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メキシコ (Mexico) ライブデモンストレーション 冠動脈インターベンション (PCI) 外国訪問 (Foreign Visits) 慢性完全閉塞 (CTO) 経大腿動脈的冠動脈インターベンション (TFI)

ISSSTE in MexicoCityでのPCI

日本メキシコは東アジアでの日本の立場とは逆に、非常に良好な関係となっています。この両国間には既に FTA (自由貿易協定)が締結されております。メキシコは中南米ラテン・アメリカ諸国の中心です。この地域ではブラジルを除く全ての国々でスペイン語が用いられており、自由に会話ができるのです。メキシコはマヤ文明に代表される古い歴史と伝統があり、かつスペインから渡来した西洋文明をうまく取り入れて発展してきました。中南米諸国から多数の留学生がメキシコに留学し、医学をはじめ多くの分野で勉強し、そして母国に戻り母国の発展に尽くしているのです。私自身、このメキシコとの関わりは未だ数年ですが、既に僕の弟子と呼べる医師も育っています。その一人が ISSSTE (公務員社会保険病院)のカテ室長である Marco先生です。彼は既に日本に二回来日されたことがあり、毎週一回日本語スクールに通い、既に相当日本語が話せます。メキシコのInterventional Cardiologyの次代を担う人です。
ISSSTEの警備は非常に厳しく、ゲートにはサブ・マシンガンを構えた警備の人が立っています。その構内に入るためには、通りを隔てた保安室に行き、自らの ID (パスポートなど)を預けねばなりません。ISSSTEには何と驚いたことに動物実験設備があり、そこでブタなどを用いてMirco Surgeryの練習などを行うらしいのです。
その施設でまずメキシコ人の若い先生達がブタでPCIのトレーニングを受けました。
僕は講義したりしたのですが、その後 3:30PM頃から一例慢性完全閉塞に対する経皮的冠動脈インターベンションをしました。右冠動脈#1角の慢性完全閉塞であり、丁度屈曲部で非常に難しそうでした。
案の定順行性にはすぐに外側にワイヤーが行ってしまい、血管の外にでます。逆行性を開始しました。一本のみ可能性のある中隔枝がありましたが、左冠動脈前下行枝遠位であり、分岐角度が90度以上あり、しかも、中隔枝に入ってすぐに再び90度に屈曲していました。ワイヤーをその中隔枝入口に挿入するのも困難でしたが、何とか入りました。しかし、すぐに血流と一緒に左冠動脈前下行枝本幹に抜けてしまいます。Fielder-FCに交換し、じっくりと 0.05mm/Secぐらいの進行速度と、180度/30Sec程度の微妙な繊細なワイヤー操作を行い、心臓の拍動を感じながらその拍動に同期させてやっとこの二段階直角を越えていきました。そして、ついに右冠動脈遠位にまでワイヤーが通過したのです。
Micor catheter (Corsair)を右冠動脈近位部にまで持ち込み、両側性に粘りました。順行性にReverse-CARTOを行いましたが、どうしてもワイヤーがつながりません。造影剤使用量が 450mlとなった時点で give upしました。
うまくいかず残念ではありますが、非常に勉強になった症例と思います。僕としては満足です。
本日は朝から出かけ、明朝早朝の便でロスに飛び、そのまま帰国します。

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ペルー (Peru) 冠動脈インターベンション (PCI) 経大腿動脈的冠動脈インターベンション (TFI) 経橈骨動脈的冠動脈インターベンション (TRI)

