順行性ガイディング・カテーテル内に挿入することができました 次の操作としては当然ながらガイディング・カテーテル内でのバルーン・アンカーであり、それを行うことにより逆行性に Corsairを順行性ガイディング・カテーテル内に持ち込めました しかし、順行性ガイディング・カテーテルがなかなか 右冠動脈に対してco-axialに入らず、この結果 Corsairはその先端部分のみがかろうじて順行性ガイディング・カテーテルに入ったのです

ここで、RG-3に置換するのはこのポジションを失うリスクがありましたが、新調に行い、これでもう勝利は確信したのですが、RG-3を逆行性に入れていく途中で抵抗を感じました そして全く進まなくなったのです、RG-3を透視で追うと、何と順行性ガイディング・カテーテル内部先端が折れ曲がりそこで進まなくなっているのです、そこで、このRG-3を道標として Corsairをもっといい位置、順行性ガイディング・カテーテル内に十分に進め、その位置で RG-3を抜去して新しいRG-3を導入しようとしたのですが、今度は RG-3が Corsairより抜去できないのです それで、Corsairごと左冠動脈まで抜去しようとしたのですが、何と逆行性ガイディング・カテーテルが左冠動脈内に引き込まれるのみで抜去できないのです これは大変です 実はここで中継が時間の関係で終了しました 聴衆の方々は一番重様な部分を見ることができなかったのです だって実に僕のカテ室の開始時刻は前の手技がずれ込んだため遅れに遅れ 11:00AM頃手技開始となったのです それで 12:00に shutdownですからそもそもが中継完了するのは無理です

結局色々やって何とか CorsaitをLAD内まで抜去することができ、そこで右冠動脈から造影したのですが、慢性完全閉塞通過部分には Corsair通過の道ができていましたが、十分に造影されませんでしたので、左冠動脈の造影をしたところ、やはり懸念していたように中隔下縁で中隔枝が破裂していて瘤状になり、その部分で右心系に交通していました そしてそこで、新たに順行性に既に Corsairで形成された道を通してワイヤーを順行性に右冠動脈末梢に通過することができました これでようやく終了できるか と思ったのですが、そこでLADより Corsairを抜去したところ、何とLAD近位部で完全閉塞となって、血圧も低下し心停止状態となりここで心臓マッサージ開始、エコーでは心タンポナーデは否定され、このLAD閉塞が原因の血行動態破綻と考えられました 僕としては何が原因であれ、LADに再度ワイヤーを順行性に通過させなければ何もできない、と考え、皆がバタバタ色々な処置をしてくださっているのを尻目にワイヤー手技を続けました 透視で良く見るとLAD近位部の以前植え込まれたステントがひしゃげているのが分かりました 結局、原因は左冠動脈ガイディング・カテーテルが引き込まれて奥に入り込み、この時にステントも損傷し、これによりLAD近位部で蓋されたものと考えられました またこの時点で逆行性 EBU3.0 7Frが左冠動脈主幹部を損傷したものと考えられたので、JL3.5に交換したのですが、この時誰も気づかなかったのですが 6Fr GCが出されたのです

そこからはワイヤリングの絶妙なテクニックを自分で引き出しました 口では表現できないのですが、とにかく絶妙なワイヤーに対する回転と押し引きなのですが、それを続けました とても成功するとは思えなかったのですが、突然ワイヤーがスーッとLAD末梢まで通過したのです そこから 1.0mm balloonが何とかステント近位部を通過し、拡張するとバースト、ついで 1.5mm -> 2.0mm -> 3.0mmとバルーンサイズを上げていき、何とかIVUSに持ち込みました IVUS解説は帝京大学の興野先生が詳しくして下さいましたが、明らかにステント近位部が血管壁に数ミリに渡り押しつぶされていたのです そこで新たに左冠動脈主幹部からLADにかけてステントを植え込もうとしたのですが、全く通過できませんでしたので、LCXをワイヤーで保護しながらGuidezillaを入れようとしたのですが、当然のことながら 6Fr GC内に側枝ワイヤーを入れた状態ではGuidezillaを入れることはできません 何回か入れようと試み、ようやく「あっ、これは 6Fr GCではないの」と気がついたのです

