東可児から名古屋経由 鎌倉に

ライブ手技を終了し、皆で記念写真を撮りました 年齢が行けば行くほど、このような写真で残した記録というのが自分の中で重要に思えるようになります

「あの時 誰と一緒だったか?」

「あの時 何処に自分はいたか?」

「あの時 何を考え、何をすることができたか?」

色々なことを過去に遡り思い出そうとする時に、写真はとても貴重なきっかけとなりますね

ライブ手技を終え、皆で記念写真
ライブ手技を終え、皆で記念写真

その後は、名鉄新可児駅から名鉄で犬山駅まで20分の各駅停車、そして犬山駅から名鉄特急パノラマカーのしかも先頭車両、そして先頭座席に座り名古屋駅まで一直線 その車窓風景はとてもエキサイティングなものでした 初めて乗りましたね

パノラマカー先頭風景
パノラマカー先頭風景
パノラマカー先頭風景
パノラマカー先頭風景

いやあ楽しかったなあ

ライブの醍醐味

19日水曜日は夜神奈川SHD研究会が開催され、大和まででかけました 会場は SIRIUSという大和市の公共施設であり、とてもきれいで機能的な建物で驚くと共に、とても羨ましく思いました 翻って鎌倉の貧弱な公共設備は何なのか? と思わざるを得ませんでした

さて会は 19:30より開催され、最初挨拶をして 20:00には部下の一人て早々に消えたのです

消えた、と言ってもその後二人で藤沢駅界隈にでかけ、何と 23:30まで飲み交わしたのです 色々と大事な事を話ししました やはりアルコールの力は大きいですね

そして自宅に戻り就眠したのは 0:30AMでした

そして20日木曜日は 4:40AM出発で羽田空港に移動したのです 目覚ましを 4:20AMにセットして何とか起きました そして起きるや否やシャワーを浴び、もう出る時には 4:40AMとなっていました そのままタクシーで羽田空港に移動し、6:15AM発の始発千歳行きで千歳に移動 そしてそのまま札幌東徳洲会病院心臓センターに移動し 9:00AMからの Heart Team Conferneに参加することができました

この日はTAVIは無く、経皮的僧帽弁接合不全修復システム (MitraClip) 2例が予定されていました もっとも僕に今更何の手助けできるか疑問なのですが、それでも早朝より参加しました

特に Brockenbroughについてはかなり指導しました

最初はきちんと Brockenbroughの指導していますね
最初はきちんと Brockenbroughの指導していますね

しかしよる年波と疲れには勝てません 意識消失発作となりました

意識消失発作
意識消失発作

それでも経皮的僧帽弁接合不全修復システム (MitraClip)は二例とも大成功であり、いよいよ僕の出る膜は無くなってきましたね

その日は、北海道の方が大ぶりのヒラメ 3枚、深海魚ソイを8本釣り上げて来られたのです 早速それらを自ら全部捌いたのです さすがに包丁さばきも進化しており、何とこれらを 1.5時間で奇麗に終えたのです ソイはその夜食べましたが、ヒラメは二枚をサクにして現在熟成中 日曜日に寿司を握るつもりです ソイは綺麗さっぽ理食べてしまいました

さてヒラメは保冷パックに冷却材と一緒に放り込み、その後千歳 – 羽田、そして羽田 – 名古屋 – 犬山 そして東可児と移動したのです 一晩東可児のルートインというホテルで休み、今朝22日は朝から東可児病院に移動し、僕の行うライブに同席したのです

そうそうライブは大変でした 都合があり、右上肢と右大腿動脈は使用できないのです それで、左大腿動脈より 7Fr sheath1tが既に挿入されていました 僕は左遠位橈骨動脈アプローチで入りました ものすごく穿刺しにくいのです だって左手首は左大腿動脈穿刺部の全面に来ており穿刺の邪魔をするのです そんな中でも穿刺に成功したのです しかし橈骨動脈は非常に蛇行し、ワイヤーが通過しません 何とか 0.014 Fielder-FCで通過したのですか、ここからワイヤーを upsizingできません 結局皆で知恵を出し合い、まずは60CMの 0.014-compatible microcatheterを先行し、その次に 0.032/0.035対応long sheathを挿入し、最終的には 4Fr sheathをその屈曲を超えて総ニュぅする そのようなはずらしいアイディアをもらいました このテクニックはとても強力です 素晴らしいです そのアイディアを僕に提供してくださったのは大和成和病院の土井尻 先生でした ありがとうございます

