今現在 CDMX (メキシコシティー)

さて日曜日夕方成田空港発の ANAメキシコ直行便で飛び立ちました ここ数年かけて行っている JICAとの共同プログラムであるメキシコでのTRI普及活動を行うためです

このプログラムは実に 3年間に渡り開催してきたもので JICAと共にメキシコ保健省も参加する公式プログラムであり、これまでに多数のメキシコ人および一部の中南米からの循環器医師を育て、これらの国々でのTRI普及に役立ってきました 今回はこの三年間に渡るブログラムの終わりとなり、やはり僕自身が参加せねばならないものだったのです

メキシコ空港に到着し、ホテルに一旦入り、それから早めの記念夕食会が開催された日本メキシコ友好協会に 16:00までには入りました

日本メキシコ友好協会
日本庭園
平成天皇の 1964年植樹

ここには和食レストランがありますが、日本庭園が素晴らしく、1964年には現在の平成天皇が訪れ記念植樹が行われました

翌日月曜日(11/19)はメキシコ革命記念日でしたが、このプログラムは行われ、メキシコ国立循環器病センター (INC; イエネセと発音します)を舞台に行われました

イエネセ

この日は僕が術者として一例 10:30AM頃より慢性完全閉塞患者さんを治療しました

患者さんは 66歳の Class 3 – 4の重症狭心症の方であり、数年前に冠動脈バイパス手術 (LITA-LAD, SVG-RCA)が行われたのですが LITAは枯れ枝となり、SVGも閉塞していて、しかも左冠動脈前下行枝近位部慢性完全閉塞、右冠動脈近位部と左冠動脈回旋枝遠位部は bridge collateralを伴う慢性完全閉塞でした

今回の targetは左冠動脈前下行枝近位部の慢性完全閉塞でした これに対して、遠位橈骨動脈アプローチに果敢に挑戦しました 実際に触知すると細めの動脈であり穿刺は困難が予想されましたが、なんだか「これも運命 どうなると結果がついてくる」と割り切り、穿刺しました 何と一瞬で穿刺に成功し 6Fr sheathを留置したのです そしてPCIも一瞬で慢性完全閉塞を通過させ DES 3.0 x 33mmを植え込み奇麗な出来上がりとなり終了しました これで患者さんはとてもお元気になられるでしょう

PCI成功して

その後講義を行い、このプロジェクト参加者が集まり記念写真を撮ったのです

記念写真

そして14:00より「うかい亭」でラーメンを食べました

うかい亭
辛味噌ラーメン

本日はこれからプロジェクト閉会式がありそれに参加します

昨日は東京西病院での院内ライブ

昨日は久しぶりに東京西病院をPCI手技のために訪問しました この病院では 堂前くんが皆を引っ張っておられ、僕も何回か訪れたことがあります とても頑張って来られたのです

前回PCIのために訪問したのは何と 2012/DEC/27でした もう既に6年間経過しているのですね 時の流れに驚きました

カテ室には近郊のインタベの先生方が数名来られ、足利先生に imagingの解説をして頂きながら手技を行わせて頂きました

開始は 14:00過ぎからでしたが、 18:00に終了し、その後 立川駅周辺で会食いたしました 結局自宅帰宅は 12:00 midnightとなり、疲れました

東京西病院には新しい Siemensの Hybrid Systemが導入されたのですが、部屋も広く、マシンのレイアウトも素晴らしく、もちろん画像そのものも奇麗で驚きました この部屋で早くTAVIなどの治療が開始できるようになれば良いですね

昨日は当科としてはじめての ELCA

僕自身とエキシマ・レーザーとのつながりはとても長く、実際にレーザーにより患者さんの治療を行ったのは前任の関西労災病院ででした

ですから、1983年頃でした その頃は Excimer Laserというものは未だ臨床では使用されていなかったように思います やはり当時はその発生には有毒ガスが必要だったからではないでしょうか 従って臨床で使用可能なのは YAGレーザーであり赤外線波長のものであり、熱を発生されるレーザーでした

当時、一人で気管支ファイバー検査を行い、TBLB (Trans-Bronchial Lung Biospy: 経気管支的肺生検)を行ったり、肺がんの診断を行ったりしていました もちろん心臓カテーテル検査の傍らにです 未だ経口気管内挿管下での手技が一般的だった中、いち早く経鼻非気管内挿管で行っていました いやああの頃は自分で論文を色々読んでそれを実践していましたね 進んでいました あの頃の進士の気構えが今は自分にあるのでしょうか?

