Ajax

Ajaxを用いて NAUSICA AMI試験の監査ツールを実装しました。Ajaxの仕組みなんてすっかり忘れていたのですが、プログラム書いている内にすぐに回復しました。やはりAjaxを用いると従来の Webページからは信じられないような画面の書き換えが行われ、プログラムを書いた甲斐があります。

その骨子は三つのパートです

  1. 主要画面
    1. ここではデータベースから受け取ったデータを cssを用いて見てくれを整えて出力する
    2. さらに、データを受信するためのボタンをつける
  2. データを受け取る Javascript (Ajax)
    1. ここがAjaxの根幹です
    2. ブラウザの Document Object Model (DOM)を用いてダイナミックに画面を書き換えます
  3. 裏で動くデータ加工プログラム
    1. データベース MySQLに対して SQLを発行してデータを得ます
    2. それを一定の形に加工します
    3. 加工の仕方としては、 JSONや HTMLを用いるのが一般的ですが、 TEXTでも良いのです 今回は HTMLを用いました

    忘れないようにおいおいプログラムを書き記します

緊急出動

本日札幌東徳洲会病院での外来終え一息ついていると、7月1日に新築移転開業した札幌徳洲会病院で緊急患者さんの話が飛び込んできました。緊急カテーテルそして必要あれば冠動脈インターベンションという段取りのため、応援に東病院より出動することにしました。
東病院との距離は自動車で25分ぐらいであり、千歳に向かう高速の道沿いにあります。もともと札幌徳洲会病院は白石区の中央に位置していましたが、手狭となりまた古くなったため、現在の地に新築移転したのです。大きな建物であり、今後の発展が期待されます。
既に部下の山崎君と、士反君がカテを開始していました。全く新しいカテ室で、スタッフの皆が未だ慣れていない状態で手技に入っていく、そのワクワク感に心が躍ります。24年前全てを捨てて鎌倉に入った時もこんなだったな、そんな感傷に浸ってしまいます。
あの時は未だ38歳でした。再び新規に開拓する話も出ています。新たな開拓地に挑むのは男として魅力的です。しかし、今この年でその元気があるでしょうか?
鎌倉に来て、ここまで色々なシステムを作り、患者さんも増やし、そして現在の色々なプロジェクトが走っているのです。そのようになるまで15年はかかったのです。今から15年経てば、とても現役を続けていられる年齢では無くなります。もちろん、これまで培ったノウハウがあり、そこに至るには15年はかからないでしょう、それでもその半分7-8年はかかるでしょう。
人生はやり直しがきかない、そして振り返ってばかりでは仕方ありません。前に進むしかありませんが、問題はどのように方向を決めて前に進むかでしょう。未だ迷える歳です。

またまた羽田空港ラウンジ

今朝も早く起き、札幌に入るため、朝から羽田空港ラウンジにいます。今試みていることは、NASICA AMI試験に絡め、インターフェース改善のために、例の Ajaxを用いてデータベースと遣り取りする部分をコーディングしています。
以前 Ajaxを触ったのは半年以上前なのですっかり忘れておりました。しかし、以前書いたコードを読みながらそのロジックを紐解くと、再び理解できるようになりました。流石に自分で書いたコードなので読み返すことができます。
自分が呆けてしまわない内 (誰だっ、「もう呆けているよ」などと言うのは!)に、以前やりかけ、その難しさにひとまず棚に上げていた DICOM Viewerの作成に再びとりかかりたいのです。今度は万全の準備の下で入るつもりです。コンパイルなどは Qtを用いようかと思っています。以前は VisualStudio C++だったのですが、これだと Windows platformでしか動きませんので・・・ 折角だから MacOsや Linuxでも動けばいいですものね。
しかし、プログラミングしている時はどうしてこんなに楽しいのでしょうか? やはり世界がどんどん広がっていくからですね。

今や過去の遺物

Amazon中古で、今やレアとなった書物 CG出版社「文書データ圧縮アルゴリズム入門」という本を入手しました。幸いなことにとても安かったのですが、もう入手できないでしょう。全体で 250ページほどの小さな本ですが、中身は濃く、ハフマン符号化から始まり、算術符号化、それらの適応型符号化、そしてLZ77など、これらについてのアルゴリズム解説のみならず、全て C言語によるプログラムが惜しげもなく記載されているのです。
これらの特に算術符号化に関しては、現在アメリカのある会社による許し難い特許の網により、使用することはできず、ましてやプログラムを書籍に掲載することなど不可能なのです。
この本の出版は 1994年であり、未だ特許宣言前の時代だったのでしょう。もちろん本の中にプログラムが印刷されているので、それを打ち込めば現在のパソコンでもコンパイルできると思います。でも面倒です。
この本には最後にあの昔懐かしい 3.5インチ フロッピー・ディスクがついているのです。そこで、懐かしき外付けフロッピー・ディスク・ドライブである Panasonic CF-VFDU03を探してもらいそれをつけました。このドライブはかつて 15年以上前に当時使用していた Panasonic Let’s Noteラップトップ・パソコンの外付けドライブとしてついてきたものであり、今では貴重な外付けドライブなので保管してあったものです。
しかし、残念かな、このフロッピーは読み取れませんでした。当時、フロッピーのフォーマットには、2DDと2HDというものがあり、さらには当時全盛の PC-9801あるいは CP/Mなど OSも色々だったので、それで現在の Windowsでは読み取れないのでしょう。試しに MacBook Proでも試みましたが、駄目でした。とても残念ですね。
ちなみに、ネットで、この外付けドライブを検索したところ、流石に今や入手できないようです。アメリカ国内では、何と 180ドルで売られてもいるようですが、肝心の写真が間違っており、何と外部電源アダプタの写真でしたから信用できませんね。

