昨日は

昨日は社会保険 下関厚生病院を訪問させて頂きました。その前に、下関で有名な唐戸市場という、実際の市場でもあり、また観光名所でもある市場で昼食を摂り、それから訪問しました。

慢性完全閉塞二例が準備されていました。一例目は何とかできるかな? と思ったのですが、二例目はとても駄目だ、と思いました。実際に症例を開始したのは、14:00頃でした。一例目は予想よりも難しく、ワイヤー通過の後も、なかなかバルーンを通過させれなかったのですが、最終的には長い病変に対して薬剤溶出性ステントを4本用いて綺麗になりました。そして、次の症例は15:00頃から開始しました。何とか順行性にワイヤーを通過したのですが、これまたバルーン通過に難儀しましたが、最終的には薬剤溶出性ステント2本で綺麗になり、ものすごい嬉しい結果で「あー 良かった」と思いました。これもみな、下関厚生病院の方々のご協力のお蔭です。難しい、と思っていたのですが、結果的には16:00には病院をおいとまさせて頂きました。

昨日のライブデモンストレーション

昨日は一例慢性完全閉塞の治療をライブデモンストレーションで行いました。

症例は75歳くらいの男性で、CCS class 2の労作性狭心症患者さんでした。これまで、心筋梗塞の既往や、PCIあるいはCABGの既往はありませんでした。診断造影では、左主幹部遠位三分岐の病変+左冠動脈前下行枝入口部からの石灰化した慢性完全閉塞でした。

通常であれば、CABGに決まっていますが、患者さんが手術を拒否された、という理由でPCIになりました。

そのような状況ですので、順行性に行くにはあまりにも危険ですし、もちろん慢性完全閉塞部分はつるつるであり、何のとっかかりもありません。右冠動脈から良好な副血行が、conus branchを介して前下行枝心尖部に行っているのですが、これは蛇行がひどくとても使えません。PCIの時に造影して良く見ると中隔枝が使えそうです。一番遠位の中隔枝が比較的太いのですが、右冠動脈から分かれてすぐにhair-pin curveがありました。まずはそれから試みたのですが、案の定このヘアピンを越えません。その一つ手前の中隔枝を狙いました。ワイヤーは途中心室性期外収縮を出しながら何とか前下行枝近くまで行くのですが、前下行枝の中に入りません。そこでCorsairを進めるのですが、右冠動脈から中隔枝に入ったところで全く進みません。延長して、Finecrossに置換したのですが、同様に進みません。1.25mm balloonに交換しましたが同様でした。そうこうする内にワイヤーは中隔枝から抜けてしまいます。慌てずワイヤーをplastic-jacket hydrophilic wireに交換し、再度その中隔枝通過を狙いますが、今度は途中で行きません。そこで、先端造影して、ぐちゃぐちゃに既になっている中隔枝を造影で確認し、再度狙って今度はワイヤーを通過させました。しかし、そうは言っても同様にCorsiarなどが通過できないことは目に見えていたので、今度はワイヤー交換の時に思い切って7Fr guiding catheterの中に5Fr 子カテを入れて臨んだのです。もちろんこの時の予想される問題点は、Corsaiの長さが足りるか? というものですよね。可能な限り右冠動脈の中に子カテを進め、Corsairを押しこんだところ、今度は通過できなかった部分を越えていきました。しかし、もうCorsairがお尻にきいてます。そこで、メインの7Fr GCを右冠動脈内に深く挿入し、5Fr子カテも#4PD入口部まで進めました。もちろん患者さんは胸痛を訴え、ST II, III, aVFは上昇しました。それでも続けざるを得ませんでしたので、Corsairを押しこんでようやくCorsiarは前下行枝に抜けました。それから子カテをぎりぎりまで引いて虚血を解除し、Miracle 3により慢性完全閉塞部分の遠位から左主幹部への穿通をこ試みました。案の定慢性完全閉塞は固かったのですが、一か所通りやすい部分があり、その部分を通過して、左主幹部そして大動脈に抜けました。

