2月11日(水曜日)

漢陽大学 |
この日は日本では休日ですが、もちろん韓国では平日です。朝7:20にホテルを出発し、途中キム・パム(海苔巻き)屋さんでキムチのキム・パムとユッケ・ジャン(牛のスジ肉を用いたとても辛い汁)で朝食をとってから、8:15amにはハンヤン(あるいはリエゾンしてハニャン)大学付属病院カテ室を訪れました。ハニャン大学は漢字では漢陽大学ですが、理工学部においては韓国国内トップの私立大学です。僕が始めてこの病院を訪れたのは2年前のことですが、その時は病院の建物を新たに追加建設していました。大学キャンパスは丘の上にあり、病棟は一際目立ちます[右写真]。ちなみに、先ほどのシンチョン・セベランス病院も来年完成予定の病床数1,000床の20階建ての新病院を隣接地に建設中ですし、各地の大病院は今、盛んに新しい建物を建設中です。韓国の病院はそんなにも利益が上がるのか?と疑問に思いますが、韓国も保険財政の逼迫から、病院の医業収入はどんどん落ち込んでいるそうです。その代わり、病院敷地内からの駐車場料金、あるいは敷地内のレストランなどからの収入を活用して、建物などに投資し、これによって生き残りをかけているのだそうです。

カンファレンスの様子 |
ハニャン病院カテ室は2年前の場所から新しい外来棟に移設されました。病院内は電子カルテが張り巡らされており、興味深かったのはプロジェクターを用いてスクリーンに電子カルテの内容を映し、皆でカンファレンスをしていたことです[左写真]。
ここではTRIばかり3例行いました。橈骨動脈の穿刺からさせられましたので少し緊張しましたが、見事に3例とも一発で穿刺に成功しました。そして、それぞれの症例に対して2例はCypherを、1例はTAXUXを植え込みました。

金 庚洙 先生 |
PCI部門のトップはKim Kyung-Soo (金 庚洙)先生[右写真]です。彼は、現在ハニャン大学工学部と組んで、その得意とするナノ・テクノロジーを用いて新しいDESの開発を行っているそうです。DESには様々な特許が張り巡らされているので、その網をくぐり抜けるのが大変だ、ということでした。また、急性心筋梗塞における心筋壊死の縮小も研究テーマとされており、動物実験での知見から、エリスロポイエチンが梗塞巣の縮小を引き起こすことを突き止め、現在臨床試験を行っている、ということでした。臨床試験では梗塞巣のが縮小したか否かの判定に、再灌流前のMIBI像と、回復期のMIBI像を用いているそうですが、やはりなかなか良い結果が出ないそうです。彼のカテ・ラボ・チームはこじんまりしていますが[右下写真]、まとまっています。ちなみにこのカテ室でのPCI症例数は現在年間450例ぐらいですが、その半数が夜間の緊急症例だそうです。

カテ・ラボ・チームと |
11:30amぐらいにPCIを終了し、そのままキンポ(金浦)空港に向かい、2:15pm発のキンポ-羽田直行便を用いて帰国しました。羽田に到着したのは2月11日の午後4時過ぎです。本当にソウルと東京は近くなったものです。
DESだらけの韓国
DESとはもちろん、薬剤溶出性ステント(Drug-Eluting Stent)のことです。現在、世界的に商品化されているDESとしてはJohnson&Johnson CordisによるCypherと、Boston ScientificによるTAXUXのみです。これらは何れも米国の会社です。
韓国にはここ何年間か年に10回程度訪問し、各地の病院でPCIを行ってきました。このため、僕にとって韓国や、中国はある意味でDESがPCIに及ぼす影響を知るための定点観測国とも言えます。
韓国ではCypherもTAXUXも医療器具として認可されてから1年が経過しました。そして、ついにCypherは2003年12月下旬より保険償還されるようになりました。TAXUXについても今年の4月ぐらいから保険償還される見込みだそうです。
現在までに韓国政府はCypherの保険償還の国としての基準を表明していません。従って、この1月に実際に植え込まれたCypherが、保険審査機関より適応無し、として支払いを拒絶されることが度々発生しているそうです。この場合、病院はCypherに対する収入を得ることが出来ませんので、かわりに代理店への支払いを拒否するそうです。結果として、Cypherを扱う代理店がその代金を肩代わりすることになり、代理店が倒産していく危機に直面しているそうです。但し、米国企業はしっかりとたくさん利益を上げているのです。そして、韓国法人の一握りの人々がCypherの売り上げ増加により多額のインセンティブがもたらされ莫大な給与を得ている、ということです。
ちなみに、代理店にしてみれば保険償還される前は、自費で、しかも高値でCypherを売ることができたので、お金をロスすることが無かった訳ですが、日本円にして25万円というCypherの保険償還価が決定されると、これまでのような訳には行かなくなったのです。ちなみに韓国では通常のステントの保険償還価は20万円、バルーンが9万円程度です。患者さんの自己負担は20%ですので、CypherとBare metal stentの価格差は患者さんから見れば、高々1万円にしか過ぎません。この故に患者さんも、予めCypherを用いるように医師に宣言するそうです。
現在、代理店のマージンは10%ですので、その中から厳しい保管期限の遵守、保管条件の保持をせねばなりません。それに加えて、病院側からの支払い拒否が発生すれば、どう考えても代理店が生き残れる余地はありません。これがCypherの一面です。早晩、日本でも認可後に同様の事態に陥ることと予想されます。
現在、韓国国内ではDESがステント全体の90%以上を占めているものと思われます。現実に今回訪れた三つの病院で僕自身が植え込んだステントの数は合計で20セット以上になりますが、その中でBare metal stentを用いたのはただの1セットのみでした。それ以外のほとんどがCypherで、残りがTAXUXでした。DESの出現はPCIの世界にいくつかの大きなインパクトを及ぼしているように見受けます。その一つは、DESの登場で、これまでCABGに患者さんを送るための条件であった、左主幹部病変、diffuse病変、あるいはsmall vesselなどもCABGに回さずにPCIで治療するようになった、ということです。この結果、CABGに回る症例は確実に減少しています。次の影響は、日本でもどこかの施設が行ってきているように、50%程度の病変でも<<心筋梗塞の予防>>などという理論根拠の無い理由でどんどんPCIを行っていく傾向にある、ということです。DESの登場によって再狭窄が減少し、この結果PCI症例数は減少するかに見えたのですが、現実には以上の理由でPCI症例数は確実に増加しています。
本当にこれが科学的に見て、妥当な動きであるのかは非常に疑問です。ただ単に、新資本主義とでも言うような新たな経済支配の枠組みが形成されつつあるのみかも知れません。おっと、このような過激な発言は決していたしません。
更に大きな影響は、これまであまた存在していたステント・メーカーが重大な危機に瀕している、という点です。このままだと本当にアメリカによって国民の健康という、国家としての重大な主権がコントロールされかねないかも知れません。それぞれの国々でどんどん医学研究を振興し、アメリカに逆上陸していくぐらいの気概を持って、僕も含め、すべての臨床医学に携わる人々は常に気持ちを高めていく必要があると思います。
聞けば日本でも本年(2004年)春以降にCypherが認可される、との話です。これによって日本のこの世界がどのように変わっていくのか、それを見極め、そしてその流れの奔流の中で流されてしまわないように、情勢をしっかりと分析し、強い意思で立ち向かって行きたいと思います。
最近の韓国事情