知らなかった

何とこんなことも知りませんでした 今 NAUSICA AMI試験監査用インターフェースを作成しているのですが、そこで発行する SQLで例えば 病院毎にかつ、登録日順に並び変えるという、ごく普通の操作をすることに対して これは ORDER BY句に複数指定すれば良いだろう、ということは容易に想像つきます そこで自然に

SELECT * FROM `pt_tbl` ORDER BY `hp_id` AND `registration_date`;

としたのですが、これはとんでもない結果を返します きっと、二つの項目を合成して並び替えするのです
正解は

SELECT * FROM `pt_tbl` ORDER BY `hp_id`, `registration_date`;

なのです。こんなとも知らなかったとは驚くべしでした

羽田空港帰還

今朝早く長崎に飛び、島原まで行き、ライブデモンストレーションを行い、そして今羽田空港に戻ってきました。信じられない日程ですが、やれば可能なのですね。これで、自分の行動範囲の自由度がまた広がりました。

島原は激しい雨でしたが、発つ頃には空も明るくなりし、雨も上がりました。本日は夏祭り、皆 とても楽しんでおられることでしょう。恒例の花火も 20:30より打ち上げられていることでしょう。雨があがってとても良かったです。

これから羽田空港

昨日の患者さん達のご様子を ICUで診てから、今羽田空港に向かっています。始発 6:10AM発の長崎便に乗り、本日は島原に日帰り出張です。本日は泉川病院での院内ライブデモンストレーションがあり、その術者として出かけます。

きつい日程ではありますが、やはり TAVIを遂行する責務があり、このような日程となりました。

とても有意義な一日

:本日は朝から TAVIを行いました。とても難しい症例 3例でしたが、満足すべき結果でした。色々と勉強し、医師としての遣り甲斐もあり、また強い心の必要性を痛感しました。

それと共に、本当に今の湘南鎌倉総合病院Heart Teamは素晴らしい、そのように思いました。こんなに素晴らしいチームは他に無いのではないでしょうか

ものすごい重症の大動脈弁狭窄症が、 TAVIによる治療によって、瞬時に劇的に改善するのです。その劇的さに、時に患者さんの体が変化についていけないのです。さながら一週間ぐらい宇宙に滞在した宇宙飛行士が地球に帰還してもすぐには歩けないように、いや、逆ですね、これまで地球上に住んでいた人が宇宙に出て無重力状態の中で自分の体をコントロールできない、そんな感じでしょうか

それまでは極端に狭くなった大動脈弁に抗して無理やり血液を全身に送り出そうとしてきた左心室、そして、それでも全身の組織の血流は低下し、ぎりぎりでやっていた体に、急に TAVIにより大動脈弁の機能が正常化するため、突然後負荷が取れた心臓はより一層収縮し、また全身に豊富な血液が流れるため、これまで足りなかった部分にも血液が流れ、相対的に全身循環血液量が足りなくなるのです これらの急激な変化は Afterload Mismatchとも呼ばれています。実際に目の前でこれが起こる、その急激な生理変化は驚くべきものです。

もう今から35年も前のことですが、兵庫医科大学胸部外科で3ヶ月間心臓外科医としての研修を受けた時のことです。当時開心術の後、心臓外科医は泊まり込みで、患者さんの術後管理にあたりました。その術後管理では微妙に点滴の量を変えたり、数少ない薬剤投与量を微妙に変化させたり、それこそ大変な管理をしていたのです。その時、僕の指導医に聞きました、「どうして術後管理が必要なのですか? 手術がきちんとされれば、術後管理なんて必要無いのではないのですか? 術後管理が必要、ということは手術が不完全だからではないですか?」 これに対して、その指導医は、「いや違うんだ、術後管理をきちんとすれば、患者さんの立ち上がりが早いんだ」、そのように僕に答えました。

しかし、当時の僕は、「そんなことは無いだろう、体は良い手術をすれば自分で回復するだろう」と、思っていました。そして、その後も35年間ずっと心の中ではそのように信じてきました。

しかし、本日それが間違っていた、そのように理解できたのです。そもそも人間はそのような急激な変化には自分の力のみでは耐えられないのです。だからこそきちんとした管理が必要なのですね。まったく35年間にして初めて学んだことでした。

今日の症例はとても大変でしたが、本当に自分は医者だ、ということを実感した次第です。