昨日のPCI

あいかわらず激しい時差ボケに襲われていますが、今朝は何とか6:00AMまで寝ることができました。
昨日はペルー国立心臓センター INCORに朝から行きました。
まずはカンファレンス・ルームで症例のシネを呈示されました。呈示されたのは5例でした。この病院の状況というかレベルというか、それが全く分からない状態です。2例の右冠動脈慢性完全閉塞症例は明らかにPCIの適応でしたのでアクセプトしました。1例はいったいどこを治療するのか分からず拒否しました。1例の多枝症例は、右冠動脈のみ治療することでOKしました。他の二枝に関しては瀰漫性であり、狭窄も50%無いので、治療すれば再狭窄リスクの方が病変進行リスクよりもはるかに高い、と判断しましたので、一枝のみ治療することを決めました。もう一例は先月右冠動脈の90%狭窄を治療しにいき、うまくいかず解離と穿孔のために病変部ぐちゃぐちゃとなり慢性完全閉塞となった症例で、左冠動脈前下行枝にも病変がありました。無理をすれば、まず左冠動脈冠動脈造影をやり、逆行性アプローチの是非を決めてから判断すれば良いのですが、カンファレンスの間に、「どうやらこの病院でのPCIは気を付けた方が良い」と自分で結論しましたので、この症例も拒否しました。冠動脈バイパス手術に回って頂いた方が良い、と判断しました。
そんな訳で合計3例を行うことにしました。前日の病院はPCIのレベルはそこそこだったのですが、患者さん入れ替えが非常に遅く1時間以上かかっていましたが、INCORはそんなことありませんでした。
最初の右冠動脈慢性完全閉塞はTFIで開始、しかしこの時に「あっ、何も無い、ガイドカテも無い」という現実を知らされました。本当に何も無いのです。いざとなれば逆行性アプローチを行うつもりで、両側大腿動脈から入ったのですが、まずは圧ラインを2チャンネル取れないのです。マシンはシーメンスのArtisが貼っていて問題無いのですが、運用に大きな問題あり、でした。スタッフの練度も低く、このような状況のカテ室です、孤立無援状態です。全く信用できません。体の大きな女医さんが助手について下さったのですが、この方は院内で大きな力を持っているようで、スタッフ皆がビビッていました。しかしながら、その手技はこれが鎌倉や札幌だったらば、1時間とカテ室には留まらせない、そんなレベルでした。基礎的訓練が全くできていません。三方活栓の向きがわからず何回も空気を吸い込むし、折角慢性完全閉塞を通過させたワイヤーを抜くし、折角困難の末に挿入したガイドカテを抜くし、とにかく邪魔しかしないのです。おまけに体が大きいので、立つ位置も僕の邪魔するのです。
何とその方が(結局最後まで自己紹介も無いので、この先生がじの人かも分からないのです、院内では自己紹介の必要が無い存在なのでしょう)、3例全ての助手をされたのです。辛かったなあ
2例の右冠動脈慢性完全閉塞は簡単に順行性でガイドワイヤーが通過し、数少ない薬剤溶出性ステント選択から、中国製薬剤溶出性ステントを植え込みました。さらに、左冠動脈に対しても治療しました。患者さんおよびご家族はものすごく喜んでおられました。何でも国立病院なので治療費はタダということでした。


最後の右冠動脈90%病変はTRIで入りました。しかし、右冠動脈が異所性なので大変でした。何とかfloatingでガイドワイヤーを通過させ、薬剤溶出性ステントを植えました。全ての手技終了は13:00頃でしたので、すぐに退散し、ペルー料理レストランに直行したのです。うーん メニューの写真は一皿たくさんあり、おいしそうなのですが・・・ このように見本写真というのは上手に作れるのですね
というのが感想です。ただ、紫トウモロコシから作ったジュースというのがかわっていました。まあ普通のジュースですが。何でもトウモロコシ、イモ、そして唐辛子の発症の地はペルーのアンデス山脈なのだそうです。それから世界中に広まったということです。日本の薩摩芋ももともとはペルーから来たのを改良し、鷹の爪も同様だということです。口直しに、日本料理Fujiに行き、ギリギリセーフで、ニラ味噌ラーメンを食べました。なかなかおいしいのです。
ホテルに戻り時差ボケで意識消失、それから夜はMesa18というペルーで一番のレストランに行きました。これについては次回紹介しましょう。刺激的な夜だったのです。兄弟の杯を交わしました。

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ただの現状記述 (Daily Activities) ライブデモンストレーション 冠動脈インターベンション (PCI) 慢性完全閉塞 (CTO) 経大腿動脈的冠動脈インターベンション (TFI) 経橈骨動脈的冠動脈インターベンション (TRI)

