本日のライブデモンストレーション

こちらの時刻で 3:00AM頃から、失われたデータの復旧に全力を尽くしました。幸いその後調べると backupが 5月23日までありましたので、幸いでした。そして、その後については、新規症例登録されると自動的に当方にメールで通知が来るようにプログラムを書いていましたので、それを拾って、登録日、登録施設、登録医師、そして BMS/DESの振り分け、そこのデータはありますので、そのデータを backupに追加することにしました。もちろん、これにはプログラムを書かねばならず、また、メールからそのようなデータにするためにも、正規表現を利用して必要部分だけ抽出する必要があったのです。

3:00AMから実に 13:00まで 12時間かかりきりで修正プログラムを書きました。折角なので、記録しておきましょう。

	require_once("**");
	require_once("**");
	$link = mysql_connect($db_host, $db_user, $db_password);
	if (is_null($link)) {
		echo "Cannot open MySQL!";
    	die("MySQL connection failed");
	}
	mysql_select_db($db_name);
	$result = mysql_query('set character set utf8');

	$handle = fopen("****.txt", "r");
	if ($handle) {
		$pt_id = 325;
    while (!feof($handle)) {
        $reg_date = fgets($handle);
        echo $reg_date."<br />";
		$register_no = trim(fgets($handle));
		$hospital = trim(fgets($handle));
		$sql = "SELECT * FROM `hp_tbl` WHERE **` = '".$hospital."';";
		$result = mysql_query($sql);
		$row = mysql_fetch_assoc($result);
		$hp_id = $row['**'];
		echo $hp_id.":".$hospital."<br />";
		$doctor = trim(fgets($handle));
		$sql = "SELECT * FROM `dr_tbl` WHERE `**` = '".$doctor."';";
		$result = mysql_query($sql);
		$row = mysql_fetch_assoc($result);
		$dr_id = $row['**'];
		echo "Doctor ID: ".$dr_id.":".$doctor."<br />";
		$is_des = trim(fgets($handle));
		echo $is_des."<br />";
		if ($is_des =="BMS") {
			$is_des = 0;
		} else {
			$is_des = 1;
		}

		}
		$sql = "INSERT INTO `pt_tbl` (*******) VALUES ('".
		$hp_id."', '".$dr_id."', '".$reg_date."', '".mb_substr($shorten_hp, 0, 15).$register_no."', '1', '".$is_des."');";
		echo $sql."<br />";
		mysql_query($sql);
		$pt_id++;
    }
    fclose($handle);

これによりデータを追加挿入して、さらに、そこから SQLの書き出しを行います。あっ、ここはローカルに作成したデータベースで行い、完全なコピーを作成できる SQL文を書きださせます。そして、そのSQL文を何もデータもテープルも無い、インターネット上のデータベースに読み込ませ、新たなテーブルとデータを作成したのです。

ここまで行なって、そして、ライブデモンストレーションに行きました。

病院は綺麗なスペイン病院 (Hospital de Espanolo)でした。症例は例によって慢性完全閉塞です。患者さんは 70歳の男性で、左冠動脈前下行枝近位部の慢性完全閉塞でした。

これに大して、両側大腿動脈アプローチ 7Frを用い、最初から逆行性に入り、素早く慢性完全閉塞を通過させ、丁度ライブデモンストレーション放映終了3分ぐらい前に手技を終了しました。ほとんど全行程を 45分間の中継時間で見せることができました。

そして、それから再びホテルに戻り、今度はデータを戻したことをそのデータを入れて頂いた先生方に通知メールを出すプログラムを書いたのです。この間、腕も頭も最高回転で使いました。何しろ時間の勝負でしたので・・・

これから夕食に行きます。疲れました。

Salvadorでとんでもない事態に遭遇

先の原発事故では、「想定外の」という言葉が問題となりました。今回、この日本の反対側サルバドールで僕にとっては「想定外の」事態に遭遇することになりました。

時差ボケの中、ここまで四時間かけて出来る範囲で手を打ちました。大変な作業でした。

急性心筋梗塞の再灌流療法として、非薬剤溶出性ステントによる再灌流か、薬剤溶出性ステントによる再灌流かどちらが有効かを明らかにする研究者主導型臨床試験である、NAUSICA AMI臨床試験を皆のご協力により走らせています。この試験においては、無駄を排除し、経費節減を図るために、その登録サイトの全てを私自身がプログラム書いています。言語は、PHP, Javascript, Perl, XHTML, CSSです。

そして、そのサイトを運用するために、信頼のおけるレンタルサーバー会社のサーバーを占有でレンタルし、ドメインも特定非営利活動法人ティー・アール・アイ国際ネットワークから独自に取得して開設しています。