まあそれは自分自身の問題ですが、昨日は 足利先生にプロクタして頂き、鎌倉としてははじめての ELCAを 4症例に対して行いました 足利先生のご指導が素晴らしく、いずれも合併症無く成功裏に終了しました

自分自身 Eximer Laserを用いたのはもう今から 20年以上前に行われた DMR (Direct Myocardial Revascularization)の治験でです これはエキシマレーザーを左室内心内膜側から心外膜側に向けて発射することにより、直接心内膜側から心筋内に新たな血管を作る、という野心的な治療法でした もちろんターゲットは心筋梗塞近位部の虚血領域です この国際共同臨床試験および日本国内治験は実際に開始されました 鎌倉からも数例登録されましたが、残念ながら途中解析で優位な臨床効果が得られない、ということが判明し、米国を含め全世界で試験が中止となったのです

しかし、ELCAは繰り返すステント内再狭窄や血栓リッチな病変、あるいはディバイス通過不能症例にはとても良いでしょうね また、当院では以前よりたくさんの症例を行っているペースメーカー・リード抜去においても同じレーザーマシンが使用されます というよりも当院では数年前よりリード抜去を行ってきましたので、 ELCAは今更ながら遅い導入でした

ここまで導入が遅れたのは、これまでの僕自身のなんとなく Eximer Laserに対する悪い印象があったからです でもそんな今更根拠の無い印象で新たな治療法を取捨してはいけませんね

今週はPCIに明け暮れ、そして行者になった

今週は新たな薬剤溶出性ステント治験や、Impellaを用いたCHIPによる治療、そして外来診療に明け暮れました 本当に忙しく自分の残された貴重な人生としての時間をどんどん費やしてしまいました

本当にこんなことでいいのだろうか? さらには MitraClipによる治療、これは大分と早く治療できるようになり、そんなには自分の人生の貴重な時間を費やしてはいませんが、まあTAVIに関しては既に部下に任しても全く問題ありませんので このような時には関わらないようにしていますし

そして昨日金曜日 11/09は伊勢志摩ライブで術者をさせて頂きPCIをまた行ったのです 何時もは土曜日の朝、あるいは金曜日の遅くに松坂に入るのですが、今年は行者としての修行がありましたので、金曜日午後遅めに松坂に入りました

そしてまずは講演を一つ行い、それから実際の症例治療に移りました 意外にもロータプレーターが必要となりましたが、結果的には満足の行く出来で治療が終了したのです この時点で 16:30ぐらいでしたが、すぐに松坂のホテルに向かい夕食を食べてバタンキューでした やはり疲れが溜まっているのですね

しかししかし結局 2:00AMに覚醒して、それからは一睡もできず本日に至ったのです

さて本日は自分の老境に向いつつある肉体を顧みずに無謀にも行者修行に挑んだのです

ここ伊勢にはものすごい昔から修験者が修行を行う聖域としての山があります 本当の意味での山伏が修行に入る山です その山が現在も残っていて、それは麓のお寺により管理されています その寺は 「伊勢山上 飯福田寺」というお寺であり、まだ40歳前後の住職さんが管理されています 飯福田寺というのはなかなか読めないと思いますが、「いぶたじ」と読みます

僕がこの寺と、その修験の場所を知ったのは、やはり伊勢山に当時は存在していた萎びた蕎麦屋さんに行ったからです それは丁度一年前のことでした

それからこの西暦 701年、つまり 1,300年前に開山した修験の山で少しでも修験者、行者に近付こうと、今日この日を一年間待ったのです

やっぱり自分は TAVIlistというよりもAngioplasterかな

なんと自分自身は 1981年に初めて PCIを行ったのです ということは既に37年間もPCIをしてきた、ということになりますね そして、TAVIに関しては 2012年に自分自身の第一例を治療した、ということになります