昨日のPCI

何時間もかかってペルーのリマに入ったのは一昨日真夜中でした これで中南米の諸国でその国の首都に入ったのは、1999年に初めて訪れてからの順番で サンパウロ、サンチャゴ、ブエノスアイレス、メキシコシティー、ハバナ、ボゴタそして今回のリマと7番目です。ハバナ以外の都市は全て激しい渋滞であり、かつてのバンコクのようです。
リマに行く前は、何となく小さな街だろうと思っていたのですが、来てみると大都会です。しかし、極端な高層ビルはそれほど無く、低層の建物が多く、何となく落ち着いた街並みでした。ペルーにはブラジルよりも数年早く日本人が移住したということですので、日系人も多い、ということですが、サンパウロと異なり街中では日系人らしい方々にはお会いできませんでした。リマには有名な日本食レストランが三軒あります。「TOSHIRO」「FUJI」そして「ICHIBAN」です。TOSHIROというのが一番人気でリマ最古の日本食レストラン、ということですが、僕からすると今一つ、という感じでした。FUJIは格式高いような印象です。一番良かったのはICHIBANです。メニューにはもちろん日本語がありますし、全て写真付きというのも嬉しいものです。そして、メニュー内容には日本の「メシ屋」で食べるようなものもあり、親しみが湧きます。また、その中の三点に関しては、キャッチフレーズが付いていて思わず注文したくなるのです。味噌ラーメンには「店を支えたラーメン」、「歴代総理が認めた逸品」というのが、一番風カルパッチョに、そして宮様弁当には、「宮様ご接待記念弁当」という説明文がついているのです。


昨日は早朝にINCORに行きました。INCORというのはスペイン語で国立心臓センターという意味です。病院は2年前に新築されたそうで、とても綺麗な病院でした。入り口の警備は非常に厳しく、パソコンやカメラなど全て登録させられたのです。入り口のみならず、各階にはたくさんの警備の人が立っています。やはり20年前にペルーを覆っていた反政府軍によるテロの嵐、その記憶が残っているということです。もっとも、私達からすれば、街は安全で静かな感じで、こんな街にテロが吹き荒れていたなんて信じられません。そのような印象は、ボゴタに行った時にも感じました。でも実際にはその歴史は事実であり、現実世界の厳しさ、というものを思い知ります。日本人駐在員に対する自動車の防弾車普及率は70%ということです。食事を一緒にさせて頂いたブリジストンの中南米唯一の駐在員の方とお話していたらば、何とその前日夜も、ペルー人社員3名がレストランで食事をして、自家用車に三名で乗り込もうとしたところを三名の男に銃をつきつけられ、顔を殴られ、お金でなく、パソコンと書類を強奪されたそうです。こんなんではいくら防弾車があっても役に立ちませんね。ブリジストンは直径4Mにも達する鉱山用トラックのタイヤをたくさん販売しているそうです。日本人一人で何とこの地域で年間100億円の売り上げがあるらしいのです。ものすごく頑張っている日本人っておられるのですね・・
さてさてINCORでは1時間にわたって講堂で講義を行い、それからすぐに Hospital Edgardo Rebagiati Martins というペルー最大の病院に移動しました。この病院もペルー保健省が運営している国立病院であり、大学病院です。建物は巨大でしかも14階建です。その11階が循環器病棟であり、カテ室も一つあり、東芝のマシンが入っていました。
