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 インド訪問記-II
New York州の医療統計
 New York州では以前より全ての主要医療行為に関して詳細な報告をすることが義務づけられています。このデータに基づいてこれまでもCABGとPCIの比較とか、急性心筋梗塞に対するPCIの有効性とか、さまざまな科学的解析が行われ、論文として発表されてきました。僕は以前よりこのようなニューヨーク州保険局が行っているレジストリーに基づいた解析は真の世界(Real World)を反映しているものであり、すごいなと感心してきました。この点に関しても話題となりました。

 ニューヨーク州では、PCIを行うと、リスク・ファクターや病歴に始まり、ことこまかなデータを提出せねばなりません。St Vincent病院ではこのデータ入力のために専属に5人の看護師さんがおられるそうです。彼女(彼)らがカルテよりデータを抽出し、それをインターネットにより即座に入力していくのだそうです。でもこの方法では、入力されたデータが真実であるか否かを検証できません。意図的に偽りのデータが入力される可能性もあります。これに対して州保険局に属する委員会がデータ正確性の検証のために、無作為にカルテとの突き合わせを行います。そして偽りのデータが入力されたいた場合には、何らかの罰則が適用されます。ただ、その抽出比率はせいぜい1%とか2%程度なので、全体としていったいどれだけのデータに信頼性があるかは分からないのです。このような誤謬の混在の他にも、もっと根本的に信頼性を揺るがすことが考えられるそうです。アメリカの医療保険では、労作性狭心症などでは治療しても入院日数が一日ないし二日しか認められません。しかし、不安定狭心症の場合には、三日間の入院が認められます。このため、PCIやCABGが行われる患者さんの場合には、急性冠症候群(不安定狭心症や急性心筋梗塞)という病名がつけられる傾向に強くあるそうです。またCABGの場合には、"緊急"で行われると、保険償還価格が高く入院日数も長く認められるので、外科医が何でもかんでも手術前にIABP(大動脈内バルーン・パンピング)を挿入したがるそうです。これらがそのまま正確に統計データに反映されます。従って、本当は統計上では重症症例に属するものが実は重症ではない、ということに本当はなるそうです。

 また、病歴に関して言えば、外来を受診するニューヨークの患者さんの多くは、「その胸の傷は何?」「これは前に○○病院でバイパス手術した時の傷さ。」「そうなの、で何時誰に手術してもらったの?」「うーん、三年前かな、いや五年前かな? もう忘れた。外科医の名前なんて覚えている訳がないでしょ。」「では、バイパスはどこに何本つないだの?」「そんなこと知るもんか。そんなことどうでもいいから、早くこの胸の痛いのを直してくれよ。」といった調子らしいのです。従って、CABG後の患者さんの冠動脈造影を行うときには、何の情報も無くグラフト造影を行わねばならないのです。また、患者さんは、ニューヨークに全部で12存在するCABGとPCIを行っている病院を次々と渡り歩き、またこれらの病院の間では互いに激しい競争関係にあるために、患者情報の詳細が交換されることもまず無いらしいのです。それでもカルテには何らかの記載が必要ですので、この症例の場合には(適当に)「四年前に3枝バイパス施行」などと記載されます。いったん記載された病歴はもう一人歩きします。従って、この症例は統計の中でも「四年前の3枝バイパス既往症例」ということになります。

 さらには危険因子の項目です。Coppola先生が言われるには、糖尿病あるいは高血圧、例えばこれらの因子を例にとれば、裕福でお金にも心にも余裕がありちゃんと医師の指示に従って治療を行っている患者さん、これらはHbA1Cが6.5%で血圧も130/80mmHg。一方、路上で生活していてお金にも心にも余裕が無く、とても医師の指示になど従ってはおられない人々、そのHbA1Cは9.5%、血圧は190/130mmHg。しかし、統計上この両者とも糖尿病(+)、高血圧(+)となる。これはどう考えても何をやっているのだか分からないことになってしまいます。

アメリカの冠動脈バイパス手術の実態
 アメリカには優秀な心臓外科医がたくさん存在し、その冠動脈バイパス手術の技術はとても優れています。そして、PCIよりも何倍もの冠動脈バイパス手術が行われている。これに比して、日本では循環器内科医が患者さんを冠動脈バイパス手術に送らずに、自分たちで勝手にPCIを行っている、その結果日本ではPCIの方が冠動脈バイパス手術よりも6倍以上も症例数が多い。このような批判をこれまでに何回耳にしたことでしょうか。