問題はそれからです、順行性ガイディング・カテーテルからIVUSを入れて、逆行性ワイヤー (Miracle 3)が真腔を通過して大動脈に抜けていることを確認したのですが、何しろ長さが足りず、Corsairで慢性完全閉塞部分を通過することができないのです。従って、やわらかいワイヤーに置換して、順行性ガイディング・カテーテル内への逆行性ワイヤー挿入を試みるのは危険です。色々考えた末、順行性ガイディング・カテーテルから鈍角枝にワイヤーを挿入し、そのワイヤーを深く押しこんで順行性ガイディング・カテーテルを左主幹部で浮かし気味にして、ガイディング・カテーテルの向きを調整しながら逆行性Miracle 3を何とか順行性ガイディング・カテーテル内に回収しました。こうなればしめたものです。順行性ガイディング・カテーテル内で3.0mm balloonを拡張することによって traction anchoringを行い無理やりCorsairを順行性ガイディング・カテーテル内に引き込みました。それからは、300CMワイヤーを用いて型の通り行い、左主幹部から前下行枝にかけて Xience-Vを三本植え込み最終的には綺麗な仕上がりで終了しました。

みんな大喜びで、助手の先生からは、その時メインの助手と、それ以外に2名の助手、合計3名の中国人医師が助手について下さったのですが、「またファンが増えました」と、言われました。

僕の手技が放映される前に日本人のある医師が講演していました。術者として当然マイクとイヤフォンをつけているので、その内容が聞こえます。最初は慢性完全閉塞に対するTRIの効用について、続けて慢性完全閉塞に対する逆行性アプローチについての講演だったようです。内容は問題ありません。しかし、その医師の普段の診療に対する姿勢を伝え聞いていましたのでとても評価できませんでした。そんなことを思いながら黙々とPCIを続けました。最後にその患者さんが、とても嬉しそうに「ありがとうありがとう」と言って下さったことが良かったな、と思いました。

昨日のライブデモンストレーション再掲

昨日行った病院は正確には Hospital Espanhol という名前であり、ポルトガル語でスペイン病院ということになります。サルバドールはもちろんポルトガル人が大航海時代にやってきて現在のような都市を築きました。もちろんそこには原住民インディオがもともと住んでいた訳です。ナポレオンのポルトガル侵攻に時には、ポルトガル国王夫妻もこのサルバドールまて逃げてきたそうです。そんな訳で、サルバドールはある意味まるでリスボンそっくりなのです。

しかし、その天然の良港、守りも固い良港なので、スペインや他の国々も侵攻してきました。その名残りなのか、スペイン人のコミュニティやイタリア人のコミュニティなどが存在します。スペインは豪華なスペイン・クラブを新築改築中でした。その一角に、海を望んで眺望の良い場所にこのスペイン病院が存在します。

また、この地にはたくさんの黒人奴隷がアフリカから連れて来られ、このサルバドールの地で独自の文化を築きました。黒人比率が 70%以上ある、とのことです。独自文化で有名なのは、この地が発祥とされる音楽サンバであり、またブードゥー教に似た (なんてどんなものか実は知らないのだけれど)宗教儀式カンドンブレ (Candomble)なのだそうです。そして、街中を染めている原色のカラフルな色彩も目につきます。

この宗教儀式に伴う踊りのお祭り Sao Joan (サン・ジョアン)が二日後の週末から開催されるため、旧市街はその原色の飾り付けと、大きな人形、あるいは舞台の設営をしていました。このサルバトールで有名な食べ物が、アカラジェ (Akaraje)です。街中で黒人の女性が多くは真っ白な服を着てその場で椰子油で揚げて一つ 5セントぐらいで売っています。豆をすりつぶしたものを高温の椰子油で揚げて揚げパンのようにして、それの真ん中に切れ目を入れ、そこに、干しエビや野菜、オクラをすりつぶした物などを挟んで食べます。とてもおいしいのですが、相当にコレステロールが含まれていそうですね。

今回の学会、SBHCI (Brazilian Society of Hemodynamics and Interventional Cardiology: ブラジル心臓インターペンションおよび血行動態学会)の学会長がこの病院の Adriano先生なのです。

症例は先に述べた通り 70歳ぐらいの男性であり、左冠動脈前下行枝近位部の慢性完全閉塞です。良港な副血行路が右冠動脈から中隔枝経由であり、左冠動脈前下行枝近位部には石灰化を認め、断端もはっきりしませんし、枝が分岐しています。従って、これはどう考えても retrograde approach firstの症例でした。Deviceが無かったりもしましたが、そこは無難にスイスイとこなしているように見えましたが、実は術者しか分からない落とし穴もあったのです。丁度閉塞部で大きな対角枝が分岐し、その部分に石灰化プラークが片側から塞ぐように飛び出していて、その部分でどうやらかなりの角度で屈曲しているのです。従って、逆行性ワイヤーも左冠動脈前下行枝近位部に向けることはできず、良くて分岐した対角枝、通常はその部分から解離腔あるいは血管外に行くのです。