一例目は診断カテから開始しました。右橈骨動脈アプローチで開始しました。患者さんはインディオ系の方でしたが、右腕頭動脈が蛇行し、しかも上行大動脈が短くて、とても難儀しました。何とか造影すると右冠動脈#3の慢性完全閉塞でした。カテの種類も少なく、大変でしたが、そのままPCIに移行したのです。病変をワイヤーでクロスするのは難しくなかったのですが、その後が大変でした。ガイドカテのバック・アップも無く、空中戦のようでした。バルーンが通過せず、幸い持ち合わせていた5Frガイドカテを用いて、5 in 6を行い何とか拡張し、結局 TAXUS Express薬剤溶出性ステントを3本植え込みました。結果は良く、見学に来られていた近隣の先生方もお喜びでした。
ステントの選択も限られ、基本的に薬剤溶出性ステントはTAXUS Expressのみであり、しかも本数も種類も限られていました。
それから1.5時間ぐらいの患者さん入れ替え時間の次に用意されていたのは、右冠動脈近位部の慢性完全閉塞です。一回トライされ不成功だった方で女性の方でした。右冠動脈は入口部からすぐに直角に曲がり頭の方に向かい、そこでまた直角に曲がりすぐに下行する、といういわゆるShephard Crook typeのものであり、しかもその頂上部分で1CMぐらいの慢性完全閉塞なのです。こんなの順行性では絶対に不可能です。最初から逆行性アプローチで入りました。中隔枝通過は非常に難しく、うーん なかなか理解してくれる人は少ないと思いますが、繊細なワイヤーコントロールを行い、またSion BlueとFielder-FCを適宜入れ替えながらやっと通過させました。本当にものすごく難しいテクニックを使ったのです。もちろん右冠動脈の屈曲は逆行性でも同じなので、そう簡単には慢性完全閉塞を通過できません。右冠動脈に順行性ガイドカテを挿入しましたが、御理解頂ける方はなかなかPCIが上手な人だと思いますが、このようなケースではALでバック・アップをとるのが困難です。何故かと言えばあまりバック・アップを強くしようとすれば、容易に右冠動脈入口部から解離を起こしてしまいます。ぎりぎりで右冠動脈に挿入すれば簡単に落ちてしまいます。そんな中でまずは逆行性にワイヤー通過を試みたのですが、案の定柔いワイヤーではまったく通過できません。そこでConquest-Proを90度ぐらいdouble bendingとして、穿通を試みました。何とか穿通され右冠動脈近位部にこの屈曲を越えて通過したので、少しは右冠動脈が伸びた、考えられ、順行性を開始し、何とか通過できました。しかし、バック・アップがとれませんので、なかなか通過できません。何とか1.25mm balloonが通過し、最終的にはこれも3本の薬剤溶出性ステントを植え込み綺麗に仕上がりました。いやあ 正直 最高難度に属する慢性完全閉塞でしたがうまくいって良かったです。
この後また長い入れ替え時間の後、まあその頃にはオネムとなっていましたが、左橈骨動脈アプローチ、これほど僕の不得手はないのですが、その穿刺からやらされました。辛かったなあ、でもうまく行って良かった。その患者さんはLIMA graftしかない患者さんなのですが、そのLIMA graftを造影し、それだけで終了したのです。そしてホテルに戻ったのでした。
本日は昨日行った INCORでPCIをします。最善を尽くします。