 しかしながら、何と現在アメリカではPCI:CABGは4:1ということです。DESが出現してから急速にPCI症例数が増加し、これに反比例してCABGが激減しているのだそうです。また、日本の偉い人々が言われるほどにはその適応決定は科学的なものではなく、実態は以下のようなのだそうです。これもつい最近Coppola先生ご自身が経験した症例なのですが、その患者さんは別の病院で冠動脈造影を受け、CABG適応としてSt Vincent病院に紹介されてきました。しかし、造影を見ると単純な左冠動脈前下行枝とどこかの枝のtype A病変 x 2だったそうです。患者さんはもうCABGを受ける気で病院に来られたのですが、流石に紹介された心臓外科医も気がひけてCoppola先生に相談されたそうです。この結果はもちろん、DESをそれぞれの病変に植え込んで30分で治療は終了しました。何でこの患者さんがCABGに回されたのでしょうか? 実は、その患者さんは冠動脈造影を行った循環器内科医に、既に第一線を退いていて開業している心臓外科医から紹介されたからだったのです。

日本の保険制度
 Coppola先生は、日本では国家による健康保険制度が行われていて、皆が健康保険を有していることに興味を示されました。そのような制度は、カナダ、イギリスあるいはアイルランドなどでも行われています。しかし、これらの国々では労作性狭心症のためにPCIを受けようとしても、順番待ちで11ヶ月先、とかいうことが当たり前なのです。健康保険制度は厳密な予算の下で運用されているため、その年度予算が尽きればその年は病院を閉めてしまう、ということも行われています。たとえばカナダと国境を接するアメリカ・バッファロー市ではよく遭遇し、ニューヨークでも時々遭遇するらしいのですが、これらの国からの旅行者が旅行中に胸痛発作を起こし、病院に来られるそうです。そしてきまってこれらの旅行者が言うのは、「何でもいいから、今すぐここで治療して下さい。帰国したならば、11ヶ月間もこの胸の痛みに耐えなければならないから」というものだそうです。そこで、結局この旅行者に対して、PCIやCABGが行われるのですが、ニューヨーク州の場合には、医療費の半額がニューヨーク州の税金から支出され、半額はその患者さんの母国健康保険より支出されるそうです。でも、同じように「ドル」という貨幣を用いているカナダなどでは、単純にドルの半額がカナダより支払われるのですが、もちろんのことこの時の「ドル」は「カナダ・ドル」です。カナダ・ドルはアメリカ・ドルよりも貨幣価値が低いために、ここでも病院は赤字になるそうです。

 何れにしても、日本では例えば、朝労作性狭心症の患者さんが新患で来られたとしても、その当日にPCIを受けることも可能です。この点に、非常に驚いておられました。

再びKrishna Heart Institute
Coppola先生第一症例術中
Krishna Heart Instituteスタッフの皆と
ビール
グジャラート州産
のビール
 もう四度目の訪問ということで、スタッフの皆も、あるいは僕自身も我が家のようにくつろいで仕事をすることができました。別れる時にはスタッフの皆が花束を持って僕との別れを惜しんでくれました[右写真]

 この病院はそんなふうに良いことだらけなのですが、一つ不満があるとすればこのAhmedabadが州都であるGujarat(グジャラート)州がガンジーを輩出した敬虔な州であることから、禁酒の州であることです。ですからホテルの中のレストランにもビールすらおいてはいません。しかし、Patel先生のご自宅で食事をする時にはウィスキーを含め、アルコール類を飲むことができます。また、ホテルのボーイさんも親しくなれば、こっそりとビールを調達してきてもくれます。そんな訳で入手したのがこのビールです[右写真]
 何と、そのラベルを見たところ驚きました。禁酒の州グジャラート州生産のビールなのでした。そして、ラベルの上の方をみたところ、「軍隊のみに限定して販売される」と、書いてありました。

 また、PatelというFamily nameは世界で一番人数の多いFamily nameだと言うことです。

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