何れにしてもこのように多くの人の知恵と経験がcrossするような場所 それがライブなのですが、実に本日の経験はライブの醍醐味と称しておかしくないと思います。

シカゴ出発するところ

現在シカゴ オヘア空港のラウンジで JAL便の出発を待っています 今回水曜日朝到着し、本日金曜日昼の便で帰国します 短い滞在ですが、水曜日から今まで飛行機の中では一睡もせず、そして着いた日は3時間、昨夜は2時間しか眠っていません 帰国の便でも眠れるか否か分かりません

水曜日の午後は別のホテルに移動し、ある新規ディバイスの in vitro試験を行いました

新規ディバイスの in vitro試験
新規ディバイスの in vitro試験

そして木曜日午前中は JTVT-TVT collaboration sessionにおいて発表をしました

そして本日朝は main arenaで TAVI liveの moderatorをして、それから空港行きの車に乗ったのです

この間に食べたラーメンは一杯のみでした 今回は Ajida Ramenで食べました とても美味しいものでした

Ajida Ramen
Ajida Ramen

実は今回もう一つ重要なミッションがあり、そのためにスタジオでビデオ撮りも行いました 自分自身のものは写真に撮らなかったのですが、現在ロスに留学中の落合くんの撮影風景がこれです

ビデオ撮り
ビデオ撮り

シカゴ到着

本日は6月12日水曜日 TVT (Transcatheter Valve Therapeutics)という学会・ライブのためにシカゴに来ています 成田発の JALシカゴ行き直行便で11時間30分の飛行の後、8:50AM頃に到着しました

シカゴの朝は渋滞があり、1時間ぐらいかけてこの会場となっている Sheraton Hotelに到着したのですが、当然のことながら check-in timeは 16:00であり、現在までホテル内の Starbucksで 2時間一人たそがれながら時間を潰しています

実は現在 12:00 noonですが、12:30に待ち合わせしていてそこから歴史的なことを行うのです その内容に関しては現在は明かすことができません インターベンション医師としてのこれまでの経験と技術の総てを賭けて行うものなのです

それにしても良くぞやり抜きました

今週火曜日 ですから6/11のことですが、例によってTAVI三例治療したのです その中の一例目がTAVIで治療できるか否かの限界症例でした

ご高齢であるばかりでなく、大動脈から両下肢の動脈に至るまで石灰化が高度であり、また内腔も4mm程度しか無いのです かろうじて鎖骨下動脈はそれなりに良かったのですが、例により大動脈弓に合流する部分から手前に20mmぐらい高度石灰化があり、その部位の内腔は 4.5 x 5.5mm程度しか無いのです このような症例には内頚動脈アプローチが良いのでは? と思いましたが日本ではほとんどかあるいは全く経験症例が無いと思います

また心尖部アプローチをこのとても小柄なご高齢の女性に行うのは本能的に危険と思うのです もちろん上行大動脈アプローチは強い全周性石灰化のため不可能です

しかしながらこの患者さんは僕の鎌倉でのPCIの歴史が詰まっている患者さんでした ずっとずっと長いこと何回もPCI行い、薬剤溶出性ステントも冠動脈にたくさん植えこまれており、そのお蔭で最近は冠動脈の状態は何年間も落ち着き、自覚症状も無く過ごしてきたのです それが最近重症の左心不全で救急外来に搬送されてきたのです

そして、その原因は何と流速 6m/Secに到達するような超重症大動脈弁狭窄症だったのです 患者さんも息子さんも「齋藤 滋 先生にはこれまでも何回も助けて頂いて感謝していますし、安心しています」と仰られます

とても危険なTAVIになることが予想できましたが、唯一可能性があると思われた左鎖骨下動脈アプローチで行いました

案の定、Evolut Rの nose cornからステントシース移行部あたりで石灰化に阻まれて全く通過できません バルーンで拡張したり、dilatorを何回も通したりしたのですが通過できません これで最後かと思われた時にようやくニュルという感触でゆっくりとその部位を通過していったのです