それで今度は右冠動脈に対してバルーンで拡張し、薬剤溶出性ステントを2個植え込み、右冠動脈の慢性完全閉塞開通部分を確保し、右橈骨動脈からの 7Fr AL1.0SHを抜去し、こちらから 7Fr JL3.5を左冠動脈に挿入し、ようやく Guidezillaの助けを借りて左冠動脈主幹部からLAD近位部に薬剤溶出性ステントを植え込み、これでようやく安定したのです 患者さんはこの間に気管内挿管したりしましたが、リカバーしました ものすごい症例でした

興野先生と
終了作業中

この手技が終了したのは 13:30頃になっていました 朝食も食べていなかったので、それからバンコクに来た時には必ず訪れている Seafood Marketに行き遅めの昼食を摂りました

Seafood Market

いやあ今回はものすごい体験をしました 今回の注意点としては、やはり体格が小さくガイディング・カテーテルの挿入困難な症例は合併症を起こしかねないので本当にPCIの適応であるか否か十分な検討が必要である、ということです そして、合併症に対しては術者として常に冷静に状況を判断し、最適な手段を講じるようにせねばならない、そのように改めて思いました

今現在 CDMX (メキシコシティー)

さて日曜日夕方成田空港発の ANAメキシコ直行便で飛び立ちました ここ数年かけて行っている JICAとの共同プログラムであるメキシコでのTRI普及活動を行うためです

このプログラムは実に 3年間に渡り開催してきたもので JICAと共にメキシコ保健省も参加する公式プログラムであり、これまでに多数のメキシコ人および一部の中南米からの循環器医師を育て、これらの国々でのTRI普及に役立ってきました 今回はこの三年間に渡るブログラムの終わりとなり、やはり僕自身が参加せねばならないものだったのです

メキシコ空港に到着し、ホテルに一旦入り、それから早めの記念夕食会が開催された日本メキシコ友好協会に 16:00までには入りました

日本メキシコ友好協会
日本庭園
平成天皇の 1964年植樹

ここには和食レストランがありますが、日本庭園が素晴らしく、1964年には現在の平成天皇が訪れ記念植樹が行われました

翌日月曜日(11/19)はメキシコ革命記念日でしたが、このプログラムは行われ、メキシコ国立循環器病センター (INC; イエネセと発音します)を舞台に行われました

イエネセ

この日は僕が術者として一例 10:30AM頃より慢性完全閉塞患者さんを治療しました

患者さんは 66歳の Class 3 – 4の重症狭心症の方であり、数年前に冠動脈バイパス手術 (LITA-LAD, SVG-RCA)が行われたのですが LITAは枯れ枝となり、SVGも閉塞していて、しかも左冠動脈前下行枝近位部慢性完全閉塞、右冠動脈近位部と左冠動脈回旋枝遠位部は bridge collateralを伴う慢性完全閉塞でした

今回の targetは左冠動脈前下行枝近位部の慢性完全閉塞でした これに対して、遠位橈骨動脈アプローチに果敢に挑戦しました 実際に触知すると細めの動脈であり穿刺は困難が予想されましたが、なんだか「これも運命 どうなると結果がついてくる」と割り切り、穿刺しました 何と一瞬で穿刺に成功し 6Fr sheathを留置したのです そしてPCIも一瞬で慢性完全閉塞を通過させ DES 3.0 x 33mmを植え込み奇麗な出来上がりとなり終了しました これで患者さんはとてもお元気になられるでしょう

PCI成功して

その後講義を行い、このプロジェクト参加者が集まり記念写真を撮ったのです

記念写真

そして14:00より「うかい亭」でラーメンを食べました

うかい亭
辛味噌ラーメン

本日はこれからプロジェクト閉会式がありそれに参加します

昨日は東京西病院での院内ライブ

昨日は久しぶりに東京西病院をPCI手技のために訪問しました この病院では 堂前くんが皆を引っ張っておられ、僕も何回か訪れたことがあります とても頑張って来られたのです

前回PCIのために訪問したのは何と 2012/DEC/27でした もう既に6年間経過しているのですね 時の流れに驚きました

カテ室には近郊のインタベの先生方が数名来られ、足利先生に imagingの解説をして頂きながら手技を行わせて頂きました

開始は 14:00過ぎからでしたが、 18:00に終了し、その後 立川駅周辺で会食いたしました 結局自宅帰宅は 12:00 midnightとなり、疲れました

東京西病院には新しい Siemensの Hybrid Systemが導入されたのですが、部屋も広く、マシンのレイアウトも素晴らしく、もちろん画像そのものも奇麗で驚きました この部屋で早くTAVIなどの治療が開始できるようになれば良いですね

