はじめに

街角の祭壇

バンコク市内 |
今回のPCI訪問はタイです。タイは現在人口6,500万人以上を有する東南アジアの大国です。タイは伝統的に国王を有する王国です(ちなみにタイの本当の呼び名はThai Kingdomです)。また、人口の90%以上が敬虔な仏教徒であり、街角いたるところに仏様を祭る祭壇があります[写真右上]。
タイを始めて訪れたのはかれこれ10年ぐらい前でした。タイの首都は東南アジアで一番大きな都市と言われるバンコク(Bangkok)です。バンコクの人口は1,200万と言われています。バンコク市内には高層ビルが建ち並んでいます[写真右下]。 はじめて訪れた当時は、有名なバンコクの交通渋滞がすさまじい時でした。空港から都心のホテルに入るのも、とても一時間では不可能でした。もっとも成田新東京国際空港から都心のホテルに入るにも一時間では今でも不可能かも知れませんが、バンコク国際空港はバンコクからそんなに離れてはいないのです。現在のバンコクは通勤時間帯にはあいかわらずの交通渋滞が存在しますが、昔と比べれば随分と改善しています。その理由としては、丁度東京や大阪の高速道路のような都市高速道路網が建設されたことが挙げられるでしょう。また、二年ぐらい前からスカイ・トレインという無人電車が主要道路の上を走るようになっています。これは、東京の「ゆりかもめ」と同じようなものです。
タイは昔から読字の文字を持ち、シャム王国の昔から歴史上一度として外国支配下になったことがない国であり、この歴史をタイの人々はとても誇りに思っています。タイ以外の東南アジアの国々はどの国もかつて欧米の植民地となりましたが、タイの国王は巧みな外交戦略により戦争をすることなく独立国として維持してきました。この歴史の故に、タイの人々は王族の人々を非常に敬愛しています。現在はもう50年以上続く、第九代国王だということです。
今回訪問した病院
東京からバンコクまでは直行便で6時間半ぐらいです。タイと日本の間には2時間の時差があります。今回は8月12日火曜日の夕方に日本を出て、夜遅くにバンコクに到着するJAL直行便で訪れる予定でした。しかし不覚にも東京駅で成田エキスプレスを乗り換えるときにパスポートを落としていしまいました。幸いすぐに気づきましたが、パスポートが成田空港に到着するのを待つために、最終のNorthwest直行便に変更しました。このため、バンコク空港に到着したのは8月13日水曜日の現地時間1:00amであり、何やかにやでホテルの部屋に入ったのは2:30amぐらいになっていました。

チュラロンコン国立大学
付属病院心臓センター

Dr_Sudaratana(右)と |
水曜日は、8:00amにホテルを出発し、タイ一番の名門大学であるChulalongkorn(チュラロンコン)国立大学付属病院心臓センター[写真右]を訪れました。この病院のWasan先生とはもう昔からの友達です。彼は立場上、王族を含め多くのVIPを患者さんとして看られています。
Chulalongkorn病院にはもう一人有名な先生としてWacin先生もおられます。この病院では7例程のPCIを今回行いました[写真]。症例は比較的困難な症例であり、慢性完全閉塞病変を有していました。タイを代表するカテ室だけあり、全てはスムーズに流れ、私自身何の違和感も感ぜずにPCIを行うことができました。
翌日は、バンコク市立のCentral Chest Hospital(胸部疾患病院)[写真下]を訪れました。この病院は、バンコク市立でありますが、近年急速に患者さんの数を増やしている病院です。もともとは結核療養所であった病院ですが、タイでも結核患者さんの数は減少し、かわりに虚血性心疾患の患者さんの数が増加しつつあります。このため、病院としての対象疾患は、肺結核から虚血性心疾患にシフトしています。
もともとの結核療養所であったために敷地は広大であり、カテ室も世界で一番広いのではないか?と思える程でした。看護学校を併設し、多数の看護学生が熱心に講義を受講していました。
この病院のPCIチーフはDr. Sudaratanaという女医さんでした[写真右下]。日本ではまだPCIの分野で活躍する女医さんは少ないのですが、東南アジアでは時々見かけます。彼女はものすごく積極的な女性であり、またカテ室内を完全に掌握している感じでした。この病院では、いずれもかつてPCIを試みたがうまくいかなかった症例ばかり8例準備されていました。その多くは慢性完全閉塞病変でした。