逆行性に用いた M3Ultimateは案の定血管の外に出て反転しました。自分ではこれは外だ、と確信していましたが、そんな素振りは見せません。そして、すぐに順行性にも開始し、逆行性ワイヤーを目印として、順行性にM3Ultimateで通過させました。その前に用いた Fielderはやはり順行性に解離腔に入って行ったのですが、これも術者しか分からず、そんな素振りも見せませんでした。

1.5mm balloonで順行性に開けて見れば、その左冠動脈前下行枝と考えていた血管は実は小さく、比較的大きな中隔枝そのものだったのです。従って、対角枝と考えていた血管が非常に大きく、最終的にはそちらに向けて 3.0mmと 3.5mmの薬剤溶出性ステントを植え込んで綺麗な仕上がりでした。造影剤総量 < 200ml、手技時間途中で時間調整しながらで 1.5時間であり、皆大喜びでした。

本日のライブデモンストレーション

こちらの時刻で 3:00AM頃から、失われたデータの復旧に全力を尽くしました。幸いその後調べると backupが 5月23日までありましたので、幸いでした。そして、その後については、新規症例登録されると自動的に当方にメールで通知が来るようにプログラムを書いていましたので、それを拾って、登録日、登録施設、登録医師、そして BMS/DESの振り分け、そこのデータはありますので、そのデータを backupに追加することにしました。もちろん、これにはプログラムを書かねばならず、また、メールからそのようなデータにするためにも、正規表現を利用して必要部分だけ抽出する必要があったのです。

3:00AMから実に 13:00まで 12時間かかりきりで修正プログラムを書きました。折角なので、記録しておきましょう。

	require_once("**");
	require_once("**");
	$link = mysql_connect($db_host, $db_user, $db_password);
	if (is_null($link)) {
		echo "Cannot open MySQL!";
    	die("MySQL connection failed");
	}
	mysql_select_db($db_name);
	$result = mysql_query('set character set utf8');

	$handle = fopen("****.txt", "r");
	if ($handle) {
		$pt_id = 325;
    while (!feof($handle)) {
        $reg_date = fgets($handle);
        echo $reg_date."<br />";
		$register_no = trim(fgets($handle));
		$hospital = trim(fgets($handle));
		$sql = "SELECT * FROM `hp_tbl` WHERE **` = '".$hospital."';";
		$result = mysql_query($sql);
		$row = mysql_fetch_assoc($result);
		$hp_id = $row['**'];
		echo $hp_id.":".$hospital."<br />";
		$doctor = trim(fgets($handle));
		$sql = "SELECT * FROM `dr_tbl` WHERE `**` = '".$doctor."';";
		$result = mysql_query($sql);
		$row = mysql_fetch_assoc($result);
		$dr_id = $row['**'];
		echo "Doctor ID: ".$dr_id.":".$doctor."<br />";
		$is_des = trim(fgets($handle));
		echo $is_des."<br />";
		if ($is_des =="BMS") {
			$is_des = 0;
		} else {
			$is_des = 1;
		}

		}
		$sql = "INSERT INTO `pt_tbl` (*******) VALUES ('".
		$hp_id."', '".$dr_id."', '".$reg_date."', '".mb_substr($shorten_hp, 0, 15).$register_no."', '1', '".$is_des."');";
		echo $sql."<br />";
		mysql_query($sql);
		$pt_id++;
    }
    fclose($handle);

これによりデータを追加挿入して、さらに、そこから SQLの書き出しを行います。あっ、ここはローカルに作成したデータベースで行い、完全なコピーを作成できる SQL文を書きださせます。そして、そのSQL文を何もデータもテープルも無い、インターネット上のデータベースに読み込ませ、新たなテーブルとデータを作成したのです。

ここまで行なって、そして、ライブデモンストレーションに行きました。

病院は綺麗なスペイン病院 (Hospital de Espanolo)でした。症例は例によって慢性完全閉塞です。患者さんは 70歳の男性で、左冠動脈前下行枝近位部の慢性完全閉塞でした。