もちろん、データのバックアップも頻回ではありませんが、定期的に行なってきました。まさか、そのレンタルサーバー会社の運用で事故が起こるとは全く想定していなかったのです。しかし、日本時刻 6/20 17:00頃より、サイトにアクセスできなくなった、との一報がもたらされました。

もちろん僕はこのサルバドールです。「まさかそんなことあり得ない」と、思いながらアクセスすると、そのドメイン名は存在しない、とのエラーが返されます。サイトの管理画面にアクセスしようとしても同様です。この時点で考えたことは、ひょっとしてこの tri-international.orgというドメイン名の契約が切れているのでは? と思いました。そこで調査するとその可能性も否定しきれないので、早速契約更新を依頼しました。

しかし、事態はもっと深刻だったのです。数時間前にこんなメールが送られてきました。

【重要】6月20日に発生のサーバー障害についてのご報告

平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。

この度はご利用いただいているサーバーに、障害が発生し長時間に渡りご利用
いただけない状況となり、誠に申し訳ございません。
また、本件についてのご報告が大変遅くなり重ねてお詫び申し上げます。

本障害では弊社メンテナンス作業において用いる特定の管理プログラムにバグ
があり、お客様データが消失したことが判明いたしました。

消失したデータの復旧作業を進めておりましたが、データの復旧にはなお時間
を要することを確認いたしました。
早期にサービスを復旧させるため、サーバーを初期状態に戻し、現時点で可能
な範囲での復旧作業を実施しサービスを再開することといたしました。

お客様には大変ご迷惑をおかけすることとなり、心苦しく存じますが、何卒
ご了承いただきますようお願い申し上げます。

なお、データの復旧作業は総力をあげ継続しております。

誠に恐縮ではございますが、弊社でのデータ復旧作業とは別にお客様にて以下
に記載のサーバー初期設定方法をご確認いただき、メール送受信ならびに WEB
コンテンツの公開作業をお願いいたします。

   ■発生日時 2012年6月20日 17時ごろより

   ■発生原因 運用管理ツールの不具合

   ■事  象 サーバー上のデータの消失

まさしくガーンと衝撃でした。ということは、データベース上のデータも消失しているに違いない、何しろサーバーを初期化するのだから・・・

早速このパソコンにあるローカルのデータベースを参照しました。最後のバックアップは 5/17でした。ということは、それ以降の登録データが消失しているのです。管理者としては今更ジタバタしても仕方ありません。責任の追求などは後にするとして、とにかく可及的速やかに現状復帰をせねばなりません。早速この MacBook Proを用いて、サーバーデータを uploadしました。このマシンで行うのは初めてでしたので、少し手間取りましたが、何とか復旧しました。そして、 5/17までのデータについてはupdateしました。

念の為に復旧した画面を確認して下さい。

特定非営利活動法人ティー・アール・アイ国際ネットワークのホームページは http://www.tri-international.orgです。

そして、NAUSICA AMI臨床試験サイトは https://www.tri-international.org/ami/です。

失われたデータに関しては、これから個々に対応するしかありません。全く想定外の事態でした。もちろんこの事故に関しては IRBにも報告する義務があります。

本日はこのサルバドールでライブデモンストレーションの術者をせねばなりませんが、全くそれどころではありませんでした。ここまで復旧し、この後ライブデモンストレーションに向けて心を落ち着かせねばなりません。目の前のことに全力を尽くさねば人間として失礼に当たります。もう時差ボケなんて言ってられません。

時差ボケ

40時間の旅の後、数時間眠り、それから夜ご飯を食べに行きました。無謀にも SUKIYAKIという日本人がオーナーらしい和食の店に行ったのです。餃子はおいしかったですが、他は無謀な挑戦でした。

その後 近くにやはり日本人がやっている居酒屋がある、とうのでそちらに行きました。店の名前は ポント・ミー というのですが、看板には点と数字の3が書いているだけです。途中から出てこられた日本人のご主人に聞くと、ポントはポルトガルで点のこと、ミーは、日本語で3をみっつとも言い、ご主人の奥様が、みつこ という名前だからこのようにした ということです。何でも今から 日本のバブルが弾けた39年前に東京の自分でしていた建築設計事務所をたたんでブラジルに乗り込んできて、最初は4 -5年で戻るつもりが、このサルバドールにはまり、そのまま住み着いているそうです。子供たちも今ではブラジル人となっているそうです。このお店の日本蕎麦はなかなかのものでした。また、エビの天麩羅もとてもおいしいものでした。断然 SUKIYAKIよりも良いですよ。