結果的に経験年数や治療した患者さんの数に関しては圧倒的にPCIが凌駕していることになります PCIと言っても色々とありますよね これまで自分自身が promoteしてきた分野としては、

  1. 急性心筋梗塞 (AMI)に対する Primary Stent Implantation – これに関しては JACCに論文出していますね
  2. 慢性完全閉塞 (CTO)に対するPCI – これに関しても幾つかの英文論文出していますね
  3. 経橈骨動脈的インターベンション (TRI) – これに関しても幾つかの英文論文出していますね

というのが主な分野でしょうか また最近は 分岐部病変 (bifurcation)に対するステント植え込みで英文論文出していますね

まあ、数はそれなりに論文出してきましたが、そろそろ打ち止めでしょうか あとは若い人にやってもらいたいな それでも自分には自分を頼り来られる患者さんがまだたくさんおられます それはとても名誉なことで嬉しく、やり甲斐のある事なのですが正直の話 年齢と共に自分の精神力や体力が弱ってきているのを感じるのです でも頑張らねばなりませんし、一旦ひいてしまえば、そのままズルズルと後ろに下がるだけですもんね

そんな中で今週は昨日月曜日には実はとても忙しく 夕方公的な用事で母校大阪大学医学部の銀杏会館という場所 これは吹田市ですが、ここに赴かねばならなかったのです しかも午前中数は制限しましたが外来診療があったのです そこにもうこれは triple bookingですが、新しい薬剤溶出性ステント (DES)の治験を開始したのです 新たな薬剤溶出性ステント治験に関しては、責任が思いですのでなるべく僕自身で植え込みを当初行うようにしてきました 今回もそうなのです それで外来診療しながら 5例の治療を行い、そのまま大阪に向かったのです

用事を済ませて鎌倉に戻ったのはもう 23:00でした 流石に疲れます

そして本日は TAVI + MitraClipです いやいやそれだけでなく 昨日より開始した薬剤溶出性ステント治験をさらに三例行ったのですよ こうなると自分は一体 Angioplaster (PCIを専門に行う医師)なのか TAVIlist (TAVIなどの弁膜症などのカテーテル治療を本文に行う医師)なのか訳が分かりませんね でもとっても嬉しいことがありました 先日僕が治療させて頂いた患者さんからのメールでした このようにお礼の言葉をいただくと、老体に鞭打ち、疲れ、時間の無い中で頑張って治療させて頂いた苦労が報われますね ありがとうございます

昨日は金沢循環器病院PCI 10,000例記念ライブデモンストレーションおよび祝賀会

昨日 11月02日は朝から羽田発の小松空港行きの ANA便で金沢に飛びました 飛行機はビジネス・マンで満席でした 途中日本アルプスを横切るのですが、快晴のため美しいアルプスの山々を見ることができました

記念の署名

昼に蕎麦を食べ、 14:00より一例 右冠動脈と左回旋枝の二枝慢性完全閉塞の症例のPCIを行わせて頂きました その模様は院内の会議室にライブ中継され、その様子を NHK金沢がテレビカメラで取材に来ていました