そして後は、Evolut Rを位置決めして留置したのです 位置決めと言ってもSTJも高度石灰化あり、pigtailが途中でひっかかり NCC (無冠尖)にどうしても入らないのです そこで pigtailが浮いた状態で造影してその全体像から ERの位置決めをする、という高度な技を用いました

結果はバッチリ決まり、圧較差も一瞬にして無くなりました

患者さんはすぐに完全覚醒し、何の障害も無く順調に経過したのです 患者さんは僕の顔を見て涙を流されました 何と言うか、医師 インターベンション医師として人生を費やしてきた 1981年から ですから38年間が報われた瞬間でした

久しぶりの安達太良ライブ

昨日は朝から安達太良ライブにおいて、新装なった「いわき市立医療センター」において右冠動脈の慢性完全閉塞治療をさせて頂きました 病院はできたてほやほやの真新しい病院でした 僕の使用したマシンは Shimazuの最新型マシンでした 画面はきれいなのですが、フットペダルの重さが軽すぎてペダルを踏みに行くと、ペダルが何処かに逃げてしまう そんな印象でした あと、U-armの操作桿の操作法がわかりにくかったです

右手背橈骨動脈より自分で穿刺し、手技を完遂しましたが、僕の助手は松陰くんが勤めて下さいました 症例治療は順調に終わりました 最後にあの Y先生が、「TRIもずいぶんと進化したのですね 以前 齋藤 滋先生がTRI側、私がTFI側でデベイトしたことを思い出しました 現在 一般社団法人 日本医療安全調査機構の顧問をしていますが、TRIで事故が起きても患者さんが死ぬことはないが、TFIで事故が起これば患者さんが死ぬことがある」と言って下さいました とても嬉しくてこれまで自分がしてきたことが役に立った思いでした

幻の「夜汽車」

昔むかし ある所に「夜汽車」という飲み屋さんがありました その場所は 懐かしの尼崎市で、阪神電鉄尼崎駅から歩いて5分、国道二号線の「近藤病院」より三和通商店街に入ったところでした

「夜汽車」はご当主が沖縄出身であり、コの字カウンターに集う人々も沖縄出身の方々が多く、その方たちは「三線」(さんしん)を弾く方々です 僕はかれこれ7-8年前にこの三和通商店街を散策していてこの店を偶然見つけ入ったのです そこのおでん 特にマダコを煮たおでんが好きで関西に行く時は必ず通っていたのです

それがある時 多分4年ぐらい前から消失してしまったのです かつての店の前に行っても似たような門構えの店はあるのですが、雰囲気が違いますし、店名も違います 必死でネット検索かけてもヒットしないのです 何か自分の一部が切り取られたような衝撃と落胆が僕の心を覆いました

それがそれが何と昨日 Slender Club 2019尼崎 その Welcome Partyにおいてその「夜汽車」のご主人とその一団が参加され、沖縄民謡のライブ演奏をされたのです

沖縄民謡ライブ
沖縄民謡ライブ

そして、伺うと何と店はそのまま同じ場所にあるものの、店名のみ変更されたということでした 現在の店名は「北酒場」でした

新しい店名「北酒場」
新しい店名「北酒場」

そのライブ演奏終了してから「北酒場」に行きました 以前のように沖縄民謡仲間が集まりとても良い雰囲気でした 人生の一部を取り戻した気分でした

あっという間に時間が過ぎていく

やっぱりなあ 歳なのですよねえ 自分の歳を一番身近に感じる時、それは ふと何でこんなに毎日が早く過ぎていくのだろうか? と思う時です

たとえば今週は何をやっていたのか? 思い出しましょう 火曜日28日は経皮的僧帽弁接合不全修復システム (MitraClip)のビデオ撮りを二症例分撮りました 翌日は? うーん外来診療に明け暮れたのかな 木曜日は? 比較的時間が取れたので、PPM (Prosthesis Patient Mismatch)について調べました 二週間後に迫った TVT (Chicago)で発表せねばならないからです うーんなかなかまとまらない