これに大して、両側大腿動脈アプローチ 7Frを用い、最初から逆行性に入り、素早く慢性完全閉塞を通過させ、丁度ライブデモンストレーション放映終了3分ぐらい前に手技を終了しました。ほとんど全行程を 45分間の中継時間で見せることができました。

そして、それから再びホテルに戻り、今度はデータを戻したことをそのデータを入れて頂いた先生方に通知メールを出すプログラムを書いたのです。この間、腕も頭も最高回転で使いました。何しろ時間の勝負でしたので・・・

これから夕食に行きます。疲れました。

昨日のライブ

韓国全羅南道の道都 光州 (GwangJu)にある全南国立大学 (Chonnam National University)で開催された第10回GICS (GwangJu Interventional Cardiology Symposium)は当然のことながらそのメインはライブデモンストレーションでした。しかしながら、韓国で運用強化が開始された外国人医師による冠動脈インターベンションに対する規制、その事実上最初のテスト・ケースのため僕を含め、外国人医師は手技を行うことができませんでした。

何でも、去年後半から日本人医師が韓国のあちこちで冠動脈インターベンションを行い、その際に日本のメーカーが韓国で認可のとれていない医療機器を持込み、患者さんをPCIにより治療した例が相次ぎ、それに対して何処かの病院でどこかの医療機器代理店が KFDA (Korean Food and Drug Administration)に告発し、規制が強化された、という噂です。

僕は最初にカテ室内に入り、マイクをつけて しかし清潔にはならずに韓国の先生が手技をされる後ろに立ってアドバイスをする、そのような感じでライブデモンストレーション放映が開始されました。もとよりその症例は僕が治療することになっていた症例であり、70歳の男性労作性狭心症患者さんでした。他の病院で造影が為され、左冠動脈回旋枝末梢の慢性完全閉塞と、非常に発達した右冠動脈の慢性完全閉塞が発見されました。その病院で右冠動脈に対するPCIが試みられたのですが、ワイヤー不通過で失敗に終わり、全南国立大学病院に転送となった患者さんです。SPECT (Single Photon Emission Computed Tomography)では右冠動脈領域の虚血が証明されました。

韓国の先生により、両側大腿動脈穿刺で手技が開始され、順行性アプローチで開始となりました。当初、マイクロカテーテルと Fielder Xtreamで入り、次にWhisper-MSそしてMiracle3と変えて行きましたが、ワイヤーは通過しません。その辺りで放映は別のカテ室に変わりました。その時、神様が降りてきました。その神様が術者に乗り移り、ワイヤー先端の形状を変え、再度試み、それでも通過しないと見るや、素早く Conquest-Proに変更され、非常に硬い石灰化したかつ強い線維性組織からなる慢性完全閉塞病変を通過し、通過したと見や、高速回転を加えることにより病変によるワイヤーのトラップ抵抗を低下させながら右冠動脈末梢#4PDに通過させました。

しかしながら神様を持ってしても、病変は非常に硬く、1.0mm balloonでも通過できず、かといって Tornusは認可されておらず、このため 5Fr子カテを用いて再度 1.0mm balloonが試みられましたが、これも全く効果がありませんでした。神様はそこで素早く対側造影 5Frを 7Frに交換し、おもむろに前下行枝からの逆行性アプローチを開始し、素早く逆行性ルートから #4PDに 2.5mm balloonを挿入し、そこで順行性Conqeust-Proをアンカーし、これによって順行性にバルーンを通過させたのです。そして最終的には 2.75mm stentが病変部に入ることまで確認し、そこで神様は去って行きました。そして、再度中継が開始され、この韓国人の患者さんは無事治療が成功したのです。

その間僕は一部始終を見ていましたので、中継カメラに向かってもちろんガウンも手袋もはめてない状態で会場に向かってこれまで神様が行われた手技について解説しました。要点は、限られたデバイスしか無い状況でどうやって局面を打開していくのか?ということでした。

その後、すばやく会場に入り、そして自分の割り当ての講演を行い、そしてすぐに光州空港に向かい、金浦空港経由で羽田に戻りました。自分の体からはホンオとにんにくの匂いが漂っていた筈ですが、自分では臭わないのですよね。