NHK中継カメラ

前日に症例の CDを見て、「これはものすごく難しい」と思いました 両方の冠動脈に対して既にPCIが試みられていたのですが、不成功に終わっていたのです それにその間の数年の中で心機能悪化し、解剖学的にはもっと困難になっていたのです 昨日の造影で左回旋枝のCTOはまず不可能 (間に CYPHERが植え込まれ、その前後で double CTO)と判断し、少しでも可能性のある右冠動脈に対して中隔枝経由の retrogradeで入りました なかなか目標とする中隔枝を選択できず、ようやくのことで選択でき、Corsairを中隔枝の中に挿入したのですが、その中隔枝は hair-pin curveを描いて #PDに対して遠位に向かって合流していたのです 以前のシネではそのような所見は無く素直に合流していたのですが、これは心臓の expansionによる解剖学的変位のためだと思います 何れにしても Sion/Sion-Blue/Sion-Black/XTRなどでは全く #PD近位に向けてワイヤーを進めることはできなかったのです SUOH-03は無かったので試すことはできませんでしたが、おそらく SUOH-03でも不可能だったでしょう こういう時に僕はしばしば Ultimate-Bross 3 (UB3)を用いるのですが、もちろん肝心の部分で硬いワイヤー先端による解離を引き起こしその時点で不可能・不成功になる危険性はあるのですが、そこはものすごい慎重で大胆なワイヤー操作でなんとか乗り切るのです そして昨日もそれを行いましたが、それが功を奏してワイヤーは右冠動脈近位部に向かって進めることができました このワイヤー操作が昨日のテクニックのキモでした

その後、CART/Reverse-CARTを行いようやくのことで順行性にワイヤーを #PD真腔に導入でき、最終的に 3.0 x 38mm + 3.5 x 38mmと二本のDESを植え込み成功裏に終了しました

そしてその開通した右冠動脈よりの造影で左回旋枝のCTOに対する可能性を検討したのですが、先に書いたように double CTOで collateralも poorですので、成功する可能性は限りなくゼロに近い、という判断でその時点で終了しました 使用造影剤量 < 300ml, 被曝線量 2Gyであり患者さんに対して悪影響をもたらすことなく成功したと思います これで少しでも心機能改善すれば良いと思います

うまく行きました

このライブの後ホテルに入り 18:00より講演を行い、夜は「太平寿し」で食事をしました

金沢循環器病院PCI10,000例記念

金沢市から飛び地となっている野々市町にある「太平寿し」はとても有名で、その大将は石川県寿司協会会長をされていたのですが、今年春先に残念ながら亡くなられたのです その後はお弟子さんが立派に継がれていました

寂しい そして 前に向かって

とてもとても寂しいのです 何故かと言えば、あの行きつけの安らぎの場所「ブックスペース栄和堂」がこの 10月26日より閉店するのです

僕にはこの安らぎのスペースで MacBook Proをひろげて コーヒーとサンドイッチを食べながら Web系のプログラムを書くのが開放された時間だったのです 電源は完備され、また Wi-Fiも飛んでいて しかも雑踏がなく静かに時間を過ごし、色々なことに思いを馳せることができました

最後に先日の日曜日 10/21に訪れました 初めて開店前の 12:00少し前に店に入り、そこから 4.5時間時間を過ごしました 「きっと最後だからたくさんのお客さんで一杯だろう」と思っていたのですが意外にも僕をその 4時間あまりの時間帯には僕を含めて 10名未満のお客さんしかいませんでした

でもお陰様で http://www.kamakuralive.net/ のプログラムはずいぶんと改良され洗練された趣になった(と、勝手に自画自賛している)のです

そして昨日 10月 22日は Chicagoより Tony先生をお招きし、CTO (慢性完全閉塞)に対する経皮的冠動脈インターベンションを合計 4例 + 通常PCI 1例したのです 正直自分の経皮的冠動脈インターベンション体力が以前より絞られてきていますのでCTOを 4例立て続けに治療するのはとても辛いのです

それでも昨日は違いましたねえ 往年の最盛期の僕が戻りましたねえ ワイヤー選択、戦略全てがバッチリでしたし、何より微妙で大胆なテクニックも健在でした

一例が Tonyより proctoringされた ADR (Antegrade Dissection Re-entry; 経順行性乖離腔再疎通)テクニックに関しては正直「邪道」と思っていましたが、実際にやってみるとなかなか面白いし、そのテクニックの中に色々な Tipsがあると感じました