そして昨日金曜日です 午後の羽田-伊丹便で久しぶりに関西に入りました そして夜は神戸の Steak Houseで早めの夕食、それから明石焼きの名店「司」で明石焼きを食べ、その後喫茶店に行きました 尼崎のホテルに入ったのは22:00頃ですかね しばらくしてバタンキュー

本日はなんと6月01日です 6:00AMには覚醒し、朝食はスキップして8:00AMに尼崎市園田にある 「はくほう会セントラル病院」に行きました 朝一番に Slender Club JAPAN 2019においてライブ手技を割り当てられていたからです 到着してから電子カルテで症例の造影を見たのですが、何と3ショットしか無いのです 何でも腎機能が少し低下しているので造影剤使用を抑えるためこの三ショットのみだったのです 右冠動脈がmid portionより慢性完全閉塞であり、副血行も十分ではありません 正直 I do not have enough information regarding anatomy to do PCI for this patient. と叫びたくなりました 絶望的な状況です

それでも気を取り直し、またごねたとしても状況が改善する訳でもなく、まずは 8:50AMに右遠位橈骨動脈穿刺から自ら行いました すごいですねえ 穿刺一発で成功です「どうして自分はこんなにも本番に強いのだろう」と何時もの如く思いました

対側左からはものすごく体の大きい方で retrograde approachを行った場合、device lengthが足りなくなる危険性があり、敢えて左近位橈骨動脈よりアプローとしました 結局左橈骨動脈より7Fr EBU3.75を左冠動脈に、右遠位橈骨動脈より7Fr JR3.5を右冠動脈に挿入し、ようやく造影を行い戦略を立てることができました

そして、左冠動脈前下行枝よりかすかな中隔枝を一義的に狙い中隔枝経由の逆行性(両側性)アプローチを戦略としました こんな時は我ながらすごいですねえ Sion wireは一発で目指した中隔枝をクロスし、右冠動脈近位にいったのです それからmicro catheterを進め、造影すると慢性完全閉塞部分はものすごく汚く造影され、たくさんの決戦や necrotic tissueが存在し、この先 distal embolizationのリスクがあるだろうな そのように予想したのです でも何はともあれどんどん手技を進め、最終的に externalizationに成功し、バルーンステントと行い一応成功しました 「一応」というのはやはり distal embolizationのため TIMI 2程度の flowにとどまったからです でも IVUSでも確認しましたが、きちんと真腔のど真ん中を通過して再開通させたのです 我ながらあんな困難な状況でこの症例治療をやり遂げるのはすごい きっと世界で僕だけしかできない そのように自画自賛したのです

時刻は11:00AMになっていました まずは行きつけ と行っても実は前回訪れたのば 2016年4月09日だったのですが 尼崎三和本通り商店街最大の秘境レストランである「寿々屋」に行きました いやあ懐かしいなあ ママさんとも再開できて嬉しいな 寿々屋は三和本通り商店街脇にある「ナイス市場」にあるのです

ナイス市場
ナイス市場の看板が見えますね
ナイス市場の中
ナイス市場の中 ほとんどの店のシャッターが閉まっています

この「寿々屋」さんは、顔なじみの女将さんがやっておられるお好み焼きの店です お好み焼きと言ってももちろんそれだけではありません 特筆すべきは「スープたこ焼き」なのです 店はこじんまりとしていて鉄板付き机が五席のみです

寿々屋の店の中
寿々屋の店の中

僕がこの店に通うようになってもうかれこれ10年以上なると思います 三和通商店街を歩いていて偶然運命の出会いのように見つけたのです それ以来定期的に通っているのですが、前回が2016年だったのは自分なりにショックでした

名物スープたこ焼き
名物スープたこ焼き
とん平焼き と、イカゲソ塩
とん平焼き と、イカゲソ塩
モダン焼き
モダン焼き

何はともあれ女将さんと再会を祝いました

寿々屋 女将さんと
寿々屋 女将さんと

僕自身があと何年通えるか分かりませんが、僕が通える間は続いて欲しい店の一つです 是非皆さん方も、尼崎を訪れた時は、なかなかたどり着くのが難しい場所ですが、是非ともこの「寿々屋」さんを訪ねて下さい ただし、営業時間が 11:30AM – 18:00ですので気をつけて下さいね 本日は昼は満員でした