チョンゲ・グイ・チプ |
2月10日の夜に心臓病センター12階の特室に入院されていた知人をお見舞いした後、シンチョンに至る道路で見かけたチョンゲ・グイ・チプ(貝焼き家)に入り、夕食を食べました。チョンゲ・クイは5,6年前にソウルで生まれた新しい形態の店です。基本的に生きた貝しか置いていません。そして、練炭火鉢でその貝をお客さん自身が焼きながら、ソジュ(焼酎)を飲みます。従来は爆発的に流行したのですが、最近は廃れつつあり、替わって流行しているのが、おでん屋さんと、屋内屋台だそうです。これらの店はとにかくとても安くおいしいものを食べることが出来ますので、とてもお勧めです。ちなみに写真では4人で食べていますが、これとソジュやビールを含めても全部で日本円にして5,000円ぐらいです。
韓国は現在、空前の不景気です。数週間前にも、韓国中央銀行が、「これから数年韓国は日本が10数年前、バブル経済崩壊と共に陥った空前の経済後退と同様のリセッションに陥るだろう」との公式見解を出しました。既に失業率は10%以上であり、特に若者の雇用先が存在しません。一部の大企業、例えばSamsung電子、現代自動車工業あるいはLG電子などは非常に好調ですが、それ以外のほとんどの企業は大変な事態に陥っているそうです。
社会全体を覆う無力感、それが立ち込めています。それも影響していると思われますが、現在韓国の離婚率は世界の中でダントツであり、何と48%にも達しているということです。とても考えられない数字です。この数字の中で面白いのは、数年前、日本では定年退職と共に、奥さんが旦那さんに対して一方的に離婚宣言する動きがある、ということが話題になりました。そして、そのニュースは韓国国内でも大々的に報じられていたそうです。それが今や、韓国国内で現実のものとなってきたそうです。つまり、60歳前後の離婚が急速に増加しているそうです。
もう一つの離婚率増加の原因は、やはり不景気のために特に若い女性の就職先が無い、ということです。従って、若い女性は、社会の「結婚せねばならない」という暗黙の圧力もあいまって、安易に結婚するそうです。そしてその挙句が離婚だそうです。従って、韓国国内の離婚世代というのは、60歳前後と20歳前半という両極端に分離しているそうです。
さて、そんな韓国国内の状況ですので、大衆は皆大いに不満を持っています。そして、その不満のはけ口が、ソジュを飲みながらの政治談議なのです。そのような政治談議の中で必ず出てくるアルファベット2文字があります。つまり、YS、DJ、MHです。さあ、これらは一体全体何を表しているのでしょう。ピンと来た方はとても鋭い感覚の持ち主です。
それは、歴代大統領のFirst nameの頭文字です。韓国ではFirst nameは漢字二文字が普通です。この流儀で行けば、日本人も同様に2文字を用いれば良いのですが、残念、今の僕の頭には現首相のFirst nameは浮かんで来ませんでした。それもその筈、首相の名前は三文字漢字でしたね。
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