何れにしても新しいことを取り入れようという自分自身の姿勢には我ながら感心しましたよ これが前に向かって ということでした

それぞれにとっての年月

自分も歳をとってきました 思えば、小学生の頃は一日がとても長く「早く明日になあれ」と毎日思っていました 明日になればまた皆の楽しく遊べるし、ご馳走も食べることができるかも知れない そんな期待で時間の流れが何時も遅く感じていました

しかし、この歳になり今はどうでしょうか? 今は、あっと今に一日が過ぎて行きます 結局自分の頭の中で「これぐらいはできる」とか思っていても、実は体力とか智力とかあるいは運気でしょうか 何しろ色々なことが自分のイメージと乖離して、その結果思っていたようにはできていない だから同じことをしながらすぐに明日になってしまう イメージの中では時間は同一に流れていても行った実績としては時間はあって言う間に過ぎていくのです

うーんバリバリで強気に満ちいた 30歳から 40歳ではどうでしょうか? あの頃は「これからの10年間 とっても長い時間が自分にはある どんなにか自分が色々なことを楽しみ、また進化していくのか」そんな期待に満ち溢れていましたよね

でも今となっては、「あと10年? そんな時間自分に残されているのかな?」そんなことを考えてしまいます

実際ある年齢の人の平均余命はプログラマの視点から言えば、これまでの生命予後の積み重ねと理論的考察から年齢を変数とした関数として定義可能な筈です 実際に同様の視点は確率されていて厚生労働省の Home Pageにも見ることができます

これによれば以下のような簡単な式で表されるようですね

平均余命計算式

ところが、この式、ぱっと見れば「おっ 自然対数の底が出てきている なんか科学という匂いがするなあ」と思いませんか?

違うのです 単に eというのは記号に過ぎず、自然対数の底 いわゆるネイピア数とは全く関係ありません 何か当たり前のことしか行っていません 要するに 「ある年齢 x歳の人々の平均余命」 = 「その集団の中で x歳以上の人々の人口 = 定常人口」を「その集団の x歳に達している人口」で割ったものに等しい と述べているのです 何だかこれってあまりおもしろくないですね そりゃあそれにより x歳の人が平均的に何年間生きることができるのか? という問いに答えることはできるでしょうか・・・ うーん 面白くない それにどうも本当にこれであっているのでしょうか? だって「人数」を「人数」で割れば、単位は消失してしまい、どうしたって「年」は出てきません ちなみにこのページでは実際に平均余命を計算しています ここの「平均余命の定義」は解りやすく 以下のようになっています

平均余命の定義を最初に説明します。まず、平均余命は年齢ごとに定まります。x歳の平均余命とは、現在x歳の人が平均してあと何年生きるかを表す数値です。平均と言いましたが、数学的に言うと期待値というものです。

このページで解説されている平均余命の計算は結構ややこしいですね 時間のある方はやって下さい

ところで何でこんなこと考えているか? と言えば 例えば、自分は経皮的冠動脈インターベンションの術者であり、冠動脈領域で治療をすることを天職の一つとしているのですが、こんなことを悩みました 「40歳の患者さんが左冠動脈主幹部を含む重症三枝病変であり、諸事情により冠動脈バイパス手術が困難で危険である時」このような時にも、もちろん患者さんのリスクは賭けるのですが、それだけか自分の医者としての自分の人生全体を賭けたリスクも取ることになるのですが、その時に「この治療で後何年間をその患者さんの人生にもたらすことができるだろうか?」 そんなことも考えます そして、「まだまだこの患者さんは少なくとも平均余命までの時間を得る権利がある」 そんなことも考えます 考えるだけでなく自分の心にとって大きな圧力となります

これが ご高齢の患者さんであれば、どうでしょうか? きっと自分は「今ここで亡くなられるようなリスクは犯したくない、そのかわりあと数年でも長く楽に人生を送って欲しい」と考えます