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昨日のライブデモンストレーション

昨日は一例慢性完全閉塞の治療をライブデモンストレーションで行いました。

症例は75歳くらいの男性で、CCS class 2の労作性狭心症患者さんでした。これまで、心筋梗塞の既往や、PCIあるいはCABGの既往はありませんでした。診断造影では、左主幹部遠位三分岐の病変+左冠動脈前下行枝入口部からの石灰化した慢性完全閉塞でした。

通常であれば、CABGに決まっていますが、患者さんが手術を拒否された、という理由でPCIになりました。

そのような状況ですので、順行性に行くにはあまりにも危険ですし、もちろん慢性完全閉塞部分はつるつるであり、何のとっかかりもありません。右冠動脈から良好な副血行が、conus branchを介して前下行枝心尖部に行っているのですが、これは蛇行がひどくとても使えません。PCIの時に造影して良く見ると中隔枝が使えそうです。一番遠位の中隔枝が比較的太いのですが、右冠動脈から分かれてすぐにhair-pin curveがありました。まずはそれから試みたのですが、案の定このヘアピンを越えません。その一つ手前の中隔枝を狙いました。ワイヤーは途中心室性期外収縮を出しながら何とか前下行枝近くまで行くのですが、前下行枝の中に入りません。そこでCorsairを進めるのですが、右冠動脈から中隔枝に入ったところで全く進みません。延長して、Finecrossに置換したのですが、同様に進みません。1.25mm balloonに交換しましたが同様でした。そうこうする内にワイヤーは中隔枝から抜けてしまいます。慌てずワイヤーをplastic-jacket hydrophilic wireに交換し、再度その中隔枝通過を狙いますが、今度は途中で行きません。そこで、先端造影して、ぐちゃぐちゃに既になっている中隔枝を造影で確認し、再度狙って今度はワイヤーを通過させました。しかし、そうは言っても同様にCorsiarなどが通過できないことは目に見えていたので、今度はワイヤー交換の時に思い切って7Fr guiding catheterの中に5Fr 子カテを入れて臨んだのです。もちろんこの時の予想される問題点は、Corsaiの長さが足りるか? というものですよね。可能な限り右冠動脈の中に子カテを進め、Corsairを押しこんだところ、今度は通過できなかった部分を越えていきました。しかし、もうCorsairがお尻にきいてます。そこで、メインの7Fr GCを右冠動脈内に深く挿入し、5Fr子カテも#4PD入口部まで進めました。もちろん患者さんは胸痛を訴え、ST II, III, aVFは上昇しました。それでも続けざるを得ませんでしたので、Corsairを押しこんでようやくCorsiarは前下行枝に抜けました。それから子カテをぎりぎりまで引いて虚血を解除し、Miracle 3により慢性完全閉塞部分の遠位から左主幹部への穿通をこ試みました。案の定慢性完全閉塞は固かったのですが、一か所通りやすい部分があり、その部分を通過して、左主幹部そして大動脈に抜けました。

問題はそれからです、順行性ガイディング・カテーテルからIVUSを入れて、逆行性ワイヤー (Miracle 3)が真腔を通過して大動脈に抜けていることを確認したのですが、何しろ長さが足りず、Corsairで慢性完全閉塞部分を通過することができないのです。従って、やわらかいワイヤーに置換して、順行性ガイディング・カテーテル内への逆行性ワイヤー挿入を試みるのは危険です。色々考えた末、順行性ガイディング・カテーテルから鈍角枝にワイヤーを挿入し、そのワイヤーを深く押しこんで順行性ガイディング・カテーテルを左主幹部で浮かし気味にして、ガイディング・カテーテルの向きを調整しながら逆行性Miracle 3を何とか順行性ガイディング・カテーテル内に回収しました。こうなればしめたものです。順行性ガイディング・カテーテル内で3.0mm balloonを拡張することによって traction anchoringを行い無理やりCorsairを順行性ガイディング・カテーテル内に引き込みました。それからは、300CMワイヤーを用いて型の通り行い、左主幹部から前下行枝にかけて Xience-Vを三本植え込み最終的には綺麗な仕上がりで終了しました。

みんな大喜びで、助手の先生からは、その時メインの助手と、それ以外に2名の助手、合計3名の中国人医師が助手について下さったのですが、「またファンが増えました」と、言われました。

僕の手技が放映される前に日本人のある医師が講演していました。術者として当然マイクとイヤフォンをつけているので、その内容が聞こえます。最初は慢性完全閉塞に対するTRIの効用について、続けて慢性完全閉塞に対する逆行性アプローチについての講演だったようです。内容は問題ありません。しかし、その医師の普段の診療に対する姿勢を伝え聞いていましたのでとても評価できませんでした。そんなことを思いながら黙々とPCIを続けました。最後にその患者さんが、とても嬉しそうに「ありがとうありがとう」と言って下さったことが良かったな、と思いました。

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本日のライブデモンストレーション

こちらの時刻で 3:00AM頃から、失われたデータの復旧に全力を尽くしました。幸いその後調べると backupが 5月23日までありましたので、幸いでした。そして、その後については、新規症例登録されると自動的に当方にメールで通知が来るようにプログラムを書いていましたので、それを拾って、登録日、登録施設、登録医師、そして BMS/DESの振り分け、そこのデータはありますので、そのデータを backupに追加することにしました。もちろん、これにはプログラムを書かねばならず、また、メールからそのようなデータにするためにも、正規表現を利用して必要部分だけ抽出する必要があったのです。