Central Chest Hospital

Central ChestでのPCIの様子 |
幸にも私は、この中の1例を除いて全て成功することができました[写真左下]。
3日目にはバンコクから空路45分かかるタイ中部の都市Khonkean(コンケーン)に、6:45am発という朝早い飛行機で移動しました。この都市は、タイで数番目の人口を有する都市ですが、森林に囲まれている中にハイウェーが走っています[写真右下]。私が訪れた数週間前にはこの地で、APEC(=Asia - Pacific Economic Cooperation Conference:アジア太平洋経済協力会議)が開催されました。タイの中ではこの都市は日本で言えば筑波学園都市のように大学と研究機関が配置されている都市です。
ここで訪れたのはKhonkean大学医学部付属北東病院のシリキット王女心臓センター(Queen Sirikit Heart Center of North East Hospital)でした。ちなみにシリキット王女は現存する女王であり、失われつつあるタイ伝統の文化や芸能を、映画を通して復興し、残すことに多大な努力を捧げられておられる方です(何故、このことを知ったかと言いますと、たまたまコンケーンからバンコクに帰る飛行機の中の、タイ航空機内誌にこの王女の特集記事があったからです)。
そのように由緒ある心臓センターでありますが、写真のように現在は仮住まいの体でした。ここでも、彼らの失敗例を中心に5例のPCIを行いました[写真右下]。
その日は、コンケーンから再び空路バンコクに戻り、その夜の成田行き直行便により日本に帰国しました。

Sirikit Heart Center |

Sirikit Heart CenterでのPCIの様子 |
タイのPCI
タイでは現在年間4,000から5,000例程度のPCIが行われています。その数は年々増加していましたが、あの数年前に突如として起こったタイ経済危機により、順調に伸びていた症例数は一時大幅に落ち込みました。やっとここ数年で持ち直してきました。現在タイ国内でPCIを行っている施設は20ぐらいであり、バンコク市内に10の病院があります。従って、一病院当たりの平均年間PCI数は200程度ということになりますが、先のChulalongkorn大学などでは年間700例ぐらいの症例数をこなしています。
タイでは原則として、ヨーロッパで用いることのできるディバイスは全て用いることができます。基本的にこれらのPCIディバイスについては患者さんの自費診療のようです。従いまして、患者さんの負担をなるべく少なくするためにも、再生できるディバイスは再滅菌を行って使われています。
Wasan先生

Wasan先生(左)と |
Wasan先生[写真右]はその外見から想像できますように、非常に穏やかな先生です。多くの患者さんがWasan先生を慕っておられるため、数多くの患者さんを抱えています。その中には、王族の方々も多数おられるようです。
私は、彼とはもう10年間近い付き合いです。彼の技術はとてもすばらしく、また学問的にもすぐれた先生です。英語はロンドンで教育を受けられただけあり非常に堪能です。
日本に帰ってから、私はあるイギリス人の患者さんから相談を受けました。彼は、あるヨーロッパの大企業から派遣され、日本の大企業との橋渡し役を日本でされている40代のビジネスマンです。彼は、まだ日本に来られて9ヶ月しか経っておらず、ほとんど日本語を喋ることはできません。健診で異常が見つかり、横浜のある病院において冠動脈造影を受けました。その結果は、右冠動脈近位部の慢性完全閉塞でした。
この患者さんから私はコンサルトを受け、色々な側面について話をしました。そして、最終的には日本で治療を受けるメリットとデメリットについての話となりました。
私が彼に対して提示したものは以下の通りです。
まずは、日本で治療を受けるメリットについてです:
1. 日本で(正確には私によって)治療を受ければ、技術的に非常に高いレベルにあるので、治療成功率が高く見込める。
2. 少なくとも、治療を行う私との間には言語上のバリアーは存在しない。
さて、デメリットは何でしょう。私が呈示したのは:
1. 日本で治療を行えば医療費(彼は日本の健康保険を有しておらず、生命保険のような民間医療保険しか有していませんでした)は、外国で受けるよりも高いと予想される。
2. 日本国内では、病院スタッフとの間での言語バリアーが存在する。
3. 大きな問題点としては、慢性完全閉塞に対するPCIが成功したとして、その後にステントを埋め込むことになるが、日本国内では未だにDES(=Drug Eluting Stent:薬剤溶出性ステント)を用いることができない。といったものでした。
この患者さんは、保険会社や色々な友人とも相談の上、バンコクで治療を受けることを決定しました。その決断を私はインターネット・メールで受け取り、すぐにWasan先生にインターネット・メールを打ち、この患者さんは無事にChulalongkorn大学病院でPCIを受けることに決定しました。
皆様方、何か日本という社会の限界、そしてインターネットを通じた世界の広がり、その他色々な?ことを感じる話ではないでしょうか?
そのように思うのは私だけでしょうか。
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