そして考えました、経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)の場合にはどうだろうか? TAVIにおいてはこの数年間いや1 – 2年間でけでもディバイスの改良、医学としての知識の蓄積の増大、それぞれの経験の増大に伴い、著しく手技に伴うリスクが減ってきました そして、今や全世界的にも外科的大動脈弁置換術のりクスが低い患者さんに対してもTAVIを行う方向に向かっています その結果TAVIの世界で起きていることは、明らかに適応拡大なのです 適応拡大の中にはこれまでは 80歳以上の方々を対象としてきたTAVIですが、次第により年齢の低い方々も対象とするようになってきました この流れの中でこれまでの議論に立ち戻れば、少なくとも術者としての自分から見れば、TAVIという治療の後に与えられる時間が長くなってきているので、結果的に よりゆっくりとした時の流れが残される、そのようにも解釈できます

何れにしても時間に対する感覚は絶対的なものと信じがちですが、実は相対的なものなのです 大切なことは、そのような自分の見方により変化する時の重みに対して常に時間の流れを大切に考えることかも知れません

ストレス? 乗り越える歓び? それとも

そりゃあまあ僕ほど公開の人前でしかも世界中で困難な症例の経皮的冠動脈インターベンションを行い、その多くを成功に導いてきた人間はいませんよ

それは断言します だって実際にこの世界に飛び込んでから既に 37年間もどっぷりです こんなに長くこの魑魅魍魎とした世界で生き延びている人間はいないのです

つい先日もあるアメリカ人の Cardiovascular Interventionalistからメールをいただきました 「友よ、長い友よ、自分はこの世界から抜ける、そしてあるメーカーの幹部になる、それでも友情は変わらないでいて欲しい」という内容でした

もちろん僕の返事は “Absolutely, you are my friend forever.”というニュアンスのものでした

翻って自分には才能が無いためか、この世界で蠢いていることが人生なのです

その反動で今でも色々なところから「これは不可能でしょ」などと思えるCDが送られてきます それはストレスです でも それを乗り越えて行く時の歓びというのは魅力的です うーん これって中毒的自虐的嗜好ですねえ

と言いながら 既に心はプログラミングの世界に ではバイバイ

久方ぶりのPCI

昨日は午前中鎌倉で外来診療 結構色々な問題を抱えた患者さんが新患として多く受診されましたので、時間がかかりました 急いで自宅まで自転車で一旦戻り、そこから羽田空港に

そして 16:00羽田発の千歳行きに搭乗し、札幌東徳洲会病院に到着したのは 18:30 そこから打ち合わせし、それから予定的なPCIを一例行いました うーんひょっとして 9/12にヘルシンキ大学附属病院で慢性完全閉塞二例を治療して以来ではないでしょうか

患者さんは重症大動脈弁狭窄症の患者さんで実は来週TAVIを予定していますが、その術前検査で何と左冠動脈前下行枝近位部、左冠動脈回旋枝中程でどん詰まりの慢性完全閉塞だったのです 奇跡的にも右冠動脈から微かな蛇行の激しい心外膜経由の副血行があり、そこから左冠動脈前下行枝や左冠動脈回旋枝が血液供給されているのです これってすごい重症ですよね

昨日は 18:45頃いや 19:00でしょうか その頃より開始しました 流石に両側経大腿動脈的インターベンション 7Frで入りましたよ 最初狙った右冠動脈から左冠動脈回旋枝の逆行性アプローチは途中でコイル状に蛇行した部分で不通過、次にもう一本の副血行路を狙い、ここから逆行性アプローチに成功し、左冠動脈回旋枝に一個 2.75mm薬剤溶出性ステント植え込みました そしてそのまま右冠動脈からのかすかな中隔枝経由の左冠動脈前下行枝への逆行性を狙ったのですが、蛇行が強く全く不可能でしたため最後に順行性をトライしました UB3 -> Gaia Next 3とパッパッとワイヤーを切り替え、何と順行性に長い慢性完全閉塞を通過したのです そしてこちらには 38mm 薬剤溶出性ステントを植え込んで結局冠動脈は悪い部分が無くなってしまいました

しかも 20:30よりも前に終了し、造影剤も 150mlぐらいしか使用しませんでした いやあ 久しぶりに慢性完全閉塞の治療すると少し high tensionになりますねえ やっぱり僕はインタベ医者ですね