3:00AMから実に 13:00まで 12時間かかりきりで修正プログラムを書きました。折角なので、記録しておきましょう。

	require_once("**");
	require_once("**");
	$link = mysql_connect($db_host, $db_user, $db_password);
	if (is_null($link)) {
		echo "Cannot open MySQL!";
    	die("MySQL connection failed");
	}
	mysql_select_db($db_name);
	$result = mysql_query('set character set utf8');

	$handle = fopen("****.txt", "r");
	if ($handle) {
		$pt_id = 325;
    while (!feof($handle)) {
        $reg_date = fgets($handle);
        echo $reg_date."<br />";
		$register_no = trim(fgets($handle));
		$hospital = trim(fgets($handle));
		$sql = "SELECT * FROM `hp_tbl` WHERE **` = '".$hospital."';";
		$result = mysql_query($sql);
		$row = mysql_fetch_assoc($result);
		$hp_id = $row['**'];
		echo $hp_id.":".$hospital."<br />";
		$doctor = trim(fgets($handle));
		$sql = "SELECT * FROM `dr_tbl` WHERE `**` = '".$doctor."';";
		$result = mysql_query($sql);
		$row = mysql_fetch_assoc($result);
		$dr_id = $row['**'];
		echo "Doctor ID: ".$dr_id.":".$doctor."<br />";
		$is_des = trim(fgets($handle));
		echo $is_des."<br />";
		if ($is_des =="BMS") {
			$is_des = 0;
		} else {
			$is_des = 1;
		}

		}
		$sql = "INSERT INTO `pt_tbl` (*******) VALUES ('".
		$hp_id."', '".$dr_id."', '".$reg_date."', '".mb_substr($shorten_hp, 0, 15).$register_no."', '1', '".$is_des."');";
		echo $sql."<br />";
		mysql_query($sql);
		$pt_id++;
    }
    fclose($handle);

これによりデータを追加挿入して、さらに、そこから SQLの書き出しを行います。あっ、ここはローカルに作成したデータベースで行い、完全なコピーを作成できる SQL文を書きださせます。そして、そのSQL文を何もデータもテープルも無い、インターネット上のデータベースに読み込ませ、新たなテーブルとデータを作成したのです。

ここまで行なって、そして、ライブデモンストレーションに行きました。

病院は綺麗なスペイン病院 (Hospital de Espanolo)でした。症例は例によって慢性完全閉塞です。患者さんは 70歳の男性で、左冠動脈前下行枝近位部の慢性完全閉塞でした。

これに大して、両側大腿動脈アプローチ 7Frを用い、最初から逆行性に入り、素早く慢性完全閉塞を通過させ、丁度ライブデモンストレーション放映終了3分ぐらい前に手技を終了しました。ほとんど全行程を 45分間の中継時間で見せることができました。

そして、それから再びホテルに戻り、今度はデータを戻したことをそのデータを入れて頂いた先生方に通知メールを出すプログラムを書いたのです。この間、腕も頭も最高回転で使いました。何しろ時間の勝負でしたので・・・

これから夕食に行きます。疲れました。

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DRAGON Trial

先日記載しましたように今 DRAGON Trialという革新的な臨床試験を企画しています。舞台は中国です。何故中国で行うのか? そしてその目的については、これから秘密保持の範囲外で記載しましょう。

  • 臨床試験の目的は?

この臨床試験の目的は、実臨床の場で経橈骨動脈的冠動脈インターベンションと経大腿動脈的冠動脈インターベンションを比較し、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの臨床的の有効性と安全性を実証するために行われます。

  • 背景は?

これまで幾つかの臨床試験および皆の経験から、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションは穿刺部合併症の少なさから、経大腿動脈的冠動脈インターベンションよりも優れていると考えられてきました。しかし、その一方で経橈骨動脈的冠動脈インターベンションではガイディング・カテーテルのサイズが限定されたり、バックアップ・サポートが小さかったり、あるいはガイディング・カテーテルの操作が難しかったり、その他色々な理由で、その適応範囲は経大腿動脈的冠動脈インターベンションに比して劣るのでは? とも考えられてきました。そして、そのことが、未だ経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの普及が十分とは言えない外国、特に米国において、あるいは日本国内でもいわゆるブラーク・アブレーションや慢性完全閉塞が好きな病院において、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションが十分に普及していない理由と私は考えます。

  • ではどうすれば?