Salvadorという都市は、かつてのブラジルの首都 (その後 Rio de Janeiroに移り、そして現在の Braziliaに移ったらしいのです)であったブラジル東海岸の港湾都市です。ブラジルに現在残っている歴史 (もともとの千住民族インディオは、西洋人が侵略すると共に、もともと存在しなかった 麻疹などの伝染病で全滅したらしいのです)の中では最古の都市です。このため、世界遺産もあるということです。西洋人が労働力としてたくさんの奴隷をアフリカから連れて来たため、この街の黒人比率はブラジルの中でダントツ (ブラジル全体では 8%)なのです。このため、独特の文化、アフリカ文化を継承し、独自に進化した文化、それが宗教儀式カンドンブレであり、サンバなどの音楽であり、また格闘技カボエイラであるのです。

たまたま今週末がそのカンドンブレの祭りが開催される、ということですが、残念ながら僕は金曜日にこの地を離れますので、経験することができません。まあこれも運命なのでしょう。

本日は午前中に学会場でライブデモンストレーションのモデレーターです。日本と丁度 12時間の時差、なかなか克服できませんね。

Salvador到着

自宅を 6月18日月曜日の 7:30AMに出て、飛行機を二回乗り換え、 40時間かかってようやくSalvadorのホテルに到着しました。ブラジル入国に際しては、ビザが切れているとか、あり得ないクレームを入国審査官にされたり、はたまた日本で発券した Sao Paulo -> Salvadorの Boarding passが通用しなかったり、小さなトラブルはいくつかありましたが、それでも 5-6年前にシカゴ経由で Sao Pauloそして国内線に乗り換え、 Porto Alegroにこの同じ学会で招聘されて来た時よりははるかにましでした。この時には、何しろ全く英語が通じず困り果てたのですが、今回は英語が大分と通じたのです。随分とブラジルもかわりました。

これから眠ります。眠れれば良いのですが・・・

London Heathraw空港到着

成田から13時間かかってヒースロー空港 Terminal 1のラウンジ到着しました。現在現地時刻 17:00 日本時刻 01:00AMです。これから 6時間のトランジットの後で、Sao Paulo行きの飛行機に乗り継ぎます。そして、大西洋を東北から赤道を超えて西南に向かいさらに13時間でSao Pauloそして、さらに2時間のトランジットの後で Salvador行きの飛行機に乗る訳です。遠いですねー

まあ何とかインターネットは継がりますので時間は稼げるのですが・・ 有効に時間を過ごさねばなりません。

DRAGON Trial

先日記載しましたように今 DRAGON Trialという革新的な臨床試験を企画しています。舞台は中国です。何故中国で行うのか? そしてその目的については、これから秘密保持の範囲外で記載しましょう。

  • 臨床試験の目的は?

この臨床試験の目的は、実臨床の場で経橈骨動脈的冠動脈インターベンションと経大腿動脈的冠動脈インターベンションを比較し、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの臨床的の有効性と安全性を実証するために行われます。

  • 背景は?

これまで幾つかの臨床試験および皆の経験から、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションは穿刺部合併症の少なさから、経大腿動脈的冠動脈インターベンションよりも優れていると考えられてきました。しかし、その一方で経橈骨動脈的冠動脈インターベンションではガイディング・カテーテルのサイズが限定されたり、バックアップ・サポートが小さかったり、あるいはガイディング・カテーテルの操作が難しかったり、その他色々な理由で、その適応範囲は経大腿動脈的冠動脈インターベンションに比して劣るのでは? とも考えられてきました。そして、そのことが、未だ経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの普及が十分とは言えない外国、特に米国において、あるいは日本国内でもいわゆるブラーク・アブレーションや慢性完全閉塞が好きな病院において、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションが十分に普及していない理由と私は考えます。

  • ではどうすれば?

既に経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの安全性、いなその穿刺部合併症の少なさ、は実証されていると考えます。従って、今更これを Primary endpointとすることに意味は無い、と思います。従って、 Primary endpointについては有効性実証、それしかあり得ないのです。具体的にどの臨床指標を持ってくるか? それについてはこの臨床試験の根幹となりますので、ここで明らかにする訳にはいきません。

  • 何故中国で?

僕が初めて中国にPCI指導のため訪れたのは 1991年 12月のことでした。その当時、全中国でこれまで行われたPCI症例数全体で 500例という時代でした。阜外心臓病センターにおいても、未だ年間 50例にも満たない症例数だったのです。しかし、その同じ阜外心臓病センター、いや今年の 8月からは、正式に中華人民共和国国家心臓病センター (China National Cardiovascular Center)となるのですが、そこでは本年年間13,000例のPCIが行われ、中国全土でも今年は 30万症例のPCIが行われる、と推定されています。

そして、更に驚くべきことには、私が最初に中国に経橈骨動脈的冠動脈インターベンションを導入した 1998年から始まり、現在既に中国全土で 75%の症例が経橈骨動脈的冠動脈インターベンションにより治療されるまでになっていて、阜外病院では 95%の症例が経橈骨動脈的冠動脈インターベンションにより治療されています。