昨日は当科としてはじめての ELCA

僕自身とエキシマ・レーザーとのつながりはとても長く、実際にレーザーにより患者さんの治療を行ったのは前任の関西労災病院ででした

ですから、1983年頃でした その頃は Excimer Laserというものは未だ臨床では使用されていなかったように思います やはり当時はその発生には有毒ガスが必要だったからではないでしょうか 従って臨床で使用可能なのは YAGレーザーであり赤外線波長のものであり、熱を発生されるレーザーでした

当時、一人で気管支ファイバー検査を行い、TBLB (Trans-Bronchial Lung Biospy: 経気管支的肺生検)を行ったり、肺がんの診断を行ったりしていました もちろん心臓カテーテル検査の傍らにです 未だ経口気管内挿管下での手技が一般的だった中、いち早く経鼻非気管内挿管で行っていました いやああの頃は自分で論文を色々読んでそれを実践していましたね 進んでいました あの頃の進士の気構えが今は自分にあるのでしょうか?

まあそれは自分自身の問題ですが、昨日は 足利先生にプロクタして頂き、鎌倉としてははじめての ELCAを 4症例に対して行いました 足利先生のご指導が素晴らしく、いずれも合併症無く成功裏に終了しました

自分自身 Eximer Laserを用いたのはもう今から 20年以上前に行われた DMR (Direct Myocardial Revascularization)の治験でです これはエキシマレーザーを左室内心内膜側から心外膜側に向けて発射することにより、直接心内膜側から心筋内に新たな血管を作る、という野心的な治療法でした もちろんターゲットは心筋梗塞近位部の虚血領域です この国際共同臨床試験および日本国内治験は実際に開始されました 鎌倉からも数例登録されましたが、残念ながら途中解析で優位な臨床効果が得られない、ということが判明し、米国を含め全世界で試験が中止となったのです

しかし、ELCAは繰り返すステント内再狭窄や血栓リッチな病変、あるいはディバイス通過不能症例にはとても良いでしょうね また、当院では以前よりたくさんの症例を行っているペースメーカー・リード抜去においても同じレーザーマシンが使用されます というよりも当院では数年前よりリード抜去を行ってきましたので、 ELCAは今更ながら遅い導入でした

ここまで導入が遅れたのは、これまでの僕自身のなんとなく Eximer Laserに対する悪い印象があったからです でもそんな今更根拠の無い印象で新たな治療法を取捨してはいけませんね

今週はPCIに明け暮れ、そして行者になった

今週は新たな薬剤溶出性ステント治験や、Impellaを用いたCHIPによる治療、そして外来診療に明け暮れました 本当に忙しく自分の残された貴重な人生としての時間をどんどん費やしてしまいました

本当にこんなことでいいのだろうか? さらには MitraClipによる治療、これは大分と早く治療できるようになり、そんなには自分の人生の貴重な時間を費やしてはいませんが、まあTAVIに関しては既に部下に任しても全く問題ありませんので このような時には関わらないようにしていますし

そして昨日金曜日 11/09は伊勢志摩ライブで術者をさせて頂きPCIをまた行ったのです 何時もは土曜日の朝、あるいは金曜日の遅くに松坂に入るのですが、今年は行者としての修行がありましたので、金曜日午後遅めに松坂に入りました

そしてまずは講演を一つ行い、それから実際の症例治療に移りました 意外にもロータプレーターが必要となりましたが、結果的には満足の行く出来で治療が終了したのです この時点で 16:30ぐらいでしたが、すぐに松坂のホテルに向かい夕食を食べてバタンキューでした やはり疲れが溜まっているのですね

しかししかし結局 2:00AMに覚醒して、それからは一睡もできず本日に至ったのです

さて本日は自分の老境に向いつつある肉体を顧みずに無謀にも行者修行に挑んだのです

ここ伊勢にはものすごい昔から修験者が修行を行う聖域としての山があります 本当の意味での山伏が修行に入る山です その山が現在も残っていて、それは麓のお寺により管理されています その寺は 「伊勢山上 飯福田寺」というお寺であり、まだ40歳前後の住職さんが管理されています 飯福田寺というのはなかなか読めないと思いますが、「いぶたじ」と読みます

僕がこの寺と、その修験の場所を知ったのは、やはり伊勢山に当時は存在していた萎びた蕎麦屋さんに行ったからです それは丁度一年前のことでした

それからこの西暦 701年、つまり 1,300年前に開山した修験の山で少しでも修験者、行者に近付こうと、今日この日を一年間待ったのです