既に経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの安全性、いなその穿刺部合併症の少なさ、は実証されていると考えます。従って、今更これを Primary endpointとすることに意味は無い、と思います。従って、 Primary endpointについては有効性実証、それしかあり得ないのです。具体的にどの臨床指標を持ってくるか? それについてはこの臨床試験の根幹となりますので、ここで明らかにする訳にはいきません。

  • 何故中国で?

僕が初めて中国にPCI指導のため訪れたのは 1991年 12月のことでした。その当時、全中国でこれまで行われたPCI症例数全体で 500例という時代でした。阜外心臓病センターにおいても、未だ年間 50例にも満たない症例数だったのです。しかし、その同じ阜外心臓病センター、いや今年の 8月からは、正式に中華人民共和国国家心臓病センター (China National Cardiovascular Center)となるのですが、そこでは本年年間13,000例のPCIが行われ、中国全土でも今年は 30万症例のPCIが行われる、と推定されています。

そして、更に驚くべきことには、私が最初に中国に経橈骨動脈的冠動脈インターベンションを導入した 1998年から始まり、現在既に中国全土で 75%の症例が経橈骨動脈的冠動脈インターベンションにより治療されるまでになっていて、阜外病院では 95%の症例が経橈骨動脈的冠動脈インターベンションにより治療されています。

このような歴史的背景と現状の中で、中国を舞台として実臨床での経橈骨動脈的冠動脈インターベンションと経大腿動脈的冠動脈インターベンションの無作為比較試験を行うことは意義があると考えられ、また最後のチャンスだと思っています。

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うっかり

今朝はうっかり でした。今朝は河北省第二病院からライブデモンストレーションを飛ばすだけでなく、08:30AMから lectureをせねばなりません。そのため、 7:00AMに morning callを頼み、それから食事して、そして会場に出かける、そのような段取りでした。

ところが、朝例によって自然覚醒し腕時計を見ると、「あっ、やばい既に 06:50AMだっ」 そしてガバッと起きてすぐにシャワーをして慌てて一回まで荷物をまとめて降りました。「何で morning callが鳴らないのだろう」と思いながら降りると未だレストランは開いていないのです。この時刻に開いていないなんてどういうこと? と思い、ここで気づきました。当たり前です時差一時間あるのをすっかり忘れていたのです。

そうです。未だ 06:10AMだったのです。うっかりでした。

昨夜は遅くまで飲みました。飲んで議論して、友情を深め合い、そして更には統計学的検討もしたのです。ホテルの部屋に入ったのは既に 0:30AMを過ぎていました。つまり日本時刻では 01:30AM過ぎだったのです。

昨夜は China Heart Society (中国心臓病学会)の第14回年次学術集会の歓迎晩餐会がありました。僕も主賓として参加したのです。ものすごく大きな晩餐会で緊張しました。そしてその後 08:00PMからいよいよ DRAGON Trialの初めての Kick-off investigator meetingを開催しました。多くの Opinion leadersが集まりました。政治的に厳しい中国ではあり得ない光景だったのてす。我ながら「僕はすごいな、ここまで良く頑張ってきた」と、そのように思いました。

会は非常に有意義に色々なことを議論しながら進み、 10:00PMまでかかりました。その後、友人の Dr. Xu Boそして Dr. Li Weiと遅くまで飲みながらさらに議論を深めたのです。

そもそも昨日羽田からの飛行機は遅れ、北京国際空港出発が 2:00PMになっていました。北京から石家荘 (ShiJiaZhuang)までは 300Kmであり新幹線は開通していませんので、在来線かあるいは車での移動しかありません。今回は自動車で移動しましたが、途中何箇所か大渋滞のため、会場に到着した時には既に 6:30PMとなっていました。今回石家荘を訪れたのは 10年ぶりであり、これで三回目でした。 10年前が昨日のように思い出します。時の流れは早く、自分に残された時間も少ない、そのように思います。今をたくさん生きましょう。

DRAGON Trialは歴史に残る臨床試験の一つとなるように皆で力を合わせて頑張ります。