このような歴史的背景と現状の中で、中国を舞台として実臨床での経橈骨動脈的冠動脈インターベンションと経大腿動脈的冠動脈インターベンションの無作為比較試験を行うことは意義があると考えられ、また最後のチャンスだと思っています。

これから長旅

今 NEXで成田空港に向かっています。これから London経由 Sao Pauloそして Salvadorに向かいます。当地で ブラジル心臓病学会が開催され、恒例で招聘されているからです。今回日本帰国は次の日曜日です。長い旅です。片道 36時間でしょうか

うっかり

今朝はうっかり でした。今朝は河北省第二病院からライブデモンストレーションを飛ばすだけでなく、08:30AMから lectureをせねばなりません。そのため、 7:00AMに morning callを頼み、それから食事して、そして会場に出かける、そのような段取りでした。

ところが、朝例によって自然覚醒し腕時計を見ると、「あっ、やばい既に 06:50AMだっ」 そしてガバッと起きてすぐにシャワーをして慌てて一回まで荷物をまとめて降りました。「何で morning callが鳴らないのだろう」と思いながら降りると未だレストランは開いていないのです。この時刻に開いていないなんてどういうこと? と思い、ここで気づきました。当たり前です時差一時間あるのをすっかり忘れていたのです。

そうです。未だ 06:10AMだったのです。うっかりでした。

昨夜は遅くまで飲みました。飲んで議論して、友情を深め合い、そして更には統計学的検討もしたのです。ホテルの部屋に入ったのは既に 0:30AMを過ぎていました。つまり日本時刻では 01:30AM過ぎだったのです。

昨夜は China Heart Society (中国心臓病学会)の第14回年次学術集会の歓迎晩餐会がありました。僕も主賓として参加したのです。ものすごく大きな晩餐会で緊張しました。そしてその後 08:00PMからいよいよ DRAGON Trialの初めての Kick-off investigator meetingを開催しました。多くの Opinion leadersが集まりました。政治的に厳しい中国ではあり得ない光景だったのてす。我ながら「僕はすごいな、ここまで良く頑張ってきた」と、そのように思いました。

会は非常に有意義に色々なことを議論しながら進み、 10:00PMまでかかりました。その後、友人の Dr. Xu Boそして Dr. Li Weiと遅くまで飲みながらさらに議論を深めたのです。

そもそも昨日羽田からの飛行機は遅れ、北京国際空港出発が 2:00PMになっていました。北京から石家荘 (ShiJiaZhuang)までは 300Kmであり新幹線は開通していませんので、在来線かあるいは車での移動しかありません。今回は自動車で移動しましたが、途中何箇所か大渋滞のため、会場に到着した時には既に 6:30PMとなっていました。今回石家荘を訪れたのは 10年ぶりであり、これで三回目でした。 10年前が昨日のように思い出します。時の流れは早く、自分に残された時間も少ない、そのように思います。今をたくさん生きましょう。

DRAGON Trialは歴史に残る臨床試験の一つとなるように皆で力を合わせて頑張ります。

これから中国

これから羽田-北京便で中国に入ります。そして、高速で2時間の石家荘に入ります。当地で China National Congress of Cardiologyという中国国内における心臓病学に関する学会としては最大級の学会が開催されるのです。この学会は基本的に中国の先生方のみが参加する学会であり、他の学会と異なり、外国人が幅を利かすことは無く、これまで外国人医師を招聘したことは無かったのです。従って僕も参加するのは初めてです。

本日到着してから、いよいよ Dragon Trialの Investigator Meetingを主催するのです。この試験は僕が3年間温めてきた試験です。中国を舞台として、real worldにおいて経橈骨動脈的冠動脈インターベンションと経大腿動脈的冠動脈インターベンションの完全無作為試験を行い、経橈骨動脈的冠動脈インターベンションの有効性・安全性を実証しようというものです。All comers trialです。

Dragon = Decision between RAdial and GroiN なのです。プロトコルを書き、各所に働きかけ、ようやく実現しそうです。長い道のりでした。

TAVI無事終了

今日の患者さんもとても小柄な方であり、本当に難しく、かつ危険な状態でした。しかし、強い心と皆の協力で無事大成功に終了しました。その最中はとてもハイテンションです。ものすごいストレスと緊張ですが、そんな状況が好きな自分があります。

それにしてもTAVIはすごい治療です。あっという間に黒が白になるように病態が改善するのです。そして、素早く回復されるのです。PCIもすばらしい治療法ですが、そのレベルが格段に違うように思います。その治療法に徐々に自分自身が適応していくのが分かり、それが嬉しいと思います。