しばらく寝ぼけていたら

さて、パリからは木曜日夕方 5月23日に帰国しました パリでは official rolesが3つ、これはやらねばなりません、それだけでなく、private meetingsがたくさんあったのです その中で今後の新しいデバイス開発の方向性が決まったりするので気が抜けません 結局毎日 8:30AM頃から夜のdinnerまで予定でぎっしりでした

23日は時差ボケでしたが、翌日24日金曜日はまた別の仕事でビデオ撮りがあったのです

24日土曜日は今、メキシコ循環器病センターから一ヶ月間研修に来られている若手女性Interventional Caridologistである TiTi先生を鎌倉観光に連れて行きました この日 日本全国5月としては歴史上最高の猛暑であり、鎌倉も朝から35度ぐらいまで気温が上がり強い日差しでした それでも10:00AM病院玄関で待ち合わせ、大船駅まで25分間炎天下を歩き、そこで岩本理枝と待ち合わせ、三人で横須賀線次の駅である北鎌倉駅で下車しました TiTi先生が SuicaをiPhoneにインストールして自由に使いこなしているのを見て驚きました

北鎌倉駅より何処に行こうか迷ったのですが、結局まずは「明月院」に行きました そこの受付には岩本理枝の知り合いがたまたま出ておられ、挨拶してもちろん入場料を払い散策しました 名物の「あじさい」は未だ少ししか咲いていませんでした

明月院のあじさい
明月院のあじさい

明月院から次は「建長寺」に行ったのですが、なかなかの禅寺ですね

建長寺本尊
建長寺本尊

奥まった場所にある「半僧坊」は独特の雰囲気ですね そこまで急に階段を何段も登るのは暑い中大変でしたが、着いた先からは相模湾を見渡すことができものすごく良かったです

半僧坊
半僧坊
相模湾をのぞむ
相模湾をのぞむ

建長寺の次は、そのまま歩いて「鎌倉八幡宮」に行きました そのして八幡宮から「若宮大路」に出て、その脇の小路を散策していたところ、住宅街の一角、北条氏が切腹したと言われる場所に続く小路なのですが、その一角に古びたCafeを見つけそこに入りました

古民家カフェ
古民家カフェ

落ち着いた雰囲気でとても良かったですね 実は鎌倉の裏の小路にはこのようなCafeがたくさんあるのですが、僕が知らなかっただけのようです このようなCafeでは観光客で混乱する世界とは別世界を味わうことができます

TiTi先生
TiTi先生
つばめCafe
つばめCafe

この後、小町通りを歩き、鎌倉駅に、そしてそこからSuicaで江ノ電「長谷」駅に出て、そこからまた鎌倉大仏の背部の小路を10分ほど歩いていきつけのレストランに行き、合流した皆と一緒に遅い昼食を摂りこの日は解散しました

とても暑い日でしたが楽しかったですね

今 Palais de Congres

小倉記念病院でライブ治療行い、鎌倉には最速で 15:30には戻っていました 鎌倉の患者さんにご挨拶し、それから一旦自宅に戻りました

そして21:30に鎌倉の自宅出発し、5/18 0:30AM頃出発の ANA Frankfurt便で移動したのです 機内では4時間ぐらいは眠れました 自分としてはものすごくたくさん寝れた、そんな印象です そしてLuthansa Paris便に乗り換え、10:00AM過ぎにPalais de Congres内の会議室に到着しました

今週は EuroPCRが開催されますが、それは火曜日からなのです それにもかかわらず日曜日朝に現地到着したのは、PCR TokyoValves 2020に向けての Course Co-Directors’ meetingが10:00より開催されたからです 今午前の話し合いを終え、昼食を会場内で食べ、ようやくインターネットに繋がりブログに記録しているところです 本日はこれから15:00まで話し合いがあり、その後 17:00-17:30 皆で写真を撮るそうです その後は開放されそうです やはり老体にはきついですね

まあPCI、TAVIあるいはMitraClipしている時には疲れを見せないのですが・・・